モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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第二十五話 交叉時点

 

 ノレッジと別たれた時点から、距離にして北東に数百キロ。時にして1週間が経過した。

 第五管轄地を脱出した一団は、幾度となく大型のモンスター達と遭遇。紅の双角竜が及ぼした縄張りのずれこみ(・・・・)が不規則に行く手を阻んでいたものの、バルバロが受け取っていた近辺のモンスターの生息状況が役立った。移動予測を立てながらその均衡を打ち破り……また応援のハンター2名と合流できたこともあって、結果、一行の先には遂にレクサーラへの通路が拓けたのである。

 時に迂回し、時に狩猟し。温暖期の砂漠、その最奥に取り残され、灼角という未曾有の脅威を目の当たりにしたにも関わらず、一団は道中(・・)誰一人として欠く事無くレクサーラへと近付いていた。

 これは既に奇跡と言って良い結果であったのだが ―― しかし、その一団は逃げ出す際にとある少女を欠いている。その点をもって奇跡と呼ぶにはおこがましい。一団の誰もがそれを理解し、果たして、レクサーラに到着したとして喜ぶ事が出来るのか。

 前言の通り。灼角との遭遇時を最後にセクメーア砂漠に雨が振ることはなく、砂漠に取り残されている間に気温は上昇。季節は温暖期へと突入した。温暖期の砂漠は所謂一つの禁則地である。熱の篭った砂漠にモンスターだけが行き交う。つまりは人間に適さない環境と化すのである。

 果たして戻ればギルドより改めて編隊が成されるのか。それとも……少女1人を犠牲としてその上に立つのか。何れにせよ書簡は応援のハンター達と合流した際に鳥便によって通達している。その判断について、今最中頭を悩ましているであろう上役を期待して待つばかりであった。

 

 レクサーラまであと2日の位置に辿り着き、周辺の大型モンスターを無事に掃討し……道筋がはっきりと見えてきた、その夜。

 番を担うバルバロは、一団が休息を取る岩場の入口で大剣に寄り添っていた。左腕と背と頭にはぎちぎちの包帯が巻かれており、動かせるのは右腕だけであるのだが、それでも彼は愛剣を手放そうとはしなかった。

 ホットドリンク代わりに身体を温めるホピ酒の瓶を片手に、砂の大地の上に広がる星空を眺める。

 

「む」

 

 指が反射的に動き、大剣の柄を握り締める。

 白く耀く流星が一筋、空を流れて遠ざかって行く。

 敵は居ない(・・・)

 

「……。……やはり、居たのであるか」

 

 竜人族のラーによる忠告 ―― 隊の中で唯一本当の意味を理解していたバルバロは、クライフ達のそれとはまた違う緊張感を持って今回の調査に臨んでいた。

 

「―― ウム」

 

 大剣にかけた指の力を緩めつつ、再び岩に背を預ける。

 バルバロは思い悩む。はたして、ラーの忠告を生かすことは出来たのだろうか、と。

 危険が潜んでいるのは承知していた。彼の地には古代の遺物が在る事も。最悪、(いにしえ)の龍の出現すら考えられる状況であったのだ。相手に対して油断も慢心も無い。ただそれを確かめるに、バルバロが行く他なかったのが唯一の事実。

 ただ1つ。第五管轄地という地の特殊さだけが、想像の域を超えていた。

 クライフとヤンフィから話は聞いた。第五管轄地の象徴たる『白亜の宮』……その根元にて、打ち切られた調査の嘗ての目標 ―― 地底湖と成り果てた『大聖堂』が眠っていたのだ。

 だが、それは良い。自分が怪我を負ったのも地形の調査を怠った故。角竜を追って足を伸ばしてしまった故……狩人であるからこその業である、とバルバロは考えている。実際にはハンターズギルドの調査不足に寄る部分が大きいのだが、今のバルバロにとってそれはさしたる問題ではない。

 彼の少女。王立古生物書士隊の現三等書士官たるノレッジ・フォールをあの地に残してしまったことこそが、最大の失態にして後悔。心残りであった。

 

「……あの地には、魔が潜んでいるのである」

 

 痛む左肩に何時ぞやと同じ光景を重ねながら、バルバロは溜息を吐く。

 遥か昔のバルバロが、あの地において邂逅した脅威の存在 ―― 灼角。あれこそ、自身が「6」という高位のハンターランクを持つことになった切欠なのである。

 灼角という名は、レクサーラにおいて自然の警句の意味を併せ持つ。本来ならば出会う事すら無い筈のモンスターである。

 バルバロは知っている。彼の角竜は長き闘争を通して、遥か生の源流に近付いた個体だ。()級という範囲すら逸脱したその力は、相対したハンターにまでも影響を及ぼす。

 バルバロが現在の不可解(・・・)な戦闘術 ―― 『抜刀術』を身につけたのも、灼角と相対した後の事。そして狩猟へとのめり込み、妻と反りが合わなくなったのもこの頃である。

 拳を握り、あの頃の取り憑かれた様な自身の心境を思い返す。この力は狩猟を成就させる力と引き換えに、人にとって大事な何かを犠牲にする。それがバルバロにとっては、闘争の飢えという形で現れたのだ。

