モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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第八話 雪獅子の群山 - 終幕

 

 颯爽と崖上から跳躍し、雪獅子に痛打を与えた狩人の登場に ―― カルカは心の底から困惑していた。

 これ(・・)が援軍だというのは理解できる。ダレンの言葉や態度からも、フラヒヤの地に先行していた「大鷲を伝書鳥とする書士隊員」が彼で間違い無いのだろう。

 さあ雪獅子を追い詰めよう、という場面での援助だ。大変に有り難い。……理解は出来るのだ。が。

 

「―― マジかニャ。お前、それでよくあんな動けるニャ?」

 

「ん。当然」

 

 現れたるヒシュは、腰に鞄を3つ。背嚢が1つ。腕と足にも、動きを阻害しない程度の鞄をくくりつけ、両手に鉈と小剣。終いには剥ぎ取り用途以外の明らかに戦闘用の武器を1つ背に負う。そんな道具に塗れた様相をしていたのだ。

 重装備ながらに完全に気配を殺し、決して警戒を解いてはいないドドブランゴへ一撃を見舞う。軽快な立ち回りだというのに見た目がこれだ。道具の下(・・・・)に着込んだ白兎獣(ウルクスス)の皮鎧と銀色の小手・具足が霞むほどの印象を、カルカは受けていた。

 ダレンも全力のヒシュと協同したのは数えるほどだが、密林で修行以外の……ジャンボ村の発展の資材を集める依頼などでは顕著だった。盾蟹(ダイミョウザザミ)の狩猟では棍や槌に持ち替え、爆弾などを器用に扱ってみせていたもの。彼に曰く持てるだけの道具を身につけた具合は、全身鎧と同義の「ふるあーまー」なる形態であるらしい。つまりは全力と言うことだ。

 

「さて、と」

 

 ヒシュが荷物の鞄をどさどさと落とす。どうやら留め金を一手に外せる仕組みになっていたようだ。辺りに響く重い音。カルカが下敷きにならないよう身を引き、荷物を避ける。

 ドドブランゴは新手の出現に応じ、ジリジリと距離を測っている。身軽になったヒシュの視線は仮面に覆われる事無く、雪獅子の一挙手一動作から逸らされる事も無く。

 

「このドドブランゴは、討伐おーけー?」

 

「ああ。もしくは無力化が望ましい」

 

「……捕獲は、厳しいかな。傷は多いけどね。興奮してて鎮静の薬は巡り悪そうだし、年季的には罠にも敏感そう」

 

「だろうな。無論討伐でも、後の交渉ごとに影響は無い事を確約しよう」

 

「決まりだね。オトモさんも、よろしく」

 

「……ニャア」

 

「じゃあ。―― ん。行く」

 

 ハンターらのやり取りから、言葉は通じなくとも雰囲気を読み取って。ドドブランゴはヒシュが前を向いた瞬間に飛びかかるべく、後ろ足に力を籠める ―― その前駆動作に割り込んだ。先手ヒシュは武器を構え、微塵の躊躇いも無く直線距離を疾駆する。

 

「せぇっ……んのっ!」

 

「フォオ゛ッ!」

 

 これがお前の額を割ったのだ、と肉厚の『呪鉈』を見せびらかし振るう。四足獣と見紛うほどに低くした身で雪獅子の腕をかいくぐり、揺れる地面にも体幹を崩さず、確実な斬撃を撃ち込んでゆく。右の掌に『呪鉈』、左の腕に毒を塗り込む刷毛と一体型の楯。左の掌につや消しの黒鋼の『小剣』、右の腕にやや大きめの丸楯。ドドブランゴの打撃を正面から迎え打つことは無く、されど防ぐことも(いと)わず。回避と防御を小刻みに切り替えながら、ヒシュは攻勢を連続させてゆく。

 ダレンが後を追って接近した頃には、ドドブランゴはヒシュの姿を追って反転。此方に背を向けていた。腹の下を潜りちょこまかと動き回るヒシュに、対応を強いる程の攻勢に……そうと誘導されたのだ。

 後ろ足、腱を狙って『斬破刀』で斬りかかる。ダレンへの警戒も解かれてはいない。痛がったドドブランゴは後退するも、そこへ今度はヒシュがぴったりと吸い付いて撃剣を叩きこんでゆく。

 近距離を維持することで、ドドブランゴの飛び込み飛び退きを防いでいるのだ。この隊には今、遠距離戦をこなせる人物が居ない。普段のダレン隊であれば人数の多さでカバーしているそれを、ヒシュは立ち回りひとつでもって成している。ただでさえ岩間の空間であり、そこかしこを飛び回れる環境でもない。

