機動戦士ガンダム虹の軌跡   作:シルヴァ・バレト

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八剱俊太郎。その青年は、虹を見て何を想うか。

大切な仲間を失い、戦いの果てで見た虹、そして彼は何故進むのか。

これは、彼の人生を変えた仲間たちとの出会いの話。


外伝:Episode of Shitaro

 人は、この光を前にしたとき、一体何を想うのか。

 

 少なくとも、俺はこう思った。

 

 優しくて、温かい。

 

 かつて、共に戦った3人が、俺の近くにいてくれている気がして。

 

 恐怖も、何もかもが消え去っていた。

 

 宇宙世紀0093.3.12 この日、人類は可能性の虹を見た。

 

 そして、この奇跡は後に【アクシズ・ショック】と呼ばれるようになる。

 

 

 この日の出来事を語り継いでいくものが必要だ。

 

 いいや、これまでの戦いで失った人々を語り継ぐ人が必要なんだ。

 

 でも、結局、俺も一人の人間で、出来る事なんか限られている。

 

 兄弟たちに仕送りをする日々を繰り返し、帰ってこれるかもわからない戦場に行って、その繰り返し。

 

 では、俺に何が出来る?俺が死んだとき、誰かが語り継いでくれるのか?

 

 きっと、忘れられてしまうのではないか。

 

 そう思ってしまえば、きっと、そんなことをする義理も、義務もない。

 

 俺は……どうすればいいんだろう。

 

 

 その日から数日後、久々の休暇で、俺は故郷の日本へと帰った。

 

 兄弟は、元気にしているだろうか。

 

 俺の家は、両親に、俺を含めた7人の子供がいた。

 

 今、両親は二人とも亡くなり、長男である俺が金を稼ぐために軍に入った。

 

 父さんは、日本で有名な学校の教師をやって、母はそれでも足りない金を集めるために、必死で日雇いの仕事を。

 

 貧しい中でも、幸せな時期だったと自分でも思う。

 

 でもそれも、日本で戦争が起きるまでの話。

 

 戦争というべきか、それとも、テロというべきか。

 

 MSの襲撃。

 

 それが、何もかもを変えた。

 

 幸せだった世界を、その全てを。

 

 一発の銃弾が、父の命を奪い、略奪で、母の心は消えた。

 

 そして残ったのは、目の前に横たわる母の姿。

 

 命を自ら断つ人を、この時初めて見た。

 

 戦いから得たのは、そんな絶望。

 

 だから、本当は軍に入るのだって望んでいたわけじゃない。

 

 俺から全てを奪ったモノになることを、望むはずもなかった。

 

 でも、なるしかなかったんだ。

 

 生きるために、他人を切り捨ててでも……。

 

 父と母を知っているのは、俺だけだから。

 

 だから、語り継いでいかなきゃいけない。

 

 

 数年ぶりの自宅は、きれいに掃除がされていて、生活感があった。

 

 扉を開ければ、元気な子供の声。

 

「あ!にいちゃんお帰り!!」

 

 兄弟の一人、カインが言う。

 

「ああ。ただいま」

 

「仕事、どうだった?」

 

「まあ、それなりかな」

 

 そう言えば、最初はそこまで乗り気じゃなかった軍でも、ある人と出会って、見方が変わったかもしれない。

 

 トリントン基地に転属になって、出会った仲間たち。それが、俺の人生を変えた。

 

 そんな彼らも、もうこの世にはいないけど。

 

 でも確かに、俺を変えてくれた。背中を押してくれた。

 

 

 

 初めてトリントン基地に来た時の雰囲気は、前にいた場所と違い、生き生きとしていた。

 

 不思議に思いながらも、基地内を歩き回る。

 

 そこにいる誰もが笑っていて、互いに信頼しあっているような、そんな雰囲気を感じた。

 

 歩いていると、誰かとぶつかる。周りに気を遣いすぎていたための不注意だった。

 

 反動で尻もちをついてしまう。

 

「っ……てて…」

 

「おう、大丈夫か?」

 

 見上げると、茶色の髪が肩に掛かっていて、顎に髭が生えている男性。

 

 右目は黒で、左目は黒目の部分が白く濁っている。失明している…?

