やはり俺のDQ3はまちがっている。   作:KINTA-K

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ゆきのんが仲間になった!

アリアハン編は次回でラストです。


4話

「はぁ…行きたくねぇな…」

 ルイーダの酒場に近づくにつれて、どんどん憂鬱になってくる。

 半ばもう確信染みた思いだった。絶対面倒なことが待っていると。あー、でも陽乃さんの約束破るの怖ぇーし。嫌でも真面目に言いつけを守る俺、マジ社畜過ぎる。

「着いてしまった、か」

 目の前の建物を見て、重いため息を吐く。

 ルイーダの酒場は、酒場なんて名前はついているが一応国営の冒険者斡旋所だ。元々はクエストの紹介と情報交換の場所の提供と言う意味で酒場と併設していたらしい。だが、強いモンスターがいないアリアハンでは冒険者は半ば無用の長物となっていて、冒険者斡旋所としては機能していない。それでも残していたのは将来の勇者の仲間候補として鍛えた冒険者を登録するため…だったのが、陽乃さん、平塚先生と言う最強カードが早々に決まってしまったため、その点でも無用となってしまい……結果としてここはもう酒場しかほとんど機能していないらしい。切なすぎるだろ、それ。

 因みに、わざわざらしいと言ったのは、さっきの話は全部伝聞で実際に行ったことがないからだ。そもそも孤高のぼっちとして断固として一人旅を貫くつもりだった俺には元々用の無い場所だったし、人が集まる酒場なんてものはぼっちにとってはただの鬼門だ。近寄らないまである。

(やっぱり気が乗らねえ…)

 しばらくの躊躇の後、意を決して…と言うよりは観念して、酒場の扉を開けた。カランコロン、とカウベルの音が鳴る。

(とりあえず、隅っこでジッとしていよう。それで気づかなければ俺のせいじゃない)

 そう考えてそちらに顔を向けて……そこで佇んでいたフード付きのローブを着た女性と目が合った。フードを目深に被っており、周囲から顔を隠しているのは分かるが、目が合えばさすがに相手の顔くらいは分かる。

(…げっ!?)

 悲鳴を上げなかったのは、自分でも大したものだと思う。俺の見知った顔が、見たことのない無表情な顔をしていたのだ。

(陽乃さん!?……じゃ、ない……?)

 確かに似ているし、一瞬間違えかけたがよく見ると少し違う。瓜二つと言うほどそっくりだが、彼女の方がやや目付きがキツイ気がする。まあ、陽乃さんはいつも笑みを張り付けているからよく分からんのだが。そこまで考えてから、俺は彼女の正体に思い至った。

(陽乃さんって、確か妹がいるって言ってたよな……まさか……?)

 会ったことはないが、陽乃さんから妹がいること自体は何度か顔を合わせている内に聞いていた。確か、雪ノ下雪乃、とか言ったか。

 自ら派閥を作り好き勝手やっている陽乃さんと違い、妹の方は雪ノ下家に属したままで、陽乃はあまり会いに行くことができないよーとわざとらしく嘆いていた。嘘付け。

(陽乃さんの妹で、雪ノ下家のご令嬢……これ、絶対にアカン奴や)

 想定した中でも最上級の面倒事だ。貴族の問題に首突っ込むとか、出来損ない勇者の俺にはハードルが高すぎる。よし、見なかったことにしよう。

 そう判断して俺が踵を返すよりも早く、陽乃さんのそっくりさん(まあ、まだ妹と確信した訳じゃないし)はこちらを見据えたままツカツカと近づいてきた。ヤベ、逃げ遅れた。

「そのどす黒く濁った腐った死体のように腐った眼……なるほど、あなたが勇者比企谷八幡ね」

「おい、初対面からいきなりそれは酷すぎだろ、泣くぞこの野郎」

 彼女との会話の第一声は、散々中傷されてきた自分の経験の中でも、相当酷い部類のものだった。

 

 

 

「さて、あなたにお願いがあるのだけれど」

「なに何事もなかったかのように話を続けてるんだよ、おい」

 あの後、いきなり腕を掴まれて強制的に連行された俺は、先ほどまで彼女が座っていたテーブルで向かい合って座っていた。いきなり腕を掴むとか、何なのコイツ?あまりに予想外過ぎてつい黙って従っちゃったんだけど。

「何か問題が?」

「むしろ問題しかねえだろ。俺はお前の名前すら聞いてなんだが」

 聞かずとも大体察しているが、だからと言って自己紹介もせずに話を進めるのは、普通に考えて間違っているだろう。

「…そう言えばそうね、ごめんなさい。あなたの目があまりにも腐っていたから、つい人と接する時の礼儀を忘れてしまったわ」

「なんで俺人扱いすらされてないんですかねぇ…」

 絶対後半のセリフいらねえだろ、それ。なんでいちいち腐った死体扱いしたがるの?

