モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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第二十六話 ドンドルマという街

 ドンドルマは大きな街である。

 西には高嶺ヒンメルン山脈を頂き、山脈を越えれば唯一の「辺境ではない地」、王国を含むシュレイド地方が待ち受け ―― 更には大陸の南側の交通を一手に引き受ける、ジォ・クルーク海にも面している。故に人の交通という意味合いを兼ね合せた、ハンター社会の中心でもあった。

 ヒシュらが乗り上げた大陸の、地政の中心を担う街。それがドンドルマである。

 山を切り開いて作られたその街は、政務所……大長老という巨人が指揮を執る「大老殿」に近付くに連れて高度を増してゆく。所々に設けられた広間では市が開かれ、活気に溢れた商人達が毎日のように新鮮な素材や話題を商いの場に並べては声を張り上げていた。

 そんなドンドルマの街中を、ダレン・ディーノは慣れない足つきで進む。

 

「……何時来ても慣れないな……ここは」

 

 呟いて、袈裟懸けにした大きな鞄を背負い直し、腰につけた小さな革鞄の所在を確かめる。

 ダレンは同じくジォ・クルーク海に面する村、メタペタットの生まれである。そのため、海を望む景色その物には慣れているのだが、あの村はあくまで中継点としての役目を持つものであり、こうも人が多く集まる場所ではなかった。活気が、人の多さが違うのだ。

 また、街としての成熟具合も雲泥の差である。(とはいえ、自らの生まれ故郷を泥だと言う積りはないのだが)村の外れに林立した防風林が名物であるメタペタットに対し、ドンドルマでは山を吹き登る風が風車を回し、街のそこかしこに飾られた赤と緑の旗を揺らしている。人工物の数だけでもメタペタットの数十倍はくだらない。規模や大きさに及べば言わずもがな。

 

(比べる事に意味は無いにしろ、それだけにこの地へ来るにはある種の気合がいるな。……気合……いや、ここは心構えというべきか)

 

 ダレンが徒歩で門を潜り、ドンドルマの長階段を登り始めてから30分ほど。頬をなでる風は徐々に湿り気を帯びていた。水気は高さが十分に成る頃……大老殿に達する頃には雲となり、ドンドルマに水源をもたらすのだ。

 2つ目の広場を北に抜けると、見上げるほど長い階段がまたも(・・・)姿を現す。この先は広場と階段とが交互に続き、その数を重ねる毎に立ち入る人間が限られる。

 ダレンは衛兵に会釈をしながら書士隊の隊証を差し示し、許しを得たうえで石積みの一段目に足を乗せた。目的地は、この先にある7合目広間の東にあった。

 ここでもう1度腰に手を当てる。腰に巻かれた小さな皮鞄の中には、ヒシュから托された密書が入っているのだ。と、改めて気を引き締める。

 何分、早朝の食事時である。ドンドルマには抱えだけでなく旅途中に逗留しているハンターも大勢いるのだが、その殆どは今ダレンのいる区画……ハンター達が大勢居住する地域を降りてゆく者ばかり。彼ら彼女らが目指す場所は、街門を潜ってすぐの第一広場に面した「アリーナ」と呼ばれる酒場である。歌姫の美しい歌声を聞きながら食事をするのが、ここ最近のドンドルマの流行なのだそうだ。

 そんな人の流れをただ1人逆流し。ダレンは石畳がびっしりと敷かれた7合目広場で足を止めて、周囲を見回す。目指す第2風車はこの辺りの筈だった。

 目的を探しながら空を見上げると……見覚えのある大きな翼が弧を描いて。

 

「あれは……オリザか?」

 

 ヒシュの伝書鳥、大鷲のオリザ。大鷲だとはいえ若年のオリザは、野生種の鳥類や鳶などと比べて際立って大きい訳ではない。それでもオリザだと遠目に判断できたのは、ジャンボ村で長らく共に過ごしていたからであろう。

 ダレンはオリザが「忙しなく」ではなく「自然に」旋回する空の、その下方へと視線を向ける。山を登り来る風を一身に受けて回る風車があった。あれが第二風車に違いない。

 鞄の封を確認し、ダレンは風車小屋へと脚を向ける。

 

「……さて、合っているかどうか」

 

 大きな音をたてて回転する羽の袂へ。風車小屋が近付いている。

 周囲には誰もおらず、ここに近付くまでにはすれ違う人も存在しなかった。この風車は広場から離れた場所に在るため、迷路のように入り組んだ道を通らなければならない。そのため、好き好んでここを訪れる人は居ないだろう、というのがダレンの感覚である。そして恐らく、この感覚は極めて一般化可能なものだ。

 木の軋む音が耳を揺さぶる頃になって、目前に木製の扉が現れた。ダレンはその取っ手を迷い無く握った。

 

「失礼す、る ――」

 

 扉を潜って小屋へと立ち入り、すぐさま、ダレンは言葉を止めた。

 いや。止めざるを得なかった。

 理由はある。風車を動力として、ごりごりと音をたてて粉をひく石臼の奥 ―― 窓際に立つ人物を目にしたためだ。

 

「―― やあ、ダレン。活躍は聞いているよ」

 

 男は肩から脚までを覆う緑の衣に身を包み、袖の中で腕を組みながら、ダレンへと声をかけた。

 耳元で乱雑に切り揃えられた茶の髪。目を覆いかねない前髪は横へ流し、長い後ろ髪は帽子の中に纏め、眼鏡の内からの視線を投げかける。

 細身だが長身のその男は、笑みを湛えながら返答を待っていた。

 待たせるわけには行かない。何とか体裁を取り繕い、ダレンは深く腰を折る。

 

「―― ご無沙汰しております、ロン筆頭書士官」

 

 そう。目前に立つ男こそ王立古生物書士隊が長 ―― 現筆頭書士官、ギュスターヴ・ロン。ダレンが勤める部隊の、直属の上司に当たる人物のお出ましであった。

 普段は一等書士官らの集まる会合の場、それに二等書士官以上の拝命式程度にしか顔を表すことの無い筈なのだが。……と、押し込めた疑問は、恐らくダレンの目的にも合致しているのだろう。ダレンはそのまま口にした。

