モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

17 / 58
第十六話 少女と砂原〈上〉

「さぁてと。さっそく修行と行きますか」

 

 ヒシュらを見送ったノレッジは一度だけ伸びをして、今し方出てきた集会酒場へと引き返した。

 集会酒場は、祭りの後といった様相を呈している。先ほどまでと比べて密度は段違いに低くなっていた。集会酒場は狩人達の生活に合わせているため、朝と昼と夕の食事時が最も混雑する。そのため、朝の出港時刻を過ぎた酒場はギルドガールズもしくは給仕として雇われた村娘達、もしくは手伝いのアイルーの戦場と化すのである。村娘とアイルー達がすり鉢上に低くなった酒場を忙しなく動き回り、数えるのも億劫な程の勢が一斉に食事の片づけをしている様は、ノレッジの記憶の内にある書士隊の大掃除を思い起こさせた。ただしあの場合は本と資料の山、そしてそれを読みたくなる誘惑と戦い ―― 誘惑に負けて本を開いている時間の方が長い。比べれば間違いなく、酒場の片付けの方が壮絶であろう。

 因みに酒場の人口比率として遥かに劣る男性は、酒場の奥に併設された鍜治場の職人達の事であり、今の時間帯は職人頭……「鉄爺」と呼ばれる老年の竜人から作業を振り分けられて篭る直前の頃合だ。彼らには朝方に工房を訪れたハンターから提示された、大山の依頼が待っている。恋人であり宿敵でもあるそれらを消化し終えない限り、男衆が鉄火場から出て来る事はないだろう。

 ノレッジはそんな雑多な風景を眺めつつ、縁になった外側を辿って受付へと歩み寄る。途中にあった掲示板から自由契約の依頼書である紙束を剥ぎ取って、手近にあった椅子へと腰掛けると、紙束へと目を通し始めた。思考の題目を切り替え、まずは、自らが受ける依頼を選ぶ事にする。

 

「やっぱり最初は、砂漠の地形を知る所から始めたいですよね」

 

 言いながらノレッジは1人うんうんと頷く。砂漠の管轄地には一度ドスガレオスの狩猟のため赴いたとはいえ、何分数日前に初めて訪れた地だ。知識として足りない部分は、未だ数大く存在している。大型モンスターから逃げるための細道や隘路の有無、地質や水分補給のための水脈の把握。また、射手としては様々な弾丸の素材となる「カラの実」が採取できる場所だけでも知っておきたいという思惑もある。地形の把握が重要だというのはヒシュにも教えられたが、ノレッジ自身も狩人として本格的に活動を始めてからは、身に染みて実感出来ている。

 繁殖期の殆どを費やしたノレッジの狩人修業は、テロス密林で行われた。大陸南西に広がるセクメーア砂漠……その全体を把握するなどという事はノレッジの半生を費やしても不可能な所業ではあるのだが、レクサーラからギルドの管轄地までの往路については知識を得ておいて損はないだろう。管轄地までの間であれば地図も存在する。などと、頭の中で結論付けた。

 

「うーん……地図を貰って、短期間でこなせる依頼をいくつか受諾しましょう。覚えるにはやはり、実地を歩くのが一番ですから。往復していれば自然と身に着くでしょうし」

 

 捲っていた依頼書の幾つかに目を留め、砂漠を住処とする走竜「ゲネポス」の討伐を主に据える事を決める。その他として竜骨結晶や鉄鉱石、砂漠特有の植物の納品依頼も受諾する。合計の報酬金額はやや少なく、素材にそれほど珍しいものはないが、短期間で済ますことの出来る依頼ばかりだ。

 ノレッジは書類に必要事項を記入して、待ち構えていた受付嬢へと差し出す。どうやら書類の整理と捜索を担当しているらしい妹が手ずから用紙を受け取り、その内容を追って眼を動かした。

 

「はいはぁい、ゲネポスの討伐依頼ですねぇ。あとは……魚竜の(キモ)ぉ、竜骨結晶ぅ、鉄鉱石ぃ、サボテンの納品、っと。なぁるほど。合同のキャラバンが出立してしまったこの時間に選ぶだけあって、時間も対象も手頃なものばかりですねぇ。それに、皆さんが忌避しがちな『魚竜の胆』の納品依頼を選ぶという事はぁ……ノレッジさんは解体もお上手なのです?」

「あー……お師匠から散々仕込まれたもので、多少は。鱗や皮が傷ついていても胆は無事なことも多くありますし、少しでも稼いでおきたいですし……そもそもわたしが砂漠に残ったのも狩人修業のためですから。解体も、修業の一部だと思ってます」