 バルバロの持つ大剣と『抜刀術』は相性が良いものだった。鞘から解き放った際の一撃は甘美で、爽快で。まる一日振り続けていても飽きのこないものであった。

 故に狩猟に赴く頻度も増えた。家庭を顧みず、貪るように狩猟をした。だからこそ彼のハンターランクは上昇した。妻や、息子との縁を犠牲にして。

 後年。狩るべき獲物が居なくなったある日、彼は自らの過ちに気付く。狩猟以外の何物も持ち得ず、血に濡れて爪を振り回す獣のような自分の姿に。

 ふと見れば隣に妻はおらず ―― 自分の姿を見て怯える息子をすら、省みる事をしなかったのだと。

 幸い彼は、そこで立ち止まることが出来た。熱は冷め、替わりに底知れぬ(おぞ)気を覚えた。震えが止まらなかった。自分は何をしていたのかと。妻に見限られ、息子を捨て、人であることをすら捨てようとしていたのではないのかと。

 その後の彼は振るえる膝で立ち上がり、幾度と無く理不尽な目に合いながらも、今度こそ見失うまいとレクサーラの発展に尽力する。反骨してハンターなどを目指した息子を見守る為に、猟団もどきも立ち上げた。彼は未だ、贖罪の最中に在るのだ。

 

「……ノレッジ、お前は……」

 

 通常の角竜と遭遇した際、バルバロは少女の横顔に危うさを感じていた事を思い……その悪い予感が的中してしまった事を後悔と共に、憂う。

 

「お前にとって大事な何かを失くしてくれるな、ノレッジ・フォール。願わくば、我が輩の二の舞にはならずに居てくれ。……今はただ、願うしか出来ない自分の無力さを悔しく思うのである」

 

 自分の様な手負いのハンターなど、足手まといでしかない。出来ることといえば、レクサーラへ帰村し……自らの地位を持ってノレッジの捜索を早急に行わせる事だけ。

 何せ、人一人の捜索をしに第五管轄地へ ―― などという無茶振りである。しかも砂漠の危険度は跳ね上がっている。上役は確実に渋るだろう。そこを、ごり押す。是が非でも通す。ラーにも働きかけさせる。バルバロが動けば出来ない事では無い筈だ。ノレッジはレクサーラにも馴染んでいた為に、協力者も十分に見込めるだろう。

 頭の中でそう纏めながら。バルバロは流星の消え去った星空を一晩中、見つめ続けていた。

 

 

 

 

■□■□■□■

 

 

 

 

 1日目。

 

 息を切らし、ノレッジは南へとひた走る。

 この頃はまだ岩場や遺跡が転々としていた。地面の裂け目も形を潜め、逃走する環境は整っていた。

 やはりというべきか、灼角から逃げおおせるという大それた試みは困窮を極めている。

 折を見ては隙を突き、北側へ抜けれないかと試みたが、その何れもが手痛いしっぺ返しを受ける羽目になってしまった。無駄に脚力を使ったな、と、後悔するばかりである。

 

「……ありました」

 

 ふらふらになった足腰で岩場の影に近付き、肉厚な葉を持つサボテンに剥ぎ取りナイフを差し込む。口の上に翳すと手袋をした右手で思い切り握り、口の中に水分を流し込む。これはジャンボ村の村長から教わった水分摂取の方法。砂漠の歩き方を教わっていて良かった、と今は心から思う。

 

 ズ、ズゥン……。

 

 喉を潤した所で、大音量が響く。灼角が岩場に体当たりをしている音だ。どうやら急かされているらしい。

 双眼鏡を覗き込むと、ノレッジが1つ前に潜んでいた岩場が跡形もなく砕け散っていた。

 

「これは、次、ですね」

 

 ノレッジはそのまま南側を見渡す。

 管轄地くらいに大きな岩場があれば良いのだが、そんな便利な場所は無い。殆どは身を隠す程度のものであり、例えあったとしても走竜の住処になっている事が殆ど。

 このまま、何処まで逃げ続けることが出来るのか。

 

「いえ。まだ、行けます……!」

 

 首を振って言葉に力を込め、自らを叱咤する。弩を背負い、ノレッジは岩場を飛び出した。夜が来れば身を隠しやすくなる。それまでを耐えるのだ。

 灼角が此方に気づき、走り寄るのが見える。紅の体駆が砂丘を飛び越え礫を踏み潰し、最短距離で迫る。

 

「……っ」

 

 力の限り跳ぶ。

 まだだ。反転、『ボーンシューター』を構え、照準を合わせる間もなく撃つ。

 脚、翼、尾、背甲……頭。

 

「来るっ」

 

 怯むどころか、灼角の動作を阻害する事すら出来ず。

 正面を向いた角竜を前に、今度は、抱きかかえて砂地を転がった。

 起き上がり、目前に ―― 尾。

 

 ―― ドッ

 

「っ! っ!!」

 

 ―― ドズンッ

 

 状況は回避の後で理解する。灼角がその尾を二度、地面を掃うように振り回したのだ。

 ノレッジは足元に転がる事でそれを避け、そのままぐるりと振り回された尾を、期を読んでは潜り抜ける。

 一度、灼角の視界の外へ。

 

「……っ」

 

 反転。そして次だ。砂丘の上から、閃光玉を投げつける。

 明滅する視界の中、次の岩場を探すべく、ノレッジは脚を動かした。

 

 

 

 

 3日目。

 

 管轄地を遥かに離れ、目ぼしい岩場は遂に無くなった。

 ノレッジは自分の身体がぎりぎり隠れる小さな岩場を背に、次の闘争に備えて息を潜める。

 

「……ふ、はぁ」

 

