モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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第十六話 ゴルドラ紀行 - 前

 

 

 北域から南西へ移り、大陸の中央部。

 

 市井の中心 ―― ドンドルマ。

 

 その街を、ひと組の商隊が出立しようとしていた。

 

 人々は朝も早くから活気に満ち溢れ、大陸の隅々へと物資を行き渡らせるべく息巻いている。

 山の傾斜に沿って築かれた街であるドンドルマの入り口付近。階段に囲まれて合間、広間を抜けて湖岸に面した船着き、及び、竜車の預かり処を兼ねた場所……その一画にて。

 

 荷が積まれた車を引くは、アプトノス。

 まだら模様で灰色の皮を持ち、持久と膂力に優れ、人と馴染むほどに穏やかな気性を持つ、4足の竜。

 四分儀商会が示した規格に則り作成された(あぶみ)と鞍をかけ、腹を蹴り、御者が背に乗る。

 周囲に人山の群れ。アプトノス10匹、商人各々からなる隊が出来上がる。

 

 ……未だ、動き出すことはない。

 荷を積み、人が揃い、それでも、彼らは発つことはない。

 この世界、大陸における脆さや危うさを知っているからだ。

 

 ある者を待つこと数分。

 目的の人物がドンドルマの階段を降りてくる。ハンターだ。

 すぐにそうとわかるのは、大型生物の皮や部位を素材にした防具を身に纏い。身の丈半分程もある重弩(・・)を背負っているからである。

 

 そしてこの街において、酒場よりも上の区画から人が降りてくるとは。

 つまりその人物が大老殿に籍を持つ、上位のハンターである証左に他ならない。

 

 件の人物は階段の下、広間の中央に降り立ち。大きく手を挙げたかと思うと、そのままぶんぶんと左右に振った。

 先頭のアプトノスに乗る御者の傍にまで駆けよって、溌剌(はつらつ)とした笑顔で声を出す。

 

「―― おはようございますっ! ノレッジ・フォール、これより商隊の護衛手として着任します。お待たせしてしまいましたでしょうか!」

 

 本日護衛を頼んだひとり。ドンドルマギルドに所属する内、現場派遣が可能な最高位……6つ星(ランク6)のハンターの到着である。

 商隊としては確かに規模が大きい。が、彼女のような高位のハンターをただの護衛に付けることが出来たのは、様々な事象が重なってのことだ。これ以上に幸運で、心強いことはない。

 アプトノスを降りた御者とノレッジが握手を交わす。……彼女は気を使ってくれたが、実際には時刻にずれはない。どころか定刻前である。時間に余裕を持ち過ぎてしまうのは商人の性だ。

 商人がそういう風に冗談めかして伝えると。

 

「どうもありがとうございますー! ……わたしとしても今回の同道はとても助かるものですんで、あまり気を使わないでいてくださいねー。普通の護衛、護衛ですから!」

 

 やや諦めたような苦笑を浮かべ、握り返した手のひらを緩め、ノレッジ・フォールは頬を掻く。

 どうやら彼女()に気を使ってかなり早めに隊を組んだことは察せられてしまったようだ。

 界隈における彼女の世評を考えれば無理からぬ状況である。商隊の長としても心情の理解は出来る。それ程の功績を挙げているのは間違いないようなので、有名税とでも言うべきだろうか。

 

 幾つか世間話を挟んで後、一段落を付けておいて、商人はノレッジが乗り込む竜車を教えた。

 2番の竜車で、他にも数人の乗客がおり……この商隊が大掛かりなものとなった原因でもあることを、告げる。

 

「了解しました! ではでは、何かあればすぐにお声がけくださいっ!」

 

 元気よく愛想よく、ハンター・ノレッジは背を向けて駆けていった。

 駆けた向こうの竜車、その奥の竜車の御者にも顔を見せて挨拶をしておいて。それでやっと、屋根壁付きの荷車へと乗り込んでゆく。

 不思議な入り込み易さ(・・・・・・)を持つ女性だったな、と思う。市井に人気が出るのも頷けよう。

 

 そんな何でも無いことを考えながら。

 

 御者は、アプトノスを出立させた。

 

 

 

 

 

 □■□■□

 

 

 

 

 

 走り出した竜車の室内。

 木製の扉を開けて、閉めて、暖簾で仕切られた簡易の風除室を抜ける。

 