「ふへぇ、随分とストイックですね。解体が上手いって、今時のハンターさんでは珍しいですよぉ」

「あ、そうなんですか?」

「はぁいぃ」

 

 髪の編束を指先で弄りながら妹受付嬢に尋ねると、妹受付嬢が元気よく頷く。

 確かに狩人の中には、武人然とした……武器の扱いや体術に長けた者も数多い。ハンターという生業の花形である「大型モンスターの狩猟」であれば、解体はギルドが行ってくれる。それ故に剥ぎ取りや解体作業が苦手だと言うハンターも少なく無いのが現状だ。

 しかし、それらはあくまで若いハンターに見られる傾向である。ハンターとして成熟し、より強い固体を相手取る場合、解体作業は自然から「身に染み込ませられる」。地域全体が危険地として指定され、ギルドからの援助が不確かになり、現地に到着してからの採取作業……特に食料の確保や野営の能力は生命に関わる重要事であるからだ。またハンターとしての経験を積み地位があがる程に、狩猟だけではなく採取や納品依頼も経験するようになる、という理由も存在する。その様な経緯もあってか、レクサーラの妹受付嬢にとって、ノレッジの若さで解体の技術を身につけているというのは珍しい事例なのだった。

 だが当のノレッジはといえば、初めて師事した相手が「ハンター」というよりは「狩人」という表現がしっくりくる、あの仮面の「被り者」である。解体は当然の事、野営や逃走技術といった生き残る為の技術ついては存分に刷り込まれている。

 などと考えていると、その間にもほええとよく判らない鳴き声をあげていた妹受付嬢が、再びノレッジへと疑問を向ける。

 

「お師匠……ほえぇ。ノレッジさんのお師匠さんって、あの苦労人って感じの顔の人ですかぁ? あの方ならば面倒見は良さそうでしたが」

「あー、いえ、判りますけど微妙に違うんですよ。あの人は先輩で、仮面の人の方がお師匠です」

「仮面の……ああ、謎の文字で名前を書いていたハンターさんですかぁ。あの人は確かに、熟練者な狩人の雰囲気がむんむん来てましたね。ですけど……物を教えられるほど喋るんです? こないだもドスガレオス狩猟後の書類整理の間、肝心の書類はダレンさんとネコさんに任せて、ずぅっと無言でかくかくしてましたしぃ」

「ええ、結構話してくれますよ。狩りに纏わる技術とか、視点とか、聞けば射手だろうが剣士だろうが関係なく答えてくれますし。あ、もちろん全部理に適っていましたよ。少なくともわたしは納得も体感も出来てます。……ああでも、怒りはしないんですけど、あの薄いリアクションで『もう1回』って言われるのは……ちょっと。むしろ怒って下さい、って感じではありましたねー」

「あははー」

「―― もう。仕事中に雑談しているのです? 妹様」

「あー、リーお姉ちゃん……じゃなくて、姉様ぁ」

 

 呼びかけによって談笑を中断する。ノレッジも首を動かすと、妹受付嬢がほわっとした笑みを浮かべるその先に、新たな書類の束を抱えた姉受付嬢が立っていた。受付の横に設置された筆記台に書類をどすりと積むと、妹受付嬢に向けて頬を膨らませる。

 

「ハンターさん達の出立で煩雑になる時間は過ぎたけど、今だって仕事中ですよ。今の内に書類を片付けないと、後から自分に圧し掛かって来るんですからぁ」

「う~ん……でもぉ、ノレッジさんはわたしと年も同じだしぃ、いっぺん話してみたかったんだもぉん」

「……はぁぁ~。なら、遅れの分は自分で何とかしてくださいよっ。あぁ、あと、ルー。今は男の方々が居なくてノレッジさんだけだから良いけれど、仕事中の名前呼びはご法度だからねぇ」

「判ったぁ、リーお姉ちゃん」

 

 どうにも緊張感の欠ける、別の言い方をすれば温和な雰囲気を持つ語り口の姉妹だ。姉はつい先程運んだ束を紙紐で括り、足元へと移動させる。引き出しから鋏と糊を取り出した所で、思い出した様にあっと声を出した。

 

「あっ、そうですそうです。……申し訳ありませんでした、ノレッジさん」

「い、いえいえ」

 

 深々と腰を折る。ノレッジは思わず慌てて両手を振るが、そもそも、何で謝られたのだろうと。

 

「いぃえぇ。妹のルーが何やらご迷惑をお掛けしたようですからねー。やっぱり姉としては謝意を伝えたいと。……あ、私はリーと言います。今後とも宜しくお願いしますねっ!」

「あっ、はい。こちらこそ」

「姉様だけでなくぅ、ルーも宜しくねぇ」

「うんっ」

 

