モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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第十一話 毒怪鳥

「―― クァ! クァクァァーーッッ!!」

 

「くっ……またか!」

 

「左右に。ジブン、こっち」

 

 紫色の液体を避け、ヒシュとダレンが左右に飛んだ。分たれた中央部を、毒怪鳥 ―― ゲリョスの巨体が駆け抜ける。紫の液体は突進を避けたダレンの数歩先に落下し、べちゃりと広がる。目と鼻を刺激する臭気が立ち込め、ダレンは慌てて液体から遠ざかった。

 毒怪鳥はそのまま口から毒液を吐き捨てつつ、洞窟を縦横無尽に駆け回る。嘴を大きく揺らし、終には身体を横たえて。力の続く限り脚を動かすその様は、正しく「狂走」と言うのが適切であろう。

 その暴れる様を見ながら、ヒシュは呟く。

 

「ええと。狂走エキス、だっけ」

 

「ああ。興奮した毒怪鳥は体内で疲労を分解する特殊な体液を生成し、殆ど疲労を感じる事無く走り回る事が出来る。……この様にな」

 

 ダレンが楯を向ける先では、倒れこんだゲリョスがすぐさま起き上がり、狩人らの方向へと身体を回している最中だ。つい先まで走り回っていたとは思えない体力だ、と、ヒシュは仮面の中で感嘆の吐息を漏らす。

 毒を避けるため遠くから射撃を行っていたノレッジが『ボーンシューター』に弾を込め、装填。がちゃりと小気味いい音を鳴らし、銃身を再び毒怪鳥へと向ける。

 

「此方です、ニャ!」

 

「クァクァ、クアァッ!」

 

 注意を惹くべく、ネコが鈴を鳴らしながら毒怪鳥へ向かって投剣。ぶよりとしたゲリョス独特のゴム質の皮膚に弾かれて地に落ちたものの、正確に側頭部を捉えた剣は矛先を変えるのに十分な一撃だった。

 両の脚で泥を掻き分け、毒怪鳥が突進。しかしネコはそれを難なく避け、倒れこんでいる内にノレッジが射撃。ネコ自身は弧を描いて走り、作戦を話すべく近寄った主の隣へと並び立つ。

 

「彼奴の体力が読めませぬ。観察時間を含め、戦いを始めて既に30分です。如何致しましょう」

 

「ん……ノレッジの疲れもあるから、そろそろ決めたい。……タブン、だけど。決定的な攻勢が必要。となれば、次、合図する」

 

「判った」

 

 ダレンが頷き、1人離れたノレッジもサインを返す。ゲリョスが此方を向く前に、残る3人も素早く散開した。

 ネコとダレンが中距離で毒怪鳥の次手を窺う中、仮面の狩人だけが真っ直ぐに接近していた。すると、立ち上がったゲリョスが嘴を打ち、カチカチという音を響かせ始める。

 

「―― いきなり。でも、来た」

 

 ヒシュはゲリョスの行動を見るなり奇妙な形をした板を取り出し、仮面の上から眼を塞ぐ。その板は半透明で、黒色に透けている。

 後手に剣を振り回し、合図を送る。ダレンが中継して同じ動作をし、ネコとノレッジへ伝える。

 

「攻勢の機、だな」

 

 言ってダレンはハンターヘルムの上から同じく半透明で黒色の眼鏡を着ける。明滅の感覚が狭まったかと思うと、毒怪鳥は翼を広げて頭を掲げた。

 次の瞬間、光が(ほとばし)り……辺り一帯を閃光に包む。

 ゲリョスは確かに、鳥竜種に属している。だがイャンクックと同じなのは殆ど骨格だけ。毒怪鳥は多種多様な生体を持つ ―― 実に奇妙な鳥竜なのである。その1つがこの行動であり、上方向に湾曲した奇妙な嘴と鶏冠(とさか)とを激しくぶつける事で、鶏冠から閃光を発するのだ。

 首を立て高く掲げた鶏冠……その中の「ライトクリスタル」が弾け、光が溢れる。高所から照らされ、洞窟も泥も、真昼を越えて白色に染まる。

 だが、狩人達は止まらない。

 