 あの灼角が大きく仕掛けてくるのは、決まって夜であった。

 とはいえ日が昇っている内でも、ノレッジが移動を開始すればすぐさま顔を出してくる。昨日はその繰り返しだった。睡眠を取るべき時間が見当たらない。おかげで体力も底を尽きかけている。

 背後の2メートル程の岩場に寄り掛かりながら、ノレッジは僅かな日陰に身を寄せる。そのまま、眠らぬようにと鞄の中を探っていると。

 

「……おっと、これは採って置かなきゃいけません」

 

 その視界に小さな枝葉を持つ植物に目を留め、腰からナイフを引き抜いた。

 刃を入れる。実をもいで種を取り出す。端を切り落とし、片方を削って弾頭に。瓶詰めの蓋を空け、ネンチャク草の粘液を薄く塗り、火薬を接着。

 西日に翳す。これにて射手の扱う弩に共通した「弾丸」の完成である。

 これはハンターの間で「カラの実」と通称される植物で、実が均一になる事とその繁殖力の高さから、弾丸の素材として広く利用されているのだ。

 尚、実を削った際に出た種子はその場に埋めるのが暗黙の了解なのだという。ノレッジは師匠の教えの通り、適当に抉った地面に種子を埋めた。

 「カラの実」が群生している場所にアタリをつけ、手際よく弾丸を作り出してゆく。1~2回の遭遇戦に耐えうる数を手に、ノレッジは息をついた。

 

「―― 日が」

 

 沈む。

 宵闇の帳を下ろし、また、灼角の時分がやって来る。

 

 

 

 

 5日目。

 

 未だ、状況を一変させるような吉報はない。

 良い事と言えば、ここの所のノレッジは何故か、温暖期真最中の砂漠だというのに暑さを気にせず活動できる様になった。元からガレオス装備は暑さに対してかなりの耐性を有していたが、逃走を始めた当初と比べても一層苦しくなくなった感があるのだ。

 勿論、生存という意味合いならばこれ以上なく良い変化である。が。

 

「……これ、何か拙い状況なんじゃあなければ良いのですが」

 

 本来人間が持つ生理機能の何かしらを阻害されているのであれば、体調にも異変をきたしかねない。このギリギリの逃走劇にあって、身体の不調は決定的な敗因となり得る。

 尤も、ただでさえ睡眠不足と疲労には追われているのだが。

 

「……もっと栄養素、それに電解質も取れると良いんですけどねー」

 

 ここ数日は手持ちの干し肉とサボテン由来の水分、乾パン。それにサボテンの葉肉程度しか口にしていなかった。改めて実感する。食糧事情という一点においても、砂漠は人間に適した環境ではないのだろう。

 

「目を盗んででも、魚や肉といった御都合的なエネルギー源が欲しいのですが……さて」

 

 あの灼角の気配を感じ、ノレッジは重い腰を上げる。

 動かねばならない。

 自分にはまだ、やりたい事があるのだ。

 

 

 

 

 7日目。

 

 遂に方角儀が役に立たなくなり、がらくたと化したそれを足元に放る。とはいえ灼角は常に北から攻めて来るため、使う場面も殆どなかったのだが。

 確かに、自分が今居る位置が判らなくなると言うのは僅かながら不安を煽られる……というのは一般的な話。

 ノレッジは息を整えながら状況を探る。

 方角儀が損壊した今、遂にここまで、「現実的にレクサーラに戻れない」という局面に到達してしまった。夜になれば星と黄道で簡易的な方角を見ることは出来るが、紙も計算機もない今、灼角を相手にしながら正確な距離までを知るのは困難と言えた。

 今の今まで南へ足を伸ばしていたのは灼角の相手をしている内にはレクサーラに戻れないから、である。あの場所へむざむざ「脅威」を近づける訳には行かなかったのだ。しかし今、ノレッジの周囲に広がるのは、何処を見ても礫か砂かと言った殺風景極まりない光景で、レクサーラはおろか人間すら影も形も見当たらない。

 つまり現状、方角を確認する必要がなくなった ―― レクサーラを気にする必要は、もう、無くなったのだと思えば、少しばかり気が楽になる感覚もあった。

 あとは遮二無二、木に噛り付いてでも生き残るのみ。……砂地にめぼしい木は無いが、例え話である。

 気分を切り替える為にと、ノレッジは久方振りに喉を鳴らす。

 

「―― ん、んん゛っ。……」

 

 喉が震えるまでには時間を要した。独りきりの逃走において、叫ぶ事はあれど、「言葉」を発する必要が無かったためだ。

 水を口に含み、うがいをして、遠景を望む。

 

「……ふんふむ、あー、あー」

 

 言葉こそが人類最大の発明だとは、いったい誰の言葉だったか。

 ……今日はこちらから仕掛けて、あちらを驚かせてやろう。

 そう思い至ると、行動に移すのは早かった。思い切りも、少女の持つ美点である。

 腰を僅かに浮かし、前傾に。岩場を出る。

 

「―― ノレッジ・フォール。挑みます」

 

 右前方70メートル、地面の下(・・・・)だ。

 未知なる灼角に向けて。意志を込めて呟き、少女は駆けた。

 

 そしてまた、言葉を発する必要は無くなった。

 

 

 

 

 12日目。

 

 以前よりも遥かに広々、荒々とした風景が広がる。どうやら広めの丘陵地帯に差し掛かったらしい。

 丘陵だけあって植物の自生率は良い……が、剥ぎ取りナイフの切れ味が悪くなっている。サボテンを斬るにも苦労する。その辺りの瓦礫を適当に見繕い、ノレッジは剥ぎ取りナイフを研ぐ事にした。最悪鉄片でも葉は削げるものの、労力の問題だ。