 突き出された手と、ノレッジは笑顔で握手を交わす。そのまま受付の奥が目に入ったが、どうやらこの間は居たもう1人 ―― 妙齢の女性は現在、席を外しているらしい。受付では褐色肌の姉妹だけが動き回っている。

 姉はノレッジとの握手を終えると、書類の横に筆記用具と印鑑を並べた後で振り返り、妹が書き込んでいる最中の契約書類を覗き込んだ。

 

「んんっ? ノレッジさん、今度から1人で狩猟に出かけるんですかー?」

「はい。これも修行ですよ!」

「それはまた。……んーぅ、でも、砂漠はこの間が初めてなんですよね。誰か紹介してもらった人とかも?」

「居ないですねー。というか、師匠達には紹介してもらえって言われているんですけれどね。私自身、1人で行かないと意味が無いと思ってまして」

「まぁ確かに、ハンターさんの中には1人を好んで狩りをするお人も居ますけど……有名どころで言えば《迎龍》の人とか。でも、ノレッジさんが受諾したこの管轄地はいっつも環境が不安定な場所ですし、今の所は大型モンスターの出現も報告されていませんが、潜んでいるだけかもしれません。気をつけるに越した事は無いですよ」

 

 姉の顔が少しだけ歪む。その隣にいる妹は、もっと露骨に不安の表情を浮べる。

 

「……ノレッジぃ、無理はしないでねぇ?」

「あー、うん。それは勿論です。最近のわたしの第一目標は、『生きる』なんで!」

 

 姉妹に向けて、ノレッジは拳をグッと握ってみせた。満面の笑みを添えながらのこの行動に、姉妹は是非とも目標を達成して欲しいと言う願いを込めつつ……息を吐いた。

 結局はこの少女も新人とは言え、狩人で「在る」のだろう。

 妹は契約書の名前の上から朱肉をぐりぐりした印鑑を押し込み、呆れつつ、ふと感じた疑問を問う事に。

 

「ねぇ、ノレッジぃ。……それ、第二目標は?」

「はいっ、夢は大きく『狩りに生きる』ですっ!」

「うわぁ。全くもって目標に具体性がないです~っ、というかそれ、雑誌の名前です~っ」

 

 姉が捲くし立てると、ノレッジと妹が大声で笑う。集会酒場に陽気な少女達の声が響き渡った。

 

 しかし。

 

「……そう。……そう、なのね」

 

 その風景を。

 入口から見つめていた妙齢の女性が居た事を、ノレッジ・フォールは知る由も無い。

 

 

■□■□■□■

 

 

 2日後。依頼(クエスト)を受注したノレッジは、再びの砂漠へと赴いた。

 

「到着、っと。……とりあえずキャンプの設営は終わりましたし、行きますか」

 

 セクメーア砂漠のギルド管轄地(フィールド)へと到着したノレッジは、陽光を遮る為の外套を羽織って早々にキャンプを出発する。

 先日のドスガレオス狩猟の際は、ガレオス種の活動時間のこともあり、夜間の狩猟であった。砂漠で迎える夜空は果てなく美しい。煌く星々と優しく冷たい夜陰に包まれるあの感覚を、ノレッジが忘れる事は無いだろう。

 だが今回は打って変わって炎天下での狩猟である。砂漠は昼は暑く夜は冷え込むという二面性を持つ。また管轄地とは強大なモンスター達がこぞって群がる、魅力に溢れた土地でもある。移動の間とは違い、常に命の危険に晒されるため、鎧を外す訳にはいかなかった。

 だからこそ暑さがノレッジの天敵となる。ヒシュの助言もあり、せめてもの気休めにと外套を羽織ったうえで「クーラードリンク」と呼ばれる冷水を持参し飲用してはいるものの、鎧と身体に熱が篭るのは避けられない。となれば砂漠の熱射に対する最大の対策は、日陰に隠れる事だろうか。そんな事を考えながら歩いていると、目の前が開ける。

 

「……うわぁ」

 

 岸壁に阻まれた細くくねる路地を出た先に待っていた光景を見て、ノレッジは開口一番弱音を上げたくなる(それでも好奇心が沸いて止まらない自身の変人加減には頬が軽くひくつくのだが)。

 目の前に立ちはだかる、剥きだしの自然。発した陽炎は分厚い壁と成り、少女のこれ以上の前進を尻込みさせる。行路の比ではない。正しく乾きの海と言うべき熱砂の荒野が待ち受けていたのだ。熱の塊と化した砂粒がぎっしりと敷き詰められ遥か先まで広がって行くその様は、少女の困難な行く末を暗示するかの様でもある。

 

「走るしか、ないですよねっ。……行きますっ」

 

