モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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 大陸が南西、デデ砂漠に温暖期の熱が篭る。
 上の太陽と地面の砂に挟まれ、狩人と紅の双角竜 ―― 灼角との激突は続いていた。
 砂塵が唸りを上げる。正に烈火の如き猛進。白地の大地を、赤色が駆け抜けた。
 左右に分たれ、躱した……と思った矢先。アイルーがある事実に気付いて振り向く。その先に。

「っ、狙われてますニャー姉御(しかり)っ」

 弓を構えた狩人……ハイランドが立っていた。ハイランドは小柄な体駆ながらに堂々と灼角を見据えている。灼角は一直線に女を狙う。距離40(メートル)。灼角にとっては4歩で詰められる距離。女は弓弦を鳴らした。放たれた矢は2本。灼角の右角を抜け折れた左角を僅かに下方 ―― 寸分違わず左右の瞳目掛けて飛来する。

「―― 」

 灼角が咄嗟に瞼を閉じる。肥厚した瞼に鏃は難なく阻まれる。
 だが再び目を開いたとき、弓使いの狩人は視界から姿を消していた。相手は射手。距離を取るつもりか……灼角は振り向く。

「―― シッ」

 息を吐き出す音。左。弓使いの狩人が竜鱗の袴を振り乱し、鏃のついた矢を握り振り上げていた。
 思わぬ接近戦に、しかし灼角は応戦する。襟巻きに浅く食い込んだ鏃はあっさりと手放され、灼角の頭突きが空を切る。

「―― 」
「姉御、ご無事でなによりニャー」
「……」

 遊撃を行っていた2匹のアイルーと狩人とが合流する。相手の気迫に遅れはない。長期戦は元より織り込み済みなのだろう。
 改めて翼を動かし……今、身体の鈍りを実感した。体中に突き立っている矢 ―― 鏃に毒も仕込まれていたか。あらかたのものに耐性があるとはいえ、こうも数が多くては。
 相対した狩人の厄介さを反芻する結果を噛み締めながら視線を戻す。すると。

「―― 『ケド場』へ、『お担ぎ』を」

 両手を広げ、地に脚をどっかりと着けている。退くつもりはない。お引取りを。目の前に居た女の弓使いは、言葉を用いず示してみせた。

「……ヴるる」

 喉を鳴らす。この場に辿り着いてから、あの好敵手との決着がついてから、既に2度(・・)太陽が沈んでいる。
 縄張りは立て直す他ない。替わりにこの狩人との手合わせも叶い、面白いものを見ることも出来た。八つ当たりはここまでにするか。そう納得させ、灼角は地面の中へ体を潜り込ませた。追撃はない。

「追っ払うだけで2日とは……いやはや、あかつのさまの逆鱗には触れたくないものですニャー」

 狩人らはその姿が地面に消えるまでを、見送った。



第二十八話 坩堝

 

「―― ニャー、」

 

「―― ニャン。―― 生きて ――」

 

「―― 」

 

 誰かが何かを叫んでいる。その声に引き上げられるように、ゆっくりと意識が清明になってゆく。

 自分は瞼を開こうと力を込めた。まず視界に飛び込んできたのは、圧倒的な光だった。真っ暗な道程を戻り来た自分にとって、一杯の光線は刺激を伴うものだった。すぐに耐えかね、目を瞑り、素早い瞬きを繰り返す。

 紫から赤、橙から黄色。縁から青を経て、世界は彩りを取り戻す。

 

「……お、あ」

 

 唇はすんなりと離れてくれたが、久方ぶりに言葉を発した様に思える。自分の声には張りが無かった。砂漠を逃げる最中、長らく声帯を使っていなかったからだろうか ―― 何故、使っていなかったのか、定かではなく。

 

「……あ、い、うぅ?」

「―― !!」

 

 発声もままならない。母音を発すると、周囲に居た獣人がびくりと飛び上がってから近寄って来た。

 合わせて3匹。淡い橙、ほっかむりと、混じりけない白毛のアイルーだ。―― アイルー、もしや、自分もその様な生物だったか。

 

「どうやら目が覚めたニャン。タチバナ、姉御にご報告するのニャン!」

「了解だニャー。レイヴンは橙の村のカルカとフシフ達に取り急ぎの連絡を頼むニャー」

「……」コクリ

「ペルシャンは……言われなくともその娘に付いている積りだニャー?」

「当然ニャン。看護アイルーの矜持ですわニャン」

「それじゃあ、頼むニャー」

 

 走り去った2匹に手を振り、1匹は毅然とした態度でその場に残る。―― 何故、何処、何時、如何に。

 

「それじゃあほら、先ずは水を飲みなさいニャン」

 

 そして、口元に吸飲みを近づけた。自分はせめて身体を起こそうと力を込めるも、身体は上手く動かない。力が入らないのだ。白毛のアイルーに支えられながら、自分はやっとのこと身を起こした。

 

「……あ、……お」

「質問は後にするのですニャン。お腹を動かさないと代謝が駄目になるニャン。水が飲めたなら、麦粥から始められるニャン。ほら」

 

 何かを話そうとする自分に頑として譲らず、アイルーは吸飲みを差し込む。

 仕方が無い。それに何を尋ねたものか、自分が何者なのか、思考も纏まっていない。それに比べて、水の飲み方は覚えている。頬に力をいれ、自分は大人しく水を飲み込んだ。

 その様子を見て、アイルーは心底ほっとした表情を浮べる。

 

「良かった……むせ込みは無いニャン。これならご飯を食べられるから、衰弱も留められるニャン。……聞きたい事は山ほどあると思うけど、先ずは回復に努めましょうニャン」

 

 そう言って、再び自分を横たえた。

 今度は木製の天井と、僅かに差し込む日差しが目に映った。外からは人の声が聞こえている。覚えている。自分を追い掛けていた筈の脅威の気配は、見当たらない。

 もう暗闇に落ちる必要は無いだろう。あの場で得た鍵は、今も腹の底でしっかりと握り締められている。

 自分はその事に安堵を浮かべ、迫る眠気に任せ、また、瞼を閉じた。

 

