イギリス海峡の海中に潜むユーコン級潜水艦、U-231。その艦内では五機の水陸両用型モビルスーツが出撃準備をしていた。
《カリート中尉、発進準備はできていますか》
「いつでも構わんよ」
若さの残るパイロット、カリート・アウグスティンが女性オペレーターに言葉を返すと、注水が始まり、ジュリックとゴッグが格納されているモビルスーツデッキが、海水で満たされていく。
《ハッチ内注水完了。下部一番、二番ハッチ開放、ご武運をお祈りします。続いて上部ハッチ注水開始、アッガイ隊出撃準備どうぞ》
開放されたハッチのロックが外れて、二機のモビルスーツが海中に放り出される。
ピンク色のモノアイをサーチライトに切り替えて、卵形の巡航形態に移行すると、二機は航行を開始した。
《予定通り、俺と中尉どのは先行して、空母とその護衛機、それとモビルスーツ格納庫を潰して陽動を行います。続くアッガイ隊は俺たちが交戦している間に、物資の入ったコンテナをユーコンに物資を積み込む手筈です。俺たちの浮上に合わせてユーコンがミノフスキー粒子をぶち撒けますから、レーダーは使い物になりませんな》
「承知しているが、デラーズ・フリートの決起で連邦の警戒も高まっているのだろう? そう上手くいくとは思えんがな」
《我々は物資不足なんです。上手くいかなきゃ、仲良く飢え死にですぜ》
「分かっているから、こうして賊の真似事をしているんだろう。目標地点が近づいてきた、通信を切るぞ」
現状に対する不満を誤魔化すように無線通信のスイッチをオフにして、会話を中断した。
機体に異常がないかチェックしていると、レーダーのアラート音が、前方に機雷原を探知したことを知らせた。
機雷原があるのは想定の範囲内だ。
ジュリックとゴッグは頭部から赤い色のカプセルを前方に射出する。
カプセルが割れると、中からゲル状のフリージーヤードが散布されて、機体を覆った。
いくつかの機雷が機体に接近したが、フリージーヤードに絡め取られてしまい、起爆することはなかった。
機雷原を抜けて、フリージーヤードを切るように排除すると、水面を割くようにして海中から飛び出し、空母の上に降り立つ。
立ち込める霧の中、空母はジュリックの重量で大きく揺らぐ。
ピンクに光るモノアイが艦橋を捉えると、アイアン・ネイルを突き刺して、アイアン・ネイルの中央に配置されたメガ粒子砲が、黄色の閃光が射出し、艦橋を貫いた。
カリートがレーダーに目を向けると、乱れが生じていた。ユーコンの散布したミノフスキー粒子の影響だろう。
視界が制限される濃霧とミノフスキー粒子散布下での戦闘は、カリートにとって、慣れたことであった。
遅すぎる警報が基地のあちこちで鳴り響く。
艦橋が潰された影響で、空母のアクア・ジムを出撃させようと上昇していたエレベーターが途中で停止する。
的になるのをなんとか避けようと、アクア・ジムのパイロットは、スラスターを吹かせて、機体を飛び上がらせた。
艦橋から爪を引き抜く見慣れない紫色の機体に、着地の隙きを見せまいと、ハープーン・ガンを向けた途端、側面から飛び出してきたゴッグが、空中で目を光らせた。
鳴り響く警戒警報の中で、どうにか対処しようとアクア・ジムのパイロットが思考を巡らせる間に、ゴッグのアイアン・ネイルは、アクア・ジムの右半分を、無残にもえぐり取った。
甲板に半壊したアクア・ジムが叩き落とさたことがきっかけとなり、空母は真っ二つに割れて、沈み始める。
ジュリックは踏み台のように甲板を蹴って、着地をスラスターで補助して、陸地へと降り立つ。
一瞬、カリートの脳に電流のような感覚が走った。
「今か!」
基地の守備モビルスーツに目もやらず、ジュリックが格納庫のある方向に機体を正面に向けると、腹部に搭載された八つのメガ粒子砲の内、正面の三つから、順にメガ粒子を発射した。
真っ直ぐに伸びた三本のメガ粒子は、開きかけの扉を貫いて、その内の一本が扉の前で備えていた、ジム・スループの動力に直撃して、巨大な爆発が生じる。
それだけでは収まらず、隣接されていた格納庫に保管された弾薬が、次々に誘爆を起こし、更なる爆発を引き起こした。
「ハッハッハ! つくづく恐ろしいよ、私が!」
爆煙を目の当たりにして怯んでしまったジム改のコクピットを、ゴッグのアイアンネイルが貫く。別のジム改がゴッグに銃口を向ければ、ゴッグは爪が刺さったままのジム改を盾にするかのように突き出した。
「こいつ……!」
友軍の機体を盾にされ、頭に血が登ってしまった連邦のパイロットは、ジム改のビームサーベルを突き出しながら、全力でスラスターを噴射させた。
「そのような突撃は
ゴッグはしなやかな動きで突撃を交わし、腹部の拡散メガ粒子砲を、ジム改に浴びせた。
基地守備隊である61式戦車を踏み潰しながらも、カリートはアッガイ隊の事が気に掛かっていた。
そろそろ桟橋から三機のアッガイ隊が上陸して、食料庫のコンテナをユーコンに積み込む時間だ。
可能なら弾薬庫からも物資を奪うつもりだったが、こうなってしまっては物資も残っていないだろう。
そうなると、カリートのやるべき仕事は、基地の司令部を潰して、増援が来るのを遅らせる事だった。
サウサンプトン基地司令部では、怒声が飛び交っていた。
「なぜ奴らの動きが分からなかった、機雷はどうした!」
「知りませんよ! それにミノフスキー粒子が濃ゆ過ぎて、まともに戦えやしません!」
「くっ、守備隊はなにをやっている!」
「さっきの誘爆を見なかったんですか!」
司令官は苦虫を噛み潰すかのように、モニターに映る、基地の地図を睨みつける。
このままでは、基地に集められた物資が、残党共の手に渡ってしまう。
ティターンズに頼るのは癪であったが、それ以外の方法をとる選択肢はないように思えた。
「ロンドンに応援要請を――っ!」
瞬間、基地司令部は、黄色の閃光に包まれて消し飛んだ。
カリートの乗る、ジュリックが放ったメガ粒子砲だ。
守備隊を処理し終えると、ゴッグがジュリックに触れて、ノイズ混じりの通信を入れる。
《中尉どの、基地施設の制圧は殆ど完了しました。ですが、応援部隊が来るのは時間の問題でしょうな》
「信号弾が上がるまでは待機だ。この霧だ、見落とすなよ」
回線を切り、コクピットに備え付けられた水筒に入った水を飲んでぼやく。
「全く、拍子抜けだな。こうもあっさり制圧できてしまうとは」
たった二機のモビルスーツで制圧された基地施設を眺めながら、カリートは虚しさを感じていた。
物資を集積している基地であるのにも関わらず、守備隊も大したことのない連中ばかりだった。
どうやら、連邦軍は本当に戦争が終わった物だと思っているようだ。
「我々の独立戦争はまだ終わっていないと言うのに」
ミノフスキー粒子と霧で覆われたこの基地の上空に、三機の黒い影が迫っていることをカリートはまだ、知る由もなかった。