やはり俺のDQ3はまちがっている。   作:KINTA-K

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前回の平塚先生の事情編。
当初は一人称を変える時は『….5話』でとか考えてましたが、後の話ですでに崩壊してます。
八幡がメインで無い、かつ間に挟むようなエピソードはこのようなタイトルになります。

次回は舞台裏話の予定。


2.5話

「平塚先生、陽乃さん…小町をよろしくお願いします」

「…っ、あ、ああ。当然だ」

 部屋を出ていった比企谷の残した言葉に、一抹の寂しさを感じながらも、私は力強く頷いた。頷いてやることしかできなかった。

 この言葉の意味は分かる。私が言おうとした言葉は、はっきりと言葉に出す前に拒絶されたのだと。

 このような言い回しでそれを示されたのは、彼の解り辛い優しさ、なのだろう。

「勿論、小町ちゃんも可愛いからねー」

 対して陽乃は私のように何かしら気にするところもなく、いつも笑顔を張り付けてひらひらと手を振っている。

 彼女の仮面――彼女の笑顔が表面的なものであることは分かっているが、私はそれが不思議と嫌いではない。それも、私が認めた陽乃の強さの一部だ。

 だが、仮面越しでも分かることはある。陽乃は、言いたいことをすべて言い終えて、満足していた。

 ……ルイーダの酒場、か。あれだけ露骨に推していたのだ。陽乃なら、当然のように何かしらの仕込みをしているのだろう。そして、比企谷がああ言った以上、あいつは確実にルイーダの酒場に行く。そこで待っているのは、きっとあいつにとって意味のあるものなのだろう。陽乃は周囲を引っ掻き回すトラブルメーカーだが、その実無駄を嫌う。

 そんなことを考えていると、不意に陽乃が振り向いた。そして、仮面の笑顔に意地の悪さをブレンドして、からかうように告げてくる。

「そ・れ・で、静ちゃんはあの時一体何を言おうとしてたのかな~?抜け駆けは感心しないよー」

 解り切ったことをニマニマ笑みを浮かべながら聞いてくる。その態度に、私は大きく肩を竦めて見せた。

「抜け駆けも何も、今はっきりと断られたさ」

 お前も見ていただろう、と水を向ける。

「まったく、静ちゃんはどうして国に喧嘩売るようなことをするのかな」

「それはお前もそんなに変わらないだろう」

 そんなことはないよーと本心でないことが明白な言葉を聞き流しながら、あの時の言葉の続きを思う。

 あの時の言葉の続き――お前が望むなら、私は……お前の旅に付いていく。私は、陽乃の邪魔がなければそう言っていた。ま、陽乃の邪魔がなくても比企谷本人に言い切る前に止められていただろうがね。

 実際、本来ならしてはいけない話だし、できない相談なのだ。アリアハンは私を勇者小町の仲間にすると決めている。それを蹴って比企谷についていけば、アリアハンの面目は丸つぶれだろう。

 何よりもそれを比企谷が望まないことが分かる。アリアハンの面目を潰すことではなく、私がそれをしてしまうことを。

 それでも、私は、あの時比企谷が拒絶しなかったら、国を敵に回しても――仮に、陽乃と敵対することになっても比企谷に付いて行った。

 私は、そこまでしなければならない程残酷なことを、彼にしてしまったのだ。

「…静ちゃんも、妙な所で律儀だよね」

「性分だ。完璧が無いことは分かっている。すべて望み通りに行かないことも分かっている。それでも、後悔しないという訳ではないさ」

 言いながら、私は自分で比企谷に二度目の絶望を突き付けてしまった時のことを思い出していた。

 

 

 

 比企谷の訓練を担当することになり、私は彼に闘気の使い方を教えた。魔王ほどの相手を倒すには絶対に必要であるし――魔法が無くとも強くなれる証明になると思ったからだ。魔法が使えない比企谷に、同じ魔法が使えない者として少し親近感を持っていた。

