モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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-挿話- 仮面の内

 

 ライトス達は崖を下り、既にキャンプへと向かった。仮面の狩人……「被り者」はそれらを見届け、口に角笛を咥えた。思い切り息を吹き込む。音に気付いた怪鳥が巨躯を翻し、遂に目前、密林の地へと降り立つ。

 早速と、怪鳥は耳と翼を広げた。襟つきの首を前に出す動作に、ヒシュは出会い頭の咆哮かと身構えたが、どうやら違うらしい。自らの身体をひけらかす、威嚇であった。そも怪鳥自身が音に弱いのだから、音を出す器官が発達しているのかも疑わしい所だ。

 指揮はダレンに任せる。当初から考えていた方策だった。ヒシュが怪鳥の最も近くで剣を振るう以上、隊の指揮はしていられない。ダレンは快く了承をしてくれたため、これについては心配していない。ネコであれば兎も角、ノレッジの挙動はダレンの方が詳しいのだから消去法でもあるのだが。

 これで戦前の策は詰め。

 ヒシュは警戒を頭の端に置き、走る。一気に距離を詰めながら、怪鳥を間近に観察する。初めて眼にするモンスターだ。だからこそ怪鳥を判ろうとする。

 関節からして、肉の内にある主要な骨格は飛竜種と同じと考えて良いだろう。飛竜種と比べて頭は高く尾は短くなっているため、攻撃範囲が狭まっている。頭が大きいのは昆虫食であるが故……嘴の肥大化に伴う進化だろうか。内臓器官は判別できないが、あの身体を浮かす翼の大きさから察するに、体部の甲殻や骨自体は薄く軽くなければならない(・・・・・・・・)筈だ。

 生き物には身体がある。関節があり、肉があり、考えようとする頭がある。如何に目の前の怪鳥が強大だとしても、その一撃が狩人らにとっては致命的であったとしても。生物の関節稼動域には限界がある。疲労もある。火炎液とて、無限に放出できる訳でもないのだ。

 

ジブンの(・・・・)、フラヒヤでの仕事は、まだいい。頼まれた仕事も……ロンは時間がかかってもいいって言ってた。だからまず、行商隊を、助ける)

 

 そしてダレンやノレッジを。ヒシュは思考を切り、感覚器官の全てを怪鳥へと向けた。

 怪鳥を見る。その行動の原理を、視る。口の端に明かりが灯っている。ダレンの注意によれば、これは火炎液を吐き出す前駆動作らしい。

 考える間もなく右手の楯を外し、放った。

 灼熱の液体が散る。自らを耐熱布で守る。怪鳥が瞼を閉じ、顔に降りかかる火の粉から遠ざかろうとした。強引に抉じ開けたその隙を、ヒシュは間髪入れず踏み込んでゆく。

 左。『ハンターナイフ』で甲殻を一撃。

 金属剣は鉱物由来の鋭利さと整備の簡単さを備えているが、衝撃による刃こぼれがおき易い。生物素材で作られた剣は同値段帯の鉱石に比べれば鋭さに欠け、素材集めにも手間取るが、強度としなやかさに勝る。一長一短。だからこそ硬い部分に切り込むのならば「鋭利さのある」鉄剣からと決めていた。

 ヒシュは一撃離脱を繰り返し、怪鳥の様々な部分を切りつける。甲殻の硬さと切りつける際の危険を天秤にかけ、

 

(やっぱり、翼)

 

 迷ったのは脚と翼のどちらを斬るかだ。怪鳥を逃がさない為には、まず機動力を削ぐ必要がある。脚と翼のいずれにせよ、痛手を負わせれば移動手段の損失となる。また近隣の村々に危険を及ばす可能性を減らすという以外に、速度がなくなれば観測が容易になるといった意味合いも兼ねている。

 所々を斬りつけ、その感触を思い返す。怪鳥の巨体を一手に支える両の脚は、重心を支えている故に狙い易いものの、硬くしなやかに発達している。立てなくする程の傷を与えるに、自分達では装備が不足しているだろう。

 ならば、翼を。

 飛竜種であれば兎も角、怪鳥の骨密度を考えれば翼の能力を削いでしまうのが理想だろう。決まりだ。ヒシュは怪鳥から距離を取り、尾の範囲の外側で全身を脱力させた。右手に『ボーンククリ』を握り、双剣に構える。

 

「十分ですか、我が主」

 

「ん。……行く」

 

「ご武運を」

 

