モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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第十五話 遠路を目指して - 調査拠点『北嶺』

 

 

 平野区画の雪猿(ブランゴ)の掃討。

 および白兎獣(ウルクスス)の討伐を終えると、書士隊一行は調査拠点(ベースキャンプ)を目指して北上した。

 

 猟団《蠍の灯》の手が入ってから、アクラ地方へ向かう路には所々に調査拠点が置かれることとなった。

 寒冷期に入ったため、一般のハンターは出入りが禁止されている。だからこそ拠点の整備にも熱が入るらしい。《蠍の灯》のメンバーがかなり定期的に巡回し、各地の調査拠点に火を入れている最中なのだそうだ。

 

 それはつまり、大遠征が近いという事でもある。

 隔たれたアクラ地方を目指す ―― とまではいかずとも。目指すは、北端の土中に存在する「永氷壁」と呼ばれる禁足地。ポッケの先祖が目指した、その土地の観察を主目的とする遠征である。

 

 調査拠点の整備はそのための足掛かり。猟団としては抜かりなく行う必要がある。

 ……最も、だからこそ今は書士隊もその恩恵に与ることが出来ている、という事なのだろうが。

 

 ダレン一行およびヒシュとシャルル・メシエのダブルチーム体制の書士隊は、その内の最も大きな拠点に足を踏み入れていた。

 調査拠点「北嶺」。山の岩肌を大きくくり貫いて内部に造られたそこは、村人の受け入れなども行うことが出来る超規模のもの。

 許容人数は120人。今は《蠍の灯》のメンバーと書士隊の一行しかいないため、むしろスペースを余している程だった。

 その奥にはなんと、武器防具の整備……だけならず制作を行う程の炉までもが造られている。

 

 件の炉の傍には武器防具を整備するための上下に広大なスペースが取られている。

 火の入った炉から、一番近い休憩スペース。熱を流すための足湯などの遊び心をそこかしこに置いて、無造作に拡張を受けているのは、ご愛敬。

 そこに書士隊員がふたり。ジラバとヒシュという珍しい組み合わせが、腰掛けていた。

 

「ジラバ……さん、は」

 

「呼び捨てで構いませんヨ、先達ヒシュ」

 

「ん。なら、そっちも」

 

「わかりましタ。ヒシュ。では、これヲ」

 

 互いに鞘当てを終えて、ジラバは楽しげにばさりと図面を広げる。

 机の上に。「剣斧」「盾剣」「爆斧」と、炸裂機構などの必要量目安が箇条書きにされた図面。

 今のダレン隊を作り上げた全てである。ヒシュはそれを覗き込みながら。

 

「うん。なら、こっちもコレ(・・)を出す」

 

 ごとん、と鈍い……しかし明らかに高密度を持った音が机の上で鳴る。

 ごとり、もうひとつ。同じような音を立てて。彼が特に愛用する武器が(ふた)つ、机に置かれた。

 

「ふたつとも、銘がある。こっちが『奇面族の呪鉈』。刃が金属に見えるだろうけれど、実は、金属は少しだけ。色々な生物の貴重な部位の素材を、なんとか溶かして積層して刃にしてる。普通とは別で、金属を触媒に使ってる」

 

「おお……それは、もしヤ」

 

「聞いたことはある、かも。『星鉄』。地面に埋まっているのでなく、(そら)を飛んできた金属。もともと色んなものを取り込んできた、繋ぐための性質を持った、虹の橋。……その屑端を見分ける眼を、奇面の王からもらってる。他の種族からみたら、ごみにしか見えないことも、多いみたいだけれどね」

 

「それはまた、もの凄イ」

 

 ジラバが手を叩いて喜ぶほどだ。余程珍しいものを見せられたのだろう。

 彼は一通り武器に顔を近づけて。

 

「手に取らせていただいてモ?」

 

「全然いいよ。今は毒も(ぬぐ)ってある。刀匠のジラバに言うのも気が引ける、ケド。怪我だけ、気を付けて」

 

「ええ。ありがとうございまス!」

 

