やはり俺のDQ3はまちがっている。   作:KINTA-K

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13.5話

「うう、お兄ちゃんがいない……お兄ちゃんポイントが足りない……」

「……そのポイントを溜めていたのは君の方だったのか」

 私――平塚静――は、向かいの席で脱力している少女の姿を見て、嘆息した。

 シックな内装の喫茶店のテーブルに突っ伏して、顔だけ上げてうわ言の様に――或いは呪詛のように「お兄ちゃん」と呟いている少女が本物の勇者だと言うのだから、世も末だと思ってしまう。

 いや、本物の勇者――小町ちゃんの実力は、師である私が一番理解している。遠からず、私を抜くだろうと思わせるほどの才能の持ち主だ。……それほどの才気あふれる人物がこの有様と言うのは甚だ嘆かわしいが。

「え、ええと、あのさ、アイツなら大丈夫だから」

 小町ちゃんの隣に座り、オロオロとフォローしようとしているのが、今日初めての顔合わせになる川崎沙希。比企谷から話だけ聞いたことがある、彼とそれなりに良好な関係を築いていた女性だ。実際、小町ちゃんを引き合いに出したりなど、比企谷の事をよくわかっている。いや、それがどうと言う訳ではないのだが。

 第一印象ではサバサバした雰囲気でクールな性格に見えたのだが、小町ちゃんがヘタレてからはこの通りだ。見かけによらないと言うか――いや、比企谷は意外と面倒見のいいところがある、と言っていたな。放っておけない性格なのだろう。

「うん――そうだよね。お兄ちゃんに『待ってて』って約束したんだから、我慢しないと」

「そ、そう。だから……」

「う~、でもお兄ちゃん~」

「あーもうっ、元気だしなよ」

 先ほどから同じことを繰り返している目の前の不毛なやり取りを眺めつつ、私は冷めかけているコーヒーを啜った。

 まだ一人、本来ならここに居るべき筈の者が来ていない。そもそも、この集まりを言い出したのはアイツだと言うのに、一人だけ遅れてくるとは……ま、らしいと言えばらしいがね。

 その時、ドアのカウベルが響き、一人の女性が喫茶店に入ってきた。店員に一言断りながら、まっすぐにこちらに向かってくる。その顔に浮かんでいるのは、いつもの仮面のような、綺麗な笑顔。

「やー、ごめんごめん、ちょっと出かけ際に捕まっちゃって」

 悪びれずに言いながら、笑顔の女性――陽乃は私の隣の席に座った。

 

 

 

「えっと、で、今日は何の集まり……なんですか?」

 とりあえず軽食を注文し――当然、小町ちゃんは起こした――仕切りなおした後で、川崎が真っ先に陽乃に話しかけた。

「別に敬語じゃなくていいよ。川崎沙希ちゃんだよね。比企谷君から聞いてるよー」

「……あんたは雪ノ下陽乃だよね。こっちも比企谷から聞いてる」

「ふぅん。でも、思ったよりも『可愛い』子だねー。よろしくね」

「……ふん、よろしく」

 なぜか微妙な感じに視線で牽制し合う二人。と言うか、川崎の警戒が凄いな。比企谷、一体何を吹き込んだ?

「それで、今日集まって貰った理由はね、将来的にパーティ組むことが決まってるんだから、一度顔合わせした方がいいと思ったからだよ」

「……どうせお前のことなのだから、それだけではないのだろう?」

「後、比企谷君が居なくなって凹んでる小町ちゃんの様子も見たかったからねー。…予想以上に落ち込んでてちょっと引いたけど」

「むー、千葉の兄妹ならこれくらい普通だよ!」

 陽乃の言葉に、小町ちゃんが反射的に言い返す。千葉とは何のことだろう?ここはアリアハンなのだが。時たま、比企谷兄妹は意味不明なことを言う。まあ、スルーしておこう。

 しかし、小町ちゃんの様子を見に来た、か……小町ちゃんが比企谷が居ないことに我慢できる筈がない、そう言ったのは陽乃だ。それから察するに、小町ちゃんの限界が来る時期の判断がしたかっただけなのだろうか?どうにも納得がいかない。

