モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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第三十一話 折の憧憬、今際の仰望

 

 ジャンボ村に到着した日が明けて昼前。

 村の西口に隣接した酒場に、この村のハンター4者が並んで腰を掛けた。

 

「―― それでは、私は仕込みの手伝いに参りますゆえ。昼食は先に始めていてくださればと」

「ん。頑張って」

「隊長は何にします?」

「……この時期は銀シャリ草が美味いと聞いたが、しかし、特に希望がある訳では」

 

 腰かけると同時に注文を飛ばす。

 遠征に向けた準備の期とした3日間。手伝いを申し出た村人達に半ば強制的に休養を取らされたハンターらは、未知(アンノウン)に対抗するための作戦立案や武具の手入れをして過ごす事にした。情報収集の一環としてライトスや村長の話を聞こうと集まったのが、酒場の席だったのである。

 ジャンボ村の酒場は食事処であると同時に依頼窓口(クエストカウンター)でもあり、パティの仕事場にはギルドガールズとマネージャーの領分を大きく含む。夜になれば男集が集まるとはいえ、昼間の内に目立つものは酒よりも書紙の類である。掲示板には数多くの狩猟依頼。その中には商主の要請により、中型以上のモンスターの市場取引価格なども束となって張られている。

 たかが一町村の掲示板にモンスターの取引価格が掲示されるというのは珍しい事態であるが、ここ半年のジャンボ村における中型以上のモンスター狩猟数は、それこそ一町村しては多過ぎる程だった。またジャンボ村にはヒシュ、ダレン、ノレッジ、ネコの他にも2名ほど常駐のハンターがいるため、市場の動きを視るという意味でも活用が成されているらしい。

 

 仕込を終えたネコを加えて。

 昼過ぎまで食事を挟みながら一通りの情報を受け取ると、一行の話題は自然とジャンボ村の近況に関するものへと移っていた。

 

「―― お祭り、ですか?」

「そうよ。収穫祭が近いの。農繁期も過ぎているっていうのに、村の皆が騒がしいでしょ?」

 

 酒場にいたパティや村長からの説明、そして問い掛けに、ノレッジとダレンが頷く。

 確かに、農繁期を終えたにしては落ち着きが無いとは感じていた。ただ、それは自分達が狩猟に向かうための準備をしてくれているためだと思っていたのだが、どうやらそれだけではなかったらしい。

 そして。

 これにはなぜか(大きな遠征には向かわず)元よりジャンボ村に逗留していたはずのヒシュもが頷き、傾ぐ。

 

「そうなの?」

「そうなのよ。……まぁ、あなたは、狩猟のために密林のあちこちを走り回っていたから知らなくてもしょうがないでしょうけれど」

 

 ふんと鼻息を鳴らすパティに向けて、ヒシュは抑揚無しにかくり。判っているのか判らないのか、頷いたのか傾いだのかすらも、微妙に判らない反応である。

 パティが更に顔をしかめた様子を笑って眺めながら、村長が後を続けた。

 

「収穫祭をするのはオイラの発案さ。やっぱり盛り上がる時は、とことん楽しくなくちゃあいけないからね!」

「村長。その収穫祭とやらの日取りなどは、」

「いやいや、君たちの手を借りるにはおよばないよ」

 

 自分も何か手伝いを、と語りかけたダレンを村長は制する。

 

「ダレンが尋ねてくれた通り、収穫祭の日時は一番高い山の中腹まで雪が積もった日の夜と決まっているけど、君たちの手は煩わせないと思うよ。準備すべきものなんかは殆ど押さえて有るからね。あとは当日に食べ物や酒を用意するくらいさ。それに実は、祭りの最後にはオイラが用意したサプライズもあるから、これに関しては任せておいて欲しい。君たちはモンスターの狩猟をさくっと終えて、戻ってきて、祝猟を兼ねた祭りにしようじゃあないか!」

 

 陽気に言い放って、村長は両手を広げた。その顔には周囲の人たちにまでも波及する、無邪気なまでの笑顔が浮かべられている。

 ジャンボ村には寒冷期でも雪が積もることが無い。しかし高嶺となれば話は別である。そのため、山の色や雪の積もり具合で時節を見る。祭りは厳寒に向けた息抜きともいえよう。

