モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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第七話 瞬き

 

 行商隊のいる洞穴を目指し、一向は湖岸を回り込んだ。

 暫く道なりに歩いていると緩い登りとなり、いつしか足元に岩盤が広がってゆく。道の先に洞穴が見えた。覚えのある景色と……人物を視界に入れるなり、ダレンは走り出していた。

 

「―― ライトスッ、無事か!?」

 

「なんだぁ、ダレンじゃねぇの! どうしたよ、景気の悪い顔して!」

 

 軽い口調で返したのは、大柄で筋肉質な男。周囲の人員よりは上等な皮のマントで体を覆う行商の長 ―― ライトスは穴の内側の岩壁に寄り掛かっていたが、ダレンが傍へ走り寄るとその身を素早く起こし、ばしばしと身体を叩いて互いの無事を確かめ合った。

 

「んな顔してちゃあ運気が逃げ込んじまうぜ? こっちも無事だしな」

 

「無事で何より。そちらこそ、無駄に景気のいいガタイは相変わらずだ。……ところで、行商隊への損害はなかったか?」

 

「うわはは! ま、この通り全員がぴんぴんしてらぁ。今回は運よくランポスにも襲われなかったがな? 逢ったら逢ったで、そんときゃ閃光玉で目を回してやりゃあいい。これでも俺らは道具の扱いに関しては一流なんだぜ。そんじゃそこらのハンターよりは物も知ってるしよ」

 

 ライトスの指差した先には、荷を守り立つ男達。更にその奥に十名程が寄り添うようにして座っている。モンスターに遭遇しなかった幸運もあってか、女子供を含めて欠員はいないらしい。ダレンは一先ずの結果に安堵の息を吐いた。

 安堵の息も束の間。脅威は未だ間近にあるのだ。ダレンは思考を切り替えようと、行動を提示する。

 

「―― ライトス。安全無事な所を悪いが、もうひと踏ん張りして欲しい。向こう数分ほど移動した先の崖下にキャンプがある。ここよりも広く、何より身を隠すための条件が揃った場所だ。私たちが護衛をする。どうか、着いて来てくれないか」

 

「移動で、身を隠す。……へぇ。つーこたなんだ、ダレン。あの怪鳥を狩るつもりなのかい?」

 

「ああ。幸運な事に仲間もいる。―― ヒシュ、頼む」

 

 そう声をかけると、ダレンの後ろに立っていた仮面の狩人がひょっこりと顔を出す。足元には、ネコが背筋を伸ばして立っていた。

 

「あんたが件のお仲間かい」

 

「どうも。ジブン、ヒシュ。こっちはネコ。友達」

 

「お初に顔を合わせます。私はネコ。友人でもある我が主のお供という、身に余る誉れを勤めさせていただいております。今回はダレン殿やノレッジ様とも行動を共にさせていただく事になりました。どうぞ、何卒、宜しくお願い致します」

 

 主よりもお供の方が長く、紹介として適切だ。

 ライトスはぼりぼりと頭を掻き、腰に手を当て、長々とした挨拶をありがとよ、と口にした。体を岩壁に任せたまま挨拶を返す。

 

「そんじゃあ、俺はライトスってぇ者だ。よろしく頼むぜ。大陸全土に張り巡らされた『四分儀商会』で、分隊の頭を務めてる。こう見えてやり手なんだぜ? 知ってるかい、『四分儀商会』」

 

 言って、ライトスは自慢げに顎髭を撫でる。それもその筈。四分儀商会は、大陸全ての街に支部を持つ規模の行商一団だ。分隊の長ともなれば相応の立場であり、ライトスのように青年の域を出ていない人物が分隊の頭になっているのは珍しい。

 しかし残念ながら、肝心要。相対する仮面の狩人にとっては今現在、久方ぶりの旧大陸である。馴染みは無い。

 

「……うーん、ごめん。ジブン、この大陸出身じゃあなくて。これから頑張って覚える」

 

「お、おお。……律儀なヤツだな。結構気に入ったぜ」

 

 かくりと頷くヒシュ。どうやらライトスは、実直な物言いに感じる部分があったようだ。

 ダレンはこの遭遇も上手く行った事には安心しつつ、続いて、ライトスへ行動を促す。

 

「それで、ライトス。……急かしたくは無いが、事が事だ」

 

