モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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第十四話 砂塵を撒いて

 密林の調査。ジャンボ村への遠征。狩人修行。航海。レクサーラ。

 ノレッジにとってここ数日の出来事は、どれをとっても真新しい経験だった。

 そしてこれもまた、初めての経験となっている。

 

「―― ここが、セクメーア砂漠……」

 

 ぽつりと呟いて掌を翳し、遥か地平の遠離を見やる。砂漠を吹く風は土が混じり、どこか苦い味がする。ノレッジは乾いて離れなくなる前にと水を触れた指で唇を湿らせ、再び前を向いた。

 ダレンら一行は準備を整え、2日前にレクサーラの宿を発った。途中までは公用路を使用したものの、途切れてからは足場は徐々に悪くなる。ギルド管轄のフィールドまでは未だ距離があるが、石と瓦礫と砂粒と、僅かな緑の残る不毛の大地 ――「セクメーア砂漠」。その端に足を踏み入れていた。

 狩人が狩猟の場とする地は広く、未だ広がりを見せている。「渇きの海」の名を持つこの砂漠は、かつては狩人にとっても人にとっても未開未踏の地であった。技術の進歩と行路の確立、そして何より世界に住む者々の探究心こそが、砂漠を狩猟地として切り開いたのである。

 そんな中。いつもより縦揺れの少ない、しかし硬い感触の竜車に跨りながら、ノレッジはひたすら雄大な砂原に心奪われていた。

 砕けた砂の粒は真白く輝きながら熱を放つ。宝石の如き輝きは、人の肌が触れれば熱傷を負うに違いない。端までが見渡せる光景にも、ひたすらに畏れを感じる。本来ここは、人の住める場所ではないのだろう。この地を行こうと試みた先人達に、畏敬の念を抱かずにはいられなかった。

 

(……ええっと、セクメーア砂漠の行路を開拓した人は……誰でしたっけ。……ひとまずお部屋に砂漠の絵でも張ってみましょうか!)

 

 少女にとっては畏敬の念を抱き、最大限の敬意を表した結果がこれ、なの、だが。

 いずれにせよ話にしか聞く事のなかった砂の海だ。興味を奔らす少女は2日たっても、開いた口が閉まらない程の興奮を覚えていた。口からは、熱した空気によって水分だけが奪われてゆく。

 

「―― ノレッジ・フォール。言葉を発しないのであれば、口を閉じたほうが良い。今の礫れき地を抜けたら岩場が見えてくる筈だ。そこまで行けば、水を調達できる」

「はい。すいません、先輩」

 

 上司たるダレンの忠告に、ノレッジは気を引き締めて唇を結ぶ。

 現在レクサーラを発った一行は砂丘を避け、岩の転がる礫砂漠の地帯を進んでいた。進路取りは直接、命に関わる。慎重に方向と現在地を確かめながら、重たい脚を前へと進める。砂の上を歩くのは、平地を歩くよりも数倍の体力を奪われる。ノレッジとネコが竜車……この地ではアプケロスが利用される……に乗り、ダレンとヒシュが手綱を引いて。

 

「ダレン。あの岩場?」

「ああそうだ。……今日は進みが良いな。行路の半分まで来たらしい。目的地を目前にしてなんだが、今晩は先日より、多めに休憩を取ることが出来るだろう」

「ふむ、魅力的なお言葉ですね」

 

 ネコが相槌をうつが、それは全員の心情を代弁したものだ。なにせ狩人らはセクメーア砂漠に足を踏み入れてこの方、全くもって心休まる時間が取れていない。

 日が昇っている内は、熱が篭る為に金属製の装備品を外さなければならない。今回狩人らの中で生物由来の防具を身に纏っているのはヒシュとネコとノレッジの3人なのだが、それとて全てが生物由来のものではない。ノレッジの『ランポスシリーズ』は内に鎖帷子を着込む形であるし、ヒシュの腕甲『アロイアーム』や腰のベルトも金属部品が多く使用されている。

