モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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第九話 来る、狩猟の季節を

 ジャンボ村へと向かう道中、行商とヒシュら狩人の一団はランポスの群れを2度、ファンゴ達を2度退けた。ジャンボ村に向かうという事は、密林の最も鬱蒼(うっそう)とした ―― 生物が数多く群れを成すフィールドからは離れて行くという事でもある。そのため、通常ここまでの群れに遭遇する場合は珍しい。これもあの怪鳥の影響だろうか。と、ダレンやノレッジにもジャンボ村周辺の生物がにわかにざわめき立っているのが感じられた。

 そうして同じ様に村を1つ経由し、密林の中を歩き続ける事2日。ようやく目的地の付近へと到達する。

 

「―― 見えた。ジャンボ村」

 

 ヒシュが仮面越しに振り返り、前を指差す。ダレンやノレッジがそれに従い目を凝らせば、延々と続いていた密林の緑の中にぽっかりと、小さな村が浮かび上がっていた。

 川の流れに沿って、山を回りこむように切り開かれた土地。布に包まれた造船場や、村の中央で建築中途の鉄火場が印象的だ。

 村を歩く人々、村の周囲に広がる農作地を行く人々。やや人が少ないものの、その顔は一様に明るいものであり、少ないなりの活気が見て取れた。ダレンのジャンボ村に対する印象は、概ね好感触である。

 高台から降ると、すぐに村の入口に到着する。太陽が昇っているため、木で組まれた松明に明かりは灯っていない。だが、その替わりであろうか。

 

「やぁ! ヒシュ、ネコ。お疲れ様だったね!」

 

「おかえり。貴方達が無事でなによりね」

 

「あ、……っ」

 

 出迎えが3名、村の入口に立っていた。

 耳の尖った竜人族の男性と、ギルドの給仕制服に身を包んだ少女。

 そしてそれらの中で一際目立つ、幼い女児が1人 ―― 感極まった面持ちで仮面の狩人へと駆けて行く。

 

「っ! っっ!」

 

 そして、抱き着いた。抱き着かれた側の狩人は、その抱擁を微動だにせず受け止めてみせる。

 顔をぐりぐりと押し付ける女児の頭を、よいよい、と謎言語で撫でながら……視線を巡らせ、村長に。

 

「だいじょぶ? ……村長、薬師さんは? 駄目だった?」

 

「ああ、大丈夫。薬師さんは丁度村に居るよ。鳥達に運んでもらった落陽(らくよう)草は、加工をしてもらっている最中さ」

 

「ったく、そんなんじゃあないの。ヒシュ、だっけ? その娘はアンタを心配してたのよ。密林での出来事を、このコから聞いちゃったからね」

 

 幼子を抱えたまま視線を動かすと、パティが指差す先には村の入口たる囲いに小さな生物が寄りかかっている。

 話を振られた彼は、被った傘が揺らす。首に結ばれた鈴がちりんとなった。

 

「―― ヒシュ、こっちの仕事は完遂させやしたぜ」

 

「ん。ありがと、ニャン次郎」

 

「今後ともご贔屓に、だニャア。……んでは、これであっしは失礼させていただきやす。……ネコ。お前さんも苦労してるみてェだがニャ、精々しくじりなさるニャよ」

 

「ふむ。かの『転がしの』からの忠告、痛み入ります。ですがしくじった所で、1匹のアイルーが自然の贄となるだけの事。私はこのまま主に御伴するのみです」

 

「変わらんニャ、お前さんは。……そんじゃあ、また何処かでお会い致しやしょう」

 

 呆れの言葉を吐き、思い出したように村長に一礼をしておいて、ニャン次郎は村を出て行った。

 村長はその様子を見、煙の出ていない煙管を口にくわえながら笑う。

 

「まぁ配送の日程と薬師さんの滞在期間を考えれば、彼のおかげで早期に納品できて助かったのは紛れもない事実だね。……いや本当に。ご苦労様、としか労う方法が無いのが悔やまれる。村長としての力不足を申し訳なく思うよ、ヒシュ。君達の苦労だって、その装備品の有様を見たら、否応なしに判ってしまうからね」

 

「ん、それはいい」

 

 ヒシュが村長の言葉を片手で遮る。その腕に纏われた皮鎧……『レザーシリーズ』の篭手は、防具の機能云々以前に原形を留めてすらいなかった。

 突き出した手をそのまま横へと動かし、

 

「それよりも」

 

