モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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第六話 打倒

 

 ダレンがその奇妙な狩人と合流したのは、怪鳥を振り切ってから更に10分ほど逃げた先だった。

 密林の中でも一際生い茂る木々に覆われた、秘密基地のような洞穴。ネコが主と慕う狩人は頭に仮面を着けて座り込み、雨の当たらない位置で道具を広げていた。何やら道具を作っていたらしい。

 その顔には木製の仮面。目の部分だけがくり貫かれており、人型の生物の目鼻立ちを模したと思われる仮面、その下顎部分が独立稼動してかたかたと音を鳴らす。背丈は世間一般のハンター並であるダレンと比べると低く、筋肉の付きは並。仮面の後ろから中程で切り揃えられた黒髪が覗いている。

 身に纏っているのは皮の鎧。ノレッジも装備している『レザーライトシリーズ』に皮の使用比率が似ているが、意匠は違う印象を受けた。仮面の狩人は身体の線が細く、装備品も未知のもので、見た目からは性別を判別する事ができない。……いずれにせよ皮が主体であるからには、防御性能自体も高くは成り得ないだろう。

 そして背と腰の皮鞘に差された剣と、右手につけられた楯。どうやらこの狩人もダレンと同じく剣士のようだ。が、狩人としての得物(ぶき)が2本ある点が気にかかる。楯も装備しているために、単純な双剣使いという線にも疑問を覚える。

 

「―― 御主人、よくぞご無事で」

 

「それはこっちの台詞。だいじょぶだった?」

 

「ええ。私は問題ありませんでした。それで、」

 

 ネコは仮面の狩人の下へと駆け、恭しい態度で報告を続ける。

 落陽草の採取中にダレンを見かけた事。イャンクックと対峙した事。ダレンは行商隊を助けに行きたい事。ノレッジという同僚が居る事。

 それら報告を終えると、仮面の狩人が頷いた。奇妙な、木製の仮面が改めてこちらを向く。

 

「どうも。ジブン、ネコの主で、友達。名前は……えと、ヒシュ」

 

 ゆらりと立ち上がり、仮面内からの視線を向けられる。言葉の継ぎはどこかぎこちないが、王都的……訛りの感じられない美しい発音だった。

 近寄り難いその風貌に立ち尽くしていたダレンも、協力者の不興を買う訳にはいかない。打って変わって大股で歩み寄ると、差し出された手をがしりと掴む。

 

「私はダレン・ディーノ。貴方の友に窮地を救われた。どうか、宜しく願いたい」

 

「……ん。……んん?」

 

 握手を交わしながら、仮面の主がこちらの何かに目を留めた。ダレンはその視線を追い……自身の左肩を見やる。

 身につけた鎧の左肩。そこにはダレンが書士隊の隊員である証……金糸で描かれた龍の紋章が着けられていた。仮面の狩人は数秒沈黙し、小首を傾げる。

 

「もしかして、先輩?」

 

「センパ……うん?」

 

 かけられた言葉はダレンにとって予想外のものだった。金糸の紋章を見て先輩とは、つまり。

 何事かと思考を試みるダレンを他所に、仮面の狩人はパンパンになったポーチの中から1枚の皮紙を取り出し、突きつけた。ハンターカードだ。カードと、何かを留め金で挟んであるらしい。ダレンが裏を覗き込む。カードと共に留められていたのは、金糸の龍章と、それを囲み絡み合う2本の菱線。王立古生物書士隊 ―― 通称「書士隊」の2等書士官である証だった。

 ダレンは暫し呆然とし、

 

「……ははは! まさか、この私が先輩とは! ……すまない。だが、貴方も書士隊の一員なのだな」

 

「ん、あ、ごめん……なさい? ジブン、他の大陸での実績とコネがあって、こないだ推薦で2等書士になったばかり。まだ別の書士隊の人と、合った事が無くて」

 

 困惑しながら頭を下げた仮面の主に向かって、ダレンは慌てて両手を振る。

 

「頼むから顔を上げてくれ。私も君と同じく、書士隊の2等書士官になったばかりの身でね。新人よりは偉いが、ただそれだけだ。地位がある者ではないよ。対等な者として扱ってはくれないか?」

 

