『ここがガクシューの住んでる街!素敵ね!』
レアと浅野は椚ヶ丘の駅に着いた。
無論、浅野はタクシーで移動中も説得を続けたのだがレアがそれに応じる訳がなく、今に至る。
『さぁ、行きましょう!』
レアは商店街の方へ歩き出す。
『さっきみたく、一人で行かれても良いんですよ?』
『そうね。でも、ガクシューはついて来るでしょ?』
浅野の皮肉を上手くレアは返した。
結局、浅野もレアについていく。
『ねぇ、学校帰りはどんなお店に寄るの?ラーメン屋?』
『ラーメンは食べませんね。客人をもてなすに値する店は、友人がオーナーの隣の店です』
浅野に言われ、レアはそちらをチラッと見る。そこは椚ヶ丘一の高級カフェだ。
『うーん。何か違うわね…………』
その店は素通りした。そこから少し歩いていくと、レアはある店の前で止まった。
『ここ、良さそう!入りましょう』
レアが目につけたのは、昔ながらの喫茶店で、壁が蔦に覆われている。
『……………いえ、やめましょう』
浅野がここを避けたかったのには理由がある。1つは、どうせ内装はガチャガチャでソファの色もあせていると思ったから。2つ目は、値段設定的に、椚ヶ丘の生徒が来そうな気がしたからだ。
『どうしてどうして?』
しかし、レアは食い下がった。
『庶民的過ぎるからです。お忍びで来ているのに、騒がれてしまうかも』
『なんだ、そんなことを気にしてたの?別にいいのよ、そんなことは。もしかして、騒がれるのが怖いの?』
『僕は平気です』
『私も大丈夫よ』
『じゃあ、入りましょうか』
半ばやけくその浅野はレアと伴に喫茶店に入っていった。
店の中は予想通り、雑然とテーブルが並んでいて、レジの横には熱帯魚の泳ぐ水槽があり、ごちゃっとした雰囲気はレアのスイートルームと比べれば月とすっぽんだ。
『この店の雰囲気、素敵ね!』
レアは気に入った模様。
『素敵?』
浅野は思わず聞き返してしまった。
レアは席に座って、メニュー表を開く。
『んー………何て書いてあるのかしら?ガクシュー、教えてくれる?』
『(さっきの店なら英語表記があったのに………)………上から順に、これは…………』
「ん?あれ、浅野じゃね?」
喫茶店のソファーに座っていた前原が、吸っていたストローを放して突然言い出した。
「あれ~?確かに浅野クンじゃん」
カルマは観葉植物の間から浅野を見つけた。
放課後、渚、カルマ、茅野、倉橋、隼、碧海、前原は喫茶店に寄っていた。受験ももうすぐと言う訳で、E組が誇る我らが天才、創真に勉強を教えてもらおうとこの喫茶店に学校から直接ここへ集まったのだ。
ちなみに、創真は教材を取りに行くと言うので、一旦帰っていった。
「しかも女連れじゃん。てか、外国人っぽいね」
「まさか、王女様か?」
「ちょっと近くまで行ってみよう!」
碧海を先頭に、皆は浅野を観察しやすい席に移動する。
「邪魔しちゃ悪いんじゃ…………」
遠慮がちだった渚も仕方なくついていく。
「いいなー浅野の奴。俺も機会があれば、王女を口説き落とせるのに」
「そりゃねぇな、E組のナンパ師よ」
「やめろ、隼!その言い方はすんな!」
「ちょっと、2人とも静かにして。ばれるよ」
碧海が仲裁に入り、一行は静かに観察をする。
1人会話に参加せず、猛烈な早さでスマホを打っている倉橋に渚は気づいた。
「倉橋さん、何してるの?」
「皆にメールしてるの。『A組の浅野君が喫茶・丘でデート!相手は王女さまだよ~』ってね!」
「浅野君のデートが…………気の毒に」
渚は静かにため息をついた。
その頃、レアはバナナパフェに夢中だった。
『タワーみたいにクリームが盛っててかわいい!バナナの下にチーズケーキとチョコアイス!崩れ落ちそうだけど、すっごく美味しい!』
そんなレアの姿に、浅野のイライラゲージは着々と上がっていった。
『王女、こんなカロリーの塊は体に良くない。少し食べたら早く戻りましょう』