「ああ、そうだね。……そちらは、行商の皆さんと……キミ達は?」

 

 村長と少女、そしてヒシュに抱きついたままの幼子の視線がダレンへと集まった。

 ノレッジがウキウキした顔でダレンを覗い、ライトスが俺の紹介は行商の皆さんで済んでる、と笑う。

 ダレンは腰に差したボロボロの『ドスバイトダガー』を情けなく思いつつも、胸を張って答える事にした。

 

「私達は王立古生物書士隊の一員だ。名は、ダレン・ディーノとノレッジ・フォール。狩人でもあり、学者でもある。これから暫く、此方の村に逗留させていただきたい」

 

 この言葉の一部分、とある単語に反応し、村長の顔は喜色に輝いた。

 

「君達が狩人であるなら、是非もない。この大変な時期にようこそ、我が村へ! 歓迎するよダレン、ノレッジ!」

 

 待ち望んだ……しかし思わぬ来客と、がっしりと握手を交わす。 

 こうして、ジャンボ村を居とする日々が始まった。

 

 

 ■□■□■□■

 

 

 一行がジャンボ村へと到着してから7日が経過した。

 その間ダレンとノレッジは、顔合わせと追って運ばせた書士隊の資料を整理する作業に明け暮れた。王立古生物調査隊の一員である彼らは、密林の地質調査だけでなく、生物の調査も行わねばならない。多種多様な生物が生息する密林を調査するに当たって、資料は多いに越した事は無いからだ。

 ヒシュとネコは毎日、竜人族の村長やパティと言うらしい給仕の少女と村の拡張について話し合いを行っている。どうやらヒシュと村長は旧知の仲らしく、竜人族の村長はヒシュの意見を大いに参考にしているらしい。ダレンも一度その話に加わった事があったが、パティが村長と仲の良いヒシュを見て時折頬を膨らませているのが印象的だった(尚、その視線の先に居るのは村長である)。

 それら相談の甲斐あってか、半ば放置されていたジャンボ村の鉄火場には、待望の「火」が灯された。村長が自らの(つて)を使い、竜人族の技術を身につけた老婆を鍛冶師として招集することが叶ったのである。ヒシュが受諾した依頼の内、鉄鉱石の依頼が彼女を呼ぶためのものであったらしい。ヒシュは村長と共に村を駆け回る傍ら、時間さえあればおばぁ(と、ジャンボ村では呼ばれている)の持つ鍛冶の技術に興味津々と言った様子で鉄火場に張り付いている。ヒシュとおばぁが話す内容には専門的なものも含まれており、ダレンはヒシュの持つ知識の広さに既に何度目か判らない驚きを受けていたりする。

 7日間をジャンボ村で過ごした結論から言って、ダレンはジャンボ村を調査の拠点として選んだのは正解であったと感じている。ジャンボ村は交流の為の設備を整えており、辺境の割には移動に時間がかからない。その事実は日数と移動距離を計算したダレンらを驚かせると共に、喜ばせてもくれた。人々も皆寛容で暖かく、ハンターや書士隊への理解もあり、ダレンとノレッジを快く受け入れてくれている。発展途上の村である為物資は多少心許ないが、今の所、不便を補って余りある利点ばかりだった。

 過ぎた7日。村における基盤を整えている内に季節は過ぎ、繁殖期を迎えようとしている。文字通り生物の繁殖が盛んになる季節だ。

 日は地平線の先へと沈み、ジャンボ村の広場に松明が灯される。村はずれの農地や川合いに着けた漁船から降りた人々が帰路を急ぎ、一人身の者達は村の西側にある酒場へと集まり始めていた。

 そんな喧噪の中、看板娘であるパティが忙しなく動き回る酒場の一角。ここ数日ですっかり定位置となったカウンターの隅に、ダレンとヒシュは腰かけていた。ダレンがペン先で紙束を叩く度、木製の机が小気味良い音を響かせる。

 

「―― この事例の様に、大地の結晶や竜骨結晶は土地の年代を推定するための指標として度々使用されている。一概には言えないが、地層と骨格を合わせて発掘された年代が特定されれば、モンスターを系統樹から分岐させることも幾分か容易になるだろう」

 

「それは、骨格とか牙から推定した上で、という事?」

 

「そうだな。だが飛竜種の様に、系統が多岐に渡るものもいる。……まぁ飛竜種はある種の駆け込み寺でもあるのだが……とにかく、骨格の他にも議論させる必要はある。断定はできないな」

 

