モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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第五話 密林の空より

 

 2名による捜索の甲斐あり、夜が明ける前には充分な量の落陽草が発見された。空の色は僅かに藍を帯びてきたものの、未だ時間は深夜であると言える。

 

「―― ふはぁ」

 

 崖下のキャンプに一足早く戻った仮面の狩人は、仮面の口元をずらして息を吐いた。足元には樽詰めにされた落陽草や、箱に入れられた茸。土が付着したままの鉄鉱石や質の良くないマカライト石などが区分けされて置かれている。

 それらを数え、概算しながら。

 

「必要量は、集まった」

 

 箱が7つに、樽が5つ。いくつか自分のために持ち帰る分もあるが、これだけあれば村長や少女から依頼されたものの他、ギルドに納品する事で後から報酬を受け取ることが出来る納品依頼の殆どは達成できる算段がつく。

 狩人は心持ち安堵の表情を仮面に浮かばせ……そういえばと思い直す。

 

(ネコ、居ない。ネコは鼻が利くから、落陽草に関してならジブンより早く終わると思ってたんだけど)

 

 自らのお供アイルーが帰還していない事が気にかかっていた。花開いている落陽草には特有の香りがあるため、ネコならばその香りを辿って発見できるはずだ。夜の密林には雨が降っているため、匂いが流されているという事態も十分に考えられるが……

 

「でも1回、落陽草を置きに来た形跡がある。……ん、やっぱり心配」

 

 仮面の狩人はそう零すと、キャンプに張られた三角テントの内から、幾つかの道具を漁り出した。

 腰に着けられたハンターポーチの内容を整える。山のような道具と素材の中から戦闘向きの幾つかを選び、調合用素材として仕分けする。

 この手の作業は仮面の狩人の手馴れた分野だった。取り出した素材と、密林で新たに得た素材から有用なものを抜き出し、ポーチに詰め込む。

 狩人の腰に並んだポーチ3つが膨れ上がった、その時。

 

 ―― シュルルルルッ……パァンッ!!

 

 音に反応した狩人が振り向く。目にしたのは、雨の中を真っ直ぐに飛び上がる打ち上げ式の信号弾だった。もうもうと立ち昇る煙の色で、緊急度と要請の内容を区別する。

 この信号を使ったのは、自らも良く知る相棒だろうか。例えそうでなかったとしても救援要請には応じるべきだろう。

 

「分かった。……そっち」

 

 丁度、準備を終えたところでもある。最後に篝火をランタンに移すと、狩人の脚は、素早く東へ向かって動き出していた。

 

 

 □■□■□■□

 

 

 密林に振る雨を掻き分け進む人物が、2名。泥にまみれた両足を動かし、必死の形相で掛け抜けてゆく。

 青年はランポスの皮を繋ぎとして使用した片手剣を腰に差し、『ハンターシリーズ』と呼ばれる皮と鉱石を組み合わせた防具を揺らして。

 少女は『レザーライトシリーズ』と呼ばれる皮鎧を纏い、その背中には大型の弩弓と、沢山の荷物が詰め込まれた鞄を背負って。

 

「……ノレッジ! ノレッジ・フォール、急げ!!」

 

「はっ、ははっ、はぁい、ディーノ先輩っ!!」

 

 両者の息は荒く、乱れていた。彼らは後ろに居る(・・)脅威の姿を確かめるべく、瞬間、眼を後ろへと向ける。

 

(……まだ諦めてはくれないか)

 

 皮膜に覆われた翼、赤みがかった甲殻。大きく強靭な(くちばし)。頭を囲むように広げられた耳は、この生物が戦闘体勢に入っていることを示している。

 密林に生息する鳥竜種 ―― イャンクック。3メートルをゆうに超える身体と、「怪鳥」の異名を持つ生物である。

 後ろを向いていた怪鳥が、2回に分けて反転。どこか愛嬌のあるその顔と、視線が交わる。

 

「グバババババッ……!」

 

 怪鳥は確かめる様に足踏みをすると、身体を大きく前に傾けた。嘴を左右に振り、前方を走る人間2人の背に向けて走り出す。

 

「うわわわわっ……!」

 

「止まるな! 走れ!!」

 

 追いかけられる側も全力で走ってはいるが、脚力の差は圧倒的だ。背を向けた2人との間にあった距離はみるみる内に詰まって行く。

 怪鳥が、怪鳥の嘴が、迫る。

 

「―― ちぃっ」

 

 (くちばし)が彼らを捉える直前の期。片手剣を背負う男が立ち止まり、鞘から剣を抜き放った。

 狙うは自らの体駆程もあろうかという嘴。上下運動を繰り返す嘴が……下がる瞬間。男は全身の体重を前へと押し出し、ランポスのボス個体の素材をふんだんに使用した楯を右手に構え、迎え撃つ。

 

(切っ先ではなく、僅か側面をっ……叩く!)

