モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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幕間その二 回顧:ドンドルマにて

 

 

 (しわが)れた額を寄せ瞼を開き、目を凝らして見渡せど、藍色の波と灰色の雲が視界の果てまでを埋め尽くしている。

 渦を巻く空からは雨粒が打ち付け。際を荒れ狂う波の上では、嵐と風とが鬩ぎ合う。雲は捻れ、飛沫が飛び狂い白く泡だっては、縁にぶつかり花と散る。

 

 個人で扱うにはだだ広い。物騒な迎撃兵器を山と積み込んだ、しかし、船の上に独り。唯一の乗組員であるその小柄な老翁は、背に抱えた大太刀をするりと鞘から抜き出し、天を見上げた。

 

 見上げた天から、此方を見下ろすように、蜷局を巻いた龍が降りてくる。見下ろすという語句を体現するように、天壌から、龍は人を睨み付けている。海面ではなく船の広間の上に到達すると周囲に風を遊ばせ、ゆったりと身体を浮かばせる。

 その視線に応じる様に、老人は太刀の切っ先を掲げた。頭の横の高さで垂直に立て、刃と的とを一筋の線で結ぶ。

 人智を超えて空を行く龍の神々しさにも、嵐を起こす天の怒りに等しき所業にも一切臆す事無く。先手を繰り出したのは、老翁であった。

 

 龍の懐に飛び込み、一息、一太刀、瞬きにも満たない刹那、その太刀の切っ先で刺し、斬り、引き裂き、貫いた。

 

 雲間に見ゆる陽光の瞬きの様な初手。宙を揺らめいていた龍の皮膜は、襤褸切れの様に寸断される。絶技と呼ぶに相応しい一太刀に僅か目を見開いた龍を、上の立場から見下ろしていたために先手を譲った龍の慢心を……老翁は切り捨てて見せたのだ。

 

 老翁は小柄な身ながら、人としての限界を確かめるように、見極めるように……試すように太刀を振るう。霞の如くつかみ所の無い足運びも、自らの腕すらも切り裂かんと畳まれた巻き打ちも、息をするように振るわれる神速の太刀も。それら全てが老翁を、『剣聖』と呼ばれるハンターを体現する牙であった。

 意気をくみ取った龍も慢心は彼方、自らの全てでもって老翁を迎え撃つ。風と嵐と、それだけでは老翁を討つに至らず。嵐龍の最大の武器は水撃と自身の身体である。その武器を近場で、惜しみなく、最大の威力でもってぶつけるべく。嵐龍は自らが「吹き下ろさせた」風に乗って突撃を敢行した。

 風を纏って滑り落ちて来る巨体を事もなさげに斬り受け流し、身の小ささを利用して、老翁は嵐龍の巨体をやり過ごす。

 嵐龍が振り向いた時、老翁の振るう黒と赤の刃は、既に腹へと切っ先を定め……振るわれていた。

 

 先手の先手。

 老翁の剣に迷いは無く、身の危うさに憂いは無く、その心に未練は無く。

 自らが愛した街を託す事の出来る、次代の星の明るさよ。

 龍よ。見届けよ。柔くも鋭きこれぞ、我が剱。

 

 白の飛沫に紛れて、赤色の血が舞った。

 刃が嵐龍を削ること叶うは、老翁の技量の高さ故。

 重積した雲が天を覆い、黒風と白波が戦場を揺らめき。

 瞬いた龍の小さな目が、とうとう怪しさを宿して炎を点し。

 

 その夜、ドンドルマ南洋の一画は、歴史を振り返っても類例を見ない程の豪雨に見舞われた。

 激しい怒りを象徴するかの様な黒さは、周囲の雨雲全てをかき集め、吸い込み。

 海上の嵐は終ぞ、そのひと欠片すらも、大陸に影響を及ぼす事は無く。

 人と龍との争いに、世上の勝者など居る筈も無く。

 

 

 ■□■□■□■□

 

 

 

 翌年。最も忙しい1年を駆け抜け、ドンドルマは、無事に猟繁期を終えた。

 大陸の中央部に位置する街、ハンター達の中心街、2大ハンターズギルドの片割れを備えた街。黎明期を抜けたハンターの市井は、ドンドルマとミナガルデを中心に、一層の賑わいを見せている。

