モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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第二十二話 砂礫の廟堂

 

「先に竜車のとこ行ってんぞ、親父」

「ウム」

 

 未だ日の昇らないレクサーラ。塗り込めた藍色に蠢く大運河の横で、互いに金髪の親子……クライフとバルバロが言葉を交わす。

 出立の用意は整っている。青年・クライフはその言葉の通りアプケロス竜車の詰め所へ脚を向け遠ざかろうと脚を向け……が、その前に。

 

「……ム? いや。待つのである、クライフ」

「んだよ……?」

 

 その背をバルバロの待てという声が呼び止めた。振り向いたクライフが元の位置へと戻ればバルバロの視線の先、集会酒場の一等展望席に繋がる「秘密の裏口」から、妙齢の女性が歩き出て来ていた。

 尖った耳。竜人族の妙齢の女性だ。脚の可動性を確保した竜人族伝統の長着物をゆるりと着こなし ―― 奇妙に落ち着いた挙動が視る者に疑心を抱かせる。そんな女性。

 クライフは(或いは勿論の事)、幼少の頃より知り合いのこの女性が苦手であった。腕を組んでどっしりと構えて待つ父とは裏腹に、げっというにが虫を噛み潰した様な表情が顔に漏れる。竜人の女性は目敏くも、表情を見逃してはくれず。

 

「―― フフ、随分と嫌われたものね?」

「クライフに悪気は無い。そもそも貴女(ラー)がそういった雰囲気を放っているのだから仕方があるまい。自身の悪趣味が高じた、自業自得なのである」

「私には辛辣ねえ、バルバロは。まあ親愛の証だと勝手に受け取っておくけれど。……お久しぶりね、クライフ坊ちゃん」

「……ああ、久しぶりだなラー姉」

 

 やはり、苦手だ。微笑かけてくるラーへの対応にたじろぎながら、クライフも何とか作った表情でもって返す。そんな様子をラーはさして気にした様子も無く笑い流し、バルバロの方向へと向き直った。巻き上げた髪に刺さった銀細工の(かんざし)が明星を反射してきらきらと明滅している。

 

「それよりバルバロ。第五管轄地に向かうと聞いたわ」

「如何にもその通りである。ギルドより盾蟹の特殊個体の二次調査を依頼されておってな。あの奥まった『白亜の宮』に向かうのは少々気が滅入るが、我が輩が向かわずばギルドも回らぬぞ……と村長より脅されたのである。有望な若人に挑戦させれば良いものを」

「フフ。他のハンターの皆は、今も引っ切り無しの依頼に尻を叩かれて駆けずり回っているもの。六つ星の貴方が居るからこそ第五管轄地の依頼も回す事が出来るのよ」

 

 バルバロは綻ばせる程度、ラーは蟲惑的な、それぞれ笑顔での応酬。共にレクサーラの創設依頼の古参の仲間でもあるバルバロとラーは、その間でしか判らないものもあるのだろう。と、クライフは頭の中で適当に理由をつけておいて……青年としては、それよりも気になっている事があった。

 

「―― んで、なんでアンタがこの明朝に集会酒場なんかに居んだ? ドンドルマの本部に出向してたんじゃねえのかよ」

 

 言葉にある通り。クライフの知る限り、ここ数年のラーはドンドルマで観測所の切り盛りに忠心していたのである。彼女の意見は上役達に一定以上の影響力があるため、その間は書簡による連絡でもってレクサーラと繋がりを持っていた筈。

 問われたラーはくるりと反転。クライフを見て口元を抑えながらまた、笑って。

 

「勿論行くわ、これからまたとんぼ返りでね。でも、その前に貴方達が第五管轄地へ向かうと聞いてしまったの。いてもたっても居られなくて、こうして着の身着のままレクサーラに戻ったのよ。ああ、何て健気なこの私!」

 

 両掌をうす寒い藍色の空に向けて、ふるふると首を振るう。芝居がかった動作なのだが、この女性がやるとどうにも絵になる。胡散臭さの上塗りだ。

 そんなクライフとは対照的に。何かを思案していたバルバロは、ラーのそうした挙動を気にした様子も無くふむと唸る。

 

「観測所を取り仕切るお前が居るということは、そういう事であるか」

「ええ。動き出しているわ」

「心得た。十分に気を配るのである」

 

 しかしやはり通じ合っていたらしい。自分の勘も偶には当てになるものだ……しかしその前に説明をして欲しいとクライフは思ったが口には出さず、成り行きに任せる事にする。この竜人族の女性は毒の(たぐい)。薬として利用するのならば兎も角、誰しも不用意に手を出してショックを起こす必要はないのである。

 息を吐き出しながら、ラーは腰に下げていた巻物の束をバルバロへと差し出した。

 