 テンション高く『呪鉈』をこつこつ叩いたり擦ったりする、ジラバ。

 その間にヒシュはジラバ側から出された図面を読んでみる。……凄まじく精緻な造りをしているな、というのが素直な印象だった。機構を組み込むほどに部品の数が増えるというのに、獣とぶつかり合わせても崩れないような……堅固さやら、しなやかさやらを持たせねばならない。

 

(脆さが、素材そのものの強固さじゃあなく。機構と使い手の知識によって、カバーされてる)

 

 この類は工匠・ジェミニや、それこそシャルルの手管である。恐らくは実験動物(・・・・)としてのデータ収集は書士隊だけでなく多方面で行われている事だろう。銃撃槍(ガンランス)が炸薬機構を搭載した武器として一定の成果を出したからこそ、これら次世代の武器が試みられているというのも理由ではある。

 とはいえヒシュとしては、基本的には壊れない武器が良い。変形機構は自分には必要ないな、というのが感想だった。仕込み刀くらいは、ドンドルマのとある師の『番傘仕込み』に憧れて、使ってみたことはあるが。

 

「ふむ、ふむ。生物素材を主とする刀身だからこそ、帯毒との相性もイイ。つまるところこの鉈は ―― 有機性を持っている、ト。……毒について、仔細は聞かない方がよろしいですネ? 浅黒い青紫の毒。ギルドナイトの方がビンに入れてぶら下げていたのを遠目に見た記憶がありマス」

 

「そうしたほうがいい」

 

「了解しました。……では、こちらハ」

 

 『呪鉈』をヒシュの腰に戻して、ジラバがもう片方の『黒鋼の小刺突剣』を手に取る。

 両刃ではなく、背側に生物の牙を模した突起棘が突いてたり、柄以外にも手に取ることが可能な部位を設け、逆手で手甲のように扱うことも可能な……技量が必要とされるものだ。

 

「ヒシュさんはこれを、盾側の剣として扱うのですよネ?」

 

「ん。……ちょっとそのまま刀身で受けはしないけど」

 

「はぁー。(にわか)には信じがたイ。ですがこれらでもって特級のドドブランゴとも。この間の上位ウルクススともやり合って居るというのですから……うーン。ダレン隊長の言う通り。ヒシュ、貴方は理外のハンターであるようデス」

 

「ほめてる?」

 

「ハイ。とても」

 

「それじゃあ、ありがとう。……でも、ジラバの言うことも一理ある。ジブンはちょっと、亜流だから」

 

「でしょうとモ。……そも。ジォ・ワンドレオ発祥の双剣とは、円環の動きをいち早く取り入れた武器でス」

 

 机の引き出しから取り出した藁半紙に、ジラバは図式を書き込んでゆく。

 ぐるぐると線を引く。人と、その周囲を回遊するように軌道する「剣域」。主流の流派で双剣を扱った場合の、攻撃範囲だ。

 

「ヒトの身体の急所をである中心部位を軸として、外側に刃を振り回す。急所を、相手側の攻撃が届きづらい位置に取り置く事が出来る。人という種の武器である『指』を精緻に扱う事が出来る。理に適った術法である……と、ペルセイズ氏から伺っていまス」

 

 円舞は、今はダレン隊長の扱う太刀術に応用されていますネ、とも挟んで。

 

「ただ、貴方の体術は違う。ヒシュ。主は『歩法』の側で、あくまで動きの良い所どりをしているに過ぎない。この動きに『呪鉈』と『小刺剣』を組み合わせるのは、貴方の技量があればこそ。……逆に言えば、この『黒鋼の小刺突剣』は。これを扱うことは、貴方の負担となってはいませんカ?」

 

「それ」

 

 びし、とヒシュが机の剣を指さした。

 意を得たり。とこくこく頷く。

 

「ウン、ウン。正直に言うと、負担になっている。けれどその『小剣』は崩せないし、使いたい(・・・・)。どうにか形に出来たのが、その形 ―― 王立工匠の『ツインダガー』を元にした形状だっただけで」