 扉の先に人の気配がある。複数人だ。

 ノレッジが乗り込んだ荷車は客を乗せるための上等な物。他にも乗客が居ることは聞いていた。

 その乗客もまたハンターを兼ねており、今回の旅路では同様に護衛を務めることになるのだということも。

 

 上等なだけあって、小さくとも部屋は3つ。

 廊下。夜は止まるため使うことはあまりないが、小さな寝室が2つ。窓を付けた普段乗りのための大部屋が1つ。

 

 ノレッジはすいと歩いて。

 迷い無く、会合のための大部屋の戸を叩いた。

 

「―― お待ちしていた」

 

 声。男の声だ。

 彼こそが「上役」だということは知っている。促されるままに扉を開けて、彼の向かいに腰掛けた。

 鹿(ケルビ)内革張りの、ノレッジの感覚としては、無駄に豪華な椅子。

 向かいには声の主たる黒い衣装をふんだんに纏った男と、その護衛がふたり。

 

「自己紹介を。……小職はアレク・ギネス。マーキスオブミナガルデ。猟団《遮る緑枝》の盟主にして、ミナガルデハンターズギルドの長である。吾人(われら)の遠征に力を貸してくださることを。そして何より、世に名を響かす次代の英雄にお目にかかれたことをこそ……光栄に思おう」

 

 淀みない声音で。やたらと型式ばった役人口調で、挨拶をされた……ので。

 対面する彼女もまた平行線な。意に介さずの明るい調子で、返す。

 

「こんにちは! わたしはドンドルマのハンターズギルドに所属するハンターで、ノレッジ・フォールと言います! 今回の旅程、みなさんよろしくお願いしますね!」

 

 ミナガルデ卿へ。次いで、お付きの男女(じゅうしゃ)へ。

 ノレッジは順に頭を下げて、改めて深く腰掛ける。

 

「面通しとご挨拶を……とは、思ったんですけれどね。ミナガルデさん、とお呼びしても?」

 

「ああ。その程度(・・)がよいだろう。……しかしまぁ、それでは街の名前そのまま過ぎて、混乱を呼ぶかも知れぬ。ミナガルデさんでも、アレクさんでも。小職としてはどちらでもよいのだが、どうか」

 

「ではアレクさんで!」

 

 鷹揚、という様子はなく。あくまで同道者としての扱いをするつもりのようだ。

 では、と。早々に自己紹介も終えた。早速と「打ち合わせ」を始めることにする。

 ハンターとして護衛の頭を渡され(・・・)ているノレッジが、腰鞄からギルドから譲り受けた資料を出して手渡し、説明する。

 

「―― 護衛のハンターはわたしと、商隊雇いのお方がふたり。ふたりには後ろ2つの車両に乗り込んで貰っています。わたし含めて射手が2。剣手が1。指揮はわたしが執らせてもらいはしますが……あっ、そうそう。ええと、いちおう聞いておきたいのですが」

 

 指折りながら数えて、身振り手振り。

 いちど顔を上げ、ミナガルデ卿の横に立つ護衛の2名を交互にみやる。

 

「お二方は、荒事については?」

 

「このふたりは基本的に小職の警護に専念してもらっている。……とはいえ無論、最低限の腕はある。安全確保が必要な有事には、遠慮無く駆り出してもらいたい」

 

「なるほど、なるほど。……動ける段階になったなら、わたしに声を掛けて貰ったり出来たらなーって、思うんですけれども。どうでしょ?」

 

「承った。小職が責任を持とう」

 

「よかった、ありがとうございます!」

 

 探り合いの一手目を傷無く終える。

 そう。護衛としての役割。今回のノレッジの商隊護衛は……北限、ポッケへと向かう遠征でもあるのだ。

 

 現在は寒冷期。

 危険となるポッケ村を含むフラヒヤ地域に立ち入るには、色々な許可が必要となる時期である。

 ノレッジの現在の立ち位置および王立古生物書士隊としての権限があれば、実際には立ち入りの許可は容易に下りる。しかし、そこへ向かうための足がないというのが実情だった。

 寒冷期でも商隊などは行き来する。ポッケは規模が大きいため別ではあるが……フラヒヤ点在する村々の殆どにとって、四分儀商会は生命線でもあるからだ。

 とはいえ数はかなり目減りする。相乗りするにはあまりにも乏しい。ノレッジとしては折角()から要請が来たのだから、すぐにでも向かいたいというのが本心だったのだが。

 