「はいこれ。第五管轄地周辺の大型モンスター縄張り一覧、その最新版よ」

「良いのであるか? こんな飯の種を貰っても」

「お堅いことを言、わ、な、い、の。生きて帰ってきて、返却してくれればそれで良いわ。だって私、書類の整理は苦手だし。大切な書類が他の書類に埋もれて長い間失くしてしまう事だって、ままある事だもの」

「ふむ……ならば有り難く頂戴するが」

 

 巻物をバルバロが受け取り、そのまま懐へと仕舞い込む。視線を再び上げてラーへとあわせ、バルバロは手を振るう。

 

「ラーよ、態々の忠告に感謝するのである」

「別に良いわ。……それとクライフ、貴方にもこれを」

 

 今度は此方へと差し出された掌に、クライフが怪訝な顔を浮べる。そこには5cm程の金属質の板……にしか見えない物体が乗せられていた。

 おずおずと、手を、

 

「……っ!?」

「はい受け取ったー。もう返却は利きませーん」

 

 差し出した手はラーによってがっしと捉えられ、無理やりに握り込まされた。子供か、と喉元まで出掛かった悪態をすんでの所で押し留めた。

 それより。クライフが恐る恐る握られた指を解き、自分の手の中に移動したその物体を観察すれば ―― 表面が鏡状になるまで磨かれた金属片。中央にひび割れた様な線が一本走っている。

 いきなり爆発しない事には安堵しつつ、クライフは思わず尋ねる。

 

「これは?」

「それは狩猟成就の『お守り』よ。火の国の火山から取れる鉱石の中に、偶に今の技術では加工出来ない欠片が混じっているの。それを研磨したものが『お守り』ね。あのココット村の英雄も身につけていたらしいわよ? それが狩猟成就のお守りって言う、起源になっているのかも知れないけれど……ただし、王国では一般人へのお土産みたいな感じに扱われているみたいね。ああ、嘆かわしきは愚の集まり!」

 

 ラーはそのままどこか信頼出来ない詐欺師の笑みで、お守りに関する情報をぺらぺらと話し続けている。

 「ココット村の英雄」とは、ハンターの開祖とも呼ばれる人物である。この大陸の北西、シュレイド地方の南にココットという村がある。そのココット村の周辺に現れ周辺一体を恐怖に陥れたという一角竜「モノブロス」をたった1人で討伐せしめたという竜人族が「ココット村の英雄」だ。彼に纏わる逸話は幾つもあるがもっとも有名なのがこれであり、ハンターという職業を一般的にしたのはこのモノブロスの狩猟による功績が大きいのだという。

 そんな人物が「王都でお土産扱いされているガラクタ」を身に着けていたと謂われても、眉唾以外の何物でもない。少なくともクライフにはガラクタに見えている。

 クライフは訝しげな顔をしたものの、見ればバルバロも無言で頷いている。受け取れという事か。加えて、最後の後押しとなったのはラーから放たれる期待の眼差しである。純粋にも思えなくは無い威圧感に負け、青年は渋々とそれを鎧の内の袋へと放った。

 

「……まあ、気持ちだけは貰っとく」

「あら良い子。人の好意を素直に受け入れられる子って、お姉さん好きよ」

「……後で向こうの河に投げ捨てるか!?」

「やめてよ? 手に入れるのにも結構苦労したんだから。……もう、そこまで邪険にしなくても良いじゃないの」

「フム。クライフにはとことん嫌われている様であるな、ラー」

 

 腕を組んで笑うバルバロとその正面で頬を膨らませるラー。ハンター達がこぞって起き立つ時間よりは僅かに早く、周囲に人の居ない運河に笑い声が響き渡る。

 数時間後。結局はお守りとやらを投げ捨てぬまま、クライフ達は第五管轄地を目指して出立した。

 

 

■□■□■□■

 

 

 一行改めの一団は、大陸の南へと向かった。

 目的地となる第五管轄地は「渇きの海」ことセクメーア砂漠の中央部よりやや西へ下った、レクサーラの村から最も離れた位置に存在する猟場である。大陸を縦断する大地の裂け目「大地溝帯」の手前に位置し、ギルドの手から離れた地域であるためか、管轄地とは名ばかりの放任を決め込まれた場所となっており。観測の気球も飛ばされては居るものの頻度が少なく、また、管轄地としての役目を成さんとばかりに聳える巨大な岩場もあってか観測の精度も低い。向かわされるハンターにしてみれば得の少ない、正しく最果ての地であった。

