モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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第十話 鳥竜の寄る辺

 緑に富んだ密林に、陽光が燦々(さんさん)と降り注ぐ。

 地に生えた草を()むアプトノスの親子が、遠く水平線の彼方から近づく何かに気付いて食事を止め、顔を上げた。

 しかし未だ遠くにあるそれは、点にしか見えなかった。親子は数秒後、何事もなかったかの様に食事を再開する。

 昼のテロス密林は空を落ちる水を飲み込み、潤沢な水源と成す。空に滑る滝が、幾重もの虹を描いている。

 点だったものは次第にその輪郭を明確にしてゆく。テロス密林の中心やや東。ギルド管轄フィールドに、一艘の船が近づいていた。船は浅瀬を回り込み、奥にある入り江に漕ぎ着ける。先端がやや尖り、後方には貨物。見かけは凡そ「普通」と言える外見であった。

 だが実際、これはヒシュらが古生物書士隊から譲られた船であり、凡そ普通とは言い難いもの。三角帆を操作して進む基本的な機能の他、王都の工匠達が腕を振るった装備の数々が据付けられている。ただし、未だネコとヒシュですら全ての機能を利用出来てはいないのだが。

 さて置き。ジャンボ村専属となった狩人らは未知(アンノウン)の住まう密林一帯を海路で迂回し、テロス密林のギルド管轄フィールド……通称「密林」に到着していた。繁殖期に入り、ヒシュらはジャンボ村の狩人として正式に登録。同時に、ダレンとノレッジの狩人としての修行も始まった。「密林」へと訪れたのもその一環である。

 船が完全に停止し、砂浜に乗り上げる。縄を使って手当たり次第括りつけて固定を終えた。

 皮の鎧を身につけた少女が薄桃の髪を揺らして木製の足場を伝い、船を降りる。悠然たる水の光景を見上げて、ほうと感嘆の溜息を漏らす。

 

「昼に来ると、また違うものですねえ」

 

「はい。テロス密林のフィールドは、昼と夜とで環境が大きく違います。その1つが、雨が降っていないこと」

 

「あっ、手伝います!!」

 

 後を追って降りたネコがテントを張りながら解説を付け加える。ノレッジも慌てて骨組みを支え、ネコは礼を言って続ける。

 

「もう1つは夜間の海面の水位上昇ですね。いずれも狩りの際には留意しておくべき点であると言えるでしょう」

 

「ふえー……あの。質問です、お師匠!」

 

 手を挙げ此方を見つめるノレッジを、帆を畳んでいたヒシュは律儀に名指しする。水辺に響く滝の音に負けぬ、凛と響く声で。

 

「どうぞ、ノレッジ弟子」

 

「はい! あの、わたし、実地調査はクルプティオス湿地帯やアルコリス地方の森丘が殆どだったので判らないんですが……一応、湿密林に対する雨の影響については想像がつきます。爆薬などにあの大きな雨粒の影響があるんですよね。視界も悪くなりそうです。でも、水位は何か関係があるんですか? 陸地の面積からしても、島1つが埋まるような激しい水位上昇があるわけでもないでしょうし……」

 

 この質問の意図を察したヒシュは脳内で感心しつつ、ノレッジという狩人の評価を上げる。

 畳み終えた帆を物陰に移しながら、かくりと頷く。

 

「どちらかというと、ジブンら狩人にとって、雨は不利に働く。水位もその一環」

 

「―― 成る程、どちらでも……というのではなく、不利にか。確かにな」

 

「ん」

 

 割って入ったのはダレンの声だ。船から支給品の入った箱を船外まで運び出したダレンは、箱を砂浜においてからむぅんと唸る。唸り、暫しの間を置いて、確かめる。

 

「ヒシュ。それは私達が狩人だから、だな?」

 

「ん。そう」

 

「流石はディーノ先輩っ! 判るんですかっ!?」

 