「ん。確かに」

 

 現在ヒシュがダレンから教授されているのは、書士隊長として必要な知識であった。この世界に広く生息している生物達を、生物学的な種類で区分しようという壮大な試み。前筆頭書士官ジョン・アーサーによって始められたこの研究は、彼無き今も後任の書士官達によって続けられているのである。

 例えば一般的な書士隊員であるのならば、生物の系統樹区分についての知識など求められないだろう。だが、ヒシュは2等書士官の立場を与えられてしまっている。今すぐに必要とまでは言わずとも、王都やドンドルマに向かう際には隊長として最低限の知識を得ている必要がある。そう考えたヒシュがダレンに頼み享受されているのが、この講義である。

 そしてその逆も然り。ヒシュからはダレンとノレッジに、狩人としての基礎を教える手筈になっている。ただしそれらは主に現地で行う予定であり、今までは(・・・・)具体的な予定が建てられていなかった。

 そのまま暫く。ヒシュとダレンが筆で紙と机を叩き続けていると、酒場に通りの良い声が響き渡る。

 

「―― ほら、ダレンにヒシュ! 折角酒場に来ているのに、食事も酒も注文しないでお勉強してるってどういう事よ? 食べないならお持ち帰りにしてあげるんだけれど!」

 

 腰に手を当て、顔だけをヒシュらに向けて。給仕服に身を包んだパティが料理を運びながら大声をあげていた。何事にも強気ではっきりと話せるのは、看板娘たる彼女の美点である。

 ダレンとヒシュは手元の紙束から視線を上げ、互いに顔を見合わせた。ダレンは苦笑し、仮面の内からは吐息が漏れる。

 

「仕方がない。これは、ジブンらが悪い」

 

「ああ、稼ぎ時に悪い事をした。冷めない内に食べていくとしよう」

 

 紙の束を畳み折り、寄せられていた木製の杯をぶつけ合う。並々と注がれた酒を、2名の狩人は互いに一息で空にしてみせた。

 

「パティ、注文する。お願い?」

 

「はいはい! ちょっと待っててね!」

 

 両手に盆を持つパティが、ヒシュに促されて酒場を駆け回る。だが、その後ろ。酒場の裏からぴょんと、小さな影が躍り出る。

 

「―― お忙しいパティ様にお手数を掛けて頂くのも申し訳ありません。主とダレン殿には、私が運んでも宜しいでしょうか?」

 

「ああ、そうそう! ネコ、お願いできるの?」

 

「承りました。どうぞ他の方への給仕にまわって下されば」

 

 狩りに使用するそれとは違う、襟のついた外套を着込んだネコは返答を受けると手際よく注文を取り、暫く。豪快に調理を済ませた調理師から食事を受け取ると、器用に頭の上に盆を載せて運び始める。そしてお盆を、ヒシュとダレンの目の前にどんと投げ出す。酒と食べ物の一切を溢さずの手際に、周囲の客からは喝采が上がった。

 ネコは律儀に喝采への礼を返した後、仮面の主の左隣に腰掛ける。

 

「ありがと、ネコ」

 

「いえ。それ程の事ではありませぬ故」

 

 言いながら、ヒシュがネコの杯に冷やされた紅茶を注いでいく。ネコはそれを両手で受け取り、自らの食事の横に置いた。椅子に座ると、背筋と髭をぴぃんと伸ばす。

 

「ん、これであと1人」

 

「ああ。ノレッジ・フォールは……あそこか。こちらへ向かっている様子だな」

 

 ダレンが辺りを見回して、一点を指差した。酒場の中にあって、一際大柄の男達が群れをなす区画。ライトスら四分儀商会の席に居た少女が、手を振りながらヒシュらの下へと駆けていた。左側に結われた薄桃の髪が、身体の動きに合わせて振り子の様に揺れる。勢いそのまま、ノレッジはダレンの隣に腰かけた。

 

「先輩、ヒシュさんネコさん! お待たせしてすいませんでしたっ!」

 

「問題ありませぬ、ノレッジ殿。私もたった今我が主とダレンに食事を配膳し、席に着いた所ですので」

 

「ん、そう。ジブンは気にしない。……ダレン?」

 

「ああ、勿論問題ないとも。狩人としての知識を得るためなのだろう? 知識に貪欲になれるのはお前の美点なのだ、ノレッジ・フォール」

 

 のんびりと言うべきか、能天気と言うべきか。ヒシュにとってノレッジは、そういう印象を受ける少女だった。

 慌て顔から一変。ぱっと開く笑顔を浮かべ、

 

