やはり俺のDQ3はまちがっている。   作:KINTA-K

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タカの目発動中の八幡は、目の腐りがかなり消えるという設定あり。
因みに、八幡の使うタカの目は一生懸命目を凝らして見る程度で、不思議な力は何も働いていなかったりします。



6話

 歩く。背後で雪乃が息を切らしながら付いて来る様子を気配で感じながらひたすら歩く。

 一応無事にアリアハンを出ることはできたが、この後でまた追手が掛けられるかもしれない。なら陽乃さんと平塚先生の睨みが聞いている内に距離を取るべきだ。

 だから今はひたすら歩く。雪乃が無理をしないと付いて来れない――無理をすれば付いて来れる程度の速さで。

「はぁっ……あ、あの……」

 不意に、雪乃が声を上げた。その声には、やや懇願の色が混じっているように感じた。だから、俺は首だけで振り返る。

「――なんだ、疲れたか?」

 疲れたなら疲れたと言えばいい。お前の言葉に従ってお前が楽に歩ける程度のスピードで歩いてやってもいい。

 その思いを込めながら、それでも俺は敢えて冷たい視線で雪乃を見た。

「……っ!……いえ、何でもないわ」

 雪乃は俺の視線に、一度ビクリと表情を硬直させた後、キッと強い目で睨み返して首を振った。「そうか」とそっけない返事を返して顔の向きを前方に戻す。

(まあ、それが正しいわな)

 彼女の無理をする姿勢に少しばかり満足を覚え、思わず口元を歪めた。やべ、街でやってたら通行人に怯えられてた。

 甘えを言えば聞いてやるつもりではあったが、そうなれば俺の中で雪乃への信頼……と言うほどのものはないな、価値と言う言葉が一番近いか……とにかく、そのようなものが下がる。彼女はそれが分かる程度には聡明だった。名目上、俺に付いてくるのは彼女からの願いだ。だから、俺は無条件に甘やかせてやるつもりは無いし――限度を超えたと感じたら普通にアリアハンにつき返すつもりでもあった。

(しかし……こいつ、本当に旅をするような体じゃないな)

 実のところ、今俺が歩いているペースは、普段よりもやや遅い程度の速さだ。むしろ、広いアリアハン大陸を徒歩で進むのだから街中よりも早いくらいのペースで歩きたいくらいなのだが、それをやると完全に雪乃を置いて行ってしまうだろう。今の雪乃の様子から、それは簡単に察せられた。

 別に不健康だとか不摂生だとかは言うつもりはない。ただ、単純に長時間の歩行に慣れて無く、体力が付いていないだけだ。アリアハンを出てまだ一時間程度――それでこれだけ疲労して、俺が牽制してやらねば弱音を吐いていたのかもしれないと思うと、本当に大丈夫なのかと俺ですら不安になってくる。

(それだけ、自由が欲しかった……ってことなのかね)

 まだ彼女からは、俺の勇者と言う建前を利用して旅に出たいとしか聞いていない。だが、元から旅に出る意思があったのなら最低限の備えはしているのではないか?彼女にはそれが無い。

 旅を舐めていると非難するつもりは無い。彼女の性格からして、むしろ――そこまで決意するほど、何かに追い詰められていた。と言ったところか。

 バレないように横目で後ろを歩いている雪乃を見ると、彼女は疲労で重くなった足を無理やり引き摺る様に前に出しながら、それでもその瞳だけはしっかりと前を見据えている。その態度からは、強い意志が察せられる。

(……まあ、こんだけ覚悟決めてるなら十分か)

 そんな事を思いつつ、俺は雪乃にバレないように、また少しだけ歩く速さを遅くした。

 

 

 

 それからさらに一時間程歩いたところで。

 よく旅の目印にされる一本の大きな木のところまで来たので、その陰で一度休息をとることにした。

「ここまで来ればもう大丈夫だろう、一度休むぞ」

「な……ゼェッ、な、何を……言って……いるの、かしら……ひき、がや君……私なら、まだ……大丈夫……なのだけれど」

 嘘付け、滅茶苦茶息切らせてるじゃねえか。

 反射的にそう言いそうになったが、この少女はそんな風に言ったら余計にムキになるだけな気がしてスルーした。そして、旅用の鞄に入れていた水筒を取りだして、雪乃に放り投げてやる。雪乃は慌てたように一度お手玉した後で体で抱きしめるようにして受け止めた。結構危なかったようで、落とさずに済んで明らかにほっとしている。