 ダレンが早口で言い終えると、狩人の目が瞬いた。しぱしぱと、仮面の内で何かを考え込んでいる。

 謙遜の定型文句として「地位がある者ではない」と言ったが、2等書士官は立場的にも中の上といった所だ。4、5等を勤める見習い書士官や事務職よりは上の立場に在る。ダレン自身は調査隊での功績や新種調査での貢献が認められ2等書士官になった身なのだが、なにせ成り立てである。隊長の中では駆け出しという境遇だ。成り立ての隊長は部下も2~3人居れば比較的多い方で、直属の部下は今の所ノレッジ只1人である。

 だからこそ2等書士官であれば、ヒシュが言った様にコネや過去の実績からなる者も少なくは無い。地位を持つ者や別の職で実績を積んだ者が隊長位に座るというのはよくある事だと、ダレンは納得できている。

 しかし考え込んでいた仮面の狩人 ―― ヒシュは間の後、やはり、小首を傾げて。

 

「うぅん……多分、難しい。先輩は先に書士隊になっているはずだから、先輩である事に変わり無い。ジブン、先輩に教えてもらいたい事が沢山あると思うので、……努力はしますけれども」

 

「律儀だな。ならば君が慣れたその時、対等に扱ってくれればそれで良い。……ヒシュ、君の楽なようにしてくれると嬉しい」

 

「ん。ありがとう、ダレン」

 

 見た目で判断するべきではないな。脳内でそう反省したダレンと仮面の主の邂逅は、和やかな雰囲気で始める事が出来ていた。

 

 

 しかし、時間は一刻を争う。現状の確認を終えた後、ダレンが地面の上に地図を広げた。ヒシュは何かを作る片手間に。ネコは身体を覆う外套の中にある鞄を整理しながら、地図を覗き込んだ。地図では大陸の中央部にあたるエルデ地方やゴルドラ地方が左端になっており、その東側を中心として描かれている。下方にジャンボ村、右辺にテロス密林、上端にポッケ村が位置していた。

 ダレンがテロス密林とジャンボ村の中間地点……現在地である部分を指差した。

 

「それでは対策を話し合おう。まず、全員で行商を護衛しながら逃げるという手は除外したい」

 

「何故でしょう?」

 

「それはもうここ20時間ほど試み、失敗し続けている手段だからだ。……あの怪鳥は、異常なまでの戦闘意欲を有している。我々が図面上から割り出した……一般的な怪鳥の縄張りと思わしき範囲を踏み出ても、どこまでも追ってくる。……申し訳ない。これに関しては、理由は不明だ」

 

「ふむん」

 

「ここからジャンボ村までは、まだまだ距離もある。怪鳥は空を飛べるのだ。こちらと追いかけっこをして、勝てる道理はない」

 

 当然、行商の人々もある程度の自衛は行えるはずだが、それは小型モンスター相手での話だ。中型以上の生物を相手にして無事でいられる保証はなく……それは、ハンター達が護衛についていようと同じ事。行商隊の近場まで怪鳥を近づけてしまった時点で、危険は及ぶ。

 普段であれば最優先の手を自ら潰しておいて、ダレンは続ける。

 

「ここはフィールド外だから気球は当てにできない、が……この近くであれば鍛冶で有名な村がある。小さいがギルド支部のある村だ。この村に誰かが走り、援軍を求めるのはどうか」

 

「ふむ、堅実的な案ですね」

 

 話を聞いていたネコがうんうんと頷く。が、直ぐに頷いていた首を止め、案の不備を指し示す。

 

「ですがその案は、堅実的ではあれど現実的ではありませぬ。まず、誰が伝令を勤めようと、怪鳥を相手にできる狩人がこの地を離れてしまうのです。戦力の低下は免れません」

 

「ジブン、怪鳥を実際には見たこと無い。ネコは戦ったけど、少しだけって聞いた。知識もそうだし、行商隊や書士隊との連絡がすんなり出来るダレンには残って欲しい。けど、タブン、残るのがダレンとネコだけじゃ怪鳥を倒せない。どう?」

 

「恐らくはその見立て通りだろうな。情けないことだが。……嘴の肥厚の具合からみて、あのイャンクックは少なくとも成体以上、老成するかどうかという個体だろう。先ほどヒシュが言った様に、ハンターズギルドの区分けでいうと『上位』かそれ以上の区分に該当すると考えられる。ネコの体術が卓越したものだというのは理解したが、私との即席の部隊では時間稼ぎも確実ではないだろうな」

 

「ん。理解した。それならダレンとジブンだけでも、中途半端になる。それは多分、ノレッジっていう人がいても変わらない」

 