「えへへー、先輩に褒められましたっ! ……じゃあなくて。ご飯です、ご飯!」

 

 ノレッジの一声に、待ってましたとばかりに皆が手を合わせる。

 

「―― じゃあ。いただきます」

 

「「「ます!」」」

 

 彼および彼女らは、声を合わせたかと思うと、今度はすぐさま食事をがっつき始めた。全力を注ぐと言わんばかりの食べっぷりには、周囲にいた男衆もぎょっと目を剥いて立ち止まる程である。

 数分を食べる事に集中した狩人達は平らげた皿を持ち上げ脇に寄せ、意気揚々と次の注文を飛ばす。

 

「次、キングターキー」

 

「私はシモフリトマトのサラダを」

 

「紅蓮鯛だな」

 

「あ、それじゃあ私も大胆に! リュウノテールを……」

 

「い い か げ ん に 、しなさいっっ!!!」

 

 ―― ずべし!

 

 高価で村の食堂などでは調理すら不可能な食材を連呼し始めた彼らは、頭上からの衝撃によって机に沈む。

 直撃を避けたノレッジとネコが、パティの持つ乙女の一撃の威力に目を見張る。パティはと言うと叱り飛ばした拳骨を腰に当て、机に伏した2人を睥睨(へいげい)する。

 

「ふん。貴方達はこの後、村長さんと話があるんでしょ? 今のはあたしからの忠告ですよ。村長さんは忙しいんだから、くれぐれも迷惑かけないで頂戴ね!」

 

「……あの。パティ殿は雷狼竜を相手取った経験がおありで? まるで無双の狩人の如き見下し様です」

 

「あ、あはははー……」

 

 感心するネコの横で苦笑いするノレッジにも釘を刺し、パティは給仕を再開した。頃合を見計らってヒシュとダレンがむくりと身を起こし、そのままパティが注いでくれた酒のおかわりを手に取った。

 ダレンは頭をさすり、ヒシュは傾いた仮面の位置を微調整する。

 

「んむぐ。これを飲んだら家に戻る」

 

「主殿が御無事でなにより」

 

「私達もだ、ノレッジ」

 

「はぁい」

 

 

□■□■□■□

 

 

 酒場を後にしたヒシュら一団は、そのまま家へと移動した。

 ヒシュが村から借家しているハンターハウスは2階建てで、川沿いの崖上に建てられている。ジャンボ村は寒冷期であろうと冷え込む事が少ない温暖な気候にある。今も寒冷期の終盤なのだが、辺りを川に囲まれているために比較的過ごしやすい気候となっている。

 借家の中でヒシュとネコがソファに腰掛け、ダレンとノレッジが客間にあたる位置にある椅子に腰掛けた。仕切りがないために、客間という区切りが適切であるのかは分からないが。

 家の中を照らす灯りの下でヒシュとネコは自らの装備の手入れを始め、ダレンとノレッジは密林の分布調査のまとめ書類を作る。そのまま過ごす事、数余分。ハンターハウスの扉が開いて、一同の待ち人が顔を出す。

 

「―― どうやら待たせてしまったみたいだね。いやぁ、すまない」

 

 その背に大きな鞄を背負った、耳の尖った竜人の青年。この村の村長である。村長の後ろ幾ばくか遅れて、ライトスが顔を覗かせる。

 

「邪魔するぞ。……お、良い家じゃねえか。ドンドルマ辺りでこんな家を買おうと思ったら、羽振りのいい奴の出資で成体の上位リオレウスを5匹は狩らねぇとな」

 

「それはただの無謀だろう、ライトス」

 

 言ってダレンが席を立つ。ノレッジが後に続き、自然と全員が家の中心部に置かれた机に着いていた。机の上には酒場から持ち帰ったつまむ程度の食事が置かれたままだ。

 食べ物には手を付けず、先ずは、と村長が話題を切り出す。

 

「じゃあまず、今回の君たちのクエスト成功を祝う所から。ありがとう。落陽草は、君たちのおかげで無事に納品されたよ。あの娘の母親も、どうやら快方に向かっているみたいだね」

 

「ん、何より」

 

 少女からの依頼の達成に、ヒシュは仮面の内に笑みを浮べる。

 しかしながら、村長がこの面々を集めたのはクエスト達成の礼を届けるためではない。真の目的はその後にある。

 

