モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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第二話 旧大陸

 

 辺境最大の街、ジォ・ワンドレオ。

 強固で高い外壁と乱立する見張り台に挟まれた、堅牢な作りの港街である。

 「この大陸」の中央やや西に位置するジォ・ワンドレオは、海路と陸路の交点をも担っている。東西を結ぶ重要な交通拠点であった。

 交通拠点には人が集まる。人が集まれば、街は栄える。人々が居る故に事業が生まれ、技術は進歩する。技術の進歩があれば人は集まり ―― という好循環こそが、発展を著しく助長し、この街を作り上げているのである。

 そんな活気に沸く街へ今、「別の大陸」を出立した1人と1匹が足を踏み入れていた。

 2人は市へと向かう人々の間……籠を運ぶ人。荷を背負う人。物を売る人。様々に動き回る群れ……を、誰にぶつかる事もなくするすると抜けて行く。

 

「……ん、ん~……あまたの、ひりゅーをぉ」

 

「ご機嫌ですね、御主人。……その歌を選ぶ辺りが何とも残念ではありますが」

 

「んぬ、確かにご機嫌。でも、新しい大陸ってわくわくしない?」

 

「ですかね」

 

「うん」

 

 旅人としては極めて一般的な布製のマントを纏う仮面の人物と、外套に身を包んだ1匹のアイルー。2人は互いの間に辛うじて届く声量で会話をしながら、街の外縁部を目指していた。

 人の多さと街の活気に混じり、誰に気を向けられる事もない。そも、その周囲には、比較的地味な衣服に纏めた2人などよりも、遥かに目立つ人物が大勢出歩いているのだから。

 

「―― ちょいと失礼」

 

「にゃあ」

 

「どうぞ」

 

 足を止める。その目の前を、大柄な鎧で身を固めた者が、片手で礼をして横切った。緑の鱗と鉱石の色合いが美しい『陸の女王(リオレイア)』の鎧を着た男だ。顔を覆う兜を被っていても男だと判断できるのは、鎧が男性用の意匠をとっているからである。男はがちゃがちゃと鎧を揺らし、武器屋の看板が掲げられた(みせ)ののれんを潜って行った。

 ここで辺りへ視線を巡らすと、所々に……ある者は皮の。またある者は鉱石由来の鎧を身に着けた「狩人」達が居るのが見て取れる。

 

「……やはりハンターが多いですね」

 

「ウン」

 

 ハンター。辺境に生きる狩人達。

 常ならば彼ら彼女らとて、平時から鎧など身につけてはいない。こうしているのには訳がある。仮面の人物は鼻歌を中断し、指をたてて。

 

「装備品は、狩人としての力量を誇示する意味もある。この街は武器も鎧も職人も、優秀だから。双剣の事といい、着想と発想なら、王立武器工匠よりも上だと思う。だからこそ、この街で依頼主に見せびらかす事は十分に意味がある。……つまりは、売り込み」

 

「そこで王立武器工匠を引き合いに出すという事は、この街の者共も変態技術野郎という事ですか? 我が主」

 

「否定はしないし、出来ない。……さっきのヒトも狩りに出る時は、きっと実用的なのを着てくハズ。ハンターとしての力量を示すっていう考え方は、タブン、懐古的だから。理屈としては判るけどね」

 

「……成る程。リオレイアであれば知名度的にもよろしいと言う事ですか」

 

 そういうと、ネコは納得とばかりにひげを梳いた。

 リオレイアは飛竜種の代表格だ。全身を硬い鱗で覆われ、2枚の翼と長い尾を持つ緑の雌竜である。モンスター達を見ずに一生を終える事すらあるという王都の住人であっても、リオレイアの名であれば聞いた事があるだろう。

 

「ん。知らない物を見せびらかしても、意味は無い。……けどそういう意味で、ジブンらは丁度良かった。ここ、初めての地。見せびらかすような相手なんて、いない」

 

 自らも狩人である仮面の人物は、いっそ潔く切り捨てた。負け惜しみではなく、本当にそう思っているのだ。

 お供のアイルーは、こんな主の性分に溜息をつく。

 

「まったく。御主人のその性格は、今回の要請には適していると思いますがね」

 

「うん、うん」

 

 頷く。歩みも止めない。

 中心地 ―― 最も人が混み合う地帯を抜けた。気配と目視で、周囲を探る。

 

