鍛冶場の組長。
湯治場の頭。
建築の親方。
畑の仕切り。
ポッケ村の、上役と呼ぶには気の良過ぎる衆に面通しと挨拶。それら全てに順繰り、挨拶をして周り。
いよいよ上座で待つは、挨拶回り最後の相手。
「―― 書士隊の諸君には、各々が裁量でもってフラヒヤの山々各所へ、自由に出入りする権限を渡したい」
書士隊一行が《蠍の灯》の下を訪れ面通しを終えた後、副長のグエンが開口一番に発した言葉がこれである。
ギルドガールズのシャーリーが、円卓に一枚の羊皮紙を広げる。グエンの言葉を受けて、長であるオニクルが毛むくじゃらな腕を伸ばし、髭を揺らしてとんとんと指で叩く。ダレンは素っ頓狂な顔を浮かべながらも受け取り、そこに書かれた文章を一読した。
確かにそこにはギルドマネージャーのサインと共に、書士隊に狩猟権限を預ける旨の記載が成されている。
「……これを私どもが受け取って良いのでしょうか?」
ダレンは困惑顔を隠さなかった。無理も無い。猟団《蠍の灯》にとって、狩猟の権利というものは他ならぬ「飯の種」だ。それを外部の連中に譲渡するというのは、破格の報酬と言えよう。
無論、ダレン隊にとってこの権利は有用なものだ。有用が過ぎると表しても過言では無い程に。
「君達であればこそ、この権利は有効に扱えるだろう?」
オニクルの言葉を借りる形でグエンが話す。先日の爆発に巻き込まれた当人だ。右足を添え木で固定してはいるが、その立ち居振る舞いに歪みは無い。白混じりの頭髪を製油で後ろに向けて撫でつけ、きちりと身だしなみを整えてもいる。
「オレぁもグエンも、オニクルん頭もな。話合ったぁばってん、だぁれも反対せんのよ」
五厘に刈り揃えた頭を掻いて、ニジェが続けた。
「書士隊にぁな、こないだの雪獅子ん狩りで、オレぁの隊が迷惑ばかけた。こん通り、すまんな。……そんなもんで、これにぁ礼の意味もあるん。遠慮なぁ受け取ってもらえっと、助かんよ。なぁグエン」
「ああ。ニジェと同じく、オレもキミ達には礼を言いたかった。此度の顔合わせの機会には感謝しているよ」
副長が揃って礼ばかりを言うものだから、ダレンもそれ以上は問うことが出来ないでいた。
正面に向き直ると、オニクルはいつもの梅酒をちびちびと喉に通していた。唇ごと、髭を湿らせて。
「まぁ、
しまいなと掌を扇ぐ猟団頭に応じる形で、ダレンは証書を懐に収める。
オニクルがうんむと鷹揚に頷いて、「頭だはんでな。決定権だば、わぁさあるもの」とほくそ笑む。
「そもそも、
猟団《蠍の灯》は、目前の大きな仕事であった番雪獅子の討伐を終えた。
だから、次の目標を掲げる。
それは「元よりの」と呼称すべき、ポッケ村の悲願でもある。
「―― 雪山深奥への立ち入り調査。我らは、ようやっと、そのための準備さ取り掛かる」
感慨深いとでもいうように、オニクルは瞼を閉じた。
副長ふたりも頷いて、ここに到るまでの長い道のりを噛みしめる。最も早く瞼を開いたグエンが、書士隊らに向けた解説を挟んだ。
「元々ポッケという村は、雪山を『拓く』べく造られた集落なのだ」
「……その場合の拓く、とは。率直に『開拓』という意味で捉えても?」
「そうだ。ポッケという村が必要とされた、目的というものは既に達成されている。―― 単純に、王国から距離を取るためだ」
大陸北西から、同緯度のまま、東へ。湿地を越え、山々を渡り、乾燥地帯を抜けて。
初めからして寒冷地に適応を持った人々が。かつての王国に住み、
ポッケの生え抜きであるニジェがうんうんと頷いて、ニジェの説明に相づちを打つ。ダレン隊一同が飲み込むだけの合間をとって、グエンは続ける。
「だが猟団というものが存在する以上、今現在だけでなく未来にも目を向ける必要がある。村を守る……それだけでなく、深奥への調査を必要とする理由はこれだ。ここ寒冷地の『均衡を保つ』ため、と」
副長らの視線がダレンに問う。意味は判るか、と。
少し考える。思いあたるものは幾つか。その中で、最も筋の通るものを挙げる事にする。
「大型生物の流出流入に伴う環境の保持整備……でしょうか」
「はっは! ……この短時間で、そこまで知っているか。成る程。傑物に違いない」
グエンは白髪を震わし、嬉しげに肯定する。