 

「ん、あ゛っ! ……っしゃあっ!」

 

「フゥゥ゛、ブフゥゥ!!」

 

 ヒシュが最接近、雪獅子の目と鼻の先で剣腕を振るい。ダレンがカルカを伴って中間距離から一撃離脱を試みつつ戦況を伺う。いつか目指した理想の形が、ここに結実している。ハンターの手練手管が、群れという手札を捨てたドドブランゴから選択肢を奪い狭めてゆく。

 体力を削る攻防が続く。そうしている内に毒が回り始めたのだろう。ドドブランゴの呼吸は浅く、瞬きの感覚が狭まった。額の血も凝固が遅れ、未だ留まる気配をみせていない。

 ただでさえ管轄地において猟団と闘争を繰り広げていたのだ。ここへきて追撃を受けては、いくら特級と言えども衰弱は避けられないのだろう。死地を求めてここへ跳び来た訳では無いだろうが ―― 此方でもガムートと衝突をする羽目になった。

 

(これすらもあの3者の狙い……というのは、流石に怖い考えではある)

 

 それもまた、有意義な検討にするためにはポッケ村に戻ってからが望ましい。その頃には情報も集積されている筈なのだから。と、ダレンは思考を後置くことにする。

 ヒシュが『呪鉈』を青紫の毒を滴らせて振り上げ、ドドブランゴの握り拳に阻まれる。するりと反動身を翻しては左の黒鋼の『小剣』を腹に向けて突き出し、右の前腕で弾かれては牙による噛み付きを避けて跳躍。あくまで腕の届く範囲で戦うようだ。

 そして、ヒシュが役目役割を担ったからこそ出来ることがある。生み出された猶予を使って、ダレンは刀身に意識を注ぐ。

 少しばかり驚いたヒシュの表情が見える。今は仮面に覆われていないからこそ見える、表情だ。

 

「ん。……ダレン、任せる」

 

 3年前には無かった運び。『呪鉈』と『小剣』をずらりと擦り上げると、すぐさまマカ壺の中身を鉈へとぶちまけ、異臭を放つ毒に浸した。毒を帯びた『呪鉈』が悲鳴を叫び、一層不気味にぎらつき呻く。

 ヒシュはそのまま一層に目立つ立ち回りをして、雪獅子からダレンへと向けられていた敵意を根こそぎ奪い取って行く。

 

(止めを任された、か。……ああ。任されようとも)

 

 柄を把持する手を緩く解く。

 ダレンの感覚が『斬破刀』の先端までを覆った時。その時、最期の時を……ドドブランゴは視界を塞ぐ血の幕を払い鉄の味を噛みしめ、瞼を限界まで開いて迎え備える。

 

「ん、んん!」

 

 ヒシュとドドブランゴが前方でぶつかった。どすりと重い音。ヒシュが鉈を雪獅子の左手首、表皮を超えて動脈直上に食い込ませていた。

 動かすのが躊躇われる。残るは右手。あわよくば先手を。

 

「トドメ、やったれニャ、ダレン!!」

 

 残る右手は、内側に入り込んだカルカの楯に阻まれて。

 ダレンの肺が一層膨らみ、前傾 ―― 腕に体重をかけざるを得ない雪獅子の姿勢を利用する。紫電一閃、平突き、半片手。毛の波間を裂き、肋骨の間を滑るように入り穿つ。

 ずるりと解けるように肉が抉れ、ぎりと挽いて心臓横の動脈血が下る管を貫いた。流血が刀身を伝う。失血は著しく明らかで、内臓の幾つかが諸共不全に陥る。白の雪間はあっと言う間に血臭に満ちた。

 

「ヴ、ヴォ、ォ……」

 

「―― 助かった。これにて討伐、完了だ」

 

 雪獅子がもつれ、伏せる。ダレンが『斬破刀』の血を払って鞘に収め、ヒシュが鉈と小剣を十字に背負う。雪獅子の拍動が小さく、小さくなり……やがて流血は勢いを失った。

 生気が急速に薄れ、群れ無き雪山の主は、息絶えた。

 

「おーけー。……後片付けは、どうする?」

 

 ヒシュが武器の血脂を拭い、軽く手首を回しながらダレンに問いかける。

 後片付け。現在地は管轄地の外。つまりはドドブランゴの死骸をどうするか、という質問だろう。

 

「普段であれば、放置でも大きな問題は無いのだがな。これは報告しなければならないほうだ」

 