『今さら急いで帰っても意味ないわよ。もう少しガクシューもリラックスしたら?』
『こんな状況でリラックス出来る方がおかしいです』
そんな会話を聞いていた渚達。カルマはニヤリと笑う。
「あいつ、王女に説教してるねー」
「何やってんだ浅野の奴。デートなら、女の子はもちあげてなんぼだろ。女心が分かってねー野郎だ」
ついにE組のナンパ師まで怒り出す始末。
そこへ、連絡を受けた千葉と速水が到着した。
「浅野がデートだって?マジかよ」
「あの人が王女さま……………」
千葉と速水がそれぞれ反応を見せる。
さらに、中村も来た。
「こんないじりがいのあるシチュエーションなんて、滅多にないっしょ!」
「中村さん、声が大きいって……」
渚が注意する。幸い、ばれなかったようだが。
そして、寺坂、吉田、村松の3人も到着。
「俺らに見せつけてんだな。上等だ、散々からかってやろうぜ」
こちらも中村と同様、弄ることを楽しみにしている模様。
気がつけば、竹林、三村、岡島、菅谷、木村…………E組の大半が姿を見せていた。
そんな多人数の視線に気が付かず、浅野は説得を続ける。
『護衛をまいてお忍びで外出するのは達成したのだから、もう戻りましょう。何があってからでは責任を持てません』
『子供じゃないんだから、自分の行動は自分で責任を持ちます。あなたにそんなことを言われたくないです』
『あなたが重要な立場だからこそ、護衛はその任を果たしているのでしょう。楽しみを犠牲にすると言うことも学ぶべきです』
浅野の言及にレアは少し黙っていたが、やがて不機嫌そうに口を開いた。
『あなたも同じね。私の回りにいる人と同様につまらない人だわ』
その言葉に浅野はカチンときたが、冷静に返す。
『僕はつまらない人間ではない。勉学は勿論、武道の心得もある。交遊関係も広いし、人を動かすカリスマ性もある。そこらの人間と一緒にしないでもらいたい』
女心を分かってない、もはや自慢に聞こえる浅野の言葉を聞いたE組が呆れていたその時だった。
「やれやれ。自慢大会でもやっているのかい?2番手君」
その言葉が聞こえてきた方を浅野が。そして、E組の面々も目を向けると、そこには黒系のシャツの上に白のベスト。さらには、白のロングコートを袖を通さず羽織り着しているイケメンの少年───────結城 創真がいた。さらに、後ろにはデュオにホリーもいる。
「結城 創真…………!!何故お前がここにいる!?」
「なんだい浅野君、まるで『お前はここにいてはいけない』的な言い方は……………別に、渚君達に勉強を教えるために来たんだが…………って、後ろにいるじゃん」
浅野が慌てて振り向くと、そこにはE組の生徒がぎゅうぎゅう詰めでソファに座っていた。
「なっ……………君達、こんなところで何をしているんだ!?」
「え?ジュース飲んで宿題やってるー」
そんな事をカルマが言ったため、それにあわせて渚たちは慌ててノートとペンを取り出す。
「下手な誤魔化し方だな…………中学浪人しても知らないぞ」
「ご心配どうも。だが、僕の予想ではこのE組から浪人生が出ることはないよ。100%、ね。それは僕が保証しよう。所で浅野君。君こそ1位の座を奪われてないか……………あ、ごめん。既に僕に奪われていたね…………」
創真の嫌味返しに、浅野は創真を睨むが、対して創真は鼻で笑うような、見るだけでムカつくような表情を作って浮かべる。
「そ、それにしてもやっぱり王女さまなんだな。羨ましいな」
磯貝がその場の空気を和ますように、明るい口調で云う。
それを聞いた浅野の表情が一瞬曇ったのを、カルマは見逃さなかった。
「やっぱそうかー。さっきからキレそうだったねー」
「…………最初から聞いていたのか?」
「まぁね」
カルマが特に悪びれた様子もなくけろっと言い切る。
(くそっ…………面倒なことになる前に早くここを出るぞ!)