 結果としてノレッジは鎖帷子を外し、ヒシュは金属の部分を選んで外す。日を避けなければならないため、その上から白染物の外套を被って全身を覆い隠していた。

 だからこそ周囲を警戒しなければならない。ただでさえ不慣れな土地だ。貴重なタンパク源であるアプケロスを引き、防具まで心許ないとなれば、砂漠に住まうモンスターは最大限警戒せざるを得ない状況なのである。

 ノレッジもこの2日、碌に寝る事すらままならなかった。最もこの少女の場合は、その理由に新たな地に対する期待と昂ぶり(・・・)も含まれているという豪胆ぶりではあるのだが。

 休憩時間さえあれば気分的にも違うだろうと、期待を寄せる。心は休まずとも身体は休める事が出来る。身体さえ休まれば、精神的にも楽にはなるのだ。

 期待も今は思考の隅に、語る言葉は喉奥に。

 狩人達は管轄フィールドを目指し、熱砂の上の道なき道を、終始無言で進んだ。

 

 

 

 砂の海は暗く沈み、月が昇り照らす星月夜。

 ダレンとネコとヒシュが眠り、ノレッジが番をする回り。見張り番を担う少女は皆が眠る岩場の上に座り、警戒をしつつ延々と広がって行く景色を眺めていた。

 目の前にあって生物の侵入を阻む果て無き砂原の成り立ちに、ノレッジは想いを馳せる。

 生けとし生けるもの全ては風化し礫と化す。

 礫は年月と風雨に晒され、時として踏み潰されて、粒砂を成す。

 いつしか粒砂は織重なり……この広大な砂漠を成したのだ。

 

「盛者必衰の理、なんとやら……ですかね」

 

 その手に握られているのは、彼女が愛用している重弩『ボーンシューター』。製作には汎用的な素材を使用している為、上位ハンターの使用するそれと比べるとどうしても射出速度と精密さに欠ける獲物。

 少女が狩人として修行を始めて既に数ヶ月。素材は十分に溜まっていたため、アプトノスに積んだ荷の中には、他の真新しい重弩も数を用意してある。だが適応する弾の種類が多く整備の手もかけ易いこの銃を、ノレッジは事の外気に入っていた。

 ―― 何より、想いが篭っている気がしてならないです。

 今回の狩りは厳しいものになる。ジャンボ村を発つ直前、酒に酔ったノレッジは思わず不安と不満を溢していた。その相手は鍛冶おばぁだ。少女はその晩、酔いのままに床に着いた。夜が明けて目覚めたノレッジは驚愕する。起きるなり目に飛び込んできたのは、一際輝く姿となった愛銃だったのだ。おばあが一晩かけてボーンシューターを強化してくれていたらしい。兎にも角にも迷惑をかけた何がしかを悟ったノレッジは、早朝から髪を振り乱して鍜治場に滑り込み土下座を繰り返した。おばぁはそんなノレッジを温和な視線で見やり、この老いぼれが力に成る事が出来るのならば、と言ってくれたのである。

 今はただ、生き残る。それがおばぁに返す事の出来る何よりの恩返しなのだろう。そのための力を、少女は受け取ったのだから。

 

「……楯銃、ボーンシューター」

 

 言葉にあるように、銃身の横には大きな楯が据え付けられていた。それもただの楯ではない。銃全体の重心や防御時の銃身への影響を計算し、射出時の影響をも最低限に抑える職人の一品であった。

 重弩の構造には精密さを要する部分が多く、銃身で攻撃を受けると弾詰まりや銃身の湾曲などが起こり、機能不全の可能性が高まる。また一般的な射手ガンナーは打ち出す弾を身体に積むため、軽装になる必要があった。剣士であれば防御に利用できる部分に、袋や鞄を取り付ける。必然的に防御手段は少なくなり、その防御能力の劣悪さ故、モンスターの一挙手一投足が射手の命を大きく脅かすものと成り得るのである。