 今回の狩猟については事情が別で、ギルドにも通達された規模の大きな狩猟であるため、討伐成功となるには死骸かその一部が必要とされる。ドドブランゴであれば尾もしくは無くなることによって群れを放逐されるという牙でも狩猟の証と成るのだが。

 

「……とはいえこの位置ならば、処理に困るほどではない」

 

「りょーかい。じゃあ、方角だけ教えて。……オトモさん、名前は?」

 

「お、オレはカルカだニャ。あんたは?」

 

「ジブン、ヒシュ。ダレンの仲間で、おんなじ書士隊。部隊は持って無いけど。よろしくね。……カルカ、カルカ。うん。特徴的な響き。覚えた」

 

 挨拶を交わしながら用意周到、ヒシュは鞄から織目の粗い大きな布と金網、鋼線を取り出した。雪獅子の亡骸をそれらで幾重にも巻く。その間にダレンが板を2本挟んで簡易の雪車を作り、乗せ、全員で引いて運ぶ。眺めの良い崖の端。管轄地の山がある方角だ。

 

「ここなら突起物の少ないルートで滑落すんニャ。……大きな狩人の組合があるというのは、こういう時には便利だニャァ」

 

「ああ。極地だからこそ人の密度も高い。管轄地周辺の利便性は、ジャンボ村の時とは比べものにならないな。火の国などは、また別の意味で管轄地周辺にはあまり手が入らない部分もあるが」

 

 雪庇(せっぴ)ではない地面の端に立ち、ダレンは綱を切る。ドドブランゴの死骸が暗い夜の谷底へと消えてゆく。この谷底は回収班の順路になっており、いずれポッケ村へと運ばれることだろう。特級のドドブランゴであれば、どの部位であれ素材としては非常に優秀には違いない。

 

「んー……ジブンは、トドメの手伝いをしただけ。その手伝いになったなら、よかった。それより、他の部隊の手伝いに行こう」

 

 身なりを整え、辺りに散らしていた装備品を再び全身に装ってヒシュは言う。ダレンとカルカの最低限の身繕いを終えると、別れた地点へと戻り始めた。

 間もなく崖間を抜けた先。先ほどガムートとドドブランゴが衝突した地点で、彼らは待っていた。

 

「―― おう。そちらも無事だったな、ダレンとカルカ! それにヒシュだな。だっはは! とうとう合流したかぁ!」

 

「ん。久し振り」

 

 ウルブズがヒシュの肩を叩く。ヒントはダレンの傍に駆け寄ると、安堵の笑みを浮かべた。

 

「無事のようですね、ダレン隊長。何よりです」

 

「ああ。そちらもよくやってくれた、ヒント」

 

「これで一件落着……かニャ?」

 

 カルカが髭をぴくぴくさせて周囲を伺う。辺りに漂う獣の残り香と気配の残滓。ガムートの姿は無く、既に場を去っている。撃退に成功したのだろう。ヒントとウルブズ両名にも目立った傷は無い。ダレンとしてもこの2人であれば難しくはないと考えていたが。

 一件落着。ガムートは撃退され、一定期間は監視下におかれ、ドドブランゴは雌雄共に討伐。残された群れの殆ども、遠くない内に猟団によって維持討伐されるだろう。

 ただ、ひとつ明らかな違いがある。ウルブズらとは距離を置き。崖際に立って遠くを見つめる ―― 影が。

 

「……して。あの女性(・・・・)は?」

 

 そう。頭数が増えているのだ。

 ダレンからの率直な問いを受け、ウルブズがばつ悪そうに言う。

 

「ガムートの撃退の途中、いきなり多数のブランゴが襲ってきてな。さきのドドブランゴの群れが幾割か隣の山からあぶれて、(かしら)の後を追ってきたんだとは思うが……数が数でな。お前さんらの側に流れそうになった時、助力をしてくれたのよ。突然現れた援軍の、此奴(こやつ)がな?」

 

 ウルブズが親指で影を指す。夜空に浮かんだ影が振り向く。

 崖の縁、輪郭の上、山陰に青く浮いては月光を返し。雪中に在って尚白い ―― 白髪白地(まっさら)赤眼の女がひとり。

 

「―― 嗚呼(アア)嗚呼(アア)。書士隊のお出ましね。そして、被り者(・・・)。ワタシ、待ちわびていたわ。ねえ……?」

 

 真白い鎧竜の防具に身を包み、鎧竜の銃槍(ホワイトガンランス)を背に、薄い笑みを()ながら立っている。

 ダレンは応答に窮し、自らの横に立つ『被り者』こと元・仮面の狩人をみやる。視線を受けたヒシュは首を小さく左右に振り、溜息を思い切り吐き出すと。

 