「知恵、なめないで」

 

「接近戦です。行きましょう、我が友」

 

 閃光の中を接近したヒシュとネコは、はっきりと目前の毒怪鳥を捉えていた。

 雪山などを観測する観測隊が眼を保護するために用いる、遮光晶という道具がある。薄黒いその水晶は、本来陽光などを遮る目的で使用される。だが今回ゲリョスを狩猟するにあたって、ダレンから情報を得たヒシュは、閃光対策としてその遮光晶を用意していたのだ。

 4人はそれぞれの形で遮光晶を使用し目を保護している。通常瞼を貫いて網膜を焼きつける毒怪鳥の閃光も、後は目を瞑るだけで十分だった。ダレンにも、遠くで射撃の機会を窺っていたノレッジにも、毒怪鳥の姿はくっきりと見えている。毒怪鳥渾身の目眩ましは、入念な準備を行った狩人らには通用しなかった。

 

「クァクァッ!?」

 

「一斉射、行きます!」

 

「ジブン、翼」

 

「ふむん。私は足を」

 

「ならば脇腹だな」

 

 攻勢の機。ノレッジは剣では届かない高所を。ネコとヒシュとが左右に別れ、ダレンはヒシュの居ない側へ飛び掛った。

 突きつけられる刃と弾。自らの危険を悟ったゲリョスは慌てて翼を動かし、数撃を浴びせられた所で飛び上がって距離をとる。

 ふわりと浮いたと思うと、一足には飛び掛れない距離に降り立ち、素早く反撃に転じる。

 脚を中心として回転。その丸い身体を振り回して勢いをつける。勢いづいた尻を止め、先に生えた尾を鞭としてしならせた。ゴム質の尾はひねり、伸び、予想だにしなかった距離……射手として十分に距離を空けていたノレッジにも届くか。

 

「っ!?」

 

 重量級の弩は所持した者の移動を大きく制限する。狭まったノレッジの移動範囲全てを薙ぐであろう毒怪鳥の尾が、迫る。

 間に合わない。ノレッジは身を小さくし、来る衝撃に備えた。

 だがしゅぴっという奇妙な炸裂音が響くばかりで、いつまでたっても衝撃は訪れない。恐る恐る目を開く。

 

「……あ、お師匠!」

 

「危なかった、我が弟子」

 

 尾を避けながら後退したヒシュが、ノレッジの横の地面に、持っていた『ハンターナイフ改』を突き立てていた。ノレッジが身を低くしていたのも幸いした。限界まで伸びた尾はノレッジにぶつかる直前、勢いそのまま、突き刺さった剣へと巻き付いたのだ。

 拘束される事への本能的な危機感からか、毒怪鳥は慌てて尾を引き巻き取ろうとする。尾は剣を離れ ―― しかし。

 

「よっ」

 

「クァクァッ!?」

 

 今この時ばかりは、その伸縮性が仇となった。ヒシュは剣を抜いて尾をがしりと握り、そのまま自分ごと(・・・・)ゲリョスに巻き取られて行った。鞭として使用していない尾に殺傷力は無い。ヒシュはゴム質の尾に牽引されて浮かび上がり、とられた距離を一足に詰めてゆく。

 自らの尾と共にもの凄い勢いで接近してくる、木製の仮面と一刀。毒怪鳥の不気味な顔に明らかな驚愕が浮かぶ。

 

「腹」

 

 宙に在っても体勢は崩さない。十分な距離。ヒシュはあちこちを斬りつけた感触から最も軟く ―― 致命的な意味で有効であると判断した腹に狙いを定めていた。引かれる勢いそのまま、両手で構えた『アサシンカリンガ』を振るう。鋭く噛み付いた刃面はゴム質の皮を裂いて大きく抉り、腹から肉が露出する。

 

「クァァァ!!」

 

 痛みに悶絶するゲリョスが右に向けて倒れ込む。脚が宙を漕いでいる隙に、ヒシュが背後に立つ仲間に向けて拳を挙げた。

 

「了解です。逃がさない様、囲みます!」

 