 

 ガッ ―― ドズンッ!

 突進に巻き込まれまいと身体を捻り、鈍重な音を響かせながら。怪鳥の嘴による初撃を、辛うじて受け流すことに成功した。

 男の横をすれ違うように走り抜けたイャンクックはその先で体ごと倒れこみ、嘴が地面を大きく抉っている。

 自身が直撃していたらという想像を振り払い、男はこの機を逃すまいと距離をとる。体勢の立て直しが必要だ。

 

(……まずいな。一度の防御ですら、こちらの体力を根こそぎもって行かれるっ)

 

 荒い息を整えながら、情報を整理する。

 男も、見聞により知識は得ている。中型モンスター相手に狩人の経験も積んでいる。彼自身の技量は初心者ハンターの域を脱していると言って差し支えないものだろう。

 が、今回の状況は分が悪い。目の前に立ち、愛嬌のある顔に耳を広げた ―― 怪鳥。心根として(・・・・・)初心者を脱したばかりである彼は、この生物を相手取るには実力が不足していた。

 

(今更後悔しても遅いが、集団連携だけでなく個人で戦う訓練もしておくべきだったか)

 

 苦しげに顔を歪めながら、左手に「ドスバイトダガー」を握りしめる。後ろに新人であるノレッジ・フォールが控えているからこそ冷静を装ってはいるが、強大な相手と対峙している男自身にとっては、攻防全てが冷や汗ものの綱渡りだった。

 彼らの本業はあくまで「王立古生物書士隊」の一員である。ハンターとしての能力は自衛の為の一手段であり、今回の目的も本来は「密林の分布調査」だった。だが途中で旅の商隊と合流し、道中親密になり、気軽さから護衛を引き受け ―― この怪鳥に付け狙われたのが運の尽きか。

 件の商隊は今、小型モンスターの生息域から離れた崖上の洞穴に退避させている。古生物書士隊の一員として、狩人の端くれとして。そして何より避難している人らの友人として、何としてでもこの怪鳥を行商隊から遠ざけなければならなかった。

 

(とにかく今は、この場を切り抜けなくては)

 

 書士隊員にして狩人でもある男、ダレン・ディーノは現状打破の為にと思考を切り替えた。まずは。

 

「ノレッジ・フォール! どこか安全な所へ調査物を隠しに行け! 私が合図を出すまでは、その場を離れるな!!」

 

「は、はい! ……えーと、メラルーに手出しされない場所となると、高台とか……? いや、いっそのこと……」

 

 ぶつぶつと呟きながらも指示に従い、ノレッジは反対側へと走り去って行く。彼女とて古生物書士隊の一員で、狩人だ。狩猟においては文字通りの重荷でしかない荷物の事はこれで済ませるとして、次に。

 現状最大の問題である怪鳥は頭と翼を器用に使い、突進の後で倒れていた身体を起こしている。ダレンも片手剣の柄を握り直し、溜息を押し込め、行動を再開する。

 立ち上がったイャンクックを中心として時計回りに円を描き、走りながら接近。尻尾を振り回してダレンを牽制するイャンクックの側面へと、正確に回り込んだ。

 

「はあぁっ!!」

 

 気合の一声と共に飛び掛る。足の付け根を切りつけ、顔が此方を向く前に転がって離脱。全ての敵意をダレン自身に向けさせるためにも、まずは勢いを削ぐ事が重要だ。

 この攻防を数度繰り返すと、走り寄った所で怪鳥が翼を広げた。飛ぶつもりだ。ダレンは足を止め、風圧に備える。

 イャンクックが勢い良く翼を上下させた。身体と、風とが衝突する。

 足を踏ん張り体重を保ち、飛ばされまいと力をこめる。風によって足元の泥はぶわりと圧し潰されている。怪鳥は重苦しい風圧を残して飛び上がり、低空飛行で後退。ダレンが必死に詰めていた距離がひと飛びにかき消されていた。

