モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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第十一話 ポッケ村会合 - 隣人

 

 ヒントの身体を湯が流し、頬を暖気が撫でる。

 もうもうと湯気をはくのは ―― 温泉。内外問わず、ポッケ村において最も人が集まる場所。唯一の行楽施設である。

 崖上から落ちては浴槽に留まる熱湯は、地熱によって温められたものだ。これ以外にも幾つか浴場が建設されており、地熱だけでは無く炉の熱などを利用した物もある……と、団欒に集まる村人たちから聞いた。フラヒヤの寒気に染められた人々、獣共にとっては大変にありがたい施設となっているのだそうだ。

 

(これだけ多くの生き物が、フラヒヤには住んでいるんだものな)

 

 熱い蒸気を吸い込みながら嘆息する。視界の内にだけでも、人だけではなく数多くの亜人……獣人や竜人、はたまた鳥や獣種などの環境生物までもが思い思いの距離で湯船に浸かっているのが見て取れた。そういう時間でもある。浴場の外を囲った空は藍色。陽は既に傾き、夜は冷たさを降ろしつつある。

 そろそろ約束の場所へ向かうべきだろうか。そう考え、ヒントは湯船から身体をあげる。するとある人物が浴槽の端に立ち、身体を洗っていた布で胸筋をぱぁんと叩いた。岩盤をくり貫いて造られた浴場に声を響かせるのは、裸体の男。

 

「だっはは! では行くかぁ! 姫様からのお誘い、夕餉(ゆうげ)とやらに!」

 

 この温泉施設へ向かう道中で合流した、ウルブズであった。

 腕や大腿だけでなく、身体の芯を成し隆々と盛り上がる筋肉。長年のハンター生活によって自然と鍛えられたというそれら総量は、青年に足を踏み入れたばかりのヒントを遙かに超えて潤沢。彼は青の部族と共に畑仕事を手伝っていたらしく、メシエ邸とは同方向。帰り際にヒントらと出会した様だった。

 ふたりは浴場を抜けて脱衣所へ。それぞれ身体を拭きつつ。

 

「さて。ダレン隊長とカルカ、それにヒシュさんも先に酒場へ向かっているとの事でしたね」

 

「うぅむ。今回集まるのは会食という意味合いが強いからな。あれらはシャルルの手伝いをしているのだろうよ。なにせ今晩に集まるのは、ポッケの村のグレエトな上役よ!」

 

 今回の会食に呼ばれたというメンバーを、ウルブズは挙げてゆく。

 ようやっと村に帰投した《蠍の灯》の実働部隊、観測部隊。

 逗留中の王立古生物書士、ダレン隊。およびシャルル・メシエ。

 青の部族とそれに付随した「守り役」。そこへ間借りする雇われのハンター、ヒシュ。

 それら全員が集まってきたこのタイミング。顔合わせをするにうってつけに違いない。この機を見越して用意をしていたのであろうメシエ女史の企てのしたたかさが窺える。

 

「僕らがこの村を訪れた際は、実に間が悪かったですからね。大規模な交流が必要なのは理解ができます」

 

「うむぅ。お取込み中、という奴だったな」

 

 書士隊は、雪獅子の襲来に揺れる最中にポッケ村を訪れた。タイミングは最悪と言って良い。だからこそ面通しを出来る機会があるならば、それに越したことはない。ダレンらもオニクル達から声をかけられていたようで、断る理由はなかったのである。

 《蠍の灯》については、実働部隊が流石に多すぎるからか、呼ばれたのは副長とオニクルのみ。青の部族についても同様で、恐らくは代表である……。

 

「星聞きの巫女、でしょうか」

 

「ああ。それにヒシュに聞く限りは巫女の守り役の男、シャシャと言ったか。彼も来るだろう。なにせ彼は黄色の部族 ―― 物語の収拾役だ。同様の理由で、この村に駐在として居着いた黄色のカルレイネ女史。この2人は同席するに違いない」

 

「黄色の部族の特権のようなものですね。観測のためならば大陸の何処にでも姿を見せる。ハンターズギルドとの協力関係もありますし」

 

「だっはは! 彼ら彼女らにとっての観測とは、使命というよりも趣味の様なものよ。あれらは観測者としての技能ではなく、血筋が持つ生来の感性にこそ、意味を見出しているのよな」

 

 実際に関わりが深いのであろうウルブズは、笑って語る。

 生来の感性に由来する観測の技能、とは。なかなかに想像するのが難しい内容だ。

 