 通常の大型モンスターが相手ならば、これらは距離をとる事で解消できるだろう。問題は、群れを成す小型の生物だ。

 防御能力の劣悪さは、小型の生物相手だとて例外ではない。防御すべき部分を間違えれば、生物の持つ無数の牙と爪が狩人を切り刻む結果になるだろう。また、射手が撃つ弾は数が限られている。だからといって、大型の生物に使う強力な弾を狩場に群がる小型の掃討に使う訳にもいかず……ノレッジは散弾と呼ばれる射出時に広範囲に広がる弾種を小型モンスターの掃討用途として使用していた。これは弾の壁を作る事で接近を防ぐのだが、近くに別の狩人が居る時には誤射が起こるため使えないという欠点がある。そしてそもそも、群れに囲まれれば必ずといって良い程隙は生まれる。隙を塗って彼女へと襲い掛かる脅威を防ぐに、おばぁのくれた楯は大いに役立つに違いない。小型であれば銃身への影響も最小限にとどまるからだ。

 狩人としても書士隊員としても未熟なノレッジは、今はただ、彼女への感謝を抱くばかりであった。

 

「……」

 

 しかし、少女の表情が突如歪む。想えば想う程。優しさを感じれば感じる程、心の隅から湧き出す物があった。自らの力の、不確かさである。

 少女はこれまでジャンボ村を拠点とし、密林での狩人修行を続けてきた。状況としてはヒシュとネコ、それにダレンの庇護下にあったと言い換えることが出来るだろう。

 故に、地を変えたセクメーア砂漠での修行こそが本当の初陣となる。ノレッジは、1人で狩猟を行った経験が無いのである。

 勿論ヒシュやネコ、ダレンが着いている今ならば、この点は問題になるまい。ヒシュが遠くから見守る中、実質独力でドスランポスを倒した事もある。

 だが。ノレッジの「不安」は、この先……彼女が砂漠での修行を行う未来に対するものだ。

 

「……あ、あれ? なんで……」

 

 月に照らされた岩肌の上、少女が抱え込んだ顔には2筋の雫が伝う。座り込んだ岩は昼間の熱を既に失い、ノレッジの体温を容赦なく奪っていた。

 ノレッジは16才。成人や狩人として脂の乗る年齢には程遠く、様相には未だ少女としての面持ちを濃く残している。心情とて例外ではない。睡眠不足もたたり、「これから」の不安に押し潰されそうになるのを、他人の目によって何とか抑えている状態であったのだ。

 水分を無駄にすまいと拭うが、涙は止まらない。歪んだ月の明かりがいやに眩しく感じられ ―― 瞬間。

 

「っ、」

 

 見張り番のために気張っていた耳が捉えた、後ろから、からりという石が転げ落ちる音。

 聞き捉えたノレッジは弩を構え、膝を軸にして振り向き様に……引き金を絞るべく指をかけ。

 

「―― あ」

「見張り、交代の時間。……ノレッジ?」

 

 照星の先に居たのは、木製の仮面を被った傾き者であった。

 脱力した腕をそのまま抱きかかえ、ノレッジは安堵する。

 

「なぁんだ。ヒシュさん、ですかぁ」

「……泣いてる?」

「ああ、はい。……そういえば」

 

 指摘によって頬を伝っていた涙の跡に気付く。確かに自分は今しがた泣いていた。拭う事を忘れていたのだ。そもそも予測の通り敵襲だったのであれば、拭う必要はなかったのだが。

 ノレッジは着込んだ外套で目元を擦り、ヒシュに向けて微笑む。

 

「お見苦しい所をお見せして申し訳ありません、お師匠」

「……んー……ん?」

 

 目元を赤くしたノレッジの笑みを見て、ヒシュは数度仮面を傾ぐ。何事かを考える間の後、

 

「うん。……ノレッジ、ちょっと待ってて」

「は、はい。あっ、ヒシュさん?」

 

