モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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第二十九話 かく英雄は生まれ出

 

 ノレッジは一角竜の亜種の討伐を、ハイランドは大連続狩猟を依頼として受諾した。

 各々が向かう場所は別であるが、それでも、谷を出て街路が分たれるまでは同じ道である。老山龍の甲殻や竜鱗によって作られた布鎧を身に纏うハイランドは、緩やかな登りの崖を苦も無く先行しながら、時折立ち止まっては振り向く。

 ハンターは狩人であると同時に冒険者、そして開拓者でもある。

 

「だから、自分はこの国にまで来た。砂の地の果て、大陸の秘境。砂漠っていう大地を知る為に」

 

 先達のハンターから聞いた言葉だが、何処で聞いたかはもう覚えていない。それでもノレッジの心に残ったのは確かだ。それと同じ言葉を、目の前の狩人はたどたどしい語句繋ぎで語った。

 

「ネコの王国は獣人の、亜人の国。でも人間を積極的に追い出したりしない。そこが好き。……昔、ヒシュを見ていて感じたことがある。世界は広くて、だから、もっと知れることがある。ヒシュは奇面族の生まれだったから、狩りもそうだけど、調合や毒にも詳しかった。実は自分、毒の調合とかはヒシュから教わった。弓は自然に覚えたから、そうやって誰かにものを教わるのは久しぶりだった。だから、ヒシュには替わりに、狩りを教えた」

 

 ハイランドの腰で木彫りの仮面がかたかたと揺れた。背負う単一素材の剛弓が、僅かに風に震えている。

 勾配は既に崖の域。砂漠が庭だと豪語するだけあって、彼女の移動速度は並みではない。復帰からいきなりの悪路にノレッジは息を切らしている。後を追うので精一杯だった。

 出っ張りに手をかけ、体を思い切り持ち上げる。そこで崖を登りきったらしい。谷間から顔を覗かせると、いつかノレッジが逃げ来た道と同じく、どこまでも広がる砂と礫の地平線が開けていた。

 

「……っぷはぁ」

 

 息を吸い込む。温暖期の暑さは感じるが、砂漠の中央部よりは海が近いという事もあり、命の危機を感じるほどではないと思う。それよりも優先すべきは目前。崖の端に、自分よりも小さな狩人が地平線を見つめながら立っている。ノレッジは言葉の続きを待った。暫くするとハイランドは登ってきたノレッジへと視線を戻し、再び口を開く。

 

「昔に自分がヒシュに教えたこと、貴女にも教える。―― ノレッジ・フォールは、能力を得てる。それはモンスターの心を、解する力。解して人間の枠を、広げる力。狩人として求道した最たる具現」

 

 モンスターの心を解する力。解して人間の枠を広げる力。

 すとんと落ちる言葉だった。この力は確かにモンスターによってもたらされた。そしてハンターとしての力を広げている。

 

「……本来はもっと遠回りをして得るべき力だけど、きっと、貴女には『視る才』があり過ぎた。早過ぎる開花が、貴女の体に負荷をかけている」

 

「それはその、ハイランドさんが『女狼(めのじ)』って呼んだ……」

 

「うん。ノレッジの中にある炎は、お腹を空かした狼に似ている」

 

 ノレッジが胸元に下げたお守り……白地の木片が砂地を滑る風に揺れる。

 狼に似ているというのはノレッジも同意見である。初めにこの熱を狼と形容したのはハイランドだが、獰猛さと忍耐力と執拗さを備えたこれは、野に伏せて飢餓に耐える狼そのものである。

 

「でも、形は違えど、負荷が祟っているのはヒシュも同じ。戻ったら色々と聞いてみると良い。貴女の師匠に」

 

「ハイランドさんも……ヒシュさんもですか?」

 

「うん。昔は自分が教えた。今も教えたいけど、時間がない。自分は口下手だから、貴女がネコの国に居たこの2週間足らずじゃ、教えられなかったから」

 

 ハイランドはかくりと傾ぐ。頷く。

 

「……でもせめて、大師匠として。してあげられるのは、これくらい」

 

「ノレッジさん。レイヴンからどうぞ、お受け取りくださいだニャー」

 

「……」

 

 崖の上で待ち構えていたのだろう。いつの間にかタチバナと、包みを抱えたレイヴンがノレッジの足元に立っていた。耳をピンとたてたタチバナの横。白い合羽に身を包むレイヴンの頭上に、布に包まれた1メートル超の何がしかが掲げられている。ノレッジはそれを差し出されるまま受け取る。

 

「これは?」

 

「開けてみて」

 

 促され、絹糸で織られた布を解く。

 次第に布の下から、青白い銃身(・・)が覗いた。

 

「……あ、もしかして」

 

「うん。そう」

 

 勢いそのまま、布を取り去ってしまう。

 陽光に照らされて鈍く光る銃身……は、形が大きく違っているものの。体部の手前に星を象った十字の照準。それは以前、第五管轄地で放棄した『箒星(ブルームスター)』と同様の型 ―― 重量級の弩であった。

 目に、そして心に飛び込んでくる脈動。新星を思わせる鮮烈な蒼白。生まれたばかりの、生きているかの様な瑞々しさに満ちている。

 