「……追跡してくる奴、いないね。行こうか」

 

「ハイ、御主人」

 

 外縁部にある1つの酒場。そこで「待つ」と言う人物へと逢う為に、また、歩き出した。

 

 

 

□■□■□■□

 

 

 

 酒場の扉を開けると同時に乾いたベルが鳴る。閉めて、また鳴る。

 建物の中は明る過ぎない程度の照明で統一され、店内に人は疎ら。楽団はおらず、波音だけがゆっくりと響いていた。

 入った2者へ、店の奥から向けられた視線があった。

 視線の主 ―― 外套を被った人物は左腕を挙げて自らの存在を知らせた後、ぽんぽんと木製の椅子を叩く。言われるまま、仮面の主は椅子に座る。アイルーはその隣に、訝しげな顔をしたまま飛び乗った。

 

「久しぶりだな『被り者』。だが……フフフ。今のお前であれば、仮面者か? 自慢の被り物達は、成る程。取り上げられたのか」

 

「うん。判ってたから、渡航前にロックラックで預けて来た」

 

 外套を深く被っている為、表情は見えない。口元と声から察するに、初老の男であろう。

 仮面の主が座ると、男は機嫌の良い声で店員を呼ぶ。

 

「……ちなみに、仮面も『被る』もの、だよ」

 

「ならば、呼び方を変えなくても良さそうだな。好ましい事だ。……酒が来たか。すまないが、ワタシは先に頼んでいたのでね」

 

 カウンターにグラスが置かれ、酒が注がれる。

 ここまでの仮面の主と男のやり取りを見て、アイルーは怪訝な表情を深めた。

 

「御主人。この御仁は知り合いで?」

 

「ん。仲介の、古株」

 

「はは! それだけではない。類稀なる『奇人』でもあるぞ!!」

 

「……奇人なのは、見れば分かりますにゃあ」

 

 男の外套は血で染めたかの如く赤いのだ。世間一般からみても、悪趣味としか言い様が無い服装である。常ならば誰であろうと敬意をもって接するアイルーも、男に合わせたやり取りをしようと、自然な軽口になる程の珍妙さである。

 仮面の主は、自らの記憶と変わらぬ男を見やり……旧知の友人が変わらぬ事を幾分か嬉しく思いつつも、仮面の内で嘆息する。

 

「忠告。いい加減、ハンターに無茶振りをするのはやめて欲しい」

 

「それがワタシの生きがいだ。邪魔をしてくれるな、貴様よ。……そもそもワタシが用意した渾身の舞台の数々を、悉く演じ切って見せた者の言う台詞なのかね? それは」

 

「出来ない事なら、ジブンだってやらない。出来るから、必要だから、やる。悪い?」

 

「ふふ、悪くは無いさ。だが、ワタシの事を言えた義理か。貴様とて、そのカタコトは変わらぬでは無いか」

 

「……ジブン、言葉に慣れてないだけ」

 

「フフフ! まぁ、それはそれとして。変わらぬ旧友に乾杯するとしよう!」

 

 男は椅子に座ったまま背を逸らして酒を煽る。一息に飲み干し、グラスを置いた。

 

「ところで。グラスの中身、何だったの?」

 

「勿論、ブレスワインだが」

 

 男は事もなさげに言うが、ブレスワインは酒の中でも比較的高価な部類に属する。少なくとも昼間から、それも人を待つ間に飲むほど気軽に口に出来るものではない筈だ。

 そんな豪快な、或いは無駄な出費を厭わぬ男へ、アイルーは呆れの篭った視線を向ける。

 

「……道楽者ですねぇ」

 

「はっは! アイルー君にも奢ろうじゃないか!」

 

「ジブン、ホピ酒。タル杯で」

 

 外套の男へ2杯目の酒を注いでいた女性が動き、慣れた仕草でアイルーの前にグラスを置いて、注ぐ。次いで外套の男のグラスに、残るブレスワインを全て注いだ。

 次にグラス何十杯分もあろうかという木製樽の杯へ、サーバから酒を注ぐ。杯を両手で掴み、カウンターへと運ばれる。仮面の主は、それを片手で受け取った。

 

「ありがと」

 

「ホピ酒をその量で、か。酒の強さは相変わらずだな、仮面の」

 

「おお。これが、ブレスワイン……」

 