 たった今昇ってきた岩場を、ヒシュは一足に飛び降りていた。ノレッジが慌てて崖下を覗き込むも、ヒシュは既に近場を離れている。ダレンとネコが眠る岩場の手前、アプケロスの横で鞄を広げ、何やら荷物を探っては篝火の上で手を動かしていた。

 ここで大声を出せば、声を届かせる事は出来るだろう。だが他の生物を集めかねない。砂漠には音に敏感に反応する生物が多く居ると聞いている。迷った末、ノレッジは言葉の通り、岩場の上でヒシュを待つことにした。その間に目元の赤さもとれるだろうとの期待を込めて。

 数分を置いて、ヒシュは再び岩の上へと戻ってくる。その両手に握られた「何か」を指差し、ノレッジは尋ねた。

 

「ヒシュさん、それは?」

「あげる」

 

 差し出されたのは、木製の無骨な椀。その内は黄色い液体で満たされている。どうやらスープの類らしい。これを作っていたのか、と納得すると共に、ノレッジの胸中にはヒシュの料理はどんなものかとの興味も生まれる。

 興味のまま椀の中を覗き込む。するとほのかな甘い香りが鼻腔をくすぐり、忘れていた空腹が刺激された。断りを入れるのも忘れて椀に口をつけ、液体を飲み込む。

 僅かにつけられたとろみが暖かさを逃さない。口に優しく、うっすらと甘さが広がる。喉を通った暖かさが腹の底から広がり、身体全体……ノレッジの指先までをも包み込んでゆく。

 

「……美味しい」

「ん。よいよい」

 

 感想を溢したノレッジに謎の言語での同意を示して、今度こそヒシュは傍へと座り込んだ。自らも手に椀を持ち、食用の硬い黒パンをちぎってはスープに浸して口へと放る。その度覗く口元からは、少なくとも髭は生えていない事が判る。ただし性別などは相変わらず読み取れないのだが。

 ノレッジがそのまま、ヒシュをぼんやり眺めていると。

 

「? ノレッジ、黒パン、欲しい?」

「あ、いえいえお気になさらず。わたしはこのスープだけで十分です」

「そう」

 

 言葉を額面通りに受け取ったのだろう。ヒシュはそのまま、黙々と食事を再開する。

 仮面を見続けるのにも気まずさを感じ、ノレッジは空を見上げた。砂漠の空に雲は少ない。数日前に超えてきた海も今では遥か彼方、地平の先に隠れている。砂漠の空を彩る無数の星々に向かって、抱えた椀から湯気が立ち上っては消えてゆく。白い湯気は明るい紺の空を飾る一部となり、また、解けて消える。

 もう一口、スープに口をつけた。確かに暖かい。思い出してみればこの味に、ノレッジは僅かな覚えがあった。

 

「―― あのう、もしかしてこれ、オオモロコシですか?」

「ん。正解。保存用に全部すり潰してあるから、実は無いけど。……ノレッジはオオモロコシ、知ってる?」

「はい。食べた事もありますよ。まさか砂漠で口にするとは、思いませんでしたが」

 

 ノレッジは大陸の北西端に位置する共和国の首都、リーヴェルの出である。リーヴェルは冬が長く、寒冷で厳しい気候を持つ。オオモロコシやドテカボチャといった寒冷地でも収穫が見込める作物は、ノレッジにとって身近な作物であった。

 ふと懐かしくなって、故郷への想いを馳せる。続いて、もしかしたらヒシュは同じく寒冷な地域の出身なのではないかと思い至った。オオモロコシの事を知っているのも、出身地が似通っているのならば頷ける。

 だがいざ口を開こうとすると、躊躇う。これは聞いても良い事柄なのだろうかと。

 見た所、ヒシュの年齢は良い所が自分と同程度。少なくとも年上という事は無いだろう。狩人として考えればヒシュの身体への筋肉のつき方は並。だが、身長はノレッジとほぼ同じである。ノレッジは女性の中では比較的大きな身体を持つが、皆大柄な狩人の中で考えれば平均以下だ。ヒシュが女性であれば、慎重や体格から考えて自分と同年代。男性であれば別、身長がこれから伸びると仮定し、自分よりも年下であろうという予測である。