 せめて直接の日光は浴びてやるものかと、影を作り出す岩場の端をなぞって脚を動かし、立ち上る熱気の中を一心に突き進む。辺りの景色を堪能する暇など無い。全力疾走で駆け抜け、ノレッジは右奥に見えていた細い岩の間へと滑り込んだ。突きつけられていた陽光という名の刃がやっとの事喉元を離れる。待望の日陰である。

 

「あっっっっっつい! ですっ!! ふはぁっ」

 

 自らの脚力を考えればほんの数分に満たない間の出来事である筈だが、身体は重く息もあがりっ放しだ。兎に角、この暑さに慣れない事には砂漠での狩猟など行えない。まずは日陰で身体を気候に慣らす事から始めよう。そう考えながら息を整え気を取り直すと、遅ればせながら自らが入り込んだ岩陰の先を覗き込む。

 足元は変わらぬ砂地。だが左右と頭上に岸壁が聳え、岩場に囲まれた細道となっている。幅は15メートルもない。が。

 

(……あ……洞窟?)

 

 その細道の先に、暗闇がぽっかりと口を開けていた。

 セクメーア砂漠におけるギルド管轄地は、砂漠地帯の緩衝地として大きな岩場が含まれている。岩場が存在する事によって日陰や入り組んだ路地が作り出され、その周辺にはオアシスや植物の生育地が成り立ち、洞窟の中には地底湖までがあるという。それら恵まれた環境が様々なモンスターを惹き付けると同時に、複雑な構造は狩人を守る楯とも成り得る。

 ノレッジは脳内に描き込んだ地図を開く。目の前に開かれた暗闇は、地図によれば地底湖への入口らしい。よくよく知覚を巡らせれば、肌に湿り気を含んだ風が触れているのが感じられた。

 

(砂漠には似合わない、僅かな湿気を含んだ空気。地底湖で間違いはなさそうです、が……まぁ、先にやることもありますし。探検は後回しにして)

 

 好奇心の塊たる彼の少女にしてはあっさりと、その選択肢を手放した。

 しかし、明確な理由がある。何しろ少女は、この管轄地に期限(・・)いっぱいまで(・・・・・・)居座る心算なのだ。

 

「早速、採掘と行きましょう! ……ええと、鶴嘴(つるはし)の消耗を最小限に抑えるためには……ここ辺りはもろそうですね。 ではっ!」

 

 ノレッジは皮鞄から握りと鍬部分を取り出すと十字に嵌め込み、鼻歌を歌いながら適当なあたりをつけた岩盤へと鶴嘴を振り下ろし始めた。

 通常、ギルドの紹介する依頼(クエスト)には制限期間が設けられている。移動時間を含めず、一般的なモンスターの狩猟であればその期限は1日から2日。大型モンスターであれば危険度にもよるが、3日から7日程度。採取であれば半日程度が依頼達成の期限の目安となる事が多い。多少の上下はあるにせよ、期間までに狩猟を終えてギルドに報告するのがハンター達の義務となる。

 義務となるその理由は至極単純。管轄地というものがモンスターにとって絶好の縄張りであり……近隣の街や商路へ強大なモンスターが近寄るのを防ぐ、「緩衝地帯」の役割を持っているからだ。これはギルドの管轄地が「ギルド全体の為に使いまわされるもの」である点に由来する。

 当然、管轄地(フィールド)というものは街や商隊の使う道からは離れて設置されるもの。だがしかし、街に接近した大型モンスターを「誘導する先」としても管轄地は使われる。肝心の誘蛾灯に灯される火が弱くては、その光は集った虫によって遮られ、件の家屋への侵入を許してしまう。つまり空けて置く ―― 管轄地をモンスターにとって魅力的なフリーの縄張りにしておく事にも、十分な意味は存在するのである。要するに、管轄地を早めに明け渡さなければ周囲に被害が及ぶ可能性が出ると。

 ハンターという人種は生来、忙しなく動き回っているものである。達成次第報告し、次の狩場に向かうのが常。しかし逆に「ギルドに報告さえしなければ」、限界まで居座れる。ノレッジはこれを利用し、最大限砂漠を学ぶ期間として活用する算段を立てているのであった。幸いな事に、ノレッジの滞在するセクメーア砂漠の第一管轄地付近に大型生物の出現は報告されていない。もし近日中に近寄る生物がいたとすれば、応援のハンターも到着する手筈が在る。

 僅かに開いた天井から一筋、やんわりと差し込む自然の灯りの横で鶴嘴を振るい続けること数分。ノレッジの足元には、土に塗れた岩塊が幾つも転がっていた。

 