 

 ヒシュはうーん、と眉間に皺を寄せる。

 ジラバはその様子を見て、続ける。理解している。これは『ツインダガー』―― 鉄と鋼で造られる、扱い易さに長けた剣。それとは一線を画した別の(・・)得物であると。

 

「これは『ツインダガー』とは別の剣……なのでしょウ。これは鉄にしては黒過ぎる(・・・・)し、軽すぎる。不思議と手に馴染むくせに、拒絶するような冷たさを孕んでもいル。銘は?」

 

「対外的には『ツインダガー』で通してる。誤魔化すのにちょうどよかった。……『原初に近い剣』を元にして……ジブンがシャシャ達の力を借りて形にしたけれど」

 

 少し昔を振り返る。

 ヒシュが星聞きの巫女の予見を借りて ―― 銀嶺龍(白くさびたクシャルダオラ)との戦闘の後に発見した、地の底に突き刺さる『黒の槍』。

 槍は凍て錆びて塊と成っていた。そして周囲に。その槍で打ち砕いたかのように、黒い塊がばらけて飛び散っていたのだ。

 それら素材を全て(・・)回収し、溶解し、融解し。重ねて打って圧接し。

 そうして作られたのが、この小剣。

 

「素材が素材だから、双剣としての名前は ――『双影剣』。密度を増すために片方だけにしたのも加味して『影剣』、かな」

 

「率直で判りやすい。良い名前でス」

 

 ジラバが頷き、剣にしては獣の形が過ぎるその得物を、ヒシュの手へと戻す。

 受け取って、背に佩いて。今度はヒシュが、鞄から図面を出した。

 

「……それで。ジラバが言った通り。『影剣』を扱うのに、バランスが取りづらい」

 

「それはまぁ。ヒシュさんは両の前腕に円楯までつけてしまうじゃあありませんカ。武器や防具は着ければ着けるだけ強くなる、というものではないというの二」

 

 ジラバが率直に苦言を呈する。

 ヒシュは両手に着脱しやすい武器を握り、両前腕に小円楯まで着けるというスタイルを好んでいる。武器は状況によって選ぶ。しかし楯も無くては困る。故に体格がある程度まで追いついてきた現在であっても、通常の円舞のような『双剣』を扱えないという様相である。

 

 かつては『呪鉈』1本を主に据え、「その他はあくまでその他」だったので、どうにか出来ていたのだろう。

 しかし今は『影剣』が増えた。それを含めた上で特徴的な「彼の動き」をするには、防具などの専用の調整が必要になる。

 防具の一部機能を外したり。道具の積載量を減らしたり。普通は、そういうことをする。

 ……そう。普通は。

 

「だから、コレ」

 

 先ほどに取り出した図案を、ヒシュは指さす。

 言われた通りに、ジラバは覗き込み。

 

「これは……防具の調整の試案……。……では、なイ……?」

 

 そしてすぐに、困惑顔となっていた。

 困惑顔。さらに百面相、目を見開いては喜色顔。

 

「まさカ」

 

「そう。もうひとつ(・・・・・)、武器を作る。かなり特殊で、腕に付けられるもの。『楯剣』。ジブンの部族に伝わってる名前を、『チュクチュク』って言う。これを含めた『多剣1楯剣』っていうのが、ジブンの元々のスタイル」

 

 丸い楯。その周囲を囲むように円刃が付けられて……主となる刃3本が、円の合間を繋いでいる。

 特異に過ぎる構造だ。ただ、その構造は、ジラバをわくわくさせてしまうようなものだった。

 

「面白イ! 非常に……! 防具で調整するのではなク、楯と剣を兼ねた装備品(・・・)を新たに造ル。……ふム! 合わせた右の小手も、専用のものを用意するト!」

 

「造るのは、ジブンも手伝うよ。……これに合わせて、防具も両腕のを新調する。ドンドルマの先輩(・・)から素材が届く手はずになってる。ノレッジに手紙を送るときに、一緒にお願いしたから」