 この為だけに費やすような、余分な水も時間も無い。刃先を整えると、掲げる。

 

「……」

 

 やらないよりはマシだろうと言う程度に輝きを増したナイフを腰に差すと、ノレッジはだらりと立ち上がった。

 手持ちの食料は尽きている。最後にサボテンや木の根を口にしたのも、確か、このだだ広い丘陵地帯に辿り着く前の事。ここ3日ほどは、水筒の水しか口にしていない。それでも身体は動くのだから、今の所支障は感じないのだが。

 夜も更けた。未踏の砂漠に1人、ノレッジは目を閉じて気配を探る(・・・・・)

 それ以外、闘いに備える以外にすべき事がないというのもある。

 風が吹いてがさがさになった髪を揺らす。

 肌を刺す視線。風に、何がしかの色が含まれたのを悟る。

 

「―― っ」

 

 身を投げる。

 すぐさまノレッジの後方3メートル辺りの地面が爆発的に盛り上がり、破裂音が後に続く。

 舞い上がる土煙。角が地面を突き破り、寸前、紅の巨体が空を切った。

 

「ヴヴゥ」

「っは、っは」

 

 ノレッジは砂の上を転がりながら ―― その一動作ですら体力は底をつき ―― 生き残る為の思考を動かす。

 口を開けることに、脳へ酸素を補給する以外の意味合いはない。それ以外の余裕がないと言った方が適切か。

 ノレッジはしかと開いた目で、感覚で、灼角を見やる。

 

 角 ―― 左斜めに溜め。

 尾 ―― 回転を利用し。

 そのまま次撃 ―― 再び尾。

 

「……っは、っはぁ」

 

 立っている地面すら揺らぐ一撃を、魂を削りながら躱す。

 幾度と無く回避した動きであっても油断はしない。角竜の膂力に灼角としての経験を重ね、この個体はいつも、予想を一段ずつ超えてくるのだ。

 射撃。通常弾は切らしていない。が。

 

「―― !」

「! ヴオオオ゛オオォォ」

 

 虎の子の拡散弾。爆発で足元を焼き払い、僅かながらに体勢を崩すことに成功する。

 攻撃が通らないという一点を除いて、遂に、ノレッジは灼角と攻防を(・・・)繰り広げる(・・・・・)に到っていた。

 原理は判らない。灼角の動きに慣れた事も要因だろう。だが、それよりも、相手の考えの様なものが伝わってくる気がしてならないのだ。

 崩した灼角の身体へ向けて、ノレッジは弾丸を撃ち込んでゆく。12日間のやり取りから判った事だが、灼角に多少なりとも影響を与えるには、筋力の付け様が無い場所を狙うしかない。

 ―― 翼を!

 

「……っ!」

 

 だが、寸前、過った予感に身を捻る。欲張って踏み出しかけた一歩を止め、ノレッジは後ろへと這い蹲る。

 九死に一生、風を感じる程の距離を、灼角の角と尾による連撃が薙いだ。

 酷使され続けた身体のノレッジでは、跳ぶのは一度が限界だが、残っている体力を惜しげも無く使い、目前の脅威を避ける為にと跳ぶ。

 はっきりと据え替わっている。生き残る為に、ではなかった。

 ―― 既に仲間の帰還は成している。ここで自分が死んだとして、大局に影響は無い。

 だから今は、命を繋いだ、その先にあるものを目指す。

 手がかりは得た。バルバロの見せてくれた不可思議な何かだ。

 それでも、「知る」と「手にする」の間には大きな隔たりがある。

 知りたいという枠を超えて、ノレッジは判りたいと思っている。実際に手にとって。願わくば、あの背(・・・)に追いつく為に。

 しかし果たして、それが何なのか。手に取る為には何をすべきなのか。

 朦朧とした意識を必死に繋ぎとめているノレッジには、未だそれが見えていない。

 

 

 

 

 14日目。

 

 繰り返す。14日だ。

 2週が過ぎて未だ、少女の目の前には灼角が立っている。

 いや。彼我の力量差を考えれば、少女が、「立てている」と表すのが適切か。

 灼角だけが変わらぬ勢いで、黒い吐息を撒き散らしながら、迫る。

 

「は、は……」

「ヴゥ ―― オオ゛ッ!!」

 

 少女の左右を抉る様に角が振るわれた。土を抉って尚、少女をも貫きかねない勢いを有している。

 左、右後ろ。折れた左角はやや余裕を持って避けられる。その間を利用して、ノレッジは通常弾を撃ち出した。

 『ボーンシューター』が空薬莢を吐き出しながら ―― と、

 

「……?」

 

 自身の攻撃の成果よりも気になる事があり、ノレッジは振り返った。

 足元。後ろ。

 

 空虚。

 

 そこに当然在る筈の足場が、無い。

 大きな裂け目と、底深い暗闇とが顔を覗かせている。

 

「っ」

 

 息を呑み。足を止める。

 正面から撃ち合っていた……まがりなりにも撃ち合えるのが仇となった。灼角にばかり意識を向けており、更にここ2日は丘陵地帯を抜けるのに注心していたため、地形の把握を怠っていたのだ。

 気付くと同時、ノレッジは裂け目に沿って横へ、横へと走る。しかし裂け目は何処までも、地の果てはここだと言わんばかりに続いていて。

 

「―― ヴォォオオオ゛オッ」

「……っ!」

 