「これを、わたしに?」

「うん。ネコの王国で鍛冶をしている、自分の友達が作ってくれた。お金は要らない。アイルー王から、礼金の先払いだって」

「あの王様からですか」

「代金はね。あれでも責任感じてる。察してあげて」

 

 王からの礼、ハイランドからの激励。ノレッジはそう受け取った。今は重弩が失われている以上、この上ない贈り物である。

 

「ありがとうございます、ハイランドさん。タチバナさん。レイヴンさん。王様にも、お礼を言っていましたと伝えてください」

 

「ん。でも……もしかして、ノレッジ」

 

 いきなりの出来事に動じないノレッジの様子に、弩を視る面差しに、ハイランドは首を傾げた。

 

「星鉄のこと、知ってる? そんな感じがした」

 

 確かに知っている。第五管轄地を脱出するまで ―― 灼角の相手をするまではこの手に握っていた得物が、同じく星鉄で鍛えられた『箒星』であったからだ。あまり馴染みのある得物とは言い難いが。

 

「えと……多分、はいと答えられますね。わたしが偶然、星鉄を掘り出しまして。レクサーラに持ち帰ったところ、鉄爺さん達が加工をしてくれましたものを、一時期『ボーンシューター』の代役として使ってました」

 

「そう。……自分の友達は、前にレクサーラで鍛冶設計の仕事をしてた。それで製作図面やノウハウがあったのかもしれない」

 

 弩の出自についてそう話すものの、さして興味はなかった。今、興味は手元の弩に向けられている。

 抱えたまま持ち上げる。重弩……『箒星』と同型だけあって、不思議と手に馴染む心地良さは替わらない。銃身の形や、色のバランスが青白いものに変わっているなど、相違点は幾つもあるが、最も大きなものは心地良さの中に「嫌悪感」を覚えないという点であった。

 常の如く先読みをして、ハイランドは話す。

 

「前の『代役』を使った時に嫌悪感があったとしたら、それはきっと、鍛冶の相性と第五管轄地のせい。『白亜の宮』は凶星の結晶だから。砂漠に散っている星鉄は、あれに反応せざるを得ない」

 

「凶星、ですか」

「そう。空から飛来したばかりだったら別だけど、よりにもよって、あれら聖堂の周りに居た時間が長過ぎた」

 

 言って、ハイランドはひょいとノレッジに近付いた。相変わらずの小ささは、老山龍の東方鎧を纏っていても変わらない。ハイランドの目線の高さ……ノレッジ手の中にある弩を覗き込み、指差し。

 

「この星鉄は禊をしながら鍛えた。前とは違って清廉潔白のまま形になった。だからだいじょぶ。貴女の『ボーンシューター』を回収して、癖や重さは出来る限り似せてある。別の大陸の組み立て式の弩の構造を参考にして、銃握とかにも、壊れた『ボーンシューター』の端材を流用した。徹底した。強化と弾種適正の増加、それと最新の技術……しゃがみ撃ちの適応の為に、海造砲の技術を利用して、銃身は大きく変わっちゃったけど」

 

 手に馴染むこの感覚は、それら試行錯誤の結果なのだろう。だとすれば嫌悪感が無いのも頷ける。

 

「自分は詳しくないけど、友達は、星鉄は特別な素材だって言ってた。色々と無茶が利く代わりに、時間も熱も触媒も大分取られるって。……でも、ノレッジに寄せたその弩は、既に『代役』とは似て非なるもの。だから銘がある」

 

「武器の、銘……」

 

「うん。『流星(ミーティア)(スワム)』。友達がつけた。良かったら、そう、呼んであげて」

 

 最後に弩の銘を伝え、そしてノレッジの腰鞄に便箋をねじ込んで、ハイランドは離れた。鞄にねじ込まれた便箋を見ながら。

 

「これは手紙ですか?」

 

「それ、序でに、鍛冶師から。レクサーラに帰ったら、バルバロに渡してくれって」

 

「バルバロさんにですか」

 

「うん。仲、取り持ってあげて」

 

 バルバロが無事だと良いのだが、と考えつつもノレッジは素直に便箋を受け取った。ノレッジが先週書いた手紙も未だ発送されていない。行き来する郵便の数が少ないからだ。レクサーラに手紙を持参すると言うのは、納得できる。

 しかし仲を取り持つとは、つまり。考えを伸ばすその前に、ハイランドが続ける。

 

「きっと貴女なら大丈夫。……狼と仲良くね。それはあくまで、貴女の願いで生じたものだから。反目せず、気長に付き合ってあげて。それじゃあ、またいつか(・・・・・)

 

「失礼するニャー。ノレッジの健闘を祈っているニャー」

 

「……」

 

 感慨、後腐れ、余韻のどれもなく、ハイランドは走り去った。その後ろを、一礼したタチバナと無言のレイヴンが追う。

 またいつか。今が別れの時だと、ハイランドは知っているのだろうか。

 遠離に見ゆる姿に向けて、胸に手を当て、ノレッジは呟く。

 

「―― また、いつか」

 

 師はいつでも前を向いている。

 ならば彼女の弟子の弟子たるノレッジ・フォールもまた、立ち上がって見せなければなるまい。

 

 

 