「―― これ位でひと段落ですかね。さぁて。これは……大地の結晶、これは鉄鉱石……これも鉄鉱石。……うん。市場に出てしまうと質が判らなくなりますからねー。村に帰ったらジャンボ村の坑道で掘れたものと質を比べてみましょう」

 

 様々な武具防具に使われる「鉄鉱石」と、微生物の遺骸や腐敗物が結晶化した「大地の結晶」。日用品としても使用される「鉄鉱石」は勿論の事、「大地の結晶」は様々な素材の研磨に使用され、汎用性の高さ故の需要がある品である。大型の生物が出現する土地の鉱石は(大掛かりな採掘がなされていないためなのか、はたまた別の理由があるのかは現段階で定かではないが)質が高いものが多い。その為自分の武具防具に使用するハンターも大勢存在するのだが、少数ながら狩猟の場に赴いたハンターによって納品……市場に齎されたこれら鉱石は、通常のものと比べて軒並み高値で取引される。

 だが、ノレッジはこの需要を別の用途に利用する。彼女はゲネポスの討伐依頼の他にこうした鉱石などを納品する依頼を複数個請け負う事によって、管轄地への滞在限界期間を4日まで引き伸ばしているのだ。

 

「見透かしても鉄の含有率が判らないので、拠点に持って帰らないと……うーん。これなんて、鉱石なのかどうかも判らないですし……拠点でも無理ですね。レクサーラで鑑定してもらいましょう」

 

 鉱石はキャンプまで運ぶにも手間がかかるため、まずは採掘しておかなければ話にならない。後から順番に運ぶのである。どうせ砂漠に住む生物の殆どはそこらに転がる鉱石には見向きもしないのだ。採掘を終えたら道端に放っておいても、なくなるという事態にはならないだろう。ただしよほど物好きのメラルーや、鉱石を主食とするバサルモスでも現れない限りは。

 

「よぅし、……と? ……この感じは」

 

 岩と岩とに挟まれた空間に座り込んでいたノレッジが動きを止める。採取物の吟味を中断すると、手に持った鉱石を放って一息に立ち上がる。

 セクメーア砂漠。不毛の大地と言えど、大地は命に満ちている。外敵の存在は十分に警戒しなくてはと考え、ノレッジは背負った重弩を腰につけて構える。瞳に警戒の色を宿し、巡らせる。

 

(なんでしょう。刺す様な……舐る様な……これって、わたしが、視られて(・・・・)るんですか?)

 

 それは少女にとって「感じ覚え」の無い、奇妙な感覚。敵意というのが正しいか、害意と表すのが適切か。

 「感覚」だったものは段々と確かな「音」に換わり、軽妙な足音として聞き取れる様になる。音の発信源は、此方へ近付いて来ているらしい。

 音が大きくなった頃合で、目前の地底湖へと繋がる洞窟の闇の中から、2脚で砂を蹴る生き物が湧いて出た。生き物はノレッジを目に止め、嘴を開けて小さく鳴いた。

 

「―― ギァ!」

 

 無数の牙がノレッジへと向けられる。既に狩猟の場では何度も経験した、脈動する命の圧力。ゲネポス ―― 薄茶色の皮と鱗を纏い砂原に住まう、小型の走竜だ。

 走竜との分類が示す様に、ゲネポスは砂漠や湿地帯を主な縄張りとして駆ける走竜である。その骨格はランポスに酷似しており、ランポスと違っている点と言えば、肌色が砂原に迷彩する薄茶色になっている。頭部に2つの突起が着いており、代わりに鶏冠がない。そしてその牙には、麻痺毒が仕込まれている。獲物を数で襲い、麻痺させるのを常套手段とする、砂漠の狡猾な狩人。それがゲネポスだ。個体の平均的な体格もランポスとほぼ同じで、全高はノレッジや一般的な人間よりもやや大きい2メートル程。数に任せて襲い掛かれば小さな人間は勿論、大型のモンスターすら仕留めると言う。

 ノレッジの目前に姿を現したゲネポスは3頭。その生態から、伏兵は如何と疑問が過る。総数を確かめるため、ノレッジは一歩後退する事を選択する。じりと摺り足で身体を引くと、

 

「ギュアァ、ギュアァッ」

「「ギュアッ、ギュアッ!!」」

 

 ノレッジを確かな標的と定め、ゲネポス達はけたたましい鳴き声をあげた。これは仲間たちへ警戒を促す警鐘なのだと、ノレッジは知識を頭の中で反芻する。走竜という種族は単体で獲物に戦いを挑むという事はまずなく、仲間やボスと綿密な連携をとりながら狩りを行う。ノレッジも密林でランポス達と交戦しながら、その連携の恐ろしさを幾度も経験している。

