モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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第三話 皮と鱗と金

 

 ジォ・ワンドレオを東へ。

 海を隔てた大陸の中心近く、今尚鳴動を続ける活火山の南にある岬に近い密林。

 川沿いに在るその森に停泊した船が、夜の雨に濡れていた。

 船からは陸へ向かって足場が掛けられており、その上を、2つの影が降りて来る。

 雨粒を弾く油脂ののった合羽を揺らし、身の丈の2倍はあろうかという鞄を背負う影。影は周囲に警戒すべき生物がいないことを最終確認すると、湿った地面へと脚を着ける。

 影 ―― 身体をすっぽりと覆うポンチョの様な衣類と体毛を纏った二足歩行の生物は、小さく船へ手旗の合図を送る。

 すると、他方。もう一つの影は、船から顔を出したかと思うと……しかし。手に持った紙を広げて幾度目とも知れぬ溜息を吐き出しながら、書かれている文章を読み上げた。

 

「―― 御主人?」

 

『……となる。キミには目撃証言の多いフラヒヤ山脈へと向かってもらいたい。人員は現地で勧誘しても構わない。勿論、急ぎの依頼ではない。期間に関してはキミに任せよう。調査の片手間で構わない。結果として長期間の任となっても問題はないが、しかし、必ずやらなければならない課題でもある。

 こうして書いておきながらなんだが、この様なお願いはキミにしかできないのだ。無理難題であるのは承知している。

 だが、アーサー無き今、ハンターを兼任できる実力のあるキミの価値は書士隊においても非常に大きい。その点を理解してもらいたい。

 ギルド派閥の兼ね合いから備品も武器も遥か東の地で調達してもらう事になる。それがキミ達ハンターにとって、どれだけの大事なのか理解してはいるつもりだ。

 だからこそ怠惰なキミとキミの甲斐甲斐しきお供のため、帰った暁には地位と待遇を約束しよう。書士隊の権限はその前渡だと思ってくれ。

 書士隊も、各機関との連携を含めて要請に応じる。尽力を厭わない事を、ギュスターヴ・ロンの名において約束しよう。

 

 最後に。

 キミが無事に帰ってきたならば酒の摘みに、世界に広がってゆくハンターとモンスターの土産話を聞かせて欲しい。

 こちらで極上の酒を用意する。キミには美味しい食事の調達をお願いしたい。勿論経費は、喜んで私が持とう。

 引き篭もりな私は記録に記す事よりも、それらをこそ楽しみにしながら、今日も書類仕事をこなすだろう。

 我が親愛なる顔貌知らぬ君。ハンターにして二等書記官たる貴方の無事を、切に願いつつ。

 王立古生物書士隊長:ギュスターヴ・ロン 』

 

「―― だって」

 

「嗚呼、にゃんと。にゃんとも身勝手な物言いです、あのロンめが!」

 

「落ち着いて、ネコ」

 

 大きな他方は、雨に濡れた紙を一思いに破き、憤慨する小さな影……獣人の従者を宥めようと、小さな体躯のその喉を撫でた。

 

「ゴロゴロ……じゃあないですっ!? 良い様に使われているのですよっ、御主人っ!?」

 

「いいの。ジブン、気にしないよ。あとね。むやみやたらにロンを侮蔑しないの」

 

 憤慨する相方に向け、自らを「ジブン」と称する人物は、顔を覆う傘と布の内から細い声を響かせた。

 落ち着き払い、それでいて感情の見えない声だが、彼の人物を主人にして師と仰ぐアイルーにとっては聞き慣れたもの。それでも文句のひとつは言いたくなるのであろう。身を震わせ、毛を逆立てながら声を荒げた。

 

「でもですな。素材の値段から概算して、小国家であれば宝となっていてもおかしくはない程の我々の武器装備を取り上げておいて、見返りには船をたったの1隻です! その上で出された命令が辺境の最奥まで旅立て、ですよ? 王国の古生物書士隊も堕ちたものですニャア! そもそも我々は、地位も待遇も望んでなどいないでしょうっ!!」

 

「書士隊は昔からこんなモン。それにここも、ジブンの故郷ほど辺境じゃあないし。……それよりまずは、開拓したての村への航海を急ぐ。そこからまた北へ歩かなきゃいけないんだし。食料を積んで、出る」

 

