モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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第十五話 岐路

 土色の煙が舞う大地の中心。セクメーア砂漠と呼ばれる乾燥帯、その中でも一面の流砂が敷かれた地域に、降り注ぐ月光に照らされながら脚を動かす一団があった。

 彼ら彼女らの視線の先では、特殊な砂の中から1枚の「ヒレ」が顔を覗かせている。

 一団 ―― 4者1組の狩人らが近付いた気配を敏感に察知したヒレは、狩人らを正面に捉える。

 敵意を向けられる感覚に、ノレッジとダレンの肌が粟立つ。ただし先頭に居たヒシュは例外で、両腕をだらりと弛緩させて得物を握りこみ、刃に戦意を漲らせた。

 

「居た。また、くる。……小樽爆弾、お願い」

「心得ました」

「お願い、ネコ。……ダレン、ノレッジも」

「ああ ―― 今度は逃がさん。行くぞ」

「はい」

 

 仮面の狩人がダレンに一声かけると、一行は砂に突き出したヒレの左右へと散開した。ネコと呼ばれた獣人(アイルー)だけが一直線にヒレへと近付きつつ、外套の中に背負った革鞄から手拳大の樽と火口を取り出し、導火線に火をつけて前へと放る。

 

「―― キュエェェッ!?」

 

 樽が砂に着くと同時、詰め込まれた火薬が炸裂し、ボウンという爆音が砂の海原を劈く。周囲を走っていた狩人らの目前に、狙いの通り、黒ずんだ外皮を纏う砂竜が耐え切れないといった様相で飛び出した。

 

(ドスガレオス! ……何度みても、でかいです!!)

 

 魚竜目・有脚魚竜亜目・砂竜上科・ガレオス科。砂竜と通称される生物 ―― ドスガレオス。

 鎚状に突き出した頭と、翼の様に広げられた両ヒレ、背辺を飾る背ビレ。ヒレが膜を張る尾から頭の先までは、ゆうに15メートルはあるだろうか。艶かしさすら感じる外皮は砂の中を泳ぐ為に進化したものであり、身体全体が流線型の形状をとっている。普段は砂の中に在る巨体を今は砂上に支える両脚1つとっても、狩人らより太く大きい。ノレッジはこの区画へ追い詰めるまでに何度も視たその図体を改めて俯瞰しつつ、そう言えば、モンスター達の大きさにはいつも圧倒されてばかりだなぁ……などと、緊張感のない驚きを内心に浮かべた。

 その間にもヒシュらはドスガレオスへと肉薄し、各々の武器を振り上げる。呆けてはいられない。舞い上がる砂塵の向こうに現れた魚竜を銃口で指し、ノレッジは『ボーンシューター』の引き金を引いた。「通常弾」。カラの実と通称される種子の外殻で作られた弾が冷たい砂漠の夜を切り裂き、次々と砂竜の横腹に着弾する。装填した分を撃ち切った所で弩を折り、次の弾を込める。息を継ぐように装填の動作を。指を動かし、込める間にもドスガレオスの挙動を探る。

 ドスガレオスは砂中に適応した特殊な魚竜種……ガレオス科にあたる生物である。ただしドスランポス等の様にガレオス種における(ボス)個体という訳ではなく、あくまで「麻痺毒を器用に使いこなす体格の大きな個体」という位置付けだ。とはいえ、口内の牙だけでなくそのヒレにまで麻痺毒を噴出する毒腺がまわっており、通常のガレオスより戦闘的な性質を持つドスガレオスは、群れの中に居る場合には真っ先に戦闘の先陣を切るという。

 飛び出したドスガレオスはその身を起こし、ゆっくりと身体を回す。攻撃へと転じる積りだろう。挙動を窺っていたヒシュとダレンが武器を握り直し、ネコも小太刀を構えながら。

 

「ヴるるるる ―― キュアッ」

 

 大きな身体に似つかわしくない俊敏さ。砂竜は辺りに群がる狩人らを一様に薙ぐべく、長大な尾を身体ごと振り回した。

 

「……今」

「むっ」

 

 両脚を中心として風車よろしく巨体が回る。尾びれは砂を巻き上げ、質量に裂かれた大気が風圧を伴い、狩人の鼓膜と肌とをびりびりと震わせる。

 襲われる直前、ダレンは右手の楯で頭を守りながら身を低くする事で尾を潜る。もう一方。ヒシュは両手に『ポイズンタバルジン』と『ハンターナイフ』を構え ―― あろう事か、ドスガレオスへと接近した。

 

「あっ! ……って」

 