 

 頷きが止まらないジラバに向けて、忘れないうちに其方もお願いをしておいた。

 今ヒシュが使用している防具は白兎獣で正中を固め、両腕と両脚を寒地適応のためにアイシスメタルとマカライトの合金で覆ったもの。防御に不安はないが、これから(・・・・)の立場には不確かな要因が残る。

 これでいいのか、という不安だ。今回のこのフラヒヤでの騒動には万全を期すべきであると、誰しもが考えている。

 

「―― 憂いをなくすための備えでス。そも、これからがダレン隊長にとってはハ、正念場でありましょウ」

 

「だと思う。だから、ジブンも可能な限りの準備をする」

 

「ハハァ。ですがヒシュさん。これは貴方にとっても重要事であると、伺っていますヨ」

 

「……んー、そうなんだ、ケド」

 

 ヒシュは頬を掻く。

 視線をジラバの後ろに燃える炉に移して。

 

「剣と鎧を、考え得る限りの万全に備えて。挑む。……ジブンはそれに、満足している」

 

 瞳を閉じる。

 どこか超然とした考え方、感じ方だ。

 ジラバとしては同僚たる彼の考え方を知りたいと思う。……何故、満足しているのか。

 

「ヒシュさんは、何を求めて狩猟というものを行うのでしょウ」

 

「? それは、必要だから」

 

「それはハンターの仕事として、ですネ。……が、ここまでお話ししておいてなんですガ」

 

 ジラバは背部の『影剣』を指して続ける。

 理解しましたよ、と。

 

「研磨を経て磨かれた『影剣』―― それは『祀器(さいき)』。いえ。貴方の手に渡ったからには、『反祀器』と呼べるような代物でありまショウ。ワタクシの知る限りの文献では、他にも幾つか存在しているハズですネ」

 

「ん……ジラバも、民俗学には詳しいの?」

 

「イイエ。ただ、ダレン隊長も。ウルブズ副長も。ここに来た目的をきちんとワタクシ達には知らせています。それに……ワタクシはそういった『特異な素材』には鼻が利き(・・・・)ましてネ」

 

 青白い鼻を親指で擦る。

 鼻が利く。ヒシュの記憶にある王立武器工匠の頭領、ジェミナもそんな事を言っていた。ならばきっと確かに存在する「感覚」なのだろう。ヒシュとしては、そう思う。

 ジラバは頬の前で指を振り、すいと『影剣』の前に線を引いた。

 

「それが。その素材群が。……この『影剣』を構成する全てが特別だというのは、理解できるのでス」

 

「確かに。こっちが話さないのも不公平だね。ごめんなさい」

 

「イエ。内容が内容でス。話す相手は慎重に選ぶべきでショウ。……で。その上で、ワタクシがその剣を『滅竜』にして『祀器』を司る武器だと認識した上でお尋ねするのですガ」

 

 ふるりと首をふるって。視線を落とし。

 おぞましさ。恐ろしさ。そういうのを思い出すかのように、いつもの肌色を一層に青ざめて、言う。

 

「そういうのが、やはり必要なのでしょうカ。ワタクシどもが試行錯誤している方向性では……『技術革新』では。『逆さの(いただき)』には届かないのでしょうカ?」

 

 聞くのには勇気が必要だったろう。最後にはきちりと顔を持ち上げて、ジラバは尋ねる。

 ヒシュは真っ直ぐに。その質問を受け止めて。かくり。……理屈から、話す。

 

「―― 意識の海底に根差す星の大樹。枝がとても多くて、根っこがひとつ。けれどついに(うみ)の津波に土嚢が崩れて、根腐れ(・・・)を起こした。……どうする?」

 

 謎かけのような質問。ただ、ジラバには通じる内容だった。概念的な「意識の大樹」の話だろう、とあたりをつける。

 全ての命の土原。進化の幹。種族の枝葉。そういう考え方に基づいて、学術院は「樹形図」を作成している。それをさらに拡大解釈したものが「意識の大樹」という表現であるらしい。