 この第五管轄地へ向かう依頼に同行したハンターはバルバロ、クライフ、ヤンフィ、ノレッジの4名。後を追って、予備隊のハンターが8名向かう手筈となっている。今回は直接現地の調査を行う予定である為、ハンターの他、ノレッジと同じ三等書士官の書士隊員が2名。学術院より出頭した学者が2名と、狩猟支援の為の原住民が8名(内アイルーが4名)。総勢16名という大所帯となっていた。

 更に、これに加えて当初は隊長格として二等書士官が同行する筈であった。しかし……王都に在住する二等書士官はメルチッタという湖畔の港村から出港。大陸の西側に面する西竜洋(せいりゅうよう)を南下し、砂漠地帯を海から回りこんで第五管轄地で合流する……その予定だったのだが、航海の中途で件の大雨に出くわし、メルチッタへと引き返さざるを得なかったという結末を迎えた。合流は可能だが船の損傷が酷く、温暖期の内の再出発は難しい。レクサーラのギルドはそんな急遽の事態を受けて、ノレッジ・フォールを臨時の二等書士官へと格上げする事で書類上の都合を付けていた。

 しかし。

 

「……あの、ノレッジさん。地形のマッピングは、まだ……?」

「? いえ、ここでマッピングしてもどうにもならないですよ? 第五管轄地が近いとはいえ、その周辺程度の地図は在りますし」

「ノレッジさん、向こうに着いてからの分担はどうしますか?」

「あー、それは向こうについて一回りしてから考えましょうよ……。だって、現地の情報が殆ど無いんです。まずは管轄地の情報収集から始めないといけませんので、ここで組み立ててしまうと致命傷になりかねませんし」

 

 本来の少女はあくまで自分本位な指示される側、三等書士官である。机仕事を主としているドンドルマの「引き篭もり派」、所謂「ギュスターヴ・ロン流」の書士隊員を2名ほど引き連れたとて、少女の足枷にもなりかねない。

 自分とのやり取りにやや怯えや困惑の見える男性と女性を見やり……しかし、それでも、ノレッジは苦笑に近い形で微笑んだ。

 

「とはいえ、うーん。糞便収集係の時のわたしもそんな感じでしたからね……。何か判らない事があれば今の内に聞いておいて下さるとありがたいのですが、何かありませんか? 多少はお教えできるかと思います」

「あ、それじゃあ、ノレッジ臨時二等書士官。ハンターの間で使われるサインについて、今一度確認をしておきたいのですが……」

「はい。狼煙ですか? それとも徒手ですか? 光信号……は、気球に乗ったことのある書士隊員の方なら判っているかと思いますが」

「徒手のものをお願いします。お手数をお掛けして申し訳ありません」

「判りました。それでは……と。あー、ですけど、お願いしますからわたしの事を臨時二等書士官とかいう名称で呼ぶのは勘弁してください。たかが16歳の小娘はノレッジ呼びで十分かと思いますよ」

「あはは。それも現場ならではですか?」

「勿論。わたしが上とかは、書類上だけですからね。それに呼称は短い方が何かと便利なんですよ!」

 

 そこは人を篭絡する(無意識の)手管には事欠かない少女の事である。どうやら、何とか、上手くやっている様子である。

 大地を焼く白陽の下。レザー装備一式を纏った自分よりも年上の男女2名に指示を出し続けるノレッジに一先ずの安堵を得たバルバロは、ラーから受け取った地図を改めて広げた。その地図には、特殊個体の出現報告を受けて空からの再調査がなされた結果が描かれているのだが……ぐねぐねとした線が所狭しとうねり合った前衛芸術と見紛う「何がしか」が地図の上でのたくっていて。この第五管轄地周辺の生態が混沌としているらしいという事だけは一目で視認出来るものの……と、諦めと共に地図を荷へと放り込む。

 他に動きのある物については書類でも渡されている。そちらは文章で纏められている為に判り易い、と入れ替わりに広げる。内容の中でも特に注意すべきは、第五管轄地の周辺でアプケロスの大移動が見られたという事態であろう。これはいよいよ、脅威と成る大型のモンスターが縄張りとして魅力的な第五管轄地に居を構えている可能性が大きい。アプケロスは砂漠に住まう生物の中でも比較的体格の大きなモンスターであるため、餌とするモンスターも数多い。肉食もしくは雑食の大型モンスターとなると件の盾蟹が槍玉に挙がるが、そもそも草食であっても強大な相手から逃走もしくは闘争するのは生物の本能でもある。故にその種をこの段階において判別するのは困難であると言えた。

 温暖期と繁殖期で活動的に成る、砂漠に住まう危険度の高いモンスター。バルバロは偶発的には遭遇したくは無い彼ら彼女らを想起し……いずれにせよそれら脅威を掻い潜って、第五管轄地とその周辺の調査を成功させねばならない。大型モンスターに対しては自分達ハンターが楯となる予定だが、何せ奥まった土地だ。ある程度の道具の備蓄はあるとはいえ、頼みの綱のハンターが全滅していてはその帰路が怪しいものとなってしまう。