 確かにノレッジは書士隊員としては兎も角、狩人としての経験がダレン以上に浅い。ダレンとネコでは怪鳥に満足な傷をつけられなかったのだ。そこにノレッジを加えた所で、むしろ危険が増すだけに違いない。

 仮面の狩人は動かす手を止めていない。今度は何やら昆虫の発光器官を取り除きながら。

 

「そもそもフィールド近くの密林を1人で走破するって、正直、オススメしない。伝令になったヒト自体が危ないから。伝令に失敗したとする。戦力は低下したのに、応援も来ない。これ、最悪の状況だと思う」

 

「我が主の指摘に加えて、更に悪い点があります。……単純に時間がかかりますね。村までの距離を往復すれば1日以上はかかりますでしょう。この局面において1日はかかり過ぎと言って良いかと」

 

「……そう、か」

 

 判っている。今こうしている内にも、行商隊は密林の危険に晒されている。イャンクックはダレン達が引き付けているとはいえ、偶発的に野生の走竜に襲われないとも限らない。行商隊を守るという観点から見れば、薄氷の上を歩く方がまだ確かであろう。ダレンが行商隊を放置するもしくは見捨てるという選択が出来ない性分である以上、付き合わせているヒシュとネコには申し訳なさを覚えるばかりだ。

 

「そして、村に行ったとしても直ぐに援軍を呼べるとは限りませぬ。村の上役で狩人の滞在数や防衛人員の調整を行わなければならないはずです。更にはイャンクックという曲がりなりにも中型以上の生物を相手にする以上、協力者には支払いをしなければならず、ハンターズギルドの契約や金銭などの利権の問題が絡みます。狩人という人種の性質上、直ぐに力を借りられる可能性も勿論ありますが……1日という期間ですら希望的観測に過ぎないのです」

 

「……ならば私は、どうするべきだろうか」

 

 繰り返した言葉。自然の驚異とも、最愛の隣人とも呼べるモンスターという生物。自然を隣人へと……糧へとするために生まれた「狩人」という職業にあるからこそ、その恐ろしさは身に染みて実感していた。

 いや。実感して、しまった。思考が怯んでいるのだ。

 それでも。ダレンは言葉と共に、1人と1匹を見上げていた。思考が怯んでいるからこそ俯いてなどいられない。

 上げられた顔、視線の先で。

 ヒシュが手を止め、ダレンを視ていた。

 

「ダレンは、どうしたいの」

 

 どうしたい、か。

 思い描く可能性の内……最も好ましい展開。

 

「―― 行商隊を無事にジャンボ村へと送り届け、私とノレッジ……そしてヒシュとネコが生き残る。これは、多くを望み過ぎているのだろうか?」

 

「ん、いい。ダレンは優秀な狩人」

 

 黒いゴム質の手袋を履いた手で作り上げた道具を持ち上げ、ポーチを膨らませながら、ヒシュが続ける。

 

「考えすぎかもね。もっともっと単純な方法がある。……ジブンとネコと、ダレンと……もう1人居るって言う書士隊の子。この全員で怪鳥を狩る。多分、一応、これが最良」

 

 それは、異常なまでに真っ直ぐな言葉だった。

 つい先程怪鳥との攻防によって命の危機に瀕したダレンが無意識に避けていた言葉を、諭し、貫くように言い放つ。

 

「……何故それを最良だと言い切れるのか、尋ねてもよいだろうか」

 

「理由は沢山ある。まず、ここはギルド管轄のフィールドじゃない。だから観測隊による監視とか、配給品とか、運びアイルーとか。そんなギルドからの支援が無い。観測隊がいないから、もし怪鳥を傷つけた状態で逃がしたら、追えない。最悪、付近の村に被害が出ると思う。だから中途半端に戦うのは、行商隊を見殺しにするのと同じくらい、駄目。それにそもそも、戦闘意欲があるって言うなら、放っておいても村に危害を及ぼす可能性は高い。なら尚更、戦闘を優位に進めて、動けないだけの傷を負わすべき」

 

 たどたどしいヒシュの言葉が、現状しか見えていなかったダレンの視野を広げて行く。

 ギルドの管轄フィールドというのは、様々な条件が重なって初めて作られる環境である。「密林」や「雪山」「火山」という呼び名はあくまで通称。例えば「密林」であれば大陸の東端を覆う「テロス密林」の中で最も戦いやすく、狩人が戦う為の土地と資源が豊富にあり、モンスター達が立ち寄り易く、近隣の村が少なく……「戦いの後」が整え易い場所がギルドの管轄フィールドとして選ばれている。