環境の保持整備。事情を知っている人々にしてみれば荒唐無稽 ―― とは言い難くなってきているのが、現状なのである。
流れを語ることになるが宜しいか? と問うグエンに向けて、ダレンは頷く。書士隊の面々は事情を知っているが、猟団側との知識面でのすり合わせは必要だろう。
「ダレン隊長の考えは正しい。それもある、と言ったところだがね。人という種が北の極圏……アクラ地方に到達できたのはつい最近。ここポッケが村として発展し、遠征の中継地としても機能し始めてからの事。つまりは人間達が厳寒の中で行動できる範囲を広げた……と、言い表せる。それは熱暑に対しても同様でな」
ふいと視線を外して、壁に掛けられた地図を振り返る。
大陸の中央 ―― 活火山を指して。
「大きなニュースだった。諸君らも耳にしているだろう。先の繁殖期に『原種』と呼ばれる弩級大型生物 ―― 覇竜・アカムトルムの討伐が成された」
アカムトルム。火山を根城とする、四つ脚の、兎にも角にも屈強な生物である ―― そう、聞いている。
発見、討伐ともに初となる種だった。その死体は学術院に運び込まれ、解剖から何から未だ解明の最中にある。学士共同の声明として「飛竜種の大元となる可能性がある」とだけ発せられており、その解析に期待が寄せられている……所謂、学者的にホットな話題なのだ。
残念ながら、ダレンはその相伴に預かった事はない。運び込まれたのが王都だというのも理由だが、そもそも今現在、解剖から樹形図やらを組み立てるという仕事は半ば書士隊の手を離れているという現実もあった。
討伐を成したのは火の国が抱える腕利きのハンターと、偶然に遭遇した《根を張る澪脈》の総長 ―― モンスターハンター、ペルセイズ率いる先遣隊であったらしい。遭遇そのまま討伐戦にまで持って行った辺り、『極圏』を見張る彼らの腕の良さが窺える。ダレンも、彼であれば可能なのだろうなと確かに思う。無論、狩猟が困難であっただろう点については疑う余地も無いが。
「その討伐がまた、色々とな。寒暖の極端な位置ほど討伐の影響はでっけぇべな……って、学士の方々からご忠言が来てらぁな。雪獅子の討伐で忙しかったってんに、まぁ、仕事が増えすぎてなぁ」
ニジェが肩を竦めながら話す。学士の方々とやらと、実際にやり取りとしたのは彼なのだろう。その顔からは疲労感が見て取れる。
その苦労を知っているのだろう。グエンは彼を労うように酒のおかわりを注ぎながら。
「近年では、通常の行動範囲から外れた生息域を持つ特殊な個体のモンスターが幅を効かせている。それが亜種や希少種といった亜流の流れを産み、玉突きの様に跳ね返っては、別の生物の生息域を妨げる。この辺りについては諸君らの方が詳しいだろうから、俺が講釈すべき事ではないだろうがな?」
「そうさなぁ。……ちなみに、球ば打った初めの
「大陸全体で見るならば『人が行動範囲を広げたから』というのが通説ではありますね」
ダレンとしてはあくまで通説と銘打っておく必要はあるが。事実、ハンターという生業が広がる前世紀に比べて、人という種が出歩く範囲は大きく広がったと言えよう。
遂に大陸の地図を描いた王立学術院。大陸に跋扈する超常の生物に知識という牙を剥いた王立古生物書士隊。鉄鋼業と生産業を発展させ、浸透させた王立武器工匠。そして世に商業の編み目を走らせた四分儀商会。結果として広がった街や村。
そのどれもが噛み合って、遂に人は大型生物さえも計画的に狩猟を成し遂げる術を得た。人の数と生息域が増えた。だから、ぶつかることも争うことも多くなったのだ ―― 理屈立ててそう話せば、大きな矛盾はさして無い。
ダレンが端的な説明を終えると、ニジェは困ったような、愛嬌のある顔立ちで唸った。
「おぉん。確かに、今回の俺ぁのやってることにぁ、環境の保持っては言えらぁな? あの
「そういう事だ、ニジェ。……ああ、つまりだ。我々《蠍の灯》の目的とは……来るアカムトルム討伐の余波に備え、ここフラヒヤ連峰の環境を保持すること。先祖が拓いた雪山深奥への道を閉ざさず、かつ、影響があるのかを確かめるために調査へと向かうこと。このふたつなのだよ」
視野が広く、視点は高い。グエンとニジェの話す様に、ダレンはそういう印象を抱いた。