 現在、雪の白さは頂上付近にしか現れていないものの。

 

「ん、判った。収穫祭の日には戻れるように、頑張る」

「ああ。楽しみにしてておくれよ?」

 

 ヒシュは村長を真っ直ぐ見つめ、拳を握って見せた。

 厚意は素直に受け取っておくものだ、と師匠らもよくよく口にしていた。後に楽しみを控えておくのも、悪くは無いだろう。

 

 

 

 ■

 

 

 

 昼食を終え、一行は解散となった。

 ダレンとネコは追加の資料を受け取る予定があるため、酒場へと残る事にした。ヒシュとノレッジも資料整理を手伝うとは言ったのだが(狩猟の役割としてダレンは指揮、ネコは遊撃手である)攻め手の軸となるヒシュとノレッジの体力を温存させたいという思惑もあるのだろう。そこは上司と従者の有無を言わせぬ圧力でもって、先に家へと返されてしまった。

 慣れた家へと向かうその道すがら、時間を無駄にすまいと、ヒシュとノレッジは互いの近況などを話し合っていた。

 

「フルフルの狩猟、出来た。これで、向こうでジブンが使ってた武器のいくつかを、質を落として再現できる」

「ヒシュさん達の使ってた武器ですか? それは興味あります!」

「そう? 後で紹介する」

 

 ハンターという職にとって情報は命綱であるが、これはどちらかと言えば世間話の類である。話題は尽きなかった。時折、新設された村の設備や新調された各々の武器に関して話題を広げている内に、ハンターハウスへと到着して門戸を潜る。

 ハンターハウスの中は雑然としているが、これも見慣れたもの。2階に上がると輪をかけて酷い有様で、廊下にすら部屋から溢れた書物が並べられており足の踏み場も無い。しかしその間を、2者共にするすると抜けてゆく。

 

「よいしょ、と、ふぅ。さて、これにて資料運びはお終いですが……」

 

 各々の部屋に戻って酒場で受け取った資料の束を置く。

 それだけの仕事を終えたノレッジが、とんぼ返りに廊下に出ると ――

 

「―― こっち」

 

 向かいの部屋の入口から黒狼鳥の覆仮面が顔だけを出し、手を小さくちょいちょいと動かしていた。

 ノレッジはそちらに歩み寄りながら、尋ねる。

 

「お部屋に入っても?」

「? 話、するんでしょ」

「えと……はい」

「なら、別に良い」

 

 招かれるまま、ノレッジは初めてヒシュの部屋へと踏み入ることになった。居を同じくして暫く経ってはいるが、ノレッジ自身、家にいるよりもハンターとして狩場に居る時間のほうが遥かに長い。家は寝床か荷物置き場かといった有様であったため、これまでは部屋に踏み入る機会が無かったのである。

 いざ扉を目の前に、微妙にであるが緊張していた。

 意を決して。扉を潜り、まずはと覗き込む。

 内に広がっていたのはノレッジの部屋と同様の間取り。しかし部屋の奥に積まれた書籍の束は、ノレッジの部屋のそれよりも丁寧に整頓が成されている。ネコがこまめに手を入れている成果であろう。部屋の端に木製のベッドが1つ。籠のようなアイルーの寝床が1つ。窓際にオリザの止まり木。

 そして、入口の脇に。

 

「うわぁ……」

 

 正に壮観、という心持が思わず声にも漏れ出した。

 輝くどころか発光しているのではないか、と見紛う列。ずらりと並べられたそれら全てが、ヒシュの扱う武器であった。

 美しさすら感じる蒼に彩られた、幅広の『呪鉈』。鈍色のどこか機械的な『短槍』。ふらふらした刀身の『両刃剣』。鞘付きの太刀、『飛竜刀』。刃の無い『機械的な持ち手』。『鋭い銀針』の束。

 レクサーラ周辺で経験を積んできたとはいえ、ノレッジにとっては殆どが用途すら判らないものばかりであった。これらについて尋ねてみたい。先に話した新しい武器とは、どれだろう。素材となった鉱物は。そう考え、ノレッジは再び部屋の主 ―― ヒシュへと視線を持ち上げ。