 暫し悩んだ後でやはりと頷き、バルバロは後で荷を引く現地協力者のアイルーに指示を出した。

 

「アイルー諸君。向こうの丘陵を越えた先は、ドスガレオスの回遊地になっているらしいのである。この先は登りが続く。少しばかり様子を窺って来て欲しい」

「アイアイ、斥侯ですニャ? でしたら先に見てきますニャ」

「ウム。気をつけて」

 

 びしっと敬礼を行ったアイルーが四足で駆け出して砂丘の向こうへと姿を消すと、バルバロは息をついた。良い機会か、と隣でだれながら歩く息子へと視線を振る。件のクライフは何事かという態度で此方を見上げる。

 

「……ウム。クライフ、お前にとって良い勉強である。管轄地についてからは行動指針をお前に任せようと思うのであるが」

「はぁ? 俺が? なんでまた、んなことを」

 

 クライフが突然の提案に思わず顔を歪めると、横を歩いていたヤンフィが声をあげ、好奇心を前面に出した笑みで顔を近づける。近付いた分、クライフは仰け反る。

 

「ニャハハ。ダンナがまた面白そうな事やってる、ね。クライフが指揮をするの?」

「ウム、そういう時期かと思ってな。お前はハンターランクを上げたいと言っていたではないか。それに今も我が輩の行動を熱心に見ているし、最近はヤンフィに心得を教授されているのも知っている。隊長としての経験を積んでおく事は、ギルドへの推薦理由として大きなものになるのであるが?」

「今ならダンナに、ワタシっていうフォローもあるもの。ワタシは賛成、ね。どうするクライフ? どうしてもって言うならワタシが指揮を取るの事よ」

 

 自らの目標へと突き進むノレッジに刺激された部分もあるのだろう。確かにクライフはここ二ヶ月程、研鑽として隊長の心得や地形把握、隊の統率といった知識に手を出していた。成果は上々で、狩猟の連携が取り易くなった実感がある。副次的な成果もあり、酒場に居ても積極的に他のハンター達と交流を持つようになり、ノレッジを介して職人頭とも話をする程度にはなっている。

 だがそれらはハンターランクを上げる為に積んでいた訳ではない。自身の技量向上の意味合いが強かった。ランクを上げたいなどとのたまったのは恐らく大分前、父への劣等感に苛まれていた時だけであった筈で。

 一端の男として隊長の立場に憧れが無いといえば嘘になる。が、クライフが目指したのはそもそも「ハンターではなかった」のだ。書士隊員でもない。ましてや上役でもなく。……父の跡を継ぐ様な人物(・・)に成りたい。と、それだけを目下の目標として今の青年は邁進しているのである。

 とはいえ、理由を勘違いされている事には腹立たしいものの。指揮を執ると言う行動自体は、父の背を追う青年にとっても有用な経験であるという点について間違いはあるまい。迷った末、クライフはその申し出に頷いた。

 

「わかった、やってみる」

「ウム」

「ワタシもフォローする、ね。頑張るよ、クライフ!」

 

 拳を握って大げさな反応を示すヤンフィ。うんうんと頷くバルバロ。二つの視線に耐え切れず。クライフは顔を逸らし、ぼりぼりと頭を掻いた。

 脳内で訓令を発する緊張を噛み砕きながら歩を進める。丘陵の頂上へと差し掛かった頃合で目前の土が盛り上がり、中から先ほど斥侯に向かったアイルーが飛び出した。バルバロに向き直り脚を揃えてびしりと敬礼。

 

「報告だニャ、バルバロのダンナ。南西5キロ周辺の地上に大型モンスターの姿は確認出来ませんでしたニャ」

「ウム、ご苦労である。……丁度良い」

 

 一団の先頭。延々と続いていた丘陵を登りきったバルバロは丁度良いと呟いて、後に続くクライフらを振り返った。何事かと見上げた全員が、足並みを揃えて次々と丘陵を超える。

 続いていた土色の世界から、景色が開けた。

 

「―― 見えてきたぞ。あれが第五管轄地である」

 

 砂の原にぽつり。暑さの見せた幻かと思うほど、突然、それは姿を現した。

 中央を貫く岩場が白い岩肌を輝かせ、周囲を無数の鳥たちが飛び回る。裾には緑とオアシスを見せびらかすかの様に広げ、味気のない砂と礫の風景の中で一際の異彩を放つ。

 離れたこの位置からでも、その場が生物にとって魅力的な場所である事が窺えた。まるで一塊の宝石の様な美しさだ、とキャラバンの誰かが溢す。

 始めて目にする猟場に各々が感嘆の吐息を漏らす中、バルバロが先陣を切って歩き出す。

 ドンドルマが管理する内、最たる辺境にして最奥の猟場 ―― 第五管轄地における調査が幕を開ける。

 

