やはり俺のDQ3はまちがっている。   作:KINTA-K

6 / 24
ゆきのん登場回。しばらくは雪乃がヒロインやります。
結構雪乃の一人称頑張ったんだけど、とあるセリフを(内心で)言わせたことでコメントがそこに集中したのがちょっと残念だった思い出。


3.5話

 ルイーダの酒場の奥の席で。私は少しでも目立たないようにフードで顔を隠しながら、周りの喧騒から耳を背けて佇んでいた。

 分かっている。これは間違っていることだ。責任ある貴族の子女として、許されないことだ。

 だけど、それでも私は、自分の手で自由を手に入れたかった。

 

 

 

「やっはろー、雪乃ちゃん」

 能天気な挨拶とともに自室のドアが開く。

 私は本を読んでいた手を止めて、小さく嘆息してそちらに顔を向けた。

「…姉さん、何しに来たの?」

 いつもの内心が分からない笑みを浮かべて、部屋に入ってきたのは私の姉の雪ノ下陽乃。せめてノックくらいはして欲しいといつも言っているのだが、聞いてくれた例はない。

(何度言っても聞かないかなら、諦めたけどね…)

 肩を落として小さく嘆息する。大体からして、姉がこうやって自分の元に気軽にやってくる神経が理解できない。

 ――雪ノ下家に逆らい、自ら王宮内で派閥を作り上げ、半ば勘当されている身だというのに、姉は平気でこうして雪ノ下の家にやってくる。

 本来なら許されることではない……しかし、姉はこうしてやって来ている。なぜなら、自分の我儘を押し通せるだけの力を持っているから。

「あれー、雪乃ちゃん、なんか暗いよー。折角お姉ちゃんがいい話を持ってきてあげたのに」

「不要よ。放っておいてくれないかしら」

 一言で切って捨てて、私は読んでいた本に視線を落とす。あの姉の持ってくる話だ。どうせ碌な話ではないだろう。

「ふぅん、雪乃ちゃんがいいって言うなら別にいいけど…でも、そうやって一人で魔法の勉強をしていても、私のようにはなれないよ」

「…っ」

 その言葉に、思わず奥歯を噛みしめる。確かに私が読んでいるのは神学関係の本――引いては僧侶の起こす奇跡に付いて書かれているものだ。

(あなたに言われる謂れはない――)

 思わず口を衝いて出そうになった言葉を飲み込む。その感情は私の中に確かに根付いているのだけど、言い掛かりに過ぎないことは十分に理解していた。

「あー、でも雪乃ちゃんがこの家に『居られる』のって、もう半年も無いんだよね。確かに私の言葉は余計なお世話だったかなー」

 その言葉に、今度こそ顔を上げてキッと姉を睨みつける。姉は顔色一つ変えずにこちらを見て笑みを張り付けていた。

「葉山隼人――だっけ、葉山家の御曹子の。まあ、いい評判しか聞かないし、良かったんじゃない?」

「勝手なことを……」

 あまりにも無責任なその言葉に、我慢できずに声を上げてしまった。

 葉山隼人――姉の言った通り、有力貴族の葉山家の御曹子。彼自身に別にどうこう言う思いはない。ただ、私の16歳の誕生日――私が成人する日に、私が彼の元に嫁ぐことが決まっているだけの、ただの親同士が決めた許婚と言うだけの相手でしかない。