 そこで伝手を辿っていったところ ―― 同時期に、ドンドルマの商隊とは別に。私設の隊を組んで北域を目指す個人(・・)がドンドルマへ寄港するという噂を聞きつけた。

 それこそが今回の、ミナガルデ卿が出資した商隊である。

 

 どうやら海路を経由してドンドルマを訪れ、私兵とは別に護衛のハンターをそこで募集するというつもりのようで。

 ……そう。よりにもよって。ミナガルデの盟主が。ヴェルドの貴族が。ドンドルマで、だ。

 おかげで書士隊の頭であるギュスターヴ・ロンは、仲の取り持ちに駆け回ったり駆け回らなかったり。軋轢を外へ逃がすのに躍起になっていたりと、てんやわんやであったらしい。

 (ひっとうしょし)がやたらに可笑しそうな顔をしながら、珍しく真夜中に部屋を出てくる……その現場を偶然見つけることが出来なければ、ノレッジとしては手詰まりの状況だっただろう。自らのこういう「持っている」所には感謝をしておきたいとノレッジは思う。とはいえ彼であればむしろ、この状況すらも利用して色々と策を(ろう)してくれることだろうけれども。

 

 それに。

 

「わたし、そちらの猟団の皆さんとはお話してみたいと思っていたんです。ドンドルマ在住の団長の方々とは顔を合わせる機会をいただけたんですけれども、《遮る緑枝》と《巡る炎》の……ミナガルデの方に籍を置く方々とは、出会う機会そのものが少ないですから」

 

 強いて言えば『未知』討伐へ向かう前。ジャンボ村には《巡る炎》の人員は居合わせていたが、ハンターではなく、派遣員としての側面が強かった。

 

 人と出会う。

 獣と出会う。

 竜と出会う。

 

 これら隔たれた隣人ら(・・)を並列に置いてしまうのは、あまり良くないとは思っているのだが。

 ノレッジという少女を動かす燃料である好奇心が、そうは許してくれないのである。

 正面を見やる。ミナガルデ卿は、様相を崩して笑っていた。

 

「はっはっは! ……流石はノレッジ女史。ダレン殿に負けず劣らず、強いお人だ。……小職としても、既に話してしまったが。『天狼』ノレッジ殿と十分に会話を出来る機会を設けられたことは、光栄に思うのだよ」

 

 『天狼』。宙に輝く一等星……その中でも特に明るい青白の星。六つ星(ランク6)の自分には過分であると(強く)感じる、二つ名だ。

 ノレッジはあははーと苦笑を挟んで、顔の横で三つ編みを弄りつつ。

 

「えーと……受け入れはしますけれどね、その二つ名も。そのう、位階(ランク)も上がっちゃいましたし。とはいえ普通に呼んでくれるとありがたいですーって、思ったり思わなかったり」

 

「ふむ。貴殿(・・)がそう望むのならば、そうしようとも」

 

「ありがとうございます! ……貴殿?」

 

 やや含みのある表現だな、とノレッジは首を傾げてみせる。

 ミナガルデ卿がこれ見よがしに、したり顔で頬を緩め。

 

「ノレッジ殿の両親の事は知っているとも。双方ともに学術院勤めなのでな。ワン学士もカイナ・フォール遊撃官も、壮健であるよ」

 

「ああ! なるほど!」

 

 思わずぽんと手のひらをうつ。納得だ。

 ノレッジの故郷・リーヴェルは、シュレイドの地方に在る。母親のワンはヴェルド出身、学術院直属の学士。父親のカイナは東の遊牧民を出自とする、リーヴェルの何でも屋だ。

 両親が務める今現在の学術院はシュレイドの西と東、ヴェルドとリーヴェルに跨がって展開をされている。シュレイド貴族としての官位も持ち、ミナガルデを治めている卿にとっては、お膝元ということであるのだろう。

 

「ほあー。というか、わざわざ調べてくださったんですか」

 

「申し訳ない。ダレン・ディーノ率いる部隊に興味が沸いて、少しばかり手を回したのでな。無論、彼ら彼女らと直接的な関わりは持っていないので安心を」

 

「あはは。心遣い、ありがとうございます。でもわたしの両親の場合はどちらも、アレクさんには興味津々に話しかけてくれると思いますけれどね」

 