 アイルーは慈愛を込めた肉球を少女の額にあて、もう起き上がるつもりがない事を悟ると、せめてもの疑問を解消すべく語りかける。眠り始めた少女に、はたして届いているものだろうか。

 

「今は温暖期の始め。ここはデデ砂漠を越えた先に在る秘境、『ネコの王国』。……おめでとうニャン。貴女は単独で砂漠を踏破した。助かったのですわ」

 

 覚えている。添えられた掌の暖かさに、少女はやっと解を得た。

 部屋の扉が開く音。視界はない。それでも誰かが近づいてくるのが判った。扉の方向から声が聞こえる。瑞々さのある女の声だ。隣に居たアイルーが姉御、と鳴いた。

 

「―― お帰りなさい、ます。そしてようこそ、モンスターハンターの領域へ。貴女を、女狼を。ジブンは歓迎するます、ノレッジ・フォール」

 

 そうだ。

 ……ノレッジ・フォール。

 …………それが自分の、名前だ。

 

 

□■□■□■□

 

 

 5日後。

 甲斐甲斐しいアイルーの世話もあり、完全に意識を取り戻したノレッジは心身ともにみるみる回復を始めていた。声は張りを取り戻し、聴覚も、やや聞きづらさは残るものの日常会話に問題が無い程度には元通りとなった。

 それと同時に、むしろ回復すればするほど、改めて今の状況に疑問ばかりが浮かんだ。ペルシャンと言うらしいそのアイルーは、看護の傍ら、知る限りの経緯を教えてくれていた。

 

「―― それでは、あのハンターさんとペルシャンさん達が、わたしを助けてくれたんですね」

「そうですニャン。でも何より、ノレッジの運が良かったのが大きいですわ。猟場の巡回に出たわたくし達に遭遇するという巡り合せもさることながら、橙の村を救ったと言う貴女の功績を報告されて居ましたから、いつも気紛れな王様も受け入れに寛容でしたニャン」

「そうですかー。フシフさんとカルカさんには感謝しなくてはいけませんね」

「レクサーラに戻る途中で直接伝えれば良いと思いますわ、ニャン」

 

 固定の為の包帯を取り替えながら、ペルシャンは続ける。

 どうやら灼角を相手取っていた自分は、あの裂け目に落ちた後、ネコの王国の街道にかけられた落石避けの網に引っかかって一命を取り留めたらしい。崖の壁にぶつかり3箇所ほどの打撲を負ったが、命に別状はなく骨折のような怪我も無い。これはおばあの付けてくれた楯と『ボーンシューター』の銃身が灼角の一撃を殺してくれたお陰でもある。そんな網に引っかかった自分を回収し、灼角を誘導撃退したのが、他ならぬハイランド率いるネコの王国の狩人部隊だったという流れだ。

 かつてレクサーラを訪れたばかりの頃に食糧難を解決した「橙の村」のメラルー達から、このネコの王国へ報告が来ていたのも一助となった。それら境遇と、失われた愛銃に感謝を抱きつつ。

 

「姉御……ハイランド・グリーズはこのネコの王国専属の人間ハンターで、並ぶ者の居ない弓使いの狩人ですニャン」

「その方にも、改めてお礼を言わなくちゃですね。ですが……ハイランド・グリーズさん、ですか」

 

 匿われていた借家の机で、ノレッジは首を傾げた。自分を救ってくれたのだという女ハンターの名は聞き覚えがあるように思えたのだ。

 恐らくは目覚めた際の最後、あの瑞々しい声の持ち主が件のハイランドだろう。だが名前をどこで聞いたのかまでは思い出せそうになかった。うんうんと唸るノレッジを見かね、ペルシャンが口を挟む。

 

「姉御の名前は聞いた事があっても不思議ではないですわ。なにせ姉御は、『モンスターハンター』ですからニャン」

 

 モンスター、ハンター。

 それは凄腕の中でも特に功績をあげた、一握りのハンターに与えられる別称である。体術も、知識も、心も、自然までをも。狩りに纏わる全てを備えた存在のための、栄誉ある呼び名だ。

 ノレッジは記憶を探る。確かに居た筈だ。弓を扱うモンスタハンターが。

 

「もしかして、『迎龍』の」

「そうですわ。姉御はあまり、その2つ名は好きではないみたいですけどニャン」

 

 「迎龍」とはかつて老山龍(ラオシャンロン)の撃退、討伐を指揮した伝説的な雇われハンターを指す2つ名である。今世のモンスターハンターは全て得意とする武器が違うため、弓を扱う者は彼女をおいて他に居ない。

 その彼女がここに居るという。ノレッジが興奮しながらその名を連呼していると、部屋の扉がゆっくりと開いた。

 

「―― 呼んだ?」

「姉御! わざわざのご足労、ありがとうございますニャン、って、抱き上げなくても良いのですわーぁゴロゴロゴロ」

 

 ペルシャンが飛び退いた場所を、来訪者がゆっくりと歩み寄る。途中でペルシャンを抱き上げつつ、その喉を撫でる手つきは手馴れたものだ。

 少女……もしくは童女にしか見えない来訪者の外見をみて、ノレッジは一瞬疑問符を浮べたが、ペルシャンの反応からするに彼女こそがハイランドに違いない。噂に聞くハイランドは当時25才であった筈。あれから幾年を経たのか、詳しく覚えては居ないが、たかが16の自分よりも一回りは年上だ。まずは礼を逸するべからず。

 

「その、ハイランドさん、ありがとうございました!」

「無事でなにより、ます」

「ゴロゴロゴロゴロ」

 

 呼びかけにハイランドは目を細め、すらりとした灰色の長髪を揺らした。ペルシャンの喉を撫でる手は止めようとしない。

 だが、彼女の言葉遣いは奇妙なものだった。しかも能面染みたその態度に、ノレッジは大いに覚えがある。いつも思い描いているその背。頼り甲斐と憧れとを抱く狩人の名前が、口の端から漏れ出した。

 

「―― ヒシュさん?」

 

 仮面の狩人、ヒシュ。自らの師である。

 態度と言葉の繋ぎ。そして雰囲気。どれをとってもヒシュに酷似している ――

 

