『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第十部「ヴィア・ドロローサ」   作:城元太

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第百弐拾六話

 焼き尽くされた耕地を前に、人々は呆然と肩を落とした。セイスモサウルスの荷電粒子砲による地上掃討、ホワイトジャークによる無差別爆撃、ゾイド同士の格闘戦による土地の荒廃。焼かれ、穿り返され、踏み潰された作物が無残に地表に転がる。小次郎の配慮によって農事が優先され、豊作が期待された分、虚脱感は大きい。相馬の御所と呼ばれた住み慣れた館も廃墟と化し、石井に隠れ住んでいた僧侶や住民も繰り返される絨毯爆撃によって焼け出され、逃げ道を失い途方に暮れた。

 荒んだ民の心に、流言飛語が追い打ちをかける。

「田畑が焼かれたのは、平将門がソラに楯突いたからだ!」

「将門さえ余計なことをしなければ、被害はなかった筈だ!」

「全ての災いは平将門のせいだ!」

「悪いのは皆、平将門だ!」

 小次郎を(おとし)める噂が坂東を駆け巡る。小次郎を支え続けてきた民との連携を分断させ、頻りに〝平将門〟への恨みを煽り立てる文言を繰り返し、民の主体的な思考を凍結させようとする。冷静に考えれば、秀郷と貞盛が恣意的に流した、押領使側にとって都合の良い理屈であるのは簡単に推察できる。だが、絶望に打ち拉がれた民の心の隙間に「将門憎し」の感情を植え付けるには効果的であった。それでも猶、小次郎への支持を棄てようとしない村々には秀郷配下のブロックスゾイドが侵入し、暴力による徹底した抑圧と言論統制を行った。強き者に弱く、弱き者に強き〝(さぶらい)〟の本領発揮である。

 小次郎を心より慕う民にとって屈辱的な仕打ちであったが、ただ一つ、民は声に出さずに安堵していた。

〝小次郎様は御無事だ。だからこそ此奴達は小次郎様を探し回っているのだ〟と。

 

 

 小次郎達の残存部隊は、飯沼の端、猿島広河の江に広がる葦原の中にあった。奇しくも、嘗て良子と多岐、そして最初の桔梗が身を潜めた場所である。鬱蒼と茂る葦原は傷付いたゾイド群を覆い隠し、飯沼の湖面に遊弋するバリゲーターが敵勢の侵入に備える。さしもの秀郷も、大宅弾正重房の率いる湖賊衆には迂闊に手出しは出来ず、疲れ切った部隊は束の間の休息を得ていた。

 小次郎は、村雨ライガーの脇に並ぶ(ブレード)ライガーを見上げ、青い獅子の足元に立つ少年と老将に視線を移す。

「立派になったな八郎。見事父上の刃ライガーを乗りこなせるようになったか」

 だが既に八郎将種には、格好の遊び相手を見つけた多岐が頻りにまとわりついていた。初対面の姪に戸惑う少年に、兄小次郎と養父伴有梁が微笑むと、八郎は多岐と手を繋ぎ刃ライガーの元へ走って行く。石井と鎌輪の営所を失っても、屈託の無い笑顔を失わない多岐の存在は何ものにも代え難い救いであった。

有梁(ありはり)殿も御壮健で何よりです。弟をここまで育てて頂いたこと、兄として、また一族の棟梁として礼を言います」

「勿体なき御言葉、畏れ入ります」

 陸奥権介の位を持つ老兵は、小次郎の言葉に片膝を着き頭を垂れた。

「早速ではありますが、ネオカイザー将門様に建議致します。お味方のゾイドも著しく損耗し劣勢の御様子。此処は一時退き、出羽で兵力を纏め捲土重来を図っては如何かと」

「兄者、俺も同じことを考えていた」

 真っ先に三郎将頼が同意した。療養中の伊和員経を除き、文屋好立、五郎将文、六郎将武、七郎将為も大きく肯く。

「貴様が悔しいのはわかるが、今の俺達ではあの大百足は倒せぬぞ。俺も鹿島に戻り、もう一度軍勢を掻き集めて参じてやる」

「玄明殿の言うように今は雌伏の時。陸奥の我ら坂上一族の里にはジェットレイズタイガーの如き精強なゾイドも残っております。俘囚と(さげす)まれては居りますが、出羽の有梁殿の軍勢を加えれば強力な援軍となり申す」

 藤原玄明に加え、普段評定(ひょうじょう)では口を差し挟まない坂上遂高も訴えかける。

「ネオカイザー様、皆の申す通りここは一旦退きましょう」

 小次郎もそれが最善策と理解はしていたが、抱え込んだ(わだかま)りが退く事を拒んでいた。

 遠雷の如き地響きが腹を衝く。ホワイトジャークによる空襲である。

「敵の位置は」

 サビンガでの偵察より戻った文屋好立が答える。

「改修成ったディグを軸に利根川中流域に進出。石井営所跡に程近い菅生沼辺の北山に陣を設営し、周囲への無差別爆撃を繰り返しています。奴ら下総を焼き尽すつもりです」

 旧知の仲である宿敵、太郎貞盛の意図は明確であった。小次郎が愛し、小次郎を慕う無辜の民を生贄にして(あぶり)り出そうとする見え透いた罠だ。下総全域が灰燼と化していく様子を看過出来ないと知った上での焦土作戦である。