「ああ、わかってるさダレン。あの怪鳥はどうしてやら、荷物にご執心だったろう? さっきみたいにダレン達が何とかしてくれなきゃあ、どうせ俺らは朝飯前にお陀仏さ。……崖下まで行きゃあ良いんだな? そっちの方が安全だってんなら、願ったり敵ったり。湖岸だっつぅんならここより食料も手に入れ易いし、遠浅のこの湖なら魚竜に襲われる心配もなさそうだ。全くもって構わんよ。―― 聞いてたな? 仕度を始めな、お前ら」

 

 長がくいと手を引くと、行商達が一斉に荷物を纏め始める。移動の為の滑車を引き、アプトノス数匹を奥から連れて来る。数人が槍を持ち、掲げた。あっという間に荷物が積み上がってゆく。

 

「はぁ。相変わらず早いですねー」

 

「ノレッジ嬢ちゃんにもその内分かるさ。時は金なり、ってな。さあてそんじゃあ……移動するぞ、お前等!!」

 

 ライトスの声に応じて、一団が歩を踏み出した。迅速な行動はライトスの指導故か。ダレンは文句一つ言わない友人の行動をありがたく思いつつ、ヒシュらと共に行商隊の前後を囲むんで位置取る事にした。

 穴を出、角を曲がり。何事もなく岩場を越えて密林の木々の間へと入り込む。入り組む枝に遮られているおかげで空からは見付かり辛くなったとはいえ、油断は出来ない。ダレンは移動しながら、今度は小型走竜……密林であればランポスだ……の出現を警戒し始める。

 すると、視界の端。

 

「……うーん」

 

 鱗に覆われた走竜ではない。が、唸る仮面が行商隊の荷物を見上げていた。何事かを思案しているのだろうか。

 暫く考え込んでいたヒシュは閃いたようにぽんと手を打つと、車の横を歩くライトスへと話しかける。

 

「ん。ライトス」

 

「おう、なんだいヒシュ」

 

「商品を幾つか、買って良い?」

 

 かくり。

 脈絡も説明も無いその質問に、ライトスが疑問符を返す。

 

「……それはなんだい。怪鳥を倒すためってか」

 

「ん、そう。ネコの話を聞く限り、大きさとか攻撃方法とか。相手のイャンクックは上位の個体だから」

 

 ヒシュの頭が自重に負けてかくりと頷く。ライトスは暫し唸りをあげ、

 

「―― 出来ればジャンボ村までしっかり納品したいとこだが、命あってのモノダネだ。わかったよ。アンタは俺の命を守ってくれる狩人なんだからな。必要だというなら、幾らでも売ってやるさ」

 

「ん。代金は、出来れば物々交換とかで。キャンプまで行けば、ランポス素材なら結構あるから」

 

「うっはは! しっかり代金を払おうとする辺り、商人相手にゃ良い心がけだ。益々気に入ったぜ! ……そんで、どんな商品をご所望だい?」

 

 ライトスは大柄な身体を反らして、声量低めかつ豪快に笑いながら訪ねる。

 怪鳥を倒す為の素材。ダレンが先ほど見た手際からして、ヒシュは調合にも長けているらしい。ランク3のハンターであるダレンも怪鳥の狩猟経験はある。今回の個体の様に成熟あるいは老成したものはまた別かもしれないが、一般的なイャンクック相手にとなると、音爆弾や閃光玉 ―― あとは基本に則った罠辺りだろうか。

 そう考えていたダレンの後で、ヒシュは指折り数えながら品目を挙げてゆく。

 

「まずは閃光玉と音爆弾を、あるだけ」

 

「ほう、基本だな。あとは?」

 

 ふんと鼻息を吐き出すライトス。彼にしてもここまでは予想通り。

 で、あるが、しかし。

 

「あと、忍耐の種とか、生命の粉塵とか。あればあるだけ」

 

「……あん? んまぁ、俺んとこならあるにはあるがよ」

 

 忍耐の種に、生命の粉塵。訝しげな声を発したライトスだけでなく、これはダレンにとっても予想外だった。

 忍耐の種は狩人が口にすれば反射機能が活性化し、皮膚が硬質化するとされ、結果として防御能力を上昇させる。生命の粉塵は、ばら撒いた辺り一帯に気付けと精力増強の効果があるとされている品である。しかし、忍耐の種は気休め程の効果しかない。生命の粉塵は撒いた範囲のモンスターにも作用し凶暴さが一層増すといった理由がある事から、狩人に好まれる品ではなかった筈だ。

