Reincarnation of Z   作:秋月 皐

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休息

 ロンドン基地に戻ると、窮屈なパイロットスーツからティターンズのジャケットに着替える。

 スーツのサイズは事前に申告していた筈だったが、小さいサイズの物が送られていたようだったので、与えられた自室へと向かう。

 

 急ぎだったこともあって、部屋はキャリーバッグと、事前に送っていた段ボールが積み上げられているだけの寂しい状態だ。

 

 部屋に備え付けられたコンピュータを起動して、キーボードを叩き、ちょうど良いサイズのパイロットスーツを注文する。

 

 右下を見ると、メールボックスに新着メールがあることを知らせる赤い数字が1と表示されていた。数字をクリックしてメールを開くと、前の所属であったハミルトン基地の司令官から、ティターンズ配属を改めて祝う内容のメールが送られてきていた。

 

「ティターンズが相手だから媚びを売りたいのか」

 

 呆れたが、メールの内容を読み進むにつれて、違うことが分かった。どうやら新天地での仕事に心配してくれているようだ。思い返せば、ティターンズ配属が決まった時も自分のことのように喜んでいた。優しい人のなのかもしれない。

 

「生前もこんな上司がいたら、違っていたのかもな」

 

 問題がないことと、何かあった際には連絡する旨を伝えるメールを作成して、送信のボタンをクリックする。

 

 一息吐いて備え付けのベッドに腰をおろすと、戦闘が終了してからずっと高鳴っていた心臓の音が、クラノには不快に思えたので、部屋を出て自動販売機で缶コーヒーを注文してから、気を晴らそうと格納庫のモビルスーツを見に向かう。

 

 

 ロンドン基地の広い格納庫では、ちょうど損傷したジム改を、パーツ単位に分解しているところだったようで、工具の音に混ざって整備長の怒鳴り声が聞こえてくる。

 損傷させてしまったことを少し申し訳なく思いながらも、良い休憩場所が無いかと辺りを見渡すと、レイエスが鉄柵にもたれかかっているのが見えた。

 

「レイエス少尉、整備班に絞られたか?」

「クラノ少尉。いえ、むしろ逆です。よく帰ってきたって」

 

 初出撃で命を落とすパイロットが殆どだと、教本に書いてあったことを思い出す。

 いくらエリートであるティターンズとは言え、初めての実戦で共同撃墜のスコアを抱えて、無事でなくとも生還したのだから、賞賛されてもおかしくはない。

 レイエスが生還できたのも、ジム改が素直に反応してくれたおかげで、ゴッグの攻撃をすんでのところで避けることができたからであった。整備班の腕は信じられる。

 

「〝モビルスーツの足はたとえ切られても治せるが、人間の足はそうじゃない〟って」

 

 その通りだと思い、首を縦に振って同意をしながら、缶コーヒーのタブを開けてレイエスと同じように鉄柵にもたれかかりながら、飲みはじめる。

 

「確かにそうかもしれませんが、自分は、モビルスーツを壊すためにティターンズに入ったわけじゃないんです。だから、もっと強くならないと」

 

 視線の先には、ラダーが乗っていたジム・クゥエルが、無傷の状態でモビルスーツハンガーで寝かされていた。使える機体が最優先と言うことなのか、解体されているジム改よりも、多くの整備員が機体のあちこちに取り付いて、各々の作業を進めている。

 

 サウサンプトン基地にいたと言うレイエスの友人。彼が乗っていたと思われるアクア・ジムが、母艦であったヒマラヤ級空母と共に海底で鎮座しているのを、捜索班のフィッシュアイによって発見されたと、帰還の途中で隊長から聞かされていた。

 あと数分早ければ。なんてことは戦場ではよくある話だと言うが、そう簡単に割り切れる物でもない。思い詰める気持ちは、胸が痛くなる程に理解できた。

 

「持ってきた車両があっただろう」

 

 だからこそ、気晴らしになりそうなことを提案してみる。思い詰める気持ちも分かるが、思い詰めすぎるのもよくないだろう。

 

