モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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第六話 雪獅子の群山 - 黒の帳

 

 

「―― あなたが! 何故ッ!? その剣を……われの求めた剣を扱っているッッッ!!」

 

 フラヒヤの往路の際に立ち、女はダレンに牙を剥いた。

 此方を睨み付ける瞳の内には、激しい炎が燃えている。それは黒く濁り固まった……人の合間に巣喰う(うみ)。幾度も見た、憎悪の熱によって燻る炎である。

 人は菌に負けないようにと膿を排出する。確かに必要なのだ。ただ、蓄積されると身体は熱を産む。毒素に敗北しないように。

 ダレンの横から、腰に手を当て動じず。ヒントが呼びかける。

 

「突然ですね。……隊長の『斬破刀』が何か? 」

 

「惚けるな! 刀それ自体ではない。貴様の用いた体術だ! それは! それはっ……!!」

 

 詰め寄った女が言い淀み、身を引く。顔を歪め、唇を噛み、その端に一筋の血を流した。

 目前で肩を小さく揺らす彼女。艶めかしく黒く、身体の線が出る防具に身を包んだ人物だ。顔も兜に覆われ、後ろから一房、括られた黒髪が垂らされている。

 激昂と呼ぶに相応しい怒りの気を肌に受け止めながら、ダレンは想う。

 

(これは……懐かしさ、か?)

 

 見覚えがあるのかも知れない。ただ今は記憶すらも黒く塗り潰され、探すな……と叫ばれている様な感覚も覚える。

 一度目を閉じ、ハンターヘルムの庇を上げて、鋭い雪風に頬を晒す。

 

「君はそう言うが、体術には善し悪しも無ければ貴賤も無い。私が修めたこれは、ドンドルマで研鑽したものだ。良ければ道場を紹介するが ――」

 

「っ、貴様は……! われが一体、どれだけの……」

 

「―― これはダレンが自身で鍛え上げたものだニャ。お前がいきなり怒声を浴びせて許されるものでは、ないニャよ」

 

 カルカだ。女の気配が俄に害意へ傾いたのを読み取って、彼はダレンの足元から鋭い声を差し込んでいた。

 大楯を傾ける。括られた鈴がちりんと揺れる。

 

「その怒りの大元については聞いておきたいにしても、ニャ。……よしんばダレンに教えを請うなり話を聞くつもりだったとしても、その態度はありえんニャ?」

 

「そーよ。まがりなりにもあたし達、書士隊の隊長に対して。そもそもあなた達は何者ですか? 今まさに窮地を救ったお礼は? 無礼千万です!」

 

 クエスも割って入ると、いよいよ女はたじろいだ。あまり良くない流れだ。ダレンは無用な衝突を避けるため、手を翳して間に入る。

 

「すまなかった。貴女を貶めるつもりはない。ただ、ここは猟場だ。いずれにせよ会話をするならば、私達が設営している拠点(ベースキャンプ)にまで案内するが……」

 

「―― 無用だ」

 

「―― お前も下がれ」

 

 考えは向こうも同様であったらしい。黒色の男2人が前へ出ると、此方に掌を向けた。

 ダレンらの纏った外套。その肩に飾られた、書士隊の紋章を指し。

 

「こちらに、書士隊諸君と争うつもりは無い」

 

「そういうことだ。……ちっ。手間をかけさせるな。時間が惜しい」

 

「……すまなかった」

 

 得物はそれぞれ剣と小楯、長槍。舌打ちした方の男の言葉に、女が応じる。頭を小さく下げた拍子に、背負った太刀がちらりと覗いた。

 各々が掲げる得物。そのいずれもが ―― 黒い。

 ウルブズが腕組みをしたまま尋ねる。

 

「ふたつ聞きたい。キミ達が噂の『馬鹿者』らだな?」

 

 振り向き、立ち去ろうとした3者の足は、武器を背にした大男からの問いかけに、止める事を余儀なくされていた。女がダレンに突っかからなければ、走竜との闘争に紛れてでもこの場を離れていたに違いない。

 

「蔑称よな、其れは」

 

 3人の内、剣と楯を構えた男が応じる。

 男は鎧の上からさらに襤褸切れの外套を羽織り、兜の上からフードまで被っている。ドンドルマの守護兵(ガーディアン)によく似た取り合わせながら、風貌は不気味という言葉に尽きる。

 慇懃に指をならし、男は続ける。

 