「はぁ……ふむ。了解です、我が主」

 

 これにて仕切り直し。

 ひとしきりの憤慨をし終えた頃合いをみて、2者は揃って腰へ手を伸ばし、短刀を抜いた。

 その場で腰を折ると、雨中の密林の暗さの中で生い茂った植物を掻き分け、しかし着実に目的としている物を刈り取っていく。

 

「うん。あった、ニトロダケ」

 

「サシミウオ焼きには飽きたのですよ、御主人?」

 

「大丈夫。トウガラシを調達するから。……あとは、オイルレーズンの樹。……ふっ」

 

 腰を上げ、無造作に見える動作で狩人が放った石は、樹の上部へと吸い込まれていく。

 葉をかき分けた音が響いた後、幾つかの木の実が落ちてきた。

 

「流石は御主人、見事な投石です。私が回収して参ります」

 

「よろしく」

 

 アイルーが木の実を回収しに走るも、主となる被り物の人物はあくまでマイペース。しゃがんだ辺りをごそごそと漁り、そのまま、食用となるものを見極める作業にかかる。

 

「……この岬を回った先が長い。チーズ類はワンドレオで入れてきたけど、栄養的には穀物が欲しい。……麦の類や挽いた粉を売って貰おうかな? でも。となれば、こちらも対価が必要。……うん、決まり」

 

 適当に調理用として使用できる食材を手に取り、ぽいぽいと背にある籠へと投げ込んでいく。色とりどりの食材で背の籠を半分ほど埋めると、両手で紐を掴み、思考が纏まった頃合で立ち上がった。

 

「ネコ。居るかな?」

 

「ここに」

 

「……保存の利く加工食品と、パンや粉類。果実か、代替になる野菜が欲しい」

 

「成る程。ならば、我らの得意分野と行きましょう」

 

 主人の足元へと走り寄ったアイルーは、以心伝心の答えでもって応じる。

 右手掌の肉球を胸元に寄せ、普段は着けている鈴を弄ろうとして……今は装備をしていない事に気付いた。取り繕おうと矢継ぎ早に。

 

「―― ニャフン。ならば船へと戻り装備品を持ち出しますか、御主人」

 

「あれじゃあ防御力が足りないけどね」

 

「レザー装備でも、無いよりマシでしょうから」

 

「ん」

 

 船へと向かって、密林を駆け戻る。

 数分かけて船に着くとそれぞれの籠を下ろし、手早に冷蔵室へと投げ込んで、装いを整え始めた。

 一着の装備品 ―― 大陸共通の品であるため、ギルド間の移動においても唯一持参を許されている物 ―― を、脚装備から順に取り出していく。

 

「御主人、対象は?」

 

「ギルドや現地の人を通してないから、飛竜サイズの大型は駄目。中型が限度。あとは小型かつ、村人達が欲しがるくらいには馴染みのある素材。ついでにジブンらが知っているモンスターが相手なら、ある程度の行動予測が出来る、カモ」

 

「加えて狩場が密林であれば……決まりです。間違いなく『居る』でしょう」

 

「うん。竜盤目・鳥脚亜目・走竜下目・ランポス科。

 

 ―― ランポス 」

 

 

□■□■□■□

 

 

 皮を基調とした鎧「レザーシリーズ」を纏い、1人と1匹は、早速夜の密林へと繰り出した。

 王都の工匠達が大量生産した「レザーシリーズ」。主な素材をなめした皮で作られるそれら一式は本来、新米ハンターのためにと動き安さを重視した品である。頭や正中といった急所にのみ金属が使われているのも、可動性を重視した結果だった。

 更に動きやすさを重視した結果の思わぬ恩得として、素材の収拾作業が捗るといった効果もあるのだが ―― しかし。

 人間である1人は、頭に被るものだけがレザー装備ではない。木材を削って作られた、出来の悪い仮面で顔を覆い隠していた。

 

「……噛み合わせが悪い。視界も悪い」

 

「仕様が無いでしょう。それはジォ・ワンドレオで押し付けられたただの民芸品を、部族の物に寄せて作り直しただけの、粗悪品なのですから。……御主人のそのこだわりは、何とかなりませんでしょうか?」

 

「ムリ。部族の形(ポリシー)だから、これはまだ、譲れない。少なくとも……しきたりの題目を果たすまでは、ね」

 