 残念ながら身体が病弱なジラバは達することが出来ていないが。暗く深い大樹を遡るための「灯火」を得た者は、闇を照らして切り拓き、根を伝って「他の命の力を追求することが出来る」らしい。 

 人が星を追い求めれば熱を。人が内海(れいちょう)を追い求めれば鬼を。人が獣を追い求めれば餓えを。

 ハンターと言う職が広がったからこそ。今のハンターらが扱う技術の内に、これらはふんだんに取り込まれている。無論、扱うことが出来る人材は限られているようだが。

 今の問いかけは、そういう類のものだとジラバは解釈した。しばし考える。大樹。植物が、根腐れを起こしたとなれば。

 

「腐っている部分を切除。せめても、植え替えを行いまス」

 

「そう。……なら。腐った根は普通よりは柔らかくなった。でもそれは、今の今まで大きな大きな枝葉と幹を支えていた根。とても堅くて、硬質で。普通のものじゃあ傷つかない。どうする?」

 

 想定していた答えは返せたようで、淀みなく次の問いかけが来る

 考える。根は掘り起こせるならいいが、そうも行かないのだろう。壊死した部分は、いずれにせよ切除しなければならない。

 それが堅い。それでも切り落とす。ここは工匠らしく。

 

「……根が堅いというならば。その硬度に近い素材の刃を用意して、切りまス」

 

「うん。流石」

 

 こくり、とヒシュが頷く。

 腰の『影剣』と『呪鉈』を再び、机の上に交差させてがちゃりと置く。

 

「だから、この剣を鍛えてかないといけない。原初に近く希少で。そのものが熱を帯びていて。内海の中ですら燃えて。数少なくも折り合いのつく。そういう素材を、この剣の血肉とし。鍛え、折重ね ―― 届かせる」

 

 目を閉じ、語ってから。

 今度は表情を柔らかくして、ジラバへ向ける。

 

「ジラバの、あの論文、ジブンも読んだ。そこからの解釈に迷っているみたいだったから……これ、助言」

 

「……! ああ、なるほド。希少素材というのは、そういう……」

 

 根源。大樹の根。そういう部分に近づける素材。

 解釈としてはそうするべき、という事なのだろう。

 

「だから、これだけが正解っていうことは、絶対にない。ジブンはジブンの知っている方法で近づいているっていうだけ。ジラバはジラバの考える方針で、頑張って欲しい」

 

「そうさせてもらいマス。ご助言に感謝ヲ」

 

「……そうだね。ダレン達には話した、けど。ジラバ達はその隊員だからね。話しておこうと思う」

 

「ふム?」

 

 ヒシュは両掌を机について、声の届く範囲を狭めた。

 周囲に人はいない。確認済みだ。それでも、確認をした後に。

 

「ジブンがダレン達の力を借りて『未知』を討伐したの、知ってるよね」

 

「ハイ。ダレン隊長の功績としては最も大きく、有名なものでス」

 

 ジラバのような一端の書士だけでなく、ハンター界隈。ドンドルマの街中。果ては王国までも勇名を響かせた逸話のひとつだ。

 知っているとも。当然。何故今、それを取り上げるのか。

 

「……あれは、ホントは。ジブンひとりのための、目的があった。ジャンボ村に着いてすぐに『古竜の書』を取り寄せてたりした」

 

「目的、というト」

 

 脅威を討伐する。それ以外の目的ということだろう。

 ヒシュは胸を張って、語る。

 

「粗製の眷属(・・)である未知(アンノウン)の最大出力にぶつかって。焼かれた()の堅さを確認したかった。そうでないと、何を用意するべきかすら判断出来ない……から」

 

 未知を成長しきった部分で討伐成さねばならなかった、その理由。

 

「逆にあっちは、ジブンを折る(・・)なり取り込むなりするチャンスだった。だから。相互に利益があって、互いの成長の頂点で闘争をするっていう選択肢が出来あがった」

 

 未知がこちらの成長を見据え、一度は見逃した、その理由。

 