「さて。それらはヒント、おヌシらも少しは判るはずだが?」

 

「……まぁ、判ります」

 

 行儀悪く首を振って湯水を払う。そして、思い返す。

 ハンターとして活動を重ねれば重ねるほどに、それは理解に及ぶもの。

 ある者は、自らの外殻を打ち破る雷と(たと)え。

 ある者は、壁の先行く先を示し吹く風に喩え。

 ある者は、内に混沌を招き充満させる闇に喩え。

 またある者は、内を攪拌しうねり混ぜこみ崩す、溢水に喩える。

 所感は違えど、それを感じたことのあるハンターは口を揃えて言う。「自らが鍛えた肉の内にある技能技量に(あら)ず。」「なんと馬鹿な。」しかし他の生き物の領域から流れ込んだとすら思えるほどに異質な、自分自身という存在の意図せぬ肥大。

 それは最早、所謂、(エネルギー)と呼ぶほかないと。そういう感覚があることを、ヒントは嫌と言うほど知っている。

 

「あれは、偶然が重なった結果でしか無いのですが。……ミナガルデに預かられる前の森丘で。僕も確かに、天啓という名の扉を見ましたから」

 

 自らの防具の素材となった雷竜(ライゼクス)と、森丘で遭遇したあの時。

 駆け出しの自らを襲った雷と、脳裏を巡った走馬燈と ―― その竜の感情を浴びせられた感覚と。

 新種モンスターの乱入による依頼失敗。ネコ車による回収も、失敗。通りがかったミナガルデのハンターに奇跡的に救出されたヒントは、運ばれた彼の王国で目覚めた後、新設された猟団の預かりとなった。

 彼は回復するや否や、沸き上がる熱に任せて……新種たる雷竜を発見者権限で追って、追って、追い詰めて。遂に仕留めた時の喪失感と共に、ヒントは上位のハンター達が語る「熱」やら「気炎」やらの存在を実感出来たのだ。

 ヒントは元々の出身が旧大陸西側ではないため、功績を成そうと位階が高まり過ぎる事も無く、ミナガルデの内政に関わる事も遂になかった。しかしあの地で得られた良質の経験が、今の彼を形作っている。こうして書士隊に転属出来たのも、それら新種の発見討伐の際にヒントが見せた「執念」と呼ぶべき熱を、学術院が高く評価したからだった。

 

「だから知ってはいます。ですがそういう、僕らハンターにとってのあの(・・)感覚が、黄の部族に備わっていると?」

 

「さて。同じなのかどうかは、一概には言えんだろうなぁ。彼らは他と命を賭してぶつかる訳ではない。しかし例えば、市井で物を売る行商は、人の需要と幸ある旅の行き方を知り。田畑を耕す農夫は、水と土と空と作物の生き死にを知り。そういう風に、黄の部族は観測に寄るための何かを知っている。そういう事なのだと我は思っている」

 

「……ウルブズ叔父貴。それは流石に端折り過ぎだ」

 

「だっはは! なぁに。そういう気炎のような何かしらについては、頭の良い学者連中が系統立ててくれるだろう! 期待しようじゃあないか、な!」

 

 雑談は終わりとばかりに、とウルブズがばさりと勢いよく肌着を被った。それに倣ってヒントが身づくろいを整え、あとは揃って脱衣所の出口へと向かう。

 村人達とすれ違うこと暫し。

 

「―― あ、来た来た。カルカ、フシフも! ふたりがきたよ」

 

 暖簾をくぐると、壁に寄りかかっていたクエスが声をあげた。奥からカルカとフシフが駆けてきて、その後ろにはかっちりと書士隊の正装を着込んだジラバの姿もあった。

 番頭や湯治客への対応に走り回る、鉢巻を絞めたアイルーやメラルーの合間。書士隊一行は建物の一角に集まって、身だしなみを整える。ジラバは借宿に掛けてあった書士隊員の紺の外套を持ってきていたようで、男2人へと手渡した。

 

「いらっしゃいましたネ、お二方。これにて全員集合でしょうカ」

 

 にこりと笑うジラバの頬は、肌が青白いせいもあってか、やたらと赤みが目立っている。湯治もそこそこに鍛冶場にとんぼ返りしていたのだろう。

 

「おおう。ジラバも待たせたか? ふぅーむ、少しばかり長話になったかなぁ」

 

「いいえ、待った覚えは全くもっテありませン。これから向かう先が、不作法者のワタクシにとって肩身の狭い、礼儀や作法に姦しい食事会でなければいいナ……と。そう少しばかり思案しておりましたら、もう皆さんお出になられましたかラ。では会食の会場とやらに、向かいましょうカ?」