 大仰な身振りで驚いてみせる後輩に苦笑しつつ、ダレンは自らの師匠にもなった仮面に向けて話を振る事に。

 

「あぁ、予想程度のものだが。……ヒシュ、頼んだ」

 

「うん。ジブンら、狩人。狩人だから、何がしかの獲物を追ってフィールドに入る。……雨は獲物を探すための痕跡を、奪ってしまうから。足跡とか匂い。糞とかね」

 

「テロス密林の降雨量と勢いは、かなりのものであると聞き及んでおります。強い雨であればあるほど、獲物は追い辛くなると言う事ですね」

 

「ん。そして水位が増すと……」

 

 ヒシュが海のある側を指差した。どこまでも明るい海原が陽光を浴びて底まで透け、一面緑色に輝いている。

 

「水位が増すと、水棲の生物が浅瀬まで出て来る。この辺だとラギアクルスとかロアルドロスはいないらしいけど、ガノトトスとか、やばい。……そうなったら、今のジブンらは狩りを中断せざるを得ない」

 

「狩人の錬度が高ければ返り討ちにする事も可能ではあるでしょうが、それはドンドルマやメゼポルタで大枚叩いて凄腕共を連れて来ていなければならないでしょうね。今回はあくまで鳥竜が狙いですので、魚竜がお来しになられたならば、私共は迅速に退散を致しましょう」

 

「いずれにせよ、今回の狙いは魚竜ではないからな。行動次第で、海は十分に避けられるだろう」

 

 確かに、陸を駆け回るならば魚竜の恐怖に怯える必要も無い。

 だが、ノレッジは考え込む。海中湖中に魚竜が潜み、獲物を耽々と狙う様に。今は明るく美しいこの海も、夜になると一変し、暗くうねる海原へと変貌するのだ。そう思えば、寄せては引く波の1つ1つがおぞましくも思えてくる。

 ……思えてくる、の、だが。彼女の思考はここで切り替わる。

 

「あ! でもそれって、雨だと陸棲のモンスターからは逃げ易くなるって事でもありますよね! 視界は悪くなりますし、足跡も追われないですし、匂いは流されますし! あときっと、火も良く消えますよねっ!!」

 

 美点と言う名の大樽爆弾Gが炸裂する。

 ぽかんと弛緩する空気の中、ヒシュだけが仮面の内にぷっと吹き出した。脳内では、少女の評価をもう一段階上げておくのも忘れない。

 

「……うん。そだね。流石は書士隊員。面白い人、多そう」

 

「いや……ノレッジ・フォールは出自といい経歴といい、かなり異色なのでな」

 

 予想外の流れではあったものの、場も(ほぐ)れたであろう。実践訓練を兼ねた狩猟と言う強張りを避け得ぬ状況にあったダレンとノレッジ、その身体から力みが抜けたのが見て取れる。

 ヒシュにも幾許(いくばく)かの余裕が生まれた。自らの腰につけた鉄製の武器3つ(・・)を確かめつつ、4者1組。狩人としての古き慣わしに則った、3人と1匹を見回して。

 

「それじゃあ、キャンプが整い次第、行く」

 

「狩猟、開始ですね」

 

「了解した」

 

「はぁい!」

 

 密林のフィールド、その内へと。

 獲物に向けて、歩を進めてゆく。

 

 

 □■□■□■□

 

 

 生い茂る木々の最中(さなか)。複数の青い鱗が踊り、狩人達を取り囲んでいた。

 辺りを囲んだ走竜……ランポスに向けて、狩人の少女が引き金を絞る。射撃は正確。放たれた通常弾は空気の抵抗を受けながら僅かに湾曲し ―― 狙い違わず頭部を打ち抜いた。

 射手である少女・ノレッジの持つ『ボーンシューター』は、生物の骨を素材として作られる重量級の(いしゆみ)である。彼女はその発射の「癖」を熟知し、湾曲を計算に入れた上で射出を行っていた。