 北へ向けて半日移動すると、件の猟場の端へと到達する。そこはかつてノレッジが南下した丘陵地帯であった。

 あの時は朦朧としていたものの、一度通った場所である。地形の把握にそう時間はかからない。重弩の感触を確かめながら地形の把握を済ませ、信号弾で近場を通過しようとしていた商隊に一角竜の存在を通達する。また簡易の野営地を設置するなど、準備を万端に整える時間が出来たのは幸いと言えよう。

 ネコの王国で応急の修繕を終えた魚竜の鎧を纏い直し、日が高天に昇る頃。ノレッジは高台に身を伏せ双眼鏡を覗き、討伐すべき相手の観察を行っていた。

 

「―― あれが、一角竜(モノブロス)

 

 真っ直ぐに北から南へ。岩地に映える白がのそりと姿を現し、襟巻きを振るった。そのゆったりとした動作は、辺りを探っているようにも、新たな縄張りを値踏みしているようにも感じられる。

 今狩猟の対象 ―― モノブロスは、人里離れた辺境の砂漠にのみ姿を現す孤高の竜である。こうして実際に見ても翼、尾、骨格に渡るまで全体的な容貌としては双角竜と近似している。体駆も、特級の個体である灼角と比べると確かに小さい。

 だが一角竜はやはり怪物である。額から天に突き立つ一本角。地域によって異なるが重殻と呼ばれる程に肥厚した外皮を持つ双角竜に対して、先鋭化された軽装の騎士の様な肉付き。双角竜は口の左右に牙を生やしていたが、一角竜は嘴状になっている。どちらかと言えばモノブロスの方が鳥竜の色を濃く引き継いでいるのだろうか。

 そして何より、通常のモノブロスは薄茶けた砂漠に迷彩した体色なのだが、この個体は全身を覆う白銀色が目を引いてやまない。通常の一角竜と僅かに違うこの様な種別を、ハンターズギルドでは「亜種」と呼称していた。亜種は通常種よりも遥かに個体数が少ない為、詳しくは調査が進んでいないが、食性や居住地域による差であると考えられている。

 亜種は通常種よりも環境への適応に寛容であるというのが通説である。狩場においても例外ではなく、度々通常種とは異なった行動をみせる……らしい。

 

「まぁ、どこまでも見聞ですけれどね」

 

 一角竜が再び砂へと潜る。移動は今の内だろうと、ノレッジは立ち上がった。久方振りの狩猟。新しい弩。見知らぬ獲物。どこを見渡しても刺激に溢れた光景。灼角の時は恐ろしさが勝った。その点についてはこの一角竜も同様である。

 だが今は違う。成すべき、示すべき、雄飛すべき時なのだ。

 

「ぐ、う。……狼とは反目せず……」

 

 高揚感と同時に訪れた空腹を屈んで押し込め、ノレッジは俯く。この空腹も飢えの焦りも、自分が望んでやまなかったものの1つ。飲み込み、制し、いざとなれば利用してやるくらいの気持ちでいよう。崖へと落ちる寸前。灼角に一矢を報いたあの感覚に辿り着きさえすれば、今の自分でも一角竜には届きうる。予感はあった。

 食料は全てここに置いて行こう、と決め込む。あの力を再現するため。狼と並ぶためには空腹を共有すべきなのだ。

 荷物と化した食料をその場に放り、弾丸は鞄へ。大柄な狩猟道具は野営地に放り、脚を崖の端にかける。瞑目した。

 

「……視て、取り込んで、行動の原理から……」

 

 師の動きを反芻する。14日も間近に見ていたのだ。角竜種……ブロス科の生物の情報は十分に。

 描くは強者に挑む自分。視界と思考とが一角竜で埋められ、闘志に満ちたその瞬間。

 

「―― う゛。行きましょう」

 

 自らにも牙を剥きかねない狼の喉を撫で。躊躇無く新たな一歩を踏み出し、決戦の場へと身を投じた。

 

 

■□■□■□■

 

 

 デデ砂漠の上空を一機の気球が南下してゆく。王立古生物観測隊が所有する、長距離航行が可能な気球である。

 気球を動かす人員は、実働力が必要な機関士の他は殆どが老人である。しかし誰もが衰えを感じさせず、其々が測量、火量の調節などの仕事をこなしながら忙しなく動き回っている。

 殆どというからには例外が存在する。唯一、底部の籠に腰を落とし望遠鏡を覗き込む青年が居た。

 

「何か見えたかね、クライフ」

 

「……今のところは、何も」

 

 上に座る老人の問いに、青年は無愛想に応える。暑さに耐えながら、青年は切り揃った金髪をかき回す。変わらぬ容貌。観測隊に帯同しレクサーラを立った、クライフ・シェパードである。

 老人のそうかえ、という返答を受けてクライフはまた望遠鏡を回す。悪態をつくのは止めた。第五管轄地でノレッジ・フォールと分たれたあの時に、それは自己満足でしか無いと気付かされたからだ。

 だのにクライフがこの仕事を請ける運びになったには訳がある。バルバロの報告を受けてノレッジの捜索に動き出したは良いが、父たるバルバロと、ギルドを取り仕切る隊長格のヤンフィのどちらもが怪我をして動けないのだ。第五管轄地の出来事を体験し、最低限の実力も持っている。レクサーラにおいてこの条件に当て嵌まるハンターは、クライフしかいなかった。

 改めて望遠鏡に意識を戻す。空の上の言い表せない浮遊感は気分の良いものではない。だがそれはそれとして、世界を見下ろすこの景色は格別だった。全知全能ではありえないにしろ、まるで全てを見知ったかの様な。

