ジオンも街への攻撃はなるべく避けて戦っていたようで、あまり被害は無かったものの、流れ弾によって半壊し煙を上げる建物も数件見かけた。
………どれだけ繰り返せば……。言っても仕方のないことかもしれないが、それでも……。
基地へと戻る前に、リッパーから託されたこの機体を何とかしなければならなかった。
「……」
機体をパーシヴァル商会の格納庫へと向かわせる。
カカサなら、きっとこの機体を預けられる。いいや、彼でなければいけない。
「…イフリート……」
操縦桿から伝わる、多くの人の手を渡って今、ここにこの機体は立っている。
…ピクシーも、コイツも…………俺たちはもう、"過去の存在"だ。
だからこそ、新たな未来を、新たな存在に託さなければいけない。
過去の人々がしてきたように、今度は俺たちが。
もしそのために、イフリート、君がいるなら……お前も何かに託そうとしている……?
「……いつか来るさ、イフリート、お前にもその時が」
操縦桿を軽く撫で笑って見せる。
商会の前まで来ると、コックピットを開き、警備に事情を伝え格納庫へと案内してもらう。
機体から降りるや否や、珍しい人物が声を荒げて叫んでいた。
いや、何となく分かってはいたが。
「何故勝手に出撃した!」
声の近くまで行くと、案の定カカサがフィアさんを叱りつけている最中だった。
あれだけ釘を刺して言っていたのに出撃したんだ、彼の怒りももっともだと思う。
「……いいじゃないか、私はこの通り無事だし、それに住民の避難も済んでいたんだ。手が空いてたから力を貸しに行っただけだ」
「俺はダメだと言ったはずだ。このザクだってもう旧式の機体だ、それにお前は何年もブランクがあった、今回は運が良かっただけだ!」
「……お前、随分変わったな」
「俺は…アイツとの約束を守っているだけだ。……お前は全く変わっちゃいない」
「立派だな、お前は」
「立派なもんかよ………俺はアイツにはなれやしない。ここまで来るのにだってヤツ以上に時間が掛かった」
場の空気がしんみりする前に割って口を開く。
「…いいのさ、自分のペースでやれば」
俺の声を聞き、二人が視線を向ける。
「おや、ムゲン。…嫌なところを見られたな…」
「どうしたんだい、ムゲン。機体でも無くなった?」
「…まあ、そんな感じさ。後、この機体をカカサ、君に」
後ろを向いて、イフリートを見つめながら言う。
「こいつぁ……イフリートか…。こいつをどこで?」
「……戦いの中で、ある人から託された機体だ。……俺が乗るより、カカサ、君が乗ったほうがいい」
「そりゃどうして。僕ぁ、今じゃ立派な企業の会長だよ?"
「違うさ、いつかきっと必要になる」
理由は無いが、直感がそう告げていた。彼には、まだ戦わなければならない存在が居る事を。
「へえ。…ま、ニュータイプの君が言うなら、一応信じておこうかな。1%くらい。いや、0.5%か」
「その五月蠅さこそ、カカサだな」
「そうそう、この俺は五月の蠅の如く――って誰がうるさいって!?」
「ふっ……ははは!!そうだな!これくらいがカカサらしい」
黙って聞いていたフィアさんが笑い出し、そう言った。
「無理してクロノードの事を考えすぎるより、自分らしくやってけばいいじゃないか。お前はお前だ、アイツじゃない」
「んなのは分かってる。……ヤツとの約束を忘れないために、仕事をするときは、アイツと同じ視点に居ようとしているだけさ」
彼も彼なりに受け継ぎ、時代を見届けている。………俺とは違う視点から、世界を見ているんだ。
「私は立派な事だと思うぞ。それもまた、戦争とは違う戦いだ」
「…………悪ぃ、少し席外すわ。……フィア、ムゲンの事頼む」
「ああ、任せてくれ」
そう言ってカカサは静かに格納庫を出て行った。
「………フィアさん、もうあんな無茶はしないでください」
「お前もそれを言うか。でも、何となく分かってただろう?私が出撃することくらい」
「……ま、まあ……」
「大丈夫さ、お前たち二人に迷惑はかけない。でも分かってほしい。私にも守らなければならない者が居る事を」
「……」
「それは、お前やカカサに守ってもらうものじゃない。私が守らなければならないんだ。アイツが残してくれた子を」
「……そうですね。たしかにそうだ……」
彼女にだって守らねばならない者がいる。だからこその出撃だと思うと、怒るに怒れない。
