Reincarnation of Z   作:秋月 皐

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激戦と正義

[0079年12月31日 ア・バオア・クー]

 

 地球と太陽を背にするSフィールドに集結した、連邦軍第一大隊が、ア・バオア・クーに攻撃をしかけてから何時間が経過しただろう。メインコンソールに表示される残りの燃料は、少ししか減っていない。

 

 所属しているモビルスーツ大隊のジムと隊列を組んで、ア・バオア・クーへと進行する。

 ジオンのモビルスーツが散発的に攻撃を仕掛けてきたが、ビームスプレーガンを撃っている内に、誰が放ったかも分からない銃弾が敵にあたって、光の弾が空に散った。

 

「早すぎる、なんだ!」

 

 味方の叫ぶような声を耳にしながら、モニターに映る光を見る。

 高速で移動する足の無い機体は、機体のあちこちから黄色いビームを撃ちだしていた。

 

「大物だ、シャアか!?」

「足が無い奴は、指からビームを撃っているのか!?」

「味方の方向からビームが飛んできたぞ、俺たちごと撃つのか!?」

「違う、あれは敵の……うわっ!」

 

 混乱した仲間達の声が、ノイズ混じりに鳴り響く。

 

 必死に敵を目で追いかける。ペダルを小刻みに踏んで、味方と離れないように距離を保ちながら、足のない化け物の周りにいる、動きの鈍いゲルググをロックオンして、スプレーガンで撃ち抜く。

 違うと指摘した隊長のジムが、目の前で撃ち抜かれたので、巻き込まれないように両側のレバーを思いっきり引き、スラスターを噴かして距離を取る。

 

「隊長! ラダー、まだ生きてるか!」

 

 爆発して、散った隊長の乗るジムの残骸が機体にぶつかり、軽い音がスピーカーから再生される。背後にいたラダーの機体と背中を合わせて、接触回線を繋いで、互いの生存を確認する。

 

「なんとかな。でもあいつを抜けないとア・バオア・クーに取り付けないぞ」

 

 レーダー上で機影がひとつ、足なしの化け物に急接近していくのが見えた。どこの馬鹿がやっているのだと目視で確認すると、接近して行ったのは白い機体だった。

 

「無茶をするパイロット、あれがガンダムなのか!?」

 

 ジムが護衛するランチを狙ったドム二機を、ガンダムがほぼ同時に撃破して、足なしの化け物と交戦を始めた。黄色とピンクのビームが飛び交うその姿は美しささえも感じさせた。

 

 途端に、足のない化け物の目がこちらに光った。ガンダムに撃ったはずのビームが飛んできたのだ。

 

「コニス!」

 

 ラダーに名前を呼ばれた時には時間の流れが遅くなるように感じた。戦闘の光が全て見え、目の前のビームを躱すことさえできそうだった。

 頭で処理できていても、身体への伝達が追いつかず、レバーを引いて機体を動かそうとしたが、ビームはジムの左脇腹を貫いていた。

 

 コクピットが歪み、押し潰れて、右足が挟まっている感じがしたが、左足の感覚が無かったことに違和感を覚えた。現実から目を背けたくなるが、気になってしまっては当然目を向けないはずもなく、目を向けるとそこにあるはずの左足が無くなっていた。

 

「あぁ、あぁぁっ!」

 

 声にならない悲鳴を上げる。左足から目を逸らそうと必死に頭を振るが、釘付けにされたかのように目を離すことができない。

 どこから漏れてきたのかも分からない血の滴が宙に浮いている。死が近づいていることを確信して、胸の鼓動が激しくなる。苦しみから逃れようと身体を捩るが、コクピットのシートベルトが邪魔をする。ベルトを外そうとしていると、ラダーのジムがコクピットをこじ開けた。

 

「飛べ!」

 

 壊れかけのスピーカーから鮮明に聞こえた声を頼りに、じわじわと感じはじめた左足の痛みを堪えて、ジムのコクピットへと飛び移った。

 

「コニス、死ぬじゃない。こんなことで死ぬな!」

 

 薄れ行く意識の中、親友や家族以上の存在とも言えるラダーの声に、いつしか身体の痛みは薄れて、和らいだ気分になっていた。

 

******

 

「ラダーが俺たちの母艦だったトラファルガーに運んでくれて、緊急で病院船に移されて、目が覚めた時には戦争も終結。引退して、今じゃこうしてバーのマスターさ」

 

 自分を笑うようなバーのマスター、コニスは拭き終えたタンブラーグラスを机に並べて、ミキシンググラスに赤ワインとコーラを注いで、バー・スプーンでかき混ぜる。

 

「前々からお前はこういう雰囲気の店がが似合う男だと思っていた。お前の戦場はここなんだろう」

 

 ラダーの言葉を聞いたコニスは嬉しそうに笑みを浮かべながら、タンブラーグラスに氷を入れて、ミキシンググラスから赤いカクテルを注いだ。

 

「なら、かわいい後輩達にサービスしてやらないとな」

 

 出されたのは深い紅色のワインに見えた。よく見ると小さな泡が立っている、炭酸なのだろうか。

 

