Reincarnation of Z   作:秋月 皐

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・前回までのあらすじ
 ロンドン・ヒースロー基地に配属されたクラノは、サウサンプトン基地を襲撃したジオン残党を追い、フェロー諸島にある隠し軍港を強襲する。
 防衛に出てきた水陸両用モビルスーツ「ズゴック」の動力をティターンズの隊長であるラダーが破壊したことで、巨大な爆発が発生。
 衝撃に巻き込まれたクラノ達ラダー小隊だったが、フェロー諸島から脱出したジオン残党に対して追撃を行うよう命令が下る……。


失った者

 ノースエデン基地での戦闘から三日が経った、六月二十一日。

 ジオン軍の潜水艦U-231は、かつてないほど重い空気に包まれている。

 

 ズゴックの爆発は凄まじい物だったが、重モビルスーツであるジュリッグの装甲は衝撃に耐えて、パイロットであるカリートを守った。

 しかし、ミノフスキー反応炉の核爆発で生じた放射線はモビルスーツの装甲に残り、まともな整備もできず、更に修理用パーツも底をついていた為、やむなくジュリッグは大西洋の海中に投棄されることになった。

 

 これでユーコンが保有しているモビルスーツは、整備中だったケードルのゴッグだけになってしまった。

 オデッサ戦からの付き合いである相棒を失ったことは大きな痛手だったが、ユーコンの乗組員たちは、それ以上に深い傷を負ってしまった。

 

「……ケードル曹長」

「カリート中尉。どうかなされましたか?」

 

 彼が船内のベッドで目元を赤くしている姿を見て、何と声を掛けるべきなのか――ニュータイプであるはずのに――分からなかった。

 

 親に捨てられ、フラナガン機関に引き取られたカリートにとって、ケードルの家族は本物の家族といっても過言では無い存在であった。

 しかし、基地と同時に愛する人と血の繋がった息子を失う辛さは、誰かが「わかる」と言った所で受け入れられるものではない。

 

 聞き慣れた筈の、籠もったエンジン音が今日は嫌に耳についた。

 

「先ほど、連邦の警戒網を抜けた。そろそろグリーンランドに着く、補給が終わるまではゆっくりしていろ」

 

 彼は我が戦隊の副隊長であっても、一人の父であり男だ。

 どんな言葉を掛けたとしても、心の傷は癒やせない。

 せめて、今は一人にしてやるべきだろう。

 

「了解しました、中尉。……ありがとうございます」

 

呟くような声は、内にある感情を必死に押し殺しているようにも聞こえた。

 

 

 グリーンランドの東側に位置するクルサック島に、カリートらを乗せたU-231は停泊した。

 

 春を終え、夏に差し掛かり始めた六月末の天気は快晴だが、ほんの僅かに肌寒さを感じる。

 

 ノースエデンでの戦闘がまるで嘘のように――憎らしいほどに晴れた昼下がり。

 人々が宇宙へと上がる長い時の間で寂れてしまった空港の跡地に、カーキグリーンで塗装された、箱形の胴体を持つ航空輸送機ファットアンクル改が舞い降りる。

 

「オーライ、オーライ。よーし!」

 

 ファットアンクル改の前部ハッチが観音扉式に大きく開くと、中では二機のモビルスーツが佇んでいた。

 

「北米からのプレンゼント、か……」

 

 片方はフリッツヘルムにツノがついた、ザク改の指揮官型。

 もう片方は人工雪の噴射機を背中に装備した、ドム寒冷地仕様だ。

 どちらも寒冷地用に、白をベースとした迷彩塗装が施されている。

 

 ファットアンクルは三機までモビルスーツを搭載できるが、今回は残りのスペースに燃料や弾薬、食料などの物資を搭載している。

 

 フライトジャケットに身を包んだカリートが確認がてらに物色していると、降ろされた物資の片隅に、随分とくたびれた車両を見つけた。

 