 

 そして。

 思いもよらず、視覚から、衝撃に襲われる。

 

「―― ぷはぁ」

 

 開放感と共に唇から溢れる息。

 目の前に、仮面の狩人と同様の黒髪で、声で、背格好の、見知らぬ誰かが立っていた。

 

「……え?」

「……ん?」

 

 互いに疑問を帯びた短い単語を交わして、暫し無言の空間が広がってゆく。

 その外見を、ノレッジはじいっと観察する。少年……いや、少女だろうか? いずれにせよ様相からは幼さが抜けきっておらず、そのため鑑別に自信はない。

 伸びた髪は背の中ほどまで。目線の高さは同じ。儚げ……いや、無味無臭。嬉しいと寂しいを斑に混ぜ合わせたような。色彩の環から外れた、透明という装飾語が似合う人物だ。ただ、それが被り物を外したヒシュだと気付くまでにはかなりの時間を要した。色彩のなさが鑑別を一層困難に助長するのである。

 見入り、固まってしまったノレッジの様子に疑問符を浮べながらも、ヒシュは別の仮面を手に取り、そのまま被ってしまう。青や紫、赤といった警戒色がふんだんに使われた仮面。ノレッジにとっても見慣れた姿となった。

 最後にロックラック原産の上半身を覆う大柄の外套ですっぽりと身を包み、ヒシュは再び傾ぐ。

 

「そこで立っててもいい、けど。……話する。ノレッジ。疲れない?」

「えっ、あっ……はい」

 

 ぽんぽんとベッドを叩くヒシュは、変わらぬ様相。

 しかし今は、物騒な仮面のその奥に、たった今見た素顔が重なって透けるように思えてしまうのは何故だろうか。

 ノレッジは慌てて首を振るい。

 

「お、お変わりありませんねっ」

「? ない。部族の皆は仮面を変えると性格も変わる、けど。ジブンは人間だから」

 

 あまり通じなかったようだ。別段深い意味も無い。ノレッジは幻想を振り払うと、勢いよくベッドに腰を下ろした。

 ノレッジが座ったのを見届け、ヒシュも向かいの椅子に腰掛ける。椅子を傾かせて屋根の上、日課となったマカ壷の噴煙口を覗き込みながら、傾ぐ。

 

「―― それよりノレッジ、力について聞きたいって言ってた。聞くなら旅立つ前。今のうちだと思う」

 

 素顔を見た衝撃で飛んでいたが、そういえば、と思い返す。帰りがてらジャンボ村についてから各々の成果などを交換した際に、ノレッジはこの「力」について教えてくれるようお願いをしていたのである。

 ハイランドからも軽く教わったが……と、レクサーラやセクメーア砂漠、デデ砂漠での経験についても軽く触れ、狼が云々という所感やノレッジ自身の実感についてと順を追って話して行く。

 頷いた後。内容を吟味し終えたヒシュが、語り出した。

 

「ん。それ、ジブンと同じ(・・)だけど別の(・・)力。きっと全員が全員違う色を持っていて。でも、あえて、まとめるとすれば。火や炎に似てるって、ジブンは思う」

「火……それに、炎ですか?」

「ウン。ジブンは全身、特に右手が熱くなるんだ、けど」

 

 それは、ハイランドが幾つも挙げた喩えの1つでもあった。

 火と炎。集まり勢いを増して火炎。

 ノレッジとしても、熱を発する何かに例えるのは納得できた。今は腹の底で眠る狼も、牙を向く時の感覚は確かに熱を帯びているからだ。ただ、そこに規模の違いが有るのかは不明瞭であるが……ヒシュが続ける。

 

「ジブンが1番よく使う力は、相手が怒った時に、ジブンも相乗して力を発揮できるっていうもの。それとは他にも幾つかある、けど。他のは説明が難しい」

「……なんとなくは判りますけど」

 

 ノレッジにしろ、狼というのはあくまで感覚的な形容である。説明が難しいというのは最もだった。

 

「それでいいと思う。ジブンもはっきりと判るわけじゃない。……炎は、単純に、揺れ動く火。状況に左右されるから。火炎は、普通の火よりも強い熱源。総じて『気炎』。いくつかの『炎が寄り集まった形』だと思う」