「私の名前は雪のし……雪乃よ。特別に雪乃と呼ぶことを許可するわ。よろしく」

 目の前にいる陽乃さん似の女性(まあ、目の前に来たことで身体的にある部分が全然似ていないことが分かったが)は姓を言いかけて止めて、名前だけをなぜか妙に上から目線で名乗った。

「……今、凄く不快に感じたのだけれど」

「き、気のせいだ」

 ぎろりと睨みつけられて一瞬噛んでしまう。くそ、無駄に鋭いな。いや、そんなことはどうでもいいとしてだ。

 雪ノ下の名前を名乗りかけて雪乃を名乗る。もうこれはあれだ。雪ノ下家から出ることを決意してるだろ、絶対。

「まあいいわ。さて、これで自己紹介は終わったわね」

(俺はしていないが……向こうは俺を知っているから別にいいか)

 もうスルーして置こうと思ったが、ふと雪乃は思い直したように言いなおした。

「いえ、正式にあなたからそうだと聞いていないわね。あなた、勇者比企谷八幡であってる…のよね?実は本当に腐った死体だったりしないかしら」

「どんだけ俺を腐った死体にしたがるんだよ。お前、腐った死体に話しかけるような趣味でもあんの?」

「そうね。だとしたら迂闊にもあなたが街にいることで人間だと勘違いしてしまった私の過失になるわ。本当にごめんなさい」

 さっきからキツ過ぎるんですけど、この子。あれ、俺ってお願いを受ける立場じゃなかったっけ?さっきそう言っていたよね?

 そこまで考えて嘆息した。なんだかどっと疲れた。もう、さっさと話を進めよう。

「比企谷八幡だ。後、いちいち勇者とかつけなくていい」

「なら比企谷君と呼ばせて貰うわ」

 その言い方には、少し聞きなれた印象があった。もしかしたら、俺が思っているよりも陽乃さんから俺のことを聞いているのかもしれない。

「で、お願いって言うのは何だ?」

 俺の言葉に、雪乃は一瞬の躊躇の後、まっすぐに俺の目を見て言った。

「私を……あなたの仲間にしてもらえないかしら」

 断る。と反射的に言いたかったが、あの陽乃さんが関わっているのだ。何もせずに一蹴すると後が怖いし、俺も若干興味が無いでもなかった。

「……俺の噂は知っているだろ。なんで俺なんかの仲間になりたいと思った?」

 真面目な話であることを示すように、低い声で訊く。ここで誤魔化すようなら、どんな事情があっても捨て置くつもりだった。

「そうね。正直、あなたのことは噂で聞いているだけでよく知らない。私が必要なのは、あなたの『勇者』と言う肩書きだけ」

「勇者の?」

 出来損ないの勇者に一体何の権限があるんだか…

「あなたは嫌がっているかもしれないけど、便宜上言わせてもらうわ。勇者比企谷八幡……私を、世界平和のために魔王討伐の旅の仲間にして下さい」

 そして、雪乃は綺麗な姿勢で頭を下げた。なるほどね。『世界平和』のためであれば、一貴族の事情など関係ない、と言う事か。

 実際にどうだと言うことを置いておけば、勇者に与えられた権限を考えれば筋は通る話だ。アリアハンが俺に求めている役割を果たすためには、出来損ないの俺でも正式に勇者として認める必要があり、だから俺も勇者としての権限を持ってはいる。

(こいつは何としてでも家を出たい、と言う訳か)

 出来損ないの勇者の仲間になってでも、彼女にはその事情があるのだろう。……それは後で聞ける、か。

「分かった。付いてこい」

「…え?」

 俺があっさり許可するとは思わなかったのだろう。雪乃は戸惑ったようにこちらを見ていたが、俺が席を立つと慌てて付いてきた。

 結局何も買わずに席を立った俺を酒場のマスターらしき人物が睨んできたが、ここは勘弁してほしい。

「わ、私、まだ会計が…」

「なんか買ってたのかよ」

 だから俺が座ってもウェイトレスが来なかったのか…いや、その理屈はおかしい。やはり俺の存在感の無さは間違っている。

「紅茶を…」

「ほらよ」

 指でコインを2枚マスターに向かってはじく。1枚でも足りるかと思ったが、大目に寄越しておいた。マスターが慌てて受け取っているのを気配だけで察して、酒場を出ようとする。と、なぜか雪乃が俺の腕を引っ張った。