 ネコの声援を受け、弾かれる様に飛び出した。

目前に地面と赤い甲殻とが近づく。幼い頃から身に染み込ませた狩猟の技に任せ、思うがまま、身体の流れに任せて剣を振るった。怪鳥を視た……思い描いた動作の原理を身体の内に取り込んで。

 

 ―― 足元、邪魔だ。

 

始めて接触する相手だが、その思惑がしっかりと視えていることには安堵を覚えつつ。

 振り回された尻尾を掻い潜り、翼を車輪切りする。

 

 ―― 姿が見えない。どこだ。

 

 両の剣を打ち鳴らし、攻撃を誘う。来ると判っている攻撃を避けられない筈は無い。余裕を持って避けた際、反撃を叩き込む。

 

 ―― この小さな生き物が鬱陶しい。

 

 ネコに注意が向いた分、隙が出来た。全力で十字に斬り刻む。

 

 目の前の怪鳥と、生物と同調する。自分の中に怪鳥を住まわせ、その一歩先を行く。

 ヒシュの剣が怪鳥の悉くを削る。耳は裂け甲殻は剥がれ落ちた。まだだ。ヒシュはネコと引き攻めの呼吸を合わせつつ右腕を振るう。ネコが側面から刃面を押し付ける。ダレンがどちらとも違う方向から飛び掛り ―― 各々が離脱した、瞬間を。

 バシバシ、と、複数個の弾丸が怪鳥の翼に着弾した。ノレッジの射撃だ。翼から顔に向けて、正確に弾丸が撃ち込まれてゆく。

 剣と怪鳥との狭間に空けたままの隙間で僅かに思索する。機としては間違いではない。射の才もある。位置取りなどは、経験を積めば研鑽されるであろう。が。残念ながら、怪鳥の機嫌だけが悪かった。

 

 ―― 今のは、お前か。

 

 怪鳥がノレッジを見やる。怒りを湛えたその双眸が少女を捉えた瞬間、皮鎧に包まれた身体が目に見えて強張った。あれでは怪鳥の突撃を避けられない。

 判断した瞬間、両の手と身体が動いていた。脚を斬り顎をかち上げ、怪鳥を縫い付ける。ヒシュの意図を汲み取ったネコが閃光玉を放り、怪鳥の視界を奪った。

 斬りつける。只の凌ぎで終わらせるつもりは無い。眼を潰された怪鳥は、その戦闘経験故に、空中で時間を稼ぐべく翼を広げるだろう。その間を、反撃の機として利用する。

 

「逃がさない。ネコ」

 

「了解です!!」

 

 後ろではダレンがノレッジへ距離をとるよう指示を出している。正しい指示だ。ヒシュがゴム質の手袋で取り出した「爆雷針(これ)」は、一般的な雷光虫の発電器官によって作られたものではない。

 先に調合していた『生命の大粉塵』は、一説に若返りの効果すらあるといわれる幻の薬である。ヒシュはそれを、密林で捉えた雷光虫たちの入った虫籠へとぶちまけていた。一般的な雷光虫であれば、狩人らを一定時間痺れさせる程度の電圧しか発しない。だがヒシュは「元の大陸」での経験から、この虫が環境の変化に対して敏感である事を知っている。

 ジンオウガ ――『雷狼竜』と呼ばれるその生物は、雷光虫との間に共生関係と呼べる間柄を築き上げていた。ジンオウガの発する雷を使って活性化された雷光虫は、通常のそれとは区別され、『超電雷光虫』と呼ばれる非常に強力な個体へと昇華するのだ。

 更には、自然な環境においても巨大化した「大雷光虫」が発生する事象も確認されている。流石に人の手による……『生命の大粉塵』だけでは、永久的な強化は不可能であろう。しかしながら、この一瞬。怪鳥を落とす為だけにならば。

 ネンチャク草によって張り付いた爆雷針が、炸裂。手傷を負った怪鳥は姿勢を保つ事が出来ず、高空から泥の中へと墜落する。

 

「仕上げ」

 

 ここだ。移動手段を奪う絶好の機。

 ヒシュは素早く腰に着けた瓶を取り、蓋を外す。『ハンターナイフ』を腰に着けて『ボーンククリ』だけを水平に構えると、右手で薬液を垂らしていく。硬化薬が刀身を覆うと、めきっと刃が軋む音がした。握った骨剣の密度と重量が増した感覚がある。

