モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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第十二話 試金石、狩人が為の

 

 季節は巡り、変わり目を迎えようとしていた。大陸の東南 ―― ジャンボ村に住む人々も、陽がなければ僅かな冷え込みを感じ始める頃。畑を耕すものは作物の収穫に追われ、漁を生業とするものは時期の産物を捕る事に躍起になっていた。

 人に限った事柄ではない。住まう生物もまた、厳寒期に備えて動きを活発にする。だが、だからこそ「狩人」の役割が増える季節でもある。

 この村の狩人らは、繁殖期を迎えてから6度目の遠征に発っていた。

 人々が動き出すよりも僅かに早いか。太陽が顔を覗かせる時間は段々と少なくなり、未だ薄暗い早朝。体格の良い男……大陸最大級の商会「四分儀商会」の一隊を任される人物である……ライトスが、村中央に在る広場、その掲示板の前に立っていた。ライトスは目前の荘厳な雰囲気を持つ人物に向けて、大仰な素振りで髪をかき回す。

 

「あー、だから言ってんじゃねぇか。この村には今、狩人達が居んだよ。判んだろ? 回復薬と弾薬。狩りの用品と、それに燃石炭を工面してくれりゃあ、この村はもっと大きくなる。村当初からのお得意になっちまえば、そらぁ俺らの大きな利益になるだろうが!!」

 

「それではやはり、博打である事に変わりは無い」

 

 互いに大柄な男。その片方、ライトスが声を荒げて叫びあう様は、意図せずとも周囲の注目を集めていた。

 叫ぶ言葉にあるように、回復薬や弾薬などの用材の仕入れは狩人の支援になる。燃石炭は村の工房で使用され、武器と防具とが作られる。そして狩人の充実は即ち、この村の発展に寄与することを意味するのである。

 数は少ないが足を止め自分たちを見る村人に気付いたライトスは咳き込み、声量を減らして、仕切り直す。

 

「……あー……悪ぃ、『常務』。アンタが俺をかってくれたおかげで今の俺があることは、ありがたく思ってる。恩義はある。けどな。だからこそ、だ。自分の為にも家族の為にも、俺は利益を逃すつもりはねぇ」

 

 頭を下げつつも上げた眼差しその内に、確かな熱を込めていた。引かない姿勢を見せるライトスに、「常務」と呼ばれた男が視線を注ぐ。

 

「村に入れ込んだ、と言う訳でもない。ライトスと言う男は誰彼に唆される人物ではないと、私が知っている」

 

「だったらよ!」

 

「―― 詰まる所、商会の重役達は先物が嫌いなのだよ。ライトス」

 

 白髭を弄る「常務」の表情は揺らがなかった。熱量に圧されぬ壮年の男は、淡々と語る。

 

「只の先物であればまだ良い。試験的に流通させる事で様子を見ることが出来ただろう。だが、村に金を回すというのは、それだけではないのだ」

 

「……判ってるよ、そんくらいはな」

 

 思わず歪みそうになる表情を押し込めながら、ライトスは言い包める為の方法を手繰る。これはライトスの仕切る一隊を左右する会談なのだ。必死になるのは当然と言える。

 

(仕方ねぇな。初っ端だが、おためごかしは効きゃあしねぇんだ。思い切って切り札をきるか)

 

 心中で決め込んだライトスは一度深呼吸をし、外套の内側にぶら下げたお守り代わりの宝石(セクメーアパール)をかつかつと指で弾いた。思考を纏め上げると、再び「常務」へと向き合う。

 

「なぁ、『常務』。どうだい。まずはこの村の『狩人に』投資してくれねぇか」

 

「成る程、良案だ。それならば間接的に支援を行う事が出来る」

 

 思索と決断の末に出したライトスの切り札。しかし「常務」は殆ど間をおかずに切り返した。白髪髭を指ですきながら暫く視線を彷徨わせ、

 

「判った。狩人に依頼をする、というのならばよくある事だ。足掛けにだが、四分儀商会……引いてお前名義での依頼を、私が許可しよう。……して狩人の実力はどうだ」

 

「ああ。繁殖期に入ってから、ドスランポス、ゲリョス、こないだはイャンクックにドスゲネポスも。今は盾蟹……あー、ダイミョウザザミを狩りに行ってる」

 