 クライフ属するバルバロの団は、世間的には評価を受けていた。温暖期の砂漠から帰還を果たしたのだから間違ってはいない。第五管轄地の精査という目的も達している。しかしノレッジを置いて灼角から逃げ出したという事実は、クライフの心の内に暗い影を落としていた。この点に関して言えばバルバロもヤンフィも、学術院のケビンとソフィーヤを含むその他の調査員達も同様なのだが……それすらも、この景色は忘れさせてくれるように思えたのだ。

 こうして望遠鏡を覗き始めて数日。第五管轄地を過ぎ去ってデデ砂漠をも望む頃。

 やがてぽつりと、果てなく続く砂色の景色を、貫く物が現れる。

 砂色の世を穿ち浮かび上がったのは ―― 相反する白銀。

 頭上に一角を携え、砂煙を後ろ背に、凄まじいまでの速度で地面を走り抜ける巨大な生物。

 距離があるため身を竦ませたのは僅か。それが一角竜であると気付くまでに時間は掛からなかった。ハンターであるクライフの利点といえよう。続いて、頭上の老人がその存在に気が付いた。

 

「あれは、一角竜の亜種ではないか!? かっ、観測班っ! 観測班を呼べいっ」

 

 細くも通る老人の声に応じ、観測班が次々と南側に殺到する。彼らは光学機器を覗き込んでは手元を忙しなく動かし始めた。

 観測隊のこういった所が、クライフの性分とは反りが合わない。彼らは職務に忠実である。例え観測下で人が死のうがハンターが危険だろうが、記録の安全が保障……この場合は一角竜の討伐または遠方への移動が確認されない限り、空から降りることはない。ひたすらに記録に残し、ドンドルマへと持ち帰って編纂するのが仕事だからだ。そしてそれは、間違った判断ではない。情報は人間にとって唯一最大の武器である。

 ただ、今は自分もその一員だ。唇を噛みながらも、クライフは人山の隙間から辛うじて地面を見やる。

 

「誰かが正面に立っています!!」

 

「あれは……!?」

 

「少女……ハンターか?」

 

 想像は出来ていた。一角竜に挑む敵がいるのだろうと。

 一角竜が猛進する前方にぽつりと構えたその少女は、闘志に満ちた表情を浮べていた。闘志だけではない。理知的でいて野生的。一角竜に比肩する気迫でもって、弩を構え立ち塞ぐ。

 薄桃色の髪。王立古生物書士隊の三等書士官。ノレッジ・フォール。それが彼女を指す、言葉である。

 

「―― 」

 

 距離がある。仔細は汲み取れない。ただ、唇が動いたように見えた。何事かを……恐らくは攻勢の機です、と……そらんじて、彼女は右に身を躱した。

 白銀に光り輝く一角竜の衝突が、少女の背後にあった岩を砕く。視界を奪ったその隙に食らい付き、少女は脇に抱えた青白い弩から弾丸を撃ち込んでゆく。

 背甲に当たった一発が火柱を上げた。「爆撃弾」。彼女が切り札とする高威力の弾丸である。

 激突の隙を突かれ、一角竜が地面を横転する。尚も余力は十分に、横転を経てすぐさま二脚で立ち上がる。警戒を顕にしている。

 そして、鳴いた。咆えた。咆哮が天地を包み纏めて揺らした。

 闘争を始めて時間が経過しているのだろう。銀色の兜に覆われた隙間から見える髪は土気色に。魚竜の鎧も修繕を経てか襤褸布であり、防具としての機能をぎりぎりで有している状態だった。それは一角竜も同様で、騎士を思わせる白銀の鎧のそこかしこに小さな流血が見て取れる。

 咆哮から首を戻すと、一角竜の首元に開いた襟巻きに、怒張した血管が赤い紋様として浮かび上がる。一角竜が激昂した証である。未だびりびりと震える空気の中で、力感もなく、ノレッジは重弩をゆらりと持ち上げる。

 交錯する。一角竜は弾丸を受け、ノレッジは最低限の動作で難を逃れた。そしてまた距離が離れてゆく。

 ノレッジは明らかに立ち回りが上達していた。地形や目くらましを利用して、一角竜が「突いては退く」戦法を取らざるを得ない距離 ―― しかしながら弩の射程距離を保ってみせるのである。一角竜が一撃を放つ代わりに、ノレッジは幾重もの攻撃を仕掛ける機会を得る。弩の特性を生かしきった戦術。その複雑な位置取りを、単独で行っていた。ただの歩法では在り得ない。一角竜の内心をも心得ているのだろうと思える程に。

 

「まただっ!」

 

「……おおっ」

 

 体力が無いのか怪我を負っているのか定かではないが、ノレッジは1度に1回までしか跳躍を行わない。あとは必ず息を整える時間を挟んでいる。一角竜の巨躯が生み出す攻撃範囲は広い。だのに何故、自らをその様な状況に追い込んで戦っているのだろうか。見ている側からすれば、そこがまた興味をそそる。寸前で躱しては反撃を叩き込むという攻防は、必死の様相とは裏腹に、意図しない華麗さをも演出していた。

 

「なんと……」

 