「そうかね?」

 

「はい! ……というか、むしろまた、無茶とか騒動とか起こしたりしてませんか……?」

 

 恐る恐るといった様子で尋ねるのは、ノレッジの側。特に心配なのは破天荒がそのまま人間となったような気性をしている、父親の方だ。幼少のノレッジを抱えたまま砦蟹(シェンガオレン)の姿を目視させたのも、何を隠そう父親である。

 だからこそ心配なのだが。ノレッジのその態度に、今度は隠すことなく破顔して、ミナガルデ卿は語る。

 

「カイナ遊撃官は、王立武器工匠と提携して空を飛ぶ(・・・・)迎撃要塞に興味を向けているようだぞ。吾人らの所にも資金をせびりに来ていたな。ワン学士もいつも通りに悪態をつきながら、楽しく付き合ってやっているようだ」

 

「あー……なるほど。いつも通りですね、それは!」

 

「ふっはは! ははは! ……学術院に関しては、小職も責任の一端を担って運営している。これも縁である。必要とあらば家族との連絡も取り持とうではないか。実は今度、ドンドルマに連絡拠点(・・・・)を設ける予定がある」

 

 転換した話題の飛びように、ノレッジは内心でわーおと快哉をあげた。

 重ねて言う。ハンター業の利権を巡って犬猿の仲であるドンドルマとミナガルデが……だ。

 

「大陸の地理的な中心部にあるドンドルマとの連携を、いつまでも放っておくことは出来ない……と。ここまで舗装し橋を架けるまで、貴族の連中を説き伏せるまで。小職もかなりの時間を割いてきたが……」

 

 窓の外。竜車の外へと視線を向け。

 流れ、流れ。変わってゆく、変わってゆく。

 北域への入り口 ―― ゴルドラ地方の乾燥帯へとさしかかり、緑から土色に移りゆく景色を眺めつつ。

 

「これこそが第1歩である。旧き地を人が踏み征く(・・・・・・)ための、導きの青き星である。……いやここで、有名とは言い辛いおとぎ話に(なぞら)えてしまったのは、些かセンスに欠けるかも知れないのだが」

 

 しかしまぁ、調査団彼らにとっての導きではあるからな。そうと笑って締め括った。

 実際の話。ドンドルマとミナガルデが綿密な協力体制に入れるのであれば、ハンターという生業の世界は大きく広がってゆくだろう。

 未だ時間はかかるだろうけれども。きっと、より先を拓くための足掛かりとなる。

 ……ただ。

 

(……。……この感じって)

 

 ノレッジとしては違和感がある。

 彼が語る中には、群衆とその未来だけが据えられていて。

 目の前のミナガルデ卿という人が、全くもって()えていない。

 

 この人物のことは実際の所、沢山の情報を聞いている。隊長たるダレンからも。四分儀商会の一隊長であるライトスからも。最も彼とやり合っているであろう、ギュスターヴ・ロンからも。

 曰く、要注意人物であると。

 弁舌に長け遠望に冴え。地位は高く人望を有する。

 それでいてミナガルデ卿自身は一人称すら定まらず。大事なところですらも「人が」と括る。―― 直接的には、違和感の原因はそこではないが。

 いずれも、それら忠告を経て、ノレッジが実際に対面した所感としては。

 こちらが向ける意識を遮られる、というのがせめても近しい感覚である。

 

(これは、そう。……そう)

 

 覚えがある。ヒシュだ。

 暗幕に遮られたか。黒く塗りつぶされたか。混ざって化けて透明か。

 いずれにせよ ―― 「五感」から身を躱すという、「第六」のあり得ざる結果。

 

 真逆ではあるが見えないという結果をもたらす。その色を持つ人が目前、胡散臭さ(みえなさ)を隠そうともせずに座って居る。(わざ)とだろう。遠く音に聞く貴族故の二枚舌だろうか。

 兎も角も、これにて材料は出揃った。ノレッジの中では得心がいく。

 

(うん。少なくとも、わからないということだけは、わかります)

 

 この人は、それすら含めて武器なのだ。

 貴族を持ってひとつ剣。猟団の盟主を持って双つ剣。猜疑を持って利手の楯。おそらくは、足元に罠までも張っておく。

 どうせ視えはしない。覆っているからだ。囮に騙され踊らされるのが関の山。

 視点を高く、遠くから、奥深くまでを視る。目前の彼は、そういう戦い方をする人なのだと理解が及ぶ。

 つまりはわからないと言うことが、わかったのだ。

 