 落胆している暇は無い。モンスターとの戦いにおいて、根気は最も重要な要素でもある。

 着地する瞬間を狙う。今度は頭だ。距離を詰め、地を蹴り、風の壁を裂く感覚と共に怪鳥の首元へと飛び込む。広がった耳から側頭部へ。全体重を乗せ、ドスランポスの爪を素材とする赤い刀身を振り下ろした。走竜の爪は怪鳥の耳を裂き、刃は甲殻へと食い込む。

 ダレンはそのまま刃を振り切り、身体ごと地面に投げ出した。しかしいつまでも地べたに這いつくばってはいられない。イャンクックの嘴による反撃の事前動作を辛うじて捉え、反応の許す限りの速さで横へ飛ぶ。

 

(何とか対抗出来ている……か? あの足を斬り付けるよりは、手応えもあったが)

 

 足元を斬った時は鉛を打つ様な途方も無さを感じたが、頭への攻撃は斬ったという感触があった。嘴という武器に晒されると言う危険はあれど、身体の中心近くにある足元まで走り寄ってから引き返すという動作が無い分、頭を狙った方がシンプルに動くことも出来る。

 行動方針を変えるべきだ。ダレンはそう判断し、イャンクックの頭部を狙い始めた。

 頭を斬る。イャンクックはこちらを倒すべき敵と認識し、意識を向けている。少なくともノレッジと行商達から意識を逸らす事には成功したようだ。しかしその分の重圧は、ダレンに向けて全てが圧し掛かってくる。

 

「―― グババ、グバババッ!!」

 

 後退した瞬間にイャンクックが動きを止め、大きく翼を広げ始めた。何を思ったのか、興奮したように息を荒げ、その場で軽快に跳ね回っている。

 好機。いや、慎重に観察すべきか。

 そんな風に思考を中途にしたまま、ダレンは怪鳥へと脚を向けた。機会を逃す前に行動をしておこうと考えたのだ。先程までのイャンクックに対するものと同じく、円を描いて走り寄る。

 しかし、気付けばダレンの目前に怪鳥の嘴があった。

 

(な、早っ……!?)

 

 つい先まで跳ねていたイャンクックが、恐るべき早さで体を前へと傾けていた。ただの突進だが、先の比ではない。怪鳥本来の……ダレンを倒すべき敵として認め、敵の排除に全力を費やそうとする、生物の底力だった。

 ダレンは慌ててドスバイトダガーと対になる楯を構えた。

 怪鳥の嘴が楯の真芯に激突。受け流すのもやっとだった突撃を正面から受けて無事に済むはずも無い。気づけば楯を構えた右手は、ダレンの身体そのものを巻き込んで宙に放り出されていた。

 幸い、イャンクックも走り抜けた先で倒れこんでいる。数瞬の浮遊感の後、ダレンは地面に落下した。どすりという衝撃があった後、身体に鈍痛を覚える。落下の衝撃により、側腹部を殴打していた。右手も突撃の衝撃によって未だ痺れている。

 まだだ。ダレンは残る左手を動かして、泥の中から立ち上がろうとする。が。

 

「が、はぁ、……うっ……はぁ、は!」

 

 立ち上がって、それ以上は身体を動かす事が出来なかった。息をしようとするも、腹と背中に力が入らない。十分な換気が行われず、意識が酸素を求めて彷徨い出している。

 暗転しそうな視界を堪えつつ、気付けの回復薬を取り出そうと鞄へ左手を伸ばす。それはダレン自身、出来る限りの早さでとった行動。だが突進による衝撃を回復し切れていない中での動きは、予想以上に鈍かった。

 既に怪鳥が此方を向いている。口の端からは火花が散っていて。

 

(……ここにきて、火か!!)

 

 火炎液、という攻撃方法がある。イャンクックはその体内に火炎袋と呼ばれる器官を持ち、熱した高温の液体を吐き出す事で武器として使用する。

 ダレンは書士隊員として身につけた知識の内にある攻撃方法を、今、実際に目の当たりにしていた。だが抗おうとする気持ちとは裏腹に、抗う手段が無い。ここに至ってまたも、自らの力のなさを悔いる。

 

(それでも! ライトス……そして、ノレッジ。せめてお前等を助けるくらいは……!)