 

 その男性は、俺に手を差し出す。

 

 俺は彼の手を取り立ち上がった後、頭を下げる。

 

「ありがとうございます」

 

 すると彼は肩を竦めながら言った。

 

「気にすんなよ。見た感じ、別の所からの異動ってところか」

 

 少し驚いた。こんな一瞬で見抜かれるとは思っていなかったから。

 

 頭を上げ、聞く

 

「な、なんでわかったんですか…?」

 

「何でって…ああ、ほら、ここんとこの制服と、お前さんが着てる制服、ちょっとばかし違うんだよ」

 

「ああ……なるほど」

 

「ははは!そんな驚く事じゃねえだろ。それに、これからは仲間なんだからよ!」

 

「な、仲間って…同じ部隊でもないのに……」

 

 その男性は首を横に振り、言葉を続ける。

 

「違ぇな、前の場所ではどうだだったかは分からねえが、ここでは違う。この基地にいる全ての奴は、仲間なんだ」

 

「いがみ合いも少ないし、誰もそれを望もうとしない」

 

「ど、どうして……」

 

「…どうして、か。そうだな、今はいねえが、【第00特務試験MS隊】って部隊がいるんだけどよ、知ってるか?」

 

 その名を聞いて、首を横に振る人はいないだろう。

 

 第00特務試験MS隊、MSの戦闘データ採取や、MSの実戦テストを兼ねて常に最前線に配置される部隊で、その部隊員のほとんどが一年戦争からの生き残りであるという。

 

 腕の立つ者が多いのだが、その反面として個性的なメンバーが多いとか。

 

「ええ、知ってます」

 

「そうか。そいつらが、ここを繋いでくれてるんだろうよ」

 

「どういうことですか?」

 

「あの部隊は、トリントン基地に来てから、ここの全員と対話をすることで、壁を無くした。彼らが来るまで、荒れていたこの基地が、こんなに賑やかで楽しそうになったのは、それからさ」

 

「壁を無くした……」

 

「ああ。そこの部隊長のファングがな、"誰が偉いとか、そういうんじゃない。ただ皆で手を取り合って進めばいいだけの話だろう"って言ったのさ」

 

「もちろん、最初は乗り気じゃないやつも沢山いた。だが、あの部隊の連中は、そんなこと構わずに対話をし続けた。その結果が、今につながってる」

 

「だから、あの部隊はここではちょっとした有名人なのさ。尊敬してる奴らも多い。まあ、入ろうとは思わないがな」

 

「…そうなんですか……」

 

 男性はふと何かを思い出し言う。

 

「あ、そういやまだ名前言ってなかったな。俺の名前はジャック。よろしくな!」

 

「…八剱俊太郎(やつるぎしんたろう)です」

 

「そうか、俊太郎(しゅんたろう)か!よろしくな」

 

「いえ、しんたろうです」

 

「どっちでも構わねえさ!」

 

「構いますよ!?」

 

 それが、ジャックとの出会い。

 

 

 

 それから数日後、ジャックさんとも仲良くなった俺は、よく彼と一緒にいるようになった。

 

 ジャックさんと共に食堂で食事をしていると、目の前に二人の女性が座る。

 

「前、いいよな?」

 

 黒髪の短髪の女性が言う。

 

 ジャックと顔を見合った後、ジャックさんが口を開く。

 

「ああ、構わねえよ」

 

 すると、赤い髪の女性が何かを書き出し、小さいメモを切り取って差し出す。

 

『ありがとう。』

 

「ん?赤い髪の嬢ちゃんは喋れねえのかい?」

 

 すると、それに対して赤髪の子は続ける。

 

『生まれつき。だから面倒だけどこうしてる。私はマヤ、あなた達は?』

 

 ジャックさんは笑顔で答えた。

 

「俺ぁジャック。んで、こっちのが俊太郎(しゅんたろう)だ!」

 

「だから"しんたろう"ですってば!!」

 

「どっちでもいいじゃねえかよ!」

 

「よくないです!!」

 

『賑やかな二人だね。よろしく、俊太郎、ジャック』

 

 それからマヤさんはもう一人に視線を送る。

 

 すると、黒髪の女性は溜息を吐いた後

 

「……アルマだ。ったく、なんで私まで名前を言わなきゃならないんだ」

 

『だって、名前教えてもらったし』

 

「だからって私は知る必要ないし」

 

『…ごめん』

 

 悲しそうな顔をするマヤさんを見て、アルマさんは

 

「そ、そんな顔しないでよ!ああもう!仲良くする!仲良くするから!!」

 

