モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

14 / 58
第十三話 渇きの海

 

「―― それじゃあ、おばぁちゃん。わたし、頑張ってきますから!」

 

「ほっ、元気でいいね。行ってきい、ノレッジ。でも気ぃつけ、セクメーア砂漠は大変だよ」

 

「大丈夫です、きっと。おばぁちゃんのくれたこの弩がありますし!」

 

「ほっ、喜んでくれて何よりだ。でもね。あくまでそれは一手段で……」

 

「……あっ、先輩が呼んでます! それじゃあまたね、おばあちゃん!」

 

「あれまぁ、行っちゃった。……この村の狩人は、どこんトコよりも若い。けど、どの子も良い子だよ。あの子等は村の為なんて大層な事を言うけれど、ワシみたいな年寄りとしちゃあ、元気で帰って来てくれさえすればそれで良いんだけれどねぇ」

 

 

 

■□■□■□■

 

 

 

「ふわーぁ、と、と。……やっぱり頭がぐらぐらします」

 

 港を飾る敷石の感覚を足の裏で堪能しながら、ノレッジは身体と胸を反らす。その身体は言葉の通り、意図せず左右にゆらゆらと揺れていた。

 南エルデ地方の半島を経由し、5日目。久方振りの地面の感覚だ。平衡感覚を保とうとすると自然と身体が流れてしまうが、仕方が無い。今までノレッジは王都周辺のフィールドしか調査に加わった経験がなかった。今回初めての航海を終えたばかりなのだ。この感覚を直すには、まだ時間が必要であろう。

 捻ったり屈伸したり。身体の所有権を取り戻すべく奮闘しながら、ノレッジはこの時間を有効活用しようと思い至る。強い日差しに手を翳し、辺りへと視線を巡らせた。

 

「……おおー」

 

 初めて見る村の景観に意図せずして感嘆の息が漏れる。一行を乗せてジャンボ村を出港した船は西へと向かい、港に面した砂漠のオアシス ―― レクサーラに到着していた。

 ヒシュらが持つ頑丈で高性能な船。更には同じ航路を航海した経験があるヒシュとネコが居たからこそ、5日という比較的短期の航海で済んでいた。人員が多くなっているためにより慎重な物資選択と航路取りが求められたが、危惧していた嵐や海竜との遭遇もなかったため、全体を振り返れば順調な航海だったと言えよう。

 砂漠の強い日差しを避けるため、オアシスを行き交う人々は一様に明るい色の衣類に身を包んでいる。生まれてこの方寒冷なシュレイド地方ばかりを見てきたノレッジにとって、頭を布で被る工夫ひとつをとっても異国の趣が現れていると感じられた。

 人々やアイルー達は港に停泊する商船や漁船から本日の商いに並べる品を担いでは順に運び出し、太陽が顔を覗かせたばかりの村を行く。その顔には何れも、海に生きる者ならではの陽気さと活力とが満ちている。ジャンボ村は密林に囲まれている故開墾した土地を利用した農業は盛んだが、港は未だ整備の最中にある。周囲に河川と海はあるものの、拡張がされていない。村在中の船が存在しないからだ。現在も親方と呼ばれる人物が指揮を採り大型船の建造に取り組んではいるものの、そちらは不足した素材を待たなければならない。

 だからこそ、狩人らは遠征に発っている。

 ジャンボ村周辺で脅威と成るであろう大型モンスターの殆どは、先日の盾蟹の狩猟で片がついていた。幅を利かせていた大型モンスターが居なくなった密林に、小型走竜が沸くとの予想はつくものの、それは近辺の村に常駐する狩人達に要請を行えば事足りる。降って沸いた遠征の機会は、無駄にするべきではないとの判断であった。村を離れられるこの機を狙い、大型船建造の為の素材を工面したかった村長の意を汲んで、ライトスは素材収集の為の依頼を「一歩目」として選んだのだ。―― だからこそ、狩人らは遠征に発っている。

 レクサーラを覆う空には雲が少なく、海側ならまだしも、中央部に進めば季節を通して乾燥した気候に終始する。そして一同が狙う目的(えもの)は、人間の生き難いこの環境をこそ住処とする。

 