 

 行商隊の長と自らの後輩のためにも諦めはしない。イャンクックは昆虫食。例え自分が力尽きようと、怪鳥自身には喰われないはず。ならば希望はある。時間を稼ぐべきであろう。穴の開いた思考でそこまでを考え、残る気力を振り絞って楯を持ち上げる。

 怪鳥は赤い甲殻を見せびらかす様に、大きく身体を反らす。反りの反動で大きく振り出した首と口……嘴から火炎液が吐き出された。赤熱した球体が放物線を描き、ダレンへと迫る。

 楯を前に出す。が、辛うじて持ち上げているだけだ。勢いを着けて火炎液を弾かなければ、ダレンの身体は重度の熱傷を負うだろう。ハンターシリーズの防具があるとはいえ、飛竜種などの生物由来の鎧の様な熱耐性は持ち合わせていない。

 火炎液は放物線の頂点を超えて落下を始めた。間もなくだ。位置エネルギーを消費する間もなく、自分に直撃する。ダレンは楯の向こうに焼き殺される自身を幻視した ―― その時。

 

「閃光投げます! ン ―― ニャアァッ!!」

 

 後ろから球体が投げつけられ、反射的に閉じた目蓋を閃光が叩く。

 再び目を見開いた時、火炎液はダレンの身体を焼くことなく散っていた。後ろから駆けてきた小さな生き物が両の手甲と外套を構えて跳躍し、火炎液を空中で四散させたのだ。

 吐き出された火炎液を遮断した……その反動を利用して空中でくるりと周り、生き物が着地する。身の軽さと愛らしい容姿。ダレンを窮地から救ったのは自らもよく知る獣人、アイルーだった。

 

「御無事でしょうか、短髪の御仁」

 

 アイルーは外套の内から小太刀を抜き、閃光玉に目を回すイャンクックと正対しながら、此方へと話しかけてきた。随分と丁寧な物腰のアイルーだと、ダレンは思った。

 

「ごほっ……ああ、何とか。命拾いした」

 

 威圧感が逸れたおかげなのか、一呼吸置いたおかげなのか。理由は判らないが呼吸は何とか正常程度にまで回復している。体感的には久方ぶりの言葉を発しながら、ダレンは自身の状態を確認してゆく。

 思考を巡らす余裕もある。拳を握り……力も込める事が可能だ。これならまだ、戦える。

 ダレンを見上げていたアイルーがダレンの無事に一瞬笑みを浮かべた後、提案する。

 

「御無事なのは、何よりです。ですがお怒りの怪鳥相手に、貴方は怪我を負いました。是非とも後退を。私が時間を稼ぎましょう」

 

「君が、か」

 

「はい。こう見えて私、猟猫経験は中々のものなのですよ」

 

 このアイルーのイャンクックを目の前にしての立ち居振る舞いは、実に堂々としたもの。猟猫経験については納得できる。だが自分より小さな生き物に頼る、というのも。

 そして何より、ダレンには怪鳥を足止めしなければならない理由があった。

 

「……済まない。君が信頼できないという訳ではない。傲慢だが、私もコイツを相手にしなければならない理由がある」

 

「ふむ、実直な方ですね。……ではエリアの入口まで移動し、そこで加勢の準備をお願い出来ますでしょうか? 私の実力が足らなければ、直ぐにでもお力添えをいただければ有難い」

 

「そう、か。……いや、わかった」

 

 ダレンはその言葉の意味を考え、頭を冷やす事にした。恐らくこのアイルーは強引に我を通そうとした自分に妥協案を提示する……という名目で、体勢を整える時間を与えたのだ。

 このアイルーには感謝こそすれど、恨みは無い。ダレンは素直に従い丘陵の奥深く、怪鳥が通れない程度の隘路の傍まで移動した。

 怪鳥から遥か離れた位置まで移動した先で、鎧の金属部分を触って、状態を確かめる。よくよく見れば、楯を装備していた腕甲部分は大きくひしゃげていた。忘れかけていた脇腹の痛みと、連戦による体力の低下も感じられる。ダレンは腰のポーチから気付けと痛み止め効果のある回復薬を取り出して一気に煽った。次第に視界が広がり、痛みは引けてゆく。これならばせめて、全速力で逃げる事は出来るだろう。あのアイルーの足手まといにはならなくて済む。