 勝利か鼓舞か、灼角が雄叫びを上げる。

 びりと肌が振るえ、地面が揺らぎ。灼角は足元が崩れかねない勢いで、角と身体を振り回す。

 追い詰められてしまった ―― 回避、

 

「ぐ、ぅ!!」

 

 思わず呻く。角で巻き上げた砂塵に混じった瓦礫が、ノレッジの肩を直撃していた。

 衝撃で後ろにつんのめり、崖が傍にある事を思い出し、重心を必死で整える。せめて崖際から余裕を取ろうと前進すれば、目前には灼角が立ち塞がり。

 

「―― ヴルルゥ」

 

 その口角から漏れ出す吐息は、相も変わらず黒い。

 ……どうしてこう、世界には、自分の興味をそそるものばかりが溢れているのか。

 肩がまだ痺れている……ノレッジは嘆息する。そして、眼を瞑る。

 未だ知らぬ何かに心躍らせる人間で在りたい。世界とは未知だ。それを求めるのは人として当然の理。

 そう。飢えていたのだ。知識ではなく、端的に表すならば、刺激に。

 生きとし生けるモノがこぞって欲する、革めの兆しに。

 

「……」

 

 目前に立つ生物は、そんな自分の先を行く、歩を重ねた傑物。

 この機を逃すべきではない。是が非でも捉える。好奇心こそが『わたし』の根だと知らしめる。その内にある何かを、この飢えを満たす何かを求めるのだ。

 踏み出す。超える。食らいつく。

 この心情を例えるなれば ―― 飢えに飢えた狼あたりが上等だろう。

 

「……」

 

 身体に残った力を見定めながら、女狼は食らいつくための算段を企てる。

 空腹故か、飢餓故か。ノレッジは、美味しそうだ(・・・・・・)と見えた場所へ ―― その感覚を振り払いながら ―― 弾丸を撃ち放つ。

 背甲の、付け根。

 

「―― っ」

 

 灼角は微動だにしない。

 次に、翼……特に翼膜。

 

「ヴ、ルルル」

 

 翼膜に向けて放った弾は、思い通りの軌道を描いて刺さる。灼角が翼を揺すって弾丸を振るい落とす。

 自らの射の出来に、ノレッジは思わず感嘆の息を漏らした。極限の状態になってから今の今まで、こんなにも上手く射撃が出来た事があっただろうか。理想通りの弾道。弾丸の装填にも全く意識を割く事が無く、正しく、会心の出来であった。

 改めて正面を見やる。感慨に浸っている時間はない。灼角の顔が此方を向いている。

 気付いたノレッジは慌てて回避行動を取ろうとして、しかし、途中で脚を止めた。

 

「……?」

 

 此方の視線を受けてすら、何故か灼角からは、攻撃しようという意思が『みられない』のである。

 それはまるで結実を歓んで(・・・)いる様な、想い耽る様な、僅かな間。

 睨み合い。

 

「……ヴゥ」

 

 のそりと、如何なる大木にも勝る年季を持って、灼角はその脚を踏み出した。

 踏み出した時、これまでの此方を導くような、値踏みするような感は消えている。

 だとすれば灼角は、容赦の無い、バルバロを相手にした時と同様の、自らの持つ最高の一打でもって少女を襲うのだろう。

 気付くが早いか。どちらとも無く、闘いは再び。

 

 灼角の短い突進。避ける。

 灼角が砂地を滑り反転。右角による衝突を、跳び避ける。

 ノレッジは後ろを向いたまま、足腰を沈め、後手に(・・・)構えた『ボーンシューター』の引き金を引く。狙いは尾。灼角にとっての尾は重心調整機(バランサー)の役目を担っているらしい。それを少しでも崩すことが出来れば、あるいはとの希望を込めて。

 希望は儚く砕かれる。微塵も体勢を崩す事無く、灼角は突進を貫行する。

 大地をも穿つ剛の角が、鋭く唸る。ノレッジは身体を半身に開き……角が僅かに肩を掠めた。通常弾を装填し、今度は腰を入れて撃つ。尾の位置を僅かに留めて見せると、灼角は体勢を整えるのみ。それ以上の連撃を仕掛けては来なかった。

 攻勢の機 ―― ではない。これは布石である。ノレッジは腰に力を入れ、来る一撃に備えた。

 早い。首を左右に細かく振るう ―― 咆哮!

 ノレッジは両腕を弩にかけていたため、まだ、咄嗟の反応が出来ないでいる。

 

「―― ヴルォォォオオオオーッ!!」

 

 ぶつり。

 両耳から嫌な音がした。それきり音は、心臓と呼吸のもの以外は、ぼんやりとしか聞こえなくなった。

 それでもだ。ノレッジは灼角をしかと見据える。彼女も5、6メートルは距離を取っていたが、それも灼角の声量にとっては至近距離の内であるという事なのだろう。鼓膜が千切れはしたが、三半規管を揺すられて卒倒していないだけマシだと割り切る事にする。

 聴覚が乏しくなった割には、不思議と、心情は穏やかなままで保たれている。元よりノレッジの闘いは、その「視る力」に寄る部分が大きいのも理由であろう。

 咆哮がなんだ。聞こえ辛くなったのならば、もう関係ないではないか。ノレッジは弩を構えた。

 

「……っ、っ」

「ヴ、ヴ、ルルゥ!」

 

 殆どの音が無くなった事は、むしろ、不思議と集中力を高めている様に思われた。判るのだ。灼角の思惑というか、矜持というか。兎に角、そう言う所までを、今ならば理解出来るのではないかと思える程に。

