『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』第十部「ヴィア・ドロローサ」   作:城元太

1 / 14
第百拾七話

 白く伸びる軌道エレベーターを、寄生虫の体節に形容できるかもしれない。

 惑星の防衛本能が生み出した死竜は、宇宙より飛来する異物とともに、表皮に巣喰うヒトという寄生生物を排除する抗体として覚醒したと言えよう。

 弥勒下生の劫火として地上に降臨した裁断者は、争いを止めない生物種の浄化を担う使命を帯びていた。既得権益に囚われた巨大官僚組織には、小惑星衝突の脅威も、不死山噴火に伴う火山性地震の群発も、政策を改める動機にはなり得ない。極々限られた者達だけが、成層圏に浮遊するスカイフックの胎内に籠もる事に執着し、国の礎たる民の救済に手を差し伸べようとはしなかった。虚空より飛来する異物を排除しようと試みたのは宇宙海賊藤原純友であり、民を思い大地に種を蒔き、明日の糧を育もうとした救済者(メシア)は、逆賊の汚名を負った平小次郎将門のみであった。

 己の安息のみに囚われる人々は、新たな創世(ジェネシス)に挑む救済者さえも『悲しみの道(ヴィア・ドロローサ)』へ導く。例えその先に、惑星全ての破滅が待ち構えていようとも。

 

 払暁。国境の定時哨戒を行っていたソウルタイガーは、下野から常陸に向け疾走する獅子の機影を捉えた。

「機体照合――零・イェーガー」

 大出力の噴射装置を背負い、高速走行用の整流翼を備えた機体である。操る者は、主君将門にとっての宿世の敵、度重なる戦いにも厭くことなく挑み続ける平太郎貞盛に相違ない。目標は単機、優速を生かした強行偵察と推測される。

 ソウルタイガーを操る坂上遂高に慢心があったことは否めない。連戦での勝利と、ネオ・カイザー政権成立による気の弛みとが、無欲な俘囚の武士の判断力さえも鈍らせていた。遂高は気付くべきであった。強行偵察であれば、零はイェーガーに非ずイクスの具足を纏う筈であることを。

 漆黒の獅子に追い縋るには、速度に劣るソウルタイガーにとって地の利を活かすしか方策はない。獅子の進路を予測した上で迂回路を利用し、遂高は白虎を街道沿いに潜伏させた。聴音装置を鋭敏にし、獅子の跫音に耳を(そばだ)てる。跫音は着実にソウルタイガーの潜んだ繁みに接近する。

 前肢のソウルバグナウを剥き出しにし、襲撃の刻を息を潜めて待ち侘びる。獅子の正面に勇躍せんと身構えた瞬間、遂高は跫音が消え去っていたことに狼狽した。

 敵の策略と察した時には、既に頭上に白い翼を備えた漆黒の獅子が舞っていた。

「空飛ぶ具足、鳳凰(フェニックス)か」

 だがそれは、藤原惟条(これつな)のバイオヴォルケーノを運び去り、良子のレインボージャークが放ったパラクライズによって撃墜された具足とは著しく異なっていた。高速機には不釣り合いな巨大な爪・バスタークローを翳し宙を舞う。足場がない空中より、前肢のザンスマッシャークローの一撃がソウルタイガーに打ち込まれた。大地を穿ち、空駆ける獅子の爪痕が刻まれる。強大な破壊力に戦慄する遂高の、辛うじて躱した白虎の背後より、濃紅の獅子が襲来していた。

 回避行動に移るには遅すぎた。幾多の戦場を駆け抜け、歴戦の勇士として名を轟かせた坂上遂高に出来たのは、「敵奇襲」の電文を放つのが限度であった。繰り出されたエナジークローの衝撃により集光板を飛散させ、ソウルタイガーの機体は無残に大破沈黙した。

 

 遂高の最後の電文は、同じく常陸~下総間を哨戒していた藤原玄茂率いるランスタッグ部隊によって辛うじて受信される。坂東広域に亘り激しいジャミングが施され、石井営所の小次郎の元まで届くことはなかったのだ。玄茂は手勢のランスタッグ1機を伝令にたて、急ぎ営所へと向かわせる一方、ジャミングを発する敵勢を求めに下野方面に兵を進める。舎弟である玄明に比べ冷静である筈の玄茂だが、彼にも油断と慢心があったと言える。本来であれば棟梁小次郎の判断を仰ぐべきだが、遂高の件もあり部隊単独での行動を取ってしまったのである。

 藤原玄茂が率いるのはランスタッグ18機。内1機を伝令で欠いたものの、セイスモサウルス撃破等、小次郎の従類の中でも特に精強で知られたゾイド部隊である。ソウルタイガーからの最後の電文を元に、下野方面に斥候2機を先行させ敵の動向を覗う。

「敵艦見ゆ」の報告が玄茂に届くのは、朝日が山の端を離れようとする頃であった。利根水系が連綿と刻んできた沖積台地を圧し、無数の歩脚を蠢かす酷く扁平で巨大な物体が出現していた。

「敵艦をディグと確認。常陸方面へ向け進行中」

 玄茂は相馬御所への打電を行うが、ディグの発する激しいジャミングにより完全に本隊と分断されていた。遠望すれば歩脚の上の飛行甲板は遥かに高く、僅かランスタッグ15機で敵う相手ではない。漸く小次郎の部隊と合力を図るのが最善と判断した玄茂は、目視によって部隊に後退の指示を通達する。轡を下総に向けた時、1機のランスタッグが突然火を噴き爆発した。