 ノレッジの口から驚声が漏れる。しかし尾が過ぎた後に、悠然と両の剣を振るっている仮面の狩人を見て、思い直した。恐らく ―― というより確信に近いものがあるのだが ―― ヒシュは砂竜の中心まで近寄ることで振り回された尾を掻い潜ると共に、攻撃の機を抉じ開けたのだ。その際、両手に構えた刃の上で尻尾を滑らせて(・・・・)鱗を削ぐという反撃のオマケ付きで。

 機前の読み、足場が悪い中での重心の運び、思い切り。どれをとっても困難極まる一動作。ドスガレオスの巨大な尾に防御を棄てたまま直撃しては、命をも脅かしかねないというのに。

 だが、結果は出た。ヒシュは見事に死を避け、攻勢に転じて見せたのだ。いずれにしろノレッジには真似出来ず、真似をしようとも思わない。一般的な考えからすれば退いて次の機を待ったほうが安全ではあるのだが……数ヶ月を共に過ごしたノレッジの経験からして、仮面の狩人は自らが攻勢に転じられると踏んだ場合、身を厭わない行動を積極的に採る傾向にある。そして、その動きを可能にする根本にはモンスターの動きや身体の構造などに関する知識があるのではないかと、ノレッジは睨んでいる。

 

(尻尾の振り回しは密林で多く狩猟した鳥竜もよく使用する攻撃方法ですし、関節が似通ったドスガレオスならば、前駆動作や位置取りによって先読みできるというのも頷けます。……モンスターの生態を。食物を。武器としている器官を。体の構造を知り尽くし、その行動を『行動の原理から』読み取る。そういうことだと解釈します)

 

 この砂漠に来るまでに積んだ修行……その狩りの場で視た通常種のイャンクックやゲリョスも尻尾を振り回していた。と、前日の昔語りや経験則からヒシュの行動原理について予測を広げてはみるものの。しかしやはり、ヒシュが言う『視る』というのは、どこかオカルト染みている様に感じてならない。ノレッジは少女心ながらに、自分の解釈も大きく外れてはいないだろうとの願望を多分に込めておいて。

 

(いいえ。ヒシュさんの言うコツ(・・)は後々の課題として、今は切り替えましょう)

 

 視界の奥。既に見慣れた脱力の体から一変。ヒシュは土煙をあげる低さで剣を引き摺り、ドスガレオスを剣域に捉えるや否や、地面の際から腕を振り上げる。

 強化の試行錯誤を繰り返している内に大部分がマカライト鉱石製となった『ハンターナイフ』で鱗を剥ぎ取り、毒怪鳥ゲリョスの素材を使用した両刃の小斧剣『ポイズンタバルジン』で毒を叩き込む。大きさも形もバラバラの剣がヒシュの手により絶妙な期で噛み合って流麗な斬撃を生み出す様には、ヒシュ1人だけが違う空間に居るのではという錯覚すら覚える。

 ノレッジは慌てて首を振るう。今はまだ自身も、狩猟の最中に居るのだ。ドスガレオスの周りを取り巻きのガレオスが回遊しており、積極的に襲おうとはしてこないものの、隙を突いては砂を飛び出し狩人らへと飛び掛ってくる。学術院から取り寄せた書物に依れば、その牙から分泌される麻痺毒はドスガレオスと相違ない強さのものだという。万一にも鎧の薄い部分に受けてはいけないと、ノレッジは再びの警戒をしつつ。

 

「―― 今はまだ、目の前のエモノを」

 

 魚竜種特有の濁った目をぎょろぎょろと動かすドスガレオスを視界の中心に捉え、ノレッジはその行動を(つぶさ)に観察し ―― 機を見ては脇腹目掛けて通常弾を放つ。先の予想を頼りに、ヒシュの様にとは行かずとも……その片鱗だけでも掴めないものか。そう考え、ノレッジはここ最近の狩りにおいてモンスターの観察を心がけていた。

 曰くノレッジという人間は、「観察」と「強運」という英邁を持つらしい。それこそが「書士隊の実働部隊へ転属したい」というノレッジの希望が通った理由の一旦であるのだと、ダレンから直接聞い事がある。ノレッジとしても『砦蟹』と呼ばれる伝説級の生物と出遭えた、未知の怪鳥と遭遇したなどの実例があるために、それが幸か不幸かは兎も角、「強運」については否定するつもりは無い。

 だがもう一方。「観察」については彼女自身、未だ半信半疑のままだ。だからこそ狩りというのは今、彼女自身の才を証明し ―― 生きる為の、戦いでもある。

 

「……来るか」

 

 ドスガレオスは最も手近に居た狩人として、ダレンに狙いを定めたらしい。青年は濁った目と至近距離で見詰め合う形となる。ぶつかる無言の圧力に顔をしかめつつ、構える。

 