 ライトスもそういった見聞を得ていたのだろう。注文に首をかしげつつも、商いは商い。部下に指示を出して注文の品を取って寄こした。袋詰めにされた忍耐の種と生命の粉塵が1袋ずつ、ヒシュの手元に放られる。

 

「そらよ、持ってきな。どちらもあまり流通の良い品じゃあねぇから、品数がないのは勘弁してくれ。そもそも密林は湿気ってるし、粉塵は効果が無いと思うぜ?」

 

「ん、十分。むしろどっちも、1袋分もあった事に驚いてる。四分儀商会、凄い」

 

「思わぬ所で凄さが伝わっちまったなー……俺としちゃあもっとこう、どーんと商人の粋を見せてやりたかったんだが」

 

 両手を広げてどーん、を表現するライトスに不思議そうな視線を向けつつ、仮面の狩人は商品を受け取る。

 

「ほらよ」

 

「よいよい。……それじゃあ、準備、始める」

 

 言うと下げていたポーチから粉末を取り出し、生命の粉塵と同じ袋に入れて混ぜ合わせ始めた。

 

「……って、おい。歩きながらかよ」

 

「大丈夫ですよ、ライトス殿。我が主にとって歩きながらの調合程度、慣れたものです。ですがその道具が我々の命運を左右します故、くれぐれも邪魔をなさらぬよう」

 

「おお、そら怖い」

 

 やり取りを続けるネコとライトス。聞いてか聞かずしてか、ヒシュは無言のまま調合を続ける。混ぜ合わせた後10回ほど袋を振って、ポーチから取り出したゴム質の手袋を履くと、腰に着けたぴかぴか光る虫籠の中へとぶちまけた。がたがたと虫籠が暴れ始めたのを確認して、そっと布で覆う。

 

「いいんですか? その虫籠、なんか暴れてましたけど。というか虫が暴れるって、カンタロスでも捕まえてるんですか!」

 

「暴れてるのは予想通り。というか、見ない方がいい。色々と部族秘蔵の術を使ってるから。あと、中にいるのは雷光虫」

 

「……えええ。ヒシュさん、そんな秘蔵の術を私達の目の前でやったんですか……?」

 

「ん。死ぬよりまし?」

 

 調合を終えると今度は、すり鉢と袋詰めの丸薬を取り出した。丸薬と忍耐の種とを混ぜ合わせ、更に、瓶詰めになった液体を注ぐ。白くて粘性の高い液体だ。

 物珍しさと手際の良さもあってか、いつしかヒシュの周囲には人が集まっており、その中に混じったダレンが単純な興味を口に出す。

 

「今の液体は?」

 

「モンスターのエキス、みたいなもの。密林でも、湿気の多いところなら稀に見付かるから、さっきの洞穴で採取してた。……出来た。硬化薬」

 

 仮面の狩人は出来上がった硬化薬をろ過して瓶に詰め替えると、空に翳した。

 硬化薬と呼ばれた瓶の中の液体は、綺麗な琥珀色に染まっている。出来栄えを確認したヒシュは、瓶を腰に着けて。

 

「準備良し」

 

「硬化薬とはそのような手順と材料で作られるものなのだな。……それは、ヒシュ。お前が飲むのか?」

 

「んーん」

 

 ダレンの質問にヒシュは首を振った。ならば何に使うのか。

 そんなダレンの問いかけは ―― しかし。一歩先に出た仮面の狩人と、木々を押し潰す風。そしてペイントの実独特の香りによって遮られる。

 

「し」

 

 木の幹に隠れたヒシュが指をたて、掌を行商隊へ向ける。隊一行が足を止め、息を潜める。

 ライトスらの進む先。指差す先 ―― 藍の強まった空に、1つの影が浮かんだ。密林の開けた場所に向かって、生物が降り立とうとしているのだ。

 ノレッジが草の間に身を潜めたまま、双眼鏡を覗き込む。特徴的な耳の一部が割れている。ダレンの斬撃によって裂けた部分と一致する。その香りといい、ペイントボールをぶつけられた個体……怪鳥に違いない。ダレンとヒシュが近寄り、小声で話し合う。