「ん、ん」

「物珍しそうだな、ヒシュ。……私もレクサーラを訪れるのは初めてだが」

「砂漠はいっぱい、みたことある。でもやっぱり、村は色々違うから」

「我が主はこちらの大陸に来てこの方、ジャンボ村周辺しか見たことがありませんからね。実際珍しいのですよ。ロックラックは海には面していませんし、主要な乗り物は飛行船でした。ここレクサーラは港村です。人も物も大きく違いますからね」

 

 ロックラックであれば、停泊しているのは砂帆船か飛行艇か気球であろう。だがここレクサーラには潮の香りが漂い、蒼い海の上を帆船が揺れている。砂地特有の色見のなさは同様だが、そこに海を行く者達が闊歩するだけで、村の雰囲気は大きく違って見えた。

 ダレン達は現在、忙しなく辺りを見回すヒシュに苦笑いしながら村の中央部へと足を向けている。レクサーラから脚を借り、ハンターズギルドを介してセクメーア砂漠へと向かう為だ。

 四分儀商会からの依頼としてライトスが提示した、その手始め。

 『砂原を泳ぐ竜』―― ドスガレオスの狩猟。

 先に挙げた様に、この依頼には砂漠の流通路を確保するというライトス達行商の思惑の他、巨大な砂竜の骨を船のメインマストとして使いたいという村の意向が存在する。ヒシュとしても村の為になり、かつ未開の地での狩猟とあれば、断る理由は見付からなかった。

 ただし。「その先」は、別である。

 

「でも、この狩りで先輩ともお師匠ともネコ師匠とも暫しのお別れですか。……いやぁやっぱり、心細いです」

「んー。ほんとはジブン、ノレッジについて居られればいいんだけど」

「いいえ、それは仕方がありませんよ。砂漠を訪れる機会なんてそうそうなかったですからね。お師匠方はジャンボ村でやるべき事があるでしょう? わたしはここで、勉強したいと思っていましたから!」

 

 ジャンボ村のそれよりも幾分か以上に乾燥した強い日差しに照らされながら、ノレッジは笑みを咲かせる。

 ライトスが提示した依頼とは別に、ヒシュとネコはジャンボ村で。ダレンはドンドルマにおいて王立古生物書士隊としてこなすべき仕事が、それぞれ出来ていた。つまりドスガレオスの狩猟を終えた後、一行は別々に行動する予定となったのである。

 ダレンの仕事は隊長職としてのそれであり、また断り辛い理由や別の目的も存在するために席を外せなかった。ヒシュとしても、幾ら大型モンスターの狩猟に片をつけたからといって、ジャンボ村専属の狩人が長い間離れるにはいかない。短期間であれば自由契約のハンターを雇うか、ギルドを通じて狩猟依頼を出せば凌ぐ事が出来る。しかしいずれにせよ巨額の資金がかかってしまうのだ。新興の村であり資金が潤沢とはいえないジャンボ村において、その様な事態は避けなければならなかった。

 だからこそ、砂竜の狩猟さえ終えれば、ヒシュとネコはジャンボ村へと帰りライトスの依頼を継続する。ダレンは書士隊長としてドンドルマに向かう。

 そして。

 

「―― わたしは上手くやれるでしょうか?」

「なに、此方にも狩人は居るのだ。彼らと共に油断せずあたれば、生き残るのは難しくないだろう」

「ダレン殿の仰る通りかと。それにわたくしはノレッジ女史の射手としての実力の程も、一般的な狩人と比べて遜色はなくなったと思いますので。思い切りと目の良さは天性のものだと感じますし。……ふむ。どう思われますか、我が主?」

「ん。立ち回りとか野営とか食料確保とか、一通りの事は教えた。砂漠に住むモンスターの情報は、ジャンボ村に居る内にジブンとあらった(・・・・)。重弩の使い方は、そもそもジブン、教えることはなかった。タブン、だいじょぶ」

 

 ヒシュに負けず劣らず視線を巡らしていた少女、ノレッジ・フォール。ダレンとヒシュが各々の働きをする間、彼女は暫くレクサーラに逗留し、狩人としての経験を積む算段となった。