「そして本題の方だが ―― 結論から言うと、君らが怪鳥と遭遇した近辺……テロス密林フィールドの西端は、立ち入り禁止区域。つまりは『禁足地』に指定された。出所の特定は難しいけど、向こう(ドンドルマ)で得た情報からの推測は可能だ。どうやらギルドからの圧力がかかったらしいね」

 

「それは、村長。ドンドルマのギルドからのもので?」

 

 神妙な面持ちを浮かべたネコの問い掛けに、村長が頷く。

 『未知の怪鳥』。あの密林でダレンらが出会った、底知れぬ怪物。ジャンボ村で過ごす日々に埋もれても、あの恐怖は未だ胸の内に燻っていた。それはダレンだけでなく、ノレッジとて同じ事だ。村長の言葉によって光景を思い出し、両腕で身を抱いてぶるりと震わせる。

 各人の反応を見、ほんの少しの間を取って無煙の煙管を蒸かし、村長は続ける。

 

「どうも出所ははっきりしないんだが、古龍占い師たちが騒ぎたてたらしい。あの人たちが揃いも揃って騒ぐとなると、大老殿も無視は出来なかったみたいだなぁ」

 

 再度口元で煙管を動かし、膝をトントンと叩く。数秒虚空を見つめ、

 

「今回はギルド管轄のフィールドじゃあない……ギルドへの直接の損害も少ない事から、例外的な禁足指定に対して強い反対意見が出なかったみたいだ。テロス密林は広大だから、物理的に封鎖された訳じゃあないけど、既に観測の飛行船は飛ばされてるらしいな」

 

 村長の話にこの場の全員が口を閉ざす。

 閉ざした思惑はそれぞれだ。ライトスは行商通路の封鎖による収支の減益を憂う。ダレンは密林調査の行く先に対する不安を思い、ノレッジも大凡(おおよそ)はダレンと同じ。

 ネコは主の目的を知っている為に口を閉ざす。その主は ――

 

「―― それでも」

 

「うん?」

 

 逆説から切り出した仮面の主に、多くの者が疑問符を浮べる。

 ヒシュは背もたれに身体を預け、身振り手振りを加えながら続ける。

 

「それでも、ジブン、放っては置けない。これ、由々しき事態……だと思うから」

 

「どういう事だ?」

 

「ヒシュさん、えっと、由々しき事態って……」

 

 困惑する面々に向かって頷きながら、ヒシュが地図を広げる。ジャンボ村の北東、テロス密林を示した地図だ。

 密林の西側、あの怪鳥と争った部分を指差して。

 

「聞いての通り、ジブンとネコの目的は落陽草の採取だった。だから、あの場所『テロス密林』辺りの植生に関して、知識はあっても実見はなかった。だから最初、あの辺り一帯を調べた。調べたから、判る。……まず、あの辺りにはイャンクックが生活している痕跡がなかった。土を抉って虫を食べた跡も、落ちた鱗もない。つまりあのイャンクックは、外から来たばかりの……あの辺りを根城にしているモンスターじゃあない」

 

「採取の際、私も主もあの辺り一帯を探りました。フィールド程の環境が整っていないせいか巨大な昆虫類は出現していない様子でしたので、抉られた地面が無いのは不自然でしょう」

 

 ネコが主に賛同するべく意見を沿える。ヒシュはうん、と頷いて。

 

「イャンクックの主な生息地は密林、湿地帯、母なる森……みたい。多分。密林にも棲んでるって聞いてたから、ジブンもあの時は、疑問に思わなかった。けどこうなれば話は別。1つ、疑問が浮かぶ」

 

 仮面を揺らし、傾いで、ぴしりと指をたてる。

 

「イャンクック、なんで、行商隊を襲った?」

 

 ライトスと村長は要領を得ないといった風。ノレッジもそうだ。が。

 

「……確かにな」

 

「どういう事ですか、先輩?」

 

 この問い掛けと同様の疑問を、ダレンは浮べていた。

 書士隊として入れ込んでいる知識によれば、イャンクックは本来臆病な性格である。決して好戦的ではない筈なのだ。自らを脅かす生物に遭遇した場合には逃げ出す事すらあるという。

 そんなイャンクックが能動的に他者を襲う。その数少ない例外といえば、自らの縄張りを荒らされた際や、飢餓に襲われた際の事例があった。が、それの殆どは受動的な事態であり……狩人と対峙するのも、縄張りを荒らされた時が殆どである。