 すると、そんな顔を予想していたかのようにマヤさんはにやっと笑う。

 

 そんな光景を見たジャックさんは笑う。

 

「へえ、意外とツンツンしてるかと思ったけど、案外可愛いじゃねえか。アルマちゃん」

 

「うっせえ!殴るぞおっさん!!!」

 

「あー怖い怖い」

 

「むかつくぅ……!!!」

 

 拳を握り小さく呟くアルマさん。

 

 なんだか見ていて可笑しくなって、笑ってしまう

 

「あはは!!」

 

「ん?どうした俊太郎」

 

「んだよ…お前まで」

 

「いや、だって、面白くてさ!!なんか、こういうの初めてだよ!ははは!!!」

 

「変な奴だな…」

 

 アルマさんとジャックさんが声合わせてそう言った。すると二人は顔を見合わせ、ジャックさんはニヤッと笑い、それに対してアルマさんは拳を握る。

 

 この出会いが、俺の生きる道を変えてくれた。

 

 そんな穏やかな日は長くは続かなかった。

 

 噂に聞いていた第00特務試験MS隊が帰ってくる日、悲劇は起きた。

 

 誰が予想していただろうか、かつてその基地の全ての人が尊敬する部隊が攻撃してくることを。

 

 その日、被害を受けた人々は嘆き、そして彼らを憎んだ。理由なんか関係ない。こちらを攻撃してきたことが何よりの証拠と言って、彼らを裏切り者とした。

 

 だが、ジャックさん、マヤさん、アルマさんと俺は信じなかった。何か理由があってこうしたんだと、言い続けた。

 

 それでも、声は届かなかった。

 

 その日から、この基地から笑顔は一瞬にして消えた。

 

 そして、俺は彼と出会う。

 

 

 

 その背中は、この場所にいる誰よりも凛としていて、強い背中だった。

 

 そして、この人が、何となく【ムゲン・クロスフォード】という人間だと感じさせた。

 

 だからつい驚いて

 

「あっ!!!」

 

 振り向いた、短く切った黒い髪、優しそうだが、力強さを感じる瞳。凛とした眉に、整った顔つき。

 

 瞳の奥に悲しみを秘めているようにも感じる。

 

 その男性は首を傾げ聞く。

 

「…どうしたんだい?」

 

「あ、あなたは…!!む、ムゲン・クロスフォードさん!?」

 

 すると、少し困惑しながら彼は言葉を返す。

 

「………そう、だけど……?」

 

「やっぱり!いやー!よかった!!!」

 

「な、何を喜んでいるんだい……?」

 

 俺ははっとして、言葉を続ける。

 

「すいません、自己紹介がまだでしたね。俺は八剱 俊太郎。最近このトリントンに来ました。よろしく!」

 

「そうか。俺はムゲン・クロスフォード………って、知ってるか。まあ、よろしく頼むよ」

 

「はい!」

 

 彼と出会ったのは、間違いだったのかもしれない。

 

 もし、彼が居なければ、ジャックも、マヤもアルマも死ななかったのかもしれない。

 

 

 でも、こうも思えた。

 

 彼と出会ったからこそ、今の俺が居るのかもしれないと。

 

 誰かが言っていた、【今こうして生きているのにも何か理由があるはずだ】と。

 

 そうなのかもしれない。

 

 では、俺が今生きている理由とはなんだ……?

 

 人類の可能性を俺に見せて、大きな戦いを超えた俺に何が出来る?

 

 

「兄ちゃん?」

 

「ああ、すまない」

 

 弟に笑顔で言葉を返す。

 

「あ!俊太郎兄ちゃんだ!!おかえりー!!」

 

 その声につられて、兄弟が集まってくる。

 

 そうか……俺が出来る事……

 

 

 兄弟たちを守らなければならない。

 

 これは、俺にしかできない事で、他の人が代わってくれることでもない。

 

 だからこそ、俺は前へ進んでいく。

 

 背中を押してくれた、仲間に恥じない生き方をするために。

 

 

外伝 完




さて、これにて第二次ネオ・ジオン抗争編終了となります。

いかがでしたでしょうか。更新がとぎれとぎれで申し訳ありませんでした。

この作品の大きな人物の死を乗り越えて、ムゲンたちはさらに次の時代へと進んでいきます。

虹はまだ続く。


次回の更新日は9月5日になります。

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