「ヴぁヴッ」

 

 ドスガレオスが口を結び、首を天に向け、胴を反らす。「砂鉄砲」特有の前駆動作だ。

 砂竜は特殊な砂漠の中を回遊し、粒の中に紛れる栄養素や微生物を漉しとって身体へと取り込むという食性を持つ生物だ。その際に余剰分として胃や肺の中に溜まった砂は、口から吐き出される際の勢いをもって、獲物を攻撃するの為の武器……「砂鉄砲」として使用されるのである。

 ダレンは、砂竜の真ん前を位置どっていた。位置が良過ぎる(・・・・)。脚は砂に取られ、精緻な足運びは叶わない。ダレンは回避動作は間に合わないと判断し、『ドスバイトダガー』を更に強化した『ドスファングダガー』の肉厚な刃と「牙を剥く楯」とを頭上に揃えて一歩前、首元に素早く飛び込んだ。

 砂を吐き出すべく、砂竜の身体が弓形に撓る。

 向かうダレンは楯を頭上に構え……押しあいで争う積りは無く……右手だけに力を込め、全身を脱力する。

 がつり。首を振り下ろした瞬間、ダレンの持つ楯と砂竜の顎とが激突した。しなやかさと強固さとを併せ持つ走竜の楯は衝撃に軋み、脱力した全身が圧されて歪み、ダレンの足は踝までが砂中に沈む。

 

「っ、……おぉっっ!」

 

 身体の節が、筋肉が悲鳴をあげ ―― しかし、狩人は倒れない。それどころか、砂竜の巨体故の自重を利用して反撃に転じる。全力を込めて、楯で砂竜の下顎を殴打する。

 ぞぶりと、張力を振り切った手応え。楯の表に並んだ走竜の牙が、ここまで加えられた狩人らの攻撃によって刻み叩かれ襤褸と化した厚みのある砂竜の外肌を、遂に貫いていた。ドスガレオスは痛みに叫び、砂を十分に吐き出すことも出来ず、堪らず首を引いて大きく後ずさる。

 

「ヴーるるる……!」

「攻める」

「御供致します」

 

 後退した瞬間をまた、好機とみた狩人らに囲まれる。ヒシュの剣が執拗に脚を狙い、ネコがその傷口へと追撃し、体勢を整えたダレンが揺れる頭へと刃を向けた。一晩の激闘の果て。次々と襲い掛かる狩人の武器は、遠大な砂漠を庭とする強大な砂竜を、着実に追い詰めてゆく。

 ノレッジも機を見ては通常弾を打ち込む。何度目かの装填。すると、弾を入れていた鞄の中から通常弾が消え失せていた。弾切れだ。

 

「ならば……あっ!?」

「ヴるるるぅっ、るっ」

 

 ―― ドズンッ

 

 ノレッジがならば次にと思考した瞬間、ドスガレオスが大きく跳ね上がった。辺りに砂を撒き散らし、巨体を砂漠の原へと滑り込ませた。

 ……あれは、「逃げ」のための動き。そんな確かな予感(・・・・・)が、ノレッジにはある。観察の成果として、跳ねる瞬間、砂竜の身体が僅かに傾いていたのを逃さずに捉える事が出来ていたのだ。ヒシュとネコによって執拗に斬りつけられた左脚を庇ったに違いない。そして砂竜も、傷を庇う動作が表に出る程度には衰弱しているのだろう。

 粒を割き、砂を撒き上げ。砂埃が晴れて視界が復活すると同時に、狩人らはドスガレオスの姿を捜す。しかし既に数メートル先の砂原を、包囲を突破したヒレが泳いでいた。跳ねた勢いで退かせた狩人らの間を泳ぎ抜けたのだ。

 

「ちぃっ」

「取り逃がしたくはありません、が!」

「……んー……」

 

 ダレンやネコ、武器を皮鞘に納めたヒシュが急いで駆け寄るが、砂を割り進むヒレは勢いを増しながら遠ざかってゆく。砂を走る狩人よりも、ドスガレオスが泳ぐ速度が勝っている。このまま追走したとしても、追い付けはしないだろう。

 1人射手として他の狩人より距離をとっていたノレッジも、頭の中で砂竜の逃走を阻止するための手段を探る。

 『音爆弾』、『小樽爆弾』……駄目だ。距離があり過ぎて届きはしない。

 『角笛』……これも駄目。いくら音に敏感な砂竜とはいえ、地中から弾き出すには笛ではなく、もっと短く強く鳴り響く音が必要だ。

 ―― 例えば、炸裂する様な。

 

(とすれば、これならばっ)

 