 ギルド契約の利点は、ヒシュも挙げた通り。区切られた土地の中でしか戦う事ができず、ギルドによる素材や金銭の天引きがある代わりに、様々な恩得が付与される。配給品の支給やアイルーや鳥による素材の運搬。捕獲または殺したモンスターの運搬。そして狩猟前後におけるモンスターの監視などが代表的なものだ。

 大型のモンスターを狩る場合、傷ついたモンスターが逃げる可能性を考慮しなければならない。彼ら彼女らは戦闘意欲に溢れている為、決着が着くまで戦い続ける事が殆どだが、戦いが長期かつ広範囲に渡った場合などは、少ないながら近隣の村が巻き込まれる場合も存在する。

 だからこそ、多くの狩人はギルドと契約して指定されたフィールドの中で戦う。空を浮く観測隊の気球が戦闘中の狩人とモンスターの状況を観察し、モンスターが逃げた場合は近隣の村への通達やそれを追う狩人の要請を代理で行ってくれる……だけではなく、村が襲われた場合の損害の割り受けなども行ってくれるらしい。

 つまるところ、ハンターズギルドは狩人として生きるための大きな後ろ盾なのである。

 

「でも今、イャンクックの討伐はギルドを通してない。ここはフィールドでも無い。―― だからこそ希望が残ってる」

 

 仮面の狩人は胸を張り、その眼を煌かせながら話す。

 

「乱獲しなければ大型を狩るのだって自由だから、今すぐ狩りに取り掛かれる」

 

「正当な防衛権利が発生しますからね。フィールドであったならこうは行きません。ギルドを通さなければ狩猟など叶いませぬ……が、行商隊を助ける為には迅速に動く事が必要です。この点については僥倖であると言えましょう」

 

 広げていた道具全てをポーチに詰め、仮面の主が立ち上がる。

 イャンクックが飛び回り、自分たちを捜しているであろう空を見上げて。

 

「何より。罠や道具の持込が自由」

 

 ポーチを膨らませたヒシュは、仮面に覆われた顔を狩人としての喜色に染めていた。

 

「……我が主。やる気を出すのは良い事ですが、まずは味方を迎えに行きましょう。ダレン殿、ノレッジ女史は何処に?」

 

「む、そうだな。……ふむ」

 

 ネコに促され、ダレンは思考する。ノレッジ・フォールは北北東……巨大な湖のある方向へと駆けて行った。調査物を隠すとすれば崖の上か、いや。突拍子も無い思考を持つノレッジの行動は、ダレンにも予想がし辛い。

 

「……連絡用の信号弾もあるが、怪鳥が空を回遊しているであろう今、空を使った連絡手段は控えるべきだ。彼女が逃げた方向を地道に捜すしかないだろうな」

 

 ダレンは思考の末、時間はかかるが確実な案を挙げた。

 その案にネコは頷いたが、もう1人。

 

「んー……んー?」

 

 ヒシュだけは未だ思考の最中にあるようだった。

 自らの主を見上げ、ネコが尋ねる。

 

「御主人。何か不備がありますでしょうか」

 

「……んん。そーいうのじゃあ、ないけど。……そのノレッジって言う人、何をしに行ったんだっけ?」

 

「指示に従っているならば、調査物を隠しに北北東へ向かい、そのまま身を隠しているはずだ。私とノレッジは始めから行商隊の守りについていた訳ではない。王立古生物書士隊としての任務で密林西域の分布調査を行っていたのだ。せめてこの調査の成果くらいはは、焼き払われたくなくてな」

 

 実際には最悪の状況を考えてノレッジを逃がしたというのが主な理由であるが、ダレン自身もこうして生き残った以上、調査資料を守るというのも理由として間違ってはいない。

 ヒシュはその内容を吟味し、仮面の下顎に第2指(さしゆび)を当てながら暫し思索を巡らし……ぽんと手を打った。

 

「そういえば、北北東に、物を隠すのに()ピッタリな場所がある。こっち」

 

「にゃんと、そちらは! ……もしかして……ううん、ともかく行ってみましょう。私と主が先導しますので、ダレン殿は着いて来てくだされば」

 

「む。判った」

 