「で、陽乃。いい加減に本題に入って欲しいんだが?」

「本当にただの親睦会のつもりなんだけどなー。あ、でも」

 思い出したように、陽乃は声を上げて続けた。

「昨日、アリアハンの封印が解かれたよ。その関係もあって、朝から忙しかったんだけど」

 十年ぶりのアリアハンの封印の解除か……なるほど。陽乃は雪ノ下家とは縁を切っているが、それとは関係なしに貴族であれば忙しくなるだろう。そう言えば、今日は城が慌ただしかったように感じたが、このことだったのか。外交官の派遣に、交易再開のための手配、交通の整備、他にもやらなければならないことがたくさんある。

「そうか、と言う事は比企谷が封印を解いたんだな」

 困難な試練だった訳ではないが、それでも比企谷が一つ仕事をやり遂げたことにほっとする。

「うう、これでお兄ちゃんがもっと遠くに行っちゃった……」

 が、小町ちゃんはさらに凹んでしまった。比企谷が旅に出るまでは小町ちゃんは歳の割にしっかりした娘だと思っていたのが……比企谷はどれだけ小町ちゃんを甘やかしていたのか。

「そっか……やったんだ……」

 川崎は口の中で小さく呟きながら、嬉しそうに口元をほころばせていた。比企谷がやったことを自分のことのように喜ぶか……本当に親しい関係を築いていたのだろう。そのことが、少し羨ましく思える。私と比企谷の関係では、同じ目線で喜んでやることはできないからな。

「これで、雪ノ下家の立場も少しはマシになるか?」

 外交が途絶えたことで急速に権力が衰えた貴族が、外交が再開したことで復活する――実際、そんな簡単な話では無かろうが、少しは状況も上向きになるだろう。だが、陽乃は「さあ?」と肩を竦めた。

「難しいんじゃない?十年も交易が途絶えていたんだから、ロマリアはもうとっくに別の所で代用を確保してるでしょ。もし雪ノ下家が、これで嘗ての栄華を取り戻せる!なんて浮かれていたらそれこそお笑いだよね」

「し、辛辣だね……」

 陽乃の容赦のない言葉に、川崎が慄いたように呟く。陽乃が来る前に聞いたのだが、川崎家も一応は貴族らしい。とは言っても、下流もいい所で、庶民とほぼ変わらない程度の生活をしていたと言っていた。だが、仮にも貴族の末席に名を連ねているのだから、雪ノ下家と陽乃の関係くらいは知っていたはずだ。その上で陽乃の言葉を聞けば、川崎がそう思うのも無理はない。

 ふと、話を聞いていた小町ちゃんが思い出したように口を挟んできた。

「雪ノ下家……そう言えば、陽乃さんの妹の雪乃さんって人がお兄ちゃんと一緒に旅をしているんだよね?大丈夫なのかな?」

「ああ、雪乃ちゃんなら比企谷君が守ってるから大丈夫でしょ。比企谷君は優しいからね」

「お兄ちゃんに守って貰えてるなんて羨ましい……じゃなくて、こうなったら雪ノ下家って絶対注目されるよね?」

「まあ、以前は交易を独占していたのだから当然だな」

 確かに、復活できるかどうかはさておき、かつて外交を独占していた雪ノ下家に注目が集まるのは必至だ。

「雪乃さんが居ないこと、問題になったりしないのかな?」

 心配、と言うよりは、単純な疑問のように小町ちゃんは言った。いや、心配もあるか。雪乃、ではなくそのことによって比企谷に迷惑が掛からないかと言う心配が。雪ノ下家は雪乃が比企谷と共に旅立ったことを公表していない。察している者くらいは居るだろうが、雪ノ下家に注目が集まることで、それが明るみに出る可能性は確かにある。