「サウロペルタ……!」

 

 ノースエデン基地では偽装も兼ねて現地で徴用した車やバイクを使っていたので、サウロペルタを見るのはいつぶりだろうか。

 オデッサを脱出して以来、見ることの無かった無骨なフォルムに思わず表情が緩む。

 

 笑っていられる状況でないのだが、馴染みの車を見かけて思わず笑みがこみ上げてきた。

 

 カリートはモビルスーツの操縦よりも車の運転の方が好きだった。もしも戦争に勝利していたら、悪路をも踏破するサウロペルタで地球の各地を走り回っていただろう。その夢は、今も心の片隅で眠っている。

 

「中尉どの」

 

 声を掛けられ振り返ると、ケードルがどこか穏やかな表情を浮かべながら立っていた。

 

「また懐かしい車ですなぁ……。ユーコンへの積み込みが終わるまで、コイツでドライブでもいかがですかな」

 

 珍しい提案どころか、初めての提案に困惑してしまう。

 思い返せばサウロペルタに乗るときはいつも決まって出撃の直前で、カリートは誰かとのんびりドライブをした経験がなかった。

 

「確かに、ドライブ日和ではあるが」

「そうと決まれば。ほら、乗ってください」

 

 ケードルはサウロペルタの運転席ではなく助手席の方に座って、カリートが運転席に座るよう促してきた。

 

「私が運転をするのか?」

「ニュータイプが運転する車に同乗する機会は、少ないでしょうから」

 

 彼の心情を考えれば、運転する気になれないのも無理はないか。

 

「……了解した。快適なドライブを堪能させてやろう」

 

 部下達に物資の積み込みを任せて、サウロペルタに乗り込む。

 キーを回すと、車体に古傷がいくつもあるにも関わらず、元気なエンジン音を鳴らした。

 

 クルサック空港跡の周りには、ぽつぽつと小高い山が立っていたが、どれも標高は小高い丘程度で、見晴らしは中々悪くない。それでも山間を抜けてくる風は、ひんやりと頬を冷やしてくれた。

 

「覚えていますか中尉どの。オデッサから脱出する前は、基地の中をこうして走っていました」

「あぁ、あの頃はお前が運転していたが」

 

 忘れもしない、宇宙世紀0079年、十一月初頭。連邦軍のヨーロッパ反抗作戦に合わせて、カリートはオデッサ基地に配属されていた。

 

「中尉どのは、まだ十四歳のお坊ちゃんでしたな」

「着任したばかりの頃は、お前達にナメられていた物だ」

 

 今でこそケードルを代表とした部下達はカリートを慕うようになっているが、着任したての頃は真逆の態度だった。

 

 三月に発動された第一次降下作戦でオデッサに降り、激戦をくぐり抜けた彼らは、接収したユーコン級潜水艦を乗り回して、まだ水陸両用MSが配備されていなかった時代から黒海と地中海で連邦軍と渡り歩いていた。

 

 自他共に認める精鋭部隊であったU-231の隊長であったケードルは副隊長に格下げされて、新しく着任してきた隊長は、当時まだ十四才の――しかも、フラナガン機関などというオカルトマニア共から送り込まれてきた――少年だったのだから、反発するのは当然の話だった。

 

「そういう中尉どのも、かなりトゲトゲしてましたな」

「若さ故、という事にしておいて貰いたいな」

 

 カリートはフラナガン機関に集められた孤児の一人だった。

 

 不要と判断されれば今よりも更に過酷な人体実験の素材にされると知った彼は、フラナガン機関において、いずれの試験でも高い成績を出し続けた。

 

 しかし、サイコ・ウェーブだけは他の高レベルなニュータイプに比べて微弱な物しか発せられなかったので、簡単なマインドコントロールを施されて、実践へと送り出される事になったのだ。

 

 実戦で鍛え抜かれた精鋭と、地獄のような環境で生き残ったカリート。

 