 繁殖期の内に密林周辺で重ねられた狩猟を経て、ノレッジの防具は『ランポスシリーズ』へと一新されている。首元から腰までを丁寧に継ぎ合わせた青い皮と鱗によって覆われ、重弩を操るために足元は鉱石製の脚甲によって自重を持たせる。結果として得られる足元の安定は、ノレッジの華奢な身体でへビィボウガンを撃つのに役立っていた。左肩にも鉱石を使用しているが、これは着脱式の腕甲を狩猟時に着ける為である。

 ランポスシリーズは駆け出しから一歩を踏み出した狩人がよくよく選ぶ装備だ。素材となるランポスとドスランポスは、比較的危険度は少ないが「狩猟の需要」のある獲物。そのため、狩猟の依頼も出され易いために、作成するにも修理するにも素材が集まり易いのである。

 一目で狩人とわかるこの装備を、ノレッジは隙あらばと身に着ける程に気に入っていた。自分が苦労して狩猟したランポスの素材を身につけるというらしさ(・・・)も一因だが、先までの皮鎧ではなく「狩人でしか在り得ない」装備を身に着けられる事を、彼女はとても嬉しく感じていたのだ。

 ダレンもヒシュもネコも、それぞれにやらなければならない事がある。彼女にはヒシュとジャンボ村で共に狩猟を続けるという選択肢もあったであろう。だが気付けば、別の地で修行をしてみるというヒシュの提案した選択肢に、少女は喜々として飛びついていた。

 

 ―― 自然が猛威を振るう砂漠の地。厳しい狩猟環境と屈強な生物が待っているに違いない。

 

 だから、だからこそ。ヒシュとネコ……そしてダレンという大きな後ろ盾に「頼っている」気がしてならなかったノレッジは、レクサーラでの修行を選んだ。砂漠に1人残るという冒険は、彼女なりの決意の現われでもあるのだ。

 潮風が鼻腔をくすぐり、吹いた先に少女の行く道を指し示す。

 

「……むー……皆さま方に揃ってそう言われると、何だか出来る気がしてきますね。やってやれない事はない、ですね! ……それでは早速行きましょう、先輩! お師匠! ネコ師匠!」

 

 腕を振り、村の中央部に向かって、ノレッジは嬉々とした脚運びで駆けて行く。

 過酷な試練を前に最も不安を感じているであろう、ノレッジ本人が笑っているのだ。その上司にあたるダレンは勿論の事、師匠の立場にあるヒシュやネコも尻込みする訳にはいくまい。

 異国の地 ―― 港の中を、薄桃の長い髪とおさげを揺らして少女は歩く。その後ろに、笑みを浮かべる狩人達が続いた。

 

 

 

 村の中央部に近付くに連れて、段々と鎧を身に纏う人々が多くなる。その何れもが狩人だ。

 レクサーラは、大陸の通商の中心部「ジォ・ワンドレオ」を南下した位置にある、河口の村だ。ジォ・ワンドレオが商人や技術屋の多く集まる街であるように、砂漠フィールドへの玄関口を果たすレクサーラは、自然と狩人が集まる立地なのである。

 老若男女様々の狩人の人波。その流れに沿って暫くを歩いていると、周囲よりも一段高い建物に突き当たる。地図を覗いていたダレンが顔を上げた。

 

「どうやらあれがギルドの『集会所』らしい」

 

 狩人達が一様に入口へと吸い込まれてゆく様をみながらダレンが指差した建物……集会酒場。

 街を貫く3筋の河 ―― その一本に併設されたこの酒場は、内に狩人の集会所を設けられていた。上には大きな橋が架かり、その上をアプケロスの竜車を引く人々が大勢行き交って。

 目下入口には『酒場』と書かれた旗が掲げられ、砂漠を吹く風にはためいている。

 

「あー、見た目といい煩雑さといい、実に集会所っぽいですねぇ。わたしが知ってるのはミナガルデとドンドルマ、それも外観と概容だけではありますが」

 

 どこか投げやりにも感じるのんびりとした口調で語るノレッジに、ネコは緋に染められた外套を揺らし、髭を動かし酒場を見上げつつの疑問を口にする。首を傾げると飾り鈴がりぃんと鳴った。

 

「……ふむ? わたくしは詳しくないのですが、集会所はこうも酒場に併設されるものでしたか。知る限りではロックラックや、ジォ・ワンドレオもこの様な体裁をとっていたと思うのですが」