「ケッテンクラートって言うそうです。かなり珍しい車両のようで」

「そいつでロンドンの街に行ってみないか」

 

 クラノが他人と積極的に関わりを持つような人間でないと考えていたレイエスは、驚いたように目をぱちくりとさせた。そして、改めて自分の頭の中を整理すると、自分が如何に思い詰めすぎていたかが見えてきた。急な初出撃だったこともあって、今日は一日休んで良いと言われている。気分転換に努めて、次の作戦に備えるのも悪くないと思えた。

 

「いいかもしれませんね」

 

 断られることも考えていたが、杞憂だったことに安堵して、ほっと一息ついて、手に持った缶コーヒーを、一気に飲み干してしまう。

 

「街に行くなら、俺も混ぜて貰っていいか」

 

 声を聞いて振り返ると、いつの間にか二人の後ろには隊長が居た。突然のことに驚いてしまうが、特に断る理由もなかったので「もちろんです」と言葉を返した。

 

 

 霧が晴れた昼下がりのロンドンは、活気に溢れていて、様々な人や車がそれぞれの目的地に向かっているようだった。レイエスが運転するケッテンクラートの荷台に、クラノとラダーが乗っている。

 僅かに空を見上げてみれば、有名な時計塔が時を刻み続けていた。

 

「隊長はこの辺り長いんですか?」

 

 大人二人が乗るには少し狭い荷台の上で揺られながら、夏の日差しに照らされる。暑さに耐えきれず、ジャケットを開けて風を取り込むと、僅かではあるが涼しさを感じた。

 

「着任して三年になる。そこを右に曲がってくれ」

 

 隊長の指示通りにハンドルを切って、路地へと入る。暫く進むと、白い文字でトラファルガーと書かれた黒い看板が見えた。

 

「駐めておくといい」

 

 レイエスがケッテンクラートを路肩に駐めて、鍵をかける。

 

 ラダーについて路地を歩く。ビルとビルの間にある階段を上がって、準備中の札が下げられた扉をラダーが三度ノックをしてから押し開くと、店内はやはり開店前なのか薄暗くて、ある日の夕暮れのような電球色をした光がカウンター席を照らしている。

 まるで「こちらへどうぞ」と言っているかのようだ。

 

 カウンターの内側ではバーのマスターがグラスを磨いている。

 

「ラダーか」

「部下を連れてきた。うまい酒を飲ませたくてな」

 

 二人は「どうも」と挨拶をしながら小さく頭を下げる。マスターがテーブル裏のスイッチを押すと、足元のネオンライト淡い光を放って、まるで深い海にダイブしたかのような雰囲気に店内ががらりと変わり、ラダーに促されて、カウンター前の席へと腰をかける。

 マスターの後ろにある大きな水槽の中では、緑の中に赤みがかった水草が揺れて、赤と青色の小さな魚が群れて泳いでいた。

 

「相変わらず、お前は準備中の札が読めないな」

 

「基地を出る前に連絡はしただろう」と話すラダーの表情は、基地で見せる表情よりも和らいで見える。

 

「どういった関係なんです?」

 

 隣に座ったレイエスがカウンターに身を乗り出しながら尋ねる。

 

「元パイロットでな、俺と同期だ」

「それじゃあ、一年戦争に?」

 

 ラダーの過去を詮索したいわけではなかったが、一年戦争の話には興味がある。前に居た世界では二度に渡って世界大戦があったが、一年戦争ではたった一年の間に二度の世界大戦よりも多くの人が亡くなっている。そんな戦争に身を投じて、生き残ったラダーがティターンズで隊長を務めて、クゥエルを無傷で帰還させたのは経験を経て、実力をつけたからだろう。

 実力のある人の話を聞くことは、クラノ自身にとってとても有益なことだと考えた。

 

「星一号作戦の時、足の無い化け物に出会ったのさ」

 

 コップを磨く手を止めずに、マスターは一年戦争の最終局面を思い出す――。




 多分今年はこれが最後の更新になります。皆様良いお年を。

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