 

「どうする、ヒシュ」

 

「……ライトス達はそっちから回り込んで。降りていけば、崖の下まではすぐに着けるから。今日はランポスも見かけないし、多分、もう大丈夫」

 

「お前さんらはどうするよ」

 

 短いやり取り。ライトスの問い掛けに、ヒシュは角笛を取り出した。角笛は仲間との連絡やモンスターを惹き付ける際に使われる猟具である。それを取り出したという事は。

 

「引き付けて、狩る」

 

「へぇ。……いーい返事だ。頼んだぜ」

 

 ライトスはヒシュの背をぽんと叩くと、隊を引き連れて湖側へと下って行った。ヒシュがダレンやノレッジへ顔を向け、頷き合うと、移動を始める。

 移動の途中で、それぞれが外套……と呼ぶには小さい衣類……で上半身を包む。この外套は耐熱布と呼ばれる素材で作られる、ヒシュとネコが火山近くの村に立ち寄った際に入手した品だ。火山の近くに住まう火の民の間では一般的な作業着であり、高温区で活動する際に身に纏うらしい。この素材自体が瞬間的な高熱を遮断する為に開発された物であるため、飛竜種素材ほどの耐久はないものの、火炎液対策としてキャンプから持ち出したのだ。その効果の程は、ネコが火炎液を遮断した事実が立証してくれている。

 外套をしっかりと留め、一塊になって走る。木々の陰を縫って、行商達が下った道、その反対側の木々へと潜り込んだ。

 

「いい?」

 

 仮面の内からの問い掛けに、各々が頷く。ヒシュも頷きを返す。角笛を仮面の下に潜り込ませ、胸の奥まで空気を吸い込み……吹いた。

 ぶぉぉ、と重く深い音が森中に響き渡る。空に浮かぶ怪鳥の耳が、ぴくりと動いて見えた。音を聞きつけたのだろう。

 

「来る」

 

「御意に」

 

「構えるぞ、ノレッジ」

 

「はい!」

 

 角笛に引かれて怪鳥が旋回する。翼が風を裂く音が段々に接近する。

 再びの邂逅だ。植物は倒れこみ、木々が傾いて。

 

「―― グバババババ」

 

 密林の空から、地に脚を着けた怪鳥。

 睨み対峙する3人と1匹の狩人達が、一斉に武器を抜き放つ。

 

「ダレン。指揮を」

 

「私が、か?」

 

 ヒシュの提案に、ダレンは思わず疑問を浮べた。夜明けの近い密林は、未だ強い雨に降られている。仮面が頷き、伝った雫が泥の中に落ちる。

 

「ジブン、攻撃役だから、張り付いてしまう。ノレッジは遠い。ダレンなら、中間距離にいる筈。……どうしてもって言うなら、ジブンがやるけど」

 

 ダレンはこの言葉に、思案気な顔を浮べた。だがそれも一瞬の事。怪鳥から目を逸らさないまま、首を振る。

 

「―― そんな暇は無いだろう、今は。判った、私が指揮を執る。ただし私への助言は、いつでも受け付けよう」

 

「頼みました、ダレン殿」

 

「お願いします、先輩!」

 

 役割は決まった。怪鳥が足踏みをしながら反転する。蛇腹に耳を広げ、体を反らし。

 

「―― グバババッ、……ギュアアアッ!!」

 

 決戦の火蓋は、怪鳥の一鳴きに切って落とされた。

 

「行く」

 

「遊撃、開始します」

 

「前線は任せた。ノレッジは先ずは観察。慣れてきたら援護射撃を頼む」

 

「は、はい!」

 

 ネコとヒシュが素早く肉薄。ダレンは数歩後ろを回り込みながら駆け、ノレッジは初見である怪鳥の攻撃を観察すべく、弩を引き絞った後に両腕で担ぐ。

 初撃。閉じられたイャンクックの嘴から、僅かに液体が漏れ出して。

 

(ちぃ、いきなりか!)