 ここで逃げれば犠牲者は更に増えてしまう。

 小次郎の意志は決していた。

「有梁殿、そして弾正に頼みがある。八郎と共に女子供や傷付いた家人達を連れ陸奥に(のが)れて欲しい。これより俺は村雨ライガーの出陣に備える」

「まだ戦うと仰せられるのか!」

 興世王が甲高い声を上げ、家臣の間にも動揺が広がる。小次郎は喧噪を制し告げた。

「良子、多岐、小太郎、桔梗、それに伊和員経。病人、怪我人を含め有梁殿に続け。

 興世王殿にも世話になりました。もう我らと別れる頃合いです。貴方は都人ゆえ秀郷達も無下にはせぬでしょう。

 俺は戦う。俺を慕い、俺を信じてくれた民を守る為に、俺は一人でも、最後まで戦う」

 小次郎の顔には、透徹とした笑みが浮かんでいた。

「だから貴様は痴れ者と言われるのだ」

 玄明が蕨手刀(わらびてとう)を放り投げた。顔の前で受け止めると、小次郎は(さや)を真横に掴む。

「勝てぬ戦を避け、皆が貴様を逃がそうとしているのに、一向に察しようとせぬ。貴様一人で何ができる。戦には俺が付き合う」

 玄明が緩んでいた短甲の肩紐を縛り直した。

「敵は村雨ライガーとランスタッグ部隊だけで引き受ける。足手纏いは無用、小次郎の細君を守るには手勢は必要だ。舎弟達は陸奥まで伴ってやれ」

「戯言を言われては困ります。義姉上(あねうえ)達は八郎が守るとして、残る兄弟一同、決して陣より離れませぬ」

「私も大国玉の平真樹殿より名簿(みょうぶ)を移し、ここまで小次郎殿に仕えて来た身。今更去れと仰せられても聞くわけにはいきませぬ。何よりサビンガは、三郎殿のソードウルフとのユニゾンに必須のゾイド故に」

「私も、将門殿と共に」

「やれやれ。坂東武者の粗野で無骨と一途さは変えられぬか。

 この興世王、武官として都の押領使を勤め上げた身。我にも誇りはある。ネオカイザー様、いや、相馬殿に最期まで従いましょう」

 玄明、三郎、五郎、六郎、七郎、好立、遂高、そして興世王。皆が小次郎と同じ(かお)をしていた。

「相判った。有梁殿は湖賊と呼応し海に出て陸前浜街道を下ってくれ。必ず俺達も戦に勝って後を追う。弾正、皆を頼む。是より軍議を開き、北山での各ゾイドの配置を定める」

 小次郎の決意を受け取った伴有梁と大宅弾正重房は、言葉を発せぬまま首肯する。

 最終決戦に挑む小次郎は完全に失念していた。虚空より飛来する脅威と、坂東を目指す宇宙海賊の存在を。

 

 

 タブレットの画面を無数の機械語が流れ、アーカディアの大量の諸元を呑み込んで行く。使用者名は〝平将門〟で登録された〝桔梗の前〟とある。クラスターコアと接続された中央制御装置の前で、佐伯是基は何度かタブレットとの接続を切断しようとして手を止めた。藤原純友は信じるものの、不条理な指示に未だ納得がいかず、一人制御室の中でタブレットの状況を見つめていたのだった。

「〝庭の澱み〟を迎えぬ、アーミラリア・ブルボーザの神経系を解析してどうするという」

 クラスターコアの同調が成立せず、統一個体としてのゾイド以前の、未だサークゲノムを埋め込まれた菌糸の集合体に過ぎないアーカディアの情報を収集しても然したる意味はない。

「未開の坂東に膨大な情報を保存できる記憶媒体が存在するとすれば、人工蛋白で形成され有機記憶装置にした桔梗の前自身の脳髄だけだ。しかしあの身体は間もなく寿命が尽きる筈。何が目的なのだ」

 閉ざされた空間に微かに空気が流れる。人の気配を感じ、是基は扉の方に視線を移した。

「――他人には無価値と思えても、人は往々にして誰にも譲れないものがある」

 扉の前に人影があった。醸し出す気迫は疑い様もない。

「よい機会です、船長(キャプテン)にお尋ねしたい。船長は『将門に惚れた女の願いを叶えろ』と言いましたが、桔梗の前は本来藤原秀郷が送り込んだ間者(かんじゃ)です。アーカディアの構造を知らせてしまっては、こちらの手の内を曝け出すようなもの。今すぐ情報の流出を停止し、量子転送を切断すべきです」