 

「ありがとう、ジラバ。あと、クエスの湯浴みは行水ですから、彼女が速いんです。特段に僕らが遅いわけではありませんよ、叔父貴」

 

「まぁーたそういうこと言う! 考え事し過ぎながら湯船に入って、のぼせたりしても知らないんだからねっ!?」

 

「相変わらず仲いいのニャ?」

 

「ほっといて、カルカも外套羽織んのニャ。村中かつ一等酒場までは遠くないとはいえ、寒冷期の夜のフラヒヤはマジでヤバいんニャから」

 

 そうして姦しく、笑いながら、一行は揃って足を向ける。

 シャルル・メシエが催す会食。その会場は、ポッケ村の中心部にある一等酒場である。

 

 

 

 

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 

 

 

 

 ぼうと揺れる燭台の灯りが、煉瓦積みの壁一面を照らしている。

 室内ぎっしりと集まった人の群れの視線を受けて、上座に立つ男が陶器の杯を掲げた。

 

「―― では、挨拶はこれにて。皆さま、ゆるりと食事と酒をお楽しみください」

 

 男 ―― 猟団《蠍の灯》の頭領オニクルが、(なま)りを抑揚にだけ残した声で告げる。そのまま太い指を傾けて杯を飲み干すと、ポッケ村の一等酒場は歓声に包まれた。

 いよいよ件のシャルル・メシエが催した祝宴。「番雪獅子」討伐の宴の開催である。

 暫くして感性は落ち着き、そこかしこから談笑が聞こえ始める。……さて。ここからが本当の仕事であろうと、書士隊の面々は気合いを入れ直した。各々酒杯を持ち、周囲を見回す。最もかしこまったのが隊長たるダレン・ディーノなのが、なんともはや彼の隊らしくはある。

 

「では行くか。挨拶は私がこなすので、基本的には前に出て顔を見せるだけで良いはずだ。……とはいえ、ウルブズ殿は声をかけられるやも知れませんが」

 

「構わんよ。なんなら我が捕まったとて、置いてダレン達だけで挨拶を急いでも良い。そもそもオニクルにしろ、我は顔見知りではあるのだしな」

 

 ウルブズが口の端に牙を覗かせ、上座 ―― オニクルらが陣取った席の側をにやりと睨んだ。

 どうやらいらぬ心配だったようだ。ならばと、ダレンは先陣を切って会場を歩き出した。

 

「オニクル殿から、猟団の所には最後に回って来て欲しいと言われていてな。……青の部族から、といこう」

 

 隊員が頷いたのを視認して、ダレンは会場の一角を目指す。

 書士隊の礼装は華やかとは言い難い。あくまで学術院を母体とするため、寒色に馴染む色を採用されている。日の光を吸収しやすい紺の染め物と金の刺繍。ただ、王都と同様に寒冷帯のポッケ村である。村中で浮く事がないのは幸いであろう。

 それでも書士隊一行が揃えば、酒場においては殊更に目立ってしまう。人の波を割る必要は無く、自然と左右に分かれてくれてしまう点については、残念ながら幸いとは言い難いだろうが。

 

「―― いの一番に此処へ来たのか。諸君」

 

「こんにちわ」

 

 一行が近づくと、蒼衣の一団……と呼ぶには人数が少ないうえに色とりどりだが。兎も角、『青の部族』の筆頭とその供が出迎える。

 まず前に出たのは、着膨れた黄衣の男。容姿は青年と呼ぶべき域にあるが、白髪が髪を二色に染め分けている。彼は剃り揃えられた髭を湛え、撫で。

 

「私はシャシャ。氏族名まで名乗れば、シャシャ・イエロウ。衣を見て頂ければお分かりの通り、『黄の部族』の一員だ。此度の巫女とは腐れ縁でね。護衛を任され、長らく彼女の供をしている」

 

「初めまして。私はダレン・ディーノ。王立古生物書士隊、一等書士官を務めています」

 

「ああ。ダレン殿は高名でね、知っているとも。宜しく頼もうか。ついでに今は、古龍観測隊の特別編纂員だったかな?」

 

「……成る程。耳が早いようで」

 

 ふたりは握手をしながら言葉を交わす。

 彼が黄の部族に属すればこそ、ダレンの現状やらを知っていても不思議では無い。そも、観測隊におけるダレンは目立つ立場ではないのだが。

 そう考えていると。後ろから。

 