「はぁ。ほんとに来たの。……シャロ。シャルル・メシエ。あっちの、傾国姫(・・・)

 

 珍しく呆れた、しかし再会の喜色を浮かべた表情でもって、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪獅子の番の討伐。巨獣の撃退。

 これら2つの大仕事を終え、書士隊員はポッケ村へと帰投した。猟団としては管轄地の側にまだ手を入れるようで、夜のフラヒヤ連峰には未だぽつぽつと橙の松明が灯っている。片づけは任せて問題ないようだった。

 帰り路には気球を呼んだ。早く帰村し《蠍の灯》の長とギルドマネージャーへ報告をしなければならない。今回の狩猟および管轄地外でのいざこざについて、仔細を書面で伝えるのは難しく、まずは口頭で報告をするのが手っ取り早い。疲労感に苛まれつつ村の門を潜り、一行はオニクルの待つ集会所を目指す。

 

「―― フフ、ウフフフ。良き日、今日は佳き良き日ね……。こんなにも美しい。こんなにも……!」

 

 その中に書士隊員に紛れたシャルル・メシエの姿もあった。いつもの無表情を崩し眉をひそめたヒシュの隣を、鼻歌で童謡を奏でながら弾むように歩いている。

 道中聞いたところによると、2人は旧知の仲であるらしい。ヒシュがこの大陸を……かつての筆頭書士官と旅した時。もしくはアヤ国で狩人としての修業に励んでいた時。シャルル・メシエは時折ふらっと姿を現しては、彼を冷かしていたそうなのだ。

 ヒシュは彼女の事を「姫様」と呼んだ。麓で無事に合流したクエスは、どうやらその呼び方を採用したらしい。

 

「お姫様とやら、ご機嫌ね? ……あたしはこんなに疲れてるって言うのに」

 

「ごねるなよ、クエス。君があの距離を往復して走ったおかげで、ジラバとフシフはブランゴの群れに襲われずに済んだのさ」

 

「だっはは! 確かに。クエスの尽力あってこそよ、なぁジラバ!」

 

「えぇ。感謝していますヨ、クエス女史」

 

「私もですニャン。ありがとだニャ、クエス」

 

「それなら……まぁ」

 

 クエスは不満そうに頬を膨らませながらも、どうやら不満は抑えられたようで唇を結ぶ。

 語気を緩めてゆく彼女に、その性質をよく知るヒントがたたみかける。

 

「僕は叔父貴の力を借りて、ガムートという強大な生物に挑むことが出来た。ダレン隊長とカルカも、ヒシュさんの助力を得て見事に特級のドドブランゴを討伐した。結果は万々歳。猟団にもポッケ村にも、大きな借りを作れたじゃあないか」

 

「それはー……そうだけど~」

 

 クエスがだるっと肩を落とす。それはそれとして、疲労は確かに重いのだ。

 討伐そのまま、管轄地の外からとんぼ返りである。現地派の書士隊員として体力に自信はあるが、身体を傾けるクエスやヒント。荷物の幾つかをポポに引かせているウルブズ。ダレンでさえ、疲労は隠せそうにない。

 しかしながら唯一、シャルルには疲れた様子が見当たらなかった。後から合流したというのも理由だろうが……ダレンは話題の見繕いも兼ねて、尋ねる。

 

「シャルル・メシエ。貴女はポッケ村からの要請を受けて援軍に来てくれたのか」

 

「シャルルで宜しくてよ、ダレン。……でも……そう。そうね。ワタシはこの村に間借りしている身だもの……。手伝える範囲では手伝わせて頂くわ。そのために、ハンターとしての位階も高めたのだから」

 

 シャルルはふいと立ち止まり、赤色の目を瞬かせる。その声音は詩を奏でるような、抑揚を効かせた口調。

 彼女はハンターズギルドにおいて5つ星(ランク5)。上位の中堅、もしくは最上位の狩猟にまで招集される側の立場である。だというのに、大陸の北部奥地にまで出向いているのだ。彼女らにもポッケ村に居る理由があるのだろう。実際、村からの要望にも可能な限り応じていると聞く。件の『馬鹿者』らと大きく違う点である。

 ただ、彼女は夜にしか狩猟に出掛けないとも聞いた。シャルルの容貌からして幾つか想像はつくが……と、ダレンは知己であるらしいヒシュに視線を向ける。

 解説を任されたのだと理解し頷いたヒシュが、引き継ぐ。

 

「シャロがまだ元気なのは、体力がスゴいとかじゃなくて。単純に、タブン、体内リズムが合ってる。光に弱くて、夜に活動してるから」

 