 少女は、自らの重弩で射出する「弾」の1つに思い至る。考えるや否や空の弾倉を引きずり出し、鞄から通常弾よりもやや大振りな弾を取り出した。弾倉に装填された火薬とは別に、その弾を銃身の先へと取り付ける。

 腰を落として膝立ちに重弩を抱え、光学照準具を覗き込んで狙いを絞る。砂漠に爛々と降り注ぐ月明かりの下、ヒレはまだ鮮明に見えていた。

 ―― 狙うはその先、中空。

 時間は限られている。ノレッジはドスガレオスの泳ぐ速度を目測で計り、息を一つ吐き出して、進路の上へと向けて。

 バスンという射出音と共に、通常よりも大きな反動がノレッジの身体を揺らした。肩と肘と腰と膝と。各部関節を使って最大限衝撃の吸収を試みるも、銃身は横へと反れてしまう。しかし、既に放たれているのだから問題は無い。それよりもと、ノレッジは弾の行く末を目で探る。

 火薬によって放たれた弾は直線に近い放物線を描き、

 

「いけっ……よぅし!」

 

 ヒレを追走する狩人らの頭上を流星の如く滑り、追い越し。逃げる砂竜のヒレ、その僅か前方の空で炸裂した。狙いの通り。心の中であげた快哉が口からも漏れる程、完璧な軌道だった。

 打ち出された弾 ―― 「拡散弾」に詰め込まれていた小型の爆弾がばらけて、ドスガレオスに向かって降り注いでは爆音をあげる。遠く黒く固まった地中を泳ぐ巨体の真上で、瞬間、橙の灯りが灯っては消える。

 

 ―― ボボッ、バウンッ!

 

「ヴぅるるッッ!?」

 

 砂海を泳ぐ生物故の進化。視力が退化し音で地上を探るしかない(・・・・・・)ドスガレオスは、堪え切れずに砂を飛び出し、その巨体を月光の下に曝け出す。

 瞬間、ノレッジは叫ぶ。

 

「―― お願いします! 止めをっ!」

 

 辺りに未だ、砂竜の悲鳴たる細い咆哮が木霊している。声が届いたのかも判らない。ただ、逃げる獲物を追う仮面の狩人が一瞬だけ頷いた様に見えた。

 小型爆弾の爆発音に刺激されて砂の中を飛び出した獲物へ向かって、ヒシュが腰から引き抜いた得物を向ける。仮面の狩人が持つ三つ目の武器、『大鉈』だ。

 

「斬る」

 

 ヒシュは脚を止めて、一気呵成に仕掛ける。

 一閃、二閃、返す刃で三閃。増す勢いは止まりを知らず砂竜を刻む。

 『大鉈』は鱗を削り皮を叩き、血を流し肉を抉って命までを別つ。後を次ぐダレンとネコが波状に斬りつけ、飛び散った飛沫によって砂の原は鮮やかな黒色に染まる。

 

「―― 腹」

「鱗はあらかた剥ぎ取ってやったぞ。……はぁっ!」

 

 止めとばかりダレンが喉下へ、ヒシュが腹へ、各々の得物を振り上げた。

 ダレンは『ドスファングダガー』を、低く垂らされた喉へと振付ける。赤い刃が闇夜に弧を描き、狩の終焉を告げるべく砂竜を襲う。

 ヒシュは『大鉈』を両手に持ち替えて半身になり、後ろに振り上げたかと思うと、頭上を覆う砂竜の腹目掛けて迷い無く振り下ろした(・・・・・・)。神速の刃は鈍い艶消しの金属光沢を放ち、下弦の月の如き軌跡をなぞる。降りて、後は昇るのみ。『大鉈』は勢いそのまま、砂竜の腹へと跳ね上がった。

 幾度と無く重ねられた攻撃によって剥き出しにされた真皮。ダレンの刃とヒシュの鉈とに貫かれて、ドスガレオスがか細く鳴いた。最期の力で身体をくねらせ、脚を振るう。

 しかし、それが限界だった。

 悠然と粒砂を掻き分けていた身体も今は砂上に、ゆらりと傾く。得物を構える狩人らの眼前、濁った眼を見開いて、砂海の主は崩れる様に倒れ込む。

 ずしんと響く大重量が大地を揺らす。暫しの間動かないことを確認してから、狩人達は警戒を解いた。

 

「……狩猟、完了だな」

「主殿、お怪我はございませんか」

「だいじょぶ。打ち身くらい」

 

 ダレンが布を取り出し、『ドスファングダガー』の刃に付着した脂を拭う。ネコが外套の内へと小太刀を差して主の身だしなみを整える。ヒシュは両の剣を腰で止めて皮鞘で覆い、塗り薬を鞄から次々と取り出している。

