やはり俺のDQ3はまちがっている。   作:KINTA-K

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10話

 魔法陣から浮かび上がった淡い光が雪乃を包む。

 その光が雪乃に吸収されていき「んっ…」と小さく声を漏らしながら、雪乃は唇を固く結んで目を瞑り、その光を受け入れる。

 …ちょっとエロイとか思ったのは秘密だ。え、と言うか、魔法の契約ってこんな儀式なの?すでに何度も見せつけられて色々とアレなんだけど。

「……これでマホトーンも終わったな。次のべホイミで最後じゃが、大丈夫か?」

「…ん……はぁ……大丈夫よ」

 ナジミの賢者に問いかけられて疲れたように熱い吐息を漏らしてから、ゆっくりと頷く雪乃。もうその吐息までソレっぽく聞こえちゃうから心臓に悪いんだけど。

「では次の準備を使用かの……ちょっと待っておれ」

 雪乃は一度魔法陣を出て、その隙にナジミの賢者が魔法書片手に魔法陣の文字やら記号やらよく分からんものを書き換えていく。なんとペンのような書くものは一切使っていない。指が薄く青色に光っていて、それで魔法陣をなぞっていくと内容が書き換えられ行くのだ。

 こう言う魔法の光で描かれるから、最低限の広ささえ確保できていれば場所を選ばないらしい。宿屋の個室を取った魔法使いが、新しい魔法を覚えるために部屋の中で魔法陣を書くと言うのもよくやられる話だとか。こう言う事聞くと、やっぱ魔法は凄えな。

「……よし、できたぞ」

 ――大体十分後、ナジミの賢者が魔法陣の書き換えを完成させてその場を離れ、代わりに雪乃が魔法陣の中心に立つ。

 それを確認してから、ナジミの賢者が高らかに唱えた。

「精霊よ。かの者にべホイミの呪文を授けたまえ」

 因みに、契約のセリフはそれだけで良いらしい。まあ、魔法使う時だってメラと一言唱えれば火が出るのだから、そんなものだろう。

 再び――もう十回くらい見ているが――雪乃の足元の魔法陣から淡い光が浮かび上がり、雪乃を包む。

 その光が雪乃に吸収されていくにつれて、雪乃の唇から「あ……くっ……」と小さな呻き声が漏れる。だから、その声はだな……

 そんなことを考えながら雪乃の姿を見ていると、光が消えると同時に雪乃の姿がふら付き、不意に足の力を失ったように体がゆっくりと傾いて、

 ――は?

「雪乃っ!」

 完全に倒れる前にすぐさま駆け寄って両腕で抱き止めた。くそっ、思わず焦って闘気まで使っちゃっただろ。

 抱き止めた雪乃を見ると、彼女は苦しげな顔でぐったりと意識を失っていた。

「大丈夫じゃよ。一度にたくさんの魔法を覚えた反動で魔力を使い果たしただけじゃ」

「……魔法の契約ってそんなに消耗するのか?」

 初耳だったが、そもそも俺自身が魔法を使えないため興味が無かった。ナジミの賢者は「ふむ…」と悩むように考えてから、続けた。

「魔法を覚える時、雪乃嬢ちゃんは苦しそうだったじゃろ」

「あ、ああ」

 漏れた声が少しエロイなとか思ってました。スミマセン。

「あれは呪文の内容を彼女の魔力に刻み込む行為でな……魔力も消耗するが、それ以上に気力を消耗する。途中から立っているのがやっとだったじゃろう」

「……疲れていることには気づいたけど、そこまでだったのか」

 魔法陣から出る時に数歩は歩いていた筈だが、気付かなかった。意地っ張りな彼女のことだ。気付かせないために相当無理をしていたのだろう。

 腕の中で気を失っている雪乃を見て、少しばかり苦いものを感じる。くそ、無茶しやがって……させたのは、俺か。

「彼女は魔法を契約した経験がほとんど無いようじゃったから、かなりの負担だったじゃろうな。ここで休ませていくか?」

 その言葉に一瞬悩む。弱っている時に旅を続けたら、体を壊しかねない。本来であれば、無理をさせず大事を取るべきなのだろう。だが、

(こいつがここまで無理をしたのは、時間を掛けられないことを知っているからだからな)