「ううん、思ったよりも……」

 

「ふむ? 吾人らに何か気になることでもあるだろうか、ノレッジ殿」

 

 思わず声に出ていたようだ。

 ノレッジは慌てて両手を振り。誤魔化せてはいないだろうから、嘘を含まないことだけに注意して。

 

「い、いえいえっ。わたし、流れるままに隊長権限なんてもらってしまいましたけれども。あー、思ったよりも、これからのお仕事はめんど……く……ぅ、ぁ」

 

「ほう?」

 

 間髪入れず視線を浴びた。

 睨まれてはいない(辛うじて)。

 失言が過ぎるだろう自分(わたし)。だらだらと額を濡らす汗。前髪が貼り付いて気持ちが悪い。

 せめて腹に息を溜めて、思い切り。

 

「……。……これからのお仕事は忙しくなるかなーってただの愚痴をこぼしてごめんなさいすいません、あは、あはははははーっ……!」

 

 兎に角、改めて。笑って、結局、誤魔化すことになったのだった。 

 側近、護衛からの視線が痛い。話題は逸れたので良いだろう。

 そう、思っておくことにしたいと強く思う。

 

 

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 

 

 商隊を含んだ一行は北上する。

 ゴルドラの乾燥帯は気候的には厳しい地ではあるが、商いの路として完成されている地でもある。

 そもそも西の砂漠ほど砂の礫と海が占める面積は広くない。丘陵と谷。岩と起伏。風と年月に晒されたと言うよりは、立地と土そのものの捌け具合による乾燥が主たるもの。

 故にしっかりとした順路が造り易かったという歴史があるようだ。

 

 歴史とは、かつてフラヒヤを目指した人々の歩みである。

 直近においては大陸の東側、ジャンボ村やテロス密林。海路を経てバデュバトゥム樹海へと足を伸ばすための足跡。それら東域へ到るには、必ずしやこのゴルドラ地方を通過しなければならない。南は海、北はフラヒヤであるからだ。

 だからこそ交通の要所ではあるが、人にとっては住み辛く。注力して整備を進めた区域なのである。

 

 1日目。2日目。3日。4日と滞りなく商隊は進む。

 昼間は竜車を進め、夜間は陣を張って焚き火を囲む。人数が多いからこそ可能な獣避け。

 進路においても小型の走竜が2隊。空を行く未分類の飛竜が1種。いずれも遭遇戦すら起こさず、迂回もせず。順路の選択だけで避けて進むことが出来ていた。

 

 ……が。

 更に数日が経過して。

 

「大型のモンスター、ですか?」 

 

「はい。まだかなり先ですが、進路上でかち合う可能性があると観測気球から連絡が入っています」

 

 先頭の竜車に騎乗していた御者が、頭上で光る気球を視線で指しながら答えた。

 商隊が足を止める。ノレッジも竜車から降りて、伝書鳥を使って直接やり取りをして情報を収集。

 速やかに情報を持って、相談先としてミナガルデ卿らへ声をかけた。

 

「―― 種族、学術名は不明。骨格は大型。主たる体色は枯れ緑。翼と長い尾を持つ生物……だ、そうですね」

 

「ふむ。不明とは、どういうことかね?」

 

「情報をくれた観測気球には、操舵手と観測手しかいません。学術院に起因しない……四分儀商会が管理しているものだからですね。外観は伝えることが出来ても、生物の学術名までは判断出来ないということです」

 

「なるほど。そういう事もあるのか」

 

「ですねー。むしろきちりと種族名や周囲環境までの状況を把握した上で情報を加味できる、書士隊の気球が飛んでる地域の方が少ないくらいですから」

 

 ノレッジからは不満は無いと言外に告げておく。

 ミナガルデ卿はそれこそ、ミナガルデ周辺での指揮が主たるもの。あの辺りは学術院が幅を効かせているため、気球は殆ど専用のものだ。ノレッジはとしてはその状況も知っているため、別段の齟齬も無い。

 

「観察は続けて貰っていますが、飛竜だった時には危ないので、わたしが出撃した後で気球の高度をあげてもらうつもりです。なるべく早めに向かいたいのですが……ええと」

 