 そして各々が狩猟の達成感を噛み締める最中に、立ち尽くす者。

 

「―― さて。目標は遠そうです。口にはしてみたものの……私は、どうしたら近づけるんでしょうかね。ヒシュさんみたいな、狩人に」

 

 ノレッジ・フォールだけが重弩を抱えたまま、ドスガレオスの亡骸を見つめ続けていた。

 

 

 

□■□■□■□

 

 

 

 無事にドスガレオスの狩猟を終えた一行は、レクサーラへと帰還した。看板娘である姉妹受付嬢からの称賛を軽く流し、モンスターの運搬を終えた港へと足を向けた。

 ノレッジ、ダレン、ヒシュ、ネコ。

 ヒシュはレクサーラに運ばれた品に興味がある様で、蚤市に並べられたよく判らない装飾品等を延々と弄っている。ネコはドスガレオス狩猟によって得られる報酬と素材を吟味していたのだが、どうやら、造船のために必要とされていた素材……最も大きな「竜骨」は余剰分を含めて多めに手に入れられる算段となったらしい。その髭は今も、どこか誇らしげにぴぃんと伸ばされている。

 装備を外し外套姿となったダレンとノレッジもつい今し方、砂漠での調査について打ち合わせを終えたばかり。だが、砂漠での調査という題目ではあるものの、隊長であるダレンがいない以上複雑な調査は存在し無い。ノレッジに任された調査は精々が大地の結晶や、砂漠特有の鉱石の採取などである。

 ノレッジは手に持った書類に付箋をつけると分厚い書類挟みに挟み込み、立ち上がる。既に立っていたダレンへと向き合った。

 

「―― それではな、ノレッジ」

「はい。先輩もドンドルマでの会議のお仕事、頑張ってください!」

「ああ。まぁ、私に頑張るほどの役目があるのかは疑問なのだがな」

 

 ダレンは無愛想に笑い、軽く手を振ってから、しかし呆気なく船に向かって歩いて行った。こうして共に過ごして判るが、ダレンは上司としては有能でも「話下手」であるらしい。図面上の統率力や事務的な部分は申し分なく、調査資料の内容は的確で期限も守る。この点はノレッジが最も尊敬している部分である。しかし、部下との交流は上に立つ者に必要とされる能力でもあるのだ。ダレン・ディーノという人物像からすれば、彼は行動で牽引する類の隊長なのだが……率先して部下を増やそうとはしない辺り、ダレン自身も口下手だという自覚はあるのだろう。それでもこうして何かある度の挨拶や声かけを欠かさず行うので、不器用なりに努力をしているとは感じるのだが。

 出自が平民である彼は王国の政事(まつりごと)との癒着が強い王立古生物書士隊において、強い縁は持っていない。22歳という若さで隊長となったのは、偏に彼の成果によるものである。そこに狩人として実力をつける事ができれば、名実共に実力でもって牽引してゆける隊長となるに違いない。

 

「ノレッジ」

 

 ノレッジがそんな事を考えながら船着場へと入っていったダレンを見送っていると、入れ替わりに、今度はヒシュが横に立った。ネコが離岸の手続きをしている間にノレッジの横まで走ってきたらしい。

 仮面の主は何やら、自らの鞄をごそごそと漁っていて。

 

「あ、何か忘れ物ですか、ヒシュさん?」

「んーん。ノレッジ、これ、あげる」

 

 駆け寄ったヒシュが、手を差し出す。その掌の上にランポスの牙程の大きさの木片が乗せられていた。ノレッジは促されるままに木片を手に取り、様々な角度から眺める。

 不思議な木片だった。薄白い色を基として、淵や皺が仄かに蒼く彩られている。これが着色によるものではなく元となった樹の色合いそのままであるとすれば、どこかの土地の神木として崇められていてもおかしくは無いのではないか。そんな神秘的な印象を受ける木片だった。木片の裏側に刻まれた皺も、どこかしら不思議な紋様に見えなくも無い。しかし何れにせよ、只の木片には変わりが無いのだが。

 これはヒシュに尋ねておくべきだろうと考え、ノレッジは疑問を口にする。

 

「これは?」

「それ、ジブンが師匠達から貰った『お守り』。辺境の霊木の破片が素材。狩猟成就を、祈願してる」

「っ!? 貰えませんよ、それはっ」

 

 ノレッジは先日の昔話の際、ヒシュとその師匠達についての話も聞いている。同時にその饒舌な語りぶりによって、師匠たる彼ら彼女らをとても尊敬しているというのも伝わった。

 しかしヒシュにも、ジャンボ村に戻れば狩猟の依頼がある筈。ならば今、『お守り』はヒシュにこそ必要ではないのか。そう考えたノレッジが慌ててつき返そうとするも、仮面の狩人は手を後ろに組んでしまい、頑なに受け取ろうとしない。