「―― ですから。ぞんざいでは無いですか、シャシャ」

 

 幅を取る黄衣の裾を引っ張って、少女は声をかけた。

 身に纏うのは、見て判る程に澄んだ ―― 貴色の青。華奢で、色白で……大きな黒の眼帯を頭にぐるりと巻いて、目元を広く覆っては視界を塞いでいる。

 シャシャは少女に向かって振り向くと、巫女君、と呼んだ。

 

「ふむ? 貴方を立てて(・・・)扱うのは構わないが。でしたら私はずっと後ろに控えていますので、こういった場での応対は貴方が面だって、率先してなさると宜しい」

 

「……その掌返しを含めてぞんざいでは無いかと」

 

「正論です。ただ、いつも言いますが。その正論の内容……貴方に肩肘張らずに接するという部分を含めて、貴方からの依頼(オーダー)だと記憶しているのでね。私は」

 

 シャシャは肩を竦め、数歩後ろへ。やれやれとばかりに目を瞑り、後ろ手を組んだ。

 必然的に書士隊の前へと出てきた巫女君は、暫くシャシャを見つめて唸っていたが。

 

「……おほん。書士隊の皆様、初めまして。私はレイーズ。彼に(なら)って氏族名を名乗るならば、レイーズ・ブルー。青の部族の、星聞きの巫女を務めています。今季は村中で出会うことも多いでしょう。宜しくお願いします」

 

「ありがとうございます。こちらこそ書士隊一同、宜しくお願いいたします」

 

 ダレンが右手を前へ。

 すっと淀みなく差し出されるが、しかし……ぼうっとしたままの巫女君。

 視線はダレンが差し出した掌に向けられている。見えないために、握手の切っ掛けが判らないという訳では、ないようだ。

 

「……。……あ」

 

 疑問符が浮かぶような間の後。

 レイーズは慌て、貴色の青海波に染めた裾端で拭ってから、右掌を差し出した。

 

「……巫女になってから日が浅いので、こういった場には慣れておりません。ご容赦を」

 

「いえ。気を使わず接して下されば、私としてもありがたい。……むしろ部族での法度などがあれば、教えておいて貰いたいくらいですが」

 

 ダレンはわざとレイーズから視線を外すと、隣を見やった。

 その意図を汲んでシャシャが応じる。

 

「基本的には巫女君が否と言わなければ、そういうのはありませんよダレン殿。此方の青は、仕来りに縛られるような部族ではないようでしてね」

 

「シャシャの言う通りです。強いて言えば、村の近場に新たに祈祷場を設けようと思っているので……託宣を貰う時には入らないで欲しいくらいでしょうか」

 

 レイーズはこてりと首を傾げる。成る程。シャシャが入ってからは会話の繰りがスムーズになった。彼が潤滑由もしくは緩衝材として働くことによって、巫女君が気を楽に出来るのだろう。

 一通りの情報を交換し終えて、レイーズは切り出す。

 

「改めて。此度の狩猟の経緯については、シャシャとヒシュから伺っています。よくやってくれました……では、流石に偉ぶりが過ぎますでしょうか」

 

「立場的にはおかしくはないのでは? とはいえ、相手が書士隊であれば貴方の立場なんてものは何の特権にもなりはしませんが」

 

「判っています。そもそもポッケ村の事情に、私達青の部族が礼を言うのはお門違いというもの。……とはいえ、今冬は村の方々に世話になるのです。気持ちからの意味でお礼をいって、損はありませんでしょう?」

 

「そこまで判っているのであれば、存分に」

 

「言われずとも。……こほん。お待たせしました、ダレン・ディーノ。兎角、現状について私どもは理解しています。それについて報告と共有は行う必要は、ないと思っているのです」

 

「ありがとうございます」

 

 奇妙な主従関係だな、という感想は抱きつつも、ダレンは頭を下げる。

 下げた頭を戻すなり、続ける。

 

「巫女君からの礼について。確かに立場は関係ありませんが……だからこそ1人の人として、受け取らないほど狭量でもないつもりです。単純真っ直ぐ、お礼として胸に留め置きましょう」

 

「助かります。……さて。ヒシュとは後で話すでしょうから、私からは件の『村への返礼』について、決定した事柄を伝えておくべきでしょう」

 

 レイーズはちらと上座のオニクルらを見やる。彼らはまた別の団員らと談笑していた。

 再び視線を前へと戻すと、琥珀色の蜂蜜酒で喉と唇を湿らして、机に置いて。

 