 少女と一角竜の攻防に、観測班を取り仕切る老人が嘆息する。無理もない。ともすれば芸術に等しい綱渡りを彼女は成し遂げ、続けている。一角竜の突撃には焦りが覗き、相対する少女は泥臭く食らい付きながらも冷静。あの灼角から逃げ延びたのだ。五体満足な今、冷静でいられるのは当然と言えよう。

 

「―― アイツは」

 

 クライフが呟く。彼女はまだ、生きていた。彼女はまだ、ハンターで在った。素直に嬉しい。

 だがそれだけではない。彼女は死地を生き延びて、その先へ。二の足を踏む自分よりも遥かに先へと歩を進めたのだ。

 嫉妬のままに呟いて、その後に言葉は続かない。観測班の歓声だけが、気球の内に木霊する。

 

「……やったか!?」

 

 何度目かの交錯。ノレッジの鎧が、返り血に塗れていた。観測班の言葉に、クライフは脳内でまだだろうと反論を挟む。一角竜の足取りに濁りは無いのだ。だが明らかな流血があったという事は、白銀の外殻を撃ち貫いたという事でもある。決着が近いのは間違いない。

 血が流れてゆく。背甲の付け根からだ。一角竜は明らかに背を庇い、それでも誇りのまま、直に突進を嗾けた。今までよりも早い動きに、ノレッジは僅かに反応が遅れる。

 しかし次の瞬間、その姿は掻き消えた。

 

「おおっ!?」

 

「どうなってる!?」

 

 角竜がその場を動こうとしない。乗組員が目を凝らす。直前まで狙いを定めていたためか、激突した一角竜の角が岩場に食い込んでいた。慌てて引き抜こうとするも、膨大な膂力の後押しを得て奥深くまで食い込んだ角は、簡単には動かない。

 脚で岩場を押しやりながら、ぐいぐいと力を込めて後退を試みる一角竜。

 そして白銀の鎧の顎が、爆発音(・・・)を伴って浮き上がる。

 

「なんだ!」

 

「おい、角、折れてるぞ!」

 

 観測員が指差し叫ぶ。岩場に刺さったまま。長く鋭い銀角が、身体から折り離され、陽光に真白く煌いていた。

 それはかつてココットの英雄が帯びていた英雄の剣(ヒーローブレイド)の様に。

 あたかも新たな英雄の誕生を歓迎しているかの様に。

 

「―― 狙い通り、かの?」

 

 観測隊の長がふむと唸る。暫くして、ノレッジが一角竜の下から這い出してくる。狙い通り。観測は空から行っているため仔細は判らないにせよ、今の攻防がノレッジの策であったのは間違いない。

 攻められる側から一転、戦況は逆転した。ふらふらとよろめきながら後退する白銀の身体をすぐさま、腰に構えた青白い重弩の照準が這う。身を低く腰を入れ ―― しゃがみ撃ち。

 瞬く。立て続けに爆発。「徹甲榴弾」の爆発によって生まれた白光の雨が頭蓋を揺さぶり、一角竜を追い詰める。

 黒煙が晴れた時、一角竜の左顔面は惨状と化していた。角は既に無く、瞼は焼け爛れ、襟巻きに穴が開いている。強烈な爆撃の集中放火によって、白銀の顔を覆う堅殻が削げ落ちたのだ。あれだけの距離で対面しながら足を止め、一切のブレを見せなかったノレッジの胆力と射撃の腕も驚嘆に値する。

 

 荒ぶる怒りに身を任せ、残る命を注ぎ込んで、手負いの一角竜が叫ぶ。

 相対するノレッジもが遠吠えで返したように、クライフには思えた。

 

 そして、決着の時は訪れる。

 激しい衝突。正射必中。弾道を光が奔る。

 先によろめいたのは、一角竜であった。

 

 放たれた弾丸。交錯の瞬間、一角竜の推進力をも利用して、焼け爛れ肉の露出した左顔面から頭蓋までを貫き通していた。

 幾らモンスターだとて正中から頭を射抜かれて無事でいられる筈も無い。口から断末魔の咆哮と血の雨とを吐き出し、それでも最後までノレッジに圧し掛かる様な前のめりに、一角竜は息絶えた。ずしんという音が最期、砂地の岩場にもの寂しく反響した。

 砂漠に静寂が立ち戻る。偉業を成し遂げた少女は、間近に倒れた竜の傍に立ち竦んでいた。

 観測隊の老人が言った。彼女こそ次代の英雄。中天に耀く「天狼」であると。

 上位モノブロスの討伐。それも10代でとなると、その数は一際目減りする。ノレッジの様に16歳での討伐は、最年少記録に近い筈だ。気球は彼女を拾い上げるべく、また彼女から話を聞くべく、高度を下げて行った。

 レクサーラを出立した観測隊がノレッジ・フォール生存の報に湧き、白銀の一角竜の討伐で喜色に染まる中。当の主人公は彼らの輪から踏み外した位置に居た。

 

「判り、ました。……ヒシュ、さん。狩人としての、アナタは、こんな場所に。……居たんですね。こんな…………場所、に」

 

 流れた雫はすぐさま乾いた。正面には亡骸。気づいた者は居ない。

 奇しくもそれは、仮面の狩人の後塵を拝し、(なぞら)えた故の涙であった。

 

 

□■□■□■□

 

 