いち猟団の副長という次点の立場でありながら、彼らの目は大陸全体にも向けられている。こういった考え方を持つ人間が組織に幾つも必要だというのはダレン自身、身をもって体感させられている最中でもある。オニクルにとってふたりは、これ以上無い「有り難さ」であるに違いない。
そして。グエンの話した内容を軽く頭にたたき込めば、納得もできる。
「つまりは我々書士隊が露払いの一画となることで、猟団の調査隊が動き易くなるという利点があるのですね」
「んだ」
しっかりと意図が伝わった。そう満足そうに、オニクルがうんむと頷く。
陽気な風に筋肉の詰まった腹を叩いて。
「お前どもの調査地域だば、シャーリーさ、まとめてもらった。ちょうど良く雪山深奥さ向かう道程に幾つも地点がばらけてる。んでもって狩りの腕前だば、轟竜と雪獅子。山神さまとの闘いで十分見させてもらった。そっちは前の狩猟ん時も気球に乗ってらった、カルレイネにまとめてもらったはんで……」
「はい。此方をどうぞ」
傍の席に座って木杯を掲げていたカルレイネが、待ってましたとばかりにオニクルの横へと歩み出る。
黄衣の傘と外套。耳に垂らした琥珀色の玉飾りをふるりと揺らして、胸元からもう1枚の証紙を突き出した。彼女はおそらく黄色の部族としての監視業だけではなく、オニクルの秘書的な業務も行っているのだろう。
ダレンは証紙を受け取って、すぐさま鞄にしまい込む。見るのは後から、祝宴の場を出た後でも構わないだろう。
「それらは資料です。寒冷期中のこちらの部隊表と、深奥に向けた通路の整備資材一覧。そして貴方がたも利用可能な兵站……携帯食料と薪、水の配置表です。ダレン隊であれば中型および大型生物の討伐に関する管理、実力。共に十分でしょうという評を添えてあります。ギルドマネージャーからも許諾を得ましたので」
「……だ、そうだ。むしろこっちからお願いしてぇくらいでな。人手がたらんのよ」
「人手が、ですか」
「んだ。グエンが、ほれ」
オニクルが指でグエンの添え木付きの足を指す。グエンは、にが虫を噛み潰した表情を隠す様に頭を下げた。
「不覚にも。この通り、よりにもよってこの時期に怪我をしてしまったのだ。申し訳ない」
「いえ。『礼』は先に頂きました。書士隊としては動きやすくなるので、この件について謝罪を頂く必要はありません。……ただ、グエン殿。それは、ハンターとしては……」
「ああ、そこについては心配は無用だよダレン隊長。時間を要するが、現場復帰には問題ないだろうとの見込みを貰っている」
そうであれば何よりだ、と心から思う。六つ星というハンターランクは、
苦笑を添えて、グエンは一歩後ろへ。オニクルが身を乗り出しては卓に両肘を付き、ダレン達へ笑いかけた。
「グエンの怪我の原因……爆弾が爆発した原因だば、まだ調査途中。前と同じく進展したらば教えるはんでな。……さぁて、こんなもんだべ。これからは、遠征の調査隊に同行ば頼む時もあると思うはんで。そん時だば、宜しくお願いしたい」
「こちらこそ。未だ調査の最中。猟団のご協力を頂けるならば、嬉しく思います」
長同士が握手を交わす。
最後に、と。オニクルは立場を忘れずに付け加える。
「んだば、食べて回ると良い。姫君と共同主催だっても、料理だばまだまだあるはんでな。やっと挨拶回りも終わりだべ。みんな、きちんと楽しんでけな?」
「ええ。肝に銘じます」
きちりと堅苦しい言葉で、それでも様相を崩して笑い。
ダレン隊の挨拶回りは、こうして締めくくられることとなった。
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そうして ―― 解散となった後。
「やーぁ……っと! 終わったねっ。ねっ!!」
「そうだねクエス。ただ、両手を広げてのびをするのは流石に幅を取るから控えるべきだ」
酒場の端隅にふたり。ヒントとクエスは重苦しい空気(未だ中央で上の者達と話をしているダレンの事である)とは距離を置き、卓のひとつを占領した。要は椅子に腰掛けて向かい合っただけであるが。
ふたりが席に着くと
「疲れたぁ。……書士隊の方で借りてる家のアイルーも、今日はこっちに駆り出されているみたいだから、今の内に食べないといけないんだけどね」