「今の内、か!!」

 

「えっと、は、はい!」

 

 ネコが唯一空への出入りが可能な洞窟の裂け目の真下に、簡易の罠を仕掛けるべく走る。ダレンは接近し、ゲリョスの腹目掛けて愛剣を突き出す。ノレッジは銃身を向け装填していた火炎弾を次々と打ち込み、皮膜を焼く。

 明らかに狩人達が優勢だ。戦いを続けた毒怪鳥の身体は所々で血液が滴り、だがそれでも、立ち上がる。翼をばたつかせて間近の狩人を牽制すると、勢いをつけて身体を起こす。

 再び立ち上がった毒怪鳥を眼前に、狩人達は周囲を囲みながら行動を観察する。囲む環がじりと狭まった ―― その瞬間。

 

「……クァァァァ……クァ」

 

 ―― ドスゥン。

 

 毒怪鳥は地面に向けて、思い切り倒れこんだ。白目を剥き、翼も身体も弛緩し。口元からはだらりと舌まで垂れている。

 実際の所ゲリョスには、僅かながらに戦うだけの余力があった。ただ、まともに戦っては勝ち目が無いと悟ったのだ。つまりこれは、狩人達を騙す「死んだフリ」である。

 だが相手が悪い。毒怪鳥が相手にしているのは、多種多様な生物達の研究を行う王立古生物書士隊なのである。ゲリョスは比較的現存数の多い生物だ。その生態は、取り寄せた書物の中にしっかりと記されていた。しかも毒怪鳥の様に特徴的、かつ狩人が実際に痛い目にあう……「死んだフリ」の様な行動を持つ生物ならば尚更である。

 そうと理解しているノレッジは、数歩分の距離を保ちながら、地に臥すゲリョスを指差した。

 

「あのぉ、お師匠。これって……」

 

「……尻隠さず。鶏冠が光ってる。ダレン?」

 

「これが死んだフリ、だろうな。流石は毒怪鳥と言った所か」

 

「ふむ。ですが、生気が感じられません。獲物ながら見事なものですね」

 

 毒怪鳥が人間の言葉を介す事が出来たのなら、この話し合いを聞いて外聞も恥も無く逃走していただろう。だが残念ながら、幾ら多種多様な生態を持つ毒怪鳥とて、言語の理解ばかりは不可能だった。

 

「死んだフリ。……なら、麻酔をかける」

 

 仮面の狩人だけが毒怪鳥へと近づく。

 呼吸を止め脈までも止め。迫真の死んだフリのままひっそりと反撃の機を窺う毒怪鳥。

 歩み寄る仮面の狩人が、腰から……今回の「密林」遠征にあたり鍛冶のおばぁが製作した最後の1本 ――《大鉈》を抜いた。

 今だ改良の中途ではあるが、ヒシュの要望をある程度再現する事に成功したその《大鉈》。

 密林に現存する鉱石……中でも硬度と希少価値の高い「マカライト鉱石」をふんだんに使用し、帯毒と頑丈さの機能を両立して重視した、間違う事なき業物である。夜の洞窟の中にあって尚透明な輝きを放つ刃元には、帯毒の役目を果たす溝が掘られている。ヒシュは歩きつつ手馴れた動作で刷毛(はけ)を動かし、何やら液体を塗りこんだ。

 

「ん、眠って」

 

 ぎこちない片言とは対照的。流麗で淀みない一太刀に、全体重を乗せて飛び掛る。遠心力を利用して振り下ろした《大鉈》は横たわる獲物の腹……先程皮を抉り取った部位を正確に斬打(・・)し、その衝撃で塗られている薬液が勢い良く飛び散った。

 油断した瞬間に反撃をする。そう決めて隙を窺っていた毒怪鳥の意識が持つのは、ここまでだった。

 

「クゥクァクァ~!! ……クァァ~」

 

 飛び起きた毒怪鳥。だがその瞼は段々と閉じられ、身体が弛緩し、力なく地面に崩れていった。

 暫しの静寂。また死んだフリかと恐る恐る近づいたダレンがその顔を触るも、動き出す様子は無い。鶏冠に光は灯っておらず、開いた口からは呼吸すら感じられない。

 