 

□■□■□■□

 

 

 荷物を近場に隠したバルバロ一団は二手に別れ、第五管轄地の状態把握へと乗り出した。

 狩猟支援の原住民と学術院の研究者はクライフとヤンフィが引き連れ、外周の緑地とオアシスを。バルバロとノレッジは書士隊員を引き連れて、中央に聳えた岩場周辺を捜索する手筈となった。周辺の生物が減少した事象もあり、調査に本腰を入れるのは管轄地の安全の確認をしてから行うべきであるとの合意がなされたためである。

 安全の確認には本拠となるキャンプ場所を見定める意味も含まれており、単純に危険度と人数とを勘定した人員配置がされた後、それぞれが目的の場所へと向かった。

 

 青年と女性。

 青年たるクライフは「ハイメタ装備(シリーズ)」と呼ばれる鉱石の鎧を纏っては重そうに足を動かし、背負った無骨な鉄槍『ランパート』が陽光に反射して暑苦しくも燦然と輝いている。

 女性たるヤンフィはダイミョウザザミの甲殻を素材として加工した「ギザミ装備」。その武器は『フロストエッジ』と呼ばれる超高密度の氷結晶から作り出される片手剣である。常温でも溶けないのが売りの氷結晶が更に密度を増しており、また刀身をコーティング剤によって覆われているため苛酷な環境でも液化はしない。ただし、彼女がこの武器を選んだ理由は主に「クーラードリンクの節約になるから」であるそうだが。

 10名の内の2名、ハンターたるクライフとヤンフィが先頭に立っていた。緑があるといってもあくまで砂漠の中においての事。間隔の開けた樹の間を周囲を警戒しつつ。

 

「人数が多いと気を配らないといけない、ね。何時もは4人と、居てもお手伝いのアイルー程度だから。ぞろぞろと引き連れて居ると、何だか遠足気分の事」

「ったく。ヤンフィ、その能天気さはどうにかなんねえのか? 今だって何処からモンスターが現れるか判ったもんじゃねえんだが」

「ニャッハハ!」

 

 クライフが悪態をつくと、ヤンフィは曲芸的な手遊びで回していた片手剣を腰にすとりと差し、頭の後ろで手を組んで陽気に笑った。クライフとしては荒らされた管轄地など「その他」と変わりないと思っているのだが、ヤンフィは違ったらしい。指をたて、眼鏡をくいと引き上げて。

 

「ワタシは小さい頃、バルバロに連れられてこの管轄地に来た覚えが在るの事。地図を見た限りじゃあ外観も植生もあんまり変わりは無いね。となると障害物の少ないこの状況。大型モンスターに気をつけていさえすれば良い、ね。違う?」

「……だけどな」

 

 昔であればヤンフィの楽観的な言動は欠陥を孕んでいる様に感じたであろうが、今となってはクライフも実感している。大型モンスターが此方に敵意を向ければ、害される側は確かにそれが「判る」のだ。それは「勘」としか言い様の無い諸刃の武器であり、年季の入ったハンターほどそんな「勘」を身に付けていて ―― 目の前の陽気な女性もそれを武器として扱う1人であった。

 勿論気配を殺してくるモンスターも居る。しかしこうも開けた砂漠において、気配を殺す事に意味があるのかは甚だ疑問である。地中を移動したとしても、土を掻き分ける音と振動は普通に近付くよりも判別が容易い。そのためクライフも警戒はするものの、即時行動が必要な……警戒度の高い事態は無いと踏んでいた。

 アイルー2匹にも後方と前方の警戒を頼んでいる。経験の浅いクライフとしてはやや悩んだ末に前後方との指示を出したのだが、隊長としてのヤンフィからもお墨付きを貰えたので多少は安心をしておいて。

 

「とはいえ水も植物も獲物も、巣まである至れり尽くせりの環境の事。小型のモンスターは確実に居る、ね」

「やっぱりか。……となると、中央部の方に密集してんじゃねえか?」

「多分YES、ね。ダンナとノレッジがちょっと心配。……でも、これだけの環境を何でギルドが放っておいてるのか。きちんと整備すれば十分な利益になりそうなのにねー」

「遠いからなんだろ? 親父からはそう聞いてんぞ」

 

 首を傾ぐヤンフィの言葉に反射的に呟くと、彼女はにやりと口の端を釣りあげた。嫌な予感だ、とクライフが口を開くその前に。

 