「ふっ……ははは!!やはりお前は面白いな!」
真面目に考えてた俺にフィアさんは笑いながら俺の肩を叩く。
「えっ……」
「そこで納得せず、それでも出撃するなって言ってくれなきゃ、アイツならそう言ってた。―――…おや、私もアイツの事を考えすぎてたか」
「…そうですね、クロノードなら、きっとそう言ってたと思いますよ」
「……そうだな。……なあ、ムゲン」
「なんです?」
「お前はいつまで戦うんだ?」
「え……?」
「もう、十分戦って来たじゃないか。そろそろいいんじゃないか?」
「…分かってますよ。でも、今じゃない」
「ほお?」
「俺たちのような存在は、もう過去の存在です。だから、もう現れる必要はない。けど、あと一つだけ、それさえ済めば…」
俺が本当に倒すべき敵を倒していない。アイツを倒さなければ、死んでも死にきれはしない。
「…決着をつけるために戦う、か」
「ええ。それさえ済めば、もう戦わないで済む。……リナにも安心させてあげられる」
「そうだな、じゃあ、きっとあと少しだ」
「ええ……。必ずそうさせてみせますよ」
ヤツを……ヤツさえ倒せば……。
世界は、俺たちは変わる……きっと…。
だから………
「ムゲン」
彼女の声で現実に引き戻される。
「な、なんです?」
フィアさんは優しく微笑みながら言葉を続けた。
「気張るなよ、お前の後ろには、沢山の仲間がいるのを忘れるな。そして、お前の背中を支えてくれてることもな」
「はい……!!」
「いい返事だ。 そうだ、基地に戻る前に一度あの子たちに顔を見せやれ。喜ぶぞ」
「……分かりました」
フィアさんから子供たちが避難している場所を聞き、そこへ向かう事に。
商会の地下に建てられた一部屋。その扉は頑丈でちょっとやそっとじゃ動かないだろう。
きっと、何が起こっているのかわからなくて心細いだろう…。そう思いながら扉を開くと――
「あー!それ私のペンだよ!!!」
こ、心細い…はず……
「違うもん!アウロラのペンだもん!!おねーちゃんのはそれでしょ!!」
「違うよ!!」
「違わない!!!」
正面で黒髪の少女と銀髪の少女が言い合いを繰り広げていた。
しかも……ペンの事で。
「むー!!アウロラ怒ったよ!!おねーちゃんのママに言いつけてやる!!」
「私悪くないんだけど!?」
「悪いのはおねーちゃんだもん!アウロラ悪くないもん!!」
いや、どう考えても一方的にまくし立ててるだけに見えるが……。っと、そんな事よりこのよくわからない言い合いを終わらせなければ。
「………俺が見るに、アウロラが一方的にルナちゃんにワーワー言っているようにしか見えないけど…さて、一体何があったんだい?」
その声を聞いて、真っ先に反応したのが、銀髪の少女、アウロラだ。
「あ!!あー!!!!パパだ!!!」
俺を見るや否や、さっきまでのペン何て忘れたかのようにこちらへ駆け寄り飛びついてくる。
「っと……。アウロラ、元気なようで安心したよ」
彼女を抱きとめて、優しく微笑む。
「パパー!会いたかった!!えっと、なんにちぶりだっけ?いち、にい、さん………」
まだ小さな手で指を折りこんで数を数える。うむ、我が子も随分成長したものだ。
「四日でしょ。アウロラ」
肩を竦めながらそう答える黒髪の少女こそ、フィアさんの娘のルナちゃん。成長してきて、だいぶ親とも似ているところが多く出始めている。
特に、結構呆れてアウロラにツッコミを入れるところなんかクロノードにそっくりだったりする。
「そっか!よっかぶりだ!」
「ルナちゃん、何があったんだい?ペンがどうって言ってたけど」
俺が聞くと彼女は首を横に振りながら答える。
「大した問題じゃないですよ。ただ、アウロラがペンを間違えて持っちゃっただけって話です」
「……そっか。ならいいんだ」
ルナちゃんは前より大人しくなって、何と言うか…丁寧な子になった。昔はアウロラみたいにワーワーと可愛くお喋りしてくれたものだが、今じゃそんな事を見る事さえできない。
しかも……
「あ……"
年齢的には否定できないからあれだが、なんだろう…胸に何か刺さる。"おじさん"という言葉が。
「ん、ああ、大丈夫だ。怪我一つないし、さっきまでカカサをからかってたよ」
「……お母さんらしい…。それを聞いて安心しました。ありがとうございます」
「気にしないで。俺もカカサも止めたんだけどね……」