「ヒシュ、これはどういう事だ?」

 

 思わず聞いていた。ダレンの知る「捕獲用麻酔薬」は、ハンターがモンスターを生け捕りにする為に使用するもの。拘束の上で使用する事で相手を昏睡(こんすい)させ、無力化を図るものだ。運搬を行う船上でも等間隔で投与され、昏睡状態を持続させる。同じ船の上で強大な生物が寝息を立てながら乗っていると思うと気が気でならかったのを、ダレンはよく覚えている。

 そう。だからこそ覚えている。寝息は、立てていたのだ。ここまで即効性……そして呼吸すらままならない様な効果をもつ薬ではなかった筈。

 そもそも「生け捕り」を目的とする場合、モンスターは出来る限り傷つけない事が前提となる。強力な薬を使用しては、使用されたモンスターが運搬中に死亡しないとも限らない。そのため「捕獲用麻酔薬」に関しては、死亡させず昏睡の効果を発揮する調合方法をギルドが特別に公開している。一般的に調合は狩人の秘伝または口伝で伝わるものであるのに……と言えば、ギルドがどれだけ苦心して公開しているのかが判るだろうか(とはいえ、調合には専門的な知識が必要になるため、一般的にギルドストアで市販されているものを使う狩人が殆どなのだが)。

 そして何より。玄人を遥かに上回るヒシュとネコの腕前もあってか苦戦こそしていないものの ―― 毒怪鳥は人々を脅かす、強大な生物(モンスター)なのである。ゲリョス自身もその名の通り毒を使用するためか、毒の類が効き辛いと聞く。その巨体に十分な効果を与える薬量の少なさもさることながら、これ程の強力な効果を発揮する薬品を、ダレンは知らなかった。

 だからこそ思わず口を突いて出た。そんなダレンの疑問に、木彫りの仮面が(かし)ぐ。

 

「どういう事って、どれ?」

 

「その薬だ。捕獲用の麻酔と聞いたが ―― 明らかに強いだろう、これは」

 

「なるほど。……んーん。これ、呼吸抑制、強い。ジブンの家特製の麻酔」

 

「それって、通常の捕獲用麻酔と違うんですかー?」

 

 弩弓を折ったノレッジがヒシュの横から恐る恐る毒怪鳥を眺めつつ、聞いた。聞きつつも、動かないと知るや鶏冠をつんつん突くなり、舌を引っ張るなり、やりたい放題。好奇心の向かう先が定まっていないのはいつもの事。それで痛い目を見るのはいつもノレッジなのだが、彼女は懲りていないらしい。

 ダレンは適当にあたりをつけて、ノレッジの肩に、(たしな)める程度にぽんと手を置く。

 

「ノレッジ・フォール。軽率だ」

 

「あう! ……あ、す、スイマセンでしたっ、隊長!!」

 

「私は良い。ただし、お前の師匠には謝罪しておいた方が良いだろうな」

 

「はい! すいませんでした、お師匠!」

 

「気にしない」

 

 ダレンは必死に頭を下げるノレッジと無感情なヒシュとのやり取りを腕を組みつつ見やり、まぁ射手としての成長はあったからな、と部下の肩を持っておくのも忘れないでおく。ノレッジに通常の捕獲用麻酔について軽く講釈をしながら、再びヒシュに尋ねる。

 

「で、だ」

 

「で、これ」

 

 ヒシュは腰に着けた3つの皮鞄の内、右の鞄から小瓶を取り出した。なめした皮と木屑の栓で厳重に蓋がされており、割れないための緩衝剤としてケルビの毛皮で全体を包まれている。

 両の手から剣2本と鉄の丸楯を投げ捨て、ヒシュは座り込んでから慎重な手付きで包みを外す。……中に入っているのはうす青く、粘性の強い液体だった。ダレンの記憶にある捕獲用麻酔薬はうす紅い色をした液体である。これは全くの別物と考えるべきだろう。青い液体というだけでどこか不安を煽られるが、麻酔……いや。