「……まぁ我が主の事ですし、戦闘になれば問題は無いのでしょう……けれど得意の道具もなく、武器がコレではね。心配したくもなるというものです」

 

 4脚で走りながら、諦念を含めた視線で、アイルーは主の腰辺りを見やった。

 鉄製の飾り気の無い片刃の剣、『ハンターナイフ』。ナイフというには刃が大きく、1メートル程。この剣は片手剣と呼ばれる武器種別に属する、ハンターならば誰しもが一度は握ると言われ……謂れに違いなく、軽くて使いまわしの良い武器である。

 だが。その使いまわしの良さゆえ、大量生産品ゆえ、殺傷力も刃零れの頻度も並以下である。お供の心労を溜める原因はそこにあった。

 

「我が狩りの師にして、我が主。……未開の地で、武器は最弱。ギルド契約が無い以上、アイルー部隊の迎えなどありませぬ。目的がランポスといえど、大型モンスターの出現する可能性もあります。ゆめゆめ油断はなさらぬ様」

 

「モチロン。……ネコ。アオキノコ、ある?」

 

「はい、只今」

 

 アイルーは腰のポーチから青い茸を素早く取り出し、ふわりと投げた。

 それを極々自然に受け取ると、仮面の狩人は、走りながらも器用に手元ですりつぶし始める。

 

「……薬草ままでも良いし、これで傷を塞げる訳でもないけどね。気付にはなるから。せめて、効率を重視したい」

 

「回復薬のストックですか」

 

「ウン。油断はしない」

 

 緑の葉と十分に混ぜ合わせると河で汲んだ水を注いで喉の通りを良くし、瓶詰め。

 

「はい完成。これは、ネコが持ってて」

 

 そう言って瓶を差し出す人物に、「ネコ」と呼ばれている生物は、アイルーと呼ばれる種の獣である。しかし獣だとは言え、人語を解し人と交流するこの獣は、他の種族と比べて友好的かつ知能が高い傾向にある。

 それでも目の前で主がして見せたような「調合」などは、その体の小ささ故に専用の器具が無ければ不可能だ。だからこそ主が調合し、アイルーへと渡した。主の心遣いに、素直な感謝を述べる。

 

「有難うございます、我が師 ―― 我が友よ」

 

「良い、気にしない」

 

 言葉の通り、見るものが見れば無関心としか思えない。だが確かに気持ちの篭った声で、ハンターは返答した。

 

「……、あ」

 

 そのまま回復薬を2つほど仕上げた所で、先を走る狩人の脚が止まった。

 無数に生えた樹の陰に身を隠し、顔だけを覗かせて悪天候の密林に目を凝らす。

 ぽつりと。本当に、雨音に紛れる程度に、ぽつり。

 

「―― 居た」

 

 狩人の目は、雨に濡れる目標を捉えていた。

 2メートルにもなる全高。身体一面に青い鱗を光らせ、二脚で密林を跳ねる生物……ランポスである。

 前足と鋭い爪を揺らし、時折思い出したかのように跳ねる。大陸全域に生息するランポス。その見慣れた動作は、異国の地に着いた2名に、僅かな安堵さえ感じさせた。

 勿論、見慣れていたとしても油断はしない。樹の幹に隠れ、しばらく動向を観察する。見られている事には気付かず、ランポスはうろうろと駆け回っている。

 体の前に突き出された頭に赤いトサカを立て、ぎょろりとした眼を光らせる。その様子から、辺りを警戒しているのだろうという考えに到る。

 

「御主人、行きますか?」

 

「まだ。あれは多分、巡回役か見張り役。夜だから……とは言わないけど。ボスが寝ているの、かも?」

 

「絶好のチャンスですね。ならば……あえて見付かりましょう」

 

「お願い、ネコ」

 

「引き受けました」

 

 アイルーは自らの身なりと心を整えると、自らの胸元に付けられた鈴へ金属製の球体を入れる。最後に腰に手を沿え、自らの背に合わせて拵えられた短刀の存在を確かめて、駆け出した。

 四脚で地を蹴るたびに鈴の音が鳴り、

 

「―― ! ギャァン、ギャアンッ!!」

 

「お相手願います、ニャッ!」

 