 だが「その時」との違いは明確だ。

 

 自然にとっての獲物。手段と選択とを誤り仕損じれば、今は、ノレッジが「狩られる側」とも成り得るのである。

 

 ノレッジの瞳にゲネポスの大きく開かれた口と牙が命を計る天秤の如く映り込み、その脳裏を死と言う文字が何度も過る。

 視認出来るのではないかと錯覚する程の圧力を受けて、足はとうに竦んでいる。

 中枢の命令系統が少女の身体に向かって、興奮の度合いを高めろと口煩く捲くし立てている。

 間近にある恐怖に急かされて拍動は一層速さを増すものの、身体はまるで凍りついたかの如く動かない。

 背に、脇に、掌に。どっと溢れた冷汗は、問答無用の焦りを自覚させた。

 

(っぐぅ。……でも、『これ』……きっと今までは、ヒシュさん始め先輩方が請け負ってくれてたんですよね)

 

 視認するや否や相手に向かって猛然と斬り掛かって行くヒシュも、楯を構えながら中間距離で牽制を始めるダレンも、遊撃でノレッジの背を守ってくれるネコも、今は居ない。この状況を望んだ自身の選択を、ノレッジは一瞬だけ悔いた。

 だが。それでも。……だからこそ。

 

 ―― パァンッ

 

 少女は平手で自らの頬を打つ。逃げ道を塞ぐ岸壁に、乾いた音が反響した。

 自らの思考を逆説で奮い立たせ、目の前の走竜が自分を貪る幻想を、思い切り頬を叩く事で破り捨てる。

 

(いつもの通りやれば、ゲネポス3頭くらいなら何とかなりますよ。警戒すべきは増援でしょう。ここはわたし ―― ノレッジ・フォールが、1人で切り抜けてみせますっ)

 

 少女は自らの夢の為、欲望の為に選んだ道の上に立って居る。走っているのだ。まだ死んでもいなければ怪我すらしていない。諦めるにも、投げ出すにも早過ぎだ。ここで動かなければ、生きている意味がない。

 ―― この知識も、知恵も、思考も。自らの命を守り、相手を狩り得る牙。

 教えの通り、ノレッジは思考を止め無い事に終始する。仲間は既に呼ばれてしまった。反り立った崖に囲まれている為、道は細い。崖の中途にもおあつらえ向き(・・・・・・・)の穴が開いている。洞窟との直線上、ノレッジの後方には狩人にのみ不利に働く熱砂が待ち受ける。退路は無い。増援が来る前にけりをつけなければノレッジは走竜に囲まれ、狩られる側と成るだろう。

 思考と決意に必要とした時間はほんの僅かだった。判断した次の瞬間、ノレッジは腰に力を込めて走竜「達」の間へと銃口を向ける。

 鳴き終えたゲネポスが首を下ろすと共に指を動かし、射撃。

 バス、バスッという鈍い消音がノレッジを揺らし、ゲネポスを撃ち弾く。射出された「散弾」が弾け、散り、次々と銃弾の壁を作り出す。

 

「―― ッ!?」

 

 走竜の声なき声。先手は取った。悲鳴を残す猶予も与えない。道の狭さ故固まっていた3頭を、散弾で纏めて打ち払う。鳴き終えたゲネポスが下げた首は再び、今度は衝撃によって他動的に跳ね上がる。一斉に仰け反ったその隙を利用して、2発目と止めの3発目を打ち込んでおいて。

 来る……何かが、

 

「……だぁッ!?」

 

 今度も感じた気配のまま地を蹴り、前へと転がる。大丈夫だ。当たってはいない。風斬り音に肝を冷やし ――

 ―― 視界に地面の影が、2つ。

 これは拙い。脳内に警鐘が鳴り響いている。硬く鋭い爪が視界に入ったのとノレッジが左腕を振り上げたのは、同時だった。

 

「ギュアッ!」

 

 ―― ガチィンッ!

 

「つぅっ! ……やっぱり、数の力は偉大ですねっ!」

 

 体重の乗った牙が眼前で左腕の鎧とぶつかり、火花を散らす。ノレッジは押し負ける前に、辛うじて転がり退いた。

 初めから増援を警戒したのが功を奏した。ノレッジに爪を突き立てたのは、一段高い洞穴の中から新たに現れた増援のゲネポスだ。見る限りの増援は2頭。1頭の牙はノレッジの居た場所を空振りしたが、より前方に降り立った個体の顎がノレッジのを捉えたのである。