「言葉で言ったところでお母さんは聞きませんよ。私のお母さんはそういう人なんですから」
「確かにそうだ」
ルナちゃんと話していると、アウロラが首を傾げながら聞いてくる。
「おねーちゃんのママがどうかしたの?」
俺が言葉を発する前に、ルナちゃんが言う。
「なんでもないよ、お仕事のお話だから」
「そっかー。おねーちゃんのママも、お仕事大変だね」
「…そうだね。私やアウロラのためにも頑張ってくれてるからね」
意味をあまり理解していないからこその返答。それを理解できるようになったルナちゃんには、少し悲しい言葉だと思う。
ただ、アウロラにも、もちろん、昔のルナちゃんにも悪意はない。ただ単純に興味があったから聞いただけ。
だから、怒れるわけが無い。俺も、ルナちゃんも。
「…勉強はどうかな」
「ええ、順調ですよ。早く多くの事を覚えたいと言っても、順番があるんだと言われて、中々先に進めませんけどね」
「そっか、まあゆっくりやっていくといいさ」
ルナちゃんは首を横に振って言う。
「そうは言ってられません。早く覚えて、お父さんを病気から救ってあげなければ」
「………………」
その言葉で、俺は返す言葉を見失ってしまった。
フィアさんは彼女にはまだ何も伝えてないのだろう。いいや、伝えられるはずがない。
娘に、"あなたのお父さんは死んでいた"なんて。
彼女は、クロノードが亡くなったあの日から、ずっと今まで勉強を続けてきた。
……俺だって言えるわけないじゃないか……。
「…なんだ、その……その調子でがんばってね」
「……ええ」
幸い、ルナちゃんは勉強をしながら言葉を返していたので、俺の顔は見られてないはず……
「パパ、どうして泣きそうなの?」
………見てた子がもう一人いたのを忘れていた……。
「そ、そうかな?泣きそう?気のせいだよ」
「……ふーん……」
俺はアウロラを地面に降ろし、二人に言う。
「とりあえず、もうしばらくここでゆっくりしててくれ。後でフィアさんが迎えに来てくれるはずだから」
「はーい!パパ!次はいつ会える?」
「…そうだな、アウロラがいい子にしていたら、すぐに会えるよ」
「分かった!アウロラいい子にしてるからね!!」
「ああ。 ルナちゃん、アウロラをよろしくね」
ルナちゃんは静かに頷いてくれた。
それを見て俺は部屋を後にし、基地へと戻った。
それから数時間たった後、部隊の全員が基地へと帰還、そして救援に駆け付けたロンド・ベルへとお礼を言うために何故か俺とリナが選ばれ、旗艦であるラー・カイラムへと向かうことになった。
機体は一時的にファングの使っているガンダムを使わせてもらう事に。
近代化が成されているこのラー・カイラムも、既に建造から3年の時間が経っている。
まあ、戦艦はそんな簡単に旧式にはならないとリナは言う。
格納庫には数機のジェガン、そして紫に塗装されたジェガンの改良型、そして
そして整備兵たちはシルバーライトのほうへと視線を向けながらも仕事をしている。
「あれ……」
「どうした、リナ」
「あの白い機体……、噂に聞く"ユニコーン"だよ、ムゲン」
「……あれが、ユニコーン……?」
何と表現していいのだろうか、モノアイも特殊な感じで、本当に全身が真っ白に塗装されている。
「隣のは………あれもユニコーンと同じ機体…かな…。でも、"一角獣"ってよりは、"獅子"って感じかな」
「それはまたどうして」
「角だよ。あれ、角っていうのは変じゃない?」
確かにユニコーンと比べてみれば角の形状が異なっている。それに、黒い奴には腕に凄いゴツそうな何かが付いているし……。
「……まあ、そうだね…」
「あとあと、あの紫のジェガンタイプ!」
「なあリナ、その話は艦長との話が終わってからでいいんじゃないか……?」
流石に堪えきれずに言う。
「…確かにそっか。よし!じゃあ早く話し済ませてきてね!私はここでシルバーライトを見守りながらユニコーンやあのジェガンを見てるから!」
「…わ、分かった…」
こう、他の部隊の船に乗るという機会がほとんどないからか、自分でもわかるくらい緊張している。
やることは変わらない、艦長にお礼を言って帰るだけだ。
さあ、いくぞ。
深呼吸して扉をノックする。
「第00特務試験MS隊所属、ムゲン・クロスフォード少尉、入ります」
そこに居たのは、黒髪の俺よりも少し年上の男性。優しそうに見えるが威厳がある。