 透き通るような音が敵対者の目と、耳を惹く。ランポスが敵の接近に気付く。

 その行動目的は以前見た事があるため、判る。斥候としての役目を果たそうと体を起こして頭とクチバシを空へ向け、甲高い鳴き声でもって鳴く。敵の接近を仲間に知らせているのだ。

 アイルー……『ネコ』は作戦の開始を見計らって小太刀を抜き、斬りかかった。

 

「ハッ、ン、ニャッ!!」

 

 ネコは鳥竜の牙と爪を掻い潜り、流れの折に飛び上がりながら武器を振るう。切り付ける度切り結ぶ度、纏った外套がランポスの血飛沫に染まってゆく。

 幾度目になろうか。ランポスの身体を斬り付け、着地した後。ネコの耳は、沢山の生物が走り来る足音を聞き捉えた。地に脚を着けながら頭を高くし、頭上の三角耳をぴくぴくと動かす。

 

(足音は2つずつ。体重は軽い。ランポスの別動隊……増援が来たようですね)

 

 高台にある穴の中を通って来たのだろう。青い鱗と爪を揺らすランポスの群れが、着実にネコらの下へと近づいている、無数の足音である。

 遠くに聞こえていた足音は次第に大きくなり、今にも姿を現すか。ネコは目の前に立つ個体を相手取りつつ、増援の到着を ―― 赤いトサカがぬっと出て。

 その、瞬間を。

 

「―― みぃつけた」

 

 出現経路を予測し高台の更に上に立っていた(・・・・・・・・・・・・)ハンターが、跳躍。

 雨粒と共にするりと、ランポスの細首目掛け、両手で構えたハンターナイフを振り下ろす。

 この獲物の切れ味では、骨は断てない。直撃を避ける。

 貫き皮を裂く感触。内頚の動脈、神経の一部ごと喉笛を掻っ切った。まずは1匹、鳴き声をあげる事無く地に伏せる。

 

「次」

 

 ポツリと独り言のように呟き、剣を地面から抜き去ると、同じ動線上に向けて振り上げた。留まること無く次の標的へと。冷徹でいて無駄の無いその動作こそ、この人物がレザー装備に木製の仮面という奇怪な外見とは裏腹に、熟達した狩人であるという事実を語る。

 跳躍の余韻でしゃがんでいたのを活かし、脛を水平に切りつけた。ランポスは飛び退く。狩人はランポスの飛び退いた動線を素早くなぞり、飛び切りからの連激を繰り出す。大上段でもって肩口から切りつけると、2匹目も力尽きた。

 付近に居た警戒隊が集まったのであろう。ランポスの小隊は、通常一組4~6匹程度である。

 ……とりあえずこの小隊は、残す事2匹。

 ランポスの残り数を頭の中で数えながらも、狩人は止まらない。群れの統率者であるボス個体が居ない以上、この混乱の隙を縫うのは有効である。

 そう考え、再び武器を構える ―― が。

 

「ギャアアッ!!」

 

 奥に居た1匹が、闘争本能のままにハンターへと飛び掛っていた。

 人間を凌駕する脚力。目の前にいる別個体を軽々と飛び越え、鋭い爪と牙を武器に仮面の狩人へと迫る。

 

「ふっ」

 

 だが、到達よりも回避動作が速い。視界の端にその様子を捉えていたハンターは、経験則からあえて前へと飛び転がった。

 対峙していたランポスの足元をも転がり、2匹の攻撃範囲から抜け出す事に成功する。

 こうなれば後は、先ほどの再現。後ろを取るや否や体勢を立て直し、斬りつける。

 

「―― らッ!」

 

 ハンターが扱う体術の中でも比較的主流な流派に則り、体全体を使って放たれた巻き打ちが、吸い込まれる様にランポスの頭部を直撃する。側頭部を深く斬り裂かれ、倒れた。

 最後の1匹、先程狩人に向かって飛び掛った個体は未だ反転の最中にあった。頭部がこちらを向いた瞬間を、楯で打ち据える。

 安物の楯が軋む。が、ひとまず壊れる事は無い。

 身体の回転に任せ、左逆手に持ったハンターナイフを鱗のない首元へ突き立てる。突き立てた後剣の柄を拳で殴打し、深くまで刺し込むと共に頭部を岸壁へと叩きつけた。最後に動かなくなったのを確認してから、獲物を引き抜く。

 

「……これで一区切り、かな?」

 