 狙っていたランポスが動かなくなったのを確認し、通常弾を装填し……瞬間。ランポス達の動きが止まった。狩人達も足を止め、周囲を見回す。

 群れの視線が集まった先。一段高い洞窟の中から、囲むランポス達よりふた回りは大きな個体がゆっくりと歩み出ていた。ノレッジが思わず唾を飲み込む。

 

「……ドスランポス、お出ましです!」

 

「相手をするぞ。……はぁっ!! ……落ち着いて対処をすれば、今のノレッジ・フォールであっても狩れぬ獲物ではない筈だ!」

 

 右後方から飛びかかろうとした子分のランポスを斬り飛ばしながら、ダレンが叫んだ。ノレッジははい、と大きな声を返し、ドスランポスを射線上に捉えるべく移動を開始する。

 移動しながら観察する。その身体はノレッジを遥か超えて高く、長い。周囲の個体と比べて一際目立つ赤いトサカ。長い爪。―― ドスランポスと呼ばれるランポスのボス個体。ランポスの中でも経験を積んだ者が成る、一団の長。

 ヒシュとネコ、そして彼を素材として作られる『ドスバイトダガー』を持つダレンも対峙した経験を持つ相手。隊唯一の例外が、ノレッジだ。元が地質調査隊や糞便調査収集係であった彼女にとって、中型以上の相手と遭遇した場合には護衛として同行した狩人が相手をするのが常であった。

 しかし、今は違う。

 

「やっ!!」

 

 銃口を向け、足場を固めて銃弾を放つ。銃身から弾き出され、僅か置いてドスランポスの頭が次々と炎に覆われる。3発を撃ち切ると弾倉が空になった。

 此方の銃撃を意に介せず身を低く。鳥竜の脚の筋肉が盛り上がり、大きな身体が、跳んだ。

 銃身を楯に……は、不可能。受け止めるには体重が乗り過ぎている。ノレッジは判断するや否や重量級の弩を抱きしめ、一目散に転がった。

 

「―― クァアアッ!!」

 

「ひやぁっ!?」

 

 つい先まで自分がいた位置を、頭部の鱗を少し焦がしたドスランポスの爪と牙が襲う。少しでも判断が遅ければ。そう考えてしまった思考を奥底へと追いやり、身を低くしたままで再び弩を構える。

 弩に照準機はついている。しかしそれを向ける動作自体、角度も速度も感覚頼りだ。

 再度放たれた火炎弾は、振り向き際の喉笛を捉えた。流石に、ドスランポスが大きく仰け反って後退する。

 首を起こす。一度吼えたかと思うと、ドスランポスはそのぎょろりとした眼を血走らせた。嘴を上に向け、けたたましく吼える。

 

「クァアッ! クアアアッ!!」

 

 甲高い鳴き声が密林の木々と岸壁に反響する。ノレッジも憤怒の色を肌で感じる。激昂しているのだ。

 周囲で遊撃をしていた子分たるランポス達が、長の命令に従い一斉に動き出そうとする、が。

 その動き(ばな)を、どすりという鈍い音が挫いた。

 

「わざわざ、一斉攻撃の機を教えてくれるなんて、親切」

 

「長としては正しい行動ですが、所詮は走竜。思慮に欠けた行動でしたね」

 

 飛び出たヒシュが身を低く接近。『アサシンカリンガ』で周囲から飛びかかる寸前の子分(ランポス)の1頭、その喉笛を引き裂いていた。反りを持つ刀身は鱗に覆われていない喉の皮膜を貫き、傷間からおびただしい血が流れ落ちてゆく。