 俺は早くアリアハン大陸を出たいと雪乃に何度か言っている。こいつなら、その裏にある真意にも余裕で気づいているだろう。

「ここで休んでいくことを、俺も雪乃も望んでないからな。まあ、俺が背負っていけば大丈夫だろ」

「ふむ、それもそうか。午前中までしか時間が無いから無理をしたのじゃしの」

 小屋の窓から外を見ると、太陽は大分高い位置に来ていた。朝から建てづづけに魔法の契約をしたのだから、爺さんも結構疲れているだろう。

「なんつーか、悪かったな。一方的に頼みを聞いてもらって」

「なに、魔法の契約なんぞ随分久しぶりじゃからな。こっちもいい復習になった」

「そう言ってもらえると助かる……しょっと」

 抱えていた雪乃を一旦ソファまで運んで、あまり揺らさない様に気を使いながら下ろす。…しかし、抱えてみて改めて実感したが、こいつマジで細過ぎる。比喩抜きで軽かった。ホイミを使っていたとはいえ、このなりでは体の負担も半端なかっただろう。旅の疲れも一緒に出たのかもしれん。

「……この娘は真面目ないい子じゃよ。あまり無茶をさせぬようにな」

「まあ、限度はあるけどな……気に留めとく」

 旅の支度のため、マントを羽織りながらナジミの賢者の言葉に答える――今回ばかりは、少しくらいならな。

 ナジミの賢者は俺の返答の何が可笑しかったのか、「くくっ」と笑みを漏らした。…なんか見透かしたような笑みで腹が立つんだが。

「ならいい。旅の支度が終わったら声を掛けるがいい。リレミトで塔の入り口まで送ってやろう」

「悪いな」

 その提案に短く答えた。少し憮然とした声になってしまったが、別に他意なんてないからな。

 

 

 

「リレミト!」

 ナジミの賢者が旅支度を終え、雪乃を背負った俺に向かって呪文を唱えると、視界が歪み次の瞬間にはナジミの塔の門の前に立っていた。リレミト掛けられるのは初めてと言う訳ではないが、こうやって効果を実感するとやはり便利だなと痛感する。

 …まあ、この後で塔の地下から岬の洞窟を抜けていかなきゃいけないんで、一度中に入らなきゃいけないんだが。ダンジョンの入り口まで戻すんだったら、岬の洞窟から繋がっているんだからそこまで戻るのが普通ではないだろうか。こうやって考えるとリレミトの効果って結構曖昧だよな。まあ、今回は爺さんがリレミトを使ったからかもしれんけど。

 塔の入り口の扉に手を掛ける。これで鍵が掛かっていたら片手落ちもいい所だが(まあ開けられる自信はあるけど)、鍵はかかっておらず、簡単に取っ手を引くことができた。さて…

(背負っている雪乃にあまり負担は掛けるわけにはいかないし、魔物との戦闘は極力避けないとな)

 雪乃はまだ気を失ったまま目覚めていない。魔力の消耗による負担がどれほどのものかは分からないが、あまり雪乃の負担になる様な真似はすべきではないだろう。

 因みに、お互い冒険者用の厚手の服を着ているため、こうして背負っていても雪乃の体が柔らかいのか固いかなんてちっとも分からない。これはお互いの装備が原因であって、決して、雪乃の体のある部分の柔らかさが足りないとかそう言う訳じゃないんで、誤解しない様にな。八幡との約束だ。

 まあでも背負っているくらい至近距離だから、雪乃の吐息くらいは感じられる。……ぐったりとしていたが、呼吸は乱れている様子はない。これならいけるか?