 目と耳と鼻と、第6感。周囲の安全を確認してから、一息。武器に付着した血を払って拭い、鞘へと納めた。

 そして納めた所で丁度良く、鈴の音が近づいてくる。駆け寄るとすぐさま、息も荒いまま二つ脚で立ち上がり、仮面に覆われた友の顔を窺う様に声をかける。

 

「―― 御主人、御無事で」

 

「ん。ネコも、だいじょぶ?」

 

「所詮はランポス、造作ないことです。……では、剥ぎ取りを」

 

「そうだね。よい、しょ」

 

 狩人もネコの無事を確認すると、腰に着けていたナイフを取り出して、ランポスの青い鱗に覆われた身体を切り裂いていく。

 狩猟の際に繰り出された攻撃で刻まれた体躯の比較的傷ついていない部分だけを、それぞれの個体から剥ぎ取る。残りを自然へ返すのは、ハンターとしての礼儀と自己満足。それと「傷ついてしまっていては加工に耐えない」という最もらしい理由からである。

 

「鱗が4片、皮が4片、牙が1組」

 

「ワタシは鱗が2つです。合計3目6品ですか。これからの航海や出来合いの加工品も欲しい点を考えると、まだまだ欲しい所ですね」

 

 仮面の人物は挙げた品々を地面へと並べながら、鑑定を始めている。

 手は止めず、ネコの言葉に同意をしながら、戦利品についての思惑を纏めるべく口を開く。

 

「ランポスに限らず鳥竜種の素材はその生息域の広さ故、安いけれども価値が変動し難い。鱗も皮も牙も、人々の生活に根付いて活用されてるから。……大陸上どこにおいても価値が変わらないというのは、とても大きい」

 

「成る程。貴金属に勝るとも劣らぬ『価値の普遍性』、ですか」

 

「ジブンらの生活に、ランポスはなくてはならない。けど金にしては相場が安いから、ネコの言う通りに素材の数が必要だけど」

 

 元も子もない台詞で会話を締め、確認を終えた戦利品を自らのバッグへと収納する。

 

「……そうだった」

 

 踏み出そうとした足を止め、後ろを振り向く。

 所々が傷ついた、自らが傷つけたランポス。その屍骸へ向けて顔を伏せ、数秒。

 これがこの大陸についてから、初めての狩猟であった。狩りの巷に、再び、自分達は降り立ったのだ。

 そうして再び顔を上げた時、狩人達の思考は、既に次なる獲物へと向けられていた。

 

「―― 行く。次へ」

 

「ええ、御主人」

 

 鋭い眼光。雨の強くなり出した密林を、その奥にある闇を、闇中にいるであろう獲物達を見据える。

 ―― 手に持つ無骨な鉄の剣。懐かしい柄の感触を握り締めていると、ハンターになったあの日が思い起こされるようだ。

 行こう。

 モンスターハンターは、再び木々の間へと消えていく。

 密林に降り続く雫は大きく、強い。流れる水の勢いと相まって辺りを洗い流し、この戦闘を人知れぬものとするだろう。

 

 ……ただし。

 それは狩られる側が「これだけ」であったのならば、の話しだ。

 

 

■□■□■□■

 

 

 南エルデ地方にかかっていた雨雲は一晩で過ぎ去り、空は端まで晴れ渡る。

 北に活火山 ―― ラディオ活火山を頂く半島。その南端にある1つの村が、沸いていた。

 昼間から酒を酌み交わす人、篝火を囲んで踊る人、ひたすら食べる人。現れ方は様々だが、その表情はいずれも喜色に満ち溢れている。

 

「……こりゃあ、どうしたんだ?」

 

 旅路に村を訪れていた行商人が、椅子に座る村人へと尋ねた。

 辺境にある、言ってしまえば辺鄙な村だ。祭りや祝い事でもなければ、ここまで盛り上がるものだろうか。そう疑問に思っての質問だった。

 村人はああ、と笑って旅人へと返答する。

 

「これは今朝方の話。……この辺りの山岳に巣食っていたランポスの群れを、1人と1匹のハンターさんがとっちめてくれたのさ。ここらじゃ最近、家畜が襲われていてね。こんなへんぴな所にハンターを呼ぶには金も時間もかかるし、最も近い火の国はハンターが離れられない危険地。……などと困っていた所に救世主が現れて、この騒ぎって訳さ!」