 とすれば、縄張りではない土地に現れた怪鳥が能動的に他者を襲い……しかも行商隊を執拗に追い回すという、今回の出来事は。

 

「―― かなり変則的な事態だという事、か?」

 

 ダレンが唸る。変則的な事態と結論付けるのは簡単だが、肝心要。「過程がない結論」は、研究者としての自分が許せない。

 ヒシュもダレンの意に頷く。

 

「でも、ダレン。だいじょぶ。ジブン、少ーしだけ考えてる事がある」

 

「主殿。どうぞこれを」

 

 期を読んだネコが、大量の紙束を机に置いた。積み重ねられた重量によって机が軋みを上げる。

 ヒシュはその内から1枚の絵を取り出すと、目前に掲げる。

 紅い眼。黒の体色。紫の棘が節々に突き出し、尾と翼は大きく長く。体長は元の怪鳥を大きく超え、飛竜にも届くか。大きな嘴と襤褸(ぼろ)の耳だけが怪鳥の面影を僅かに残している。

 

「……それは?」

 

「あの怪鳥の絵。ジブンがこの間のをスケッチしたんだけど、うん。……この生物は、ジブンが、さがしていた、相手、です」

 

 片言の様子で、『捜していた』。この発言に村長以外の一様が傾注する。

 絵を置き、今度は古い装いの紙束を取り出した。書物とは呼べない、殴り書いた落書きにも劣る様な、正しく紙の束であった。

 

「この紙、とある狩人の魔境街……みたいなとこから拾って来たもの。この中に『未知』について、書いてある。

 

 ―― 狩人が生を得、猟を成して幾年が経つだろうか。

 人々がかつての滅びから繁栄を成す様に、生物もまた、幾つもの発達を遂げている。生物は様々な経験を経、進化し、分化する。

 この萎びた書き物を読する貴方に、(わざわい)を招く竜の話をしよう。

 彼らは生物である。だが、例外なく個ではない。その生態は個が多様性を持つという部分に集約出来るであろう。

 彼らは1つの個の中に、分化した様々な生を持つ。或るものはその身に宿した生を千変万化に使い分け、或るものは遍くを統べる。

 彼らはさながら1つの災い。そして、その始まりをも兼ねる。分化した系統樹を束ね、混ざり合った、総ての色を重ねた ―― 黒き個達。

 その結晶たる彼らを猟す事は、八百万のモンスターを狩るが如き覇業であろう。

 著する私は、狩人達のお陰で、彼らを目にしながらも生き永らえている。その幸運を噛み締めながら、この著を期に筆をおく事を決めた。いや、決めざるをえない。間もなく、氷塔の頂に座する星の瞬きが、私を覆うのだ。

 天頂に禍を成す個を。黒き身体を輝かす、生きとし生ける星々を。

 彼らを見かけた者あらば、こう呼称する他に術はないことに気が付く筈だ。

 

 『未知(アンノウン)』、と。」

 

 文章はここで途切れている。

 その内容を咀嚼しながらヒシュの持つ絵を見やる。黒い怪鳥が描かれている。確かに黒い個体だ。しかし話が突飛に過ぎるため、どうにも実感が追いつかない。

 

「……これはつまり、どういう事だ?」

 

「ん。最近ジブンの元居た大陸の西端で、塔って言う、古代の建築物が沢山見付かってる。その調査中に見付かった古書の切れ端が、これ。いつ書かれたのかも判らないし、そもそも戯言の可能性もある。でもこれは、氷の塔って呼ばれているかなり危険な場所の入口で、不思議な結晶で固められた部分から見付かった。しかも、その塔の先行調査でとあるモンスターが発見されて、信憑性が増してる。……黒い轟龍、みたいな感じのモンスターが。それで古龍観測所の知り合いに、ジブン、『未知』っていう生物の調査()依頼されてる」

 

「つまりヒシュさんは、その未知(アンノウン)っていうモンスター達を捜してこの大陸に渡って来ているって事ですか?」

 

「うん。そんな感じ。ジブン、向こうの大陸ではそこそこの実績があって、古龍観測所と懇意にしていた。危険度を高く見積もるみたいなんだけど、どうも強硬派が古の龍にしてしまえって言ってるみたいで。見かけてすらいないのに彼ら未知(UNKNOWN)を古龍に分類するのか、って、無駄な議論がある。その論争を纏める手伝いみたいなものをしてる」

 

「へぇ。つまりその未知ってモンスターは、古龍の様な強大な存在だって言う事か! そりゃあ、あの婆さんどもが騒ぐわけだ!」

 