 

「既に毒だな、これは」

 

「うん。普通よりもっと強い……身体に害があるくらい、強い配合。呼吸の抑制。血流の抑制。体内器官の活動も、強く抑える。つまりこれ、省みない(・・・・)、殺す為の麻酔薬。ダレンの言う通り、むしろ猛毒」

 

「ふむ。……その様な毒の存在は、少なくとも私は聞いたことがない。ギルドに知られたなら、」

 

「―― そうでもない? かも」

 

 大変な事になる。そう続けようとしたダレンの言葉を、左に傾いだヒシュの言葉が遮った。

 

「だって、使い勝手が悪い。普通の捕獲用麻酔薬は常温で気化して気管に入り込むから、まだ良い。でもこれ、相手を弱らせた上で血流に乗せないと駄目。身体の内に(・・)直接叩き込まないと、意味が無い。だから結局、傷もつけられないみたいな、強大な相手には使えない。身体の大きなモンスターだったら、致死量も多くなるし」

 

 逃がさない為の、仕留める為の止め。狩られる側が瀕死であっても、狩る側を遥かに上回る……「彼我の生命力の差」があってこそ使う意味がある。ヒシュはそう続けた後、自らの言葉をさらに補足する。

 

「モンスターを殺すなら、外殻(そと)を貫かないといけない。人に使うとしても、使う様な……刃物を突き刺せる状況なら、そも、使う意味無い。暗殺も、こんな青いのが入ってたら気付く。口内からじゃあ効き辛いし、味で気付いてから吐き出しても十分間に合うし」

 

 ついでに、素材の作成に手間を要するため手間に合った見返りがあるかも微妙。などとここまで、実際に毒怪鳥へ絶大な効果をもたらした手製の薬を卑下しておいて。

 ……ヒシュの持つ調合の手腕や科学知識といったものが、恐らくダレンを優に上回るものだと言うのも十分に理解し。

 ヒシュが仮面の内で閉目し、でも、と(かえ)す。仮面の下顎だけがケタケタと揺れる。

 

「……でも、生物(・・)を殺すなら。ジブンの全部を注いで、命の為に(・・・・)命を懸ける(・・・・・)のなら。これも塗っておいた方が、きっと良い。その方が、後悔、しないから」

 

 紡がれた言葉に、ダレンは自らの本能が怖気立つのを感じた。

 仮面の内で瞼は閉じられている。意識的に閉じているのかも知れない。今のヒシュは間違いなく ―― 狩人の眼をしている。

 この雰囲気には感じ覚えがあった。あの未知(アンノウン)と対峙した際のヒシュがそうであったと思う。冷徹なようでいてしかし、生と喜に溢れた、異様でしかない雰囲気。

 ヒシュは「生物を」と言った。ハンターになる人間は多かれ少なかれ理由を抱えている。生きる為。必要に駆られてであったり、漠然と、あるいは金や栄誉の為と言う者も居る。

 だがヒシュはそのどれとも違う。狩るものとして生まれ落ち、生粋の狩人として生きてきた、純粋なる狩人。そう感じる眼と言葉だ。武器の扱いは当然。多種多様な知識すらヒシュの言う「狩人」の一部なのだと、この時初めてダレンの中で合致していた。

 ダレンの常識からすれば、そんな人間が実在するとは(にわ)かに信じ難かった。寝物語に語られる英雄譚の主人公。時代の傑物。遥か雲の上に手を届かす、輝ける狩人の頂。彼ら彼女らは例外なくその様な人物であったが、しかし、あくまで創作物と見聞に過ぎない。だが目の前に居て言葉を交わすこの狩人は ―― 実在する人間なのだ。

 

「ヒシュ、お前は……」

 

 まるで抜き身の刃だ、とダレンは思った。研ぎ澄まされたそれは強く、危うく、美しいとも。

 彼または彼女の生い立ちがそうさせるのだろうか。ダレンは考えを(よぎ)らせ、

 

「―― 歓談中に申し訳ありません、ダレン殿。……御主人、毒怪鳥ゲリョスの止めと解体を行いましょう。誰彼が寄ってきては堪りませぬ」

 