「ウフフ。そうね。ワタシは ―― こういう身体だもの」

 

 言って数歩前に踏み出すと、シャルルは優雅にくるりと回る。彼女自身が手を加えて設計したという岩竜の鎧の裾端が、その重量にも関わらず不思議にふわりと舞った。

 白い鎧。白い肌。白い髪。薄い赤色の眼。彼女が言う「この身体」というのは生来のもので、つまりは「色素に欠けている」のだろう。

 

嗚呼(アア)、心配は不要よ。日の光だけで負けるという事は、あまり無いわ。普通わね。閃光球も使い所を考えれば影響なし。でもここフラヒヤの雪による照り返しは、夏の日差しにも勝りうる。肌は下衣や装備で隠せても、目は覆えない。覆ってこの美しい景色を塞ぐだなんて……嗚呼……考えるだけでも恐ろしい……!」

 

「……まーた唸り始めたわね、このお姫様……。情緒、大丈夫なのかしら」

 

「君の感性は特殊だけど、今この時に限って言えば僕も同感だよ。クエス」

 

 身を捩りながら長々と独り言を語り始めたシャルルの様子を見て、一同は納得する。こういう人と形なのだな、と。出会って早々に全員が理解したのは行幸と言えよう。……そう考えなければやっていられないな、と内心まとまったのである。

 ヒシュとシャルルが言葉で小突き合ったりしている内に、集会所の入り口を潜る。風除室で道具類を外し……防具と武器だけは身につけたハンターとしての姿のまま、酒場部分へと立ち入った。

 

「お帰りなさい。団長は奥の部屋でお待ちですよ」

 

 受付嬢のシャーリーへ挨拶をしておいて、そのまま奥へ。木製の分厚い扉を潜ると猟団長オニクルの部屋がある。

 取っ手を鳴らし、応答を得てから扉を開く。

 

「―― ()ったな、ダレン」

 

 燃える暖炉を背後に、オニクルが出迎える。入ってすぐに置かれている円形の巨大な机の上いっぱいには、フラヒヤ一帯が描かれた地図が広げられており、そこかしこに赤文字で注釈が書き加えられていた。この地図はギルドが長年集め続けた情報の内、植生に重点を置いたものだ。生物達の動きに注目していたのだろう。

 

「王立古生物書士隊一同、ただいま戻りました。……こちらは青の部族に間借りしているヒシュ・アーサー。そして逗留中のシャルル・メシエ。道中で合流し助力を得ましたので、情報の統合をと思います」

 

「ああ。ヒシュてぇ名前だば、知ってんな。『狩りに生きる』で見だ。メシエのはご苦労。迅速に要請さ応じてけだ(くれた)はんで、助かったじゃ」

 

「エエ。代わりに、リストにある整備品の取り寄せ検討をお願いするわよ?」

 

「お()の欲しがるものだっきゃ、高えもんばっかだはんでな……」

 

 オニクルが頬を掻き毟る。どうやら検討はするようだ。

 腰かけろと促したオニクルに従い、書士隊およびヒシュ、シャルルが円卓に着く。夜も明けない内の訪問だが、ハンターにとって珍しい事でもない。方針はまとまったとは言え猟団も未だ動いている。まとめ役が忙しいのは、むしろここからなのだ。

 受付嬢が全員に暖めた麦茶を。オニクルにだけ梅酒を配り終えた所でダレンが報告を始め、簡潔に終える。

 

「―― 逃げてきたドドブランゴは討伐。じきに回収されるでしょう。ガムートは撃退。観測隊に継続的な観察を依頼しました。以上です」

 

んだが(そうか)。おおよそは問題()べな。(わぁ)さ届いてる情報だば、《蠍の灯》の方の被害は ――」

 

 オニクルから猟団側の情報が追加される。

 討伐戦に参加した20名の内、死者はなし。怪我については重傷者はいないが、安静が必要な者のリストに副長のグエンが含まれている。管轄地からドドブランゴを獲り逃した追走戦の初っ端に、想定外の新たな爆発物(・・・)の炸裂に巻き込まれたのだそうだ。

 

「でも、死んでねばだっきゃ(なければ)良いべ。雪獅子を逃がした時だば肝冷やしたけんど、お前らのおかげで依頼(クエスト)としちゃ達成(クリアー)て結果に出来そだ。報償も用意しとく。そっちの要請さ応じよと思ってらはんで、欲し物とば考えといてけな」

 

「有り難うございます。こちらからの要請は隊内でまとめておこうと思います。して、爆発物についてですが……それについても報告があります」

 