 しかし、陽乃はあっけらかんと笑って手を振った。

「ないない。雪ノ下家にとって雪乃ちゃんの商品価値はもうなくなったようなものだし」

「商品価値、とは随分な言いぐさだな」

「他所の家とつながりを作るための貢物だから、その通りでしょ。私は雪乃ちゃんをそんな風に思ってないけどね」

 貴族の娘の扱い的に間違ってはいないが……相変わらず容赦がないな。しかし、価値が無くなった、か。

「でも、価値が無くなったって……?」

 小町ちゃんも同じことを思ったらしく、怪訝そうに尋ねた。

「出来損ないの勇者と二人きりで2週間近く旅をした娘――もうこの時点で手垢が付いてるって思われるよね」

「お兄ちゃんはそんなことしないよ!」

「……私も、比企谷はそんな奴じゃないと思うよ」

 陽乃の言葉に、小町ちゃんと川崎が反発する。その意見は私も賛成だが、そもそも陽乃だって賛成だろう。だから、二人がエスカレートする前に陽乃に話を振ってやった。

「重要なのは、実際に手垢が付いたかどうかではなく、二人きりで2週間近く旅をしたと言う事実なのだろう?」

「そ。ただ、その事実で周囲からはそう判断されちゃうだけ。だから今更雪乃ちゃんが戻って来ても、出来損ない勇者の手垢が付いた娘なんていらないって、お嫁の貰い手が無くなるから邪魔になるだけなんだよね。しばらくしたら、雪乃ちゃんは病死したってことにして、お葬式でも挙げられるんじゃないかな?私の予想だと、ロマリアとの交易再開で忙しいこのタイミングでこっそりやると思うよ。忙しいから、小さなお葬式にしたって言い訳も立つしね」

 陽乃はニコニコしながらそう言った後「…本当にバカらしい」と口の中で小さく呟いた。

「そっか……雪乃さん、帰る家が無くなっちゃうだなんて、可哀想だね」

「雪乃ちゃんもそれくらい覚悟の上だと思うよ。むしろ、完全に自由になれるんだから喜ぶんじゃない?」

「…本当、上の連中って面倒臭い」

 川崎が心底面倒臭そうに呟く。下流の貴族として、何かしら思う所があるのだろう。

「ま、人の上に立つと言う事は、概ね面倒なものさ」

 つまらない事に拘る城の貴族の姿を思い浮かべながら、私は呆れたように嘆息した。

 

 

 

 それからは特に何事もなく話は進み、食事を終えて、私達4人の初顔合わせ(初対面は川崎だけだったが)あっさりと終了した。陽乃の事だから何か裏があるのかもと思っていたが、本当に普通に雑談していただけだった。

 それでも疑問を捨てきれなかった私は、小町ちゃん、川崎の二人と別れて、陽乃と共に城に戻る道すがら、陽乃に今回の集まりの真意について訊ねていた。

「それで、今日の集まりはどういう目的があったんだ?」

「もう、静ちゃんはしつこいなー。別に私はいつも何か企んでる訳じゃないよ」

「よく言ったものだ……」

「でも、本当に特別な目的は無いよ。比企谷君から話だけ聞いてた川崎って人に一度会ってみたかったのは本当だし、今の小町ちゃんの状況を見たかったのも本当だし」

「……まあ、確かに私も一度顔合わせしたかったのは事実だが」

 小町ちゃんについては訓練で顔を合わせていたからそうでも無かったが。それを言うなら、陽乃も魔法の訓練で小町ちゃんとは顔を合わせていたのだから、訓練以外で様子を見たかったと言うことなのだろう。確かに、訓練でも多少落ち込んだ様子は見せていたが、あそこまでへたれてはなかったからな。

「まあ、川崎ちゃんはもっと面白い子かなーって思ってたから、ちょっと期待外れだったけど」

「……そっちの方が川崎には嬉しいだろうな」

 陽乃が興味を示すと碌なことにはならない。下手に興味を持たれるよりも余程いいだろう。だが、私も陽乃の意見と同意する所はあった。あのぼっちを自称してはばからない比企谷と仲良くしていたのだから、どんな変わった人物が出てくるのかと思っていたのだが、予想外に普通の性格をしていたからな。まあ、人付き合いは少し苦手そうではあったが。

「静ちゃんはどう思った?」

「そうだな……まあ、小町ちゃんとはそれなりに親しくやっているみたいだし、いいんじゃないか?能力に関しては……それなりに訓練は積んでそうだが、見た限り突出したものがあるようには見えないな。まあ、今度訓練を付けてやる約束をしたし、その時に判断するさ」

 先ほどの集まりでそれとなく提案したら、川崎は二つ返事でお願いしますと頭を下げてきた。自分でも頼む機会を窺っていたらしい。せめて足手まといにならない程度の力は身に付けたいと言っていた。彼女はまだ闘気が使えないらしく、小町ちゃんの我慢の限界が来る前に、何としてでも闘気の第一段階くらいは目覚めさせておく必要がある。

「それよりも、小町ちゃんはどうなんだ?あの状態も、お前の想定の内か?」

「ううん、我慢できなくなることは予想してたけど、ちょっと早すぎるなー。まあ、川崎ちゃんが慰めてたみたいだから大丈夫だとは思うけど」

「早いと問題があるのか?」

「あまり私達に甘えられすぎても困るしねー。比企谷君にはもっと頑張って貰わないと」

 そう言って、楽しそうに笑う。……比企谷の事を話す時は、本当に楽しそうに笑うな、陽乃は。

 不意に、私は3日前、陽乃がどこかに出掛けていたことを思い出した。昨日封印が解かれたことから逆算すると、3日前と言えば恐らく比企谷が魔法の玉を手に入れたくらいの話だろう。――これは、何かあるな。