 ハンターという職の人口が増えるに連れて、ドンドルマに置かれた情報収集施設「王立古生物書士隊」の需要も増加の一途を辿る。年内にも増員を終えた書士隊は、更に翌年、各地へ派遣され支部を作るに至る。

 

 翌年、その前 ―― 昨年末。

 寒冷期の入り口に差し掛かった頃に起きた一大事「未知」の狩猟を経て、大陸西側の最大派閥・ミナガルデは、大陸東側への影響力を(にわか)に緩めた。

 いや。実際には、ドンドルマの権力の側こそが強まったと言うべきであろう。その経緯は「未知」討伐前にさしあたって開かれた会議における、とある事案に由来する。

 

 ()はミナガルデ卿の発言に背いた……とも言えず。

 恭順した……と、内容的には言えるものの、態度としては従順では無く。

 

 ともかく。とある青年が踏み出したあの一歩こそが、ミナガルデ卿が掲げた暗雲を振り払った。それはドンドルマの上層部にとって記憶に新しい……焼き付いて離れない出来事となっていた。

 

 何せ敵対している相手に向けて、「諦めてばかりでは無く、私に期待をして欲しい」と。

 そう願い、示し、成し遂げてみせたのだから。

 

 これはドンドルマ側からしてみれば、後ろ盾故に「搦め手」に長けたミナガルデの鼻をあかしたに等しい。辛酸を舐めさせられてきた相手だ。胸のすく思いをした者は、ここがドンドルマであればこそ、数え切れないほど居たに違いない。

 そんな()が、元より所属する部隊において重用されるのは、不思議なことでは無かった。元より行動派か引き籠もり派か、などという棲み分けは所詮王立古生物書士隊の中だけのもの。ハンター間においては関係が無く……むしろドンドルマの上層部からすれば、彼の存在を喜んで受け入れたとすら言える。

 そうして(半ば望まぬ)実績を重ねた彼は、3年後 ―― 9つの季節を重ねた後、更なる栄転の機会を迎えていた。

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

「―― フラヒヤ、ですか」

 

「ああ。フラヒヤ。フラヒヤだ。北の極、世界の天を覆う山々を指す地域名。よい響きだと思わないかい? ダレン。君には、書士の一隊を率いてそこへ向かって貰いたい」

 

 書士隊の隊舎から離れて、高官向けの一室。王立と冠を付けるからには、そういった方々を相手にするための部屋の中、齢25を数える青年……ダレン・ディーノは、困惑の表情を浮かべた。

 その動作と表情は、かつての会議場で見せた切れ味の無い、実に人間味に溢れた動作であった。

 それもそのはず。何分、かつての彼は、ミナガルデの鼻をあかそうなどとは思っていなかったのだ。振られた仕事に対して、彼の全身全霊を持って当たった。それだけの事である。だからこそ目前立ち塞がる困難に向けて困惑顔を浮かべるのは、人間として自然な流れであろうと。

 困惑の最中にいるダレンに向けて、彼の上司にして王立古生物書士隊の筆頭書士官であるギュスターヴ・ロンは、眼鏡を弄りながら楽しげな声音で続ける。

 

「理由は、いやね。僕が言わずとも、ダレンの今の立場なら、情報を整理すれば判るんじゃあないかな?」

 

「それは……ああ、確かに」

 

「うんうん。それじゃあ、ひとつひとつ整理してみようか。この3年の間、ドンドルマで起こった出来事を」

 

 筆頭書士官はそう言って机の上に両肘を着き、顎の下で掌を組む。先を促された形である。

 はてさて、3年間である。記憶にある限りの大きな出来事を、ゆっくりと思い返してゆく。

 ダレンはひとつ、と唇を動かして。

 

「3年前。未知を倒した直後の事。今までは伝説に語られていたような生物である……『古龍』が、立て続けにドンドルマ周辺で確認されました。まず南エルデ地方・マンテの街を砦蟹シェンガオレンが通りがかり、その後、ミナガルデ傘下の街道に老山龍(ラオシャンロン)が迷い込む形で出現したという報告でした」