 ノレッジを回収した気球は、砂漠を越えてレクサーラの港へと降り立った。

 伝書鳥を通じて情報を先行させていたからであろう。港の離着陸場には大山の人だかりが出来上がっていた。その中でも、ノレッジ・フォール生存の報せを聞き真っ先に駆けつけたのは、受付嬢達であった。気球の横で荷を降ろしていると、受付嬢の妹がノレッジ目掛けて抱きついた。

 

「~っ、ノレッジぃ!」

 

「ルーさん、ご心配をお掛けしまして申し訳ありませんでした。リーさんも」

 

 涙を流す妹の背を撫でていると、少し離れた場所で姉が笑う。

 

「いえいえ~。こうして貴女が無事に帰還できたこと、とても嬉しく思います。……心配はしましたけれどね?」

 

「あー……何かもう、すいませんとしか」

 

 当然だが、どうにも心配をかけたようだ。友人等に心配をかけた事については、誠心誠意謝る他に手段はあるまい。

 その後もノレッジの元を、次々と知り合いのハンター達が訪れる。ある者は気遣う言葉を。ある者は激励を。そしてある者は、一角竜亜種の討伐への賛辞を口々に話した。

 山の様に集った人々の後ろに、一際大きな体駆が覗く。こちらへと近寄ってくる。彼の前には、自然と道が開けた。

 

「―― どうやら無事であるな、ノレッジ・フォール」

 

「この通りです、バルバロさん。というかバルバロさんの方こそ、無事で何よりです」

 

 差し出されたバルバロの大きな手を、ノレッジは握り返す。

 無事だった。第五管轄地で最も手負いだったのはバルバロである。その彼がこうして命を繋いでいる。それが嬉しい。第五管轄地での激闘からひと月程が経過して、バルバロは未だ包帯に巻かれているような状態ではあったが、歩くのにも握手をするのにも問題はないらしい。

 その息子たるクライフとは、気球に搭乗した際に顔を合わせ、ヤンフィは怪我を負ったものの命に別状は無いという会話を交わしたきりだ。この場からも早々に姿を眩ましている。だが、息子は兎も角バルバロにはこれを届けねばなるまい。妹受付嬢のリーに抱きつかれたまま、ノレッジは自分の鞄を探り、便箋を差し出した。

 

「バルバロさん、これを」

 

「……! これはもしや、我が輩の妻から……」

 

「お手紙だそうです。私が怪我を治すまでの間お世話になった場所で、ハイランドという方から受け取りました」

 

「そうか。あの、ハイランドからであるか。……ウム。重ねてすまないな、ノレッジ・フォール」

 

 バルバロは素直に、しかし巨体からは想像できないおっかなびっくりな様子で手紙を懐へと差し入れた

 

「ごほん。……ノレッジよ」

 

 咳を挟み、バルバロは改めて面を上げた。ノレッジも背筋を伸ばして向き直る。労うと共に推し量る視線が、此方を見下ろしている。

 

「良くぞ生きて戻ってくれたのである。礼を言おう。あの灼角から逃げ切り、一角竜の亜種の討伐をも成し遂げるとは……ハンターとして見違えたのである。―― だが、大切なものを無くしては居ないか?」

 

 無くしては居ないか、というその言葉。バルバロは知っているのだ。今も腹の底で疼く、この力の事を。

 ここで酒場を見回せば、伽藍の横、大運河を見下ろす窓際、入口の脇。同じ様にノレッジを見やるハンター達が幾人か存在して居た。彼等は恐らく、先達。誰しもがノレッジを興味深そうに眺めているのが肌で判る。バルバロは、彼等彼女等を代表して尋ねているのだ。

 ならばやはり、隠していても仕方が無い。ノレッジは正直に名乗り出る事にする。

 

「それは大丈夫です。何とか、ですけれどね。……その、これのお陰でして」

 

「ウム? それは」

 

「お守りです。わたしの師匠から頂きました。暗闇の中、これが放つ灯りが輪郭を保ってくれたんです。お陰でわたしは、底に渦巻くあの光達を見ることが出来ました」

 

 木片のお守りをぎゅっと握り締め、感慨を込めて言うと、バルバロの表情が変わる。驚きのそれだ。

 

「底にまで、到達し得たのであるか」

 

「? あの、はい」

 

「そうか。……」

 

 何かを悩む素振。しかし直ぐに装いを直し。

 

「ウム。だがお前は帰ってきた。その点については間違いなく、喜ばしいのである」

 

 それは苦さを飲み込んで向けられた笑顔なのだと、察する事が出来た。

 レクサーラの人々に迎えられ、こうしてバルバロが元気な様を見ることが叶い、実感する。自分は彼らを救うことができたのだ。暖かいこの場へ、生きて戻ることが出来たのだ。

 諸々を詰め込んだ喜色を含ませ、ノレッジは全霊を込めた声を返す。

 少女の言葉によって、集まっていた人々が次第に笑みを帯び。

 レクサーラは、再びの歓声に沸く。

 

 

 

 レクサーラの集会酒場では、ノレッジの帰還および一角竜亜種討伐を祝した宴会が開かれた。

 ノレッジ自身、英雄などという言葉とはかけ離れた生活を送っていたためか、賛辞を向けられても困るもの。だがそれら話題を無碍にするのも気が引け、挨拶に来た上役の方々にまでも曖昧な答えばかりを返す羽目になってしまった。