 互いの反発は、初の実戦となったオデッサ撤退戦で、意外にもあっさりと解消された。

 

 カリートは初の地球で慣らし運転も無しに、たった一機のアッガイで、十二両の戦車と三機の連邦軍のモビルスーツを撃破して見せた。

 

 それだけに止まらず、隊長という立場を利用して地球降下作戦後にジオンと親交を持った――例えば、ケードルの妻のような――者達を見捨てること無く、ユーコンへの搭乗を許可した。

 

 孤児であったカリートは、家族に対して強い憧れを抱いている。その気持ちをフラナガン機関で強化された結果だったが、ニュータイプ研究所のマインドコントロールとしては非常に珍しく上手く成功した例であったと言えるだろう。

 

「私が隊長のままでしたら、妻をノースエデンまで連れて行かなかったでしょうな」

「……すまない」

 

 緩やかに踏んだままのアクセルから足を離すことなく謝ると、ケードルは慌てて言葉を続けた。

 

「勘違いなさらないでください。感謝しているのです。あの時中尉どのに連れて行かれなければ、私は一生、息子の顔を見ることも、成長を見守ることも出来ませんでした」

「それでも、私が連れて行かなければ――」

 

 言いかけたところで、自分が無駄な「もしも」の話をしていることに気づいて、口をつぐむ。

 

「悪いのは全て連邦とティターンズ。などと簡単な話ではありませぬが、それでも自分は中尉どのに付いてきて良かったと、今でも思っております」

 

 そうまで言ってくれるケードルに、着任してから四年も経って二十三にもなったが、自分はまだまだ子供らしいと気づかされる。

 

「……世話をかける、曹長」

「お安いご用です」

 

 ケードルの笑いにつられかけた時――飛行場の方向からけたたましいサイレンの音が聞こえてきた。

 

「敵か?」

「そのようですな」

 

 サウロペルタのアクセルを全開にして、大急ぎで飛行場へと戻る。

 物資は七割ほど積み込まれていたが、肝心のドム二機はまだユーコンに積み込まれていないどころか、ファットアンクルの中だった。

 

「何事か!」

「中尉さん! どうやらティターンズの連中が、嗅ぎつけてきたようです!」

 

 積み込み作業を手伝っていた部下が慌てふためいているのを見て、カリートはやはり来たかと感心していた。

 

 ノースエデンの惨事から命からがら逃げ出したU-231は、略奪してきた積み荷を降ろし終えた所で、ろくに物資を補充していなかった。物資がなければ、長い遠洋航海を行うのは不可能だ。

 そうなると、必ずどこかで補給を行う必要がある。絶対に生まれる隙を的確に突いてきたのだから、感心する他にない。

 

「ユーコンには速やかに離岸するよう要請しろ」

「それじゃあ、せっかくのモビルスーツが!」

「積み込めていない物資は放棄する。私とケードルはMSに搭乗し、ファットアンクルでカナダを目指す。ユーコンとはカナダで合流だ」

「ですが、それでは……」

 

 難色を示すのも無理はない。なにせ、ファットアンクルにはおよそ武装と呼べる物がなく、空戦になれば一方的に落とされるのがオチだ。

 一応、護衛のドップが二機ついて来ているが、気休め程度にしかならない。

 

「お前達はシーランスで戻れ!」

「り、了解ですっ!」

 

 背を向け海岸へ走る姿を見送ることもなく、カリートはサウロペルタでファットアンクルの格納庫に乗り込む。

 足早に格納庫の通信機へ向かい連絡を取ると、既に離陸の準備を始めていたのか前部ハッチが速やかに閉じて、左右の大型ローターが回り始める。

 やがて物資の固定作業が途中にも関わらず、ファットアンクルは空へと飛び立った。




 お久しぶりです。投稿が一年も空いてしまいごめんなさい。
 またつらつらと投稿して行きますので、よかったらお付き合いください。
 感想、評価などお待ちしてます。

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