 

 自らに脅威を与えた攻撃を予見し、ダレンは叫ぶ。

 

「火炎液だ!!」

 

「ん」

 

 既に嘴を目前に捉えていたヒシュが小さく頷く。右腕に着けていた鉄製の楯を外し、左手に持ち変えた。だが、そのまま。速度を落とさず、身体を反らした怪鳥に向かって行く。耐熱布をばさりと広げ ―― 怪鳥は、嘴を開こうと。

 

「喰らえ」

 

 右腕を振るう。嘴が突き出されたのと同時に、ヒシュが楯を投げ出していた。吐き出された火炎液は楯と衝突し ―― 鉄製の楯の重さと勢いに負け、散った。

 ダレンでは考え付かなかった方法だ。思い返せば、怪鳥の火炎液は放物線を描いていた。つまりそれは……リオレイアやリオレウスの様に……一直線に飛んでくる程の勢いが、火球には無いという事だ。確かに、怪鳥の嘴や膂力は人間を遥かに凌駕する。だが火炎液そのものならば、こうして楯でも相殺できるのか。そう、ヒシュの持つ観察眼と発想それ自体に感嘆の念を抱く。

 飛び散る火炎液の悉くを、ヒシュは広げた耐熱布で防いだ。怪鳥だけが自らの吐き出した火炎液の火の粉に降られ、どすりと一歩を退く。

 退いた分、ヒシュが一歩を踏み出した。左手に『ハンターナイフ』を構えて怪鳥の懐へと飛び込んでゆく。

 しかし、1撃。それだけを胴体に叩き込んで、飛び退いた。追ったネコが追撃を加え、同じく退く。ダレンもそれに倣い、翼を1度斬りつけて、尻尾による攻撃範囲を脱する事にする。

 脱すると、ヒシュは再び駆け寄っていた。剣を掲げ、斬り付け、また退く。そんな攻防を幾度も繰り返す。ヒシュの動きはだんだんと洗練されていき……

 

(まずは防御を、という事か)

 

 攻防の中で怪鳥の動きを観察しているのだろうと、ダレンは結論付ける。

 仮面によって狭まった視界にありながら、怪鳥の一挙手一投足を見逃さず。隙あらば攻め、隙を作るための手段を吟味し、その行動の成果を鑑みる。

 それらヒシュの動きを見ている内に、ダレンやノレッジにも怪鳥の攻撃を避けるための「道筋」が見えてきていた。横合や後ろなど、嘴の攻撃範囲外から接近する敵対者に対し、怪鳥はまず尾を振り回す。優先度としては次点に脚。翼は攻撃に使用しない。時折無理やりに身体を捻って後ろを啄ばもうと試みる事もあるが、姿勢を低くすれば直撃は免れる。

 移動手段を削るという意味で有用であろう脚を狙うのであれば、怪鳥が思い立った様に走り出すその瞬間だけは見極めなければならない。嘴ですらダレンを吹飛ばしたのだ。怪鳥の巨体、その体重全てを注ぎ込んだ突進に巻き込まれてはひとたまりも無いだろう。

 何度目だろうか。ヒシュが翼を斬り付けて横転し、尻尾を掻い潜る。そして今までの攻防よりも余分に距離を取った。だらりと力を抜いて、楯が放られ身軽になった右手で『ボーンククリ』を抜き……両腕に剣を構える。

 

「十分ですか、我が主」

 

「ん。……行く」

 

「ご武運を」

 

 ネコの声援を受け、腰を低く、地面の(きわ)を走り出す。これまでは画一的……手探りに斬り付けていたヒシュの動きが、変わっていた。

 尾を潜り両の剣を振るう。右足を踏み出すと回転を止めて体を捻り、逆周りに飛び上がる。軸を傾け縦に。車輪の様に回りながら怪鳥の皮膜に向かって2撃、叩き込んだ。左の鉄剣が皮を斬り、右の骨剣が直ぐ様露出した肉を叩く。時折剣を打ち鳴らし、怪鳥の攻撃を誘っては視界の外へと消える。

 突然変わったヒシュの動きは、未だ怪鳥の動きに翻弄されているダレンには想像の及ばない域にあった。怪鳥の動きと、呼吸と、その意識までを。怪鳥という枠を超え、目の前の個と同調している様にすら感じられる。

 しかし。動きが変わったとはいえ、まだ違う。剣の型だ。ダレンの知る双剣使いは舞う様に美しい動きを追い求めて剣を振るうものだが、ヒシュの双剣は通常のそれではない。

 連撃には比重を置かず、重心を留めず。

 一撃一撃が冷徹に……丁寧さと鋭さを伴って振るわれる。通常の双剣の型が時代を超えて磨きぬかれた剣だとすれば、ヒシュの剣戟はひたすらに殺傷を突き詰めた剣だ。型に囚われず。しなやかさを帯びた牙が、怪鳥を執拗に付け狙う。