 

「どちらも撃退されたんだっけねぇ」

 

「ええ。シェンガオレンは偶然マンテの街を訪れていたハンター達の協力によって。老山龍は、かつて(・・・)ミナガルデ卿の護衛勤めをしていた『モンスターハンター』、《鎧騎》のギルナ―シェ殿が。今は王都を離れ、彼自身が副団長を務める傭兵猟団『鉄騎』の尽力を持って撃退しました。どちらも撃退の後は海へ姿を消したという報告が上がっています」

 

 マンテという街はやり手の村長が身銭を切ってハンターを集めている地で、近年においてはジャンボ村に次いで急進著しい場所である。殻を含めて全高30メートルを超す巨体を持ち、明らかに甲殻種でありながらその驚異の大きさ故に古龍種にも属する砦蟹ではあるのだが、ドンドルマの迎撃街を参考に整えられている最中の工匠兵器設備群を急遽試運転に持ち込み、激戦の末に追い払ったようだ。

 老山龍はというと《鉄騎》という猟団の働きによって、その進路を翻した。モンスターハンターの二つ名を持つギルナーシェ・ハーシェルの腕前もそうだが、彼に率いられる人員も腕利きばかり。何分《鉄騎》という猟団は、つい昨年まで王都の守りを請け負っていた一団が隊長の失踪により縮小・分業した内のひとつなのであるからして、その狩人としての腕前は量るまでもない。頑なに自らを「副団長」だと呼称するギルナーシェ方も、傭兵猟団となった今の《鉄騎》においてはのびのびと動けているようだ……というのはダレンの知り合いたるペルセイズの評。

 ……とはいえそれらも年を跨いで昔の話である。ダレンは一等書士官として蓄積していた情報を、また、頭の中で絞り出しながら。

 

「その後数ヶ月を置いて、翌年、2年前。ここドンドルマを鋼龍クシャルダオラが襲撃。グントラム叔父、リンドヴルム殿。それに私と……ジャンボ村からこれを追い立てて来たノレッジ・フォールが先遣隊の後を引き受け、討伐しました」

 

「ああ。激戦だったねぇ。風車が数台、羽を折られて仕舞ったのが痛手だったのを覚えているよ」

 

 わざと話題を変えるための軽口。

 しかしながら彼のこういったやり口には、ここ数年で慣れたもの。

 その意図を汲み、ダレンは、沈痛な面持ちで。

 

「……そして襲撃に伴い、別働隊として派遣されていたフェン翁がその命を落とされています」

 

「お悔やみを申し上げる。……一応、ヨウ捨流は代継ぎを終えていたけれどね。それでも、ご隠居が身体を張ってくれなければ、ドンドルマは散会していたに違いないよ。なにせ鋼龍と、もう1体。そうだったね?」

 

 ギュスターヴの促しに、ダレンは小さく頷く。

 

「はい。―― その名、嵐龍アマツマガツチ。危険度8……人の世(・・・)にとって現状最大の脅威と位置づけられた、古龍の中でも特に広範囲に災害をもたらす生物が、南の海上に出現。フェン翁とアイルー王国から派遣された部隊の尽力によって、これを撃退されました」

 

 アマツマガツチとは、別大陸で昔話に語られる『嵐の龍』。

 文字通り嵐を起こす力を持つその龍が、近似した力を持つ鋼龍・クシャルダオラと協同したとは考え難いが……しかしながら、それら2体の古龍がドンドルマ近辺に現れたというのは、ドンドルマの短くはない歴史の中においても類例をみない、最大の脅威であったと表しても過言では無い。

 実際、当時の戦況は恐ろしいほど不利なものだった。著しい天候の悪さが続いたため、次々と街路が遮断。補給線と連絡船が途絶えかけ、ドンドルマは他の都市から孤立。グントラムとリンドヴルムはドンドルマの守護故に動けず、鋼龍を街への被害覚悟で受け身に迎え撃つ他なく。アマツマガツチが出現したのはドンドルマ近海の南洋とはいえ、火の国に頼ることの出来ない海洋上の事件であり……そして何より、災厄(あいて)古龍(あいて)