「ネコはアイルー族だし、向こうの大陸でもジブンとの放浪が長かったから。集会所という形をとって、ギルドの支部を置くのなら、こういうのが多い」

「何分狩人は大食らいだろう。当初は待合で食事を取れるようにしていただけだったのだが、何時しかそれは酒場となり、狩人の溜り場と酒場は同義になってしまった……と、古い友人に聞いた事があるな」

 

 ヒシュが簡潔に答え、ダレンが成り立ちを添えて。言う間にも入口の扉を潜り、中へと足を踏み入れる。

 

「―― ふわぁ……」

 

 彼女は外観こそ知っていれど、酒場に足を踏み入れる機会は殆どなかった。だから扉を潜ったその瞬間、ノレッジは酒場の持つ独特の雰囲気に圧倒される。

 ―― 正しく、狩人の為の『集会場』。

 建物に入り真っ先に感じるのは、人々が織り成す喧騒。次に早朝ならではの食事の臭気が空腹を刺激し、年季を感じさせる石造りの伽藍の美しさと無骨さが視界を満たす。両手に食べ物を持った給仕が絶え間なく行き来し、すり鉢状に低くなった酒場の中央部へと走る。中央に置かれた卓では大勢の狩人達が食事を取っており、誰もが旺盛な食欲を持って胃に食べ物を詰め込んでいる。ふと視線を奥へと向ければ別の入口があり、耳を澄ませば喧騒に混じって金床を叩く音が聞き取れた。どうやら工房も併設されているらしい。河川を横に置いたのはこういった理由もあるのだろうか。合理を突き詰める竜人らしい作りだ、と、ヒシュは元来のものである適当な興味を巡らせた。

 ヒシュは頭と仮面を振って興味を断ち切り、思考を再開する。酒場を目指したその目的を、果たさねばならないからだ。

 

「ん。ダレン。依頼(クエスト)窓口(カウンター)、どこ? 判る?」

「む、ああ。……あれだな」

 

 ダレンが向けた視線の先。悠々と水が流れる河川を一望できる展望席の脇に台場があり、白色と青の色鮮やかなギルド制服を着た女性が立っていた。

 3人と1匹は円形になった酒場の淵を沿うように歩き、カウンターを目指す。一行を目に止めたギルドの受付を勤める女性陣は、3人の内2人が揃って満面の笑みを浮かべた。最も端に立っている褐色肌の女性が手を挙げ、陽気な口調で。

 

「はいはぁい! ハンターの方々、いらっしゃいませ! 狩りの依頼をご所望で? もし食事なら、向こうのカウンターを利用してくださいね!」

「食事も魅力的な申し出だが……まずは依頼の確認をしたくてな」

「はいはい、依頼の確認ですね! えーっと、フリーの依頼ですか? それとも指名での依頼ですか?」

「指名を貰っている筈だな。名義は四分儀商会、指定はダレン・ディーノ」

「四分儀商会、っと。妹様、検索お願いしますー」

「はいはい了解しましたよ姉様ー」

 

 隣の妹と思われる受付嬢が促され、掲示板に張られた依頼書を捲り始める。最初に対応した姉と思われる受付嬢は、再びダレンらの方向を振り向いた。

 

「少々お待ちください。……それにしても、態々遠くからの御足労、有難うございますです!」

「……いや、私達は確かに遠くから来たが……見た目だけで判断できるものなのか?」

「ええ。アナタの装備はよくあるハンターシリーズなのでちょっと判らないですが、その仮面を被った人のケルビ皮のレザー装備も、そこの女の子のランポス装備も、密林や森丘辺りを居とするハンターさん達がよく身につけているもの。どちらもこのレクサーラ……色の少ない砂漠地帯には似つかわしくない、色鮮やかな装備ですからね。判りますよ」

「流石だな。ギルドガールズは優秀だと、改めて実感できる」

「お褒めいただき恐悦至極~。うふふぅ、受付は伊達じゃあないのです」

 

 胸を反らしながら張る受付嬢の口上に、ダレンが相槌を打つ。依頼を探す間を取り持ってくれている受付嬢の話題は実に多彩なもので、ダレンらの装備の話題から始まり、レクサーラで有名な狩人の話題。セクメーア砂漠の気候の話から、今年の狩猟目標の傾向にまで話題は及ぶ。