 怪鳥も尻尾を鞭のように振るい、横を取ったヒシュや周囲を駆け回るネコを狙う。しかし尻尾が届く頃には、その反撃を予知した両者共に殺傷圏を離脱している。

 

「っぷはっ、ふぅ……っ」

 

 ヒシュが素早く転がりながら距離をとった。弩弓を構えるノレッジからも声が聞こえる距離まで戻り、気を吐く。そして怪鳥が身体を回転させ始めたのを見、またも駆け寄る。迷いの無い動きだ。ダレンやノレッジだけでなく他の者が見たとしても、初めてイャンクックを相手にする狩人だとは思わないに違いない。

 怪鳥が振るう嘴を僅かに避け、首元から身体の中心にかけて切り込む。両手に掴まれた骨と鉄の剣が甲殻を削り、足元に付いた所で足を止め、高速の剣戟が十字を描く。右手と左手の剣が交互に振るわれ、金属製の剣と怪鳥の甲殻とがぶつかるたびに青い火花が散る。それ程の速さと、鋭さを持った斬撃。

 怪鳥の意識は今や完全に、最も脅威となる狩人……ヒシュへと向けられている。

 

「おおおおっ!!」

 

 怪鳥がヒシュの方向を向いた瞬間に、ダレンは駆けた。嘴で攻撃をしている間は尾は動かせない。怪鳥の大腿を飛び切りし、ネコが小太刀による刺突で追撃。

 戦闘の流れを目で追っていたノレッジも、攻撃を試みる余裕が生まれていた。弩弓を腰に着け、構える。重量級の弩『ボーンシューター』の照準機を覗き込み、怪鳥へと向け、狙いを絞って行く。

 

「……っ、もう少し」

 

 飛び込み斬りを仕掛けていたダレンが退く。遊撃に徹していたネコが退く。ダレンの抜けた間を引き継いだヒシュが退いて……射線が空いた。

 怪鳥も攻勢を弛めた瞬間だった。ノレッジは迷わず、半ば反射のように引き金を引く。銃身から弾が放たれ、反動でノレッジの細身の身体が揺れた。弾丸はバシンという大きな音を伴って怪鳥の皮膜を直撃する。空薬莢が地に落ちる間もなく、続けざまに翼、身体、耳へと撃ち込む。撃たれていた怪鳥が、ノレッジの方向を ――

 

 ―― 怒りの形相に染まった顔と、脅威と対峙。

 

 怪鳥の威圧感を正面から受けたノレッジが、思わず竦んだ。怪鳥の脚はノレッジへと向けて、今にも踏み出されようとしている。

 

「御主人!」

 

「ネコ、閃光!」

 

 ヒシュが怪鳥の前に飛び出した。走り出そうとした怪鳥の脛を『ハンターナイフ』で斬りつけ、頭を動かそうとした瞬間には下顎を『ボーンククリ』でかち上げる。怪鳥の動作の起を封じてみせた。その隙にとネコが鞄から閃光玉を取り出し、ヒシュとノレッジの間に投げ込む。

 

「ノレッジ、閃光玉だ!!」

 

「……っは、はいっ!?」

 

 指揮を執るダレンの叫びによって、ノレッジも我を取り戻す。思いきり瞼を閉じた。閃光が奔ったその瞬間、視界が赤く染まる。

 

「バッ、グバババッ!?」

 

 イャンクックは目を焼かれ、視界を失った。手当たり次第に尻尾を振り回しノレッジ達を攻撃しようとして……ヒシュだけが怪鳥の傍にぴたりと張り付いて離れない。尻尾が周る度に足元を潜り反対側へと移動する事で避け、僅かな機を縫っては身体や翼を突き上げる。

 怪鳥が翼を広げた。飛び上がり、体勢を立て直すつもりか。飛ばれては、銃撃しか攻撃方法が無くなってしまう。

 しかし飛んでいる瞬間を落とせば、それは攻撃の好機でもある。ダレンはポーチの中を探った。が、必要な時に限って音爆弾は見当たらない。視線を前に戻すと、怪鳥は既に宙に浮いていた。