 この状況を奇跡的にも覆す事が叶ったのは、ドンドルマにおける役目役割を持たない「ご隠居」、フェン翁が秘密裏に出撃をしていた事。そして砂漠の南端という立地柄、商業の盛んさ故に『撃龍船』を旗艦とする船団を保持し海洋戦に長けたアイルー王国の協力があったからであろう。

 海洋上に浮かべられた『戦場船』……海洋生物と闘う際に舞台として機能する役目の船である……の上で、フェン・ミョウジョウは自らが狩猟した最上の素材で鍛えた大業物『天下無双刀』を大いに振るったと言う。

 船団からの援護砲撃の最中に在って尚苛烈な剣戟を挑んだ彼は、宙を浮かぶ嵐龍すらも足場に、ヒレを切り落とし、腹を割き、額に刀を突き立て。終盤。飛竜種の火炎にすら耐えうる筈の『戦場船』をアマツマガツチが放った水流が十字に割り、黒い大竜巻が粉を挽くようにすり潰すその真っ只中で刀を構えたフェン翁は、牙を腹に受けながらも相打ちに嵐龍の角を斬り飛ばしたのだそうだ。

 手痛い手傷を負った龍は相打ちに倒れた老翁を見届け、流血のまま南の空へと消えた。これを持って戦いの閉幕となった訳だが ―― そこには独りの老人が残される。

 アイルー王国からの船団の中には、グントラム達のかつての友である弓使いのモンスターハンターが居たらしい。彼女とその友猫達が、力を使い果たし倒れたフェン翁の亡骸と彼の乗った船を動かしていた船員達を回収し、ドンドルマへと連れ帰ったのである。

 

「生きた災厄。通り過ぎるだけでも甚大な被害をもたらす龍が、2体です。……フェン翁の訃報を受けつつもクシャルダオラ討伐に向かわなければならなかったリンドヴルム殿の、あの鬼神の如き剣戟を、私は生涯忘れることありません」

 

 ダレンは息を吐く。

 鋼龍という強大な生物を討伐するには至ったが、その代わりにドンドルマは『剣聖』フェン・ミョウジョウを欠いた。彼の訃報はドンドルマだけでなくハンターという市井にとっても大きなものだ。何せ彼の老翁はハンター間で技術として伝えられる主流な流派の元・頭目であり、彼自身も数々の高名なハンターに慕われる……英雄であったのだから。

 混乱には至らなくとも、それに伴う事件が幾つかあった。老翁の友人でもあった大長老と、ドンドルマの陣頭指揮を執るリンドヴルムが、率先して解決にあたっていたのも記憶に新しい。

 これら2年の間に起きた事件はドンドルマに大きな爪痕を残し ―― 復興に3年目をまるまる費やしたのだ。

 そうして過ぎ去った3年間。ハンターの中心となるべくして建てられた街は、未だ恢復の最中にある。

 

「ああ。しかしまぁ、たった2年の間で古龍の出現がこれだけ在るとはねぇ。報告書の完成待ちだけれど、ノレッジ君からの霞龍の報告も捨て置けない。どうかな、ダレン。ここらでひとつ、今の君の専門にも一区切り付けておこうじゃ無いか。……と言う事で、君をフラヒヤに派遣するという話題に戻るのだけれども」

 

 ドンドルマに置いてはどっち付かずの意味合いを含む赤と緑の麻服。その袖を揺らし、ギュスターヴ・ロンは(エルペ)皮紙を取り出した。艶やかでありながら線の滲まない高級紙は、見た目ですぐに判別の付く、一等書士官に対する辞令である。

 

「―― 王立古生物書士隊が一等書士官にして、『古龍観測所特派員』、ダレン・ディーノ君。君には書士隊の部下4人を引き連れて、フラヒヤのポッケ村へ出向いて貰おうと思う」

 

「ポッケ村、ですか」

 

「うん。そうだね。ここドンドルマから……」

 

 ギュスターヴが視線を横にずらす。その先……隊長室の壁には、大きく描かれた大陸図が張られている。

 大陸のおよそ中央部に位置するラティオ活火山の真北に位置する現在地ドンドルマを、すぅっと指先で指し示し、そこから。

 