 ノレッジの問いと村長の察した内容に、仮面が頷く(かくり)

 ヒシュには実際の所、もう1つの依頼もある。だがこれは書士隊の隊員たる彼ら彼女らに話して良いのかが微妙な部分であると判断しているため、姫様の依頼をだしに今の所は伏せておいて。

 

「で。あの怪鳥の正体はこうとして、話を戻す。あの未知は最初、多分、これを狙ってた」

 

 ヒシュは詰まれた書誌の中から、こんどは丁寧に装丁された本を取り出した。

 ただし、傷つかないようにと梱包されてこそいるものの、本そのものからは歴史を感じられる。率直に言って、先の紙束に負けず劣らずの襤褸さである。

 だがその本には見るものを惹きつける ―― 不思議な、纏わり憑く(・・・・・)様な威圧感(・・・)があった。

 掲げて、見せびらかす様に。

 

「これ、『古龍の書』」

 

「……っ!? 古龍の書だと!!」

 

「せ、先輩っ?」

 

 荒げたダレンの声に、ノレッジは困惑する。古龍という単語を聞きなれていないのもそうだが、ダレンが驚く理由に察しがつかなかったのだ。

 ヒシュがダレンに判るけど落ち着いてと声をかけ、立ち上がったダレンが座り直す。隣で腕を組んで清聴していたライトスが、代弁するように口を開く。

 

「まぁダレンが驚くのも無理はねぇ。俺も物の価値なんてものに値段を付ける仕事をしてなきゃ知らない話題だがな。……なぁ、仮面さんよ。お前さんの言う『古龍の書』ってぇのは、歴史的価値があるってな触れ込みで大老殿に大切に大切に保管されてる、あれじゃあねぇのかよ?」

 

「ウン。そう」

 

「……はれ? 大老殿、って言うと……」

 

「大老殿はこの大陸の中央に位置し多くの狩人の拠点となる街、ドンドルマに在る場所ですノレッジ女史。大老殿は行政の中心部の役目も担っておりまして、大長老と呼ばれる巨人のお方が指揮を採っているのです」

 

「ああ、そう言えば……聞いたこともあるような無いような」

 

 言われてノレッジも遠い昔の事を思い返す。

 自分の転機となったあの日。風車の回る広場から、無数の階段の先に在る一際大きな建築物を見上げた記憶があった。あれは大老殿と言う場所なのだと、両親から聞かされたのだ。同時に、出入りできる人物は限られているとも聞いた。書士隊の3等書士官……それも行動派の糞便収集係という立場であったノレッジには無用の場所なので、今の今まで忘れていたのだが。

 だからこそ、当然の疑問が沸く。

 

「そんな場所に大切に保管されている貴重な書物が、何故ここに?」

 

「んーん。これ、確かに、大老殿に在るのと内容は同じっぽい。でも、別のもの」

 

「つまり写本だと言う事だね」

 

 噛み砕いた村長の注釈に、ヒシュがかくりと頷く。

 

「でも、どっちが写本なのかは判らないけど。……それも置いておいて。これ、前にジブンが入手を頼んでおいて、ここジャンボ村で受け取る予定だったもの。ライトス達が持って来てくれていたみたいだけど、きっと、これを狙われた」

 

 仮面の狩人の言い様はどこか幻想じみている。

 つまりあの怪鳥は書物を追って行商を襲い……その過程でダレンら狩人が巻き込まれた、と。そう言っているのだ。確かにあの本には奇妙な威圧感があるものの、論舌の基幹としてはぶれていると言わざるを得ない。

 ヒシュは自らの仮面を ―― 丁度目に当たる文様の部分を手で覆い。

 

「ジブン、あの怪鳥の中を視た(・・)。本能で、この本を追ってた」

 

「だが……」

 

「―― 私も助力をする前に見ておりましたが、あの怪鳥との遭遇時をよくよく思い返してみてください、ダレン殿。あの怪鳥は何を見ていましたか? 始めに嘴を振り上げた先は ―― 行商隊の荷物ではありませんでしたか?」

 

 主の言葉を補足するネコに応じ、ダレンは思い返す。

 ……そうだ。ドンドルマから南下する道中で意気投合し、護衛を務めて1日が過ぎた頃。どこか遠くから飛んできた怪鳥が何時しか自分達一団の上空を回遊し始め、密林の広間に差し掛かった途端に襲い掛かってきた。