 ネコもヒシュの言葉と指差す方向に思い当たる場所があったようだ。2者とも近辺で採取をしていたと言う。恐らく同時に地形把握を行っていただろう。多くの地形情報を持っているならば、闇雲に歩くよりは十分な期待が持てる。

 ノレッジを捜すため。ダレンは、仮面の狩人の後を追いかける。

 

 

 

 

 

 

「―― あっ、ディーノ隊長っ!」

 

 書士隊員であるノレッジを探して移動を始めた一行は、ほどなくして崖下の水辺に辿り着いた。奇しくもヒシュとネコが張った仮設キャンプと同じ場所である。

 推論通りの場所、その崖下に座り込んでいたノレッジが立ち上がると、ダレンの傍へと駆けて来る。

 

「ご無事で安心しましたよー、隊長。……あのぉ、ところでこの方達は?」

 

「力を貸してくれる狩人だ。ああ、ヒシュとネコには私から紹介しよう。彼女はノレッジ・フォール。私の部下であり、3等書士官でもある」

 

「ども、ノレッジ・フォールです。ノレッジって呼んでください! ……じゃーなくて。えっと、宜しくお願いします!」

 

 密林を覆う曇天すら晴らすであろう明るい笑顔を浮かべ、朗々と挨拶をする少女。自身は手を振りながら自己紹介をしておいて、思い出した様に頭を下げた。お辞儀と同時、彼女のごく薄い桃色をした髪の左側……束ね編まれた一房が小さく揺れている。

 少女が身につけている装備は恐らく、こちらの大陸におけるレザー装備であろう。ヒシュからしてみれば見覚のない型ではあるが、自身が纏うレザー防具に作りが似通っている。どうやら、革製の防具ならば比率は似た物になるようだ。

 それら印象は置いておくにしても、さては対面である。ノレッジは格式ばった対応が苦手だが、印象の悪い人間ではないとダレンは思っている。が、ヒシュと波長が合うかは判らない。正に未知との遭遇だ。

 ダレンが唾を飲み込みながら見守る先。ヒシュはノレッジの正面に歩き出て……腕を差し出す。

 

「ヨロシクお願いします。ジブンの名前、ヒシュ」

 

「ネコと名乗っております。どうかお見知りおきを、ノレッジ様」

 

「はい! ヒシュさんに、ネコさんですね! 覚えましたよ! あと様づけはこそばゆいので呼び捨てでいいです!」

 

「ん。わかった、ノレッジ」

 

「では私からはノレッジ女史と呼ばせていただきましょう」

 

 中腰になったノレッジの両手とがっしり握手を交わした。杞憂であったか。ヒシュが敬った態度を崩しきれていないが、それもまたノレッジが(階級には関係なく)書士隊の先輩である事を気にしているか、単純に喋り慣れていないからといった辺りが理由であろう。

 互いに第一遭遇を終えた所で場を取り持とうと、ダレンが話題を切り出す。

 

「ところでノレッジ・フォール。調査資料は無事だったか」

 

「勿論です! ほら、ここに!」

 

 ノレッジが指差す先では、ヒシュとネコが崖下に張った簡易テントの中に(・・)、調査物品の詰め込まれた巨大な鞄が我が物顔で鎮座していた。

 ダレンはため息を掃出し、頭を抱えた。鞄がテント内の面積と空間を占有しているために、身体の小さなネコですらテントに入る事は叶わない。もはやテントは鞄を雨風から守る為にあると言って良い。確かに、キャンプを張る位置はモンスターの行動範囲外や見付かり辛い場所。ヒシュとネコが位置取ったこの場所は、荷物を隠す場所しても最適であった。間違っても、調査資料を傷つけないための場所の選びとしては、という話ではあるが。

 ネコががくりと膝を落とすその横で、ヒシュはかくりと頷いた。

 

「ん。やっぱりここだったね、ネコ」

 

「途中でランポスに遭遇しなかったのは、私、とっても運が良かったと思うんです!」

 

「……にゃんと……ああ、いえ。にゃふん。それは私達が張ったキャンプですが、どうせ一泊するかも判らない日程でしたから……ならば有効活用してもらえた方が宜しいですね。はい」

 

 ネコは何とか、どこか釈然としない気持ちを納得させた。理屈としては別に良い。テントの中が埋まっていようと怪鳥を狩るのに不便になる訳では無いのだから、と。

 そして、せめて荷物の無事だけは確認した所でノレッジの方向を向く。喉の調子を確かめてから、本題を切り出した。

 