「ああ。奴ら(あらんど)ば見かけたってな報告だば届いてたな」

 

 オニクルが太い指を動かし、別の地図を捲る。

 まっさらな複写の地図。等高線と順路だけが書かれたシンプルな、これから書き込む用途の物。

 

「はい。私達は管轄地外の……この地点で、奥側から駆けてくる黒防具の3人と遭遇しています。『馬鹿者』ら……と、呼ばれていると聞きましたが」

 

「んだな。ただ、ちょっと待てな。新し情報だばこれから来る事さなってんだ。そろそろ戻ってくるど思うんだばって……」

 

 オニクルが視線を上げると丁度、部屋の外に気配が現れた。控えめなノックの音の後で扉が開く。

 大きく膨らむシルエットが特徴の黄色の外套を羽織った女性が、ゆっくりと上座へ歩いて寄る。彼女を隣に立たせ、オニクルが立ち上がる。

 

「紹介しとくが。こいつぁ、観測隊のカルレイネ。観測気球の内、ポッケで管理してんのさ乗ってんのは此奴だ」

 

「お初にお目にかかります、書士隊の皆様。先ほどのガムート撃退戦は、お見事でした」

 

 カルレイネと呼ばれた女性が鈍い金色の毛髪を垂らし、頭頂部が見えるほどに深く腰を折る。ダレンが礼を返し隊員も倣う。シャルルだけがすまし顔で、我関せずとばかりに茶の入った陶器を傾けた。

 再び顔を上げ、カルレイネは続ける。

 

「早速ですが報告を。……ガムートに関してはご心配なきよう。かの山神は北部奥側へ向かい、周囲に村の無い場所にまで移動なされた。現在も居場所は監視を続けておりますが、荒ぶる様子もありません。暫くして警戒は解けることでしょう」

 

「だ、そうだ。少しは安心したべか?」

 

「ええ。これ以上無く」

 

 結果としては上々だ。破顔するオニクルに、ダレンも心からの安堵の笑みを返すことが出来た。

 クエスとヒント、カルカも安心したとばかりに様相を崩す……が、ダレンはそうもいかない。

 

「して。爆発の原因物については、捜索はなされたのでしょうか」

 

 ダレンの言葉に、ウルブズがふうむと息をこぼす。そう。『馬鹿者』らと関連づけるにしても、何かしらの情報が欲しい。本当に彼らが用意した炸薬による物なのか、それすらも判断がついていないのだ。懸念もある。あのガムートとドドブランゴの衝突に感じた作為……の様なものの出所が、どうにも頭の片隅に引っかかり、こびりついては離れない。

 オニクルが応じる。カルレイネにも視線を合わせ。

 

「現場の猟団はまだ戻ってねはんで、情報自体は古いばって……爆発が起きたと予測できる地点は、ダレンらが見た『馬鹿者』らの移動ルートを遡った延長上にある。それだば確かだ」

 

「地点を割り出したのは私です。耳が良いので」

 

 カルレイネは髪をかき上げ、自らの大きな耳たぶを指して言った。琥珀色の玉をあしらった耳飾りが揺れる。

 

「ですがそれとは別に、もっと単純に……爆発という複雑な現象を『人』以外が扱えるのか、というそもそもの疑問はあります。疑うとすれば亜人、特に獣人族は槍玉に挙げられるでしょうが……彼ら彼女らはアイルーメラルー問わず、フラヒヤ周辺では特に統制が取れています。戸籍も持っていますからね」

 

「んだ。その辺りは『オトモアイルー』の普及さ走ってる、ネコートのおかげだべな」

 

 ダレンの斜め向かいで、ヒシュがむふんと自慢げに胸を張る。オニクルがその様子に再び笑みをこぼし。

 

「だはんで、爆発地点周辺に誰も居なかったってのは……そう見ておいた方が可能性が高けと思うのよ」

 

「獣人族がいたずらに火気に手を出したというよりも、人が爆発物を持ち出したと。確率が高そうなのはそちらだと、そう仰るのですね」

 

「ダレンの言うとおり。確かでねけどな。それに、妙な話も入ってきてる。副長のグエンが巻き込まれた爆発ん時、傍にぁ雪獅子に使うつもりで用意ばした樽爆弾があったんだけども、誰も火口は持って無かったってぇ報告だ」

 

 それは、と。確かに引っかかるものを感じる話だ。

 大樽爆弾の起爆には幾つかの方法が用いられる。導火線もしくは衝撃のどちらかによって炸裂するよう、ハンターの側が調節するのである。同時に、猟場に持ち込むまでは起爆そのものがしないよう設定するのが常だ。ただでさえ雪山での火気であり、その扱いに慣れている猟団側が管理を怠ったとは考え難い。人間だからこそ間違い(エラー)は起こるもの、と捉えることも出来るが……。