浅野はそう考えて、レアを説得するためにレアの方を向く。
『王女、早く行きましょ…………う?』
浅野はレアがとある人物を驚きの表情で見つめているのに気がついた。その視線の先には…………………
『ねぇ…………もしかしてあなた…………ソウマ?』
それを聞いた創真は…………………ニヤリと笑った。
『どうやら、覚えていてくれたみたいだね。久しぶり、レアちゃん』
『やっぱり!!』
レアは呆然として座っている浅野を押し立たせ、立っている創真に抱きついた。
謎の展開だが、殆どの男子は羨ましそうな表情を浮かべ、倉橋は敵意ある目でレアを見ていた。誰も気づかなかったが。
『本当に驚いたわ!まさか椚ヶ丘にソウマがいるなんて!』
『そーかい?僕もこんな喫茶店にいるとは、盲点を付かれたね…………ところで、キミ…………いつまで抱きついてるんだ……………そろそろ苦しい…………』
『あ、ごめんなさい!凄く久しぶりだったものだから……』
レアは慌てて抱擁を解除する。
『ちょ、ちょっと!2人はどう言った関係なの!?』
創真の彼女、倉橋は敵意と疑問と驚きを含んだ表情で尋ねてくる。
『私とソウマの関係性?
私は創真の
『『『婚約者!?』』』
全員が驚きのリアクションを見せる。中でも、創真は少し黙って考えていたが、突然「あ、あん時のか………」と独りで納得した。
そして、倉橋は……………顔を真っ赤にして怒った。
『なななななななななな何を言ってるの!?創真君は私の彼氏なのよ!?』
『ねーソウマ!今度あなたをお父様に紹介するわ。私の未来の結婚相手です、って』
『そして聞いてない!!』
盛大に無視された倉橋はいよいよヒートアップする。
『王女さま、悪いんだけど創真君は私の彼氏なの。と言う訳で、すっぱり諦めてくれます?』
『あら?割り込みはよくありませんよ?私は7年前から約束されてるのです。そちらこそ、すっぱり諦めて貰えます?』
『んなっ!?』
至近距離で火花を散らす2人。そして、何故か面白そうにそれを見つめる創真。
浅野も早く王女を連れて戻りたいところだが、なかなか間に入るタイミングが見つからない…………と言うか、この間に入れない。
すると、レアは急に倉橋から目を離し、浅野の方を向く。
『所で、彼等は友達なの?』
ここぞとばかりに、前原が少し斜めに構えて気取りながらレアに向かって手を振った。
『椚ヶ丘へようこそ!』
レアは前原に笑顔で返す。
「マジか!笑ってくれたぜ!」
調子に乗った前原は磯貝を肘で突いて云う。
「女心が分からない浅野に俺達が口説きかたを教えてやろうぜ。ほら磯貝、ここは1発英語でやってみろよ」
磯貝は勇気を振り絞ってレアに語りかける。
『あなたはまるで雪の女王みたいに清らかで美しい』
おおー、と盛り上がるE組。レアはちょっと照れている。
ここで浅野が割って入った。
『いい加減にしたまえ、君達!王女の前だぞ!敬語で接するのが常識だろう!?………申し訳ありません。この者達が馴れ馴れしく…………』
『良いのよ、中学生らしくて。私、あなた達に会えてすっごく嬉しい!』
『し、しかし………』
まだ何か言いたげな浅野を気にせず、中村は話し掛ける。
『ねぇねぇ、私達とお話しようよ!』
『ぜひぜひ!!』
茅野と中村が席をつめ、レアの座るスペースを確保する。そこへレアが座る。
『私は中村莉桜!よろしくね!』
『こちらこそ!早速だけど、その緑色の飲み物、なあに?』
『これはクリームソーダー。メロン風味のソーダにアイスクリームが入ってるの。この氷の回りについているアイス、すくって食べてみてよ』
レアは教えてもらった通り、クリームソーダをすくって食べてみる。
『なにこれ、すっごく美味しい!』
次に会話に参加したのはカルマだ。
『ねぇ、そう言えば王女さまと創真ってどういう経緯で知り合ったの?すっごい興味あるなー』
『ソウマと?皆も気になる?』
レアの質問に、殆どのE組生徒が首を縦に振る。
『じゃあ、話しましょうか。あれは7年前、私がアメリカにお忍びで訪れた時の出来事で……………』
to be continue…………
次回は創真とレア王女の出会いの話です。しかし、それだけでは終わりません。お楽しみに!