 

 男が持つ木製の杯には酒が喜びとが交じり合い、なみなみと注がれているのであろう。行商の男は成る程と思った。

 行商として大陸中を渡り歩く男自身も、ランポスだけでなくイーオスやゲネポス、ギアノスといった小型走竜の群れに襲われた経験がある。自らの体長ほどもある小型肉食竜の群れ。その脅威は身に染みて実感している。

 あの時も、護衛のハンターが居なければどうなっていたか。自然の贄となっているであろうという光景は、容易に想像がつく。

 赤い血をたれ流して血溜まりに沈む自分を、ランポスの群れが貪る。そんな光景を思い描き、ぶるりと身を震わせた。

 表情が芳しくないこちらを気遣ってか。目の前の男は陽気に酒盃を揺らし、話題を良い方向へと転がす。

 

「その上ハンターさんは、有難い事に、現物支給でランポスの素材を交換してくれてね。おかげで農耕だけが取り得のこの村は、朝っぱらから大騒ぎ。村の娘衆なんて、日の出と共に早速と、皮をなめし出してるときた!」

 

 娘衆がとなると、皮の量と……質も良いのだろう。その通りがかりのハンターは狩猟だけでなく、採取も剥ぎ取りも、中々の腕を持っていると言う事になる。

 

「―― しかし、ランポスの群れかい。どのくらいの規模だったい?」

 

 村の陽気にあてられてか、怖いもの見たさか。男はふと抱いた興味をそのまま口にした。

 ランポス。正式名称を色々と略され、鳥竜種と呼ばれる種類に属するらしいが……その様な呼び方をするのは王都に住む学者様方くらいのもの。

 男が知っているのは、群れで狩りをすると言うこと。肉食であること。1つの群れは、多くとも ――

 

「んー。一際大きなヤツを含めて、100頭分はあったかな」

 

「……100頭!? それは、一晩でかっ!?」

 

「あ、ああ。少なくとも昨日の日中にハンターさんは居なかったし、一晩と言ってたから、多分な。……どうしたよ、大きな声で?」

 

 村人が軽く言い放った言葉に、行商の男は驚愕する。

 100頭。通常ランポスの群れは通常、ボス1匹につき、隠れている個体を掻き集めても50頭程度だと聞いている。それ以上となると、幾つかの群れが集合している場合か。

 それらを鑑みるに、この村周辺に潜んで居た群れは2つ以上。だのに一晩でそれらを討伐し、おまけにボス個体まで仕留めたと言う。

 ……どのような腕と装備。どのような心を持ったハンターであれば、その様な芸当が成し得るのであろうか? 少なくとも新人や経験者程度のハンターではない。ドンドルマやミナガルデといった屈強なハンターが集まる街で無ければ、探すのも容易ではない筈だ。

 それだけの幸運に見舞われたというのに、この村人は判っていない。

 いや、もしくは。寧ろ、行商である自分よりも実感はしているのかも知れない。モンスターの群れという、先の見えない、只ひたすらに大きな脅威を取り除いてくれたという一面をこそ考えれば。

 

「……いや、なんでもない。ならばこの村には今、私らの商品は不要かな?」

 

「待ってくれよ行商さん。……んんっ、ぷはぁ!!」

 

 男は赤らんだ顔を輝かせ、活気に溢れた動きで一気に酒盃を仰いだ。そのままの勢いで辺りを見回し、

 

「あんたは見かけた覚えがない。新顔の行商さんだろ? コレも何かの縁だ。これからは我が村自慢の食料品も扱ってくれないかい。今日は酒を奢るぞ! ……おおーい! 次の酒だ! 客人にもなぁ!!」

 

「はぁい! もう、呑みすぎて倒れないでよ、父さん?」

 

「今呑まんで、何時呑むんだ!? はっはっは!!」

 

 男は辺りを周っていた若い娘から酒と杯を受け取り、差し出す。

 行商も受け取った杯と内に注がれた透き通る酒を視て、一息でのみ干した。

 

「おお! 良い呑みっぷりだ!」

 

「良い酒です。……そうだな。私は、火山周辺の村々を回っている行商一団の者でね。これからはこの村も贔屓にさせてもらおうか」

 

「それが良い、それが良い! ほら、呑め呑めいっ!!」

 