 

「ロン筆頭書士官殿は、何故この第2風車に?」

「それは勿論、君から密書を受け取るためさ」

 

 「第2風車」と口に出し待ち人であるのかを暗に問うたのだが、問い掛けは軽快な答でもって返される。

 いよいよ観念し、ダレンは腰の小物鞄の封を開き、エルペ皮紙の手紙を差し出した。

 

「これを」

「確かに受け取ったよ。……ダレン、君は聞かないのかい? 僕とヒシュとの関係を」

 

 笑みを絶やさず、ロンは尋ねた。手紙は手に持ったままだ。

 ダレンは表情を固め……確信を突かれた事に対して、そんなに表情に出していただろうかという疑問も奥に潜め……口を濁す。

 

「それは、私には……」

「いや。関係あるさ。だって君はヒシュの友人なのだろう? 少なくとも手紙にはそうあった。ヒシュは僕にとっても友人……いや、友人の子といった方が適切かな? まぁ、兎に角、そんな感じの間柄なんだ。だからこそこうして、僕が直接受け取りに来たんだし。―― そう言えば、ああ、オリザ、お疲れ様だった。有難う!」

 

 会話の途中でも思考を飛ばす。窓の外で遠ざかってゆくオリザに向かって無邪気に手を振り、ロンは笑みを深めた。

 そして残された風車小屋の中に、沈黙と音とが響く。生来の真面目さから言葉を捜し……無言を貫くダレンの様子を緊張ととってか、ロンは風車の壁を撫でながら、軽い身のこなしで窓枠に腰をかける。

 

「ああ、この風車は階層毎に色々な仕事を担当してくれていてね。階段を降りて地下へ向かえば、今度は水を引いてきてくれている。上は鎚、ここは粉引き。滑車を回して鉄線を引けば、物流の動力にすらなってくれている。実に働き者だよねえ。ドンドルマは正に、風車によって成り立っていると言って良い。お世話になっている。ありがとう。……そしてダレン、それは君にしても同様だ。中央を離れられない僕に替わって、君は積極的に外へと脚を向けてくれる。ジョンの後を引き継いでくれているんだ。書士隊は君のような人物によって成り立っている。―― だからありがとう、ダレン」

 

 流暢な口調で、矢継ぎ早に。論と話題を接いでは滑らかに、理屈でもって話題を変えてみせた。

 いきなりの賛辞に恐縮しきり、しどろもどろになってしまいながらも、ダレンは何とか無言を破る。

 

「いえ、その……身に余るお言葉です」

「あっはは! いやゴメン。君が生真面目なのは判っていたさ、ダレン。よいよい。それより次いでに、書士隊の長として、会合収集の件もありがとう。心苦しい事に、書士隊には君以上の『アーサー派』の上役が居なくってね。みぃんな揃って引き篭もりでさ。困ったものだよ。―― さて、そろそろ件の会議の為に、大老殿に向かわなくてはいけないね。一緒に行こうダレン・ディーノ。朝食もどうだい?」

「はい。朝食は、その、結構ですが」

 

 そう言って頷くのが、今のダレンの精一杯だった。

 しかし、そう。密書は渡された。ダレンの本来の目的は、大老殿で開かれる「未知(アンノウン)」についての会合に二等書士官として参加する事なのだ。

 

「にしても、今回の会合には何方が参加されるのでしょうか」

「ああ。実はね ――」

 

 颯爽と扉を開いたロンの後に続き、ダレンは風車小屋を後にする。

 そしてロンは質問に答えるべく指折り数え、参加者を挙げ始めた。

 ……その参加者の顔ぶれを聞いてダレンは思わず、今度こそ、堪えきれなかった大声を上げる事になる。

 

 

 

□■□■□■□■

 

 

 

 ドンドルマを抱く山の頂。

 雲海を見下ろす天辺にこそ、大老殿は建てられている。

 

 ロンに引き連れられ、ダレンは遂に大老殿へと足を踏み入れた。

 磨き上げられた御影石の廊下を歩くと、窓からは一面の雲景色が除く。しかも雲海の所々から背の高い風車が顔を出しているオマケ付きである。如何にも非現実的な景色が、そこには広がっていた。

 姿が映るほどに磨きぬかれた床石を踏みしめ歩くと、竜人族の女性達によって出迎えられた。先を行くロンに倣い、ダレンは彼女らに一礼をして間を潜る。

 表札を確認する。「火竜の間」。重要な会議が行われる際に選ばれる場所だ。ハンターズギルドも今回の「未知」に関する報告を重要な案件だと判断しているのだろう。

 火竜の間に踏み入り、ダレンはまず周囲を見回した。……大長老の姿は、無い。

 

「大長老殿はいらっしゃらないのでしょうか」

「ああ、やっぱりそこには驚くよね。普通は。でも、実は、大長老は基本的に会議には姿を見せないんだ。なにせあの人、巨人だろう? いくらこの大老殿だとて、あんなに大きくっちゃあ殆どの部屋に入れないからね。寝泊りしている場所と『瞰雲の間』とを行き来しているだけなんだ。まぁ、これから来る代表(・・)が優秀だっていうのもあるし、意見はその人に預けてあるから実質的な口出しはしているんだけど」

 

 完全におのぼりさんであるダレンに、ロンは嬉々として、自分の席に座りながら注釈を挟む。

 確かに、巨人である大長老に見合った部屋を用意していては、土地が幾らあっても足りないのも事実である。幸いというべきか、1000年に1人とも謂われる巨人の内、現在、ドンドルマに居を定めているのは大長老のみ。ハンターズギルドとその周囲を構成する人々は当然、一般縮尺の人間なのである。組織を構成する観点からみても大老殿の建つ山頂の面積をみても、どちらに建築の比を割くべきかは明らかであった。

 

「では、どっこいせ。ここが僕の指定席。今回、ダレンの席は僕の後ろに用意させてもらったよ。ほらそこ」

「はい。……失礼します」

 