「ノレッジ女史。我々とダレン殿はこれから、怪鳥狩りへと向かいます。貴女は如何なさいますか」

 

「? えぇと、いかが、って言うと……」

 

「私共と行動を共にし怪鳥を狩るかどうか、です。勿論拒否権はありますが、ノレッジ女史は弩を扱うとダレン殿から窺っています。戦力としていてくだされば嬉しい事この上ないのですが……主や私と共に命を懸ける事を、お願いできませんでしょうか?」

 

 ネコと、隣に立つ仮面の狩人の瞳が、ノレッジを真っ直ぐに覗き込んでいる。

 ……命を懸けてとネコは言った。今のダレンやノレッジにとって、怪鳥は間違いなく「死」を予見させるモンスターだ。

 成体以上とはいえ、怪鳥自体は実際の所、狩人の相手としては中級の走り出し程度に過ぎない。最大の街であるドンドルマや、狩人の走りであるココット村などに常駐する狩人であれば苦もせず狩猟できるに違いない。

 だがここに居るのは、狩人としての経験が ―― 決して深くは無い書士隊員が2名。味方に狩人としての経験が豊富な2者が加わったとしても、一度植えつけられた意識は抜けようが無い。ノレッジにとって怪鳥は、未だ強大無比な怪物なのだ。

 それでも。思う所はある。

 ノレッジは、つい最近まで地質調査や机上での事務仕事を多くこなす、4等の見習い書士隊員だった。それを変えてくれた者こそが、ハンターという人種である。

 ギュスターヴ・ロンを筆頭とする引き篭もり派(と、彼女らには呼ばれている)の対極に立つ、行動派。前筆頭書士官ジョン・アーサーの遺志を継ぐその行動派には、彼女の上司であるダレンも所属している。自ら狩りの場へと赴き、時には武器を持ってモンスターと相対する。そういう危険と隣り合わせの調査こそ、「狩人を兼任出来る」彼らの仕事である。

 仕事の内容を知った切欠は、とある調査報告だった。ある書士官は凍土調査隊に自ら志願し、北極に近いアクラ地方の調査隊や現地のハンターに混じって、調査を無事に完遂させた。そして出来上がった、臨場感に溢れる調査資料。移り行く景色や強大なる生物の脅威。実際を余すことなく文に詰め込んだそれは、たまたま目にしたノレッジを驚愕させたのだ。

 止めは、ドンドルマを訪れた際の出来事。東シュレイドの首都リーヴェル出身のノレッジであるが、かつて学術院勤めの親に引き連れられ、ドンドルマという街を訪れた事がある。リーヴェルには、モンスター用の監視施設がある。だがその扱いにしろ機構の充実度にしろ、絶えずモンスターの危険に晒されているドンドルマ程ではない。リーヴェルは寒冷地ゆえ、防御機構は立地や気候に頼る部分が多い。防衛機構の充実のため、ドンドルマの体制や設備を学ぶ目的で立ち寄ったのだ。

 案内に連れられて早速と迎撃街に向かった両親とは離れ、土産物屋を回った後。突然、街の警鈴が鳴り響いた。

 偶然にも街の端……外壁の上にいたノレッジは、それを見た。―― 街の遥か遠くを横切って行く、山をも越える「大蟹」を。

 

 そう。遥かな距離を隔てて、見ただけなのだ。

 それなのに、かつてないほどの衝撃に息を呑まざるを得なかったのだ。

 既存のどの生物にも当てはめる事の叶わない(・・・・)、超上にして異質の存在。ただそこに在るだけで人々を脅かす、モンスター。

 幸い、大蟹はそれ以上ドンドルマに近寄る事はなかった。だがノレッジは、想像を凌駕する現実に打ちのめされる事になる。積み重なった出来事により、単純に、彼女は憧れたのだ。知るという事象による必然。学を修める両親も大切にしている、知識。調査を仕事に出来る書士隊。だけではなく、それらと対峙する狩人でもあり ―― この世界を視るという事象に。

 

「私も、見てみたいんです。未知のものを。直接この手で触れて、この眼で見て、肌で感じて。……それで初めて判る何かが。それがきっと、私の心を躍らせてくれるんです。怪鳥なんかで立ち止まってなんて、居られないですよ!」

 