「ンニャッハハ! 何だかんだで親父さんの言う事はしっかり聞くの、ね! 流石は坊ちゃん!」

「うるせえ黙れ、ギザミフェチ! 髪型までギザミで揃えやがって!!」

「修繕の素材が手に入り易いからであって、フェチじゃないねー。それに片手剣は氷結晶だもの、ね!」

 

 今にも槍を抜くかと言う怒号を上げたクライフの数歩先まで駆けて、ヤンフィは取り外した楯を指先でくるくると回しながらからかう。

 後ろではそんな2人のやり取りを見ていた数名が不安そうな表情を浮べるが、バルバロら一団の狩猟に付き合った経験のある人員がいつもの事さと宥めすかす。

 どうやら、外周の調査は滞りなく進みそうだ ―― 。

 

 

 一方、壮年の男と少女の側は早速の遭遇戦を迎えていた。

 ノレッジがその手に弩を構え、薄く生えた草原の上をひた走る。目指すは前方に口を開けた岩の切れ間である。先日()狩猟したドスガレオスから作られた「ガレオス装備(シリーズ)」の鎧。青い鱗で覆われた胴体部分が柔らかにしなり、金属質な部分が陽光を鈍くも返す。

 一定の距離まで移動した所で洞窟の中に小型走竜が居ないのを確認して、手招き。砂竜のヒレをあしらった腕鎧をひらひらと揺らす。追いついた男女の書士隊員……ケビンとソフィーヤを岩場に潜ませて、息を切らしている彼等に向かって目線で促しながら確認。

 

「良いですかケビンさん、ソフィーヤさん。ここを動かないで下さい。危険時には音爆弾。……わたしとバルバロさんがゲネポスを掃討しますっ」

「は、はい」

 

 確認は済んだ。言って入口までを戻り、少女はすぐさま膝立ちに照準機を覗き込む。

 手に持っているのは『箒星(ブルームスター)』……とノレッジが勝手に呼称している新造の弩だ。これは砂漠で採掘を行った際「鉱石なのかどうかも判らない」と評していた素材を主な原料として作り上げられている。

 慣れ親しんだ『ボーンシューター』もあるが、何せ砂漠奥地への遠征である。念には念を入れて予備の武器を作る必要があったのだ。その作成にあたり、ノレッジはありったけの素材を工房へと持ち込んだ。その中から職人頭の鉄爺が取り上げた素材を工房の技術を駆使して試験的に作成されたのがこの『箒星』である。

 鉄爺の取り上げた素材は「星鉄」という名であった。どうやら太古の昔に空から砂漠に飛来した金属であるらしい。解析も試作も不十分な「星鉄」は、しかしそれぞれが元々パーツであったかの如く迷い無く削り出され、弩への加工には2日と掛からなかった。しかも出来上がった時には研磨された銃身が勝手に青い輝きを放っており、工房では着色もしていない……という辺りに曰くつきな不安は感じるものの。弩としての性能は職人頭の折り紙つきだ。『ボーンシューター』の癖や反動が身に染み着いてしまっているノレッジも、試し撃ちをしてみて異様にしっくり来る奇妙な心地よさを感じていた。だとすれば他の慣れていない弩を投入するよりは良いだろう ―― と判断し、試運転を兼ねて、こうして遠征にも担ぎ出したのである。

 『箒星』の名の通り青白い銃身。乾いた向かい風に向かって、名前の元でもある銃身の根元に突き出た十字の突起を地面に刺し、もう一方に取り付けられた照準機 ―― ゲネポスを、捉えた。

 

「……っ!」

 

 続け様に引き金を引く。びぃんという澄んだ音。反動に腕が持ち上がり、弾頭が大気を裂く。大剣を振り回すバルバロの後ろに居たゲネポスを弾き飛ばし、突き飛ばし、最後に腹を撃ち抜いた。

 後ろのゲネポスが居なくなった事を見ずとも察し、バルバロは大股で一歩を踏み出す。一角竜の赤黒とした鎧を反らし、ごうと風斬り音を唸らせ『バルバロイブレイド』を振り下ろす。紅蓮石を駆使した中枢が熱を発し火花を舞わせ、ゲネポスの首と腹、2頭分を纏めて袈裟懸けに斬り(・・)焼き(・・)潰した(・・・)

 巨躯に見合わぬ精緻な足運びと技量に目を見張りながらも……残るは2頭。20メートル程度の位置に居た個体へと向けて、ノレッジは装填を終えた弾丸を撃ち放つ。幾ら走竜だとてこの距離を一足には詰められない。弾丸を受けたゲネポスが動かなくなった頃には、バルバロがもう1頭を切り伏せていた。

 