 ロンの席は上座の手前であり、その一列後ろがダレンの席となる。

 座ると同時、尻と背に柔らかい丸鳥(ガーグァ)羽毛の座布団があたり圧を和らげる。骨組みは名高いユクモの銘木を使用しているお陰でか、どっしりとした安定感を感じる。この椅子1つとっても、(ダレンにとって)場違いな程に高級な品であるのは一目瞭然だ。しかもそれが会議場一杯に並んでいるこの状況。眩暈を覚えそうになりつつも、ダレンはいつもの仏頂面で何とか堪え。

 

「……この椅子だけでどれくらいになるのか、私には想像もつきませんね……」

「椅子の値段かい? 一応、下位……成体未満のドスランポス1頭分も無かった筈だよ。相場だと2000ゼニーを切る位かな。僕としては座り心地なんかどうでも良いんだけど、これから来る上役の1人が、どうにも貴族趣味でね。わざわざ別の大陸から取り寄せたんだそうだ。ああ、別の大陸との物流については四分儀商会が取り持ちをしていてね。今回の会議にも ――」

 

 ―― 等々。生来の話好きなのだろう。ロンの話題は尽きることが無い。

 ダレンはこれ幸いと、語ってくれている内になんとか緊張感をかみ殺す事にする。それにしても2000ゼニーもあれば、贅沢をしなければここドンドルマでもひと月は暮らせるものだが。

 暫し雑談を交しつつ待っていると、コの字型、二重に囲まれた机と椅子が訪れた人々によって徐々に埋まっていった。

 ロンの言う「貴族趣味」の方々であろう。向い側……ミナガルデの席を埋めるのはすべてが人間。竜人などが多く入り混じるドンドルマとは一線を引いており、誰も彼もが二枚三枚と舌を持っているであろう事は疑うべくも無い。

 その人々の殆どは、煌びやかな布衣を纏う如何にもな上役だ。布の質という意味ではロンも同様だが、緑一色で飾り気の無い彼の場合は、華美という区分けをはみ出さない下限の位置。彼等と比べると幾分か以上にマシな印象を受けた。

 そのまま人の流れを見つめ更に10分ほど。会議開始の予定時刻を目前にして、入室する人の「種類」が変化を見せ始める。現在ダレンはロンの補佐として入室しているため、書士隊の礼服の上に外套を着込んでいる。書士隊の礼服とはいえ簡素な作り。見栄えよりは動き易さを重視された機構の衣類である。

 ……次いで入ってくるのは、そんなダレンに似通った(・・・・)服装の人物らだ。

 ただし外見は兎角、風格は遠く及ばぬ明らかな猛者ばかり。ロンは彼等彼女等、それぞれに会釈をしながら、小声で紹介を挟み始めた。

 

「重役出勤、有力なハンター諸君らのお出ましだね。……たった今僕の正面に座った美人所は、ドンドルマで最大勢力を誇る猟団《轟く雷》の副団長のヒノエ女史。狩猟笛の扱いに関しては右に出る者はいないと専らの噂だなぁ。おおっと、その横の席2つはわざわざミナガルデよりお越しいただきました《廻る炎》と《豊饒の大地》の団長らだね。彼らは何れも六つ星ハンターであり……その実力は、ハンターである君には言うまでもないね?」

 

 朝に風車を出た際に聞かされ驚いた通り。心構えはしていたものの、事実として並ぶ荘々たる顔ぶれを前に、ダレンはやはり(・・・)唾を呑む。

 何せ、挙げられた名前 ―― そのいずれもが大陸の覇権を握らんとする「有名所」の猟団なのだ。

 猟団とは、ハンターズギルドに許可を得て集団で狩りを行うハンターの集まりである。猟団というだけならば許可を得さえすれば誰でもたちあげる事は可能で、その規模も、数人から数百人までと実に多種多様な形がある。

 しかし今、大老殿に集った猟団はその中でも跳び抜けた格を持つものばかり。その実績たるや、本来一介のハンター集団に過ぎない筈の猟団に、管轄地が任されたという実例もある程だ。

 腰を引き気味にしているダレンを尻目に、そんな猟団の長が続々と席に着く。《轟く雷》。《廻る炎》。《豊饒の大地》。

 そして、それら猟団の奥の席。

 

「―― ふぇぇ」

 

 小さく息を吐いて、付き人として妙齢の女性達を大勢引き連れた竜人の老婆が……「神輿に担がれたまま」で腰掛けた。

 老婆の背丈は小さく、紫と赤の艶やかな色彩の衣類が目を惹く。烏帽子の下、細められた目が鈍い光を放っている。

 ロンが解説を加える。老婆の名はシボシ。ハンターではないものの、大老殿直属の機関「古龍占い師」の頭目であり、これまたドンドルマという街の実働を握る人物であった。

 これだけの顔を揃えておきながら、まだまだ行列は途切れない。シボシの後を少し置いて、今度は咥え煙草のアイルーが続く。

 

「―― んニャ?」

 

 しかしそのアイルーは、ダレンとロンの側へと近付いて来て ―― そのまま、ロンの隣に腰掛けた。

 

「おおっと、これはこれは。その立派な髭はモービンじゃあないか! 長らくご無沙汰だなぁ」

「―― ほう? 誰かと思えばそのもやしっぷり。ロン坊じゃあないかニャ。あんたは相も変わらずヒョロヒョロしてんニャ」

「あっはっは。知っての通り僕は引き篭もりなものでね。そして紹介するよ、ダレン。今僕の隣に座ったアイルー諸君が《根を張る澪脈》の副団長、モービンだ」

「おうさ。ダレン……とか言ったニャ? ロン坊が紹介くれたが……ま、もっかい言っとくかニャ。オレはモービン。まぁ、ぼちぼち宜しくやってくれると助かんニャ」

「ご紹介をありがとうございます」

 

 軽快に敬礼するモービンに、ダレンは畏れ多くも礼を返す。

 畏れの原因は明白。このアイルーが副団長を務める猟団は、先に挙げた……ドンドルマのギルドから極地における管轄地の管理を任された、例外中の例外。

 遥かに凍え。遥かに熱され。「極圏」と呼ばれる劣悪な地を管理するため、活動範囲を大陸中に広げた猟団 ―― それこそが《根を張る澪脈》という猟団であった。

 

(……ああ。やはり、この様な場に私は不似合いではないだろうか……?)