「敵襲、それも地上攻撃。零イクスか」

 微かな熱源反応がある。

 身構えた玄茂の背後より、再び砲撃が起こる。

 イクスではない。潜伏型の小型ゾイドだ。

「各機、メガレオンを警戒。グラビティーホイールによる重力障壁を展開せよ」

 短時間であればあらゆる攻撃を防御可能な重力障壁(グラビティー・バリア)は、謂わばランスタッグにとって最後の楯である。見えない敵に追われる白き鹿の群れの上空を、同じく白い孔雀が飛び去って行く。

「あれは良子殿のレインボージャーク……否、レインボージャークに非ず、白孔雀とは」

 周囲に一斉に爆撃の火柱が上がる。数十発の直撃にも持ち堪えた重力障壁も、その数倍の爆撃を超えた辺りより綻びが現れる。障壁が破れ、1機、また1機と爆撃に斃れていく。

 メガレオンによる奇襲攻撃とホワイトジャークの猛爆を受け、玄茂のランスタッグ部隊は消息を絶った。

 

 信太流海に、巨大喇蛄(ざりがに)ドラグーンネストが現れた。家舟の民を後方に退かせ、『南無八幡大菩薩』の幟を立てた大江弾正重房が迎え撃つ。

「我ら霞ヶ浦湖賊を、将門殿と分断させるつもりか」

 瀬田の唐橋よりスタトブラスト化を解除し復活された巨大ゾイドは、坂東の湖沼を圧し下野の大蜈蚣(むかで)と同時に挙兵した。喇蛄を操るのは貞盛に非ずその配下のみ。決定的な戦闘力を欠くものの、その巨体こそが最大の武器である。小次郎の増援に向かうべき鋼鉄の(わに)も、水路を巨大要塞に閉ざされてしまえば移動する術はない。歯ぎしりする思いで相馬御所の方角を睨んでみても、願いが通ずるわけもない。そして弾正も目撃していた。

「空飛ぶゾイドが、相馬御所へ向かっている」

 地上攻撃用に爆装したホワイトジャークの編隊は、紛れもなく石井に向かっていた。

 

 相馬御所、つまり石井営所に玄茂配下のランスタッグが到着したのは、遂高が消息を断ってより一刻を回った頃である。時を同じくして、弾正重房からのドラグーンネスト出現の報せも届く。

 小次郎は直感した。秀郷は小次郎配下のゾイド部隊分断による各個撃破を狙っている。帰農を促し兵力が手薄になった下総への総攻撃を開始したのだ。

「三郎と好立は檄を飛ばし動員可能な兵とゾイドを結集させよ。好立はその後サビンガでソウルタイガーの探索にあたれ。六郎のレオゲーターと七郎のディメトロプテラを呼び戻す。兵を集中し、秀郷の軍を迎え撃つ。員経、御厩(みまや)の多治経明に連絡を取れ」

「既に手は打ちましたが、敵の妨害電波により連絡が取れませぬ。伝令を走らせますか」

「ゾイド部隊を割くのは避けたい。已むを得ぬ、興世王殿のエレファンダーをファイタータイプではなくスカウタータイプに換装、ディバイソンであればマルチレーダービークルの指向性通信を受信できるはずだ。

 営所の守りを固めよ。良子にもレインボージャークの準備をさせておけ。

 員経、デッドリーコングを馬場に引き出せ。村雨ライガーの出撃準備が整い次第、敵の進行方向を見極め打って出る」

 承知、の一言を残し、員経は主君の指示通りに行動を起す。予想外の進行速度であった。敵の虚を突くのが戦の倣いだが、秀郷は定石通りの戦術で挑んで来た。手勢を分散させた小次郎にとって苦戦を強いられるのが予測される。蒼空を流れる雲の速さに一抹の不安を抱き、視線を戻したその先、白濁した眼で(まなじり)を決した桔梗の姿があった。ふらつく足元を回廊の柱で支え、見えない筈の小次郎を探している。

「小次郎様、敵は空から来ます。大軍です、すぐにここからお逃げください」

 桔梗の絶叫に近い懇願であった。

「空からだと」

 再び蒼空を見上げ見まわしてみても、敵影らしきゾイドの姿は捉えられない。

「孝子よ、やはりバイオプテラなのか」

 桔梗は激しく首を横に振る。

「バイオゾイドではありません。この音はレインボージャークに近いゾイド。しかしかなりの重量を帯びています。爆弾を抱えています、しかも大量に」

 小次郎には何も聞こえない。桔梗が空の彼方を指さす。力が入らず、微かに震える細い指先を追い目を凝らす。

「白いレインボージャーク――」

 小次郎の背筋に冷たい感覚が奔る。蒼空に溶け込んでいた白孔雀が、群れを成して現れたのだ。淡く青みがかった白孔雀の機体色は航空迷彩であり、相馬御所上空に接近するとマグネッサーシステムを停止した滑空による消音飛行を行ったのだった。

「――敵襲。飛行ゾイド部隊出現。機体は白いレインボージャーク、各自掩体壕に避難、空襲に備えよ」

 優美な白い翼の下に醜悪な爆弾を抱えたホワイトジャークの大編隊が、相馬御所上空に達する。白い翼から火薬の塊が次々と切り離され、雄大な弧を描き御所の建造物に殺到した。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。