「あれは相互の利益が一致した、奇跡の ―― 千載一遇の機会だった。だから、ジブンは、こっちの……魔剣の収拾っていうギュスターヴ・ロンからのお願いを、後回しにした」

 

 ……ジラバの想像の域を超える話だった。

 まるで、未知(アンノウン)と遭遇するのが織り込み済みだったかの様な。

 ヒシュがそう立つ(・・)ことが決まっていたかの様な。

 まるで。それが ―― 運命だとでも言う様な。

 そういう、語り口だ。

 

「勝ったけどね。ジブン。……あの未知(イグルエイビス)。結局は王国の方で、学術名を『ミ・ル』って名付けられたって、ダレンから聞いてる」

 

「……ああ、そうらしいですネ。学術院の方での解剖結果が……」

 

「ウン。骨格が変形しすぎて、最後の方は骨盤がほとんど飛竜種のそれだったから……黒狐竜(ミ・ル)、って。似た種がフォンロンの塔のひとつで見つかってる。メゼポルタの方でね。そっちも変形(・・)するらしくって、そこだけが特徴として取り上げられて、括られちゃったみたい。……多分、ほんとは別種だと思うけど」

 

 しかしそれで構わない、という事なのだろう。

 ヒシュとしてもあの未知が同じように現れることは想定していないのだ。

 つまりは、あれは、遭遇戦。斥候同士の闘争だったのだから。

 

 ジラバは脱力しつつ。ぎしりと椅子の背もたれを軋ませる。

 眼前に在りながら、遠い話のようだ。

 

「……あえテ言いますが。ダレン・ディーノ隊長が今、編纂している『ハンター大全』というのは……つまり」

 

「そうだね。ジブンらが全てうまくやって。頭の上の暗さを取り払って。……そこまで到達して初めて、発刊できるようなもの……だね。王国だと禁書指定まっしぐら間違いなし」

 

「ハァ」

 

 途方もない話を聞かされた気がした。

 ただ、ジラバはそういうのも承知で書士隊……ダレン隊へ出向いている。

 

「……では、ワタクシも下を向いてばかりもいられませんネ。次の遠征こそが勝負。準備は万端にせねばなりませン。ワタクシの戦場は、ココ(・・)にこそ在りうるものですかラ」

 

 ジラバは拳を握り、笑ってみせる。

 鉄火場にあってようやくと色味を取り戻すような白さの肌は、火の中に在るために全身を覆っているからこそ。

 その言葉を。在り様を。頼もしく思う。

 

「ん。ジブンも手伝うし、シャルルも手伝わせる。次にポッケ村に帰った時には素材は届いてると思うし、ジブンの隊も出揃う。ネコも色々と用意を済ませてくれているハズ」

 

「ならば防具の調整はその時二。お互い、気合を入れてゆきまショウ」

 

「そだね。……ん、頑張ろう」

 

 拳を合わせて。

 ふたりはまた、炉の燃える下層へと歩いて降りて行った。

 

 

 

 

 □■□■□

 

 

 

 

 調査拠点の上側には、リーダーが書類仕事をするための書斎がある。

 ここしばらく。ダレンは引きこもっては書類仕事をこなす羽目になっていた。

 

「―― 爆発の攻撃手段を有する種の、遠方の生物の可能性と……ああ。ダレン隊の遠征資源配分。ヒシュの分は、あちらに任せることにして……正味、食事は何とでもなるか。」

 

 出先でも出来る仕事を片付けてゆく。必要があればハンターとして助力に出向くが、ダレンとしては周辺の地質調査(・・・・)が主となるもの。こちらを(おろそ)かにしてはならないのである。

 ぐるりと、肩と首を鳴らす。ようやくと終わりが見えてくると、白湯を口に含んで。

 

「……観測所の方を見てくるか」

 

 休むという選択肢は取らず、調査拠点への顔通しを優先することにした。

 ここ『北嶺』の上側には、観測所の分署が設けられている。遠望のための設備と気球の整備。基本的な計算に扱う覚書などが所狭しと置かれた場所だ。

 フラヒヤの方には、よくよく観測員が派遣される。それは古龍観測所だけでなく、遠くは緯度の近い龍歴院などからも来ると聞いている。こういった設備はあって損はないのだそうだ。