「ほう? 既にどこかと契約している狩人ではなく、猟団の構成員でもなく。この新興の村に腰を据える、専任の狩人がか」

 

「ああ。だからこそ、それなりの依頼を用意しようとは思ってんだがな」

 

 告げた言葉とその内容に、男は素直な関心を示す。対して悪ガキの様な、企む笑顔を浮べてライトスは語る。

 狩った獲物として挙げたモンスター達は、何れも中型から大型のものだ。特に盾蟹 ―― ダイミョウザザミと呼ばれた生物は最も大きく、全高は7メートル近くにも達することがあると言う。甲殻種に属する生物で、節を持つ8本の脚と巨大な鋏を持ち、背には巨大モンスターの頭蓋を背負う。

 この大物が密林に出現したと聞き、ヒシュ達が強行に準備を進めてジャンボ村を旅立ったのが7日前だ。交戦は勿論の事、本日にも結果を出して村に帰ってきてもおかしくはない。と、ライトスは知らず期待を寄せていた。

 本来その様な大型のモンスターは、ギルドや猟団に属していない……走り出しの狩人であれば相当な苦労の末に狩猟を行う標的だ。最後のダイミョウザザミについてはまだ結果が出ていないものの、悉くをこの繁殖期の内に狩猟したとあれば、村が勢い付いているという証明にもなろう。

 ライトスのこの笑みを見た「常務」は憚らず口元を綻ばせた。先とは異なる、感情の乗った声で。

 

「ふ。それで本当の所はどうだ、ライトス」

 

「……いいのか? おっちゃん(・・・・・)

 

 怪訝な表情をするライトスを目に止めながら、男は破顔する。

 

「商売ごとに関するお前の嗅覚は知っている。遠慮は要らない。なんなら酒を用意させようか」

 

「そいつぁ魅力的な提案だ。けど朝っぱらから酒は、なぁ? 今じゃ俺も一団の頭。家族の連中に示しがつかねぇだろ」

 

「違いない」

 

 男同士は身体を反らし、豪快に笑い合う。一頻り笑い合ったかと思うと、ライトスは途端に様相を変えた。目の前に居るのが彼にとって馴染みの深い「おっちゃん」である以上、既に、遠慮をする必要はない。格好を大きく崩し、口の端を釣り上げた。

 

「確かにこいつぁ大きな商談だけどよ。ぶっちゃけると、俺ぁ失敗を疑っちゃあいないんだ」

 

「ほう。その根拠は?」

 

「勘。狩人の腕。ダチの存在。竜人族の村長の手腕。でもって、この村の立地の良さだな」

 

 腕を広げ、村を囲むように流れる河川を指差す。口調には一切の淀みがなく、明朗で快活。

 

「あちこちの狩場を渡る狩人連中にとって、移動手段は命綱だ。このジャンボ村はドンドルマと同じ大陸中央部にありながら、主要な狩場との直線距離はより短い。隣接した密林は元より、海路を利用してのラティオ活火山やセクメーア砂漠、陸路ではフラヒヤ山脈まで交流を密に持てると来た。ハンターを中心とした街造りもそうだが、それ以上に、この場所を開墾した村長は大正解だと思うぜ」

 

「まるで第二のドンドルマだな」

 

「そのドンドルマとも遠くねぇからなぁ」

 

 この村の未来と、何よりその先に待つ利益を思い、根っからの商人達は実に楽しそうに笑った。竜人の村長が「創る事」に専心する様に。ライトスは商人として「巡らす」事に熱意と才を発揮するのだ。だからこそ、青年のまま長を務めるに至ったのだから。

 しばらく笑いあう2人。その間へ羽音が割って入る。

 

「……ん?」

 

「ああ、来たか」

 

 振ってくる羽音に気付いたライトスが辺りを見回す。すると、朝の日差しが村の家々の屋根を撫でつける中、男達の傍に一羽の鳥が降り立っていた。伝書鳥である。

 脚に括られた文を壮年の「おっちゃん」が取り、広げる。髭を撫でながら眼を動かすと、

 

「ふむ……」

 

「何だった、おっちゃん?」

 

「いや。いずれにせよこの村の命運はハンター達にかかっているのだな、と思ってね。さて」

 