「…………ヒシュ? 自分はハイランドだけど」

 

 が、それだけだ。目の前で首を傾げる女性は、やはり動作こそ似ているがそもそも仮面をしていない。背丈も、ヒシュの方が大柄だ。髪の色もヒシュは黒くハイランドは灰。ノレッジは慌てて取り繕う。

 

「あ、あのいえ。わたしの師匠に似ているなーと思いまして」

「ヒシュ……ヒシュ……ヒシュ?」

 

 話すノレッジの目の前で、しかしハイランドは気に障った様子もなくヒシュの名前を呼び続けている。

 そのまま暫く連呼しておいて、いきなり、掌をぽんとうった。

 

「ああ、ヒシュ。それは自分の唯一の弟子の名前ます」

「そう言えばそうでしたニャン。何年も前になりますが……奇面族として育った人間ハンターの名前の1つですわ」

 

 ヒシュが彼女の弟子だというのは、そう言えば聞いたかもしれないが、師匠の名前まで覚えてはいなかった。ノレッジは驚きながらも、師匠の師匠だという女性に改めて視線を向けた。視線を受けてハイランドが身を捻る。その腰元には、木彫りの仮面がぶら下げられている。

 

「これが、その弟子から貰った代わりのお守り。木彫りの仮面、見覚えあるます?」

「はい、とっても。……となるとお師匠のお師匠なわけで……大師匠ですね、ハイランドさん!」

「大師匠。うん。それはいい響きます」

 

 ハイランドは何やらご満悦な様相で、ペルシャンを撫でる手を止めた。借家に備え付けの机に腰かけ、ベッドに座るノレッジに対面する。本題を切り出すつもりだろう、と、ノレッジも心なし身構える。

 ペルシャンが素早く用意したお茶を一口。唇を開く。

 

「今日自分がここに来たのは、ノレッジに事の仔細を聞く為ます」

「ことの、仔細?」

「そう、ハンターとして。病み上がりで申し訳ないます」

 

 灼角に追われた逃走劇の流れか、第五管轄地の変貌について。もしくはどちらについても、という事か。ハイランドの視線にノレッジが頷くと、彼女は懐から地図を取り出した。

 

「ねえ、キミ……聞くます。……まず、あかつのさまと出遭ったって聞いた、どの辺ります?」

「あー、ええと……この辺りですかね」

 

 それはレクサーラよりも南側……砂漠を詳しく描いたものだった。

 ノレッジは地図を覗き込みながら、第五管轄地の中央部を指差す。そのまま南へと降る逃走路をなぞる。地図に寄れば、ネコの王国は本当に大陸の南端に近い場所に描かれている。人間の脚では14日で辿り着けたことすら奇跡と言っていい。逃走中、ノレッジは測量をしていない。予想の範疇を出ないものだが、それでもほぼ最短経路で下ったとみて良い筈だ。

 取り留めのない報告を黙って聞き届け、そして、ハイランドは首を傾げた。

 

「……そう。やっぱり、縄張り、変えてるのます」

「縄張りとは?」

「あかつのさま。あかつのさまは、ある意味この『ネコの王国』の守り神でもあるます」

 

 あかつのさま……流れから察するに、灼角の事だろう。それは信仰の対象だとか、そういうものだろうか。だとすれば自分は罪人ではないか、とまで考えたノレッジの思考を読んで、ハイランドは注釈を挟む。

 

「別に、拝むような神様じゃあないます。事実的な話し。自分もあかつのさまに弓を引いているし、大丈夫ます」

「あの、それなら良いのですが。……となると、事実的にとはどういうことでしょう」

「うん。あかつのさまと、もう1頭。あれが居て均衡を保っていた(・・)からこそ、デデ砂漠は未だ未開の地なのます。そうでもなければ、この王国はとっくにミナガルデに喰われてたます」

 

 あれとは何か。その均衡は今も保たれているのか。それら疑問に答えることはなく、ハイランドの視線が、ここで一旦ノレッジの胸元……その内に収められたお守りに向けられた。

 

「そのお守りがあれを動かした、ます。目覚めたのは偶然にしろ、居場所を変えたのは、あれが龍の墓前で戦うべきではないと考えたからます」

「それも判らない話題です。ですがその、このお守りはヒシュさんから戴いたものでしてー……出来ればこのまま持っていたいなぁと」

「うん。霊樹ヒヨスのお守り。自分があの子にあげたもの、巡り巡ってノレッジに渡ったます。貴女を守ってくれた。それは喜ばしいます」

 

 ノレッジは思わず取り上げられるかと身を捩ってしまったが、杞憂であったらしい。ハイランドは怒気を発することもなく、言葉通り喜んでいる様子だ。

 むしろ、その棘は他の場所へと向けられている。特にミナガルデの名前が出た時に明らかだ。

 

「怒っていないます。でも、ミナガルデは好きじゃない」

 

 またもノレッジの考えを読んだとしか思えない返答。更には此方が尋ねる前に、続ける。

 

「自分、王国の東の湿地帯を住処としていた遊牧の民ます。でもそこ、今は王国の植民地。だから東も西も、シュレイドは好きじゃないます。国が嫌いなだけで人をキライとは言わない、けど」

「……というよりも、わたくし達の主様は束縛とか型に嵌められること全般的に嫌いなのですわ。別にシュレイドに限った話ではないのですニャン」

「そだね。ペルシャン、ないすふぉろーます」

「恐縮ですわ、ニャン!」

 

 ペルシャンとハイタッチをかますハイランド。とても高名なハンターとは思えないやり取りだが、ペルシャンの崇拝の度合いからして、またヒシュの師匠だということからも、やはり尊敬に値する人物であることは間違いなくて。

 

「―― それじゃあ聞くことは聞けたし、最後に。ノレッジ。骨も折れていないし、リハビリはしておいて良います。ただし過負荷はかけないで、体力を落とさない程度に。ハンターも復帰してだいじょぶ。タブン、1週間後くらい? その辺り、希望あれば、タチバナかペルシャンに伝えるます。自分、狩猟に同行するます」

 