 

 目の前に居るだけでも……学術院と王立古生物書士隊を兼任する権力者、ロン。ドンドルマ最大の影響力を持つ《根を張る澪脈》の副団長、モービン。

 更には大陸最大数のハンターを要する《轟く雷》。王国の傘下で大きな力を持つ《廻る炎》と《豊穣の大地》までもが参加をするというのだ。

 しかしその上、まだ気になる点がある。それら有名にして高名な猟団の代表らを差し置いて ―― 上座に置かれた席が、2つ。空席のままで保たれているのだ。

 すると。

 

「―― 入ります」

 

 流れるように入ってきた一団。別たれた数人。そこから大男2人が席に着くと、上座が埋まる。

 この場にいた殆どの人物が背筋を正し、ロンも唇を紡ぐ。解説は見込めない。だとすれば……上座についた人物の正体ついては、ダレンが思考を回す他無い様だ。

 

「―― 皆、揃っているか」

 

 言葉を発したのは上座に位置する人物。黒一色の外套とマントとを備え、ただならぬ風格を醸し出している。

 黒一色とは言ったものの、それが染物なのか何かしらの生物に寄るものなのかは判断がつかない。しかしダレンは、その不可思議な色に怖気を覚えた。顔に出しこそしないが。……あの布は「未知」を思い起こさせる。

 黒衣の人物は追って席に着いた自らの一団に満足気な顔を浮べながら、会議場を見渡した。視線が合ったロンと会釈を交し、再び。

 

「それでは。会議を始めようぞ」

 

 かくして、男の一声によって会議は始められる。

 進行を務めるのは竜人族の女性。報告と決まりきった返答だけで構成される会議が淡々と進む。沈黙にも似たやり取りに耐え切れない部分もあり、ダレンは再び男の正体について探ろうと視線を逸らした。

 黒衣の男の隣には、鈍い銀色の鉄鎧を着込んだ金髪の男が直立不動、背筋を伸ばして立っていた。表情は読み取れず、憮然。まるで黒衣の男を主と仰ぎ、身命を賭して守ろうとしているかの様だ。

 その様子が記憶に触れる。ダレンにとって、顔に覚えは無くとも、洗練された立ち居振る舞いには覚えがあった。

 

(もしや……王国の騎士、か?)

 

 旧きシュレイド王国に源流を持つ……確か……《鉄騎》という一団が、王国付きの狩人として活動をする忠義の騎士であった筈。

 目を皿に。男の身につけた腕章を凝視する。―― 3つ首の竜を貫く槍と、二つ星。間違いなく《鉄騎》。しかも副団長位であるらしい。

 ならば自然と、彼に守られている黒衣の男の正体も知れる。西シュレイドの王都・ヴェルドの守りを責務とする《鉄騎》が護衛として付く程の猟団は、只1つ。

 ―― 彼はミナガルデギルドが誇る最大の猟団《遮る縁枝》、その長。

 ドンドルマのギルドにおいて最大の規模を誇るのは《根を張る澪脈》。最強のハンターを抱えるのは《轟く雷》。だがしかしハンターを中心に据えた地として最も歴史を重ねているのは、ハンターとしての源流を底に持つミナガルデ。加えて、ミナガルデは隣国……旧王国の強大な権力を継ぐ西シュレイド地方をも背景にしているのである。

 その様な街にて主権を握る《遮る縁枝》は、規模にしろハンターの質にしろ桁の違うものを有していると聞く。そんな、ドンドルマの大手ギルドをして別格と言わしめる事実上大陸最大の派閥こそ、《遮る縁枝》という猟団であった。

 だから《遮る縁枝》の長という立場は、自然と、ミナガルデという街の管理者である事をも意味している。

 黒衣の男 ―― ロード・ミナガルデ。街1つを領土とするマーキス。ミナガルデ卿。これが、男の名だ。

 

(だとすれば ――)

 

 上座は2つ在る。

 もう1つ……ミナガルデ卿の隣へと視線は移る。

 

「……」

 

 無言のまま座するは、ミナガルデ卿に勝る大男。―― こちらは人事に疎いダレンでも、顔と名前どころか、逸話さえも知っていた。

 まず目を惹くのは、傍らに置かれた『大剣斧』だ。ただでさえ大きな男の、身の丈をも悠に凌ぐ得物である。その髪色と同じく大海を体言する様な深い蒼色に染まるこの武器を、大男は手足を超えて精緻に、言葉は要せず雄弁に振るう。

 閃く先端の矛。そして左右を成す両の刃。

 両の刃の一方は平静に薙いだ、水平線の如き真直ぐな刀刃。もう一方は艶やかな乱れ刃を揺らす、荒波の如き円月刃。

 相反する二つを内包せしめたこの歪な得物こそ ―― 王立武器工匠が頭領、ジェミナの手による最上の大業物 ――『角王蒼大剣(アーティラート)』である。

 次に、男の容貌。短く切り揃えられた蒼髪に2メートルを越す巨漢。筋骨隆々で骨太なハンターらしい身体つき。目鼻立ちは整っているものの厳つく、風貌は無骨さを漂わせる。頬から顎にかけて大きな傷跡。顔だけではなく体の所々に隠し切れない傷跡がはしり、それらが男の狩人としての歴史の深さを物語っている。

 身に着けたるは竜鱗の鎧。この様な権力者の集まる会談において、「空の王(リオレウス)」の鎧一式を纏うその姿は、ある種異様な雰囲気すら漂わせている。狩人である男にとって鎧は外でもない正装ではあるのだが、武装とも取れるこの暴挙を許されているのは、彼こそが大長老より勅を受けるドンドルマギルドの実働部隊の頭 ―― ハンターながらに政の中心に据えられた人物であるからに他ならない。

 その名を知らぬハンターはドンドルマはおろかミナガルデにもおらず。

 モンスターの脅威の及ばぬ王国にすら詩人の唄う英雄譚の主人公として名を轟かす。

 《剣王》にして《暁煌》。現世に10と数えること適わぬ、狩人が頂『モンスターハンター』らの筆頭。

 彼の者はその名を、リンドヴルム・ソルグラムと言った。

 

「―― では、むぉほん。次の議題を」

 