 艦内通路燈を背にする純友の表情は覗えない。拱手した姿勢を崩さず、叙事詩を朗読するが如くに低く語る。

「俺も白浪(しらなみ)に出逢うまで、女には酷い目に遭ってきた。俺にも負い目はあるが、裏切られ、騙され、煮え湯を呑まされたこともある。だが桔梗という女は、生まれてまだ一年にも満たぬ複製人という。純なる女人は、男を騙せるほど狡猾には成れぬ」

 純友の顔は影に隠れたままであるが、僅かな口調の変化が感じた。

「死を目前にしても、愛した男を救いたいと願う女の心を、俺は信じる」

「油断が過ぎます。それが我らアーカディア號に搭乗する海賊衆全員の命を奪う事態になってでも信じると言うのですか」

 是基は拳を握り締めていた。帰納的に物事を分析する者の、初めての海賊の頭目への反論であった。

「奪われることはない。寧ろ桔梗の前は、どの様な形であっても我らの力になる筈だ」

(しか)してその論拠は」

「無い」

 背を向け、通路の灯りに一瞬照らされた純友の口元は笑っていた。

「磁気振動装置の調整が終了した。これよりアーカディアは再度坂東を目指す。直ぐに艦橋に来い。将門を救うぞ」

 それ以上の反論は出来なかった。去りゆく純友が、仮にそこに残って居たとしても。

 是基は、純友もまた将門に憧憬を抱いていることを朧気に理解した。

 アーカディアの機関部が唸り声を上げ、浮上が間近と知る。

 タブレットの画面には、桔梗の前の名で機械語が流れ続けていた。

 

 

「小次郎兄上、私も刃ライガーで一緒に戦いとうございます」

「駄目だ。八郎は岳父有梁殿と共に行け。父良持の残したゾイドによって多岐たちを守るのだ」

 半ば泣きそうな表情で懇願する八郎将種であったが、小次郎と兄弟、そして家臣全員に諭され、袖で目元を拭いながら承諾した。

 湖賊重房の組んだ大筏に積載されたグスタフには、レインボージャークとバンブリアンが固定されていた。デッドリーコングを積むことも可能であったが、逃避行には目立ち過ぎるため、止むを得ず広河の江に残していくしかなかった。

「父上、早く戻ってきてください」

 多岐が小次郎に抱き着いた。幼いながらも、状況を呑み込めるほどに成長し、永遠の別れになるかもしれないという予兆を感じ取っていた。

「父上がいなければさみしいです。絶対、元気で帰ってきてください」

「そうだな……多岐、母上と小太郎を頼むぞ。陸奥には美しい滝が多くあると聞く。これからは滝姫と名乗るがいい。きっと母上のように美しくなれるぞ」

「はい」

 小次郎は大人の狡さに責められた。名を変えるのは追っ手を逃れる為である。また〝滝姫〟となった多岐は、その狡さを受け入れたかのようであった。

「小太郎をここへ……おお、よお育った。もうそんなに歩けるようになったか」

 おぼつかない足取りながらも、小太郎良門は父の元へと歩き、滝の隣に座り込む。小次郎が両肩に二子を担ぎ上げると、二人の子は歓声を上げた。

「必ず戻るぞ……」

 涙を見せてはならない。今はやらねばならぬ責務があるが、必ず父として妻子を守るのだと己に言い聞かせる。

 一頻り歓声を上げた後、二人を侍女に預けグスタフに組まれた庵に向かわせた。手を振る夫の背中を良子が見詰めていた。

「皆を頼む」

「はい。桔梗殿、そして伊和員経殿はお任せください。あなた様もどうか御無事で」

 応えることが出来なかった。「無事で帰って来る」とは言えなかった。

 無言のまま、良子は素早く小次郎の胸板に身を寄せた。大鎧の直垂越しに体温が伝わる。

「生きて。どうか生きてください」

 小次郎は応えぬまま、そっと良子の背に腕を回す。抑えなければ抱き潰してしまう程の愛しく強い想いであった。

「苦労をかけ通しだった。許してくれ」

 漸く小次郎が告げることの出来たのは、囁くような一言だった。

「いいえ、私は坂東一の、この惑星随一の果報者です。幸せでした、あなた様と添い遂げられたこと。

 でも、この幸せをもっと続けていきたい。だから、必ず帰って来て」

「信じてくれ、俺と村雨ライガーに秘められた〝無限なる力〟を」

「はい。良子はあなた様を信じます」

 寄せた頬に涙の跡が滲む。気丈な妻は、涙を流しても戦場に向かう夫に泣き顔を見せることはなかった。抱き留めた小次郎から身を離すと、良子は凜と背筋を伸ばし手を振る。

「御武運をお祈りします」

「必ず帰る」

 共に歩んで幾星霜が巡ったが、小次郎は妻良子が変わらず美しいと思った。

 

 

 平将門最後の戦い、『北山の合戦』決戦前夜。

 人間の争いなど無関係に、先の再接近を遥かに上回る規模の小惑星群が、ゾイド星系のアステロイドベルトより惑星Ziの公転軌道に迫っていた。

 


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