 そこへこうも考えを先読みされては、彼女の底知れない力を感じてしまうのも当然のこと。

 ノレッジが気にしていたハンターへの復帰期間を告げると、ハイランドは無機質に踵を返し、再び家の扉を潜り外へと出て行った。

 

 

 

 

 外を歩けるようになるとノレッジは元来の好奇心を取り戻し(持て余し)、積極的に出歩いた。

 ネコの王国は、岩間に建てられた日陰の国であった。決して広くは無い。だが人間の他にアイルーメラルーと言った獣人族、更にはあまり見ない土竜族などといった、多種族が入り混じる集落に近い場所でもある。

 日中は人通りも多く、そこでは市や川港だけでなく武器の市なども開かれている。人間よりもアイルーおよびメラルーが多く、彼等の中に職業としてハンターを営む者がおり、その武具を提供しているのだそうだ。メラルーの店主が並べている品が盗品でない事を祈りつつ、手当たり次第を覗いて歩く事にする。。

 その中でも目的の店……文具屋と郵便屋とを見つけると、ノレッジは真っ先に向かった。筆と草紙とを購入し手紙を記す。レクサーラに自分の無事を知らせるため、また逃がしたクライフ達が無事に到達できたかを知るためであった。伝書鳥が行き交う事のない王国では、週に一度ほど郵便のアイルーが来るらしい。郵便のアイルーは明朝に旅立った後らしく、発送は来週頭になるそうだ。

 幾つかの手紙を書き終えるとその場で店主に渡し、再び探検を始めた。石積みによって作られた街並みは、どこか第五管轄地で見た遺跡群を思い出させた。水はけを重視した水路が通路の脇を流れているのも低地ならではと言える。ただ、流れているのは雨水ではなく生活用水だ。案内を務めたペルシャンの窓から投げ出されるよりましだと言う意見については、激しく同意出来た。

 そんな王国の中でもノレッジは、司書を務めているのだというタチバナに案内され、毎日図書館を訪れるようになっていた。目的はネコの王国やレクサーラの成り立ち、それに王立図書館には置いていないような「王国の影」を著した書物である。体に過負荷をかけることを禁じられている以上、読書に時間を費やすのは有意義でもある。

 

「―― さて、今日はこの棚を攻めてみましょうか」

 

 意気揚々とアイルー向けのやや低い入口を潜る。書物は人間サイズなので、虫眼鏡の準備は必要ない。

 これはノレッジが王国の外に出て初めて感じたことなのだが、リーヴェルなどにあった王立図書館では、王国の批判や汚点を書き記した書物が徹底的に排斥されていたのだ。

 それを悪いとは思わない。取捨選択すべきは読者の側である。国としては当然の処置だろう。だからこそ外に出てから、ノレッジはそういった内容の本を好んで読むようになっていた。

 加えて、嬉しい事に、この図書館には未発見もしくは要調査の生物に関連した書物が数多く貯蔵されていた。書士隊としては是非とも調査資料に加えたい所なのだが、残念ながら、持ち出しは厳禁なようだ。ただタチバナに聞いた所、写本を作るのは自由との事で、リハビリの合間を見て暇さえあれば内容を書き写すのが日課として加わった。

 そんな日々をこなすこと数日。午前のランニングと柔軟を終え、サンドイッチ片手に本を探していると、棚を移動した所で本の種類が変わり始めた。図書館の蔵書は膨大だ。だからこそ焦らず、端から順に眺めていたのだが。

 

「……ふむん?」

 

 その内の1冊を、興味のままに手に取った。デフォルメされた双角竜が描かれた表紙。「やけづのさま」と呼ばれる物語だ。ノレッジは脚立の上で本を開いていたタチバナに視線を送る。

 

「ニャー? ああ、その辺はレクサーラの児童とかハンター向けの雑誌とかが置いてある区画だニャー。時間があるなら読んでみるのも一興ニャーよ」

 

 そう言うと、タチバナは本の虫干し作業に戻ってしまった。日を変え棚を変え毎日行われる作業を黙々とこなすその様は、ノレッジからみても忍耐強いものだ。

 あまり邪魔をしてもいけないと、再び書物に視線を落とす。タイトルからして、これはあの灼角に関連した物語なのだろう。一興どころか、ノレッジとしては大いに気になるものだ。

 内容を、今度は歴史書や調査報告の類ではないため、飛ばし飛ばしに読んでゆく。

 「やけづのさま」は、ハンター業を利用して利益を目論んだ村が、最後にはモンスターの逆襲に遭うという内容だ。

 どうやら実際に起こった事実に脚色を加えたフィクションなのだが、大いに教訓を含んでおり……自然との調和というハンターの命題を語る上で非常に有意なものとなっているのだろう。それ故にレクサーラに住まうハンター見習いが熟読する教科書として選ばれた。レクサーラのハンターが規律を遵守しようと努力するのは、これら歴史を鑑みて教育を重視したギルドの育成戦略の賜物に他ならないのだ。

 しかし「やけづのさま」は実際に起こった事態だとは言え、それも遥か昔の出来事。砂漠の村々においては「やけづのさま」を狩猟祈願の神様として奉じる場所が現れる程度には、年月も経過している。あの個体と同一の存在なのかは、知る由もない。

 

「……これは仕方が無いですね。次です」

 

 これ以上の追求を諦めて、下段に在った本を手に取る。

 他と比べて真新しい装丁の背表紙には「美少女ハンター凍土で大奮闘です!」と、どこか軽いノリの、図書館に無い分野の香りが漂っていた。

 だがノレッジは迷う事無く著者プロフィールの欄を捲る。やはり ―― ユクモ村やシキ国に特有の「姓名順」の表記で、ザイゼン・エリ。巷で「美少女ハンター」として名を馳せた人物である。

 ザイゼン・エリの名は耳にしたことがある。彼女はハンターとしても上位、この時点でも「4つ星(ランク4)」の実力を持つ、兼業作家であったはずだ。

 「美少女ハンターシリーズ」……略して美少女譚は、(21)のザイゼン・エリが書き下ろした連載書き物の最新作である。中でも本作は、凍土と呼ばれる地を駆けずり回って成された実体験に基づく書き物で、……細かく説明すればきりが無い為、これ以上なくざっくりと説明すると……ティガレックスとの闘争が最後には和解に近い形で収束する。他にない結末が世間の好評を得た部作となる。彼女はこの作品で世に認められたと言っても過言ではない。それはハンターとしても一端の物書きとしても。近々に美少女シリーズかは知れないが、続編の出版も噂されていた。