 以前からレクサーラに貢献していたため上役への顔通りが良く、先の金冠大ガノトトスの狩猟もある。そこへ一角竜の単独討伐が止めと成ったのだろう。ノレッジには特例として「3つ星」ハンターへの飛び級が言い渡されていた。しかも3つ星ですら前渡しであり、上位ハンター……4つ星への昇進も検討中であるという。

 上位のハンターともなれば活動範囲は一気に拡大する。社会的な地位を確立したと言っても過言ではない。今は実力だけでなくギルドへの貢献度が大きく反映されるとは言え、実際の上位ハンターの大半は、ドンドルマやミナガルデに居を定める実力者ばかり。ジャンボ村などという辺境の居付きハンターが上位の資格を得るのは、例外中の例外と言えた。そんな例外を許したのは、やはりモノブロスという名のある飛竜を討伐成し得たという点に尽きるのだろう。

 流石に上位への昇格には検討が必要であると判断されての保留だが、大事になったそれら事態に、少女は「あまりついていけそうに無いな」という他人事な感想を洩らしていたりする。

 

「ノレッジぃ、飲んでる~?」

 

 暫くして、挨拶に疲れたノレッジが高台に避難していると、怪しい様子のルーが階段を登ってきていた。呂律の回っていない彼女の言葉に、ノレッジは手に持ったホピ酒の樽杯を掲げて。

 

「もっちろん、そこそこ飲んでますよ?」

 

「え~、まだまだ元気じゃない~。もっともっと~ぉ」

 

「おおっと、絡みますねー」

 

 酔っ払いながら持たれかかって来たリーに苦笑を返し、足つきが怪しい彼女を近場の椅子に座らせる。

 宴も(たけなわ)。止まない挨拶に晒されていたため、かなり控えてはいたものの、ノレッジも実際に酔ってはいた。ただ保存の利く飲み物の代表として酒に弱い覚えも無いため、ルーの様に、前後不覚にまで陥ることが無いと言うだけである。

 ルーは褐色の肌を赤に染めている。その良く判らない言葉に相槌をうちながら酒気に満ちた酒場を見渡していると、彼女の姉たるリーも此方へと近づいて来た。手に持っているのは果実酒だ。ホピ酒から持ち替えて、樽杯に注がれたタンジアビールを持つノレッジやルーと違い、彼女は場を弁えて行動しているらしかった。

 

「飲んでいますかぁ?」

 

「そこそこには」

 

「そこそこですかぁ。まぁ祝宴の主役であるノレッジはどこへでもひっぱりだこで、オチオチ飲んでもいられなかったですよねー」

 

「あはは。今度は伝わったみたいで何より」

 

 隣に並ぶと、リーは果実酒の杯を一息で空にして見せた。妹と違って酒に弱くは無いようだ。机にうつぶせた妹の頭を撫で、彼女がどれだけノレッジを心配していたのかを語ってから、リーは本命へと話題を移す。

 

「ノレッジは、これからどうするんですかぁ?」

 

「いずれはジャンボ村に帰りますね。わたしのやりたい事が待っていますから」

 

 間をおかず、そこだけははっきりと答えた。あそこは今、少女にとって帰るべき場所である。迷い無いその言葉に「いずれは」という語句が付く理由は、レクサーラの居心地の良さと、もう1つ。

 

「つい先ほど、書士隊の上司……ドンドルマに居るダレン隊長から手紙が届きました。帰ってやるべきその用事に、あと2ヶ月くらいは猶予期間が設けられたそうなんです。出来れば此方でぎりぎりまで修行を、と思いまして。これも先ほど、バルバロさんを通して許可をいただきました所です」

 

 2ヶ月。未知(アンノウン)との決戦までに設けられた最期の修行期間だった。ダレンはドンドルマで新たな体術を。ノレッジはレクサーラで「この力」の鍛錬を。ヒシュはジャンボ村で武器と防具の備えを。

 2ヵ月後に集まったとして、依頼の達成期限までには更にひと月ほどの猶予がある。3人とネコの足並みを揃えるための調整期間を含めているのだ。この力に集中して特訓できるのは、レクサーラに居る間が限度となる。

 同時に、ネコの王国からの手紙も届いていた。自分の書いた手紙は結局、遅れたために自分で処分。しかし中にはハイランドからの手紙などもあり、大連続狩猟を終えてネコの王国が無事であった旨が簡素に書かれていたものだ。

 リーはノレッジのまだここに居るという言葉を聴き、綻ぶ。

 

「本当ですか? ノレッジさんが残ってくれるのは嬉しいですね。温暖期だとは言え、レクサーラは砂漠の最前線としていつも忙しくしていますからー。……あ、ハンターとしての力量だけでなく、友人としても、残ってくれるのは嬉しいですからね? そこは間違えないでくださいー」

 

「あははは。大丈夫です、判ってます。判ってますよ」

 

「……本当ですか~?」

 

 褐色の頬を膨らませる友人に、何度も念を押してみせる。次第に笑いにまで変わった頃、やっとの事で機嫌を直した友人は、ならばと暦を指差した。

 

「滞在期間が2ヵ月となると、この温暖期の終盤までですねー」

 

「はい。武器はありますが、あの通り。ガレオスの鎧は今回の遠征でぼろぼろになってしまいました。2ヶ月かけて装備も作り直しますよ」

 