 

「―― 逃がさない。ネコ」

 

「了解です!!」

 

 ヒシュが飛び上がった怪鳥を指差し、ゴム質の手袋を手にはめながら叫ぶ。呼ばれたネコは近寄りながら、円筒の物体を幾つも取り出した。洞窟や、ここに来るまでに組み立てていた筒だ。その内側からは光が漏れている。

 ネコが離れて下さい、と鳴く。離れて。その言葉を聞いたダレンの脳内で、一つ、知識にある武器(・・)が思い出された。

 

「……これが作戦か! ノレッジ、離れていろ!」

 

「は、はいっ」

 

 狙いを悟ったダレンも叫ぶ。ノレッジは言われた通り、余分に距離を取る。退いた位置から振り向くと、ネコとヒシュが先程の筒を投擲している。無数の円筒がイャンクックの身体へと付着したのを確認し、こちらへと退避した。

 何をするつもりなのだろう。ダレンと、ノレッジが空を見上げる。見上げた先で、怪鳥は高度を増してゆく。見上げる目に、無数の雨粒が映り込み。

 雷。曇天は青白く光り、瞬きの間に怪鳥を襲った。

 

「ギュ、アアアアッ!」

 

 雷は、実際に空から落ちたものではない。ヒシュらが取り付けた筒状の物体が雷を発したのだ。落下する間に1度、落下してからも1度、連鎖した蒼雷が怪鳥を襲う。

 雷を放った物体。イャンクックの身体へ仕掛けられた円筒状の道具は、「爆雷針」と呼ばれる猟具と構造を同じくする。筒の体部には「雷光虫」という虫の放電器官が入れられており、衝撃を与えられると鋭い雷を放つ性質を持つため、時限式に炸裂させる事で十分な武器に成り得るのだ。その際に使用者や周辺に居る者が雷に巻き込まれる可能性がある為に十分な距離をとる必要があるのだと、ダレンは他の猟場で組んだ狩人から教わった事があった。

 だが、この雷はダレンの知っている「爆雷針」のそれとは一線を画す威力だ。恐らく道中ヒシュの行っていた調合による成果なのだろうが……今はまだ、この結果だけで良い。相対する怪鳥を目視しようと目を凝らす。

 小規模とはいえ幾つもの雷をその身に浴びた怪鳥は、満身創痍。甲殻は黒く焼かれ、落下の衝撃もあり、皮膜には無数の穴が開いている。ダレンとノレッジは、この光景に希望を覚え……仮面の狩人だけが足を止めず。

 

「仕上げ」

 

 ヒシュが再び剣を抜いた。瓶詰めの液体を取り出すと、左に持った『ボーンククリ』に垂らした。見覚えのある琥珀色の液体。硬化薬だ。液が刀身全体を覆った所で鉄の剣を腰に差して一刀に構え、地に臥すイャンクックへ向かって猛然と走る。

 

「―― がぁああっ!!」

 

 獣の咆哮。両手で持った剣を、怪鳥の皮膜に叩き付ける。爆雷針による雷撃で焼かれ……それでも鳥竜としての確かな硬さをもった翼膜を、『ボーンククリ』は容易に引き裂いていく。

 裂き進める度、怪鳥の叫びが一層の濃密さを纏って密林を響き渡る。翼膜を裂いた骨剣がその根元まで到達し、抜き去ると、翼と身体との合間に向かって突きたてた。

 

「ギュアア゛アア゛ッッー!」

 

 甲殻をこじ開け、軟骨を抉り、球間接を貫く。剣が怪鳥の肩に突き刺さると、左の翼がだらりと力なく項垂れ、流れ出た血が伝っては地に落ちる。

 痛みに堪えかねたのか、怪鳥が力任せに全身を振るう。翼に足をかけていたヒシュが剣の柄から手を離し、飛ばされ、素早く地面を転がって受身を取る。

 

「無事か、ヒシュ!」

 

「だいじょぶ。―― だけど」

 

「やりましたね、ヒシュさんっ!!」

 

 勝利を疑わないノレッジが喜び飛び跳ねる。ヒシュの隣に駆け寄ったダレンは、怪鳥を見るヒシュの仮面越しの表情を窺う。確かに、大丈夫といったヒシュ自身の身体に傷は無い。視線の先で、両翼両脚嘴を五体投地して伏せていたイャンクックが立ち上がり ―― 向き合う。

