盗賊の訓練所の教官は八幡のことをそこそこ気に入っている設定です。まぁ、盗賊と言う職業柄、御上の言う事に素直に従わないと言う所があってですが。
川崎は同年代では唯一八幡と仲が良い存在です。他が教師役の平塚先生、陽乃と家族の小町、母親だったことを考えれば、距離が一番近い相手でした。あまり出番はないですけど、ちょこちょこ話には上がってきます。
用事を終えた俺は、ようやく城を出て自宅へ向かった。いや、流石に武器装備して国王に謁見するわけにはいかないし。装備と旅の支度はまだ自宅に置いてあるので取りに戻らないといけない。
…ん?ルイーダの酒場には行かないのかって?
行くよ。陽乃さんの約束破る方がなんか怖いし。ただ…なんか厄介ごとに巻き込まれて即出発と言う状況になる気がしてならない。何せあの陽乃さんが何かを仕組んでいるのだ。少なくとも、単純に俺の仲間候補を探しておいてくれた、等と言う展開には間違ってもならない。絶対に何かあると断言できる。…あれ、やっぱりスルーした方がいいんじゃないか?
まぁ、そんなこと考えても結局行くんだが。何、俺まじめ過ぎじゃね?
つらつらとそんなことを考えていると、道の途中で見知った女性の姿が見えた。目つきはキツいが、十分整っている顔立ちに印象的なポニーテール。一応、知り合いと言わないでもない。俺が通っていた盗賊養成所の同期だ。名前は、川……川……岡崎、だっけか?おい、川どこ行った。
「比企谷」
偶然にも苗字が呼ばれたが、俺ではないだろう。勘違いして反応したらそのまま別の人と話している姿が目に浮か……びません。だから睨まないで。…目付きのキツイ美人に睨まれると、3割増しで怖いよね!(八幡調べ)
「………おお。川崎か」
「なんでそんなに間が空くのさ」
そりゃ、その間に睨まれたからなんですが。え?普通に名前を呼んでるじゃないかって?様式美だ。あ、因みに、フルネームは川崎沙希、な。
と、川崎はなぜか俺の隣に来て並んで歩き始めた。え?そう言うのやめてくれません?勘違いしそうになっちゃうから。
「……あんたはさ、今日から旅に出るんだよね」
「まあな。本音言うと、ずっと引きこもって居たいまである」
「そう言うの、いつも口先ばっかりだね」
「……」
思わぬ返しに沈黙してしまう。いや、本心ではいつも思っているんですよ。でも小町とか世間体とか…あと小町とか、それと小町とか色々あるから。って、ほとんど小町じゃねーか。俺小町好きすぎだろ。
「……いつ、出るの?」
「これから帰って準備して…で、ルイーダの酒場寄ってからだな」
「え!?もしかして仲間探すつもりなの!?」
そこまで驚かれると俺的に思うところがないでもないが、確かに自分の身に置き換えても、俺が仲間を探すためにルイーダの酒場に行くと聞いたら正気を疑う。
「まぁ、なんだ。色々事情があるんだ」
「ああ、もしかしてあんたが言ってた陽乃さんとか言う人が原因?」
なんでそんなに察しがいいんだよ。つか、なんでそんなこと知ってるんだよ。え?俺陽乃さんのこと教えてたっけ?
「……そんな不思議そうな顔しないでよ。以前、野外訓練のキャンプで愚痴こぼしてたよ」
あー、そう言えば言ったかも。野外訓練はいつも川崎と二人だったしな。むしろあの訓練を川崎と二人切りでと言う時点であのクソジジイ(盗賊訓練所の教官な)の正気を疑ったわ。街の外で数日間キャンプして過ごすという訓練で、男女を二人きりにするとかマジで理解できない。……いや、成績順だと言うことは分かってたけどな。
「まあ、そんなとこだ」
「……ふぅん、気が乗らないなら無視すれば?」
いやだよ、怖ぇし。とはさすがに言わないでおく。
「一応、恩人の言うことだからなー」
「…その人は、仲間を作れって言ってるんだよね」
なぜかこちらの様子を窺うように訊ねてくる川崎。
「いや、あの人のことだから素直にそう言う意味で言ってるんじゃないと思うんだが…」
「……あの、さ。もし、あんたさえ良ければ……私が」
「いや、良くねーよ。陽乃さんに文句を言われたらむしろそっちの方が困る」
被せ気味に、俺は『敢えて』勘違いしてそう応えた。川崎がこちらを見たが、俺は川崎を見ない。見る必要は無い。
「……そうだね、そもそも私、陽乃さんとか言う人には会ったことないしね」
そうだったっけ。八幡、失敗。てへっ。
「まあ、なんだ。川崎には、小町のことよろしく頼むわ」
盗賊訓練所で最も優秀な成績を収めている川崎も、平塚先生、陽乃さんに続いて同じパーティに入ることが内定している。あれ?そう考えるとあと2年もないのに陽乃さんと川崎が顔合わせしてないって不味くない?