 

 幾つかの炎。それはつまり、本来は離れてしかるべき火が束ねられ、1つになっているという表現なのだろうか。

 「気炎」。複合され、なにがしかの「有機性」を宿した火こそが、ノレッジで言う所の狼であると。

 ……暫しの沈黙。これはあくまで実感を伴う予想であって、確たる証拠を持ってこの疑問に答えられる人物などいるはずもない。だがヒシュは、ということは、と接いで。

 

「……火は幾つもある、ってこと。つまりジブン達人間は、もっと幾つもの『可能性』を残してるん、だと、思う。タブン」

 

 当然ヒシュにも、確信たる何かが有る訳はない。ここでわざとらしく咳を挟み、話題を移した。

 

「扉をひらく前。ノレッジも『底』をみた?」

「はい。光景はぼんやりとしていますが」

 

 底 ―― あの暗闇を沈んでいった先にあった場所だ。

 目前、仮面の狩人は窓の外に広がる蒼穹を見上げている。出会った頃よりも伸び、背を半ばまで覆う黒髪が、風に靡いて揺れた。

 ……その目に今、映っているものは。仮面は視線すらも覆い隠しているが。

 

(判ります。今なら、きっと)

 

 ノレッジは瞼を閉じた。未だ思い出せる。儚くも暖かい、圧倒的な数を誇る光。それはノレッジの脳裏に像を結ばないまでも、感覚としか言い様のない何処かに、今も実感として残っていた。

 瞼を開くと、ヒシュは特有のまっすぐに射抜く透明な視線で、此方を見ていた。うんと共感を込めた様相で傾ぎ、再び空を見る。

 

「ジブンも昔、底をみた。お守りが守ってくれた。だからノレッジもきっと、と思ってた」

 

 恐らくは笑っているのだろう。釣られるようにノレッジも空を見た。厳寒期を控えた空は、いつもより高く広がっている様に思える。

 暗く深いあの場所とは大違いだ ―― と。

 お守りといえば、である。

 

「そういえば、お礼がまだでした。お守り、ありがとうございました!」

「よいよい」

 

 姿勢を正し、がばりと頭を下げると、いつもの謎の言語で気にするなと言うヒシュ。彼または彼女は、変わって行く事を望んでいるらしいが……やはりまだ、急には変われない様子であった。

 それが少しだけ、不謹慎ながらに、何故か、嬉しいと思える。ノレッジは自分の頬が緩んでいるのを自覚しながらも、首を振り、そういった今はまだ判らない何かよりも勝った「興味」へと話題を戻した。

 

「でも『あれ』は何だったのか、何処だったのか。……ヒシュさんはご存知なんですか?」

「んー……ジブンの言葉じゃあ、ない、けど。ジョンが言ってた。『ジイシキを逆行した末にあるタイジュの根』だって」

 

 訛りの無いヒシュの言葉に片言が混じる。頻繁に使う言葉ではないからであろう。再び、これは聞きかじったものだと念を押して。

 

「この世に灯る全ての魂は、根っこの根っこで繋がっている。そういう考え方があるみたい」

「全てがですか? はぁー。凄い思想家ですね、その人は」

「ウン。ジブンもそう思う。でも、そう考えると納得行く事は多い。他の力もそう。……ジブンが、他の生き物に近付いている感覚が有る、から」

「あ、それはわたしも判ります。……でもそれじゃあ、ヒシュさんが扱う『その他の力』っていうのは、沢山の生物を狩猟して『啓かれた』物なんですかね? わたしはこのはらぺこ狼さんだけなので、ちょっと実例が足りなくて判らないのですが」

「どうだろう……。でも、ノレッジの言葉を聞くとそうかも、って思う」

 

 いつかの砂漠。星空を見上げたあの日の様に、聞きたい事は次から次へと溢れてくる。力の事。使い方。力の種類。そしてその代償。話をしながら、話が出来ることそれ自体に。ノレッジ・フォールは、追い続けたこの背に近付くという、念願を叶えたのだ……という実感を得ていた。

 そしてこの熱は、道中はどうあれ、確かに嬉しいと思える出来事なのであった。

 

 


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