 集中に集中を重ねる。いつかのヒシュの如く、相手の一挙手一動作を見逃すまいと眼を剥いて。

 

 ―― 尾wo、

 

 重石の付いた尾が、屈んだノレッジ、その頭上を通過する。

 すぐさま止まっては、その腹目掛けて弾丸を見舞う。

 

 ―― 追い、詰me、

 

 ノレッジが腹の下を抜ける素振を見せると、灼角は後退して再びの距離を取った。どうにも崖の際から逃がしてくれる心算は無いらしい。

 しかしノレッジが裂け目を背にしている限り、灼角とて得意の突進は仕掛けられまい。いざとなれば飛べるとは言え、勢い余れば真っ逆さまなのだから。その隙さえあれば逃走……までは行かずとも、位置を入れ替える程度の事はやってのける。それ位の確信が、今のノレッジにあった。

 張り詰めた緊張の中で、崖際の攻防が続く。

 手に持った剣で叩いている訳ではないが、灼角の甲殻は確かに、鋼よりも硬い。軟性を持っている分、傷つき易くはあれど、衝撃の吸収能力にも優れている。此方の弾丸が通らないのは当然と言えた。

 故に。ノレッジが狙いとして甲殻を避けるのは当然であり ―― 此方の狙いに気付いた灼角が対応してくる事までも含めて、自明の理。

 だからこそ、手段が無くなっていくのは人間の側であった。激しく身体を揺らす灼角によって、ノレッジは次第に、徐々に、崖際へと追い詰められてゆく。

 灼角が近い。熱砂に鍛えられた重殻が、視界を埋めては蠢いて。それでも飢えを満たさんと、ノレッジは弾丸でもって食らいつく。

 

「「ぐ、ヴ」」

 

 どちらがどちらの声だったか。

 近いのは物理的な距離だけではない。なまじ判ってしまう為に、心の距離が近いのだ。

 生理的に駄目だ、とは感じるものの。灼角は滾り、攻撃の手を緩めない。

 

 突いた角を躱す。

 

 ―― 歓待し う。

 

 半身のまま横へ飛び、踏み潰される位置を脱する。

 

 ―― 新 な宿敵(・・)を。

 

 尾の範囲を抜けた。弩を構え。

 

 ―― 争うべki相手を。

 

 見えてしまう。頭痛がする。きっと情報過多だ。これは、自分と相手との境目が融けてゆく感覚だ。

 本来交わることが無い筈のものを混ぜ(・・)あっている。反発し合っている嫌悪感だ。

 1人分の器に多くが入り込み、何か(・・)が漏れ出している感覚なのだ。

 ずきり、ではない。穿たれた、砕けた音がする。これが限界だった。

 脳が活動を鈍らせ、ノレッジの足が、遂に鈍る。

 灼角がその隙を逃す筈もない。

 三日月の王冠が、迫る。

 

 ―― ガッ、ガツリ。

 

「っ……」

 

 寸前、横合から飛来した何か(・・)が灼角の角を僅かに押し返したものの。

 最後の最期までを睨み据え、重弩から放たれた報いの一矢は、腹に食い込んで一筋の血を流したが。

 角は結局、狙いを大きく違う事無く振り上げられ、ノレッジを襲った。

 

 まず腰に着けていた『ボーンシューター』……の、横。おばぁによって取り付けられた骨楯が最大の衝撃を受け止め、砕ける。

 止まらず。弩の本体がめしりという音をたてて折れ、内筒と弾丸と細かい部品とが飛び出す。

 ガレオスの鱗と鉱石で練られた腕甲が同様に凹み、ひしゃげ、砕け。

 歯を食いしばる。身体が痛みを伴って軋みをあげる。

 ノレッジは、裂け目へと放り出された。

 

 

 

 

■■■■■■■■

 

 

 

 

 耳は聞こえない。酷使していた眼も危うい。

 薄桃の長髪を宙にひいて、少女は1人谷底へと落ちてゆく。

 痛みも今はないが、感じていないだけだ。身体はつま先から頭の先まで、微動だにしない。

 視界が黒く染まり始めた。落下が長く感じられる。走馬灯というのだろうか。その内に、少女の脳裏に出会った人々……そして狩猟の日々が次々に思い浮かぶ。

 

 落ちる。レクサーラで、砂漠で過ごした修行の日々。

 

 まだ落ちる。ジャンボ村で書士隊として過ごした日々。

 

 まだ落ちる。ヒシュとネコ、そして未知の怪鳥との衝撃の出逢い。

 

 まだ落ちる。書士隊に迎えられ、ダレンと握手をした時。

 

 まだ落ちる。雪積もる王都、リーヴェルで両親と共に過ごした幼き日々。

 

 まだ落ちる。自らが書士隊を、狩人を志した幼き頃。

 

 

 今度は ―― 逢った(・・・)

 

 

 遡った末の端、その先。

 砦蟹を見かけた時。英知を望み知るべく意識を伸ばし試みた彼の時。可能性は確かに、ノレッジの内で萌芽していたのだ。

 

 ―― 。

 

 気付くのと同時。突如、どぶりという粘性を含んだ感触に包まれた。

 まるで、何かの海に飛び込んだかのような。息は出来るものの、どこか嫌悪感を覚えて。しかし沈んでゆく意識の海の最中で抗う術は無く。少女はただひらひらと沈んで行った。

 暫くすると、じんわりと底冷えがし始める。肌に触れる液体がとにかく冷たいのだ。目を閉じていることすら辛く感じる。もう、全て、投げ捨ててしまおうとすら思った。

 

 ―― ?