 飛び出たネコは身の小ささを活かし、ヒシュの倒したランポス……その更に隣のランポスの腹部を『ユクモノネコ小太刀』で突き刺していた。2頭のランポスが地に倒れ込む。

 ここで初めて、走竜の組織的な包囲に(ほつ)れが生まれていた。

 この機を逃さず、残るダレンとノレッジはその解れを突いて海岸側へと走り抜けた。武器を振り回してランポスの子分を牽制しつつ、ネコとヒシュが追う。木の植生している部分を抜けて砂浜まで来ると、ランポスの一団と正面から対峙する形となる。視界も取れた。これで仕切り直しが出来る。

 

「ノレッジ、周囲の子分は私とネコに任せておけ」

 

「その代わりあの長を頼みました、ノレッジ殿」

 

 ネコが左に、ダレンが右に展開し、木々の間から無数に沸くランポス達を相手取ってくれる。

 真正面。ノレッジは5匹を護衛として尚残す、ドスランポスの狡猾さを睨む。

 

「ノレッジ」

 

「……お師匠!」

 

 睨む横から、仮面の狩人が歩み出た。

 ジャンボ村の鍛冶師となったおばぁがさっそくと打ち直した『ハンターナイフ改』を右手に。鉱石を使って新たに鋳造した『アサシンカリンガ』を左手に。両の刃が血雨に濡れ、ぬらりと金属質な輝きを放っている。

 そのまま、両腕を弛緩させた構え。一瞬だけ横目にノレッジへ視線を送り……ぐっと握った拳を突き出す。

 

「いける。頑張って」

 

「……はい! 頑張ってみせますよ!!」

 

 励ましの言葉を残して、ヒシュはランポスの群れの真っ只中へと飛び込んだ。

 目前に居たランポスを強度の増した『ハンターナイフ改』を叩き付けて退かし、横で突っ立っていたもう1頭を『アサシンカリンガ』を突き刺して退ける。腕だけは新調した『アロイアーム』。鉱石を主として作られた腕甲に牙を向けた個体を適当に噛み付かせておいて、体重を掛けて足元へと引き倒す。鬼神の如き暴れっぷりに、残る2頭は足並みを揃える事すら叶わず、その場で立ち止まってしまう。

 凄まじいまでの殲滅力。ノレッジとドスランポスを結ぶ射線が空くのに、ものの数秒かかりはしなかった。

 奥に居たドスランポスはというと、子分の様子はあまり気にかけず体勢を……首を低く。力を溜めていると悟った瞬間、ノレッジは引き金を引いていた。

 僅かに着弾が勝る。ドスランポスは着弾を無視して跳躍。子分達を斬伏せるヒシュをも飛び越え、ノレッジに向かって牙を剥く。

 だが、その牙がノレッジに届く事は無い。

 

 ―― ゴガァンッ!

 

「クゥアッ!?」

 

 先の射によって頭に張り付いた徹甲榴弾が炸裂し、宙に在るドスランポスの身体を横へと吹飛ばしていた。

 頭に、しかも不意をついて爆発したのが効いたのだろう。ドスランポスは目を回し、四肢を地に投げ出した。ノレッジは間髪入れず、その腹目掛けて貫通弾を撃ち込む。

 装填(リロード)、射出。装填、射出。9発を狂いなく打ち込むと、貫通弾は遂にその腹を突き破る。走竜の長は立ち上がる事既に叶わず。それでも無理に立ち上がろうと力を込めた拍子に傷から臓物を垂れ流して出血、絶命した。

 長がいなくともランポス達は狩人を襲い続ける。だが統率されていないランポスならば、狩人によって全てが狩られるのも時間の問題である。

 ダレンが突き刺さった『ドスバイトダガー』を抜き、ノレッジが目前のランポスに散弾を射出する。群れの内、最後のランポスが木々の間に倒れ込んだ。

 各々が警戒しながら自らの得物の血と脂を拭う。戦闘の興奮が僅か醒めれば、辺りに血と僅かな硝煙の匂いが充満していた。

 残党への警戒を段々と緩める最中、ヒシュがすかさず手に持った球体を放る。球体はぼふんと炸裂し、一帯を煙で覆い始めた。煙がそこかしこから立ち上り、なまぐさい血臭から刺激の少ない透き通った香りへと臭気が塗り換わる。ノレッジも良く知るこの香りは、落陽草特有のものだ。