「陽乃、3日前、何処に行っていたんだ?」

 陽乃なら、比企谷が魔法の玉を手に入れた情報くらいは簡単に手に入れることが出来ただろう。なら、その情報を元に動いていたのではないか?ルーラが使える陽乃なら、アリアハンを出ることが出来る。なら、その行先は――

「……静ちゃんは鋭いね、ってほどでもないか。状況的に誰でも思うことだし」

 苦笑を浮かべてから、陽乃は含むように少し声を潜めた。

「静ちゃんの想像通り、ロマリアに行っていたんだよ。ちょっと知り合いに会いにね」

「知り合い?」

「そう。ロマリアの名誉貴族、ハヤマ自由騎士団の次期当主葉山隼人にね」

「葉山に会って来たのか!?」

 思わず声を上げる。…が、よくよく考えればそれほど不思議ではないことだ。ことロマリアにおいて、あいつら程自由に動けるものは存在しない。急に名前が出たから驚いてしまったが、ロマリアで何かをしようと言うのなら当然のこととも言えた。だが。

「葉山を動かすことが出来るのか?あれは余程の事が無ければ動かないだろう?」

 ハヤマ自由騎士団――元はアリアハンの葉山家の一派が独立してロマリアに訪れて作り上げたと言うかなり特殊な生い立ちをもつ騎士団で、アリアハンでは有力貴族の葉山家の方が有名だが、むしろロマリア周辺国家で葉山と言えばハヤマ自由騎士団のことを指すくらいに有名な存在だ。私も、アリアハンに来た時に葉山家の話を聞いた時は驚いたものだ。

 自由の名が示す通り、ハヤマ自由騎士団はどの国にも所属せず、当主の意思だけで世界中で騎士の活動を――民を守る力の行使をすることができる。本拠地こそロマリアに置いているが、国境を越えてポルトガ、イシス、果てはダーマまで陸続きの国々を自由に行き来し、活動することが許されている大陸唯一の騎士団だ。

 だからこそ、制約も大きい。団長は決して己の利では動かない。大衆の正義に基づいてのみ、行動が決められる。その模範は当然次期当主にも引き継がれている。いくら陽乃とはいえども、個人の意見で動かせる集団ではない。私と陽乃は次期当主とダーマで顔見知りになっているから面会くらいならできるだろうが、それだけで動かすのは無理だろう。

「え?余程のことなら起こってるでしょ?」

 私の当然の疑問の言葉に、陽乃は楽しそうにニコニコと笑みを浮かべながら応える。

 心底楽しんでいるような笑み。そう言う笑みを見せた時の陽乃は、大体にして碌なことを企んでいない。

「だって、ようやく次代の勇者が魔王討伐の旅に出始めたんだよ?これほど大きな出来事はそうそうないよね」

 ……その言葉に息を飲む。つまり、比企谷の……オルテガの名を使ったのか。

 勇者オルテガと葉山自由騎士団が共闘した話は、ロマリア中に響き渡っているくらい有名だ。各言う私自身が、幼い頃、魔族の軍団によるガザーブ侵攻に遭遇した際に、オルテガとハヤマ自由騎士団に助けられた経験がある。思えば、あの時のオルテガの姿に憧れて戦士になることを目指したのだったな……いや、話がそれたな。

 とにかく、オルテガとハヤマ自由騎士団は魔族との闘争の際に何度も共闘した歴史があり、ハヤマ自由騎士団はオルテガに大きな借りがあるとも言われている。オルテガの名前を出せば、ハヤマ自由騎士団は無視はしないだろう。

「……ハヤマ自由騎士団まで引っ張り出してきて、お前は一体何を企んでいるんだ?」

「別に。ただ、もっと楽しくなればいいなって思っているだけだよ」

 そして、いつもの仮面の笑顔とは違う、まるで子供の様に無邪気な笑顔で微笑んだ。

 




アリアハンの葉山隼人とロマリアの葉山隼人は別人です。
ロマリアの設定を後から思いついて付け足したので変なことになりましたが。
次回の舞台裏話で葉山家とちょろっと川崎の話をします。

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