「……東へ。ゴルドラ地方の乾燥帯を抜けて北へ……フラヒヤ山脈のお膝元を更に昇る。そこに、山の中腹に建てられたのが、ポッケ村だ。現地の言葉で『暖かい』を意味するらしいし、現地では最大の集落らしいけれもど、伝聞(それ)伝聞(それ)。ポッケ村はハンターにとって、そして書士隊員にとっても、僻地の中の僻地には違いない」

 

 復興の最中にあるドンドルマにおいて、ハンター達が忙しくしているのは当然。雪と寒さに覆われ、踏み入る事そのものを拒否するかの様な土地にあるポッケ村は僻地と言うに相応しい立地であり、書士隊にとって不便な派遣場所であるのも道理。

 だがそこへ向かう事が、ダレンが今持つもう一つの肩書きにとって意味はある。そういう事なのだろう。

 

「確かに僻地だ。だからこそ、君の持つ民俗学への造形が役に立つ。そこで……ポッケ村で、書士隊のお題目としては、古龍によって乱された生態系の調査を行って欲しいんだ。それこそポッケ村にお邪魔してね」

 

「なるほど。心得ました。現地住民や生え抜きのハンター達と協力をして、という事ならば確かに私が適任でしょう」

 

 現地の事は現地に任せる。ギュスターヴがよく執る方針である。勿論この方針は、ダレンがハンターとしても動ける人材である事を念頭に置いたものではあるのだが。

 

「だとすると……書士隊としての対象は……そうですね」

 

 振られた仕事に対して、ダレンは素早く頭を働かせる。

 生態系調査を行うとは言っても、全ての生物を観察する訳では無い。小型から中型の生物であればいざ知らず、中央からやってきた調査隊が僻地の村に居座ってまで出張るのであれば、大型の生物にも目星を付けておかなければならないだろう。

 頭の中から1匹。特に大型生物の縄張り争いに敏感な ―― というよりは、率先して諍いを起こす側の生物を、引きずり出して引き合いに出す。

 

「轟竜・ティガレックス。寒冷地の調査の名目として挙げるのならば、これ以上ない相手です。獲物のために縄張りを侵す事を厭わない。相変異の調査として挙げるならばうってつけであり……勿論フラヒヤを含む寒冷地にも、ポポなどの大型草食動物を求めて顔を出すでしょう」

 

「うん。ならそうしよう。こちら、王立古生物書士隊としての調査対象は、ティガレックスで決まりだ」

 

 ギュスターヴはたった今決めた調査対象を、とって付けたような軽さで、辞令書に書き込んで行く。

 そのまま、筆を持ったまま……話題を接ぐ。

 

「……それで、どうかな。特派員としては。観測所の中でも民俗学に特化させられている、君なら。このポッケ村に出向いて調査を出来ることに、大きな意味を見い出せるんじゃあないかな?」

 

 眼鏡の奥から、いつもの底知れぬ、しかし確かに面白がっている様子の笑みがダレンを貫く。……そう。貫いているのだ。ギュスターヴ・ロンが見ているのはダレンの背景にして、その先。

 つまりは、未来を。

 

「―― 了解です。不肖ダレン・ディーノ、ポッケ村への派遣任務、確かに任されましょう」

 

 その意味を理解して、ダレンはすぐさま大きく腰を折り、頭を下げた。完成し、適当な調子で差し出された羊皮紙を二つに折って鞄に入れ、再び顔を上げる。

 すると筆頭書士官は珍しく、困り顔を浮かべていた。

 

「はぁー。頼むよー。いや、ほんとさ」

 

「ええ。任されました」

 

「いやね、ドンドルマも色々と片付いていないし。名前が売れてるハンターだと動かしづらいのさ。やっぱりダレンは頼りになるね」

 

 そう言って、今度は溜息をこぼす。

 ……どうやらおかしい。上司からの言葉は素直に受け取る人柄のダレンですら、違和感を覚えた。

 既に意味合いは2つ。王立古生物書士隊としての勅命と、古龍観測所の特派員としての使命と。それぞれがもたらされているというのに。

 何を。そう。まだ、奥に潜めている。

 