(仲間に効果を及ぼすためには魔力が必要なんだが……背負われている相手くらいなら何とかなるかもな)

 扉を少しだけ開けて滑り込むように塔の中に入る。

 それから、周囲の気配と自らの気配を合わす様に呼吸を整え、少しだけ腰を落とし、滑る様な足取りで歩みを進めた。

(『しのびあし』発動)

 盗賊のスキルで、気配を消して移動することで敵に見つかりにくくするスキルだ。

 呼吸は無理に潜めてはいけない、むしろ周囲に紛れるように合わせる。足音は立てず、かと言ってすり足も良くない、あまり足を上げず低い位置で足を運び、地に付ける時は膝で吸収して音を立てない。上半身は常に水平に保つように意識し、周囲の空気を揺らさない。そうすることで、その空間に不自然なく溶け込み、周囲から認識され辛くなる。

 俺はこのスキルが異様に得意だった。なんなら、盗賊の訓練を始める前からある程度修得していたまである。基本、周囲の視線が鬱陶しくて常日頃から目立たない様にしていたから、むしろ常日頃からこのスキルを使っていた。ステルスヒッキー舐めんな。

 だが、一方で俺はこのスキルを正しくマスターすることが出来なかったりする。こう言うと語弊があるが、要は仲間をこのスキルの対象に入れることができないだけだ。本来なら、その状態からさらに魔力を使うことで、自分が消した気配を仲間全体に広げることができるのだが、魔力がない俺にはそれができない。自分一人でやる分には全然問題ないんだけどな。

 そういう意味で、本来なら雪乃と一緒だとあまり効果は期待できないのだが(俺だけ気配消しても仕方ないし)、雪乃が気を失っている状態なら行けるだろう。それに、上体を揺らさない歩法だから、弱っている雪乃に負担を掛けずに済むと言うこともある。

 とにかく、俺は雪乃を背負ったまま『しのびあし』を使って先を進んだ。塔の1Fを一度もモンスターと遭遇せずに難なくすり抜け、岬の洞窟に入る。

 しばらく進み、道が合流する所でもう片方の道から魔物の気配を感じた。このまま歩いていけば、目の前を通り過ぎることになるだろう。

(ま、見つかりゃしねえよ)

 気負うことなく判断し、そのまままっすぐ歩く。俺はその魔物――フロッガーだった――の前を何事もなく通り過ぎて先に進んだ。

 視野を広く持ち、自然に警戒し、決して動揺しない――『しのびあし』の鉄則だ。魔物の気配がすると一々過敏に反応していては、『しのびあし』の効果など簡単に途切れてしまう。

 別に相手の視界に入っても見つからなければ何も問題は無いし、上体を保ちながら歩いているため何かあっても咄嗟に動くことが出来る。どちらしても問題は無いのだから、中途半端に意識して効果を台無しにすることが一番問題だ。

 その後も魔物とすれ違うことはあったが、一度も見つかることなく岬の洞窟を通り抜けた。

 

 

 

「ん……」

 洞窟を出てレーベの村に向かって歩いている途中、背負っている雪乃から小さくぐずる様な声が聞こえた。因みに、しのびあしはまだ継続中だ。おかげで、今日はまだ一度も魔物と戦っていない。