 ……ううむ、反射神経も結構鈍いのかもな。いや、疲労困憊の体だったなら仕方ないか。

「とりあえず飲め。少し休む」

「……有りがたく、頂くわ」

 今度は意地を張ることなく、素直に礼を述べて木陰に腰を下ろし、一口水を含んだ。……一気にあおらない所は合格か。説明されずとも、水の貴重さは分かっているらしい。ま、ここ(アリアハン周辺)に限って言えば何処に水が飲める泉があるか、何処に湧き水があるか、大体解ってるからそれほど貴重でも無いけどな。盗賊の訓練で結構あちこち回ったし。

「周囲にモンスターの気配はないけど、そろそろモンスターが出てもおかしくないくらいの所まで来たからな。常に気を張ってろまでは言わんが、あまり油断し過ぎるなよ」

「え、ええ……」

 もっとも、この辺のモンスターくらいなら大したことないが。例え群れで向かってきても、雪乃を守って戦うくらいなら余裕だ。本当に気にすることはない相手なのだが……雪乃は俺の言葉を聞いた後で、座ったまま警戒するように周囲を見回した。いや、近くにはいないから。いたら気付くから。

(さて、と……アリアハンの様子は、と……)

 とりあえず雪乃のことは置いておいて、意識を遠く離れたアリアハンに向ける。普段よりは遅い……とは言ったが、訓練していない一般人よりは早いペースで2時間も歩いたのだから、すでに10km以上離れている。普通では碌に見ることはできないだろう。だが、

(『タカの目』発動)

 意識を目に集中させ、闘気を用いて視力を強化する。俺は身体能力強化の闘気は使うことができるのだが、これはその闘気を利用して視力を強化して遠くを見る技法だ。始め訊いた時は違和感があったのだが、視力も人のもつ力なのだから強化できるのは当然のことらしい。実際できたのだから異論はないが。

 余談だが、一般的にタカの目と呼ばれる技は魔力を消費して行われる技法だ。魔力でもって視界を空に飛ばし、遠くまで見下ろすことができると言う技法らしい。魔法が使えない俺にはそちらは使えなかったが、その折に盗賊訓練所の教官が教えてくれたのだ。以前は、タカの目は魔力を使わない技法で、集中力と闘気を利用した強化を合わせて遠くを見る技法だったと。空からの視界は確かに便利だが、地上からでないと分からない場所もある。むしろポイントを絞って探るのはこちらの方が優れていると教えられた。……その後で『両方使えるワシが最強だがな』と笑っていたけどな。こう言う所がマジで一言余計なジジィだった。

 因みに、川崎は魔力を使ったタカの目しか使えない。二人でフィールドワークした時は、互いにタカの目を使い合って色々な場所を探ったりしたもんだ。まあ、お互いの見えない場所を補完しあえたから、魔力を使う方のタカの目だけが一方的に優れている訳ではないことは理解できている。

 今回の場合はアリアハンの様子を確認するためだから空からの視界の方がいいのだが……別に入り口の様子さえ見られればそれで充分だった。

(……とくに変化はない、か。騎士の姿はないし、周囲の人が動揺している様子もない……陽乃さんと平塚先生が上手くやってくれてるみたいだな)

 ここでしばらく休んでもいても問題なしと判断し、タカの目を解く。と、俺の横顔をじっと見つめている雪乃の視線に気づいた。

「どうかしたか?」

「あ……いえ、とても真剣な目をしていたものだから、何かあったのかと思っただけよ」

「タカの目を使ってただけだ」

 言って、俺も雪乃の隣に腰を下ろす。雪乃は俺が隣に座ったことに一瞬動揺したようだが、すぐにそれを隠して聞き返した来た。

「タカの目とは何かしら?」

 知らないのかよ。盗賊の使うスキルの中では有名な方なのだが……まあ、パーティを組んで旅に出ようとでも考えなければ、他の職業の技能など覚える必要はないか。

「後で教えてやる。と言うか、俺の方がお前に聞きたいことがある」

「……解ってるわ」

 逆に聞き返すと、雪乃は神妙な顔でうなずいた。

「お前が、勇者に付いて旅に出ようと思った理由を教えてくれ」

「……少し長くなるけど、いいかしら?」

「ああ。構わねえよ」

 二つ返事でうなずく俺に、雪乃は一度深呼吸して気を落ち着かせてから、ゆっくりと語り始めた。

 雪ノ下家の権威が低下し、その抗争に巻き込まれたことで自由が与えられなかったこと。そして、自分の意思に反して葉山家の許婚にさせられて、あと半年もしない内に結婚させられることなどを、淡々と説明された。……よくある話、と切って捨てることは容易いが、意外なことに少し俺にも繋がっていることだ。雪ノ下家の権力が低下した原因は、そもそも未来の勇者を守るためだとか変な理由を付けて勝手に国を封鎖した糞オヤジにある。雪ノ下家は外交と貿易に力をもっていた貴族で、だからオルテガの封鎖に伴い大幅に権力を失ったと、以前雪ノ下家に所属していた陽乃さんから聞いている。