クエスが背もたれに寄りかかると、だらけたままで脱力全開、アイルーが運んできてくれた煎茶に口を付けた。小さくすすって「熱ぅい」。わかりきったことを言う。
実際にはキッチン務めのアイルーは家番を兼ねているはずなので、彼らに要望すれば作ってはくれるだろうが……態々その為に働かせるのも酷な話である。ここで食べてしまうのが得だろう。そもそも姫君が出資しているだけあって、祝宴という名に恥じないだけの料理が並べられているのだ。この相伴にあずからずして、何がハンターか。そういうくらいの気概で食事に挑むべきである。
「しかし、君の気持も理解できる。……隊長職に就きたいとはあまり思わないな、俺は」
「それはあたしも同じ。ウルブズ叔父さんは慣れているのかも知れないけど……防具を直に見れている今の方が、ずっと良い。ずっと好き」
今回の場は、隊員に関しては顔見せである。隊長という立場のやり取りを後ろから眺めている時間が殆どだった。だというのにこの疲労だ。ああいった外交が必要な立場には、今のヒントとしてはなりたくは無いなと言うのが率直な感想だった。
それでも同行したおかげで判ったことはある。猟団との関係は思ったよりも良い方向になりそうだと言うこと。今回もらった権限とヒシュ率いる部隊の増加により、ダレン隊の調査はより捗りそうだと言うこと。
共に過ごした今回の休日は有意義なものとなり……何より。おまけに、豪華な食事にもありつけるということ。
「やっとだけれど、俺らもディナーにしよう。クエス」
「やたっ。面白い食べ物、あるかしら! ねぇ!」
「君さ。食べ物に求める第一要因として、面白さは除外しなよ……」
本当に楽しそうにクエスが笑う。ずっと向こうに見える卓を指さし、早く早くと急かし、ついには待ちきれず駆け出してゆく。
いつかのドンドルマで教習を受けていた日々と変わらぬ景色に……釣られて頬が緩んでいる事に、今、気付いた。
肩の力を抜いて。彼女の背を、ヒントはゆっくりと歩いて追った。
語りという形にはなりましたが、展開を進める努力は怠らない。
ただし、可能な範囲で(
・ニジェ
副長そのいち。主に教導と現場指揮を担当する。ボウガン使い。
ポッケ村の生え抜き。オニクルもグエンも中央出身なため、彼を副長に置くことでバランスを保っている部分もある。
実力は中央の上位ハンターと比べても遜色ない。オニクルとはドンドルマで出会い、意気投合した。
訛りはオニクルが津軽弁なのに対して、こっちはかなりまぜこぜ(適当)にしています。
流石にアイヌは厳しい。会話内の学術種族名ではない呼び方をしている固有名詞(
・グエン
副長そのに。主に村に駐在し、ライフラインやフィールドの整備、ポッケ村と猟団間との取り持ちを担当する。ハンマー使い。
ドンドルマ出身、ドンドルマ育ち。中央で組んでいたオニクルとニジェの誘いに乗る形でポッケ村へと委任した。
ポッケ村に近代的な工匠兵器を設置したり、水車を利用した昇降機や近代的な鉱業に対応できるレベルの鍛冶場を設けたり、温泉や賭場などの娯楽施設を誘致したりしている。実績があり過ぎるので(本人達は外様を気にしているのに)村人からの印象はとても良い。むしろ気にしすぎだろと思われている。
・カルレイネ・イエロウ
黄色の部族(現役)。気球観測班員を任されている。
だからといって目が良いとかではない。どっちかというと部族権限でポッケ村に入ってきた人。計測、地理、熱力学辺りに明るい。
レイーズ達も会合編で紹介したので、この人もこちらに。
・アカムトルム
モンスターハンターポータブルを2nd→2ndG という流れで汲んだ場合、前期のシナリオボス(の1体)とでも言うべき位置に立つモンスター。
巨大にして強大。極圏という自然闘技場を舞台とした決戦。なんともはや、ソロで挑むには覚悟が必要な相手でもあります銀行ではありません(早口戒めお世話になりました。
後期では、対極に位置するモンスターがその役目を担います。環境的にも真の意味で終点と呼ぶに相応しいお方。
本作においては討伐が成された後となりました。間違いなくくどいので。
経緯は作中の通り。この流れが後で書き出される(であろう)私個人のエルダードラゴン感へと引き継がれる描写となります。
いえ。飛竜種ってなっちゃってるんですけどね。こなた。