確か、道夜は彼とは面識があったんだったか。
「……ムゲン・クロスフォード少尉です。トリントンへの増援、基地を代表してお礼を言いに参りました」
「気にしないでくれ。君たちが無事で何よりだ」
「……ブライト・ノアさん……ですね」
「ああ。君とは初めて会うね。ファング少佐や八雲道夜少尉…おっと、道夜少尉の事は君たちには酷な話だったな」
「いえ、気にしないでください。あの時、ほとんど俺は眠っていたので……」
「話は聞いているよ、第二小隊のエースが意識不明になったと。私達のほうも忙しくてなかなか面会も出来ず申し訳なかった」
「大丈夫ですよ。………あの、少しいいですか」
「なんだい」
今ユニコーンが居るのなら、あの"噂"が真実か確かめられるかもしれない。
「……ユニコーンのパイロットは本当に子供なんですか」
「ああ、今までガンダムに乗ってきたアムロやカミーユと同じように、彼もまた若い少年だ」
「…………そう、ですか」
やはりそうだったのか。……戦争というのは何故いつも………
「変わらないな、人間も、歴史というのも」
「…え?」
「どうしていつも戦争が起きるのか、そしてガンダムに乗る者が若き少年なのか。……偶然にしろ、これほど悲しい事はないだろう」
「……そうですね。…代わってあげられるなら代わってあげたいですよ」
「だが、君もその一人だろう」
「え………?」
「君に何があったかは分からないが、エゥーゴにいた時から、君のいた部隊は一年戦争を生き残った部隊として言われてきた。そして、そこには君もいた」
「何の因果かは分からないが、君も"ガンダムを駆る者"だった」
「……君なら、彼の心を解いてやれるだろうか?……無論、君が良ければの話だが」
ユニコーンを駆る少年と会うことが出来る…?だが、会ったところで何を言ってやればいい……?
かつてのカミーユ君のように、何かを言ってあげられるか……?
分からない…。いや、でも、何か…伝えられることはあるはずだ。
「……何を伝えればいいかは分かりませんが、会わせてもらえますか」
「分かった。案内しよう、ついてきてくれ」
俺はブライトさんの後を追い、案内された部屋へと辿り着く。
「この中に、その少年が居る。…あまり時間は無いが、彼と話してみてくれ」
「はい」
「監視は外しておくよう言っておく、頼んだぞ」
扉を開くと、真っ暗な部屋の中に、一人の少年が座り込んでいるのが分かる。
その少年は、俺を見据え、言葉を待っているように見えた。
「……すこし、いいかな」
「……貴方は……?」
扉を閉め、少年の横に腰かけて答える。
「ムゲン・クロスフォード、君は?」
「……
「バナージか……、良い名前だ」
「貴方も、尋問官なんですか」
俺は小さく首を横に振り
「まさか。ただ、ブライト艦長に頼まれただけさ」
「貴方は…一体……」
「………君と同じ道を歩んできた人、かな」
「俺と………?」
「ああ、俺も小さいころ戦争に巻き込まれて、軍人になって戦ってきた。若い時に、ガンダムに乗ってね」
「……ガンダムに……」
彼と話していると、何故だか、悲しい気持ちが流れ込んでくる。
先の戦いで、止められなかった、そんな断片が。
そうか………これが…
「君は、たぶん、つらいかな」
「………ユニコーンが示した座標が、また争いの場所になる。そうなれば多くの人が失われる」
「ロニさんだって、被害者だったんだ……」
「君は、優しいな」
「え………」
「自分よりも他人の事を想い、そして戦いで敵同士の人の事さえも、案じてあげられる。それは、誰にでも出来る事じゃあない」
「どんな命だって、"戦争だから仕方がない"そんな言葉で片付けて良いわけが無いんだ。……君はそれをよく理解している」
「理解しているからこそ、敵とも分かり合おうとしたんだろう?」
「……戦争で人が死ぬなんて……そんなの、人の死に方じゃありませんから」
「同感だよ。……そんな死に方、普通はあっちゃいけないんだ。……でも、君はそれを救ってくれた」
「君が行動してくれたからこそ、街への被害は最小限で済んだんだ」
「でも、俺は何も……」
「かもしれない。でも、今までだってそうだ、君が行動すれば、死んでしまう人もいれば、逆に、救われる人もいる」