 

「だいじょぶ。ジブンにはこの面、あるし」

「というかその仮面、お守りだったんですか? ……あ、で、でも」

「受け取って欲しい。ジブンもそれ、師匠からもらった。……今はジブンが、師匠だから。だから、ノレッジにあげたい。……駄目?」

 

 木製の仮面がかくりと傾ぐ。

 ノレッジは唸る。ヒシュは貰って欲しいと言うものの、自分自身はどうか。確かにノレッジは、そういったお守りの類は持っていない。狩人は基本的にゲン担ぎを大事にする職種だが、王立古生物書士隊を主としていたノレッジ自身はあくまで合理的な思考をするきらいがある。そもそも「お守り」という物の存在自体に懐疑的といっても過言ではないだろう。合理的になるのは上司に竜人が多いからに違いないです、と、自身の考え方を上司に擦り付けておいて。

 しかし、師匠が「貰って欲しい」とまで言っているのだ。信じていない、ではなく、懐疑的。「信じても良い」に分類区分出来るだろう。それにこの程度の大きさであれば、荷物にもなるまい。

 

(それに苦しい時に縋るものが在ると無いとでは、大分違いますし)

 

 街を行き交う人々が逡巡する自分を見て何事かと足を止めている。決断は早い方が良い。

 決めた。ノレッジは思い切り頷くと、木片を内袋へと仕舞い込んだ。

 顔を上げる。ヒシュの仮面の内をしっかと覗き込み、微笑みを浮べる。

 

「判りました。お師匠からの貰い物ですから、大切にします。でもまた、必ず、一緒に狩りをしましょう! ヒシュさん!」

「約束。……それじゃあね。また、ノレッジ」

 

 笑顔を最期の記憶に留め、狩人は互いに背を向ける。

 ヒシュは、ダレンとネコの待つ船着場へ。

 1人別れたノレッジは、再び集会酒場の中へ。

 

「さぁ ―― 行きますよっ」

 

 少女の戦いが、狩人共が集まる酒場の喧騒と共に始まりを告げた。

 

 

 

■□■□■□■

 

 

 

「ダレン」

「申し訳ありません、ダレン殿。暫しお時間をいただけないでしょうか」

「……ネコ、ヒシュもか。どうした」

 

 船着場の中。ジャンボ村へと出立するヒシュら自前の船とは別に、ジォ・ワンドレオを経由してドンドルマへと向かう客船に乗り込もうとしたダレンを、ヒシュとネコが呼び止めていた。

 

「ダレン。これ、お願いしたい」

「……これは?」

 

 一歩前へと踏み出したヒシュが、懐から丁寧に包まれた山羊(エルぺ)皮紙の封書を取り出す。何事かと思いつつもそれを受け取り、ダレンは封書の外装を確認する。

 如何にもな豪奢さはない装丁。だがその代りに蝋の塗られた皮包みに入れられており、外見は封書と言うよりも雑な小物鞄に近い。ダレンが封書だと判断できるのは、ヒシュがその中身である皮紙をわざわざ取り出したからだ。皮の入れ物には、腰紐も通されている。どこまでも鞄に「偽装」する積りらしい。と、すれば。

 

「ふむ。公に書士隊と関連した書類……では、ないのだな」

「ん。あのね、ダレン。これ、密書」

 

 仮面の内から響いた単語に、ダレンの手がやはりと強張る。とりあえずは封書を腰に付け外套の内へとしまいつつ、密書であるからこそ、仔細は尋ねなけらばなるまいと思い直す。

 

「これを渡す相手は」

「向こうに行くまで、秘密」

「……『向こう』とは、これから私が向かうドンドルマ……いや。ドンドルマのハンターズギルド及び大老殿の事。この解釈で間違いは無いか」

「合ってる。だからこそ、ダレンにお願いしたい」

「……良いのか? そもそも『部外者の』私に、密書の類を頼むなど」

 

 ダレンはヒシュの「特別な立場」について、詳細は知らずとも「察している」身だ。古龍観測隊との連携だけでなくギルドにも融通が利くなど、その立場はギルドや王立学術院との繋がりが深いものだろうとの予測が出来たのである。だからこそヒシュが密書を記す事、それ自体にも相応以上の驚きはない。ライトスからもその点については警告をされていた。

 だが。それを自分の様な一隊長……それも駆け出しの者に托しても良い物なのか。疑問よりも、漠然とした不安が拭えない。

 疑問は顔にも表れているに違いない。ダレンの顔を不思議そうに見つめながら暫し瞬きを繰り返していたヒシュは、変わらぬ調子で「だいじょぶ」と切り返す。

 