「気は生きている限り誰もが持っている力だ。魔法は才能がなければ使えないが、闘気なら、鍛えれば使うことができる。私は、それをお前に教える」

 闘気は己の生命力を燃やして力を発揮する、いわば生粋の戦士にのみ許された魔法のような技だ。私はそれを比企谷に修得させることで、将来勇者にならなければいけない彼に、そのための力を与えてやるつもりだった。

 闘気には大まかに分けて3段階ある。1段階目は身体能力の強化。2段階目は自分の持つ武器に闘気を纏わせること。3段階目は闘気を放出すること。3段階目は相応の才能が必要になるが、闘気に目覚めたものは2段階目まではすぐに身に着けられる。それが、私の認識だった。

 そして私は1段階目の身体能力の訓練を始めた。これは戦士でなくとも無意識に使うことのある力で――平たく言えば火事場の馬鹿力だ。普通の人間では何か危機的な状況でないと発揮できないそれを、意識して使えるようにする。私はこれを2年かけて比企谷に修得させるつもりだった。

 闘気は己の体に負担を掛ける力のために、意識して使うことが難しい。使い方を誤れば生命力を使い果たして死ぬこともある諸刃の剣だ。そんな危険な力を意図的に使えるようにならなければならない。その感覚の理解は結局己を追い込むしか方法がないのだ。負荷をかけ過ぎないように徐々に開眼させていこうと考えたそれを、比企谷はわずか半年である程度自分の意思で発動できるようになり、1年もすれば腕力だけを強化する、脚力だけを強化すると、器用に分けて使うことができるようになっていた。私が2年で身につけさせようとしたことを半年で修得し、さらに半年で自由に扱えるところまで使えるようになったと言う事実に、私は歓喜した。優秀な弟子をもったと。

 ……後から考えれば、私はその時点で間違っていた。闘気の開眼に必要なことは、突き詰めれば自分を追い込むことだけ。比企谷の開眼が早かったのは、自分を追い込むことに慣れていた、ただそれだけだったのだ。

 そして2段階目の闘気を武器に纏わせる訓練に移った。その時、私は比企谷にこう言った。

「闘気を武器に纏わらせれば、今まで斬れなかったものを斬ることができるようになる。例えば、鉄よりも固い竜の鱗は、鉄の剣ではなんど打ち付けても斬ることができない。だが、その鉄の剣に闘気を纏わらせることで、竜の鱗も斬ることができるようになる。現に私はこの力を使って銀のナイフ一本でスカイドラゴンを仕留めたこともある」

「だから、絶対に身に付けろ、これを身に付けられなければ、戦士『失格』だ。……何、安心するがいい、私が必ずそこまでお前を鍛えてやるさ」

 ……私は、敢えて厳しい言い方をした。実際、武器を使う戦士が武器よりも固い敵を倒すためには必須の技術なのだ。身体能力が高くても、それだけでは武器の固さよりも固い敵は斬れないからだ。魔王退治に向かうならば、絶対にそのような事態に遭遇する。だから私は敢えてそう言ったのだ。

 もっとも、当時そう言った時の私は楽観的に考えていた。新しいことを覚えるのにもっとも困難なものは最初の取っ掛かりを掴むことだ。それをクリアできているのならば、次に進むのは容易い…私は、愚かにもそう考えていたのだ。

 それから2年経過しても、比企谷は2段階目に進めなかった。どれだけコツを教えても、実演してみても、実戦稽古してみても、彼は武器に闘気を纏わせるところまで至れなかった。

 私は1年経ってもできなかったことで、気づいていた。比企谷には、自分の闘気を外部に出す才能が無いのだと。それでも身に付けさせようと躍起になり、もう1年無駄に費やしてしまったのは、私の我儘だ。比企谷に、勇者失格の烙印を押されているあいつに、私がさらに失格の烙印を押し付けるわけにはいかないと、自分の気持ちだけのことを考えて。