「終わったであるか」

「……の、様ですね」

 

 辺りに焼けた脂の匂いが立ち込める中、バルバロが肩に大剣を担ぎながら洞穴の傍にいたノレッジの横までゆっくりと近付き、見回した。ノレッジも首を動かすが、潜む場所の無い草原の丘には走竜の陰も形も見当たらない。

 

「気配も……む。ないな」

 

 大剣を背に納刀するバルバロの様子を見て、ノレッジも安堵の息と共に『箒星』を背負う。

 岩場に近付いているノレッジ達はここに来るまで既に3度、ゲネポス一団との遭遇戦を終えている。しかし不思議と、少なくとも差し迫った危険が辺りに潜んでいない事はノレッジにも感じられた。

 息遣いや足音。肌も呼吸をしている。体は熱を放ち、心臓は動く。そういった物を鋭敏に成った感覚によって捉える事が出来ているのかも知れない。……オカルトな話ですね、と言いたい所ではあったのだが、実感してしまっては無為に否定も出来ない。

 それにヒシュの事もある。かの狩人が狩猟の中で「視る」というのを、オカルト染みた技能だとは何度も感じていたのだ。自分もヒシュと同様の境地に一歩でも踏み出せたのだとすれば、と、どこか誇らしくも嬉しい感覚も少なからず抱いている。

 隣で大剣を振るうバルバロの「気配繰り」は、ともすればヒシュよりも鋭敏なものであった。大剣を掲げ大胆な位置取りをしながらも、まるで全体を見渡しているかの様な動きを何度も見せるのである。ノレッジと打ち合わせをした上での行動も多いが、先ほど「2匹纏めて切り伏せた」際の様に、阿吽の呼吸で動き出す顕著な物もある。恐らくはこの人物も、ノレッジが目指すべき先に居るのだ。

 そんな風に、ランク6という実力についても考えを伸ばしつつ。割れた顎を撫でながら瞑目するバルバロの隣にノレッジが寄ると、口を開く。

 

「思っていたよりもゲネポスの数が多いのである。それもあの岩に近付くほどに、走竜の一隊に含まれる数が増加しておる。……中央部に巣を作り、そこから逃げ出しているか?」

「あー、そう言えばガノトトスの時もそんな事がありましたよ。……でも中央部に大型モンスターが潜んでいるとすると、そのモンスターとドスゲネポスとが縄張りを共有しているというちょっと考え難い事態になってしまいますが」

 

 砂漠における管轄地の条件には水脈の有無が含まれる。地下地上の差異はどうであれ水脈の有る所には植物が生り、連鎖的に生物が集まってくる為だ。その点についてはこの第五管轄地も例外ではなく、地上には小さな湖が点在し、地下水脈が流れている事が数年前までの調査で確認されている。

 それは無いと判っていながら(・・・・・・・)状況だけを鑑み、ノレッジは二ヶ月程前に魚竜を狩猟した際の出来事を引き合いに出してみたのだが、案の定バルバロは顎を撫で始めた。先ほどから続けられているこれは、彼が考え事をした際の挙動である。

 

「地底湖があれば魚竜が移動してきたとも考えられるであろうな。しかし、この一帯には植生や小さな湖を成す程度の水脈はあれど、地底湖や河川の類は存在しないのである。地形が変わるにしても観測が放棄されていたのはたかが2、3年であって、それでは早過ぎる。観測上も河川は出来ておらぬしな。と成るとガノトトスではなく……いや、決め付けは良くないか。やはり実際にこの眼で見てからである」

 

 バルバロは首を振ると、岩間から此方を窺っていたケビンとソフィーヤを呼び寄せた。恐る恐る周囲を確認しながら合流した2人に、バルバロは豪快な笑顔を向ける。

 

「安心するのである。ゲネポスは去ったぞ」

「襲い掛かられるような位置に居た個体は掃討しました。お疲れの所を申し訳ありませんけど、日が暮れてもあれです。先を急ぎましょう」

 

 未だ血の飛び交う狩猟の現場に言葉が出ず、ケビンとソフィーヤがこくこくと頷く。少しでも不安を和らげようとノレッジは笑いかけ、バルバロはケビンの肩を軽く叩いた。

 多少は緊張も解れた頃。促しに応じ、4人は更に岩場へと近付くべく、再びその場を離れて行った。

 

 その後、ゲネポスとの遭遇は1度。薄生えの草原を歩ききり岩場の麓近くに着く頃には、ぴたりと襲撃は止んでいた。替わりに増えた巨大な羽虫・ランゴスタをバルバロが大剣で振るい落とし、ノレッジは取り出した松明で持って焼き潰しながら岩間の路を進んで行く。