 さて。まさか最果ての地に佇む図書館が、ドンドルマギルド傘下の出版社が放つ人気シリーズをも備えているとは……アイルーの知識欲も侮れない。そう考えつつも、ノレッジは好奇心のままに表紙を捲る。

 捲る。捲る。主人公たるザイゼン・エリは自身と同様の弩使い(ただし軽級の弩である)。『バズルボローカ』というバレル主体の変則な武器を使う所に、ノレッジは何故か共感できてしまう。捲る。捲る。

 

「―― ッジ! ノレッジ、聞いてるニャー?」

 

 自分の名を呼ぶ声に、はっと顔を上げる。心配そうなタチバナが、此方を覗き込んでいた。

 何事か。言葉にせずとも顔に出したノレッジに、タチバナは呆れと優しさをない交ぜにした表情を返した。

 

「もう夕方ニャー。全く。ノレッジは本の虫、読書の鬼だニャー。その本も貸し出すから、部屋に戻って読むと良いニャー。返却の期限は6日後ニャー」

 

 見上げれば確かに、空が夕陽に染まっている。いつの間にそんなに時間が経っていたのだろうか。

 タチバナは呆けているノレッジから本を取り上げると、素早く貸し出し手続きを済ませ、また腕に握らせる。

 

「ノレッジ、明日はミャー達の狩りについてくるんだよニャー?」

「……えと、はい。是非、ご一緒させていただければと思うのですが」

「なら、ミャーはこれから王様の所に報告に行くニャー。明日にはノレッジも拝謁することになると思うニャー。くれぐれも寝不足にならない程度に読書してくれニャー」

 

 そう言い残し、タチバナは図書館を後にした。

 ノレッジはその忠言の通り、閉館前に借家に帰ると、遅くなる前に読みきるべく「美少女譚」の表紙を開くことにする。

 全てを読み解き終わったのは、部屋の中に灯りの影が躍る時刻となっていた。谷間にあるネコの王国は日照時間が短いとは言え、それでも数時間を要したのは、この物語の中にノレッジが感じ入る何かがあったからだ。

 固まった体を解し、ベッドに投げ出す。薄桃色の長い髪がぶわりと広がった。解れた髪に手入れを入れつつノレッジは呟く。

 

「……ザイゼン・エリさんは、何を思ってこれを書いたのでしょう?」

 

 ティガレックスがハンターである著者の救命に手を貸すという展開を経、最後にはどちらかを殺すというハンターものに「ありがち」な結末を迎えない。自然との調和を守るという教科書染みた教訓も何処吹く風ぞ。そして主人公たる美少女ハンターは何処までも泥臭く。これこそが物語「美少女譚」の特徴であり、読者諸君の心を掴んだ「味」でもある。何より「凍土美少女譚」は、名作絵本のような出来栄えのハッピーエンドから、一般読者からの反響が殊更良い。

 だがその部分にこそ、ノレッジは疑問を覚えていた。

 

「分かり合う ―― いえ。むしろこれは、人にとって都合の良すぎる結末です。そんな事が、本当に、出来る(・・・)のでしょうか」

 

 此方の挙動に歓んだ灼角の様子を、今もまだはっきりと覚えている。あの「何か」を再現し続けさえすれば、その様に分かり合う……ご都合主義の結末を迎える事も、不可能ではないのかも知れない。そう、結び付けてしまう。

 思い出すだけでも頭痛が走る、あの感覚。灼角と対峙していた最後の記憶。思考が流れ込んでくるような、在り得ない筈の確かな手応え。腹部を軽く押さえると、底に眠る狼が、内を食い破り外に出るその時を虎視眈々と狙っている様な……異物感と僅かな空腹感とが感じられた。

 

「……ヒシュ、さん」

 

 目を瞑る。無意識に救いを求めてであろう。追い続けていた狩人の影が、仄かな熱と寂しさを伴って脳裏をちらついた。自分はあの背に近付くための資格を得た。そう、考えて良いのだろうか。

 この場にも書物の中にも答えは無く。解は、今は狩場にこそ在るのだろう。

 疲れが抜けきっていないのか、それとも(なま)っているのか、いずれにせよ身体も万全ではない。明日には待ちかねた狩猟の予定もある。

 ならば考えるのは後にしよう。思考を閉ざす。いつしか夜は更け、ノレッジは眠りに落ちていた。

 

 

■□■□■□■

 

 

 空が明るさを取り戻す。歯を磨き顔を洗い、片手間に黒パンを齧りながら櫛を通すと、朝の準備は終えられる。愛用していた弩の整備が無くなって、準備に費やす工程と時間は驚くほどに減っていた。

 ノレッジはハイランドとタチバナに連れられて谷間の奥を目指した。そこに城または宮殿があるらしい。

 王国と銘打つからには、民衆を束ねる王が居る。今は西シュレイドや一部の辺境でしか見かけなくなった風習ではあるが、アイルーの王が居ると言われてみれば、何故か得心のいくものであった。

 

「―― でっかぁ」

 

 目的地に到着するなり、ノレッジは感嘆の声をあげた。ただ驚いた理由は宮殿よりも、その後ろで死して尚堂々たる姿を晒す「巨龍の骨」によるものだ。屋根の後ろから大きな頭蓋が突き出し、宮殿を行き来する人々を見下ろしている。アイルーを始めとした小柄な獣人族が多いため、その大きさは一層強調されていて。

 隣でひょいひょいと階段を登りながら、同行したハイランドが頭蓋を指差した。

 

「あれは老山龍の頭蓋。折角だから、狩猟した時に貰って来たます」

「うわ、よりにもよってハイランドさんの仕留めたラオシャンロンの頭蓋なんですか」

「王様が欲しいって言ってて、自分がこの王国を拠点にする時、これが条件だったます」

 