 

 階段を登る。調査拠点のほとんどは岩山をくり貫いて作られたものであるため石造りだが、段々と素材が変わってくる。素焼きと木材の組み合わせ。風雪に耐えられるような構造。

 岩山の上に取ってつけた様に作られた、張り出した場所。観測所へと足を踏み入れる。

 

「―― あら。ダレンさん。何か御用でしょうか?」

 

 真っ先にダレンを出迎えたのは、カルレイネ。ポッケ村に専属の気球観測員であり、また、黄色の部族の一員でもある女性だ。

 アポイントメントは取ってある。が、あくまでそれは所長へのものだ。ダレンは一礼し、説明を挟む。

 

「申し訳ない。拠点の中を見て回っているだけなのですが」

 

「そうですか。ではこちらへどうぞ」

 

 見て回るという言葉を受け取って。彼女が先導し、室内の卓へと案内される。

 通路を幾つか抜けると広間へと行き当たる。書物は多いという訳ではない。しかし書き殴ったような線ののたくる図面が数多く、室内に置き散らばっている。竜人の老人が目を凝らして坂路をなぞり。その後ろで伝書鳥から受け取った別経路の進行度を助手が書き込み。望遠鏡に目を付ける青年が、目元を外さぬまま、手元で何がしかを次々と書き込んでいる。

 

「このような場所ではありますが……しかし、ダレン隊長との情報共有も必要事だと考えていますので。お気遣いなく」

 

 忙しくはあるようだ。しかし、ダレンとしては彼女と会話をしておく必要があると感じていた。

 話題もある。先に手札を切ってゆく。

 

「では、簡潔に。アクラ地方への遠征に向けて、生物群の間引き(・・・)の進捗具合はいかがでしょうか」

 

「捗っていますね。《蠍の灯》の方々が、狩人祭もかくやと躍起になっていますから」

 

 カルレイネは唇の端をにこりと持ち上げながら返答する。

 間引きというには、大掛かりが過ぎるが。とはいえ、遠征の間はポッケ村の守りは手薄になる。計画的な生物の管理は必要な事だ。そもハンターとは、そのための職業なのであるからして。

 

「ありがたい。私達の隊としても、遠征のための障害は出来る限り排除しておきたいですから」

 

「ええ。小型生物の掃討については、大変に助かっています……と。オニクル団長から言伝をもらっていますよ」

 

「ならば甲斐もあったというもの」

 

 差し出された茶を口に含んで、ダレンも返す。

 話題を回すために、次の引き出しを手に取る。

 

「では……古龍の具合については」

 

「今の所はフラヒヤやその周辺……ゴルドラの乾燥帯でも、メタペタットの湿原でも、観測されておりません。幻獣(・・)についてはその限りではありませんが……雷の観測例もありませんので、可能性は限りなく低いと観測所の方では考えております。そちらでは?」

 

「幻獣は季節的には出てきてもおかしくはないと考えていました。が……ただ、状況を鑑みれば可能性は低いともいえるでしょう。老齢の鋼龍が撃退されたばかりなのです」

 

「ああ……確かに」

 

 耳元の大琥珀の飾りを撫でて、カルレイネは頷く。

 古龍同士が縄張りを争っている状況は、とても観測がしやすいものだ。気がたつのだろう。最近まで住処にしていた龍がいたとなれば、尚更だ。

 

「雪獅子の(つがい)があれだけの規模の群れを作ることが出来ていた、という例もあります。フラヒヤに好んで近づきたい種も多くはないのでしょう。それこそ鋼龍くらいのもので」

 

「その鋼龍の老齢者が長年住んでいて痕跡も多く残っている場所に、同族が好んで近寄る可能性は低い……か」

 

「そうでしょうね」

 