 ダレンが脳内で嬌声をあげている内にも、進行は崩れていない。会議は次々と議題を移している。

 

「―― それでは!」

 

 突然の大声が会場を伝播する。ダレンの前を陣取ったロンが、さあ来たとばかりに立ち上がる。

 

「ではでは次は、私ども学術院からの議題をば載せさせてもらいます。さてさて皆様ご存知の通り、只今大陸の東側……テロス密林の奥の奥。『密林高地』に、新種のモンスターが身を潜めております。その調査の進展と ―― 狩猟の権利についてお話をばさせていただきましょうと」

 

 会場がにわかにざわめきに包まれる。

 ざわめきの原因はロンの奇行でも、新種のモンスターという発言に寄るものではない。ロンが付け加えた「権利」の主張が所以である。

 当のロンはそれら反応を気にかけず。リンドヴルムは瞑目したまま微動だにせず。……ミナガルデ卿だけがロンへと視線を動かした。

 

「予てからの主張の通り、私ども学術院と王立古生物書士隊は、テロス密林を管轄するドンドルマギルドにその調査を依頼したいのです。その点について異論があるようでしたら、どうぞ? 屈強な狩人らの集う、ここ、大老殿でこそお伺いをしたいのですが」

 

 そう言うとふわりと両手を差し上げ、笑った。

 簡潔に言えば。この会場に集まった人物等……ドンドルマとミナガルデという2つの大きな街は、対立関係にある。

 それは大陸の西部を陣取り王国を後ろ盾とするミナガルデの、保守的な、或いは貴族的な選民思考によるものであったり。ハンターを主に据え自立を叫ぶドンドルマの、そういったミナガルデに対する嫌悪感に寄る、長年来に渡って続いた悪癖であったり。

 兎に角。そういった部分をこれみよがしに取り上げて笑うという行動は本来、奇行と言うよりも自らの首を絞めるに等しいものであった。

 右の上座。挑発にもとれるこの呼びかけに応じたのは、他でもない黒衣の男だ。

 

「―― 期待には、小職こそが応えねばなりませぬでしょう」

 

 男が腰を上げると、周囲を取り囲んでいた貴族らが諸手を振るう。

 

「ミナガルデ卿! 貴方がお出にならずとも ―― !」

「そうですとも!」

 

 ハンターやそれに近しい人物らが席を連ねるドンドルマと違い、ミナガルデのギルドにおける上役とは貴族の事である。《廻る炎》や《豊饒の大地》、《鉄騎》の副団長の方が例外なのだ。

 彼らが筆頭として戴くロード・ミナガルデは、そんな貴族らの声を受け ―― 静かに首を振った。

 

「静まってはくれぬか。卿らも知っての通り、ロン殿は王都に成る王立学術院の理事と、ドンドルマに据わる王立古生物書士隊の筆頭書士官を兼任する英才だ。謂わばドンドルマとミナガルデとを渡す橋でもある。何分、新種の生物の調査などという物は学術院の管轄なのだから……だとすれば今の発言は正当な権利に寄るものであり、対してミナガルデの頭が受け答えるのは当然ではないか。……小職の発言に間違いはありませぬな?」

 

 ミナガルデ卿の言葉に、会議場はぴたりと静まり返った。それは発言を妨げないための配慮であり、反論を許さない迫力の結果でもあった。

 静寂に包まれた会議場を見回し、ミナガルデ卿はロンへと向き直る。

 

「進行を妨げ申し訳なく思う。これも小職の不出来が招いた事態につき、これにて勘弁を願おう」

「いえいえ。それは全く持って構いません。なにせここは会議場。言葉を交わし意見を交え、声と意思にて埋め尽くしてこそ映える場であります故に」

 

 視線を落としたミナガルデ卿に、ロンは返礼を持って促す。

 やり取りに頬を緩めつつ、ミナガルデ卿は続けて口を開いた。

 

「では、話を詰めようではありませぬか。吾人 ―― ミナガルデがハンターズギルドは、諸君ドンドルマのギルドが手を出す遥かに前から。それこそ『未知』へと変貌する前から、あの怪鳥を追っていた。アルコリスの森丘で発見された個体、イャンクック13号がそれに当たる」

 

 言葉と共に傍つきの秘書……黒と白のフリルに身を包んだギルドガールズが、イャンクック個体の模写と管理番号を会場の黒板に張り出した。

 アルコリスの森丘は、ドンドルマとミナガルデの間に位置する、長閑な猟場である。その名の通り森と丘で構成されており、管轄地としての歴史も長い。そして森丘は、怪鳥の生息域として有名である。繁殖期ともなれば生息数は膨大に膨れ上がり、ハンターらを一斉に派遣する必要がある程だ。

 

「諸君らの視線を戴きたく。この資料によれば、イャンクック13号は密猟者の襲撃を受けて第三管轄地の巣を放棄。東へ東へと飛び逃げ、テロスの密林に辿り着く。……尚、密猟者は既に此方のギルドナイトによって捕縛されているが」

「それはそれは。流石の手腕お見事と」

「世辞は結構、ロン殿。……して、吾人としては森丘より逃走した怪鳥だというのは予てからそちらに報告していた通り。これについては同意をいただけぬか?」

「ええまあ勿論。此方も怪鳥の生息域は概ね把握していましたからね。観測員からの報告も早かったですし、テロスの密林の始原域に怪鳥が生息していなかったのは確かですとも。あそこには怪鳥の餌と成る巨大化した昆虫も住んでいないので、御報告にあった怪鳥がそれと考える。これは当然かと」

 

 この話題に、ロンは軽く同意する。あの怪鳥は遥か西方、アルコリスの森丘から飛来した個体なのだと。

 同意の言葉を得て、ミナガルデ卿はふむと一息、頷き。

 

「だからこそ ―― あの怪鳥。いや、未知(アンノウン)の狩猟については、吾人が推薦するハンターを初手として動かせていただきたい」

 

 そう、ロンの意見に、真っ向から、衝突した。

 会議場の空気がいよいよみしりと音をたてた……かのように、ダレンにとっては思われた。何せ、新種の討伐依頼というのは、ハンターにとっては実力を認められていると同義 ―― 1つの栄誉なのである。