「んー……オリザも、居るんだけど。オリザは身体も大きいし、目立つから。ダレンが持ってった方が色々良い、と思う。今後の為」

 

 自らの伝書鳥である大鷲・オリザを引き合いに出しておいて尚、ダレンが運ぶ方が良い。「今後の為」という理由を挙げながら語るヒシュへ、浮かんだ疑問でもって問い返す。

 

「……今後、か。それは、私の、隊長職としての今後か?」

「それもある。会議の内容の一部が、未知(アンノウン)についてだから。知ってると思うけど、出席する人、結構上の人ばっかりだし……それに、文章だけじゃ伝わらない事もある」

「しかしそれでも、用件は伝わるだろう?」

 

 食い下がるダレンに、ヒシュは珍しく口を濁す。かくりかくりと傾いで、揺れる仮面の下顎を手で抑えながら。

 

「ん、んー……。……ジブン、まだダレン達に話せない事がある。だから、絡め手(・・・)

「絡め手。それが意味する所は、私達が巻き込まれると言う事か?」

「違う。それは、自由。ダレンと、それにノレッジも、望んでくれるのなら。……嫌? 嫌なら手紙、場所に置いて来るだけで良い」

「む。まて、そうは言っていない」

 

 ダレンは慌ててヒシュの口上を切り、弁解を試みる。

 

「私自身、一書士隊員としてあの未知(アンノウン)には興味を抱いている。そして勿論、脅威である未知(アンノウン)を知る必要性がある事も理解している。ノレッジも同様だ。そのための『絡め手』なのだろう? 情報とは、知恵を回す人間にとって最大の牙であり、鎧でもある。だからこそ、出来る限りの協力はしておきたい。私達も『部外者』で無くなる事が可能なのであれば、また、同時に人々の為にもなるのであれば。……私はそれを望む」

「そう。……良かった」

 

 ヒシュが仮面の内に、安堵のそれと判る吐息を漏らす。何時もの如く、首をかくりと傾いで。

 

「ホントはジブン、隠し事とか嘘とか、かなり苦手。出来るならダレンにもノレッジにも、あけすけに話せる方が楽。……楽だし、友達には、話しておきたいと思うから」

「まぁ、我が主人は仮面こそ被っておりますが、気配と顔とに如実に表れてしまいますからね。その点については慧眼のダレン殿の事、とうにお判りだったとは思うのですが」

「いや、まぁ……確かにそうだが」

 

 主の話を邪魔すまいと閉口していたネコが、穏やかな笑みを浮かべながら合いの手を挟む。ヒシュの語りが足りない部分を、ネコが補完する。これは何時もの展開だ。

 それ故に。語りとしての役目を持つネコに、ダレンは問う。

 

「……ネコ、お前もだ。お前は、良いのか?」

「はい。わたくしも、ダレン殿やノレッジ様は頼れるお方であると判断しております故。それにそもそも、我が主の判断に異議などあろう筈も……と、言いたい場面ではありますが」

 

 一旦言葉を切って、破顔。ネコは屈託無く笑う。

 

「にゃあ。実は此度のお願いは、昨夜わたくしと主とが話し合いをした末の結論なのです。後の憂いも全く持って無いと断言できましょう。強いて言うなれば、ダレン殿とノレッジ様に更なるご苦労をかけてしまうという点が問題ではあるのですけれども」

「……ふむ。それについては問題ないと、先に言質を取られているからな」

「おや。ダレン殿も存外に意地の悪い言い回しをなさるのですね?」

「すまないな。信頼から出る言葉だと思ってくれると嬉しい」

「ええ、それは勿論。わたくしの言葉も、信頼から発したものですよ」

「? んー?」

 

 1人会話に取り残されたヒシュが、盛大に疑問符を浮べている。その様子を2者が見やり、また互いに笑みを溢す。

 笑みのまま、ネコは佇まいを整えて。

 

「いえ。申し訳ありません、我が友よ。これでもう、わたくしからダレン殿に話す事はありませぬ。話を進めてくださればと」

「?? ……うーん……釈然としない、けど。それじゃあ、ダレン。ドンドルマに行ったら大老殿、2番風車の小屋の中でお願い」

「2番風車、か。覚えておこう。それで、時間は」

「会議の日の早朝、食事時が良いと思う。だいじょぶ。相手の人、オリザが導くから」

「了解した。……相手が判らない以上、話すべきはこんな所か」

「ん」

 

 ヒシュが頷く。ネコも一礼し、ダレンが腕を組む。すると港に、船が発つ事を知らせる笛が高々と響いた。

 組んだ腕を解き、船へと半身を向ける。別れの時間だ。

 