 距離があるため縮尺は違うが、あの頭蓋だけでもノレッジ10人は飲み込めそうだ。

 そんな頭蓋を、ハイランドは別段の執着も感じさせず頭蓋を見上げている。大きさは兎も角、その点については気になった。

 

「あの、あれを仕留めたんですよね? ハイランドさんが」

「ん」

「もうちょっとこう、誇っても良いのではないですかねー……と、わたしは思うのですが」

 

 酒場で酒をあおりつつ、自らの武勇伝を語る。ノレッジの思い描く正しいハンター像である。

 そう恐る恐る口にすると、ハイランドはやはり首を傾げた。

 

「なんで?」

「なんでって……いや、普通はそうなのかなぁと」

「その普通は、別の人の話ます。それともノレッジは、大きな獲物を仕留めたっていう自慢をするます? 例えば今なら、あかつのさまと戦って逃げ切ったんだぞーとか」

「……うーん。それと仕留めたのではまた違うというか」

 

 一般的には間違っていないはずだが、成る程。確かにノレッジが(夢想だが)ラオシャンロンを仕留めたとしても、自慢はしないに違いない。ジャンボ村で修行をしていた頃……レクサーラで修行をしていた頃。この王国を訪れる前だったら判らない。だが恐らく今のノレッジは、後味の悪さと虚無感とに苛まれて、それ所ではなくなってしまう筈だ。

 

「それより、王様に会う時間が迫ってるます」

「……あ、すいません。無用な手間を取らせてしまい」

「いい。気にしないます」

 

 本当に気にしていない。ハイランドはふいと向きを変え、王宮の中へ入った。衛兵は顔パスである。

 

「ミャー達も行くニャー。まがりなりにも王宮だからニャー、迷ったら厄介ニャー。遅れずに着いて来てニャー」

「はい。お願いします、タチバナさん」

「ニャー。良い返事だニャー」

 

 タチバナの後ろを、ノレッジは数歩下がって着いてゆく。王宮の中は数多くの獣人達が歩いており、しかし、彼等彼女等がノレッジを見る目はどこかびくびくとしたものだった。

 そんな視線が多少は気になるが、顔には出さず。そのまま最奥部に到達する。マカライトグラスに照らされた大伽藍の元に、両開きの装飾扉が鎮座している。謁見の間だ。ここまで、先行していたハイランドの姿は見当たらない。既に中に居るのだろう。随分と奔放な英雄だ。

 

「王様はこの先ニャーよ。ま、あんまし固くならなくて大丈夫だニャー」

「あ、そうなんです?」

 

 ならばと、むんと身構えていた両腕を早速と下ろす。

 

「王様は偉そうなことも言うけど、基本的に気紛れだからニャー。どっちかって言うと芯の一本通った人間が好きだニャー」

「ハイランドさんは?」

「あれは気紛れ同士で気が合うだけニャー」

 

 成る程。アイルー王に気に入られる性格をしていたのではなく、ハイランドの性格がアイルー達に近いという事なのだろう。それは、納得できる。

 それじゃあ行くニャー、という相異ない言葉と共に、タチバナは扉の取っ手をかつかつと慣らした。両扉が開いてゆく。

 豪奢な部屋だ。緋色の絨毯の左右にずらりと、騎士鎧に身を包んだアイルーとメラルーが並んでいた。段々になった階段の上、玉座に、ネコの王国が主 ―― 三毛アイルーが退屈そうに腰掛けている。しかもただの三毛ではない。三色、黒と金と銀で構成されている。黒地に煌く金と銀。見た目にも映える王族だ。

 案内を務めたタチバナが膝を着いた位置よりも一歩を踏み出し、そこでノレッジもタチバナに倣う。

 

「面をあげるにゃ」

 

 玉座の横で大きな書類挟みを抱えるアイルーの言葉に応じ、ノレッジは視線を上向かせる。玉座の左で普通に立っているハイランドが目に入り、次に、冠を斜めに冠り煌びやかな外套を纏う如何にもなアイルー王と向き合った。

 さて何を言われるものか。玉座を前にやはり身構えたノレッジを他所に、開口一番、アイルー王は口調に気紛れさを滲ませた。

 

「良くぞ来てくれた人間のハンターよお主の無事とわが国の庇護にある村を救ってくれたことに礼を言う褒美をやろう狩りにはどうぞ出ていいにゃ。……くぁぁ、そんじゃあ帰るにゃ」

「いやいやアイルー王、そういう訳にも行きませんよ……」

 

 帰ろうとした王の首根っこを、横に居た書類挟みアイルーが慣れた反応でがしりと掴んだ。

 王は既に威厳もなく、唇を尖らせて手足をばたばたと動かしている。冠と外套は玉座の上に置き去りだ。

 

「不敬~、不敬だにゃ~、宰相ぉ!」

「不敬を被っているのはお客人です。私が話すから座ってろにゃあ、王ぉ!!」

 

 取っ組み合いに成り始めた両者を、ハイランドが引き離す。王は玉座の上へ、宰相は玉座の横へ。騎士達は微動だにしなかった。良く鍛えられているらしい。

 こほんと咳を挟んで仕切りなおしたのは、玉を縄で結び付けて勝利した宰相であった。

 

「お見苦しい所をお見せして申し訳なく。……それではノレッジ殿。改めて、王に代わりまして御礼の言葉を。橙の村をお救いいただいたこと、感謝に絶えません。ありがとうございました」

「そんな。わたしはできる事をしただけで……むしろここで命を救ってもらいましたが」

「いえいえ。それだけでは足りません。王国に匿われたと知った橙の村のアイルーメラルーより、礼状と、是非とも取り立てて下さいとの旨を書き記した書状が届いています。人間ながらにそこまで慕われている以上、貴女には出来る限りのお礼をしなければと考えていました」

 

 宰相は屈託のない笑みで話す。魚竜の討伐に際して世話になったのは、むしろノレッジの側だろうと考えていたのだが。そんな風に戸惑うノレッジを、縛られ三毛アイルー王は頬杖着いて見下ろしている。思わず辺りを見回したノレッジと、真っ先に視線がぶつかる。

 

「……ふぅん? ま、ありがとだにゃ人間」

「恐縮です」

 