 暇は無い。砂の上で体勢を建て直しながら顔を上げ、銃を構えながら、生まれた僅かな間を利用して自身の無事を確かめる。牙を受け止めた左腕に衝撃によるじんわりとした痺れはあるが、左の腕甲は鎧として最も重厚な部分でも有る。ランポスの鱗と鉄鉱石製の鎧が完全に殺傷力を殺してくれたために怪我はない。麻痺と痙攣を引き起こす神経毒も鎧の表面に止まっており、衝撃以外の痺れは感じられない。指は精緻に動いてくれる。

 今はこれで良い。安堵は後だ。命の危機は、未だ目と鼻の先にある。

 ―― 反撃を。

 2歩ほどの距離を置いて銃を構えたノレッジは弾を込め、自分を引っ掻いた反転中のゲネポスに『ボーンシューター』を向けた。

 機を図る。ゲネポスの首がこちらを向き、口を開けた、瞬間を、

 

「ギュゥ!?」

「ご冥福をっ!」

 

 ノレッジは砂を蹴り、ゲネポスの眼前にまで接近する。腰の回転で重弩を持ち上げ、横に付けた楯で口を器用につっかえつつ、銃身を口内へと押し込む。

 ゲネポスが退く前に、過たず銃口が火を噴いた。口内で弾けた散弾が、その勢いを持ってゲネポスの頭部を炸裂させた。

 まだだ。もう1頭が残っている。空振りをしたそのゲネポスは不利を悟ってか驚きでか、後方へと跳躍していた。しかしそれは理解出来ていないからこその行動だ。自らが飛び退いたそこは、未だノレッジの牙の届く位置であると。

 

「りゃあああっ!!」

 

 身体を旋回させ、軸にした右脚が軟砂に埋まる。慣性を強引に振り切った銃身が走竜に向けてぴたりと静止し、すぐさま『ボーンシューター』から散弾を射出する。

 ゲネポスの身体が仰け反り、次弾で、浮き上がった。

 ゲネポスの身体に当たらなかった弾丸が、その奥の岩壁にぶつかって無数の土煙をあげる。幸いな事に跳弾がノレッジを襲う事は無く、全てが砂原へと落ちる。どすりという音をたてて、浮いていた走竜の身体も地面に落ちた。

 臥した走竜の身体は一度だけびくりと跳ね、それを最後に、動くことは無くなった。今の所死んだフリをする種はゲリョスしか確認されていない。このゲネポスが新種ではない事を祈りつつ、これ以上の増援が無ければと周囲の警戒を続ける。

 周囲に満ちる静寂。どうやら、これ以上の増援は無い様だ。

 

「ふぅ。……、……あー……」

 

 辺りを見回す。

 改めて、増援はない。

 先に感じていた敵意や害意といった肌を刺す感覚も、今はない。

 

「……うん。…………よっっし!」

 

 少女は拳を握り、高く、高く掲げる。万感の想いを込めて。緊張を噴出するかの如く。

 ノレッジ・フォールは、1人の狩人としての初陣を、確かに生き残ったのだ。仲間が居ないその分、ゲネポスを狩猟したのが自身の実力であることは疑い様が無い。端からじわりじわりと実感が沸いて出る。達成感というよりは、やはり、生き残ったという安堵にも似た嬉しさが色濃く残っている。

 

「―― 見ていて下さいましたか、お師匠?」

 

 首下を覗き込み、胸元に下げた木片 ―― ヒシュから受け取った『お守り』に向かって問いかけるが、当然ながら返答は無い。何時もの通り。ノレッジは今度こそと安堵の息を吐き出して、辺りの状況の再確認を始めた。

 鉄臭い香りが狭い空間に充満している。増援の気配もやはり無く、自分が殺したゲネポスが5頭、ばらばらの位置に倒れている。これはノレッジが群れを分断しながら倒せたという証左であり、ヒシュの教えがしっかりと生かされている証でもある。……ただし走竜の類については、「密林でもランポスを相手に何度も経験した」というのが戦闘を上手く運べた理由として大きいに違いない。

 

「これが他の生物だったら、もう少し焦っていたんでしょうねー」

 

 辺りに散った血飛沫と死骸。独り言を呟き、とりあえずは消臭だと煙を焚きつつ。狩人ならばやる事は1つだろうと決め込んだ。

 ノレッジは腰のナイフを抜いて、手近に居た1頭へしゃがみ込む。足をかけ、迷い無くその刃を突き立てる。

 

「……うわぁ。やっぱり散弾使うと、皮も鱗も仕える部分が少なくなりますねー。口内の牙は何とかなりますが……その点、頭を吹っ飛ばしたこのコは全体的に活用できそうです。あー、でもいくら素材の為とはいえ、さっきみたいなギリギリの作戦は緊急時以外に使いたくもないですけどっ」

 