 だがその問いは、ネコの言葉によって中断された。ネコの促しにヒシュはうんと頷くと、周囲の安全を確認してから数本のナイフを取り出す。

 

「ゲリョスが毒、沢山()いたから、走竜もあんまり近づいてこないと思う、けど」

 

 言いながら先程の青い毒を先端に塗り込むと、毒怪鳥の開いた腹目掛けて一気に突きたてた。傷を抉って薬を刷り込むと、ずんぐり丸い身体がびくりと震える。そのまま『アサシンカリンガ』で足の付け根の太い動脈を掻き切ると、辺りは血の海と化した。身体から溢れる血の勢いが次第に弱くなってゆき ―― 絶命を確認して、ヒシュは血塗れの手を抜き去った。

 

「それじゃあゲリョス、簡易だけど、使える部分を解体する。ノレッジも練習だと思って、手伝って」

 

「はぁい。……うっ……解体、やっぱり大変そうですね」

 

「覚悟をしておいて下さい、ノレッジ殿。大型の解体となると今までとは難易度が違います。特にゲリョスの場合、毒袋を含め内臓器官を傷つけぬよう手取りを踏む必要があります」

 

「あ、そういえばそうですね。……毒ぅ……ですかぁ」

 

「ふーむ。まぁ、おそらく大丈夫ですよ、ノレッジ殿。ゲリョスの毒に即死する様な効果はありません。あくまで弱らせる程度です。本来ならば死体を持ち帰った後ギルドの専門職の方に解体して貰うのが一番なのですが ―― 今回はクエストの受注条件にわたくし共が解体を行うとの一文を付け加えましたからね。その分の給金は差し引きましたし、それに、解体の経験は狩人としてだけではなく書士隊員としても無駄にはニャら……ないでしょう」

 

「あわわ……となれば、報酬は解体の腕次第という事ですね。わ、わたし、大丈夫でしょうか……?」

 

「ん、だいじょぶ」

 

 ヒシュはゴム質の手袋を両手にはめ、解体の為の皮服を着けると、えへんと胸を逸らした。

 

「毒、ジブンが回収するから。気にしない」

 

「……いや待て。流石にそれを気にしないのは無理だろう、ヒシュ」

 

 ネコが用意した自らの分の手袋を手に取りながら、ダレンは苦笑していた。ギャップがあり過ぎるのだ。この仮面の狩人は。

 何が何だか判らない、といった風体でいつもの如く首を傾ぐヒシュ。……そうだな。むしろ、裏表がないと言う事だ。狩人としての一面が広過ぎるのならば、その見聞を広げるのもまた『自分達』の役目なのだろう。ダレンはそう脳内で纏め、傾ぐヒシュへと先を促す事にした。

 

「いや、いいのだ。続けてくれ、ヒシュ」

 

「……んー……ダレンがそう、言うなら。血抜きから、行きます。ノレッジ」

 

「はい! これを持てば良いですか?」

 

「ゲリョスの体内構造についてはダレン殿が詳しいでしょう。臓器ごとの説明をお願いします」

 

「判った」

 

 解体は覚悟を決めたノレッジの予想を遥かに超えて大変であった。ヒシュが手本にばっさと捌き、時折ノレッジが歓声や嬌声をあげながらも作業は進む。

 複数狩猟クエスト、『鳥竜の寄る辺』。そのメインターゲットたる毒怪鳥の解体が一段落付いたのは、実に2時間後。返り血に塗れたノレッジが半ば自棄になり、臓物に躊躇なく刃を通せる様になった後の事であった。





・狂走エキス
 双剣使い垂涎の薬を作るための材料。元はモンスターの体液という設定。
 新大陸においては、ロアルドロス辺りが保持している。恐らくは乳酸の分解を促進したり交感神経優位にする神経伝達物質の分泌を増進するのでしょうと思われる。

・ゲリョス
 死んだフリのインパクトが強すぎる鳥竜種。
 年末に光るふりをして大爆発……は、しない。

・麻酔
 毒の有効利用の仕方。
 副作用はいろいろある。

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