 短いやり取りだが、感謝の意は汲み取れた。十分に過ぎる。

 ノレッジの様子に満足げに鼻を鳴らすと、王は言葉を続けた。

 

「それじゃあ奏上するにゃ、宰相」

「はい。ノレッジ殿にはわが国から発注された討伐の依頼を優先的に受ける権利と、ネコの国の名誉騎士称号を授けます。……因みに名誉騎士なので、この国に居を定めたり土地を管理したりする必要はありません。どうぞご安心を」

「そんな面倒なことさせる訳ないからにゃ~」

 

 その言葉を最後に、王はぐでっとだれてしまう。宰相が苦笑いを浮べるが、むしろ良くもったほうなのだろう。仕方が無いと小さく呟き、ノレッジへと向き直った。

 

「ハイランド様よりお話は伺いました。今挙げさせていただいた依頼の受諾権利を使用して、ハイランド様たちと狩りに出ることが可能です。この肉球スタンプを持っていれば衛兵に咎められる事はないでしょう」

「あ、ども。ありがとうございます」

 

 掌ほどの紙を恭しく受け取り、鞄に仕舞う。これにて王宮での用事は終わりだ。あとはハイランドに続いて、肩慣らしのための依頼をこなす予定となる。

 いよいよの復帰戦だと、胸を高鳴らせたノレッジが振り返ると ―― しかし。

 

「―― 宰相殿! 急ぎの報告が……!!」

 

 扉を勢い良く開き、軽装のアイルーが謁見の間へと飛び込んできた。

 件のアイルーはお客がいることに気づくと慌てて頭を下げたが、火急の要事なのだろう。そのまま宰相に近寄り、耳元でささやき始める。宰相の顔が驚きに染まり。

 

「なんと! この時期の砂漠に、白銀の一角竜がっ……!?」

 

 思わず驚きの声をあげた。

 一角竜という単語に、ハンターたるハイランドの首がかくりと傾ぐ。

 

「宰相、出現地はどこます?」

「……この王国から北に15キロ程離れた、砂原の丘です。此方へまっすぐ向かっているそうで、そうすると、大陸北部からの主要な通商路3つを封じられてしまいます。おそらくは近日中にも、こちらへ向かっている商隊が巻き込まれてしまうでしょう。しかしハイランド様には、西側での大連続狩猟が……」

「そっちの依頼も、達成には移動を含めて2日は欲しいます」

「うーむむ……亜種とは言え相手がモノブロスでは、アイルー達を向かわせる訳にも行きませんな」

 

 ハイランドと宰相は顔を突き合わせて悩み始めた。

 ノレッジも首を捻る。一角竜・モノブロス。飛竜種に属するモンスターの名前である。体駆がやや小さく角が1本になるなどの些細な違いはあれど、つい最近まで手合わせしていた双角竜に酷似した近似種で間違いはない。強者にして脅威、純然たるモンスターである。

 しかしだとすれば、灼角を誘導撃退する程の腕を持つハイランドならば十分に相手取れる筈だ。北と東で狩猟場所の距離が離れているが、それはアイルーを向かわせるなどして時間稼ぎをしてもらえば……

 

「……あ」

 

 ……とまで考えた所で、この策の穴に思い至る。ハイランドも宰相も、ノレッジを向く。気付いたか、という同意の表情。

 

「そう、ノレッジ。モノブロスはハンター1名での狩りしか認められてないます。それはアイルー達も例外ではないます」

 

 古き慣習。ハンターが開祖 ―― ココットの英雄が成した単独での一角竜討伐に端を発する、決まり事。

 モノブロスの狩りには、ハンター1人で向かわなければならない決まりがあった。それはハンターの蛮勇振りを示す無理難題にして、英雄を生むべく訪れた試練。モノブロスの個体数が少ない故に機会が少なく、難易度は高く。だからこそ英雄の証にと挑むハンターは後を絶たない。

 しかしその様な、ある意味ではお祭りの主催となるモンスターも、今はただ間近に迫った脅威である。国は谷間にあるため、王国自体が危険に晒される可能性は少ない。しかし通商路が潰される事それ自体が大きな損害であり、商隊までもが被害に合う可能性がある。また今後の事を考えても、このまま座して過ぎ去るのを待つというのは、どうあっても避けたい事態であった。

 

「あくまで慣習なので、国が直接襲われるような事態であれば例外が適用される筈ですが、この王国に限っては立場があれな上に直接襲われる可能性自体が低い。例外の適用は望み薄でしょう。それに殆どのアイルーは、未だミナガルデのギルドではハンターとして認められておりません。自衛以外の目的で、彼等の管轄であるデデ砂漠で勝手に狩猟をしたと絡まれてしまえば、それこそ、これまで耐え忍んできたこの国に付け入る隙を与える形になってしまいます」

 

 宰相は正しくにが虫を噛み潰しているのではないかという程、青ざめていた。

 件の英雄が生まれたココット村は独立自治に近い形ではあるのだが、最も近いミナガルデのギルドが影響力を持っている。モノブロスの狩猟に関しては彼等が取り仕切っているため、慣習にも口煩い。英雄などと王国でも声高に叫ぶ事の出来る名を持つ狩猟対象には、尚更。

 大連続狩猟を予定している場所は距離が近く、其方もアイルーだけでは時間稼ぎにならない依頼。つまり、一角竜と大連続狩猟は同時に対処しなければならない案件か。

 しばし謁見の間に沈黙が響き。

 

「―― 仕方が、在りません」

 

 宰相が溜息を吐き出す。悩んだ末の結論。恐らく一角竜を後回しにして、ハイランドに出来る限りの早さで向かってもらう積りなのだろう。

 だが、その小さな口が開く前に声がかかる。玉座。

 

「―― まつにゃ宰相。おいそこの人間」

「? わたしですか」

 

 呼び止められ、ノレッジは王と見合う。玉座に座るアイルーは、先ほどまでの退屈さをひっくり返した様な、凄惨な笑みを浮べていた。

 

「お前、やれるかにゃ?」

 