「だが間違いではあるまいよ。フラヒヤの民草、赤けた火どもは我等をそう呼ぶ。私達はそれぞれが別を求め、しかして道を同じくする者。所謂、愚者だ。おお、自らそう名乗ろう。……其方が走竜を討伐してくれた件には、感謝を述べる。有り難い」

 

 自らを皮肉り、男は嗤った。威圧的な鎧に身を包みながら、道化として振る舞う姿は、確かに常人の反応とは言い難い。

 ダレンの視線を受けて、ウルブズは髭をさすり。

 

「……ふむぅ。まぁ我ら書士隊には、其方を捕縛する権利が無い。猟団に恩のある者として、あちらに報告だけはさせてもらうがな」

 

「山犬め。義理堅い男よ」

 

「だっはっは! そうでなくては、書士隊で学者などやってはいられんのよ」

 

 大仰に笑い、落差をつけて ―― 睨む。

 山犬の牙を覗かせ、ウルブズが威圧を持って3名を縫い止める。

 

「して、もうひとつ」

 

 彼らが走竜との闘争を避けていたのは確かだろう。だが仮に正面切って戦ったとて、勝算は十分。ポッケ村に居る内に書類上で確認した限り、彼らは全員が上位のハンターなのだから。

 だとすれば、争わないという選択を強いられた理由とは ―― 順を追って考えれば、明白。

 

「なあ、馬鹿者どもよ。お前らはいったい、何から(・・・)逃げていた(・・・・・)?」

 

「決まっておろう」

 

 獣の様相のウルブズに相対し、それでも男はくつくつと黒面を揺らす。

 ダレンはその後ろ。ウルブズが作り出した時間を無駄にせず、思考を追う。

 

(先ずドドブランゴでは、ない)

 

 雪獅子の眷属は全て、管轄地にて猟団《蠍の灯》と相対している。

 別のドスギアノスでは、ない。頭を1匹割いたのだ。群れこそが走竜にとっての最大の牙。近場に別の頭も居たのでは、隊を割いた意味が無い。

 ドスファンゴでは、ない。ドスギアノスと同じく、彼ら上位ハンターが狩猟できない相手ではないからだ。少なくとも逃げの一手を迷い無く切る相手では、ないだろう。

 ウルクススでは、ない。脅威度は同様。フルフルでも無い。稀白竜が、走竜達とぶつかってまで、開けたこの場所へ出てくる可能性は低い。

 

「間違いなく大型。脅威度は走竜以上。ティガレックス……は、咆吼を耳にしていない。普段は穏やかな、しかし逃げる必要のある生物」

 

「ほう? 流石は気鋭の隊長というべきか。早いな。……ははは! だが!!」

 

 男の笑いに誘われ、周囲に気配が露出し満ちる。遠く曇天の下、管轄地にて雪獅子の咆吼が連なり、一層気配は密度を増して。

 ウルブズが構える。ヒントが身体を開き、クエスが楯を構え、カルカが大楯を持ち上げる。

 ダレンが、来たる気配に身を引いた。

 

「誰から逃げていた? 当然其れは、絶対ではなくとも『強者』から、だ」

 

 疑問を挟む猶予は無い。男は両腕を開いて、大げさな態度で空を仰ぐ。

 

「そうれ……山成る、山鳴る神のお出ましだ!!」

 

 男が一足に退く。

 彼我の距離が、開く。

 

 側面。

 聳える氷壁の各所がヒビ入り、衝撃が奔った。

 

 揺れる。腹に響く重低音を伴って壁が割れる。隔たっていた氷雪の塊が、砕き雪崩れて轟いて。一隊が立つ通路を滑り、谷間に流れ落ちて行く。

 雪煙。視界が悪い。衝撃から逃れながらでは、全容を把握できない。ダレンは負傷を覚悟で足を止め、危険と安全の境目にて、その生物を見上げた。

 

 差し込まれたのは、問答無用に威圧感を振りまく鋭く長大な牙。

 見上げて見上げても空を塞ぐ、壁と見紛う巨躯。白き鎧の合間に見ゆる、分厚い体毛。

 それはポッケにおいて継がれた語りのひとつ。恐れ多くも雪山の深奥に座したる神秘。

 

「……巨獣、ガムート!!」

 

 隊員に自らの無事を知らせる意味を含めて、ダレンが叫ぶ。

 ガムートは周囲を見回している。すぐさま敵対行動を、という訳ではないようだ。

 だが、退路も無ければ進路も無い。退路は今、ガムートの持つ巨体によって塞がれているのだ。狭く、足元さえも不確か。砕けた氷塊と落ちた雪が地面を覆い流し、崖と地面の際、そして雪の庇の境界までもが不明瞭になった。不利に次ぐ不利。

 続けて確認する。ガムートの向こう。未だ雪煙に包まれた往路には……3人の影も無い。彼らをみすみす逃すつもりは、無かったのだが。

 

(このガムートに……追われていた? そして男の挙動は、まさか……割り込むタイミングを調節していた、のか……?)