「ディアブロ・ブラッド。本来なら店で出すようなカクテルじゃないんだが、これぐらい飲みやすいものが良いだろう」

「悪魔の血、か……」

 

 飲むのを少し躊躇ったが、好意で出されたものを飲まないのも失礼だ。グラスを手に取り、カクテルを飲む。

 舌の上を通って喉へと流れるカクテルは、ブドウ味のコーラのように、ソフトドリンクのような軽い味わいで、厳つい名前の割りには随分と飲みやすい。

 

「美味しいですね、これ」

 

「ワインとコーラを一対一で割っただけの簡単なカクテルだ。一年戦争の頃は隠していたワインでよく作って、ラダーと飲んでいた」

 

「隊長達も基地で飲んでたんですか?」

「たまにな」

 

 カクテルを飲み終えると、コップに水が注がれて、二人の前に差し出された。差し出されたコップを手に取って、今度は水を飲む。

 

「今日はありがとうございました」

「また来るといい」

 

 コニスのバーを出ると、外は薄暗く。西の空が夕焼け色に染まっていた。

 駐車した空き地に戻ると、レイエスのケッテンクラートを、物珍しそうに見ていた子供達が、三人に気づいた。

 

「わっ、ティターンズの軍人さんだ!」「兄ちゃん達、モビルスーツ乗ってんの?」「あの変なバイク兄ちゃん達のだよね!」

 

 子供達は、あっと言う間に三人を取り囲んで、いくつもの質問を投げかける。

 

「お、おい」

 

 珍しく困惑したラダーが「なんとかしろ」とでも言いたそうに見てくるが、クラノ自身も子供の対応に慣れているわけではなかった。

 

「ラダー隊長、クラノ少尉。ここは自分が……!」

 

 そんな中、レイエスが一歩前に出て、その場に座り込んで子供達と目線を合わせる。

 

「君たちは家に帰る途中かい?」

「うん!」

「そっかそっか、お兄さんたちは見ての通り、ティターンズだよ。このおじさんが隊長で、僕と、このお兄さんが部下だよ」

「おじさんが隊長なのー?」「パパと同い年ぐらいかなー?」「おじさんすげー!」

 

 ラダーの表情が、みるみる内に陰っていく。

 

「あのバイクは僕のなんだ。仲間でドライブしてたんだよ」

「へー」

 

 子供達が同時に声を漏らした。

 何人かが「乗ってみたい」と言いたげな視線をケッテンクラートに向けている。それを見たレイエスが「荷台に乗せてあげようか」と声をかける。

 

「ほんと!?」「やったー!」「俺が一番な! 一番がいい!」「えっ、ずるーい」

 

 がやがやと騒ぎはじめた子供達の前で、立ち上がったレイエスが一度だけ手を叩いた。

 

「乗せて欲しい子は静かに整列!」

 

 言った途端、子供達が静かになり、レイエスの元へ我先にと並ぶ。

 

「よし、それじゃあ順番に乗せてあげるから。隊長、クラノ少尉、手伝っていただけますか?」

 

 レイエスの意外な特技に二人で関心して、首を小さく縦に振った。

 

 それからは三人で子供達を順番に荷台へと乗せては下ろしてを繰り返して、全員を荷台に乗せた。荷台に乗った子供達は「すっげー!」や「本物だー!」と目を輝かせながら喜んでいた。

 

 再びレイエスがしゃがみ込み、子供達と視線を合わせながら楽しかったかを聞く。

 すると子供達は口を揃えて「楽しかった」と喜んで答えた。お開きにして基地へと戻ろうとしたとき、一人の少年がケッテンクラートに乗る三人を引き留めた。

 

「お兄さん達、ティターンズは、宇宙の悪い奴らから地球を守ってくれるんだよね?」

 

 それが切っ掛けとなったのか、他の子供達も各々の思いを口にしはじめる。

 

「もう、コロニーは落ちてこないんだよね?」

「地球に隠れてるジオン星人も、ティターンズが倒してくれるんだよね?」

「ティターンズは、正義の味方なんだよね?」

 

 投げかけられた質問に、クラノは思わず目を背けたくなってしまう。

 しかし、隊長とレイエスが顔を見合わせていることに気づくと、クラノも顔を見合わせて、三人で頷くと、子供達に向かって「もちろんだ」と答えた。

 

 これからティターンズが歩む道をクラノは知っていたが、少なくとも今は、瞳を輝かせる子供達の未来を守る為に戦う。それこそが正しいことなのだと、確信することができた。

 

 子供達は基地へ戻るケッテンクラートに、敬礼をしながら「頑張って!」や「応援してる!」といった言葉をかけた。

 ティターンズの一員であれば当然のことを言ったのだが、当然だとしていても目頭が熱くなるのを感じていた。

 

 レイエスに至っては運転しながら涙を流している始末だったが、ラダーもクラノもレイエスの気持ちは十二分に理解できたので、レイエスに声をかけることはしなかった。

 

「自分、次の作戦は必ず成功させます」

 

 呟くように漏らしたレイエスの言葉に二人は小さく頷いた。

 沈む夕日を眺めながら、今ある正義を信念として貫き通すことが正解なのだろうと、クラノは信じることにした。


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