 ロンを後押しするドンドルマ一派と、ミナガルデ卿を推すミナガルデ一派との視線が交錯する。火花が爆ぜ、大地が揺れ、貴族達の舌が踊り狂う ―― いや、これはダレンの幻視であるものの。

 さらに言うと、ミナガルデ卿の言葉はハンターとしての矜持にも訴えかけているものであった。「初手を」という言葉を掲げる事により、ミナガルデの管轄内で起きた不祥事を、せめて初めは。後に続くドンドルマの部隊のための偵察でも構わない……という意味を暗に含ませているのである。

 

(……ロン筆頭書士官)

 

 現場の雰囲気が変わっているという不安を込めて、ダレンは上司へ向けて視線を送る。

 が。……にやりと。

 

「―― それには及びません。なにせ初手は此方のダレン率いる王立古生物書士隊の一隊が担うと、既に決まっておりますもので」

 

 ダレンは顔を引きつらせ ―― 会議場の視線が、殺到した。

 まるで銃撃による集中砲火。全身を貫き、吹き抜け、冷や汗がどっと溢れ出た。汗腺からおびただしい水粒が伝い、鹿(ケルビ)皮の肌着をねずみ色に染めてゆく。

 ミナガルデ卿の視線だけが、ダレンを素通りし……

 

「ロン殿は、吾人の勧めるハンターでは実力不足だと?」

「いいえ。ならば此方も相応の人物をというだけのこと。ですよね、モンスターハンター・リンドヴルム」

 

 これまで沈黙を貫いていた大男が、僅かに唇を離す。

 

「……ああ。ロン筆頭書士官の言葉を肯定しよう」

「という訳で……こちらのダレンとて実力は確か。3つ星のハンターながらに二等書士官を務め上げる若きリーダーであります。引き篭もりの私などよりもよほど的確な意見と情報をくれるでしょう。それに何より書士隊の人員が撤退覚悟の初手として向かえるのならば、収集できる情報の精度が増しますよ? 只のハンターが行くよりもよほど後続の為になる……と、考えた上での進言なのですが」

 

 リンドヴルムによる肯定を得て。ミナガルデ卿が言い含めた「初手」という言葉を、ロンは待ってましたとばかりに攻め立てる。

 つまりは。ダレンらジャンボ村に逗留する部隊が書士隊であることを良い事に、先遣部隊という扱いの元、「未知」への一番乗りをさせてくれようという目論見なのである。

 ヒシュからの手紙を受け取った以上、ダレンらがヒシュを筆頭として『未知』の狩猟を目標にしている事を、ロンは知っているはずだ。だのにその部隊を「ダレンの部隊だ」と嘯き、しかも「先遣隊」という名目まで貼り付けている。

 ……恐らく、討伐を果たした場合も、それで結果オーライ。何が問題だ……と言い張る積りなのだろう。『未知』が変わりなく脅威である以上、その脅威が打ち倒されたという結果ならば、倫理的にも可能な論舌ではある。

 

「ですが参考までに、ロード・ミナガルデの意見を賜りましょう。狩猟の計画は如何程に?」

 

 ここまでを詰めておきながら……大局を決めておきながら、ロンは先を促した。

 何かを悩む素振。ミナガルデ卿は黒衣をゆらりと、僅かに目を閉じ。

 会議場に静寂を張り、それを自ら破る。

 

「吾人が『未知』の討伐を請け負ったとすれば。―― 大砲による一斉射でもって、テロス密林が高地を焼き払ってみせようぞ」

 

 そんな事を、言った。

 唖然とするダレンや、その他貴族までをも呆然とさせておいて、ミナガルデ卿は語る。

 

「ハンターはあくまで陽動に努めよう。貴方がたの語る通り『未知』が他に類を見ない……古龍種に匹敵する力を持つというなれば、これですら先手としては不十分ではないか。だから密林を焼き払い、燻り出す。『未知』は遭遇戦にて翼を折られていると聞く。飛べぬのならば重ねて都合が良い。砲門とその運搬費用は幾らでも用意する。全ては人的被害を最小限に抑えるためだ」

 

 人的被害を、という部分に一層の力を込めて。ロンらドンドルマギルドの要人が腰掛ける側をみやり、その危惧するところを先んじて。

 

「諸君らの懊悩は思索の内に。密林やその生態系は時間をかけた再生を画策している。だが小職は、人間は換え難い資源……宝だと考えている。今順調に発展を遂げているテロス密林周辺の集落を見捨てろと言うか? もしくは、そんな強大な力を持つ『未知』に人間たるハンター達を……死をも覚悟で送り出せと言うか?」

 

 剣呑とした貴族を、硬い顔で黙り込んだ歴戦のハンター達を揺さぶる様に、拳を握り……語る。

 

「小職には、それは出来ぬ。初手のハンターの人選は確かに仰る通り、そちらの指定した書士隊が相応しいやも知れぬ。しかしやはり、それが適わぬ時。遭遇戦にて『未知』の力を見定め……討伐に至らぬと判断された場合には。出来る限りの人的被害を抑える為 ―― ここに、大砲による遠隔砲撃案を提出する。どうか。お集まり戴いた皆様方のご賛同をば、いただけませぬか」

 

 ……劣勢を覆し意見を通さんとする、会心の一打であった。思わず誰もが息を呑む。

 ミナガルデ卿は『未知』という生物を過小評価していない。彼を敵視するドンドルマの大半……ハンター達の倫理観に引っかかるのも、自然その他を巻き込んで破壊してしまうという一点のみ。

 『未知』の脅威を思慮しているからこそ、大砲を持ち出すことも理に適う。なにせ、大砲などのそれら設備は、ハンター達にとっても馴染みのあるものだからだ。

 例えばかつて、老山龍(ラオシャンロン)なる山にも勝る巨体を持つ龍がいた。歩くだけで災害となるほどの大きさのその龍は、ギルドによる巧みな誘導により、大陸に巡らされた迎撃門を右往左往。砲や大弩(バリスタ)、撃龍槍といった設備によって撃退され続け……弱りきり、遂に逃げ場をなくし街に突撃を仕掛けた所を、弓を扱う「モンスターハンター」率いる一団の迎撃によって仕留められた ―― そういう逸話がある。詰まる所、運用実績のある武器なのである。