 教え込まれた動作は、数ヶ月前とは見違えて手際良くなっている。腹を捌き皮を、背部からは鱗を剥ぎ取る。ゲネポスの麻痺袋は頭個体やドスガレオスのものと比べて小さく用途が少ないが、数を集めれば使い勝手は幾らでもある。それ以外の臓器は一箇所に集めて、腐敗する前に地面に埋める。筋肉が硬直する前に牙の並ぶ嘴をこじ開けて脚で固定。つっかえをしながら柄をねじ込み、梃子の原理で牙を抜いていく。

 解体に時間がかかる程、血の匂いを嗅ぎつけて他のゲネポスが近寄って来る可能性も高まる。だがゲネポスの討伐が依頼となっている以上、事の展開としてはそれで正しくもあり……などと、ある種の開き直りのままノレッジは作業を続ける。

 10分程の作業の成果は鱗が2片、皮が3片、牙が5組。合計10品を紐で括って弩の扱いの邪魔にならない左腰に下げると、ノレッジは再び立ち上がった。横に置いた弩を持ち上げ、基礎構造部分を確認する。

 

「ふぅっ! ……銃身にへこみ、無し。楯が少し傷ついただけ、よぉし」

 

 最後に通常弾を4発ほど試し撃ちして射出を確認する。どうやら、明らかな異常は無さそうだ。

 

「これなら問題なし、狩猟を続行です。……それで、えぇと、討伐するゲネポスは……20頭からでしたっけ。依頼の要旨としては群れを潰して欲しいみたいですが、群れは個体を半数も失えば移動するでしょうからねー。となれば、始めるべきは群れの捜索からでしょうか?」

 

 ノレッジは弩を背負うと手拭で汗をふき取って、皮の水筒に口をつける。左手には今居る砂漠の第一管轄地を描いた地図を広げつつ、走竜が根城とし易い環境を脳内で思い描いて行く。

 

「―― ゲネポスが湿地にも居る理由は、あの皮が保湿性に優れているから。その保湿性があるからこそ、砂漠の大地をも住処に出来る。……ならばその保湿のための『水分の大元』が必要ですよね。決まりですっ」

 

 言って、ノレッジはゲネポス達が「顔を覗かせた大元」である洞窟の方向へと脚を向けた。幸先の良い走り出しを生かしたい。恐怖よりも僅かに勝る期待に胸を躍らせ、少女は昂ぶりのままに洞窟へと踏み入った。




 ご拝読を有難うございます。
 このお話から「狩人の章」の核心に近付く部分、砂漠編のメインストーリーが始まりました。
 所々でダレンの話や、仮面の主人公とお供の狩猟を挟みつつ、ノレッジが死に物狂いで頑張ります(不安
 さてさて。
 今まであった後ろ盾がなくなった事で、ノレッジが思いっきり慌てふためきます。ゲネポス辺りは私自身、始めてドスファンゴに挑んだ2(ドス)の気分を思い返してみてました。
 ……ただし彼女の場合は性格が性格でして、そんなに深刻にならないのですよねー。メンタル的には狩人の資質は抜群であると言えるでしょう。
 そう言えば、ノレッジの持つ『ボーンシューター』について。
 2ndGでは知る人ぞ知る名銃ですね。一通りの弾を使えるため、ガンナーの方はやり込み派の方だけでなく序盤では大変役立ってくれる武器となります。
 対応した弾は……と、本来は色々あるのですが、実の所『ボーンシューター』というへビィボウガンは多数存在しておりまして。同じ名前でも対応弾はかなり違うのですよね(主に2ndG以降の作品で登場した場合、上記の強さもあってか弱体化が見て取れます)。
 また本作ではボウガン(弩)について色々と設定があるために、「レベルの低い弾は全て対応」という形を採らせて頂いておりますので、ご了承ください。
 ……というか、徹甲榴弾や拡散弾の様な明らかに特殊な弾は兎も角。他の弾は形状を整えさえすれば「対応しない理由が見付からない」のですよねー……はい。申し訳ありません。
 ピッケル≠鶴嘴。
 作中ではあえて鶴嘴(つるはし)鶴嘴いってますが……いえ。
 ……ピッケルって確か、登山道具でしたよね?(ぉぃ
 氷を割るなら兎も角、地面とか掘削するのは鶴嘴だと思っていたのですが……まぁ、そこまで区別しなくても良いかとも思うのですけれども。形も同じですし、岩を割れるピッケルもあるんでしょうし。ですが本作は、基本的に日本語表記をしたい雰囲気でして、鶴嘴と表記させていただいてます。結局は私の趣味なのです

 では、では。
 今回の更新分は次で打ち止めとなります次第です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。