 

「お師匠、それは?」

 

「消臭玉。血の匂いさせてても、良い事なんてないから。……ロックラックでのあれは、二度とゴメン」

 

「肉食獣や屍食の獣を呼び寄せるだけですからね。これならば僅かですが抗菌の効果もあります。消臭玉の効果がある内に、早い所剥ぎ取りを済ませてしまいましょう」

 

 ネコの促しによって各人がランポスの剥ぎ取りを始めた。一際大きいドスランポスの解体は、ヒシュがノレッジに指導しつつ行った。火炎弾の射撃によって焼かれた上に爆破まで加えられた頭は利用不可能な程に傷ついていたが、他の大きな傷は腹や喉などに集中している。爪や鱗、尾の側の皮など、主要な部分は問題なく利用することが出来そうだ。

 

「―― と、これで良いですか?」

 

「ん、お見事。……どうせ頭はジブンみたいな物好きしか使わないから。気にしない」

 

「お師匠は使うんですねえ」

 

「ええ、そうですね。我が主はモンスターの頭部を被り物に加工する奇特な趣味がお有りなので」

 

「ウン。部族の決まりだからね」

 

「仮面だけでなく被り物もか。……まぁ、いずれにせよ一段落だな」

 

 剥ぎ取りを終えたランポスの死骸を見やり、ダレンが胸を撫で下ろす。相対してか、ヒシュが首を傾ぐ。

 

「……依頼名を『鳥竜の寄る辺』、って言ってた。けど……ドスランポス、区分的に、走竜下目?」

 

「いや、竜と区別する為の基本的な判断基準は骨格として嘴を持っているか否かになる。ドスランポスやドスゲネポスなどの走竜も、大別すれば鳥竜だな」

 

「わかった。鳥脚亜目から、鳥竜」

 

 自らが書き込んだ図鑑を広げながら呟くダレンとヒシュ。その間にドスランポスの素材を括り終えたノレッジは額を伝う汗を拭い、そして、ふと思ったことを口にする。

 

「それにしても、ランポスの群れと2つ(・・)も遭遇するなんて。わたしが特訓のために相手をした、さっきのドスランポス……2頭目は、依頼には記述されていなかったですよね?」

 

「ふむ。……受付嬢のパティ殿が、あの『未知』の影響で密林一帯の狩猟環境が安定しないらしいと仰っておりましたね。その影響でしょうか」

 

「有り得るな」

 

 疑問を浮かべるノレッジに、ネコとダレンが相槌をうつ。だが少女が語る通り、ヒシュらは既に2つの群れを返り討ちにしていた。

 ギルドが扱う依頼(クエスト)には、幾つかの種類が存在する。

 「採取クエスト」は先の落陽草採取のように、依頼品を規定量納品するもの。

 「狩猟クエスト」は対象の生死を問わず、狩る。

 「捕獲クエスト」は罠と薬品を駆使してモンスターを生け捕りにする、かなり難易度の高いもの。

 その中でも今回ヒシュらが請け負った依頼は「鳥竜の寄る辺」と銘打たれた……複数の大型モンスターの狩猟を目的とするクエストである。

 本来ジャンボ村などのようにギルドの支部を通じて依頼を受ける場合、狩人の力量を見極めながら段階的に依頼を行う。ギルドに村専属のハンターの力量を知らしめる意味合いは勿論の事、辺境における狩人と言う人材は貴重なものでもあるからだ。狩人は損失を避けるべき財産なのである。

 だが未知の怪鳥が居座っている以上、行動が早いに越した事は無い。村長は特別、ヒシュの実力を知っている為、伝を使って一足飛びに大型の複数狩猟依頼を受注したのだ。

 難易度の高いものを受注した他、ヒシュが複数のモンスターを狩るクエストを受注したのにも理由がある。それらは主に、時間と報酬を天秤にかけて算出された「得」に由来する。