 ランゴスタは麻痺毒を分泌する尻を避けて羽を潰せば動けなくなるため、数は多くなるもののゲネポスよりはマシだろう。とノレッジは感じていたのだが、他の三等書記官達は巨大な虫の潰れる光景がどうにも合わなかった(・・・・・・)らしい。ノレッジもやや配慮し、今度は必要最低限のランゴスタだけを駆逐しながら、更に先へと入る。

 岩肌を登り、降り。

 

「っと……到着ですね」

「で、あるな」

 

 40分ほどで岩間が開け、白地の岩峰が迫り出した。第五管轄地の中央部へと辿り着いたらしい。顔を見合わせた後、ケビンとソフィーヤを待機させて、バルバロとノレッジが先行して降りる。

 

「……そういえば、砂地ですね?」

 

 着いて同時、ノレッジは足元の感触に首を傾げた。白地の岩峰を挟んだ向こう側には、予想を違えて砂漠が広がっていたのである。岩間は急に途切れた形だった。

 

「これは元より変わりない。岩峰たる白亜の宮は、あくまで管轄地の砂地と岩間とを別つ目印として使われる物である」

「成る程……」

 

 確かに岩峰は草原、岩間、砂地の3つの地域の丁度中央辺りに聳えている。ハンターにしてみれば方角や位置の確認に使う目印としてうってつけであろう。

 バルバロの解説に、ノレッジがほうと関心を向け……

 

 ―― 。

 

「……ん」

「やはり、居るのであるな」

 

 びりと肌を刺す威圧感に向けて、ノレッジとバルバロは同時に正対する。足音を聞きつけられたらしい。何にせよ侵入者は此方の側である。

 発せられた威圧感。視界には地平線までの砂原。

 何処からとは問うまでもない。2人の視線は自然とその下 ―― 砂地へと傾いた。

 

「ノレッジ。ヤンフィとクライフに集合のサインを送っておくのである」

「了解です。ケビンさん達に狼煙で連絡をして貰います。……サボテンと言われれば、確かに。これが元凶なんですかね?」

「判らん。……何れにせよまずは迎え撃たねば、我が輩達が危ないのである」

 

 後ろを向いたノレッジが待機場所である岩間の境目に向けてサインを送る。指示の通りに煙が立ち上ったのを確認して、向き直る。

 バルバロが大剣の柄に手をかけ、地面を睨む。ノレッジは弾丸を装填してある『箒星』を解き、腰に着けた。

 地面が小刻みに振るえる。

 近付き。足元で静止する。

 右前方30度(・・・・・・)下だ(・・)

 察知するや否や、ノレッジは横に飛び退き ――

 

「ッ、オ゛オォォーッ!!」

 

 同時。その音が大地を割いた双角の口元から発したものであったのか、足元に向けて振るわれた大剣のものであったのか。

 ずんという腹の底に響く轟音をあげ、火花と砂礫とを盛大に散らし、両雄は激突する。

 遠景から見据えたノレッジはいつかの仮面の狩人を思い出しながら、学術分類を頭の中で唱え始めた。

 

「竜盤目、獣脚亜目、重殻竜下目、角竜上科、ブロス科。……っ!」

 

 砂漠での修行の経験は確かに生きている。今のノレッジは、気圧されはすれど怯みはしなかった。現れたのは間違いなく強大な相手だが、レクサーラを巻き込んだ一連の元凶であるならば ―― ハンターが狩るべき相手でもある。

 持ち上げた銃口の先で押し合うのは、大剣を半ばまで振り下ろしたバルバロ。そして、突き出された雄雄しき双角。

 

 

 

 砂漠の暴君。ディアブロス。

 

 




 第五管轄地ちゃん高貴ぼっち可愛い!(無機物
 尚、この地はオリジナルのフィールドになりますです。マップとか書いて挿絵機能であげられれば、想像し易いのでしょうか……とちょっと悩んでおります次第。各地の移動の描写もクドイですし……うーん。いえ、本文には上げませんけれどね。補足説明として、あとがきとか活動報告なんかに。とりあえずペンタブですか(ぉぃ
 あと、SOA……ではなく。ノレッジは意外と信じてくれます。ピンク髪ではありますけれども。
 狩猟支援の原住民。最初はシェルパと表記していたのですが、仕組みは兎も角詳しくは違うかな……と感じ、表記を差し替えております。いえ。意味合い的にはシェルパと書いた方が伝わるかと思うのですけれどね。後々を鑑みて、こういった表記が活かせるかなぁと。悪しからず。
 あと、星鉄について。「ドス」やフロンティアをやる方であれば判るかも知れません。きちんと原作にであうアイテムです。使い方はオリジナルですが(苦笑

 さて、あと6日ですね。ではでは。

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