 姉が今年の作物の取れ高について語り始めた所で、奥で掲示板を捲っていた妹が1枚の紙を掲げて振り回した。

 

「姉さまぁ、これだよぉ。四分儀商会さんご依頼で、ダレン・ディーノさんご指名の依頼、『砂原を泳ぐ竜』ぅ」

「あらま、ドスガレオスの狩猟ですか。温暖期を目前に控えたこの時期は、活動が活発になりますからねー。ありがとう妹様ー。……あ、契約は皆さん4名で宜しいので?」

「ああ」

「お名前を書かせて頂きたいので、ハンターカードをお預かりさせてもらっても宜しいですかー」

「判った」

 

 紙を受け取った姉が差し出されたハンターカードを順に見ながら名前を書き込んでいく。ダレンとノレッジの名前を書き、幾分か小さなアイルー族のオトモカードを受け取ってネコの名を記入し。しかし最後の名を記入しようとした所で、その筆がピタリと止まった。

 

「―― あれ? あの、この文字は何方(どなた)のものですか?」

「ん。それ、ジブン」

 

 ヒシュが仮面ごと傾ぐ。受付嬢はああそうなのですかと続け、申し訳ないといった顔になる。

 

「すいません、ギルドの指定に含まれていない言語のようです。わたくしが書き直しをさせていただきますので、お名前を復唱して頂いても?」

「……えっと、ヒシュ」

「ヒシュさんですね、素敵な響きです。……はい、依頼の契約が完了しました! 勿論、契約と受諾とは別ですので、後日受諾に来てくださって一向に構いませんよ! 温暖期になると砂漠は封鎖されますが、まだ温暖期が来るまで一ヶ月はあります。温暖期になってもすぐに気温が上がる訳ではないので、それまでは出入りできます。いずれにせよ狩猟までに間が空くと、依頼者が困ったり、出向中に依頼を取り下げてしまってタダ働きになってしまったりといった実例がありますので、出来るなら早めに受諾をして下さいねっ!」

「ああ。気遣いはありがたいが、明日にでもまた来る予定でな。期限に関する心配は杞憂だろう。―― では、失礼する」

 

「「はいはぁい! またのお越しをーッ!」」

 

 ダレンが先頭に立ってカウンターを離れる。姉妹が手を振って元気に見送り、奥に座ったままのもう1人が机で事務仕事をしたまま目線だけを向けて礼をする。立場が上なのだろうか。それとも、そもそも受付嬢ではないのだろうか。そんな事を考えながら、ダレンは酒場の出入り口を外へと潜った。

 朝も早い。外はまだ、人が大勢行き交っている。ダレンらはレクサーラで準備を整えて一夜を明かし、明日早朝には街を出る予定だ。泊まる宿を探すには ―― 宿を出た人々の流れを逆らうか、もしくは手っ取り早く誰かに聞くのが確実であろう。

 

「ノレッジ・フォール。ヒシュ、ネコ。私は宿を探す。2時間後にこの酒場の入口に集合するとして……今は自由行動にすることを提案したいのだが」

「……ダレン殿。あのう、僭越ながらに進言をばさせていただきますが……宿を探してから自由行動でも良いのでは?」

 

 ネコが戸惑いながら指した疑問を、ダレンはネコの後ろに居る「少女ら」を指し示して返答とした。

 

「それを見れば、自ずと判るだろう?」

「ああ……成程」

 

「ヒシュさんヒシュさんっ、あれはなんでしょうっ!! 両手に棍を持ってますよっ!!」

「……きっと、新しい武器。ここはジォ・ワンドレオとの結びつきが強いから、ああいう研究も盛んみたい。それよりジブン、あの黒パンが気になる」

「うわぁぁ、綺麗なサンドイッチですね! お、お金はありましたでしょうかっ」

 

 ダレンとネコは揃って思う。今の2人を連れて宿に向かっては、道中寄り道ばかりで進みやしないのだろうと。これは確信ですらある。

 ネコは仮面を期待に輝かす主へと、ダレンは自らの部下へと。何度も集合時間を確認して、放任主義を決め込んだ。買出しに行かなければならないのだ。

 2時間の間に興味を満たしてくれる事を、ただただ祈るばかりであった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。