「命を秤にはかけられないけど、でも、そういう考えだってできるはずだよ。戦いの中で人を殺してしまっても、君は一人の人間を救ったのかもしれない」
「殺したくて殺したわけじゃないですよ……」
「分かってるさ。誰もそれを責めやしない。……誰かを撃てば、また誰かがやり返す。それがだんだん大きくなって、戦争となる」
「でも君は、その一部にならないでほしい。この狂ってしまった世界で、それでもと、分かり合えるんだと信じて言い続けてほしい」
「………」
「俺もそうだから」
「どういうことです?」
「俺もかつて、恨みだけで軍に入ったから、分かるのさ。その時から、俺は、狂った世界の一部になってしまった」
「でも、君は違う。どこにも縛られない、自由な力がある。その力で、君は、君が成すべきと思ったこと、守りたいものを守るんだ」
「俺の……守りたいもの……」
「俺にはもう、自由な力は無いから。自分の力と、限界をある程度知ってしまった。だから、"自分の手で守れるものしか守れない"」
「バナージ君、戦いたくないなら、戦わないでもいい。でも、忘れないでくれ、行動には常に責任が伴うということを」
「………」
「すまない、言いたいことだけをバーっと言ってしまった。年寄りの適当な話だと思って聞き流してくれて構わないからね」
「いえ、ありがとうございます。……少しだけ、気分が晴れた気がします」
「そっか……それは良かったよ。 さて、そろそろ行かなきゃ」
俺は立ち上がり、部屋を後にしようとして、ふと彼に一言言った。
「……バナージ君」
「なんです」
「……信じているよ、"一人の人間としての君"と、ガンダムを」
「……はい」
俺が伝えられることは、これだけしかないけれど、それでも、彼に届いてくれたなら、それでいい。
……若さか……、俺も随分歳を取ったな。
リナと再会すると、彼女は楽しそうにMSの事を話してくれた。…どれも何を言っているのか分からなかったけど、彼女が楽しそうに話していたから、何でもいいと思えた。
基地へと戻るとき、リナはふと思い出したかのように口を開く。
「そういえば」
「どうした?」
「
「へえ、それは楽しみだね」
「それでね、完成させるには、最後にムゲンにやってもらわなきゃいけない事があるんだよね」
「……俺に?」
彼女は頷いた後言う。
「そう、とても大切な事だから」
「まあ、何をするかは分からないけど、手伝うよ」
「ありがと。帰ったら早速始めよ、時間は掛からないからさ」
「分かった」
俺はシルバーライトを動かし、基地へと向かった。
格納庫へ機体を止めると、彼女は慣れた手つきで機体のコックピットを開き、自分から降りて俺を手招きする。
そして、一番奥で布に覆われた機体の前まで行くと、ゆっくりと布を取り払う。
その機体の顔を見た時、俺は固まってしまった。
「………こ、これは…」
「どう?カッコいい顔でしょ?あなたと関わりの強い"あの子"の顔そっくりにしたんだ」
「……ピクシー……なのか……」
そこに佇む機体は、ピクシーの顔を持ちながら、また、彼とは違う存在となり、そこにいる。
バックパックには見覚えがあった、確か、ガンダムMk-2のバックパックだ。
「私達が生きてきた宇宙世紀のガンダム達の部位をモチーフにしてるの。例えば、脚とか、第二次ネオ・ジオン抗争で活躍した"
「腕は、さっき実物を見たけど、だいぶ近づけてある"
「そして、バックパックは、貴方も見たことある
確かに面影が残されている、しかし、それでも互いの邪魔せず調和された機体……これを…リナが……。
やはり、彼女は凄いな………。
「名前はまだ"無い"んだけど、たぶん、この子もピクシーになるのかな」
「……これをリナが…?」
「うん。私が貴方に贈る最後の機体。貴方に"あの子"を蘇らせてくれれば、完成する」
「……蘇らせる?誰を…」
「ついてきて、コックピットで寝てるから」
リナは俺の手を引き、コックピットへと案内する。
コックピットの中は真っ暗で、何があるのかパッと見て理解は出来なかった。
「ムゲン、貴方はコックピットに座ってて、外から私が操作するから何もしなくていいよ」
「この真っ暗な中で……?」
「そう。…もしかして、暗いの苦手だった……?」
「いや……、とりあえず分かったよ」
俺は言われた通り、コックピットに座り、リナの反応を待つ。
音のない静寂の中、暗く何もない場所なのに、安心感を覚えた。