「星聞き。そう呼ばれる天与の力を、この村のためにも扱わせていただきます。部族が逗留する以上、村の安全は部族の安全にもなりますから ―― そういう理屈です。普段は広き世情を見るために扱うこの力は、天候に強く左右されます。天閉ざされる冬期には、ただの遠見として扱うのが関の山。私達にとって減算はありません」

 

「つまりは、巫女君の力をポッケ村と ―― それに、キミ達書士隊にも利用してもらう。そういう決まりになった(・・・)

 

 憂慮を断つためのレイーズの言葉を、シャシャが補足する。村の重役らとは既に話が付いているという事なのだろう。ダレンとしても小耳には挟んでいたが、直接は聞いていなかった。こと狩猟にも調査にも関わらない事案である。あくまで客分であるダレンが合議する必然性も、また存在しない。

 だが、だのに、書士隊にも力を貸すという。ダレンは星聞きの力とやらには詳しくないが。

 

「……つまり我々の調査は、村の安全に繋がると?」

 

「ええ。そう聞き(・・)ました。口外はしません」

 

 すこしばかり背筋が冷やっとしたが、レイーズの口ぶりは落ち着き払ったもの。

 巫女君が、横の従者を流し見る。シャシャはダレンの視線を受け取り鷹揚に頷く。

 

「そも、私個人としては貴方がたを応援しています。そして見ての通り、今の私は『黄の部族』を離れて動いている身 ―― 『観測員』にあらざる身分です。巫女君の言葉に嘘偽りはありません」

 

「シャシャの言う通り。だので、必要とあらば頼って下さい。村の役員を通す必要もありません。私とシャシャはメシエの邸宅で部屋をお借りする予定になっているので、直接尋ねて下さればお力になりましょう」

 

「付け加えるならば。星聞きの条件やら、詳しいことはヒシュに聞いて下されば良いでしょう」

 

「ヒシュに、ですか」

 

「ええ。荷物をまとめていましたからね。であれば本格的に貴方がたと合流するのでありましょう。次の挨拶は、彼らの所へ?」

 

「そのつもりです」

 

 ダレンは頷く。オニクル達の所への挨拶が最後だとするなら、次はヒシュとシャルルとネコの卓。

 ヒシュ自身は同僚である。挨拶回りというのは少しばかり変な気もするが、しかし、現ダレン隊との面識が薄いのも確か。何より、此度の会合の主催者は姫君ことシャルルである。回るに超したことはないだろう。そも何故猟団ではなく、村でも無く、彼女が主催となっているのかは判らないのだが。

 視線を戻すと、シャシャとレイーズも揃ってヒシュ達の卓の側を覗いていた。互いに顔を見合わせる形となって。

 

「まぁ、ならば丁度良いでしょう。星聞きには少しばかり制約がありますが、星辰を、その輝きの底までを覗き込もうとするでもなければ……まぁ。頼むだけならお気軽に、と言っておきましょうか」

 

 何故貴方が促すんです、という巫女君の抗議の声を聞き流し、シャシャは肩を竦める。

 再び思う。奇妙な関係だな、と。他流の部族が隣に並んでいるのを見ることですら、ダレンとしては初めてだというのに。

 

「私達はまぁ、昔からこういう関係なのです」

 

 ダレンの顔色を見てかレイーズは答える。

 前でも無く、後ろでも無く。隣に立ったシャシャが掌で料理の皿を持ち上げて、笑った。彼らしく皮肉気な表情ではあれど、それは憑き物が落ちたかの様な、心からのものだ。

 

「黄の部族に愛想を尽かした私を、青の部族が拾い上げたという形ではあるのですがね。……では、私どもはこれにて。書士隊の皆様方も引き続き、この豪華な晩餐をお楽しみ下さいませれば」

 

 










・レイーズ・ブルー
 青の部族の巫女。「星聞き」と呼ばれる遠見の力を持つ者が時折生まれ、最も強い力を持つ者が巫女となる。部族長は別に居るが、実質の頭は巫女。
 シャシャの隣人。ただし外の人が……しかも別の部族の野郎が、巫女たっての嘆願からの部族公認守り人という役職ついているということなので、そういうことだと理解してよいと思われる。


・シャシャ・イエロウ
 黄色の部族を飛び出した傾奇者。青の部族の現巫女の専属の守り人にして、ハンターである。
 昔語りは後で多少やる予定。


 20211025.会合その2その3の追加に伴って改題。あとがきに人物像を追記。

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