 自然を破壊する。確かにそれはハンターとして赦すまじ、忌むべき事態。だがしかし、報告にある通りの生物だとしたら。『未知』が、未だ知らぬ脅威と成り果てているのであれば。

 役職として、それを天秤に載せなければならない。

 

「ダレン」

 

 しかし。ミナガルデ卿の発言によって訪れた静寂を打ち破るのも、また、ロンという人物の役目である。

 彼はさして狼狽した様子もなく、後ろにいたダレンに声をかけた。再び集まった視線に、今度は何とか表情を変えぬまま。ロンは眼鏡をくいと直し。

 

「ダレン、君の意見を聞きたいね。ロード・ミナガルデのお話を……君はどう思う?」

 

 それは当然 ―― ダレンは口を開きかけ、そして、場の雰囲気に押し黙った。

 ダレン生来の気性でもあるが、ことこの場に置いてはそれだけでは済まされない。発言が戦況を左右しかねないのである。

 だがそんなダレンを見越して、ロンは軽く声を弾ませた。

 

「まぁ気楽に話してよ。別に銃や剣を押し付けあうでもなし、殺合うでも無し。現場の指揮官が好き勝手言うくらいは構わないだろう? そもそもがドンドルマとミナガルデの仲だしさ。今更部下が暴言を吐いたくらいで拗れる余地もない。ああ、いやなぁ、拗れきっているからなぁという意味で」

 

 このとんでもな言い分に、上座の席に座る黒衣は笑う。

 

「はは。ロン理事は流石に判っている。……だからなのだよ、ダレン君。今ここで小職の立場に気を使う必要は無い。むしろ君のありったけの力を持って、もぎ取って見せ給え」

 

 ロン筆頭書士官とミナガルデ卿の間には、黒い雲が渦巻いている。それは思索を悟らせぬ壁。互いを牽制する為の雷であった。

 目を閉じる。すると僅かに明るく、仲間の表情が浮かぶ。ヒシュの、ネコの、ノレッジの……ダレンをそれぞれに支えてくれる人物ら。

 再び目を開いたとき、暗雲は消え去っていた。貴族からの視線もあれど、気にはならない。初っ端に食らった視線の槍衾(やりぶすま)に比べれば、この程度はどうという事も無かった。

 

(……ここまでを計算していたのだろうか)

 

 どうやら先に視線を集めたのは、ダレンの重荷を減らす為であったらしい。言論と話術を武器とする、ロンらしいやり口だ。

 上司からの後押しを受けて、ダレンはミナガルデ卿に向き直る。卿の意見は的を外していない。案は通されるだろう。

 それでも、後には引くまい。ここは我を通すのみ。

 先にも挙げたが、大局は既にロンによって決められているのだ。あとはそれを引き上げるだけで良い。だからこそ任されたという側面もある。

 重荷を投げ捨て、心持軽くなった視線。ダレンは口を開いた。

 

「……では、恐縮ながら。……ミナガルデ卿。私は貴方の提案には異を唱えさせてもらいます」

 

「何故だ?」

 

「確認を。……密林を焼き払えば自然は破壊される。当然そこに住んでいた生物らは死滅し、生活の根幹を成す支柱、テロス密林を失った周辺の村々にも被害は出る。また、そこから逃げ出した生物にも対処をしなければならなくなる。これについて間違いはないでしょうか」

 

「そうだ。だが勿論、周辺の村々には物資や資金による支援をする用意がある。逃げ出したモンスターへの対処もだ。そも、『未知』がその場に居るだけで周辺のモンスターは追い払われ、逃げ出している。被害が広がるのは同様だろう。更に言えば、早急に討伐をというのは其方より出された議題であった筈」

 

 ここでミナガルデ卿は、身体を揺らして唸り。

 

「ふむ……論点がずれているようだな。小職含めミナガルデのギルドが望むは、つき詰めれば、経済と社会の発展ではなく……ニンゲンという種の発展だ。その為の脅威を打ち払うのは前提なる条件ぞ。君は安寧を享受せぬか? 進化と盛栄を望まぬと?」

 

「いいえ。ですが、私も、これは問題点を違えているのだと思います」

 

「ほう」

 

「貴方は人の可能性……その大きさを考慮出来ていない様に思えるのです、ミナガルデ卿」

 

 ダレンはただ突きつける。

 今出来ること。成すべき事を成す。意志でもって、言葉を紡ぐ。

 

「モンスターを狩猟する術など、これまでがそうであったように、これからも必然的に開発されてゆく事でしょう。人の発展など、人間が歴史を重ねれば自然と後から着いて来るものでしょう。何せ人には、幸福を願う心が在るのですから」

 

「幸福を願う心が、在る。素敵な言葉だダレン君。だが小職とて一端の領主。人の幸せを願わぬ事など無く……それら発展を待つのに、『この時代』を費やすつもりもまた無い。だからこそ、是非とも、性急な発展を画策したいのだ。人という種の進化を示してみせるに、これ程の場もあるまいな」

 

「はい。なればこそ今、私は、その進化の過程においてその他の生命を蔑ろにするのは気が引けます(・・・・・・)。私は故アーサー書士の研究を継ぎ、生物の進化の歴史から大きなものを学んでいます。……進化とは、必ず、その過程ですら未来に足跡を残して往くものなのです。貴方が道理を引っ込めてまで描くその未来は、その点について、より良いものだとは考えかねます」

 

 ミナガルデ卿はまだ口を閉ざしている。少なくとも反撃は無い。

 ただ、論議を互いの否定だけに収束させたくもない。ダレンは続ける。願いを込めて。

 

「だからこそご期待(・・・)ください、ミナガルデ卿。大砲にて密林を焼き払う、その前に。私率いる王立古生物書士隊の部隊が、先遣隊としてだけでなく、必ずやあの『未知』を狩猟し ―― 人の可能性を指し示して見せましょう」

 