 主の横で、アイルーは目の前に置かれた「ブレスワイン」をじっと見つめる。

 ブレスワインはその名の通り、飛竜の息吹の如く、強く蟲惑的な赤味を宿した酒だった。鈍く深く輝いて、口にするのが憚られる。ごくりと、生唾を飲み込んだ。

 

「緊張しているのか、アイルー嬢。確かにブレスワインは酒にしては上等だが、ハンターをやっていれば飲めないものでもないだろう?」

 

「……んーむ。私も主も食べ物はともかく、酒に金をかける生活をしていませんでしたから」

 

「辺境は、食材の値段もまちまち。安いときはとことん安いし、そもそも金銭が流通しているかが怪しい場所も沢山ある。んぐ」

 

 隣では、主が早速と樽杯を大きく傾けていた。アイルーもグラスを持ち上げ、口をつける。……美味しい。とりあえず、美味しいという事だけは判る。酸味のある酒を飲みなれていないアイルーですらそう思うあたり、飲み易さもあるらしい。

 暫く口を付けっぱなしだった仮面の主が、タル杯から口を離す。

 

「―― んぐ、ぷはぁ」

 

「……おいおい。酒精度の強いホピ酒を、一気か?」

 

「だから。強いよ、ジブン。知ってるでしょ」

 

「知っているよ。だがね。酒を楽しむつもりがないのか、貴様は」

 

 やれやれといった仕草で両手を挙げる。外套から僅か覗く口元には、笑みが見えた。

 主は仮面の内側へと手を入れ口周りを拭うと、外套の男を指す。

 

「これがハンター流。……それより、早く、本題」

 

「ふむ。せめてアイルー君が飲み終わるのを待ってあげても良いのでは?」

 

「んにゃっ、ん。主の用事が先です。―― どうぞ」

 

 アイルーは慌てて飲み干し、自らの頭ほどもあるグラスを置いた。

 苦笑いの後、男は外套の袖から一枚の便箋を取り出す。笑みの種類をにやりと変えた。

 

「恋文だ。中にはワタシ直筆の愛の言葉が敷き詰められている」

 

「気持ちが悪い、黙れ」

 

「勿論虚言だが」

 

「……。……持ってきてくれたのには、礼を言う。アリガト」

 

 言葉とは裏腹に、しっかりと受け取る。縫い付けられた蜜蝋と金糸にずれは見られない。確かに未開封のようだ。

 ―― ロン、か。

 差出名だけを確認。仮面の主は便箋の素材が山羊(エルぺ)皮紙であることを意に介せず、腰につけた布鞄へぐいと押し込んだ。高級紙は、無残にも皺だらけと成る。

 

「もう少し丁寧に扱おうとは思わないのか」

 

「どうせ内容は判ってる。読めれば良い。……ネコ、飲めたかな」

 

「は、はい」

 

「ん。美味しかった?」

 

「はい。―― 奇人殿も、美味しい酒を有難うございました」

 

「構わんさ。こちらの大陸に来るにあたって、キミ達狩人は色々と取り上げられただろうからね。お代はワタシが持とう」

 

 何が気に入ったのか、フフフ、と上機嫌に笑いながら、男は仰々しく……華々しく両の掌を掲げた。

 演劇の様に大げさに。華々しく。

 しかし男が元来もつその様子も、すぐに引っ込めて。

 

「……まぁ奢りのその替わりといってはなんだが、アイルー女史よ。ワタシの呼び名を変えてはくれないかね? 奇人殿では、外聞が宜しくないのでな」

 

「……にゃあ。ならば古株殿とお呼びしましょう」

 

「フフフ! 奇人よりは幾分以上にマシだよ、アイルー女史!!」

 

 笑うと、男は自らのグラスへと向き直る。それが合図である。仮面の主は用事は済んだとばかりに席を立つ。アイルーが倣い、その後をついて行く。

 仮面の主が扉へ向かって踏み出そうとした、その時。

 

「―― これは独り言だがね」

 

 主は脚を止める。

 聞こえる独り言に意味は無い、とアイルーは思ったが。口には出さず。

 

「最近、旧家の『姫様』が『被り者』を連れ戻せとウルサイのだよ。貴様が安請け合いした依頼の……ああ、2つだったか」

 

「ん。『古龍の』と、……『魔剣の』」

 

「っ、主!」

 