「……あ……ここは……」

「お、ようやくお目覚めか?」

「…え!?比企谷君っ!?」

 寝ぼけたように呟く雪乃に背負ったまま声を掛けると、彼女は驚いて悲鳴を上げた。え、俺に背負われることって悲鳴を上げるようなことなの?地味にショックなんだけど。

「わ、私、あなたに背負われて……あ、あの、大丈夫だから、降ろして……」

「本当に大丈夫なのかよ」

 焦ったように言う雪乃に聞き返すと、彼女は図星を突かれたように一瞬言葉に詰まった。

「で、でも、あなたに迷惑を掛ける訳には」

「別に迷惑じゃねえよ。大人しく背負われてろ」

 ま、まあ、あれだ。無理してまた倒れられても困るし?今までの疲れもあるだろうし?…今日くらいは特別でいいだろ。

 俺の言葉に納得したかどうかは分からんが、雪乃は尚も何か言おうとせずに黙り込んだ。

 しかし、これで『しのびあし』の効果は大分薄まっただろうな。会話までしちゃったし。まあ、歩法だけでも続けておけば多少はマシだろ。

 そのまましばらく歩く。雪乃は黙って俺の背負われていたが、やがて何かに耐え兼ねたようにぽつりと呟いた。

「……ごめんなさい」

「何のことだ?」

 立ち止まることなく聞き返す。

「……魔法の契約を終えた後、倒れたことよ。私が未熟なばかりに……」

 その言葉に、俺は思わずため息を吐く。それが気に入らなかったからか、雪乃がムッとしたように聞いてきた。

「その反応は何かしら?」

「未熟なのは当たり前だ。今まで碌に訓練も出来てなかったのに一人前だなんて思ってないだろ」

「…それは、そうなのだけれども」

「大体、俺はお前が気絶するくらい無理して魔法の修得をしてくれた事は、むしろありがたいと思ってるぞ」

「え?」

 驚いたように聞き返してくる雪乃に説明してやる。

「魔法の契約ができる機会なんて、どれくらいあるか分からないだろ?だから、機会がある時に1つでも多くの魔法を契約させておきたかったからな。正直、お前が限界を訴えて覚えられる魔法が減った、なんて事態の方が今後のことを思えば余程アレだ」

「それは……」

「大体、パーティ組んでりゃ、仲間に迷惑掛けることくらいあって当然だ。一々気にするな」

 そこで一旦言葉を止める。この先を言うべきかどうか少し悩んだが……まあ、この際だ。はっきり言っておこう。

「後な、ここ数日一緒に旅してきて、俺はお前の努力を認めている。だからまあ、倒れたのはそれだけの理由があるってのは十分わかってるし、そん時くらいは……なんだ、少しくらい優しくしてやってもいいんじゃねえか」

 雪乃がやっていたことと言えば、ほとんどがホイミを使って限界まで歩く、の繰り返しだ。ただ、今まで旅の経験など皆無だった貴族の箱入り娘が、特に文句を言うでもなく必死についてきていると言うのが重要だ。早く旅に慣れて足手纏いの状況から抜け出したい――そんな覚悟は感じていたし、それが3日も続けば認めるには十分だった。

 正直、らしくない事を言ったと言う自覚はある。だがまあ、そんならしくない事を言ってもいいと思えるくらいには、俺は彼女の事を認めていた。

 背負われている雪乃から反応は無い。――あの、何か言ってくれないと俺の黒歴史が増えちゃうんですが、それは。

「――そう。つまり、私のような美少女を背負えるのが嬉しいと言う訳ね。さすがはエロ谷君ね」

「どこをどう取ったらそうなるんだよ、おい。と言うか、どんだけ自分に自信があるんだよ」

 あとエロ谷とか絶対無いから、旅の仲間を変な目で見たりしないから。まあ、エロイとかちょっとばかし考えてしまうこは無いとは言い切れないけどね。男の子だから仕方がないよね。うん。

「私が美少女なのは事実だもの、仕方ないわね」

「どんな理屈で仕方ないんですかねえ…」

 すっかりいつもの調子のやり取りに戻り、自然と口元が緩んでくる。と、不意に雪乃が真面目な声で囁いた。

「ありがとう、比企谷君。あなたに付いてきて、良かったわ」

「――っ」

 思わず顔が熱くなる。なんつー恥ずかしいことを言うんだ、こいつは。

「お言葉に甘えて、あなたの背中でもう少し休ませてもらうわ。お休みなさい」

 雪乃はそう言って、俺の背中に頭を預けて黙り込んだ。

(――呼吸が少し乱れているぞ、タヌキ寝入りだな)

 そうは思ったものの、それを確かめるような野暮な真似はする気にはなれなかった。

 

 


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