かつて……味わったことのあるような感覚……
「……何だろう……この感じは……」
突如、目の前の円柱の機械から光が溢れ、そこから、一人の少女が姿を現す。
その少女は目を瞑りながら、静かに何かを待っているように見えた。
この少女を……俺は知っている……。
整った顔つきで、優しそうな垂れ目。
その雰囲気は不思議と安心感を覚える。
そうだ……彼女は……。
[起きて、サポートAI、エヴァ]
彼女の声で、静かのその少女が目を開け、そして、目が合った。
「……真っ暗……。でも、分かるよ、そこに居る人。貴方は、"私が分かる?"」
「……ああ、分かるよ。本当に、久しぶりだね、エヴァ」
「その声………そっか、やっと会えたね、ムゲン・クロスフォード」
彼女は俺を理解して優しく微笑む。
「エヴァ……どうして…」
「リナに感謝してね、私とまた会える
「……リナが……?」
「うん。私はサポートAI"エヴァ"。戦う機体じゃなく、貴方とこのガンダムを支えるため、7年ぶりに復活したよ」
「………ほんと、凄いな…リナは…」
「流石、貴方自慢のお嫁さんだね!」
「……お嫁さん…う、うーん……なんか違うけど…まあ、いいか」
「嬉しいなあ…またこの目で世界を見ることが出来て。そのせいでリナにちょっと迷惑かけちゃったんだけどね」
「そうなのか…?」
「うん。この丸いユニット、私が造ってってお願いしたの。こうやって、私の姿や行動をうつすことのできる鏡みたいな奴を」
そう言いながらくるっと回転して動いて見せるエヴァ。確かに、実際だったらこんな感じで動いてた、なんて思い出す。
コックピットが自動で開き、リナが顔を出す。
「これで完成。エヴァが貴方を覚えた時点でこのガンダムは完成。それで、どうかな?ムゲンのピクシーで見つけた奴を勝手に使っちゃったんだけど……」
「いや、思ってもみないプレゼントだ……。ありがとう、リナ」
「ううん、なんてことないよ」
そんな俺たちの間に口を挟むエヴァ。
「まだだよ、まだ完成してない」
「え……?」
俺もリナも思わず声がでた。
「この子は目を覚ましてない。動きはするけど、"頭は寝てる"。人間で言うなら……そう、"寝ぼけてる"かな!」
「…寝ぼけてる……?リナ、それはどういう――」
リナに顔を向けた時には、既にリナはコックピットの外で機械を動かしていた。
「なるほど、エヴァが言った意味が分かった。……困ったね……これは…」
「流石リナ、ムゲンよりも分かってくれる」
「どういうことだ……?」
首を傾げる俺に、リナは丁寧に説明してくれる
「この機体ね、サイコフレームが使われてるのは知ってるよね」
「ああ」
「そのサイコフレームが、"機能してない"」
「つまり……?」
「動かすだけなら出来るけど、本来の力は発揮できない。だからエヴァはこの子が寝ぼけてるって言ってたの」
「……なるほど……。どうやったらサイコフレームが機能するようになるんだ…?」
返した言葉でリナはうーんと悩んでしまう。
「私にも分からない…。ちゃんと動くようにはしてたんだけど……。やっぱり、感応波を拾うのを強くしすぎちゃったかな……」
「そういう事じゃないよ」
悩むリナに対してエヴァは言う。
「リナが悪いわけじゃない。ただ、この子が単純に長い間誰にも使われなくて"ふてくされてる"だけだから」
「………?」
二人で首を傾げてしまう。…エヴァは時々こんな不思議な事を言うから、あの時も結構首を傾げてたっけ。
「いつか目覚めるから、その時を待とうよ!…きっと、そのために私は居るんだから」
「……でも…」
「そうだね」
俺はリナの言葉を遮り、エヴァに笑って見せる。
「ムゲン……?」
「待つしかないさ、たぶん、俺たちがどうこう出来るものじゃないんだと思う。……動くなら、コイツを動かして目を覚まさせてあげないとな」
「さっすがムゲン、分かってるね!」
「もう、そういう事じゃないんだけど……。まあいっか、ムゲンがいいなら。私も待つ事にするよ」
「ありがとう、リナ」
「別に…」
俺とリナのやり取りを見て、エヴァが
「ふふっ!噂に聞くおしどり夫婦だね!!」
「エヴァ!?」
「ちょ、ちょっと!?」
懐かしい子との再会、そして新たなるガンダム。……俺の最期のガンダム。
これで……奴と決着を付けられる。
世界がどうあれ、奴だけは……
67 完