 モンスターを狩る他の目的として、ダレンらの狩猟訓練やクエスト達成による報酬を村に還元する事……その他、狩人としての装備品を整えると言う思惑があるのだ。その為にも、ヒシュはジャンボ村の鉄火場に足繁く通い、日夜鍛冶師たるおばぁと共に試行錯誤を繰り返しているらしい。

 作っておきたい武器、防具。武器はヒシュやネコがかつて愛用していた物に似せた「模造品」であるとダレンは聞いた。おばぁが図面を睨みながら「こんなモンを作って大丈夫なのかい?」とヒシュに向かって確認していた事を鑑みるに、かなり難儀する代物であるに違いない。だからこそ、その為に狩るべき獲物も難儀する。モンスターの数と種類を相当数狩らなければならなかったのだ。

 時間が足りないとまでは言わないが、その間に密林の危険度が跳ね上がる。村を発つ前日の事。あの未知(アンノウン)の動向を探るべく、直接姿を捉えようと密林奥地に接近した気球が一機、遠方から放たれた蒼炎によって落とされてしまったらしい。それを教訓として今はかなり遠隔から「潜んでいるであろう」密林の高地を観測している。が、時間が経つに連れて監視は難しくなるだろう。

 監視が不可能になれば、街から別の狩人が派遣されてしまう。遣わされた狩人達があの未知(アンノウン)を凌駕する、狩人の歴史に名を刻む凄腕ならばなんら問題は無い。だが今世、凄腕と呼ばれる狩人は多忙であり、大手のギルドにあるその席は空いてばかりだと聞く。そしてそもそも、ギルドの通例として始めに派遣される何名か ―― 斥侯としての役目を持つ調査隊や狩人は、間違いなくあの未知(アンノウン)の危機に晒される。見識のあるヒシュらが向かわない限り、この点については替わり様が無い。

 ならば、出来る限り遠征を少なく。時間を節約し、複数の獲物を現地で次々と狩る。そんな方針が今回の「得」として勝ったのである。

 

「さて……ん、と。おいで、オリザ」

 

 キャンプへ持ち帰る分を纏めた頃合を見計らい、ヒシュが腕をくるくると回す。首元にかけた笛を吹くと甲高い音が空へと響き、羽音が返る。空に浮かぶ気球から1羽の影が降りて来た。

 浮かぶ気球が光源を明滅させる中、太陽を背に。2メートルを超える翼をはためかせて減速し、影はヒシュの腕甲にとまる。

 

「よし、よし」

 

「―― ルッ、クルルゥッ」

 

 大鷲(おおわし)だ。翼に踊る羽の1枚1枚が洗練された形状で、束ねられた尾羽が稲穂のようにゆったりと揺れている。黄色の嘴と爪。目は伏せられているが、眼光だけが鋭く鈍い猛禽の輝きを放っていた。

 ヒシュが腕を掲げその喉を撫でると、オリザと呼ばれた大鷲は目を瞑り、成されるがままに喉を鳴らす。

 

「ヒシュ、その大鷲は?」

 

「友達。結構気が合う」

 

「……申し上げます、我が主。ダレン殿が聞きたいのはそうではなく、オリザの役目についてでしょう」

 

「うん? そうなの、です?」

 

 ダレンが頷く。

 主から視線を受け、その代わりに説明をすべく、ネコが背筋を正して一礼。オリザと主を見やりながら。

 

「オリザは我が主の伝書鳥を勤めております。先日の荷物輸送時に同じく、向こうの大陸から送られて来たのですよ」

 