 

 丁度が良すぎる。かの男がガムートをけしかけた。そう思えても無理の無いタイミングで、巨獣はこの場に現れている。

 獣を操る。それは。

 

「―― 争いは避けられんか、やはり」

 

 剣斧の柄に指を絡ませたウルブズが背後に立った。彼は額に皺を寄せ、牙獣の向こうに消えた姿を追っては目を細め。

 

「馬鹿者どもは……既に姿をくらましたか。これは仕切り直しだなぁ、ダレンよ」

 

「ええ。本来であれば猟団の人員を伴えれば良かったのですが。捕縛できなかったからには本格的に、トキシ殿に警邏を頼まなければならないでしょう」

 

「先よりも今です、隊長。目前の問題を片付けなければならないのでは?」

 

 ヒントの言葉にダレンも頷く。目前に現れた巨大な獣は、敵意こそ薄いが確かにそれを持っている。学術院に集められた情報を読み解けば、ガムートは種族的には好戦的とは言い難いとされている。書士隊の雪山での活動が少ないが故に資料こそ乏しいものの、積極的に侵入者を排除するような気性ではない……とされている。これはポッケ村の人々や専属のハンター達の証言からも元付けのある情報だ。

 ただ、勿論、今のフラヒヤ雪山は通常の環境では無い。

 前代未聞のドドブランゴの台頭。猟団の活動の活発化。そして。

 

(加えて、止めに。あの3人が何かしらを企てていると考えるのが自然なのだろうな)

 

 彼らの後を追ってガムートが現れたのは、偶然では無いのだろう。ダレンら書士隊をかち合わせたのも、ともすれば企てと考えるべきである。 

 管轄地の外だとはいえ、逃げるのも手段ではある。しかし獣の側に害意があればこそ、偶発的な事象……例えば他の生物の乱入などだ……によって危険度は跳ね上がる。管轄地の側に影響を及ぼさない程度に、弱らせるべきであろう。

 ダレンは背の『斬破刀』に手をかけた。ガムートが遙か上、空を塞いで此方を見下ろす。隣でカルカが大楯を構え、隊員がそれぞれ抜斧する。

 

「この個体を観測下に置くのが望ましい。総員、狩猟の体勢を。……ガムートを迎撃する!」

 

 号令に、了解の声が重なる。

 それら一切をかき消して、巨獣が吼え猛る。

 

 深きフラヒヤ、長き狩猟の幕が ―― 基点(ここ)をもって開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俯瞰する。

 龍の文様に球皮を彩られ、気球は雪荒ぶ空の只中に在る。

 山上から見下ろす管轄地……フラヒヤフィールドは、()火に燃えている。

 

「―― 衝突」

 

 雪獅子の夫婦が、猟団《蠍の灯》に牙を向けた。

 猟団の側では、遂に副団長2人が剣を取ったようだ。4人1組の部隊が縦横無尽に駆け巡り、牙獣の群れを端から削り倒してゆく。

 

 簡単だ。今は獣よりも人の方が数は多く、管轄地に押し込められた時点で結末は見えている。

 それでも抗う。抗うのだ。2頭のドドブランゴが樹上を駆け、崖の上から見下ろす。副団長の2人……ニジェとグエンが率いる部隊の視線を引き受け、地中から一斉に現れたブランゴで分断する。

 管轄地は人に味方する。いや。人が知識を持って味方に付けた、というのが正解か。運を天の裁量とするのは自由だが。それは管轄地という場所を監督し、精査し、手を入れた努力と経緯を差し引いた評価でしか無いのだから。