 

「そっちは少しばかり続けて調べさせとくべ。何か進捗あったら、ダレンさ直接伝えるはんでな」

 

「判りました。宜しくお願いします」

 

 ダレンが頭を下げ、オニクルと握手を交わす。これにて報告は終了した。

 終了した、の、だが。

 

「ん。それじゃあ、ジブンからもひとつ。……いい?」

 

 ヒシュが続けて片手を挙げた。

 これまで茶にばかり意識を向けていたシャルルがあら、と疑問を向ける。

 

「あら珍しいこと。『被り者』が、こういった場で意見を挟むだなんて」

 

「ジブンは、書士隊の仕事で来たわけじゃあ無い。ダレン達を助けられた……のは、良かったけど。それに今のジブンは、ちゃんと話すよ。シャロは知らないだろう、けど」

 

「フゥン?」

 

「興味ないでしょ。……はぁ。話を戻す」

 

「んまぁ、言いたいごっとは(わが)った。それは、青の奴らからの話だべか」

 

 改めて話を、と姿勢を正したヒシュの様子にオニクルが応じる。

 今のヒシュの立場は、ポッケ村の隣村「青の部族の移動集落」の雇われハンターである。書士隊の二等書士官の立場もあるにはあるが、彼自身は部隊を持っていない。役職を維持するだけの研究成果はあり、実はフラヒヤ周辺の植生に関する調査が主たるもので……「月刊・狩りに生きる」において優れた調査功績(ポイント)を挙げていたのは、そういった理由も有るのだが。

 隣に控えていたカルレイネが一歩後ろへ。オニクルが机へと身を乗り出し、現在青の部族が集落を広げている位置を指して。

 

「となると、そこっから移動するってぇ話になるべか。確かにそろそろ寒冷期。移動の時期ではあるけんども」

 

「そう。移動する……んだけど、今回は少し猟団にも、村長(おばば)にも話をしなきゃいけなくって。それで、近場に行くジブンが伝書鳥の代わりに話をしに来た」

 

「……とりあえず、オババは呼んでこさせっか。カルレイネ、頼む」

 

「判りました」

 

 後ろ手に扉を閉め、カルレイネが外へ。

 その背を見送り、オニクルが息を吐いて難渋を示した。太い指先で髭をなぞり。

 

「あー……青のの筆頭、今代の星聞きの巫女は、気難しって聞いてら。でもな。村さ利益が無ぇば、受けらんねもんは受けらんねぞ」

 

「ウン。だから、向こうに()を用意して貰った」

 

 ヒシュが頷く。暫くして村長が連れられてきた。

 頭からすっぽりと外套に包まれた小さな身体が、オニクルの隣に腰掛ける。

 

「さて、呼ばれて来たぁよ。どうしたんだい、仮面の?」

 

「率直に伝える。青の部族が、今年の寒冷期の間()ポッケ村に間借りしたいって言ってる」

 

 言葉通りの直球で、ヒシュが話す。この言葉にオニクルが腕を組んで鼻を鳴らし、村長はあらまぁと彼女にしては驚いた様子の声をあげた。

 フラヒヤの寒冷期は厳しい。誇張では無く肌が凍る程の過ぎた寒さ。危険度が高いが故に、ドンドルマなどからのハンター遠征が制限されるほどだ。青の部族は移動式の集落であるために、寒冷期はポッケ村と身を寄せ合ってやり過ごすというのも珍しくはない。案として理屈は通り、理解も出来る。

 問題は青の部族がここ数年、寒冷期にフラヒヤ周辺へ「戻ってくる」という点にこそある。彼らは大陸の各地を移動し、歌や劇などの興行を行って回る部族である。移動そのものは不思議な事でもない。が、ひとつ所に留まるのはこれまでに無かった出来事だ。

 村民同士が隣り合えば、擦れ合う。軋轢や不和が生じるのは当然と言えよう。ポッケ村の人々にとっては娯楽を提供してくれる部族の巡業、くらいの感覚なのかも知れないが……理由を「星聞きの巫女の託宣だ」で押し通されて既に4年。村長としてはこうもポッケ村周辺に留まっている理由を聞きたい所だろう。

 何故、青の部族は寒冷期にポッケ村周辺へ戻り来るのか。そして何故、今回はヒシュが代理として訪れているのか。

 