 16才で狩人として一線に立つ自分ですら若いのだ。だとすれば、既に狩人として完成されているように見えるヒシュは、相応の理由があって狩人を生業としているのではないか。親類をモンスターに殺され、否応無しに狩人となった……などという悲劇的な事態も考えられる。勿論これは、ノレッジの妄想ではあるのだが。

 暫し思索を伸ばし、どうでも良い事を考えたなとノレッジは頭を振るう。母を真似て伸ばしている長髪が解れ、薄桃の庇が視界を遮った。

 すると、期せずして仮面の側から声が響く。

 

「んんっ、ん。……ジブンの部族では、オオモロコシの近縁種のスープ、よく飲んでた。飲めば、暖まるから。……良かった。ノレッジ、落ち着いた」

「あ ―― ナルホド。有難うございました、ヒシュさん」

 

 涙を流していた自分に気を使ってくれたのだろう。心遣いには素直な感謝を述べ……しかし気になることは、気になる。流れに任せ、ノレッジは思っていた事を口にする。

 

「ヒシュさん、オオモロコシをよく食べる地方の出身なんですか? 寒い所とか」

「んー……生まれた山は、違う。大地が痩せてて……でも、ジブンは、寒い所もけっこう居た。知りたい?」

 

 問う仮面に、ノレッジは思い切り首を縦に振って同意を示す。

 

「ええ。わたしはヒシュさんの事、知りたいです。―― なんせお師匠ですからね」

「そう?」

「そうですよ」

 

 寡黙を常とする仮面の狩人だが、今夜は比較的饒舌な雰囲気がある様に思える。肯定したノレッジを、木製の不気味な仮面、その奥にある双眸が覗く。色味は感じられないが、確かな意思を持つ人間の……透明な眼差し。

 ほんの僅か、瞬きの間の沈黙。ヒシュは砂漠を吹く乾いた風に合わせて仮面を星空へと傾けると、寝付かない子に寝物語を読み聞かせるかの如く、ぽつぽつと話しを始めた。

 

「―― それじゃあ少し、ジブンの話、する。ジブン実は、生まれはこの大陸のほう」

 

「ええっ、そうなんですか?」

 

「うん。ゲンミツには、大陸南洋の沖の島。だけどあんまり、変わらない。……親の顔は、覚えてない。気が付いたら、『部族』の中にいたから」

 

「……」

 

「母なる山の、真ん中辺りに村があった。部族の子供、歩けるようになったら弓と刃物を握る。ジブン、山を巡って鹿(ケルビ)山猪(ファンゴ)を狩るのが仕事だった」

 

「うわ、きついですね。子供に任せる仕事じゃあないですよ、それは」

 

「うん。でも、ジブンはそれしか知らなかったから。……粗末だったけど、ジブンで防具を作って、ジブンで道具を工夫して。物心ついた時には、狩人だった」

 

「ナルホド。ヒシュさんの防具と武器に関する知識は、その頃から磨かれてたんですね」

 

「ん、まぁ、そんな感じ。……部族を守る為、もっと大きなものを狩らなきゃいけない事もあった。狩人になって数年経った時、集落の近くに居て森を荒らす、リオレイアの狩猟を命じられた。部族で仲の良かった狩の友を連れ立って……三日三晩かけて、リオレイア、狩った」

 

「あの『陸の女王』をですかっ!?」

 

「そう。……リオレイアが牙の並ぶ口を開けるたび、火を噴くたび、尻尾を振り回すたび ―― 何回も、死んだと思った。でも、仲間と協力して。罠とか毒とか、使える全部を使って。死にものぐるいで噛り付いて、なんとか狩れた。……それが、ジブンの転機。ジブン、リオレイアと向き合って、狩りを知ったから。その後も狩りを続けて、いつの間にか、部族で1番の狩人になってた。そしたらある日、王様に言われた。オマエには狩猟の才がある、って」

 