「5Gだったのだけれど…」

 高い紅茶買いやがって、この野郎。カッコつけて渡した俺がバカみたいじゃねえか。マジ何なの、こいつ。

 やけくそ気味にもう3枚のコインをマスターに向かって投げつけて、俺は酒場を後にした。

 

 

 

「私はあなたにおごられる謂れは無いし、ちゃんとお金ももっているから後で返すわ」

 さっさと先を行く俺に、雪乃が少し焦ったようにそんなことを言っている。誰もおごらせたなんて思っていないから安心しろ。

「バカたれ、仲間なら共有財産だ」

 バっ…!?と声を震わせる雪乃を無視しつつ、急いで街の出口に向かう。

 さっきはああ言ったが、俺はまだ彼女を仲間と認めたわけではない。だが、さっさとしなければその判断もできなくなる可能性が高い。

 少なくとも、もう少し彼女の話に付き合ってやってもいいと思える程度には、彼女の言葉は俺の気を引いた。なら、今はそれで十分だ。

 急いでいるためやや速足で街の出口に向かって歩く。付いてくる雪乃の息が上がってきていることには気づいていたが、急ぐに越したことは無い。

 勇者の権限か――なるほど、旅に出てしまえば、旅先で不振に思われることは無いだろう。だが、ここアリアハンの街でなら、その理屈は通用しない。いや、建前上は通用させなければならないのだが、雪ノ下家がそれを望んでなければ権力をもって強引に邪魔してくるだろう。つまり、面倒事に巻き込まれる――ああ、なぜ俺は自ら面倒事を抱えようとしているのか。

「あ、あの……もう、少し…ゆっくり、歩いて、欲しいの、だけれど……」

 息も絶え絶えの雪の言葉を無視して先を行く。ついて来れなくなれば気配で分かるから、息が切れていようが付いて来れる内は無視だ。

 そうこうして雪乃に無理を強いながら30分ほど歩いただろうか、俺は街の出口の門を見て、足を止めた。

「……もう張ってたか」

 2人の騎士が、門の前に待機し、きょろきょろと周囲に視線を向けている。……このタイミングで門を張って誰かを探しているとなると、多分予想通りだろう。

「……っ!……比企谷君、あの騎士は……」

 俺に追いついた雪乃が驚いたように目を見張り、騎士の視線から逃れるように慌てて俺の背に隠れる。やはり雪ノ下関係か…雪乃の不在と俺の旅立ちを結び付けられたかは知らないが、それとは関係なしに街から出て行くことを警戒して見張りを付けるくらいのことは予想していた。

 二人なら揉め事になっても何とかなるな。雪乃を探しているようだし、ここに居ないと判断したら別の所に行く可能性も0ではないが……周囲に散って探しているであろう騎士が合流する可能性も0ではない、か。

(さて、確実性を取るなら今の内に行動してとっとと切り抜けた方がいいが……)

 雪乃を横目で見ると、彼女は俺の背に隠れながら騎士の様子をなぜか悔しそうに窺っている。……そうだな、こいつの意見も聞くか。

「お前はどうしたい?」

 具体性に欠ける俺の質問に、雪乃は一瞬の沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。

「そうね、もう少しこのまま様子を……いえ、堂々と行きましょう。勇者が仲間を連れていくのは勇者に与えられた権限よ。少なくとも後ろ暗い所は無いわ。いえ、むしろ隠そうとした行為を暴かれてしまうことの方が、後ろ暗い所があると認めたことになる」

「…なるほどね、ならそうするか」

 悪くない回答だと思った。隠れてこそこそするのは、この少女の流儀では無いのだろう。状況も踏まえた上で、最善の選択としてそれを選んだことは好感がもてた。

 雪乃の返事を待たずに、俺は歩みを再開させた。今度は雪乃が普通に歩いてついて来られるように、普段よりも遅い速さで。それを察したのか、雪乃は背中に隠れることをやめて、敢えて俺の隣に並んだ。