「―― ロン殿、もしや、他に」

 

「よくぞ聞いてくれた!」

 

 ばっと、弾かれたように身体を起こす。

 身振り手振り、大きく腕を広げて。

 

「フラヒヤ。そう、フラヒヤだ。ダレン。良いかい。これは、君にとっても他人事じゃない。民俗学という一事を覗いても、他にもだ。……ひとつ、其処に、ある物が紛れ込んでいる。いや。中心にあるんだから紛れ込んだというのは間違いかな。兎に角、マズい物がある」

 

 筆頭書士官をして「マズい」と言わせる代物である。可能な限り触れたくないという感想は、当然のもの。

 だが、現地(アーサー)派の一等書士官の第一席として、ダレンは聞かなければならない。職務である。

 

「……マズいとは、一体……」

 

「良いかい。よく聞いてくれ給え」

 

 指を立て。ひとつ、息を挟む。

 生み出された絶妙な間を生かし、くるくると変わるその表情を、今度は、神妙なものに変えて。

 それでも溢れて留まることの無い、上司らしからぬ、楽しげな雰囲気を隠そうともせず。

 

「―― 魔剣。振るう者に力を与え、代償に、呪い殺す。そういう魔の武器が、どうやらフラヒヤに集められているらしい。フェン翁最後の弟子である君は、直接見たこともあるはずだね。それの調査も、お願いしたい! 是非にね!!」

 

 そう、言い放つ。

 魔剣。

 かつての老翁が、その末尾の弟子たるダレンに向けて「確排せよ」と言い残した『因縁』。

 そしてそれは彼の友人である元・仮面の狩人が、フラヒヤへ旅立つ目的として挙げていた、奇縁でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――

 ――――

 ―――――― 再び時を遡り、2年前。

 

 

 

 それはドントルマが明星を失い間もなく、喪に服していた頃。

 夜が端から白くなりつつ、太陽の西側に星の光る頃。

 かつて剣聖と呼ばれた老翁の遺体は、広間を埋め尽くす弟子達に見送られながら火に焼かれ、天へと昇り、その性を表す明星となった。

 見送り……見送るべく集まった人々の列からは大きく離れた、街の端。

 老翁が頭を務めていた道場、ドンドルマの高台。

 そこに弟子達と同様に。しかし異なる心持ちで空を見上げる、ひとりの少女の姿があった。

 黒髪を頭の後ろでひとつにまとめた少女。名はセネカ。性はミョウジョウ。嵐を退け天を切り裂いた老翁の、孫娘にあたる。

 ドンドルマは今まさに混沌の最中。嵐龍と鋼龍の襲来という前代未聞の事件を退け、その事後処理に追われている。街最大の道場を仕切るセネカの両親も山と化したハンターズギルドの仕事を請負い、ドンドルマ周囲の生態調査の護衛を務める一団の頭として街を後にしている。

 街が閑散としている訳では無い。しかし、街そのものが昼夜問わず忙しなく動いているために、夜半に外を出歩く少女を見咎める者もない。誰も彼もが目前を乗り切る事に全力を注いでいるのだろう。

 だからこそ。

 一降りの刀を背に、頭上で燃える魁の星を睨むように見つめる少女を。

 その表情の険しさを、心がける者も居なかった。

 

「……」

 

 少女は知っている。

 故フェン・ミョウジョウは老いて尚、隠居して尚、己が目指した剣を求めて研鑽を怠っていなかった事を。

 

 少女は知っている。

 老翁が老いてこそ掴んだその剣が、剛と対を成す柔の剣。刀剣を扱う新たな側面を示した事を。

 

 少女は知っている。

 柔の剣を体現するために太刀という新たな武器が生み出され、そして ――。

 

「―― 父の下にも、母の傍にも、われが求めた道は無い。術の先。壁の向こう。それを乗り越えたフェン爺が見ていた道こそが、われが目指すべき天の標であった。……柔の剣こそ、女だてらにモンスターを斬り伏せるための、術法だったと言うに」

 