 ただ、私に関することなのに、何もかも私の意思をすり抜けて決まっていくことが、受け入れがたいだけ。

 私の非難の言葉に、姉は張り付かせた笑みはそのままで、嘲るように視線を冷たいものに変えた。

「言うよ。どんな勝手なことでも。それが私だからね」

 違う?と厭味ったらしく聞き返してくる姉に、私は一瞬言葉に詰まった。そうだ、この人は常に身勝手を押し付けてくるだけだ。真面目にやり合うような相手ではない。

「…そうね、確かに姉さんの言う通り良縁ね。一般的に見ていい話だとは思うわ。――話はそれだけかしら?なら……」

「まあまあ、ちょっと待ってよ。早合点は良くないよー」

「なら、早く話しなさい」

 窘めるような姉の言葉に、私は睨みで返した。しかし、姉は「やっと聞いてくれる気になったか」と嬉しそうに笑うだけで、私の睨みなど歯牙にもかけない。

「雪乃ちゃん、もうすぐ勇者が旅立ちの日を迎えることを知ってる?」

「勇者が?勇者の成人は2年ほど先の話だと聞いていたのだけれど…」

 実際に会ったことは無いが、姉が勇者の旅立ちに付いていくことが決まっていたため、それくらいは知っていた。成人とともに旅立ち、ね……私とは大違いだわ。

 しかし、姉は「違う違う」と可笑しそうに手を振って言った。

「それは妹ちゃんの方。もう一人、勇者はいるでしょ?」

「……ああ、そう言えば、出来損ないと呼ばれる兄がいると聞いたことがあるわ」

「そうそう、そっちそっち。比企谷八幡って言う、出来損ないって言われている勇者のこと」

 私の言葉に姉は可笑しそうに笑う。――その笑顔に、私は少しだけ驚いた。先ほどの貼りつかせた笑顔とは違い、本当に楽しそうに笑っていたのだから。

「まぁ、国の思惑は別にあるんだけどさ。一応比企谷君も勇者認定されて旅立つことが決まってるんだよ」

「そう……それがどうかしたのかしら?」

 出来損ないでも旅立つことができると私を揶揄しているのだろうか?いや、それだったら、姉の先ほどの笑みは――仮面と違う、本当に楽しそうな笑みは説明できない。

「で、比企谷君だけど、ぼっちだから仲間が出来そうにないんだよねー」

 楽しそうに笑いながら言う言葉に若干イラッとする。その比企谷君とやらがぼっちだろうが私には関係の無い話だ。

「それで?」

「……話は変わるけどさ、勇者って結構いろんなこと許されてるんだよね」

「え、ええ、知ってるけれど」

 話に付いていけず訝しむ私に、陽乃はうんうんと頷いて訊ねた。

「じゃあ、知っている限り挙げていってよ」

「?別にいいけれど……勇者は国境間を自由に行き来できる、勇者は一般の立ち入りが禁止されている秘境、ダンジョンにも自由に入ることができる、勇者は己の選んだ仲間を連れていくことができる、くらいかしら。最後のものは相手の同意がいるのだけれど」

 挙げてみるとそれほど多くはない。要は自由気ままに色々な場所に行くことが保障されている程度だ。やや下世話な話になるが、勇者だからと言って商品が割引されたり、いわんや他人の家に押し入ってタンスを漁ることが許されているわけではない。…って、私は何を当たり前のことを言っているのかしら。

「そう、勇者ってのはさ、一応世界平和のためって言う崇高な目的があるからねー。自由な行動が認められているし、勇者が必要だと思う仲間の手を借りるのも認められているんだ」

 姉はそういってからニヤリと唇の端を吊り上げた。

「だから、勇者の仲間になると言う理由は、大抵の場合、他のどんな事情よりも優先されるんだよね」

 そこでようやく、私は姉が言いたいことを悟った。

「姉さん、まさか……?」

「うん。雪乃ちゃん、比企谷君の仲間になるつもりはないかな?」

 実にあっさりと、姉は驚くべき提案を私にした。

「何を言っているの?大体、私はその比企谷君とは会ったことすら無いのよ」

「あー、うん、面白い子だよ。少なくとも悪人じゃないから安心していいよ。目が腐ってるけどねー」

 そしてまた可笑しそうにクスクスと笑う。そのことに私は何故か動揺しつつも、言い返した。

「……そんなこと、お母様が許してくれる筈が……」

「母さんの許可なんて関係ないでしょ?世界平和と一貴族の事情、どっちが大事かな?」

「……私には、戦う力が無いわ。そんな私を、勇者が必要とするとは思えない」

「でも魔法が使えるでしょ?比企谷君、魔法の才能無いからねー。きっと重宝されると思うよ」

 そう言えば出来損ないの勇者は魔法が使えないから出来損ないと呼ばれているのだった。でも、私が使える魔法はメラとホイミだけだ。初級の冒険者以下の魔法しか使えない私が、勇者の旅に付いていけるとは――