「……訓練所の成績なら、あんたの方が上でしょ」
「戦闘技能だけな。俺はアリアハン最強のバトルマスターに教えてもらっているんだから、例外だ」
盗賊訓練所では、戦闘技能の成績のトップは俺で、罠解除、開錠などの実技の成績では川崎が断トツにトップだった。川崎は手先がやたらと器用で、器用さを必要とする内容ではピカイチだった。俺も自分では手先が器用な方だと思っていたが、川崎の足元にも及ばない。それに、戦闘技能のトップは俺とは言っても、能力的には川崎と僅差だろう。前述の通り、平塚先生の訓練を受けているから対応できるだけで、戦績ほどの差はないと感じている。……才能的には、自力で闘気っぽいものを身に付け始めている川崎の方が上だろうしな。
「……あんたらしいね」
そう呟いてから、川崎は特に何も言わず、しばらくの間黙って俺の隣を付いてきた。俺も特に話すことはないため、黙ってそのまま歩く。
――先ほど、敢えて勘違いしたとは言ったが、実情勘違いではないだろう。川崎はドライな見た目に反して、かなり面倒見の良い世話焼きな性格をしている。だから、うっかりそんな事を感じてしまっただけだろう。そんな言葉を真に受けて、俺は川崎を困らせるつもりはない。
「あの、さ」
自宅の玄関が見えてきたころ、黙って隣を歩いていた川崎がまた口を開いた。
「……小町ちゃんを、泣かせるような真似はしないでよ」
「分かってる。さっきも言ったけど、小町をよろしくな」
「……比企谷は本当小町ちゃんばっかだね」
「うっせ」
毒づく俺に、川崎は笑って手を振って「じゃあね」と言って小走りに去って行った。俺はようやく振り返って川崎の背中を見送って嘆息する。
……こんな風に、別れを惜しまれるとか、本当慣れてないことは止めて欲しい。どう返せばいいのか分からなくなる。
「お兄ちゃん、お帰り!」
「お、おお、ただいま」
玄関を開けるなり、小町に迎えられて驚く。え?もしかして俺を待ってくれていたのか?天使か?
「ねえお兄ちゃん」
そんなことを考えている俺に構わず、小町は俺を迎え入れた勢いのまま、俺にすり寄ってきた。近い近い!小町じゃなければ勘違いするレベル。まあ、小町だから平気だけどな。
「お兄ちゃんは何時に出発するの?」
「もう準備してあるから、すぐに出るぞ」
むしろ留まっていると、城の兵がやってきて追い出されるまである。…いや、これガチだから。
「そっか……でも、まだ時間あるよね?」
「いや、装備整えたらすぐ出るつもりだ。今日の内にある程度距離稼ぎたいしな」
なんせ戻ってこれないまである。くっ、ずっと家に居たい俺が帰ることができない、だと……俺の人生ハードモード過ぎない?
「で、でもでも、お兄ちゃん旅に出ちゃうんだし、折角だからギリギリまで一緒に居ようよ!あ、これ小町的にポイント高い!」
「小町」
「そうだ、どうせなら私から王様に頼んでお兄ちゃんの…」
「小町っ!」
二度目は少し強めの言葉で遮った。その言葉に、小町は口を噤んで押し黙る。やはり小町の依存癖が出た。こういう時、本当に思う。なぜ、今まで突き放さなかったのかと。
そして、何よりも強く思う。俺は……なぜ小町を突き放さなければならないのか、と。
「はぁ…」
本当、ままならないと思う。万感の思いを込めてため息をついてから、唇を噛みしめて俯く小町の頭に、優しく手を置いた。
「あれだ。色々あるから、だから、あまりゆっくりできないんだ、悪いな」
「……うん」
優しく小町を引きはがして、そのまま自室に戻って旅の支度をする。
平塚先生から餞別にもらった鋼の剣を腰に佩き、丈夫な革製の小手を腕に付ける。そして投げナイフを7本挿したベルトを旅人の服の上に巻いて、その上からフード付きのマントを羽織る。最後に当座の旅に必要な荷物を詰めた鞄を背負い、準備を終えた。
我ながら、勇者と言うよりは盗賊に近いスタイルだとは思うが、それが自分の戦い方に一番合っているのだから仕方がない。むしろ盗賊と呼ばれたいまである。
準備を終えて玄関に戻ると、俺をさっき俺を出迎えたまま玄関にいた小町と、多分俺を見送りに来た母さんがいた。……見送ってくれるんだよね?さすがに意識し過ぎとか無いよね…?
俺に気づいた小町が、一度目を腕で拭うと俺にまっすぐに向き直り、意を決した様子で口を開いた。
「お兄ちゃん、待ってて!」
「は?」
困惑する俺をよそに、少し目を赤く腫らした小町は、訴えるように身を乗り出してきた。
「私…絶対に追いつくから!だから、お兄ちゃんは小町を待っていて!」
「あーっと…」
返答に窮してふと隣を見ると母さんがニヤニヤと笑みを浮かべていた。オイ、何か吹き込んだのはあんたか。
「お兄ちゃんが待っていてくれるなら、私は頑張れるから。追いついて、お兄ちゃんと一緒に魔王退治に行くから、だから、待っていて!」
(ああ、そう言う事か)
ようやく理解できた。自分が旅に出てから追いかけるから待っていて、と言う訳か。……1年半後は結構気が長いけどな。
小町の目的は魔王退治であり、俺と一緒に旅をすることではない。だからその言葉は間違っているが……本音を言えば、少し嬉しかった。
「まあ、そうだな。途中でくたばらないようにはするさ」
「絶対だよ!」
「ああ、分かった」
その言葉に、小町はようやく安心して――最後にもう一度抱き付いてきた。それから数秒後にそっと身を話す。……顔を見る限りでは、もう心配なさそうだった。
「本当、あんた達兄妹は面倒だね」
「二人ともあんたの子供だけどな」
母親の言葉に、皮肉を返してやる。俺たちのやり取りが可笑しいのか、小町が小さく吹き出す。
「ま、死なないように適当にやりなさい」
「なんつー激励だよ。まあ、俺も死ぬのは嫌だからな。ほどほどにやるわ」
母さんの解り辛い優しい言葉に、俺も誤魔化しながら応える。……何度もウザイと思ったことがあるが、こうなるとやっぱりさみしいもんだな。
「じゃ、行ってくる」
二人に見送られながら、俺は自宅を後にした。
……いや、次はルイーダの酒場に向かうから、まだアリアハンにはいるんだけどな。