 慌てて入ったアイルーの言葉に、首を振るう。外套の男を背中越しに指し。

 

「コイツはどうせ、知ってる」

 

「ああ。知ってるともさ。……姫様が力業で押し込んだ依頼は、古龍のか。まぁ実際、あのお高い姫様が未知の龍やらに興味をお示しに成るとは思わないが……フフフ。とにかく貴様を他の面々に使われるのが気に食わなかったらしいな。あれで中々、相応な所もあるではないか」

 

「アイツ、権力があるから質が悪い」

 

 仮面越し、背中越しに外套の男をけん制する。男の、その後ろ盾までをと。

 

「帰るなら、あの傾国姫に伝えて。―― そんなに嫌なら、お前もハンターになれば良い、って」

 

「……それは本当にか?」

 

「ん」

 

「ふぅ、判った。一言一句その通りに伝えよう」

 

 言質を取った主は、出口へ向かって脚を動かし始める。アイルーは外套の男へ一度だけ振り返り、グラスを掲げた男へ一礼してから扉を潜った。

 乾いたベルが鳴る。閉まって、また鳴る。男は数秒空席を見つめ、ブレスワインの入っていたグラスを掲げる。

 

「フフフ……フフハハハ! 狩人達の繁盛は望む所。刻は、確かに進んでいるのだからな!!」

 

 笑い、血の様な赤を飲み干して。

 

 ―― この数日後。

 狩人とアイルーはジォ・ワンドレオを発ち、目的の地へと向かって行った。





 御拝読有難うございます。
 ええと、2話目の雑談(あとがき)のテーマは「モンハン世界の時間軸」についてです。
 モンスターハンターは、原作の中にも時間の流れが存在いたします。例えば、
 MHP2nd・G(ポッケ村
 ↓
 MH(トライ)(モガの村
 ↓
 MH3rd(ユクモ村
 では10年ほどの時間が経過しているとの旨が、スタッフより話された事があるそうです。
 さて。だというのに、本拙作の主人公は(トライ)の新大陸から旧大陸(2nd及び無印、2《ドス》の大陸)へと渡ってきています。
 この辺は……ええと、あれです。
 あくまで3《トライ》のお話は3《トライ》の主人公たる貴方が居てこその話でして。それ以前から大陸も、ハンター達が存在していたのは確かでしょうと思うのです。
 「あれ」だの「それ」だのを退治しなければ、流れ上の問題は無いであろうかと思います。


 さてさて。
 このお話は幕間ですので、他には書く事が特に……いえ。

 赤衣の男さん、無茶振りはやめてくだされば(懇願

 興味は無いかもしれませんが、この場を借りて私自身について。
 モンハンは私自身、とても長く遊んだゲームです。フロンティア以外はプレイ済み、ネット環境を手に入れた暁にはフロンティアGもプレイしようと目論んでいる位です。(ネット環境の構築は私が4年ほど投げっぱなしにしている、悲願であります)
 因みに。
 切欠を(ドス)という比較的難易度の高いものから始めた為か、ディアブロスと40分ほど対峙し、連戦しようがへこたれません。むしろ普通だと思います。ポータブルシリーズに移行した際には、10分台で討伐できる奴等に易々と手に入る道具。私自身の上達もあるとはいえ、狩猟環境も整ったものだなぁ、と感慨深く思ったものです。
 と、同時に。
 こんなにも多くの武器、多くのモンスターがいるのか!
 などと、実に感動した覚えもあります。モンハンの世界は広かったのです。
 あと。
 (ドス)のオフラインプレイがストーリー的に大目だった事に原因を擦り付けますが、私のプレイは専らソロでした(キリンさんには、金稼ぎ的な意味で大層お世話になりましたクチで)。
 ……はい。つまり、ぼっちです。塔のアイツを倒し、そのまま(ドス)のエンディングまで見る事は出来ましたけどね。2ndGも、3rdも、3Gも、一通り倒した後に友人と共にやる事はあれど、まずはソロで全てのクエスト(鬼畜を含む)を制覇してやろうとやり込みました。良い思い出です。今でも、思い出した様にプレイします。
 主人公がどんな風にモンスター達と戦うのか。どんな事を考えるのか。どんな武器を使うのか。
 私のぼっち思考は、そういった部分に大きく反映される(されてしまう)かと思います。

 では、では。

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