薄雲の掛かった広い空と、見下ろす限り広がる白い大地。
世界というカンバスに白の絵の具を塗りつけたような、ちらほらと影のある白い風景の中。ガルバルディを乗せた三機のベースジャバーは、グリーンランドの雪原地帯、上空千メートルを飛行していた。
《小隊各員へ、センサーで敵を補足した。方位2―1―0、高度百、距離千メートル》
《見えます。かなり低く飛んでますね》
指示された方向へカメラを向けると、白い大地にカモフラージュされた機影が三つ。コンピューターを通して解析された情報は、低空を飛行する機影が二機のドップと一機のファットアンクル改だと示した。
「護衛機か……」
サブ・フライト・システムであるベースジャバーと、純粋な戦闘機であるドップでは、重りであるモビルスーツを乗せているベースジャバーが空戦では圧倒的に不利だ。
不利を覆せるとするならば、やはり乗っているモビルスーツの働き次第ということになる。だが、モビルスーツであっても、チョロチョロとハエのように飛び回る戦闘機を落とすのは、それなりに困難なことだ。
《ミサイルを近接信管に切り替えろ》
コンソールを叩いて、シールド裏に装備されたミサイルを着発信管から近接信管に切り替える。対空火器である頭部バルカンが搭載されていないガルバルディだが、三機でかかれば二機のドップぐらい、どうということはないだろう。
敵もこちらに気づいたのか、ファットアンクルを挟むような形で飛行していたドップは、交差するような軌道で左右に分かれながら、こちらへとクロスターンしてきた。どうやらファットアンクルだけを逃がすつもりらしい。
「決死の覚悟って奴は、どうにも好きになれないな」
出撃前の気持ち悪さもすっかり消えたおかげか、必死になって味方機を逃がそうとするジオンの残党に、クラノは哀れみの気持ちさえ抱いていた。
《先にドップを片付ける。レイエスとクラノは二人で一機を落とせればいい》
空戦では主に速さと位置の二種類のエネルギーが勝敗を左右する。
速さは言わずもかな、敵の背後を取る為に必要なエネルギーで、位置エネルギーとは高度……つまり、高い位置にいることだ。
ただ高度が高いだけでは一見すると有利になる要素はないように思えるが、高い位置から下へと落ちるとき、高度は速度に変換される。
時速六百キロで飛行してきた戦闘機が、高度を千メートルも下げる頃には、速度は倍の時速千二百キロになっている。
結局のところ、ミノフスキー粒子が散布された状況の空戦では、相手より早い方が勝つと言っても過言ではない。
ガルバルディを乗せたベースジャバーが出せる速度は、出力任せに飛び回るドップに遠く及ばない。
高度の有利を捨てて攻撃を仕掛けると、もしも攻撃が失敗した場合、高度においても速度においても圧倒的に不利になってしまう。地上をゆっくりと歩むウミガメのように、高空から襲いかかるドップの攻撃を躱せず食い散らかされてしまうだろう。
だが、敵の目的はファットアンクルを逃がすことだ。のんきにドップと戦っていては、逃げられてしまう。
そして、クラノ達は曲がりなりにもティターンズだ。たかだか戦闘機程度に後れを取るようでは、エリート部隊の名が廃る。それらを踏まえた上で、ラダーは早期に決着をつけることを選んで指示をした。
《遅れるなよ》
目の前でラダーの機体が左にバンクを取り、高度を下げて加速していく。
「《了解》」
隊長の意図をくみ取ったレイエスとクラノは、返事とともに機を傾けラダーに続いた。
薄暗いコクピットの中で、ファットアンクル改の周りを飛んでいたドップを示す輝点が、敵を示す輝点へと向かっていくのを、カリートは見つめていた。
「……ニックとパーカーが戦闘に入ったか」
彼らは本来ノースエデンで受け取る予定だった物資護衛の為、ヨーロッパから北米へと渡っていたジオンでは珍しい戦闘機パイロットだ。地球侵攻作戦から今に至るまで戦い抜いただけあって、機体に刻まれたキルスコアは五十を超えている。
本来であればエースと呼ぶにふさわしいパイロットなのだが、ジオンでは百機をゆうに越えるほど落としたパイロットが三百人以上もいるので、真のエースとまでは呼ばれていない。
それでもカリートは彼らほど腕の立つパイロットは中々いないだろうと確信していた。だが、それでも奴らが相手となれば話は別だ。
サウサンプトン襲撃をして以来、ティターンズに目をつけられてしまった。
対応の早さからして、またもティターンズの部隊なのだろう。
最初はティターンズ仕様のジムで、次は水中型のガンダムとザク。
こちらはMS二機を受領するのも命がけだと言うのに、次もまた新しい機体で来るのだろうと思うと辟易してきた。
「コクピット、聞こえるか」
《カリート中尉、どうかなされましたか》
「私とケードルはここで降りる」
《なっ! なにを言ってるんですか、中尉! そんなことをしたら――》
「このままじゃ追いつかれる。それに、わざわざMSを運んでくれた諸君を失うわけにはいかない」
足の遅いファットアンクルを逃がすのなら、まず最初に少しでも軽くなるよう荷物を破棄すべきだ。
それに、ニックとパーカーのおかげで連中は低高度まで降りている。二人で降りて対空砲弾で狙い撃てば、奴らの
「なに、私とケードルは奴らの足を止めたら逃げるさ」
《……了解、しました。高度を下げます》
低空を飛行していたファットアンクルが更に高度を下げていく。
高度が下がれば下がるほど、安全に降下することができる。彼らなりの配慮にカリートは内心で感謝した。そして、もうひとり感謝しなければならない相手がいる。
「悪いな、ケードル。貧乏クジだ」
《そうでもありませんぜ。中尉と共に戦えるのですからな》
「ふッ、そうか」
降下高度まで降りると、ゆっくりと正面のハッチが開かれていく。
薄く光りの差し込んだ格納庫の中で灯った二つのモノアイは、眼前の銀世界を映し出す。
「カリート・アウグスティン、ザク。降りるぞ!」
高らかに声を上げると、白く塗装されたザクとドムは、凍てついた大地へと飛び込んだ。
暫くは月曜朝五時頃に安定して投稿できるかもしれません。