「そりゃあそうですよね。子供がリオレイアを狩っちゃったんですから。リーヴェルだったら英雄並の大騒ぎですよ。なにせリオレイアをみた事がない人すら山の如くいますからね」

 

「そなの? ……あ、それで。ジブン、お許しを貰って、成人前だけど部族を抜けて ―― ある人に着いて旅に出た。狩人になって、いっぱいの街を回った。この世界を、見て、知った」

 

「……」

 

「世界にはジブンなんかより凄い狩人、もっと、もぉっといっぱい居た。ジブン、その人達に狩人として弟子入りしてた。いっぱいの人から、いっぱいの事を教わった。剣の型も、狩猟道具も、調合も、いっぱい覚えた。狩り、もっと上手くできる様になった」

 

「すごいですね……あ、その時の狩りの記録は残っていないんですかね?」

 

「んー……分からない。ジブン、ジブンが弟子入りした書士隊の人の、付き添いっていう立場だった。こっちの大陸に居た時は、ギルドにも登録してなかったし。狩人としての立場はあっても、ギルドには貢献してない。多分、詳細な記録はないと思う」

 

「そうなんですか。あ、すいませんでした。続けてください」

 

「ん。……その内、別の大陸から『ジブンに』っていう依頼が来るようになった。狩人の間では、有名になっていたみたいで。それでジブン、別の大陸を拠点にした。そこでも依頼を受けて、モンスターを狩った。ジブンにっていう依頼、難しい狩猟ばっかりだった」

 

「……」

 

「けど、何とか生き残れた。必死に狩っていたら、地位が出来た。地位が出来て、指名の依頼が増えて、もっともっと沢山のモンスターと出遭って。失敗も山程あったけれど、それよりもっと沢山のモンスターと世界を知れた」

 

「……」

 

「ジョンと風ぐるまを作った。シャルルと喧嘩した。ロンと字の勉強をした。ペルセイズに笑われた。ハイランドに無言で怒られた。フェン爺さんに剣術を教わった。ギルナーシェに無視された。グントラムと毎日の様に強い酒を飲んだ。リンドヴルムと一緒に、狩りをした。

 泥塗れになった時、右腕の骨が折れた時、捕獲しようとして討伐してしまった時。誰かに期待されて狩りに向かって、成功して、誰かが喜んでくれた時。師匠や他の狩人と一緒に狩りをした時、ネコと2人で狩りをした時、1人で獲物に挑んだ時。初めて剣を握った時、防具をあれこれ考えた時、双剣の練習をした時。初めてリオレイアと戦って ―― 初めて、モンスターの魂を感じた時。

 ジブンが大好きと思う時間って、狩りの事ばっかり。でもその全部が大事で、大好きで。……だからジブンはまだ、タブン、狩人としてしか生きてない。この大陸に来たのだって、そう。ジブンはそのまま、変われていない。依頼を受けて未知(アンノウン)を狩るっていうの、あんまり大事に思ってないみたい。ジブンが狩りたいから、が1番おっきな理由」

 

「……でも……それって」

 

「んぬ。きっとこれ、似てる。ノレッジがあの未知(アンノウン)を知りたいって思うのと、ジブンが狩りたいって思うの。―― なんとなくだけど」

 

 ここまでを語って首を傾げるヒシュを、ノレッジはどこか響く心持で見やる。

 ―― そうだ。語っているヒシュの言葉を聞いていて、自分も同じ様に感じていたのだから。

 

「……はい。わたしも何となく、そんな気がしています」

「だから、ノレッジ。ジブンはノレッジを、応援してる。……月並みだけど、頑張れ」

「あえ? ……あ、はい。……ありがとう、ございます」

 

 微かに感じた違和感。だがそれも直ぐに消え去った。目の前に居るのはいつもの通り、表情の読めない仮面の狩人だけだ。

 それでも、と思う。この昔話の間に得た、確かな収穫がある。

 ヒシュが狩人としてどの様な人生を歩んできたかという事。ヒシュはきっと、自分を変えたいと思っているという事。ヒシュも普通の人と同じく、多くの挫折と困難を経験してきたという事。