 

 寸前、ここで少女は気付く。不定形の自分の胸元には、塗り込められた闇を照らして仄かに光る、「木片」が在った事を。

 少女は無心に。或いは必死に。不可視の触覚を伸ばし、僅かな光源を大切に慎重にと包み込む。

 木片が燃え立つ。風を遮る囲いの内で火種は明確な炎となる。少女の中に、どこへでも飛んで行けそうな昂揚感となって昇る。

 今度は灯火を頼りに輪郭を保ちつつ、降りて行く。それでも冷たさを由来とする生理的な嫌悪感は止まらない。知覚がこれでもかと膨張しては意識を染める。じくりじくりと染み出す波が、少女を抉って端から(さら)う。

 それに耐える事が叶ったのは、間違いなく木片の灯りと熱の助力があってこそ、だった。

 永遠にも等しい苦行の果てに、少女は底へと近付いていた。どろりとした粘性に阻まれつつ首を動かし、真黒く降り積もった闇を見下ろすため、久方振りに瞼を開く。

 

 ―― !

 

 しかし予想を違い、視線の奥。光り輝く何かが、底一面を着飾っていた。それらはいつか少女が見上げた、砂漠の星空に似ている様に思えた。其々が確かな色を持ち、明朗快活、ちかちかと瞬いている。

 そこでふと、奇妙な得心を覚えた。それは「人間だけのものではない」のだ。貴賎の無い、万物の瞬きにして至尊の光。全ての根っこに、この風景は在るのだ ―― と、何故か得心に到る。

 筆舌に尽くし難い美しさを持つこの景色を、少女は、薄れ行く意識の中で心に留める。

 とすり。闇の中でも何とか輪郭を保った少女は、両の脚で降り立ち、連綿と続く光の地平線を見渡した。

 奥に渦巻く光達。青白くも赤くも、時には黒くさえ在る。

 ああ。これが ―― さんの「視て」いた景色だ、と確信を持って理解に達し。

 心の内。更には胸に抱きしめた木片が耀きを放ち ――

 

 

 内に在る無数の扉から、とりあえずはと1つを選び。

 自らが描いたイメージに一致するその扉を、少女は、明確な意志によって押し啓いた(・・・)

 

 

 

 

□□□□□□□

 

 

 

 

 旧き大陸が砂の海。最奥の地、デデ砂漠。

 その者が訪れたのはあくまで偶然である。

 しかし本来砂漠それ自体が庭にも等しい猟場であり、気安さもあったであろう。

 見つめる向こう。丘陵を超えた先。進退窮まる崖際……にて、紅の角竜と少女とが死闘を繰り広げていた。

 

「――」

 

 癖無くすらりと伸びた灰の長髪が、崖下からの風に煽られて暴れ呻く。遠くを覗くべく、その下の鋭い目がきりと絞られ……目視した僅かな挙動から、その者は少女が圧倒的劣勢にある事を悟る。

 その者の背は小さく、体駆は華奢。艶のある黒の胸当て。鱗を重ねて織られた袴が、凛とした空気を放ちながら揺れている。

 その者が女であるというだけではなく、常人と比べても一層の体駆の小ささ。故に、腕にある弓は歪な雰囲気を漂わせていた。握られているのは、常人の膂力では弦を引くことすら適わぬ剛弓であった。

 ―― 角竜は肉食ではない。ならば可能な限りの救い手を。あの少女に。

 剛の弓弦を、女は事も無さ気に引き、一睨みの後に指を離す。

 矢羽が風を切る。すぐに脚を動かし、女は後を追う。矢が当たったか否かは、たかだか(・・・・)2、3百メートル程の距離。確かめるまでも無い。

 発見が遅かった為に、残念ながら、接近が間に合わない。女の放った矢によって角竜の一撃を逸らす事には成功したものの、少女は谷間に放り出されていた。

 しかし、谷間であれば心配は無い。あそこは既に王国(・・)へと続く街道の真上である。

 ならば、残る狙いは。

 

「―― 急に走り出したと思ったら、姉御(しかり)、如何したニャ? 巡回中の突飛な行動、ミャーはいつも心配してるニャー」

「黙って追えばいいのですわ、タチバナ。姉御には姉御の、崇高なお考えがおありだニャン」

「……」

 

 女が近場に視線を戻すと、その足元を、地面から現れた3匹のアイルーが併走していた。

 先頭を走る雌アイルーが鉱石製の、次番の雌アイルーが竜鱗に覆われた鎧を全身に着込んでいる。その後ろのアイルーは性別不明、無言のままで全身白のだぼだぼとした布鎧を纏っており……四肢を着いては、先行する。

 

「……」グイグイ

「判ってる、判ってるんニャー、レイヴン。あのかく……じゃなくて、『つのさま』が『おんまと』ですニャー? ミャー達が当たりますニャー、姉御(しかり)

 

 無言のアイルーが無言のまま先頭に立つ。タチバナ、と呼ばれるアイルーが背後を振り返り、主からの返答を待つ。

 彼等彼女等の主たる女の、ぼうっと遠くを見つめる灰白色の眼が瞬き。

 

「―― タチバナ先行(いって)。レイヴン遊撃(ふって)、ます」

 