 金と銀の瞳が細められ、闇夜に浮かぶ三日月を思わせた。そして三日月 ―― かの紅の王が戴く双角の冠を想起した。

 駄目だ。興味を持ってしまっている。やれるか……違う。この飢えを満たせ。違う。

 すぅっと血の気が引いてゆく。急激な空腹に襲われる。反射的に腕が、引き金を引く指が、今は無き自分の(きば)を探してぴくりと跳ねる。

 まだだ。腹に力を入れ、それ以上は留めた。あくまで瞬間的な出来事であったため衛兵に悟られる事もない。ノレッジは息を吐き出しながら、平静に努める。

 

「あの、それは、つまり……わたしに依頼を回すと?」

「まぁにゃ。一角竜の方をにゃ」

「王、ですがそれは……」

 

 宰相が止めに入るも、声に力はない。こればかりは王の意見に理が在るからだ。

 

「現実的にものを見るにゃ宰相。ミナガルデが相手である以上、わが国のアイルーメラルーでは不利に過ぎるだろにゃ」

「……野生アイルーの振りをして撃退をする策はどうでしょう」

「ほう。野生のアイルーが、組織的な動きをして、一角竜とやり合うにゃ? 不自然すぎるだろにゃ、逃げない時点で。というかそれですらミナガルデが難癖つけてもおかしかないにゃ」

 

 ここで反論はなくなった。アイルーの王は再びノレッジに向く。

 

「ああ、でもそういや、お前は紅の双角竜に負けたんだっけにゃ。あれと比べるのもどうかとは思うが、この白銀の一角竜も一応は上位個体らしいにゃ。だよにゃ宰相」

「……ですにゃあ」

「じゃあやっぱりお前じゃ無理かもにゃ」

 

 吐き捨てるような一言に、ぶわりと泡立つ肌。自分の表情が強張るのが判る。何とか抑えた衝動が再燃し、皮一枚を隔てた内側で煮え滾った。

 必死のノレッジを正面に、宰相はおろおろとうろたえながら。

 

「ノレッジ殿……無理はなさらずとも。ただでさえ病み上がりなのです」

 

 その態度を懊悩と取ったのか、宰相は気遣った言葉を向けた。だがその表情には期待が見え隠れしている。ミナガルデによる圧力によりアイルー達は相手が出来ない。その場合の頼みの綱であるハイランドが居なくては、もう一方の大連続狩猟の戦線が保てない。確かに、ハンターとして、ノレッジが引き受けるべき案件だ。理屈の上では。

 直情的に表に出すことだけは堪える。これは挑発だ。考えろ。口を開き、それでも牙を覆い隠し、言葉を思いだす。

 

「……この依頼の場合、時間稼ぎさえ出来れば失敗でも構わないですからね」

 

 この辺りが落とし所だろう。灼角から逃げ切ったという事実は、上位の一角竜を相手にノレッジが時間を稼ぐことが出来るであろう証左にもなり得る。王が言う様に討伐は出来なくとも十分だ。

 

「わたしは1人で一角竜の亜種に立ち向かった。でも、2日かけて討伐できず依頼失敗した。これでも構わないのでしょう? ……裏を返せばわたしが時間稼ぎさえ出来れば、ハイランドさんのご活躍で解決できますから。大連続狩猟を終えて駆けつけてくだされば事足りてしまいます」

 

 そのまま勢いに任せ、何とか最後までを言い切った。

 そう、「必死に繕う」ノレッジの向かいで、王は呆れた表情を浮べていた。

 

「―― お前、今の自分の顔を鏡で見てみろにゃ。ハイランドが狼とかいってるのがマジだと判るにゃ。倒す気満々の奴が言う台詞じゃあないにゃ」

 

 それでも様相を崩さない辺り、やはり王族という事なのだろう。艶のある黒毛に包まれた耳は、その無気力さを示すが如くだらりと頭の上に垂れている。

 力がふっと抜けてゆくのが判る。労せずして喉が震えた。

 

「……あはは。これでも苦しんでるんで、ちょっと今これ以上は勘弁してください」

 

 全てを飲み込んで、ノレッジは笑った。不安と期待とに無邪気に歓ぶ、ことはない。

 この日の夕方。ノレッジは一角竜の狩猟依頼へと旅立った。





 さて先ず、作中に登場させていただきました著作「美少女ハンター凍土で大奮闘です!」は、現行ユーザー名「fuki」さん著作のモンスターハンター二次創作……の、作中作となります。ノレッジが疑問に感じているのはある意味当然で、本来は、ここから大どんでん返しが仕込まれているのですよー。
 fukiさんには、この場を借りて御礼をば。使用のご許可をありがとうございました!
 作者さんごと私のお気に入りに入っていますので(作者のお気に入り機能を最近知りました(ぉぃ)、この場にて興味をもたれた方は是非ともご拝読をとお勧め出来ます。物語性が強く、しっかりと纏められた、しかして世界観の解釈に同類の匂いも感じるイキでイナセな二次創作です(旧い。それを読んでから今話を読むと、ノレッジがどれ程に道を踏み外しているのかを実感できる事かと思います。
 一応、この場にて釈明をさせていただきますと、百聞一見さんといいfukiさんといい、私がクロスまがいのことをやるのは、ある意味ではMHラノベシリーズへのオマージュでもあります。「魂を継ぐ者」では特にそれが顕著で、他からのゲスト出演者との絡みも見所となっていました。
 本作においてはあくまでパラレルに過ぎず、相手方の世界観を壊さないような役にはなりますが、それでも、こういうのはやる側が楽しいというのが大きいですね。今後も誰かしらに声がかかるかもしれませんが、その時は生暖かい視線を送りつつ対応をばしてくださると嬉しいです。あ、声掛けるのが怖くなってきましたが……(汗。
 ハイランドは私の作品には珍しくアラサーお姉さん風味であり、三十路を控えております。アラフォーじゃあなくアラサーですのでお間違いなきよう。とは言え彼女は突っ込んではくれないでしょうけれども。
 ネコの王国は創作ですが、何処かでうっすらと聞いた設定のような気もします……。この場所の存在が生かされるのは、恐らく後々。
 ではでは。次回で砂漠編を終了と成ります予定。予定は未定とはよく言ったものですね(ぉぃ

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