 男は降り立った伝書鳥を待たせて、懐から一通の手紙を取り出した。ライトスは疑問に思いながらもそれを受け取る。

 広げる。蛇腹に折れたそれは、四分儀商会の印を押された、商売ごとの証明に使われる書類だった。

 

「なんだ。もう作ってたんじゃねぇか」

 

「それ位は、な。私とて何度も書簡を往復させるほど暇ではない。思い切りの良さと迅速な判断は、円滑な商いに必要なものだ。その書類さえあれば問題なくギルドの審査を通るだろう」

 

「ありがとよ、おっちゃん」

 

「構わんさ」

 

 言って男は立ち上がる。手を払って伝書鳥を飛ばせると、村の港へと身体を向けた。港には今だ発展途上の村には似つかわしくない武装船が停泊し、男の帰りを待っている。

 しかしすぐさま歩き出す様なことはせず、その場に立ち止まり。

 

「―― これは独り言だが」

 

 背を向けたまま、男は「常務」兼「おっちゃん」として口を開く。

 

未知(アンノウン)は、どうやらドンドルマの担当から外れるようだ。直接の管轄ではなくなるらしい。……猟団、それも最大級の奴等が台頭して来てもなんらおかしくない状況になってしまったな。いや、確実に出てくると言ってよい」

 

「一応聞くぜ。そりゃあ、《轟く雷》か? それとも……」

 

「残念ながら悪い方だ。間違いなく、な」

 

 願望を多分に込めた言葉は、予想通りに裏切られる。ライトスは渋面に顔を歪ませ、嘆息。悪い方と聞いてまず思い浮かぶのは、自らの友人への影響だ。

 

「……こりゃあダレンに知らせとかねぇとな……」

 

「奴等は食い荒らすしか能がないからな、気をつけたまえ。……ではな、ライトス」

 

 最後に忠告を付け加えた男は、ダレンに笑いかけ、港へと歩き去った。

 ライトスは行く先に立ち込めた暗雲、それ自体には注意を払いつつ ――

 

「まずは、そうだな。……悩んでいても腹は減る。先に今日の分の仕入れを終わらせるか」

 

 自らの隊の副長を呼び、日常の業務を終わらせてから悩む事を決め込んだ。

 

 

 

 村人達が昼食時を迎える頃、ジャンボ村に狩人の一団が到着した。

 親子のアプトノス2頭を引き連れ、先に立つのは「ハンター装備」一式を身につける真面目顔の青年。短く切り揃えられた頭髪が砂色にくすんでいる。仮面の狩人が親アプトノスの腹を撫でながら後ろを歩き、子アプトノスの背に外套を羽織ったアイルーが乗っている。間に挟まれた少女は、重い足を引きずって。

 入口に近づくと、向こうも気付いた様だ。精悍な顔つきで歩く、いかにも上司が似合う友人に向かって、ライトスが一番に声をかける。

 

「景気はどうよ、ハンター殿」

 

「ああ、ぼちぼちだ。……依頼は達成したぞ、ライトス」

 

 ダレンは、喜色は押し隠しても達成感の滲む表情で、がっしりとライトスの腕を組んだ。

 後ろを数歩遅れて、竜車2台を共に連れた狩人達がぞろりと村の入口を潜る。

 

「ただいま」

 

「ふむ。只今戻りました、ライトス殿」

 

「た、ただいまですー……」

 

 平然とした態度のヒシュ。毅然とした立ち姿のネコ。最後に、アプトノスに寄り掛かりながらやっとの事で脚を動かしているノレッジの順。

 一団が入口をくぐり終えると、それぞれの仕事に従事していた村衆が立ち止まった。皆が皆狩人に言葉をかけそうで、しかし、躊躇っているようにも見える。

 その興味の向かう先は何れも一点。狩猟が成功したか否かである。

 ダレンと挨拶を交わしたライトスは確信できていたが、村専属のハンターの成否はジャンボ村最大の関心事と言えた。いつの間にか広場の掲示板前に立っていた村長が代表して、ヒシュに向かいあって尋ねる。

 

「良き狩りは出来たかい、ヒシュ」

 

「ん。―― 盾蟹、狩猟した」

 