 視線を戻す。遠目に見えていたイャンクックは頭を振って、未だ目前に立つアイルーを見た。どうやら視界は回復したらしい。次いで、失せたダレンを捜すように視線を巡らし……

 

「相手はこちらです。私は見ての通り、たかがアイルーなので、存分に油断をしてくれると嬉しいですね」

 

「……グババババッ!!」

 

 まずは目前、アイルーを目標と定めたらしい。イャンクックが数歩進めば踏み潰されるであろう位置に居るアイルーは、挑発の後、4脚を地面につけた。

 怪鳥が踏み出す。ダレンに見舞ったものかそれ以上に素早い突進だ。踏み出す一歩一歩が、雨によって柔らかくなった地面を抉る。

 4歩目。左足がアイルーに当たる距離。しかしアイルーにとって、事前に3歩もあれば十分な猶予だったらしい。

 

 ―― リィンッ

 

 ダレンの時の様に鈍い音は響かない。動きに合わせて1度だけ、澄んだ鈴の音が鳴った。アイルーは低く構えた最小限の動作で脚を避け、翼を潜り抜けて見せたのだ。

 アイルーの後ろで、イャンクックが倒れこんでいった。すぐさま近づき、飛び上がったアイルーが小太刀で甲殻を切りつけ、着地。すぐさま距離をとる。

 

「……流石に硬いですね。竜盤目・鳥脚亜目・鳥竜下目・耳鳥竜上科・クック科……なんて、長い名を冠しているだけはあります。私も主も初めて闘う相手ゆえ、その行動を観察する必要はありますが……骨格的には飛竜種のそれと同種です、ねっ!」

 

 嘴によるついばみをかわし、尻尾をくぐり抜け、身体の小ささを最大限に生かした回避戦法で斬りつけてゆく。非力さに加えて獲物の切れ味が悪いのか、イャンクックも傷こそ負いはしない。だが周りをちょこまかと動かれ、鬱陶しく思ったのだろう。イャンクックは再び大きく身体を反らし……以前の動作よりも溜めが長い。火炎液を、多量に吐くつもりか。

 

「今ですニャっ、と!!」

 

 イャンクックはダレンの予想通り、アイルーという小さな的に当てるべく、何度も身体を揺さぶっては火炎液をばら撒いた。

 ―― その間。

 正に言葉通り。待ってましたとばかりにアイルーは駆け出してゆく。ぐねぐねとうねる軌跡をなぞり、炎に触れる事なく怪鳥までの距離を埋める。火炎液1、2個目の内に腰の鞄から樽を取り出し、3個目を吐いた瞬間に投擲する。

 

「……好しっ!!」

 

 投じられた小樽は4個目を吐き出す直前、開いた嘴にがしりと挟まった。怪鳥の体内にある火炎袋から押し出された火炎液はつっかえた樽へとまとわり付き……次の瞬間。

 火薬の詰まった樽に、火元。当然の帰結として、怪鳥の口内で爆発が起こった。

 

「!? グ、ババッ!? グゥ、ァババッ……!!」

 

 口から黒煙を噴出し、身体は前後に大きく揺れて。揺れはいつしか限界を超え、怪鳥の身体が泥の中へと倒れこむ。

 何が起こったのか。倒れこんだ怪鳥をよくよく観察する。眼球は回転し焦点が定まっていない。両脚が虚空を漕ぐ。耳を開いたり閉じたりと必死に動かす様に、再びの愛嬌さえ感じられる。

 アイルーはバタバタと動き回る怪鳥にペイントボールで追い討ちをかけてから、ダレンの近くまで駆けて来た。2足で立ち上がり、見上げる。どうやら解説をしてくれるらしい。

 

「怪鳥は音に弱いのだそうです。そんな怪鳥の口内に小樽爆弾など放り込んでやれば、内外からの衝撃と音によって三半規管をがっつり揺すられる。勝算は十分でした」

 

「……成る程、それでこの有様か」

 