「それではな。密書を渡すその役目、ダレン・ディーノが引き受けた。……ヒシュ、それにネコも。ライトスからの依頼、無茶だけはしてくれるなよ」

「お願い。狩りは、任せて」

「ご武運をば祈ります、ダレン殿」

 

 各々が別の船へ。

 それぞれの路へと向けて、歩みを始めていた。




 ご観覧をありがとうございました。
 話はきな臭くなってまいりますが、それはさて置き、次話からようやくと、私がずっと書きたいと思っていた場面が回ってまいりました。ノレッジには頑張って欲しいですね。話の展開と私の力量とを天秤にかけつつ、私自身ももうちょっと頑張ってみたい所です。
 因みに、申し訳ないのですが、前話辺りの修正や描写の追加をさせていただいております。色々と急だと感じてしまったもので……重ねて、申し訳ないです。
 では、以下雑談。それゆけ自問自答!

>>(ドスガレオス! ……何度みても、でかいです!!)
 いたいけな少女に一度は言わせてみたかった台詞。ええ、はい。
 ドスガレオスの、身体が、でかいのです!
 ドスガレオスだけに「黒くてでかい」などと一層アレな表現にならなかったのは、私のほんの僅かに残った(あるいは余計な)良心の成せる業です。
 因みに。開口一番「でけえ」とか言うのは、敬愛する某MHライトノベルシリーズへのオマージュでもあったりします。作者様は違いますが今現在、FでGのも読んでますよー。レジェンドラスタが後ろに並ぶあの絵が大変気に入っていたり。2巻も(やはり)受付嬢が可愛いとっ。

>>ヒシュ(仮)の武器、さらっとパワーアップしてるし
 「タバルジン系統」さまには2ndGで大変お世話になりましたので、謝意を多分に込めて出演をば(もう一方がそのままなのは、「アレ」です)。
 尚、ゲリョスを1頭しか狩っておりませんが……これに関しては誠に独自な設定ですが、ゲームとは違って、大型モンスター1匹から採れる素材は交渉次第で増減可能となっております。というか、ゲームの通りでは天引きし過ぎだと思うのです、ギルドの野郎(黒。私的には、ゲームにおける「鱗」は1枚の鱗の事ではなく、重さを基準にした鱗一塊の事だと解釈しているのですが、それでも、報酬が少ない時のは酷いと思うのです。確定報酬以外は調合消費の弾丸素材のみとか。
 本作では全身防具を作るために必要な素材の量は、モンスターの種類や防具のデザインにも寄りますが、成体が2~3匹と言った所でしょうか。
 そしてゲームではよく一式を作るのに逆鱗クラスの素材が1~2個は必要になりますね。ですが鎧は、戦闘を行う以上度重なる修復が必要であり……常に消費のある防具に貴重な素材を使う意味があるのでしょうかという疑問が浮かぶのではないかと。
 えっ、あっ、はい。本作においては独自の設定があります(自問自答。
 などと意味深な発言をしておいて核心には触れず。
 武器においては素材の数よりも質重視で、数は1頭分あれば余るほど。ですが、質の悪いものは長持ちしないと言う設定でありまして。少なくともこの設定に関しては、その内に日の目を見る事もあるでしょう。

>>山羊を「エルぺ」と読む(くだり)
 初めっからですね、これは。他にも本作では、鹿と書いて「ケルビ」と読ませたり、山猪と書いて「ファンゴ」と読ませたりしています。これは、MHゲーム内で馬などの生物が未発見もしくは絶滅種として扱われている事に起因します。MH世界では馬、居ないんですよねー……人類の歴史が。だからこそ竜車などが発達しているのだと思いますが!
 因みにエルぺは、MHFきっての癒し系奇蹄目(ぉぃ。ケルビ骨格+モーション増(この場合の骨格は、ゲームにおけるCGフレームの事)の愛らしさ余って結婚願望爆発しそうな、可愛いヤツです。堪能したいという方は、一緒に寝ている動画なんかもあがっていた覚えがありますので、それをご参照くださればと。
 ……えと、ブルックは、山鹿でしょうか。もっと適切な呼称もあるかとは思うのですが……いえ。少なくともブルックは、本作では出番は無いと思うのです。多分。

>>なんでエルぺの皮紙が使われるの
 イメージ的には羊皮紙ですね。ケルビ皮紙でも良いかと思っていたのですが、個体数が少なく(というかケルビが多く)、高地に住むエルぺの方が狩猟は困難かと考えました。素材の流通数はそのまま値段に反映されるため、エルぺの方が高級だとの格付けをさせていただいております。
 はい。決して、可愛いからではありませんのです!

 では、では。

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