 ヒシュが革の鞄を開いて見せると、村長のみならず観衆と化していた村人達も揃って唸り声を零す。

 鞄の中では白く丸い、大粒の「ヤド真珠」が眩い輝きを放っていた。

 ヤド真珠はダイミョウザザミの体内で生成された、ある種の宝石である。盾蟹との名前の由来であるヤドを破壊するか狩猟してしまわなければ取り出すことは出来ず、故に狩猟の証としては十分と言えよう。

 頷きながら煙管を蒸かして喜ぶ村長に、ヒシュが盾蟹の運送日程や取り分についての詳細な説明をし、ギルドから受け取った明細書類を手渡した。

 捲り、報酬素材の書類に通していた村長の目が、驚愕に見開く。咥えた煙管を取り落とすほど口を開く。

 

「おお、こいつは凄いぞっ!? 村の発展に必要な資材が、揃って貰えてるじゃあないかっ!!」

 

「相手、7メートル個体だったから。お祝いに色をつけてもらった」

 

「それを僭越ながら私が、帰り路の最中に書類上で物々交換させてもらいました。……その分の苦労はしたのです。なにせ丸一晩、密林に篭りっぱなしでしたからね。そもそも、盾蟹は砂中に潜る為、その全貌を把握するのが難しいのは判りますが ―― ギルドめ。我が主に憶測での依頼をしようなど、不届きにも程がありましょう!」

 

「そうですよー! ヤオザミからの成人個体だと聞いて現場に向かったら、おっっっっきな盾蟹の老成個体がずどどーんですよ!? 私、びっくりして心臓止まるかと思いましたよ、もうっ!!」

 

 憤慨するネコとその隣で便乗するノレッジを、ヒシュの両手が撫でながら宥める。いくらか反論がなくなりごろごろと鳴声が聞こえ始めた頃合を見計らい、ライトス達2人も合流する。ダレンは合うなり、村長に向けて一礼した。

 

「村長、只今戻りました」

 

「やぁお疲れさま。ダレン。……やっぱり、大変だったろう?」

 

「まぁ、それなりは、です」

 

 ダレンに声をかける村長が心配するのも当然だった。村を出る際に新品同様に整備した筈の『ハンター装備一式』は、ただの一戦で色褪せていた。鉱石を使用した金属部分の節は歪み、取り外されている部分すらある。

 愛用の『ドスバイトダガー』その刀身には目立った破損は無いものの、対になる盾はというと、何か(・・)鋭いもの(・・・・)で切り裂かれたかの様に中央からばっくりと割れている。ヒシュも自らの鉱石製の盾を持ち上げると、今度は万力で捻じ曲げられたかの様にひしゃげていて。これら装備が何より、盾蟹との激闘を物語っていた。

 更に、狩人達の顔からは濃い疲労が見て取れた。ノレッジとダレンは勿論の事。ネコも振る舞いには出さずとも、毛並みが整っていなかった。ヒシュ自身の表情は読めないが、足運びがどこか落ち着いていない。

 横合から見ていたライトスは思案する。ダレンは兎も角、狩人としての経験が浅いノレッジを一隊に含め……むしろその教導をしながら盾蟹を狩ってみせたこの狩人達の実力は、如何程のものかと。倒したモンスターも、ヒシュの実力が上位のものだという事も実感は出来ている。しかしその上限はどこなのか。それは自らの組織すら動向に目する未知(アンノウン)にすら届き得るなのか。

 

(……推し量る必要がある)

 

 大陸に物資を巡らす輻射点 ―― 四分儀商会。

 分隊の長であるライトスは、そう結論付けた。

 

「―― なぁ、ヒシュ」

 

「? なに、ライトス」

 

 仮面が傾ぐ。相変わらず読めない表情だ。こうして長い期間をジャンボ村で過ごしてみて、雰囲気こそ判断できるようにはなったが。

 指折り数える。あれは、鳥竜を束ねる(・・・・・・)未知(・・)だという。

 ならば、到達点となる相手は決まっている。到るための道順を思考の内に並べながら、ライトスは口を開いた。

 

「俺から……いや。四分儀商会から正式に、幾つかの依頼を頼ませてくれや。これはお前らのためにも、ジャンボ村の為にもなるだろうぜ?」

 

 







2020/03/21 行間とセリフ、表記間違いを一部修正。

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