 偽物の勇者とフードで顔を隠した女性のコンビだ。怪しいことこの上無い。それに、顔は見えずとも、雪乃を知っているのならフードで顔を隠している女性が雪乃であることは体格やその状況から簡単に分かるだろう。

「……ちょっといいですか」

 多分、相手が貴族の雪乃と察しているからだろう、二人の騎士は小走りで此方に近づいてい来ると、雪乃を阻むように彼女の手前に立ち、下手に出ながら雪乃に話しかけた。俺は無視か。まあ、当然だが。

「何の用かしら?」

「……雪乃様、ですね」

「ええ、その通りよ」

 雪乃は頷いて、あっさりとフードを取って見せた。少し冷たい印象を受ける、陽乃さんによく似た端正な顔立ちが露わになる。艶やかな黒髪がフードを外してもローブの下に隠れているところを見ると、陽乃さんとは違って髪を伸ばしているのだろ。なんとなく、隠しているのが勿体無く感じた。

「雪乃様、こんなところで何をしているのですか?」

「そうね。私は隣の彼――勇者比企谷八幡の仲間になって、これから一緒にアリアハンを旅立とうとしている所よ」

 おお、随分はっきりとぶっこんだな。口調から分かっていたが、やはり相当気の強い性格をしているようだ。キツイのは俺限定ではないらしい…罵倒は俺限定っぽいけどな。

「何をバカなことを仰ってるのですか!?すぐに家にお戻りください」

「バカなことでは無いわ。世界平和のために戦いたいと言う崇高な思いに従った結果よ」

「ふざけたこと言わないで大人しく従ってください!当主様からは手荒なことをしても構わないと言われているのですよ!」

 おっ、脅し文句が出たか。さて、雪乃はどう出る。

「それは、勇者の旅立ちを妨害すると言っていると受けとってもいいのかしら」

「ええいっ、いいから聞いて下さい!」

「おっと」

 いい加減に焦れたのか、一人の騎士が雪乃を捕縛しようと手を伸ばし――その前に俺が横合いから騎士の手首を掴んだ。そのまま捻りあげてやっても良かったが、まだ喧嘩を売る段階じゃないからな……このままだと時間の問題っぽいが。

「邪魔をする気か、貴様!?」

「いや、邪魔してるのそっちだから。勇者が仲間連れて旅に出ようとしてるのを何で邪魔してんだよ。さっさと出たいからいい加減道を開けてくれ」

「出来損ない風情が、偉そうに勇者を語るな!」

 騎士は激昂して強引に腕を振り払った。捕まえておく理由はないため、そのまま解放してやる。雪乃はこの先の展開を予測してか、一歩後ろに下がって距離を取った。

 二人の騎士は今度はこっちに向きなおり、腰に佩いていた剣の柄に手を掛けた。へえ、そう来る気か。

「何だそれ。俺、国に正式に勇者として認定されてんだけど。国に喧嘩でも売るつもりなの?バカなの?死ぬの?」

 勇者と名乗るのは嫌だが、使えるものならせいぜい使わせてもらう。相手は俺の挑発に顔を真っ赤にしたものの、剣を抜くことは思いとどまったようだった。ちっ、先に手をだしてくれれば返り討ちにする理由が出来たのに。そこまで脳筋では無かったようだ。

「ええい、兎に角、雪乃様は返して貰うからな!」

「待って。私は確かにそこの腐った眼の男の仲間にはなったのだけれども、その男の物になった訳ではないから返してもらうと言う表現は間違っているわ」

「そこを突っ込むのかよ。スルーしてやれよ」

「いいえ、例え勘違いと分かっていても、あなたの物扱いされるのはおぞまし過ぎて耐えられないわ」

「何この短期間でそこまで嫌になってるの?お前俺に対してキツ過ぎだろ」

 軽口を叩きながらも、俺は雪乃を庇うように騎士との間に立ち、雪乃も俺の邪魔をしないように騎士から距離をとる。騎士二人は俺を警戒しながらじりじりと俺の左右に回り込むように移動する。一触即発の空気に、否応にも緊張感が高まる。――が、

「あれー?こんなところで何をしているのかな、比企谷君?」

「ほう?中々面白い事態になっているじゃないか」

 そんな緊張感をぶち壊す――どころか粉々に粉砕しながら、アリアハン最強の二人、陽乃さんと平塚先生が割って入ってきた。

 


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