 行商隊の人々を掻き分け、剣と盾を構えたダレンの横を抜け、アプトノスの引く竜車へ、一直線に。

 だからこそまず、行商一団を逃がした。怪鳥は中々離れてくれず、やむを得ず自分たちが怒らせる事で引き離したのだ。怒った怪鳥は流石にダレンに狙いを定めてくれたが。

 

「あの怪鳥は、未知に芽吹く直前だったみたい。この本が持つ残滓に引き寄せられて、接近した。ジブンらと邂逅を果たした怪鳥は結果として、未知に目覚めた」

 

 ヒシュの語る話は筋だけが通っている(・・・・・・・・・)。常識の在る学者は、これを屁理屈だと笑う事だろう。

 ……だが。

 

「だからジブンが、未知(UNKNOWN)を、狩る!」

 

 仮面の奥に隠された瞳が、喜と興奮の色に輝いていた。

 一番にヒシュが言いたかった台詞に違いない。これまでの理屈はさておいて、未知が近場に潜んでいるのは間違いない。単純に、人々にとっての『脅威』である強大な生物が、だ。

 それは自分の役目でもあり、狩人としての役目でもある。だから狩るのだと。そう、雄弁に語ってみせたのだ。

 ダレンは考える。ヒシュの言い分は兎角、未知と呼称される恐ろしい生物が密林に存在しているのは、紛れもない事実。ヒシュによって翼の意味を削がれている以上、飛べない未知は、少なくともその傷が癒えるまでは移動に手間取る。一度場所をつかんでしまえば、観測班が見失う事は先ず無いだろう。観察を続けているという村長の報告からも、未だ密林を出ていないのは明らかだ。そして強大なモンスターが近隣に潜み続けているという事態は、ジャンボ村にとって間違いなく不利益である。

 と、すれば。

 

「……わかった。私は君を信じよう、ヒシュ」

 

「おいおい。本気かダレン?」

 

 懐疑的なライトスの言葉を手で制し、ダレンはヒシュと向き合いながら口を開く。

 

「少なくとも、狩ると言うヒシュの言葉は間違っていない。あれは間違いなく人にとっての脅威だからな。それを目指すと言うのであれば ―― 」

 

 そう。ダレンもまたヒシュと同じく、通常の立場とは異なる切り口から狩猟に賛成する事ができる。

 あの「未知」は間違いなく、人にとっての壁となる。本を狙っていたのか。語られるような未知であるのか。それら尻込みする理由は全て、理性……生物の本能に由来する恐怖でしかないのだ。

 狩人たるダレンの側面は感じている。あれは狩るべき相手であると。

 だからこそ、書士隊たるダレンの側面は感じている。あれは知るべき相手であると。

 つまりは、王立古生物書士隊の調査対象になりうる生物なのだ。未知は。

 

「―― この地に住む一個人として。私達を救ってくれた友として。微力ながら私、ダレン・ディーノも協力しよう、ヒシュ」

 

「ありがと、ダレン。……ノレッジは?」

 

「はい。私もあの怪鳥のこと、知りたくなりましたから!」

 

 どうやらノレッジも同様の考えに行き着いたらしい。

 未知の消えた先。密林の方角をちらりを目に止めてから、ヒシュが真っ直ぐに向き直す。

 

「……あの未知が最後に見逃してくれたのは、未知が開花したのもそうだけど、ジブンらを敵と認めたから。認めたから、全力で相手をするつもり。だから ―― 時間がある。まず、ジブンはこっちの大陸での装備を作る。それと一緒に、ダレンとノレッジに狩人としての教習をする。そして最後に、密林の奥に待つ未知を、狩る」

 

 ヒシュが目標を掲げる。ダレン達の狩人としての日々が本格的に始まる事を、告げている。

 季節は繁殖期。

 生物が。 ―― そして狩人が最も活発に動く季節でもあった。

 

 

 






・unknown
 モンスターハンターフロンティアより、俗称・黒レイアさんを指す名称。
 強い。飛龍種の行動をごった煮にして繰り出してくる、真っ黒な飛龍。

 そのため、実際には本作のモンスターをunknownと呼称するのは間違いである。
 ただ、その方が分かりやすくまとまると思うので、本作においてはunknownを「骨格系統の動きをまとめて扱う黒い個体。超強い」と定義しておく。
 鳥竜種のunknown、といった扱い。
 
・古龍の書
 モンスターハンタードスに登場したアイテム。
 とある場所へ足を踏み入れるために必要となる。


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