 雪乃はオルテガのせいとは言わなかったし、考えていないだろうが……アリアハンの封鎖が雪ノ下家の権力の低下を招き、今の状況になっていることは分かっているようだった。ただ、どちらかと言うと、その程度で周囲が敵だらけになる雪ノ下家の地盤に問題があると雪乃は考えているようだ。実際、雪乃に自由がなかったのは周囲のいざこざに関わらせないため――引いては守るためと言う理由もあったのだろうが、そもそもそんなことで敵を作る雪ノ下家のあり方が間違っているという考えも、まあ道理と言える。

 俺としては、貴族なんて権力争いに明け暮れて相手の足引っ張ってなんぼと言うイメージがあるから、やっぱり糞オヤジが悪いんじゃね?とか思ってしまうが。

「私は別に葉山家の跡取りを嫌っているわけではないわ。宮廷のパーティで2,3度顔を合わせたことがある程度の関係しかないのだから、そもそも関心が無いの。だけど……自分の意思を素通りして物事を決められることに、納得がいかないのよ」

 それは、潔癖に過ぎる意見ではないかと、俺は率直に思った。貴族なんてそんなものだ。自由意志の結婚などある筈がない。

「…私の考えは、ノブレス・オブリージュに反していると思うし、間違っていないとも言わない。でも……正しいことだとも思えないのよ」

 ノブレス・オブリージュ…確か貴族の義務って意味だったか?いつぞや陽乃さんから聞いたことがある言葉だ。『そんなものに拘ってるから、余計に離れていくんだけどね』と小ばかにした様に鼻で笑っていたが。

「まあ……色々長く聞いたが」

 そこで、今まで黙って聞いていた俺は、ようやく口を開いた。

「お前は結局どうしたいんだ?」

 彼女の境遇は分かった。現状に不満を抱えていることも分かった。――だから、旅に出る?今の不満から逃げ出したいからと、そんな半端な覚悟なのか?

 試す様に、そんな思いを込めて視線を向ける。雪乃は視線にひるまずに、こちらをまっすぐに見つめ返して、言った。

「私は、世界を変えたい」

「正しいと思うことを、正しいと思えることを貫ける世界が欲しい」

「変えられる意志と、変えられる力と――そんな力に振り回されない世界が欲しい」

「そのために、私は、あなたの旅に付いていくことを望むわ。……改めて、お願いするわ。比企谷君、私をあなたの仲間にして貰えないかしら」

 世界を変えたいと、雪乃は言った。それは、厳密に言うと俺の旅に付いていく理由にはならないだろう。だが、きっと雪乃には必要なことだと言うのは十分に伝わった。

 ……察せられることは色々ある。貴族の義務、正しさに拘るあり方、陽乃さんの存在――まあ、それらを要約すると『世界を変えたい』になるのだろう。

 本当は、こんなことで決めることじゃない。大体、俺は雪乃に何ができるのか、戦う力をもっているのかすら聞いていない。だが、それでも、もう俺の中に彼女の申し出を断るという選択肢は完全に消えていた。

「分かったよ。正式に仲間として認めてやる」

「そう。ありがとう」

 俺の言葉に、雪乃は満足げにほほ笑んだ。――悔しいことに、見惚れてしまうほどいい笑顔だった。

「では、そろそろあなたの視線を外してくれないかしら?その腐った眼で見つめられていると気分が悪くなってくるのだけれども」

「おい、認めた瞬間それかよ」

「私が思わず凝視してしまうほど可愛いのは致し方ないことなのだけど、最低限の礼儀は必要だと思うわ」

「自分で可愛いとかどんだけ自信あるんだよ。つか、お前の方がよほど無礼だから、それ」

 いきなり毒舌に切り替わったが、それでも彼女の柔らかな微笑みは消えていない。だから――

(ま、もう少しくらい付き合ってやるか)

 つい、そんな甘いことを考えてしまったとしても、仕方がないと言うことにして置こう。

 

 


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