 唇から、童女にもとられかねない容姿に似合う、瑞々しい声を発する。

 女は一先ず、と、端的な陣形を告げた。各々アイルーが頷き、タチバナが氷水晶で鍛えられた剣を、レイヴンがゴツゴツとした槍を白布に背負う。

 次に。

 

「ペルシャン、援護(おって)谷地(ふど)に、女鹿(めが)……んん。女狼(めのじ)、落ちたます。注意して、ます」

 

 辿々しい接ぎの、しかも難解な言葉で状況を語った。

 するとそれらを苦慮無く理解し、援護を命じられた雌アイルー・ペルシャンがこの言葉を聞いて飛び上がる。

 

「ええっ!? それは、今すぐ助けなくて良いのですっニャン!?」

「落ち着くんだニャー、ペルシャン。あの辺りの谷底は王国に向かう街道だから、数百メートルも下に落ちれば落石避けの網が幾重にも張ってある筈だニャー。その女狼は助かるニャー。豪運だニャー。でも、だから、回収は後のほうが安全ニャーよ。それより前の『つのさま』だニャー。……滅入るニャー。ありゃあ特級に違いないニャー」

「……」コクリ

 

 見るなり肩を落としながら話すタチバナに、レイヴンが同調する。

 それでも、走る速度を落としはしない。残すは距離百。悠然と身体を向ける灼角と視線を交え、女が口を開く。

 

勢子(せこ)、頼む、ます。『おんまと』、『あかつのさま』。『巻き』、あてが。……これは猟違う、ます。お相手。(まつ)る。(こいねが)う。女狼、助けるため。『しゃちなる』なます、おん『マタギ』ら」

 

 祝詞の様に紡がれた言葉に、アイルー達が一斉に頷き返す。

 

「了解したニャー姉御(しかり)……いや。モンスターハンター(・・・・・・・・・)、ハイランド」

「判ったわニャン!」

「……」コク

 

 女にとって、タチバナは最も付き合いの長いアイルーだ。彼女には王国付き狩猟団の纏め役も任せているため、地位は高く、何より女自身、呼び捨て程度は気にしない性分でもある。

 ハイランドと呼ばれた女は、焦点の不明瞭な眼差しを灼角へ向けたまま、かくりと傾いだ。

 先ほどの一撃により此方へと気付いた角竜が、ゆっくりと向きを変えているのが見える。その堂々たる英傑が姿を前に、敬意を抱いて向き合って。

 砂原の猟師らは、微塵も臆する事無く、駆けた。

 

 





 バキクエストに挑む貴方に、ネコ飯ど根性と防御力+50発掘武器の御加護を。

 さて。そろそろちょっと狩猟からは休憩のターン……具体的に言えば長らく離れておりましたダレンさんのターンになります予定です。ここまで引っ張っておいて、しかも新キャラ追加のノレッジとか落下中だというのに放り出されてあれですが、今挟まないと諸々説明不足になってしまう感もあるので、ご容赦くださればと思います。
 交叉時点、と書いて「クロスホエン」と読んだり読まなかったり。
 ……こういう概念的で雑多で適当なものを書くと長くなるのですよね。私。悪癖です。とはいえ1章のメインですので、割と尺は割いていますけれども。

 以下、愚痴です。
 良くよく間違う誤字(というか誤変換)、一覧。

 自信⇔自身
 獲物⇔得物
 誤る⇔謝る
 落陽草⇔落葉草
 ノレッジ⇔ン路エッジ

 意識してるのはこの辺りですかね。見かけたら察してあげて貰えると嬉しいです。確認はしてるんですが、あくまで個人ですので。
 最後のとかは完全にタイプミスなのですが、あまりにも多くて予測変換されるのですよね……嗚呼。何故かリセットが利かないですし……辞書は入れてあるんですけれども。しかも落陽草に関しては一斉置き換えをかければよいと最近気付きました体たらくです。一章が終わったら直しに入りたい……是非とも。

 因みに、新キャラが話しているのは(ぎりぎり)日本語です。
 ただでさえ難解で、しかもキャラ語尾のおかげで、平仮名にすると日本語が崩壊します(初期稿では読み辛い事この上在りませんでした故の改稿です)。キャラ的には本当は平仮名にしたかったのですので(逆説)、ルビか二重括弧を付けたいと思います。
 語句については、私のアレンジや造語もかなり入っていますけれど、所謂「マタギ言葉」というやつです。MHのネーミング元とマタギ言葉は被る部分も多いので、相性が良い筈です。実際書いてみると何言ってるか判りませんでしたが。
 ……というか本当は、マタギって男女とか、根本からして……というのも在りますけれども気にしないでください。山の神様が醜女とか、その辺りは採用しておりませんという事で。砂漠ですし。

 尚、一応の補足を。
 大丈夫です。鼓膜の穿孔は基本的に自動で治癒(オートリカバリー)します。ハンターであれば尚更です。

 以下、新登場のアイルー達。

 タチバナ。
 兄が居れば「にいに」と呼びます。彼女に兄は居ませんし、居たとしても変態と言う名の紳士でもありませんが。口調的には、むしろ義妹こそが至高だニャー。

 ペルシャン。
 ですわ。きっと尻尾が縦ロール。ペルシアーン。……属性が多いと、他に語ることがないですね。

 レイヴン。
 唯一の性別不明。実は山猫ではなく黒い鳥さん(嘘)。でも白い。両腕にライフル……ではなく、とっつき。伝説的傭兵かも知れないし、オペレーターが嫁かも知れないそうです。あれです。「Unknown」繋がりという事で(from脳。

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