「だから、ジブンが来る意味なんだけど。敷地内に留まる代わりに、対価を差し出すから、何が欲しいか聞いてこいって。……今年もポッケ村での無料巡業で押し通すつもりだったみたいだからね、向こうは」

 

「お()が仲を取り持った言うわけだな?」

 

「形だけで言えばね。今年は、巫女が代替わりを終えた。今は向こうに巫女付きの……黄色の部族の雇われ猟兵として、シャシャっていう人が居る。から、意見を通すのは難しくなかった」

 

 オニクルがほう、と感心した声を漏らす。青の部族は開放的だとはいえ、同じ「色彩の部族」の客分の滞在を受け入れるのは珍しいことだ。他の部族が排他的なだけで、元来の気性はそんなものなのかも知れないが。

 尚、「黄色」は村長の後ろに控えたカルレイネも属する「観測」に長けた一族だ。世界各地に最も広がっており、ハンターズギルドとの関係も深い。王立古生物書士隊や王立学術院の創設にも関わっていると、噂の範疇を出ない話を聞いた覚えがある。

 

「……正直に言えば、青さんらの滞在はポッケにとっちゃ余計な荷物背負うのと一緒だけんども」

 

「おばばの考えだば、(わぁ)もおんなじだ。だから(だはんで)ヒシュ、そっちの言う利ってのを早く出してければ助かんな?」

 

 村の重役2人が揃ってヒシュを促す。ダレンもヒシュの表情を伺った。かつての彼が苦手としていた類いのやり取りだ。必要であれば助言を、と。

 しかしヒシュは真っ直ぐに前を向いて、うんと頷く。迷いはない。どうやら杞憂であったらしい。彼もまた3年という時を経て、様々な経験を積んだのだろう。

 

「畑仕事や猟に人を出させるのはモチロン ―― もひとつ。星聞きの巫女が、村からの要請にも応じて託宣をくれる。回数無制限。ただし、巫女の機嫌次第みたいだけれどね」

 

 このヒシュの一声。切り札(ジョーカー)にも等しい見返りによって、話はすんなりとまとまった。

 翌日から青の部族はポッケ村の近隣に移動を始め、しばらくすると郊外……畑やオトモアイルーの訓練派遣所などが建設中の、斜面から一段下った、安全性としては劣る区画ではあるが……移動式の住居が建ち並ぶ運びとなったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俯瞰する。今日は気球では無く、地上から。

 彼ら彼女らが見積もった初陣を終え、村は祝勝ムードに包まれている。

 特級と呼ばれる雪獅子の狩猟を成し遂げ、山神と謳われる生物を追い返し、人々はここでの生活を勝ち取った。守り抜いたのだ。

 

 今はまだ、山の向こうに居る。

 祭器と呼ぶそれを求めて、黒の鎧に身を包んだ一行は只管に雪中を行く。その最中に在る。

 唇を噛み潰し。凍った肌をぶち。凍傷になりかけた指先をもんで血液を循環させ。

 それでも一行は求め彷徨う。各々が目的のために。

 

「―― うまくやる。大丈夫」

 

 影は窓の外から山向こうの空を一瞥し、踵を返す。

 寒冷期を目前に控えたポッケ村に続々と集う人々。

 その波濤に紛れて、消えた。

 

 

 




・色彩の部族
 古の文様の掘られた外套をまとった彼ら彼女ら。
 赤と黄色(および黒と白)はクエストの依頼者として登場することはありますが、それ以外の色の者はオリジナル。多分。メイビー。
 役目役割がそれぞれあったり、色によって部族があるというのもオリジナル。つまりはあてにしないで欲しい設定。
 幕間その三にちょっと詳しく書いていたり。ヒシュ視点な立場での解説であることによって、まぁ関係性は予測できるやも。


・シャルル・メシエ
 前々から名前だけは連呼していた人。ヒロインは何人居てもいいという暴論の下に設定が成された。
 ヒシュの昔話に登場する「姫」は彼女のこと。話だけなら2話から出ていると言う……。
 ガンランサー。放浪はしない。穴あきで妥協もしない(適当。


・紫電一閃 平突き 半片手
 野太刀超えた大きさのモンハン世界の太刀でこれをやらせる狂気。
 でもほら。ゲーム内ではやれてるので……。


・ドドブランゴの死骸を谷底へ落として回収班に拾わせる
 腐敗が遅いので出来ること。ポッケ村は人数も多く、猟団という組織もかなり幅をきかせているからこそシステム化してあるという。


・不穏
 それはまぁ、不穏ですとも……?






 あと、2章のサブタイトルを改訂します。
 雪山初戦をタイトルで判るように括ったりしよかなと。

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