「でも……」

「雪乃ちゃん」

 気が付くと、笑みを消して私の目をまっすぐに見据えている姉の顔が目の前にあった。

「――そんなに、鳥籠の中は居心地がいい?」

「っ!」

 息が詰まる。姉の言葉と、何よりも私の何もかもを見透かすようなその目に。

「……比企谷君の旅立ちの日は3日後。その日の朝、もう一度来るから、それまでに決めておいて。もし比企谷君の仲間になるつもりがあるのなら、私は協力するから」

 言い終えて、姉は私に近づけていた顔を離すと、そのまま踵を返して部屋を出ようとした。

「待って」

 思わず呼び止める。足を止めたが、振り返らない姉の背に、私は最後の疑問を投げかける。

「なぜ、そんなことを…?」

 まだ決意すら出来ていない私では、そんな曖昧な聞き方しかできなかった。

 姉は、私の質問にしばらく沈黙した後、顔だけこちらに振り返った。

「別に――ただの気まぐれ」

 少し苦みの混じった笑みを零して、姉は部屋を出言った。

 

 

 

 そして今、私はここ「ルイーダの酒場」に居る。

 まだ、これで良かったのか自分でも判断できない。だけど、

『そうそう、そっちそっち。比企谷八幡って言う、出来損ないって言われている勇者のこと』

『あー、うん、面白い子だよ。少なくとも悪人じゃないから安心していいよ。目が腐ってるけどねー』

 彼のことを語る姉の姿は、少なくとも私にはいつもの仮面の笑顔とは違って見えた。だから、私は彼に会ってみたいと思った。それが無ければ、私はここに来たかも分からない。姉さんはああ言っていたが、雪ノ下家が世界そのものの私にとっては、世界と比較されてもどちらが大事かなど解りはしない。

(それにしても…)

 このルイーダの酒場にいる冒険者の目は大概濁っている。アリアハンは平和で、その分冒険者達の必要性も薄くなり、結果的に管を巻いているものがほとんどだ。いくらその比企谷とやらの目が腐っていたとしても、見分けはつかないのではないか。姉さんに比企谷八幡と言う人の特徴を聞いたとき、目を見れば分かると言っていたけれど、ここに居る人たち皆、目が生きているとは思えない。本当に見分けがつくのだろうか。

 カラン…

 そんなことを考えていると、またカウベルの音が鳴った。反射的に視線をそちらに向ける。先ほどからカウベルが鳴る度に、彼が来たことを期待して入り口の方を見ているため、反射的な行動だった。

 なぜか相手もすぐにこっちの方へ視線を向けたため、意図せずして目が合ってしまった。フードで顔を隠していると言っても、目が合ってしまえばこちらの顔は見られてしまう。状況的に人目を忍ぶ必要がある自分にとっては良くないことだった。

 こちらの顔を見た相手の顔が驚きで染まる。同時に、私も相手の目を見て、姉の言ったことを理解した。

 幾重にも塗り重ねられたように暗く濁った眼。しかし、私はその奥に何かしら感じるものがあった。もしかしたら、それは姉も感じていたものなのかもしれない。

 そして、彼の顔が驚きで染まったことがそれを裏付ける。私の顔立ちは姉によく似ている。姉の知り合いで私を知らなければ、驚きの一つくらいはするだろう。

 私は衝動的に立ち上がり、彼に近づいて行った。

「そのどす黒く濁った腐った死体のように腐った眼……なるほど、あなたが勇者比企谷八幡ね」

「おい、初対面からいきなりそれは酷すぎだろ、泣くぞこの野郎」

 それが、私と彼――勇者比企谷八幡との邂逅だった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。