 ネコの説明に成る程、と思う。ダレン自身も隊長職として、書士隊連絡用とギルド連絡用の伝書鳥を4羽ほど飼っている。とはいえ彼らはあくまで野生の動物。大型の生物が数多く飛来する狩場に連れて来る……ましてや狩場から直接連絡を取るなどというのは、非常に難しい。着いて来るだけなら可能かも知れない。だが伝書の中途で逃げ出してしまう可能性が非常に高く、そうなってはまともな連絡すら取れなくなる。だからこそダレンも、鳥達はベースキャンプで遊ばせているのだ。

 だがヒシュの大鷲は違うらしい。狩場に降り立つ事が出来、信頼して伝書を依頼できる。自然界の狩人である大鷲故の所業だろうか。便利さと、大鷲と言う気難しい狩人を手懐ける大変さ。これは、わざわざ大陸を超えて輸送を依頼したと言うのも頷ける。

 そんなダレンの視線をどう受け取ったのか。ヒシュは仮面を傾けて、んーと唸った後に。

 

「ジブンの知り合いの書士官の人も、珍しい鳥、友達」

 

「ああ、あの書士官殿か。奔放なお人だからな」

 

 大鷲の珍しさに唸っていると思われたらしい。ヒシュは知り合いの色んな意味で有名な書士官……恐らくはダレンも知っている彼であろう……を引き合いに出した。

 ダレンは顎を掻き、

 

「まぁ、伝書鳥が狩場の中にも居てくれるのならば心強い。それで、どうする? このまま行くのか?」

 

「んー……目標、結構動き回っているみたい。出来れば1つ所で戦いたい。から、夜を待つ」

 

「ふむ。今度こそ、相手は翼を持つ鳥竜です。先とは違い本日はフィールドでの狩猟。とはいえ、我が主の言う通り、準備をしておくに越した事は無いでしょう」

 

 言う間にもヒシュは釣竿を組み立て、採取を行う用意をしている。どうやら釣りをするらしい。その肩には翼を畳んだ大鷲が鎮座しており……成る程。オリザの食事の時間を兼ねて、という事なのだろう。

 

「狙う獲物、何匹か、いるから。目指せ鯛公望」

 

「あ、釣りですか? でしたら是非わたしにも教えて下さい! この間行商の人達から色々な弾の調合方法を教わったので、採取も勉強したいんです!」

 

「でしたら私はベースキャンプの番をしましょう。用具は持ってきてますし、調合と夕食の準備をしてお待ちしております故」

 

 ……成る程。現地調達の手腕もまた、狩人としての技量には含まれるか。

 ダレンはそんな事を考え、自らも採取の同行に手を挙げた。

 

「判った。私も行こう」

 

「ん。それじゃあまず、植物をなるべく無駄に使わないための刈り取り方。釣りミミズの探し方と、それから魚の捌き方。破裂するのとかは、色々と覚えておかないといけないし……魚を捌くのに慣れたら、鹿(ケルビ)草食竜(アプトノス)の捌き方。順番にやる」

 

「わっかりました!」

 

「あとは、そうだな。今の内に光虫の発光器官の取り除き方を練習しておきたい。その辺りで捕まえてくるか」

 

「ならば私は、その辺りの用具もキャンプに揃えておきます故」

 

 まだまだ学ばなければならない事がある。

 今日こなす課題を指折り数えながら、ダレンは改めて感じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 太陽は姿を隠し、密林に雨が降り出した。

 隠れた太陽と入れ替わりに夜を好む生物達が動き出し、静かな息遣いが雨音に隠れて木霊する。

 狩人達はベースキャンプを出立し、鳥竜種が住処にし易い洞窟の中で息を潜めていた。群れを成すケルビが泥に埋まるヒシュを見つけると、何事かという視線で匂いを嗅ぎ、首を擦り付ける。

 ヒシュはそれを撫でると共に片手で押しやり、

 

 ―― ゥゥ、

 