「それはそれはぁ、鉄爺さんが喜ぶでしょうね?」

 

 リーはそうやって面白そうに言い含む。

 少女の新たな武器(きば)となった『流星(ミーティア)(スワム)』は今、工房に預けてある。鉄爺を解説役に、職人達がその機構を学んでいるのだそうだ。

 ハイランドは『流星雨』に異国の技術を流用したと言っていた。銃身(フレーム)体部(バレル)銃握および弾倉(ストック)という部品から成り、各部の着脱交換が可能なその構造は、「初めから一式ありき」が常識であるドンドルマ周辺の技術屋にしてみれば珍しいのだそうだ。いずれにせよ中折れ式の重弩には変わらない以上、使う側にしてみれば、どうせ分解するなら似た様なものなのだが。

 

「とはいえ鎧はあれだけ派手に壊してしまったので、鉄爺さんには怒られるかも知れませんね……」

 

「手入れをしている暇もなかったんでしょう? そこは鉄爺さんも判っていると思いますよ」

 

「ですかねー」

 

 多分に願望を込めて、ノレッジは溜息を吐き出した。本当は怒られるか否かではなく、あれだけ大事にしていた鎧を一ヶ月かそこらで駄目にしてしまった事を気にしているのだ。ハンターという職業に傷はつき物。命には代えられない。仕方の無い事ではあるのだが、だからといって苦労して作り上げた装備品がふいになってしまうと、落ち込む他無い。

 暗くなった雰囲気を察してか、リーは新たに酒を注文してから話題を変える。笑みを湛え。

 

「先ほどノレッジは、やりたいことが待っていると仰いましたよね」

 

「? はい、そうですが」

 

 ノレッジとルーが同年だということは、その姉であるリーは年上の筈だ。1つか2つか、或いはそれ以上。

 ただ、今はそれら年齢とは関係なく、リーの瞳に艶やかな光が宿っているように感じられる。

 

「いつも貴女から聞いていて思ったんですよ。やるべき事が待っている。それは、本当でしょうねー。楽しみにしているというのも伝わってきます」

 

 やるべき事とは勿論、未知(アンノウン)の討伐である。仮面の狩人……ヒシュによって示されたそれを、今は彼女も目標として掲げている。砂漠での修行もその一端だ。

 しかしリーの言葉は、そんな狩猟に染まるノレッジの、僅かに開いた思考の隙間を突き崩した。

 

「ですがきっと、それだけじゃあなく。……ジャンボ村には貴女の帰りを待っていて、喜んでくれる人だって、居る筈ですよー」

 

 まさに不意打ち。頭が真っ白になる。

 村でノレッジの帰りを待つ、喜ぶ人。そう言われて真っ先に思い浮ぶのは、今もジャンボ村で淡々と依頼をこなしているであろう ―― 灼角に追われ命の危機にある極限の状況ですら追い続けた、あの背。

 待ってくれている。喜んでくれる。本当にそうか。考えなかった訳ではないが、どうにも無頓着が過ぎる人なのだ。期待も勝算も薄い。何に勝つつもりなのかは、判らないものの。

 

「……。……あー、そうだと、良いんですけど」

 

「ふふふ、ですよね~」

 

 酒を置き、投げっぱなしに言い繕う。リーから顔を逸らしジャンボ村のある方角を見上げながら、ノレッジは掌で顔を仰いだ。

 やや冷たい夜風が気持ち良い。これも酒のせいなのだろう。若くして次代の英雄と呼ばれる羽目になった少女は、そう結論付ける事にした。

 






・気炎
 本作「閃耀の頂」ではモンハンシリーズでお馴染みの「スキル」を要素として取り込んでみている次第です。フロンティアのものにはなりますがノレッジの発現した「飢狼」も現存するスキルの1つ。特定条件下で……飢狼の場合はスタミナ限界値最低の際に発動し、攻撃関連のスキルが複数掛かる……発動するスキルとなります。

・ノレッジのへヴィボウガン
 見た目は「ブルームスター」は「メテオリト」→「ミーティア」の順に強化できるボウガンです。ですけれど、そこから「流星雨」には成りませんので、オリジナルとなりますね悪しからず。ボウガンの組み換えの要素は3より。多分、「流星雨」と読んで欲しければミーティア・シャワーである筈ですね。正しくは(というか良く聞く発音は)流星群と書いて「メテオスウォーム」。

・一角竜の討伐
 作中でも何度か描いていますが、ココットの英雄……双剣使いの竜人ハンターというのがハンターという職業を確立した人であり、その人が作った伝説的な功績の1つが「一角竜モノブロスの単独討伐」となります。大全によるとこのココットの英雄は、7日7晩もの激闘の末に討伐をしたとありますが、それは初期も初期の話。今では道具も発達しているので、そこまでの時間は掛からないでしょうと愚考しまして。前話より、理由がある場合はモノブロスのソロが「強制」ではないというのは今作の独自設定です。ゲームでは所謂「村クエ」専用の相手となっていますね。炎のお妃様なんかと同様の扱いです。とは言え集落の命運が掛かる場合にでも強要していては仕様がないでしょう。一応、王国側からの圧力が掛かっていることに設定をばしておきました。


2020/03/21 行間と誤字修正。

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