「ふむ。小職の護衛らはどうするか。出撃するかを聞きたいのだろうか」

 

「はい。どうされます?」

 

 率直な質問。

 ミナガルデ卿は後ろで直立不動な護衛ふたりを見やって、黒色の艶のある手袋に包まれた手のひらを顎に沿わせる。

 

「ノレッジ殿の意見を伺おう。構成はどうするおつもりか。ノレッジ殿以外のハンターも2名、同行していると聞いたが」

 

 初日に話した内容だ。確かに2名、商隊の護衛として雇われている。

 しかし。

 

「あー、いいえ。わたしひとりで行くつもりです!」 

 

 当のノレッジはあっけらかん。特に悩んだ素振りも無く、そう答えてみせた。

 ミナガルデ卿は額に皺を寄せ……現状況を整理。言葉にして、噛み砕く。

 

「……対象は大型のモンスター。ここは遠征先で、管理された狩猟場でもない。それでもノレッジ殿がひとりでゆくと?」

 

「はい!」

 

 すぐさま返す。迷う様子もまた、無いようだ。

 ただ、これでは説明が足りないだろう。ノレッジが続ける。

 

「大型のモンスターが対象。つまりは、周囲に小型の生物が居る可能性も大きいです。刺激されて攻撃的になっている群れもあるかも知れません。となれば商隊の側にも護衛は必要。残るお二人をここから離してしまうのは危険だと考えます。……もっと言ってしまえば、あはは。あの二人は本来、商隊の護衛に雇われたハンターですからね。わたしとの連携はしたことありませんし」

 

 最後の方は言葉を濁したが、要するにハンターランク的に難しいということなのだろう。

 ミナガルデ卿がふむと頷いて先を促したので、ノレッジがさらに続ける。

 

「相手は体色緑の飛竜らしき生物。ただリオレイアではありません。それは流石に有名なので判別がつくそうです。だとすればこの地域に生息する飛竜でとなると、心当たりはありまして。……観測位置も遠いです。観測手にスケッチを頼むより、動こうかなと」

 

 頬を掻いて。そのまま顔の横の三つ編みに指を伸ばして。

 

「わたしひとりで、まずは目視で外観を確認します。種族の判別がつき、可能だと判断出来れば、その生物を撃退します。予測が合っていれば難しくはないはずです」

 

 討伐ではなく撃退。周辺の環境に対する影響も鑑みれば、管轄地外における判断としては最良だろう。

 

「なので、かなーり率直に言いますと、アレクさんの護衛の方々はどっちでも良い(・・・・・・・)んです。商隊でも、わたしでも。だからお聞きします ―― どうされます?」

 

 どっちでも良い。本当の意味で気にしていないが、意見を伺う必要はあるので、尋ねる。

 堂々たるこの発言に。折角塞いだ手のひらを抜けて、口の端から声が漏れる。

 

「―― ふ、く……ふ、ふはっ!」

 

「……はえ?」

 

「いや、すまぬ。ノレッジ殿の言動も、やはり、ダレン殿に負けず劣らず愉快なものだ……と感じてしまったのでな。……いや。本当の意味で気にしていないとは、恐れ入る。無頓着が過ぎはするが、だからこそアレ(・・)とも噛み合せが良いのだろうな」

 

「え、えぇと……面白く感じてもらったなら、ありがとうございます……?」

 

「く、く」

 

 ますます、今度は本格的に笑い出してしまう。

 腹を押さえ、堪えながら、ミナガルデ卿は顔を上げる。

 

「ならば、ひとつだけ。本当にどちらでも良いのだな? 商隊に残るでも、助力をするでも……つまりはノレッジ殿だけで撃退できる可能性が高いため、影響がないと」

 

「はい!」

 

 この返答を受けて。

 ミナガルデ卿。アレク・ギネスは膝を景気よくぱぁんと叩いて。告げる。

 

「よし。ならば同行しよう ―― 3人。これら護衛と、小職が!」

 

「……はい???」

 

 唖然とするノレッジ。実に楽しそうに提案を告げるミナガルデ卿。

 護衛の2人が異論を挟まず準備を始め。

 

 10分後。奇しくも4人1組。

 ノレッジとミナガルデ卿と護衛は、商隊を置いて出立した。

 

 








 はてなマーク連打は似合いそうだなと思って……。

 20230619.誤字修正

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