 決して主流ではない、されど確かな。獣道ではあれ、か細く繋がるその道こそが。少女が生まれながらに持つ性別という壁を覆す、唯一の方法だと確信していたのに。

 だというのに、老翁は消えた。太刀という新たな可能性を生み出し、実践へと移す最中に、可能性だけを後身へと託して。

 老翁は思っていたのだろう。老いた自分に価値は無く。消え去るのならば、誰かのためにと。

 結果として、ドンドルマは救われた。嵐龍と鋼龍の同時侵攻という未曾有の脅威は、驚異として被害をもたらす前に防がれたのだ。老翁は死に、ドンドルマは生きながらえた。ヨウ捨流という派閥に傷は無く。街にも人にも傷は無く。先導の星として輝けるフェン・ミョウジョウは、彼の望むままに輝き、燃え尽き、最期までを英雄としてその人生を全うしたのだ。

 だがここに、確かに、老翁としての彼を必要としていた者は居た。だのに彼は、気付かなかった。老いを理由に自らを卑下する傾向にあった彼は、次代の星の眩しさに眩まざるを得なかった彼は、彼をこそ目指していた少女には、最後の最後まで目を向けることが無かったのだ。

 ……少なくとも、少女にとって、老翁の行動はそう見えてしまうものだった。

 

 それは、自らの輝きは自身の目に映らないからこその帰結であり。

 少女自身も「輝ける者」であるが故の、因果でもあるだろう。

 星は、闇に溶けた。灯火は、風に消えた。明の星は、追って昇る太陽の明るさの中にその姿を眩ませた。

 齢60ながらに、嵐龍と斬り合える程に……個として極めた柔の剣を、しかし、手ずから誰かへ伝える事は無く。

 次代という名の可能性に、後は任せると。無言のままに言い残して。

 

 空を見つめる少女の心境は、諦めに近いものだった。

 恨みは無い。老翁への情はあれど。

 だから、少女は省みない。先を見据える。

 剣に取り憑かれた少女は、その取り憑かれた心根をこそ危惧し……だからこそ術法から遠ざけてくれていた、老翁という天蓋を失った。

 そうして取り払われた天井の先に、遙か届かぬ輝きを見る。

 地上に灯る篝火によって霞む、遠く、遠く、薄く輝き続ける星々の光を、それでも見ることが叶うのは、少女が天稟を持つ者故の、所()

 

「武を極めんとするならば ―― やはり、実践か」

 

 ドンドルマという立地から、簡素に年少のハンターとして登録だけを済ませ。

 その夜、少女はドンドルマから姿を消した。

 

 

 

 ―――――― そして、再び、2年という月日が過ぎる。

 ――――

 ――

 

 

 

 

 

 旧き大陸の北部。

 真黒い刀身を背負うその少女は、疲れた体を鞭を打ちやっと見つけた雪洞の中へ、倒れこむように転がった。

 返り血塗れの体。繋ぎの皮が擦り切れそうな程に傷んだ防具が、霜の地面とぶつかってがちゃりと金属質な音を響かせる。

 風雪を避けるためにと踏み入ったその雪洞の中で、寝ころんだまま、やつれた顔のまま……ふと、白の暗幕に遮られた空を見上げる。

 煩いくらいに陽光を照り返していた雪すらも、今は見えず。

 

 雪が全てを覆い隠す。

 晴れ渡る空を、生命の行路を、示された標を、その果てを。

 

 大陸の北端を吹き荒ぶ白き風は、フラヒヤを須らく覆い彩る。

 其処には今はまだ、誰の影も見えず。

 真白く染め上げられた山々が、何処までも、何処までも連なっている。

 






 復帰戦だというのに物凄く変則的な時系列を1話にぶっこみました。読み辛さにご容赦を。


・天下無双刀
 色々とすごい素材を要求されるすごい太刀。名前も凄い。
 初代あたりからプレイしている方にとっては垂涎の武器。

・鋼龍
 モンスターハンター2ドスのトラウマ。とにかく空から降りてこない。
 前話のノレッジで引いておきながら、あっさり。
 ……活躍の場は、次話に。

・嵐龍と鋼龍
 現実的にやばい組み合わせ。
 同じ場所に居合わせたら、被害は言うまでもありません。



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