 人々の喧騒を飲み込みながら、炊かれた火から煙が昇っていく。

 煙はいつか薄れ ―― 空へと消えた。

 

 

 

 ―― 煙が消えた空の下、大海の上。

 

 大きく帆布を張った船の上で大の字に寝転ぶハンターが、1人と1匹。

 その姿には昨夜、山一帯を覆うほどの気を纏ってランポスの群れを切り伏せた……その面影など微塵も無い。元々表情の読めない仮面でもある。

 

「きっと、村が反撃しないから周りに集まってたんだと思う。……はぁ。貫徹で群れを2つ半と、引き寄せてしまったドスランポスを2頭。ボスを1頭撃退に留めて群れも半分残したから、生態系は問題なく立て直せるでしょ……と、思う、けど。やり過ぎた。疲れた。もう立てない。無理」

 

 小隊毎に区分けして捜索を行う、ランポスの特性を逆手に取った。わざと見付かってから山の中を駆け回り、分断しながら各個撃破したのだ。むしろ、武器の切れ味を保つ為にはそうせざるを得なかった面もある。駆け回ったせいで、周囲に居るランポス達をも集めてしまった。

 その後の事は、事後承諾ではあるのだが村人達と顔を合わせた際、近場のハンターズギルドに話を通すよう伝えてあるから何とかなるだろう。例え残したランポス達が、復讐という人間染みた真似に出てくる事があったとしても、北にある火の国のハンター達は、激戦区たるラティオ活火山という狩猟環境を耐え抜く程の精鋭ぞろいである。今の装備の自分達が相手どれる程度のランポスの群れは、言ってしまえば朝飯前に違いない。

 船にかけられた布製の日除けの下。ネコも潮薫る風に髭を揺らしながら昨晩の戦いを反芻する。

 ……思い出すだけで億劫だった。疲れがぬけない身体に力を入れ、起きる。

 

「ですが、早めに手を入れないと貰った食材が痛みますよ。御主人」

 

「……王都の工房製・氷結晶氷蔵の素晴らしい働きに、期待」

 

「……。……にゃあ。それもそうですね。ならば、交代で舵を見ましょう。先をどうぞ」

 

「ごめん、ありがと。……お願い、……ネコ……」

 

 やり取りの後、しばらく。被り物の中から寝息が聞こえ始めた。

 アイルーは主の寝姿を一頻り眺めてから跳ねる様に起き上がり、水平線ときらめく波へと視線を移して、海図を広げる。太陽の位置と時刻から方角を見定め、帆と風向きを確認し、微調整を行う。

 勢い良く風を受けた帆が、海上にある船をまっすぐ東へと推し進めてゆく。

 

「―― 目指すはまず、東。今まさに開拓作業中の……『ジャンボ村』です、にゃあ」

 

「ぐぅ」

 

 






 一気に弱体化した主人公らの戦闘でした。
 因みに。私はこういった主人公を書くのが好きなので、主人公は強い存在ではありますが、(私的には勿論と言って良し)真の意味での最強ではまったくもってありませんです。
 しかも大陸を探せば、この程度のハンターはザラにいます。そのため、いつかは死肉となって自然に還るのやも知れません。乞うご期待(ぉぃ

 ランポスについて。やはりこのお方でしょうと。
 作中で「一組4~6匹」と言っているのは、ゲームでの最大出現数を意識したねつ造設定ですので悪しからず。
 あとは、100頭殺そうとも、少なくとも「暫く」は生態系も村も大丈夫であろうと愚考しております。恐らくは、大型の肉食モンスターも寄っては来ないでしょう。来るのは死肉食獣くらいかと。
 だって、ランポス、肉の部位少なそうですし!
 骨と皮の死体がゴロゴロ転がっていようが、アプトノスだのの方が生殖率も質量も良いと思います。食べるのなら、そちらを選ぶかと。
 ……です。ので。

■ランポスが減る
 ↓
 草食獣が増える
 ↓
 リオレイア<ぐおー

 の相変異的な流れはありえるかと思います(ええ
 サイクルに時間がかかるので、途中で流れを断ってしまえば大丈夫だと思うのです。そこはギルドに任せましょう。
 では、では。
 今回の更新は終了です。暫くは、少なくとも書き溜めている分については順調に更新出来るかと思うのですが……どうぞ、宜しくお願いされていただければ。

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