 折り重なった植物の葉に滴る雨音 ―― その内に紛れた風斬音を聞き取った。

 ヒシュは手だけを掲げ、ひらひらと動かす。合図を見た残り3名が、返す。ヒシュとネコ以外には未だ聞き取れない大きさの音。ダレン達には判別できないが、しかし遅れて耳を動かしたケルビ達が一様に逃げ出し始めた。大型の生物が接近しているのは確実であろう。

 風斬音は次第に翼を動かす音へと変わる。ノレッジやダレンにも視認出来る距離。曇天の空から地へ、「次の獲物」が降り立った。

 降り立った後、先ずは頭を掲げて周囲を見回す。イャンクックに一周り肉が付いた様な、ずんぐりとした暗くて藍色の身体。目は黄色く濁り、隈によって縁取られている。奇妙に歪んだ嘴。耳は無い。が、代わりに頭頂部に鶏冠(とさか)が飾られている。

 一言で言うと、奇妙な鳥竜だった。「怪鳥」の名を冠するイャンクックは外見こそ変わっているが、明るい体色も相まってか愛嬌が感じられた。だがこの鳥竜は体色から外見まで、それ以上に「不気味さ」が引き立っているのだ。だからこそ、狩人らの警戒心を掻き立てる。

 降り立った鳥竜はその濁った目を動かすと、目の前に在る、とある「異物」に気が付いた。

 鳥竜種は総じて警戒心が強く、臆病な性格であるモノが多い。この奇妙な外見の鳥竜も例に漏れず、異物を警戒しながらその周囲をゆっくりと歩き出す。

 しかし異物は動かない。鳥竜は、間近に確かめようと鶏冠の立つ頭を近づけた。

 一挙手一動作を窺っていたノレッジが息を止める。間違いなく機だ。振り絞り、引き金を引く。バシュンという音と共に、両の手と地面によって固定された『ボーンシューター』が火を噴いた。放たれた弾はしかし鳥竜を捉えず、その目前へと着弾する。

 そう。目前に在る異物 ―― 積み重なった大樽爆弾へと。

 

「クァクァクァ! ――」

 

 ―― ズガァンッ!!

 

 衝撃によって作動する信管。膨大な光と熱が鳥竜を吹飛ばし、破砕音が洞窟を蹂躙する。

 狩人達が一斉に泥の中、落ち葉の中から起き上がる。爆音が響き渡る中を、獲物に向かって駆けて行く。ノレッジだけが再度の射撃を行うべく弾の装填を行って。

 最も早く接近した仮面の狩人が、ぼそりと呟く。

 

「竜盤目、鳥脚亜目、鳥竜下目、ゲリョス科 ―― ゲリョス。毒怪鳥、狩る」

 

 自らの3倍はあろうかと言う鳥竜に向かって『アサシンカリンガ』を振り上げた。

 






・テロス密林について
 モンスターハンター2(ドス)の舞台、ジャンボ村近辺の湿密林地帯を指す名称。
 海と森、洞窟に遺跡までてんこ盛りのロマンの塊。
 大全の地図を見るに大陸の南東側は広く緑に覆われており、一帯をテロス密林と呼んでいる可能性がある。
 植生からみるに、樹海とはほぼ同緯度にあると思われる。同大陸なのか新大陸なのかは定かではないが、本作における樹海は新大陸のフォンロン南側と位置付けている。理由は色々あるが、主にトレジャーや大全からみる黒の部族(ナルガクルガと共生しているっぽい部族)がジャンボ村には影響を及ぼしていなかった事から。素直に考えるならこれはナンバリングの順番のせいなので(ドス→2nd)考えすぎである。


・知り合いの書士官の人
 似たような鳥を伝書鳥にしている、具体的に言えばナンバリング「MH4」の団長の事。


・貫通弾
 読んで字の如く。流石に無条件に貫通したら強すぎるので、刺突する類の弾丸という事になりました。
 ガンナーからすると適性距離さえ掴んでしまえば運用しやすい部類の弾丸だと思われるが、強さはナンバリング(調整)によって違う。


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