 開かれた唇が意思を紡ぎ、表情は想いを帯びる。ノレッジは重量のある弩弓を2つに折って、背負った。ダレンが笑う。

 

「そうか。……ならば行くぞ、ノレッジ・フォール」

 

「はい!」

 

 2人を見ていたヒシュも、仮面の内で安堵する。その足元へ、キャンプの中から道具を見繕っていたネコが駆け寄り。

 

「まずは行商隊を逃がしに行くのでしょう、我が主」

 

「ん。この崖下まで、森の中を通ってこられる裏道を案内する。さっき、当たりをつけておいたから。いざとなったら泳げば、道なんて幾らでもあるし」

 

 協調し、方針を確認する。

 ネコは了解です、と主の方針を受諾し……

 

(でも、気になることもある。なんでこんなに……ランポス、いない?)

 

 主は、曇天に包まれたままの、星の見えない空を見上げ続けていた。

 

 





 ここまで読んでくださった貴方へ、厚く御礼を申し上げます。

 怪鳥さんを差し置いての作戦会議回でした。
 洞窟やらキャンプでごそごそしていただけという、絵面がイマイチなものです。その反動で、かは知れませんが、次回では主人公の(ある意味では)本領が発揮されます予定です。

 さて、これにて第一部の主要メンバーが出揃いました次第。そろそろ章題を飾ろうかと思っております。
 ノレッジ・フォールが口調が緩い娘になったのは、私の創作……ではなく。ハンター大全に載せられた文章から読み取れる彼女の気質を反映いたしました結果です。
 ネタバレになるのであれですが、彼女の文章はこれでいいのか、と突っ込みたくなるものばかり。その癖特徴だけは的確に捉えてくるから質が悪いのです。まったくもう、こんなキャラがいたら出さざるを得ないではありませんか(ぉぃ
 因みに。動機やらは彼女の名前に則りましたが、出身地は創作です。

 さてさて、古生物書士隊の紋章やら階級やらは、(ほとんど)完全に創作物です。階級については上木様の設定をオマージュ(土下座しつつ)しておりまして、実態についても、かなり近似したかもしれません。職位(階級)があるのは、現実的にも理に適ってしまいますし……一作者として他の作者様に影響されすぎるのもどうかと思うのですが、平にご容赦をばいただきたく。
 本作の設定として、軍という訳でも無いですし、実際には、本当の上役(筆頭書記官、幹部、及び一等書記官)以外はゆるーいものです。2等書記官からが隊長職であり、実働部隊の指揮を執ります。
 ですが書士隊という実働の部隊な時点で、役職自体の位はかなり低いという設定を致しました。それ故に緩めになる、と。大老殿とか、街付きのガーディアンとか、ギルドナイトとか。ハンターであれば位が高くなりそうな役職なんて、幾らでもありそうなのですがね。そこはまぁ、私ですので仕方が無いでしょう。

 さてさてさて、この話では怪鳥の強さを強調……誇張……もとい。とりあえず、本作ではゲームでの役割よりも重いものを背負ってもらっております。モーション的にも優遇されていると思うのですよね。ゲリョスさんやクルペッコさんはかなり別口ですし、不気味系ですから、あの愛嬌たっぷりな戦闘動作は事実上、怪鳥さんが独占している訳なのですし。大好きですよ、怪鳥さん。我が先生()、我が獲物()。ゲリョスも好きなのですけれども。

 さてさてさてさて。雑談の本編、「ギルドのフィールド」について。
 とりあえず、フィールド外についてはお決まりの捏造設定です、と。まぁ。作中で語ったので、これ以上を説明する事も無いのですが、本作において「フィールド」で戦う場面はかなり少なくなるでしょうとの謝罪をしておきまして。
 定点で戦う事による利点はやはり、第三者による観測が容易になる点でしょう。聞く所によれば、上位やG級の個体というのは経験を積んでより狡猾かつに、より強固になったモンスターであるとの事。……それはつまり、狩人や他種との争いに勝利した……「その場を観測されていた」という事でもあるかと思います。勿論、大陸は広大ですので、いつの間にか強くなっていた奴等もいるかとは思うのですが。
 フィールド、というゲーム内の設定をどこかで活かしたいなーとは思っていたのです。その結果がこの有様です。

 ……いえ、こんなものを延々と書いている暇があったら、物語の方を進めたいですね。頑張りましょう。程ほどに。
 4の話は次にでも盛りましょう。

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