 これこそが狩人として望む最高の結末。

 準備はしたとしても砲撃の必要は無く。自らの力でもって打ち倒す。

 ―― そんな夢物語を、ダレンは生来の生真面目さで、一寸の濁り無く願い、語ってみせた。

 この言葉は間違いなく、本日最大の静寂を会議場に生み出していた。

 貴族らも報告は受けている。あの『未知』は、一息で焦土を生み、気球を苦も無く落とし、密林高地に潜んでいた一帯の生物を退ける。昔話に語られる様な化け物であると。相手になるとすれば、ハンターランクにして「六つ星」か「七つ星」……もしくは「モンスターハンター」と称される狩人の中の狩人であろうと。

 貴族らは調査の内容について疑わ無い。知りようが無いからだ。疑うとすればそれは本来ダレンらの技量の側である。だのに今、真摯な言葉と態度だけを武器とする無謀な若人に、彼等は圧倒されていた。

 それも……少なくとも真摯さについては、相対したダレンからすれば当然。彼は『未知』という脅威の本質を体験から知っている。知りながらにして言ってのけた……だからこそ、これだけの重みを含み得たのである。

 貴族達の視線が移る。全権は委ねられている。ミナガルデ卿にだ。彼は黒衣の端を波打たせ、何かを堪え。

 堪りかねた様に、ぶちまけた。

 

「……ふはははっ!! この私に向けて、ずばずばするりと心地よい切り口の言葉だ! 良いな! 実に面白い!」

 

 笑う。それも腹を抱えて。

 様相を崩した《遮る縁枝》が盟主に、貴族らは開いた口を塞げない。ダレンも凡そは同じ反応。

 ただ、この流れを作った2人だけが笑い合っていた。

 

「気に入ったぞ、ダレン君。ロン筆頭書士官っ、書士隊は良き面白い人材を抱えているな!!」

「そうでしょう? 光栄です」

 

 時間にして1分。

 やっとの事笑いを収め、それでも小刻みに肩を震わせながら、ミナガルデ卿は背筋を伸ばした。

 

「……あい判った。この未知(アンノウン)の一件、吾人ミナガルデのギルドは次手……裏方に徹しよう。敬い愛して止まぬドンドルマの御判断に、初手を任せようっっ!」

 

 最期に、そして会場の誰より先に、ミナガルデ卿は腰を上げた。

 闇の様な黒衣を翻し、入口へと歩く。遅れる訳には行かない。貴族らが慌ててがたがたと腰を上げ、その後ろに続いた。

 ぞろぞろと連れ立ち……火竜の間の出口に脚をかけ……ミナガルデ卿だけが振り返る。

 

「ああ、皆々様方まで言わずとも結構。『廻る炎』と『豊穣の大地』のギルド代理代表の方々。貴方達のギルドには追々、各々が判断でドンドルマの皆様へ協力をするよう、宜しく申し伝えてくれ給え。吾人『遮る縁枝』もミナガルデの運営や次手に向けた備えがあるために直接の支援は難しいとて、物資などの間接的なものであれば助力を惜しまぬ。ダレン君。そしてドンドルマのギルドを成す諸君ら。―― 人間の、狩人の矜持にかけて! 是非、是非とも!! あの未知(アンノウン)をば狩猟成されよっっ!!」

 

 会議はミナガルデ卿の一言に始まり、一言にて終わりを迎える。

 半数を埋めていた貴族らが、ミナガルデ卿に続いて去った後。

 跡には深く腰掛けた猟団の筆頭ハンター他、ドンドルマの中核を成す者だけが残された。

 暫し間を置いて。

 例外は、腕を組んだまま微動だにしなかったリンドヴルム。にこにこと愉しげに腕を組むロン筆頭書士官と、ふぇぇ……という溜息を洩らす古龍占い師のシボシ。そして興味深そうにダレンを見やり葉煙草を揺らすアイルー、モービン。

 

「「「……はぁ」」」

 

 やっとの事。それ以外の誰もが、緊張を解いて一斉に脱力した。

 多少の擦りあい探りあいはあったにしろ。今回の『未知』を巡る会合は、両ギルドの目だった衝突もなく、無事に纏まりを得たのである。

 

 

 かくしてここに、1つの依頼(クエスト)が発注される。

 狩猟場所はテロス密林の最奥「密林高地」。狩猟対象は危険度7つ星と判定された『未知(アンノウン)』。

 温暖期の末まで。依頼の達成期間は4ヶ月と猶予を持って設定された。それまではダレンもこのままドンドルマに逗留し、ひたすら牙を研ぐ算段とした。今件に関して言えば金銭以外の報酬は勿論、後払いの出来高次第となる。

 さて。

 モンスターの狩猟依頼においては、その内容に因んだ銘が付けられるのがギルドの通例である。

 だが大規模な作戦を控え、気を回している余裕が無かったというのも理由としてあるだろう。

 この依頼の銘は後日、ミナガルデ卿が是非にと押し立てたものに決定される。

 

 

 『曇天満たす 鳥羽玉(うばたま)の』。

 




 ダレン編、前編の終了となります。うへへへ暗躍大好き。後編はもうちょっと面倒くさくない話になります予定。
 ドンドルマは4Gにて再登場を果たしました拠点です。作中に描いた通り、大長老が指揮を採りハンターを中心とした迎撃拠点として発展したのが元となる街です。
 旧大陸に存在するというのは、ハンター大全より。4Gにおいても、下のワールドマップを見るに、海を挟んでいる(っぽい)描写が成されていますね。また天空山(シキ国)に移動するのに「我らの団」が飛行モードを使っていたのを考えると、ドンドルマに行く際にも飛行モードを使っていたのは筋が通りますので。
 ……とはいえ、新大陸の方は詳細な位置描写は今後もされませんでしょうね。大全4やこれまでのスタッフコメントを考えると。いえ、こういったものを書いている身としては大変にやりやすいのですが。
 「ウバタマ」は枕詞という奴です。4Gでも「ヌバタマ」がクエスト名として使用されて居たりします。
 ミナガルデ卿。この辺は完全にオリジナルです。今後の展開に使います予定です。ついでに、猟団なんかもオリジナルこの上なく。……この辺りは一章が終わったら人物その他の紹介を作りましょうかと画策中です。
 オリジナルでないのは鉄騎とかロン(ただし性格オリジナル)とかアイルーのモービンだけですね(え

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