 そして何より。この、仮面の狩人は ――

 ノレッジは力を入れ、勢いそのままに立ち上がった。朗々とした声に想いを込める。

 

「わたし、判った気がします。……有難うございます。わたしも、ヒシュさんみたいに、全部をひっくるめて『自分が狩りたいから』って言える狩人になってみたいと思うのです。わたし自身が、この世界を視る為に」

「……んー……ん? ……そうかも、知れない」

 

 自分でも判っていなかったのか、とノレッジは笑う。つられたヒシュも仮面の内では笑みを浮べて。

 粗末な布を継ぎ合わせた外套が風に揺れる。目前に広がる黒い砂原に、いつもの楽しさを思い出す。

 青い月に照らされた少女の笑み。

 感じていた行く先への不安の幾分かは、いつしか、希望と嬉しさに据え代わっていた。

 




 平然と他の方からいただいた情報を使うとかっ
(はい、アプケロス云々の事です! 申し訳なくっ!!)

 それは兎も角、物語は1章の「転機」に向かう砂漠編。多くの主人公は砂漠で大切なものを見つけますが……タイサノセンジョウヲケガシテシマッタッッ(何 
 さておき、という事は。1部の(裏)主人公がお目見えでして。

 はい。

 ノレッジ・フォール女史です!

 ええ。残念ながらダレンさんではないのです。オジサン趣味のお方には大変申し訳ない。私はオジサン大好きですので、オジサン分は後々に回収する予定がございます。というかダレンは、意外と若いです。隊長職としては異例の若さという感じで。
 ……はい。ライトスに上司面とか言われる程度には見た目も老けてはいるのですが(ぉぃ
 さて。
 3部全編を通しての主人公は仮面のヤツなのですが、1部は彼女が大筋の中心として話が纏められます。モンスターハンターの醍醐味。そして伸びしろを考えると……と。
 彼女を主軸においてどうなるのかは、今後の展開をお楽しみにしていただければ幸せです。いえ、大体大筋は既に作中に書いてあるので、判る方も多いかとは思うのですが。

 ヒシュについて。
 ちょっとずつ情報を開示しております。今の段階でも、ヒシュの言う部族については想像つく方も多いかとは思うのですが……云々かんぬん。
 その辺の話は(期間的には兎も角、構成的には)そう遠くない辺りで話される予定です。

 モロコシについて。
 モロコシ、寒冷地で育つの? とか思った方も多いかと思います。私もそうでした。
 ……ですがオオモロコシ、フラヒヤ山脈のお膝元・ポッケ村で育っちゃってるんですよね……
 そもそもは、比較的痩せた土地でも育ちやすいという利点はあるかと。なのでオオモロコシは寒冷地で育ちます、と、力説はしないまでも一応の言い訳をばしておきたく思います次第。

 砂漠について。
 見て分かる方もいらっしゃるかも知れませんが、私は砂漠が大好きなのです。そのため、描写には色々と力が入っております。
 モンスターハンター世界の描写にもあるように、義務教育でも習うように、砂砂漠というのは範囲が少ないです。砂漠の大半は(つぶて)……小石と岩と瓦礫の世界となります。
 考えるに、ゲームにおける「新旧砂漠」のフィールド辺りは、
「砂砂漠が多い→砂竜が多く生息している」
「岩場がある→ゲネポス等が繁殖しやすい」
「洞窟→ガノトトス in 地底湖。水場の存在」
「サボテンなどの植生→奴等の食事」
 といったものが整っている、まさに至れり尽くせりの環境なのですよね。
 奴等は兎も角、これは縄張り争い、激しそうですよね……いえ。だからこそ獲物が、ひいては狩人が群がるのでしょうけれども。

 では、では。
 そんな砂漠にて、暫くのお話は展開されます。
 ノレッジ少女の奮闘ぶりを楽しんでいただけるのならば、これ幸い。

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