 

「っっ!?」

 

 ヒシュの視線を追っていたダレンも、視た。

 改めて見る怪鳥の嘴は厳つく、肥大化している。広げられた耳は傷つきながらも、一般的な個体と比べて明らかに大きいものだ。事前に考えていた通り、齢と戦闘経験を重ねた個体なのだろう。

 が。

 

「え、眼が……」

 

「……ああ。紅い」

 

 ノレッジが息を呑む。常ならば黄色い筈の怪鳥の眼が、今は、紅く光っている。雨に煙るその光は、深い夜に耀きを放つ双子星を想起させた。

 翼を広げる。頭を掲げる。翼と嘴がどす黒い瘴気を放ち、赤かった身体は端から黒く染まってゆく。

 

「―― ァ、」

 

 喉を振るわせる。第一声に、密林を覆う猛々しさは備わって居なかった。

 例えば、確かめるような。新しい身体を試すような。

 待ち兼ねた。怪鳥が雄叫びを上げる。

 左の翼は垂らしたままだ。

 嘴を、

 

「ッギュバアアアアアアーーッ!!」

 

 咆哮に連れられて、身体から赤い何かがたち昇る。

 筋肉が膨張し、骨格がみしみしと音を立て、節々から紫苑の棘が突き出して。怪鳥として形作られていた身体が、見るも無残に変貌を遂げた。まるで何かに急かされるかの如く、体積を増してゆく。

 

「これは……あ、主殿っ! 退却を ――」

 

 嘴を、開く。

 狩人達は未知の怪物その奥に、蒼く瞬く炎を見た。

 





 今回の更新はここまでです。
 御拝読を有難うございました。

 ……今回の後書は長いので、御注意くだされば。

 先ず、ヒシュ(仮)の調合した道具について。

 『生命の大粉塵』= 生命の粉塵+落陽草。
 粉塵については、作中色々と解釈が捻じ曲げられております。モンスター側にも効果がある、雨の中では使えない、等々。そもそも本作における「回復薬」は「痛み止めと気付けの効果がある」と設定されていまして。飲めば飲むほど効く! という事はありません。粉塵も例に漏れず、この様な次第に着地させて頂きました。
 回復アイテムについては今後も色々と思案追加をしていく予定です。

 『爆雷針』= ハリの実+雷光虫。
 流石に雷を引き寄せて落とすのは、想像付かない範囲かなぁ……と。なので、雷光虫の器官が可能な範囲で雷を発生させる道具と相成りました。作中では残念ながら、「ヒシュの強化した爆雷針で、やっと、対大型の武器として役立つ」という程度の威力に成り下がっております。
 私の愛用する道具でして、何かと出番は多いと思われます。

 『硬化薬(グレート)』= 忍耐の種+増強剤+アルビノエキス。
 2Gでは実際に、怪鳥さんなどが出現するエリアにてアルビノエキスを採取する事ができます(非常に低確率ですが)。
 このお薬もまた「皮膚が硬質化する」という設定を引っさげておりまして。「気持ち硬くなる程度で、有用性が実感できる程ではない」にランクダウンしました。
 が。実は……と。ヒシュが作中にて別の使い方をしております。これも原作に準拠した使い方ですので、今後に説明をばしたいと考えております。

 因みにゲームをプレイした方は、今回登場いたしました行商キャラ、ライトスが「音爆弾」や「閃光玉」「生命の粉塵」などを現物で持っているのに疑問を抱かれた事でしょう。
 ですが、「売る側」としましては……素材をそのまま売るぐらいであれば、加工までを施して付加価値をつけてしまった方が利益が出るのですよね。
 調合という技術自体は素材への理解や技術が必要らしいのですが、ペイントボールなどの仕組み(ペイントの実を包んである)を考えるに、そこまでの専門性は無いのではないかと。少なくとも「狩人でなければ出来ない」のでは無いのだと考えます。
 とはいえ、作中ヒシュがしているような「発光器官を取り除く」などの作業は必要です。その辺は加工用の雇い人が居ると言う事で、何卒ご容赦をば。

 尚、硬化薬の使用法や爆雷針の強化法等の作中オリジナルイレギュラーについてはその内に作中にて(ヒシュが、ダレン達に)説明いたしますご予定。

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