 効果を増した硬化薬は、生物由来の剣を強化する際の素材としても使用される。狩人達の間ではあまり知られず、主に工房で使用される技術だ。本来は鍛錬と鍛錬の合間に層を成す様に折り重ねて使用する……の、だが。

 

(これも一瞬だけなら、なんとかなる。 ―― こういうの、あの姫様が居たからこその知識だけど)

 

 思い耽るのも束の間。感慨は息と共に吐き出して、怪鳥へと切りかかる。

 硬化薬によって強度と切れ味の増した『ボーンククリ』は、怪鳥の翼膜を難なく裂いてくれる。これならば、という確信が持てる。翼膜を裂ききった所で、左翼の根元に向けて剣を突きたてた。

 絶命したのではないかと錯覚する程の怪鳥の悲鳴が密林を響き渡る。剣は怪鳥の関節を砕き、左翼が力なく弛緩した。これでこの怪鳥は、密林を飛び回る事が出来なくなった。

 怪鳥と言う個を内に入れたヒシュは、二度と空を飛べないという事態に「罪悪感」を感じてしまう。いつもの事ではあるものの、それとて慣れる訳ではない。

 せめてもの払拭を。そう考え、狩人として怪鳥を殺す為の更なる追撃を仕掛けようと……肩に刺さった骨剣を抜こうと手をかけた。

 その時。

 

「っ!?」

 

 怪鳥が身体を揺すった。揺すられた身体、それ自体に力は無い。張りつこうと思えば怪鳥に追撃を加える事も可能だっただろう。それでもヒシュは飛び退いていた(・・・・・・・)

 同調していたからこそ、視てしまったのだ。

 閉じられていた怪鳥 ―― その身の内に在った黒い何かが、芽吹いていたのを。

 

「え、眼が……」

 

「……ああ。紅い」

 

 左の翼だけが垂れたまま、怪鳥だった(・・・)モノの双眸が赤い輝きを灯していた。ダレンとノレッジの困惑と驚愕が入り混じった声。だがそれは、ヒシュとて例外ではない。

 

(っ。アレは……)

 

 先の雄叫びは、やはり、怪鳥が絶命した断末魔であったのだ。

 怪鳥の身の内から溢れ出たコレは、間違いなく怪鳥では無い。

 ヒシュが内に視たのは、時を刻み重ねられた経験。堆積した経験はいつしか黒く結晶化し……時に冷徹に、時に獰猛に、怪鳥の体を蝕んでゆく。

 未知の混沌。目の前に姿を現しつつあるのは、分化と進化を繰り返した系統樹の中にあり、めまぐるしい生存競争を勝ち抜いた ―― 混じりうねる『生物の結晶』。

 

(見つけたっ)

 

 誰が。何時。何処で、何故。

思索を巡らせど、どういった経緯で怪鳥の身の内にあったのかは判らない。

それでも、一つだけ判る事がある。

 

(今! 今顔を出されるのは、まずい!)

 

 この大陸に来たばかりだ、しかも素材収集を主としていたために、戦う為の装備が無い。この怪物を相手取るだけの備えがない。何より、目前で姿を変えつつあるこの生物は、敵対するには未知に過ぎる。

 幸い、左翼の機能は封じられている。少なくともすぐには動けない。監視は容易だ。最低限の仕事は成した。撤退戦をするべきなのだ。

 時既に遅し。怪鳥の身体は作り変えられ、黒く染められた「未知」へと成り果てた。膨張した身体。突き出した棘。長く変質した尾。赤い気を放ちながら雄叫びをあげると、暫し身体を捩った後に嘴を開く。

 

 そして開かれた嘴の奥で ―― 蒼い炎が瞬いている。

 

 危険性を悟るが早いか。ヒシュは地面に転がる鉄楯を拾い上げ、耐熱布と揃えて「未知」へと向けた。前に出て防具の軽い射手(ノレッジ)の前に陣取ったのは、狩人としての経験による無意識か。

 ゆっくりと流れる時間の中で、ノレッジと、ネコの驚き顔が視界の端に映る。憮然とした表情しか見たことのないダレンですら驚愕を顔に浮かべ……それでも彼は、左手の楯をしっかり前へ構えていた。彼はこれ(・・)が危険だと、迅速に判断したのだ。場違いとは判っていても、ダレンの持つ確かな素質に安堵を覚え ―― 僅か遅れて閃光が奔る。

 眩い光。熱さを感じる前に浮遊感と衝撃に襲われる。

 何処かへと投げ出された感覚だけを残し、瞬間、身体と意識が切り離されていた。

 


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