 あいつは、そんな私の心情を察したのだろう、訓練を始めて2年目に、自分から言ってきた。

「平塚先生、俺は闘気を武器に纏わせる訓練をやめて、別の訓練をしたいんですが」

「…諦める必要はない、私が、必ずお前をそこまで至らせて見せる」

 私の諦めの悪い言葉に、比企谷は嘆息し――いつもの濁った、腐った眼でこちらを見て、言った。

「そうですね。平塚先生に教えられれば、いつかは出来るようになると思います」

「なら――」

「ですけど、あと3年もしたら旅に出なきゃいけません。なら、俺は効率を重視して今ある材料で戦う方法を身に付けたい」

 その考え方は間違っていますかと聞いてきた比企谷に、私は違うとは言うことはできなかった。

 実際、間違っていない。時間が限られている以上、一つのことにこだわり続けるなどできはしない。そして何よりも――

 比企谷の目には、すでに諦観が浮かんでいたのだから。

 彼の目を、私が、さらに濁らせたのだ。私は比企谷に、2度目の失格の烙印を押してしまった。

 以降、彼は盗賊の訓練も受けるようになり、私と…主に陽乃の口利きにより、盗賊の訓練所に通うようになる。そして比企谷は素手を含めた色々な戦い方を学びたいと私に申し出て、私は今までの私が主導で比企谷を鍛えるやり方から、二人で相談して訓練の内容を決めるやり方に変えた。

 その甲斐あって、あいつは自分の戦闘スタイルを確立させた。色々な武器の特性を知ることで、それに合わせた戦い方もできるようになった。

 あいつの努力は間違っていなかった。それは断言できる。だが――戦士失格の烙印は、押されたまま消えていない。

 

 

 

 ***

 

 

 

(な~んか、重そうなこと考えてちゃってそうだなー)

 黙り込んだ静を見て、私は苦笑を漏らした。

 当時の状況を知っている私は、彼女が抱えている苦悩を理解している。だが、むしろ私はその比企谷君の行動に感心したものだ。

(割り切ってすぐに次に繋げる。最後の方はあの静ちゃんが彼の提案にのって動いていたしね。自らの分を理解した上で最善を尽くす。うん、本当に面白い子だよ)

 才能のある自分では分からない、分かる必要もない行動原理を持つ男。そんな彼が『あの子』と会ったら一体どんな化学反応を起こすのか…私は、それが楽しみでならない。

(ま、あの子が私の予想通りに動いていれば、だけどね)

 お膳立てはした。それ以上はあの子が決めることだ。私の考えた通りに動かないのなら、それは酷くつまらない結果になるが。

 私の見立てでは、自分の意思で何かを決められる子ではない。だが、逃げることくらいなら、できるかもしれない。それくらはしてやる義理が私にはあると思ったし、だからこそ実際してあげた。

(でも、今は静ちゃんか)

 なんだか自分が思ったよりも落ち込んでいるようで、ちょっと引く。まあ、元々重いところはあったけど、一体いつの間にこうなってしまったのか。

「でも、そんなに気に病む必要は無いんじゃない?どうせそんなに間が空くことなんてないから」

「…何のことだ?」

 不思議そうに聞き返す静に、私は少しあきれる。むしろ、それが分からないことが私にとっては不思議だ。

「あのブラコンの小町ちゃんが、そんなに長い間、比企谷君がいないことに我慢できるわけないじゃない」

 私と静と同じ、我儘を押し通せるほどの力をもっている『本物』の勇者――比企谷小町が、その感情を黙って押え続ける必要など、何処にもないのだから。

(さて、これから楽しくなるといいね)

 魔王退治、そこから始まる騒乱が待ち遠しい――色々なものをぶち壊せるその時が。

 私はその内心を仮面の下に隠しながら、僅かに唇の端を上げていた。


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