 アイルーの解説に、ダレンも怪鳥に関する知識を思い返していた。確かに、怪鳥はその耳を生かした聴力の鋭さ故に音爆弾や小樽爆弾などの「音」に弱いと文献で読んだ覚えがある。通常であればショックで放心する程度らしいのだが、それが口内で爆発したのだ。平衡感覚すら狂わされた怪鳥は地面でのたうちまわり、赤い甲殻を泥に塗れさせている。

 

「では、今の内に引きましょう」

 

「……引く、か。……そうだな」

 

 今居るエリアには、行商隊のいる崖上のエリアへと続く道がある。だが、戦う以上は崖上に追い詰められるわけには行かない。後退するとすれば、反対側……ノレッジの駆けて行った側だ。

 イャンクックはダレンやアイルーへ敵意を向けている為、こうして逃げる方向を「見せてやっていれば」、行商隊から引き離すという目的も達せられるであろう。

 が。

 

「この怪鳥と、再び相見えることになるな」

 

「……成る程、何か理由がおありのご様子で。それは、ここで逃げても問題は?」

 

「いや、当分は無いだろう」

 

 イャンクックが誰かしらに敵意を向けている以上、「追い払う」という手段は成立しない。例えばイャンクックを引き付け行商隊を単独で逃がしたとしても、狩人であるダレンら以外には護衛がおらず、道中を進む事も戻る事も叶わなくなる。それでは結果が伴わない。怪鳥をけん制しながらじりじりとジャンボ村近辺まで後退できるならばそれでも良いが、ダレンにしろノレッジにしろハンターとしての技量が不足している。けん制も、行商隊の守りも、というのは欲張りに過ぎる。

 いずれにせよ怪鳥を倒す……もしくはそれに準ずる結果が必要だった。その点今、行商隊は崖上の洞穴に隠れている。密林の上空を飛び回って捜す怪鳥には、動かない限り見つかりはしないはずだ。

 アイルーはこの返答を受け、暫し悩むような素振を見せて。

 

「ならば、ここは一旦退却し、我が主の知恵を借りましょう」

 

「……主?」

 

「はい、私が仕える主。我が狩りの師にして我が友人。主殿は狩人としての見識も深く広いものです。何かしら有効な手段を提示してくれましょう」

 

 言い切ったアイルーの言葉はどこか誇らしげで、満足げだった。胸を張り、髭がぴぃんと伸びている。……このアイルーがそこまで言う人物であれば、頼るに値するのだろう。そもそも。

 

「今の所、他に有効な手段は思いつかないな。判った。君の主の元へ案内して欲しい」

 

「承りました。……こちらです。途中で合流できるよう信号弾を打ち上げておきましたので、直線ルートを経由しましょう。それと……私の事はネコとお呼び下さい」

 

 アイルー……ネコはそう言うと、首元から鈴の球を抜き取り、4脚で駆け出した。

 その背を追うべきダレンも、未だ苦し気にのたうつイャンクックを僅かに振り返った後。足元に落ちていたドスバイトダガーを腰に差し、木々を掻き分け、密林の奥へと走り去っていった。

 





 怪鳥さんの御登場と、原作キャラの出演でした。

 ……ですよね。やっぱり、最初の相手に持ってき易いのです。怪鳥さん。
 こういった展開、どこかで見たことあるなーと思った貴方様。その記憶は違いありませんでしょう。
 ですが、私のお話は色んな意味でぶっとんだ展開を目指しますので。今後を頑張ってみようかと思います。
 ……ここまで書いといて構成の練り直しは、正直きついのですっ。

 ダレン・ディーノ及びノレッジ・フォールはハンター大全より出典。
 モンスターハンター世界における、数少ない「原作キャラ」です。
 彼・彼女がハンター大全においてどの様な役目を持っていたか、を知っていると、今後の展望が見えてしまうのやも知れません。
 ……そこを捻って予見を外すのは、私の役目ですので。乞うご期待。

 そして、雑談。
 アイルーはどうやら、部族秘伝の特製爆弾によって雨中でも爆弾を使用できる設定があるようです。こういうのばっかり原作に準拠させます。はい。
 本作のイャンクックは無理ですが、実際には、2ndGのオトモアイルーでもイャンクックは倒せるようです。笛やら粉塵やらを装備して、こそこそと見守りながら、強化したアイルーを戦わせてあげましょう。

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