 副長は動じない。ニジェ、グエンがそれぞれ部隊を割って指揮を続ける。ドドブランゴの番は別れない。ニジェの側へと襲いかかる。

 ニジェは軽弩を撃ち放ちながら移動する。隊員が楯でブランゴを掻き分けて射線を通し、誘導する。森の側から、崖の側へと。

 ドドブランゴは人の力を理解している。あれは強く、堅く、賢い生き物だ。自らの番と疎通する。交互に前後を入れ替え、群れへの指示と肉弾戦とをない交ぜる。

 彼ら「人」の武器は身体の硬さと爪の鋭さ、そして凍土への適応力にある。飲んで食べてという「生命の維持」と、心の臓を動かして寝てという「体力の保持」とを分けて考えた場合に。彼らは食料の調達などによる「維持」には長けるだろうが、冷気の強い雪山では「体力を保持」するのには苦労する。明らかに有利な点だ……と。ドドブランゴは自らの力も理解している。

 グエンはニジェに戦線を任せたようだ。これは決戦である。用意をしていないはずはない。周到に。引き金を引く指となるべく。彼はブランゴの頭数を間引きながら、隊を率いて管轄地の奥へと走った。

 

 彼らの戦いは、力強い金管の音色だ。高く鋭く重く、主として猟場と今を支配する。盛り立てる人の波はいずれ腹にまで響き、強い印象と傷跡を残す。

 戦いは未だ続く。夜は明けない。

 双眼鏡を、外へと向ける。

 

「―― 交錯」

 

 巨獣が書士隊に向けて雄叫びをあげた。

 観測下に在りながら、在る事を知って尚、彼が率いる書士隊は巨獣の迎撃を引き受けていた。

 理由は幾つかある。ガムートがいつになく好戦的であること。今は猟団が決戦に注力しており、彼らの持つ狩猟権限では……猟場の外に居たガムートを狩猟しきるには後の問題が生じるであろう事。これは決して、彼らの力量では討伐なし得ないという訳では無いが。

 

 ガムートが雪煙を巻き起こす。中距離を保ち、鼻と牙をいなしながらダレン・ディーノは太刀を振るう。視界外からの雪片をアイルー……いや。メラルーが大楯で弾き、周囲を警戒。

 変形する斧をそれぞれ持った3人が駆けた。

 若い男と若い女は、息を合わせて。壮年の男は牙を剥き出しに、戦場を噛み砕くように剣斧を振るう。轟竜の牙すら跳ね返す剛毛の外套も、鈍器獣(・・・)にとっては叩き甲斐のある……程度のもの、なのかも知れない。

 

 書士隊の目標は、遠くから見ていてもはっきりと判る。押し並べて、角をたてない事。この大陸におけるハンターの理念に反さず、沿うものだ。猟団にとっても書士隊にとっても傷は犯さず。獣らの気を乱さず ―― 波は合わせ、爪を揃え、整える。

 そしていざとなれば、必要となれば剣を向け討伐へ踏み切るだけの柔軟さをも……少なくとも、この隊長は持ち合わせているのだ。

 

 彼らの闘争は、繊細な鍵盤の音色だ。縦横無尽に猟場を駆け巡り、主にも背景にもなり得る柔軟さをものにしている。それでいて狩猟の実権(コード)を握るだけの影響力をも秘めている。

 闘争は未だ続く。夜は明けない。

 双眼鏡から一度、顔を離した。

 

「油断は、ならず」

 

 人は枝を伸ばし過ぎた。枝分かれが、過ぎたのだ。

 その調和を毛嫌いする輩がいて。それを良しとする輩がいて。

 それを、利用せんとする輩がここに居る。

 

「私は、賛同しかねる。ただ、私は、救いを感じる」

 

 告解だ。目の周りには隈の様に、押し付けられた赤み。

 呟いて、また。黄色の外套の上に投げ出された双眼鏡に手を伸ばす。

 

 今日もまた、フラヒヤを観測する。

 明日もまた、フラヒヤを観測しているだろう。

 

 





 展開はちょっと実験的。
 私の説明文を減らすための試みでもありますが……どんなもんでしょ。
 これを入れない場合、恐らくこれからの話が恐ろしい量になる(戦慄。

 本当はこのくらいの文量で書きたいな、くらいの量になんとか収まった。



・ガムート
 モンスターハンタークロス、およびダブルクロスより。
 作中の時系列(もどき)は結構前の設定にしていますが、この時点でもフラヒヤにはいないと、色々と残念なことになる生物。この辺りはゲームを原作とする二次創作者の好き嫌いが出る所ですね。私は好き。
 残念。アイスボーンは格好の出番ではありました。でも採用されないのも理解できる(ぉぃ。


・鈍器獣
 称号みたいなもの。MHFより。


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