 兎にも角にも、ダレン隊と観測隊の意見は一致しているようだった。

 そうと来れば。次に尋ねておかねばならないのは猟団の動向である。

 

「では、具体的な遠征の日付については」

 

「ええ。副長の回復を待って、そろそろオニクル団長が発表なさる頃かと。ただし、懸念がいくつか」

 

 指を立てたカルレイネに向けて、ダレンは頷く。

 懸念、と表したのはここフラヒヤに漂う空気を感じ取ってのものだろう。確かに正しい。

 

「件の爆発物の調査が『不明』に終わったこと。そして、最近の『馬鹿者』たちの動向もでしょうか」

 

「ああ。聞いている」

 

 猟団《蠍の灯》の副長、グエンが負傷した……ひいては番雪獅子の押さえ込みが失敗した、その原因。爆発物の原因は、終ぞ判らず仕舞いとなったのだ。

 大樽爆弾の置き場に火が点いた……のは判明しているのだが。火種は誰も持っておらず、そもそも団員達は全員が置き場を離れ、それぞれの持ち場に漏れなく配置されていた。

 最初に近づいたのはグエンなのだ。しかしグエンが完全に近づくその前に起爆が成されたというのを、他の団員達が証言している。

 よって、不明。

 衝撃や内部構造の不出来などもあるため、一概に原因を究明できるわけでもない。そういう、なんとも言えない結果に終わったのであった。

 

 加えて、『馬鹿者』ら……ダレン達が遭遇した黒い武器防具の3人組の痕跡が見つかり始めている(・・・・・)

 よりにもよって、遠征の準備にかかった頃からだ。それはつまり。

 

「こちらの……いや。猟団の動きが読まれている。伝わっている。漏れている。……そういうことでしょうか」

 

「えぇ。ダレン隊長のお察しの通り。と、オニクル団長も考えているようです」

 

 面倒なことに、とカルレイネは首を振った。

 『馬鹿者』らは、ポッケ村にも付近の集落にも、あれ以降顔を出していない。もしくは探り切れていない。少なくとも、情報は得られないまま。完全に暗中へと隠れてしまったのだ。

 それなのに猟団と歩調を合わせるかのような、痕跡の発見である。わざと(・・・)見つけさせていると考えるのが適切だろう。

 

「警戒はします。……ただ、目的も何もかもが不明では、見当の付けようがありませんもの」

 

「はい。自分ども書士隊も必要とあらば遊撃に出ますので、情報を回してくださるとありがたく思います」

 

「ふふふ。その時には何卒、よろしくお願いしますね」

 

 たおやかに微笑んで、カルレイネは頷いた。

 しばらく明日以降の動き。残る調査地点の展望。ポッケ村への帰還のタイミングなどを打ち合わせていると。

 

「……あら」

 

 2段の窓を賢く潜り、伝書鳥が入り込んできていた。

 カルレイネの傍にとっとっと寄ってきて。彼女が鳥の足に結ばれた簡素な手紙を受け取る。

 あらと笑って広げると、ダレンに向けて差し出した。

 

「こちらはダレン隊長達に向けたもののようですよ」

 

 ダレン隊ではなく観測隊に向けた伝書ということは、つまりはドンドルマの中央区を介した……公的な権限をふんだんに使った速達ということでもある。

 何事だろう。そう考えながらダレンは手元で手紙を開く。

 

「……ふ」

 

 思わず笑みが溢れ出る。

 ひとつは、ヒシュに向けられたもの。彼の師匠の内のハンターふたり(・・・・・・・)が、「約束していた生物の素材の受け渡しを承った」という内容のもの。

 差し出し名はフラムとイリーカ。ダレンもよく知る、ドンドルマ専属でベテランの『モンスターハンター』だ。

 

 そして、もうひとつ。

 小さく簡素な紙に、大きく「すぐにでも行きます!」とだけ書かれた、電報のようなもの。

 差し出し名は、ノレッジ・フォール。今では隊長の立場を持つ、文字からも伝わるような溌剌(はつらつ)さの少女による、力強く頼もしい返答だった。

 


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