機動戦士ガンダム虹の軌跡   作:シルヴァ・バレト

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07:別れと決意

 宇宙世紀0079.11.09 オデッサ作戦は終盤に差し掛かっていた。

 

 03:35 第4軍、包囲網を突破。以後、さしたる抵抗を受けずに進撃。

 

 05:00 第4軍の突入をさかいに、連邦軍の攻勢がはじまる。

 

 11:00 公国軍、防衛線の縮小。連邦主力部隊(第3軍)、カルパート山脈東、キシニョフへ到達。

 

 17:00 公国軍司令官マ・クベ大佐、宇宙へ撤退。連邦軍、敵掃討開始。14時には臨戦体制から警戒体制へ。

 

 オデッサ作戦、3日間の戦いの末、連邦軍の圧倒的勝利に終わる。これにより欧州からアジア地域における公国軍勢力は衰退を始める

 

 そして、俺達は一時の勝利の余韻(よいん)を噛み締める。

 

 各部隊での表彰などは、電報が届き、報告されるらしい。

 

 電報はファングさんとフユミネさんのみで確認する事になっている。

 

「さて、読むぞ…。今回の戦闘で、貴隊の活躍、見事だった。貴隊のおかげで、その後の進軍に影響なく進軍できた。何より、巨大MA(モビルアーマー)を撃破したことを上層部は多大に評価している」

 

「この電報に書きたくはないが、一つ報告がある。ムゲン・クロスフォード伍長をこちらの研究の実験台として預からせてもらいたい。これに関してはあまり時間が無いので、返答求む」

 

 ファングさんは手紙を折りたたむと、机を強く叩く。

 

「くそったれが!!!!」

 

「ファング…どうした?」

 

 フユミネさんが手紙を見て、驚く。

 

「…これは…。どうするつもりだ、ファング」

 

「どうするもなにも…奴らにムゲンを渡すわけには行かない」

 

「だが…このままではこの部隊も危ういぞ…」

 

「分かってる!!だから…だからなんだ…くそっ!!」

 

「…渡すしかないみたいだな…。残念だが…」

 

「くっ…仕方…ないのか…」

 

 ファングさんは苦虫を噛み潰したような顔をしながら渋々答える。

 

 

 

 別れは突然と言うが、確かにそういうものなのかもしれない。

 

 俺が朝起きると、ミデアの様子はいつもと違い、異様なまでに静かだった。

 

 まるで、誰かが死んだかのように。

 

 廊下をぼんやりと歩いていると、目の前にファングさんが立っていた。

 

「ファングさん、おはようございます!」

 

 ファングさんは俺を見るや否や俺の手を引き、ブリッジに連れて行かれた。

 

「ファングさん…?」

 

「ムゲン、重要な話がある…。落ち着いて聞いてくれ」

 

「え…?あ、はい」

 

 いつもと違う様子に、俺は気を引き締め話しを聞く。

 

「覚えているか?お前が入隊して、既に1ヶ月ほど経った。この1ヶ月で随分とお前も強くなったな」

 

「だから、お前に言うことがある。俺たちが必死に考えた結果なんだが…お前を軍の上層部のところへ…送ることにした」

 

「えっ!?」

 

 思考が一瞬停止する。つまり、俺は皆から()()()()()と言うことなのだろうか…心臓が潰れるほど痛くなる。

 

「もちろんお前を捨てたくは無い…。だけど…この部隊を盾に取られたら、俺はどうしようもないんだ…分かってくれ」

 

「…そ、そんな…」

 

 今にも崩れ落ちそうな自分を、必死に理性が抑えた。

 

「お前と別れるのは俺だって辛い…。けど、もしお前がどんな形で帰ってきても、俺たちは家族だ!だから…ここのことは心配しないで行って来てくれ」

 

()()】…そうだった。この1ヶ月、ずっと一人だった俺に、皆声をかけてくれた。

 

 辛いこともあった。それでも皆が笑って俺を励ましてくれたから、俺は辛いことでさえ忘れられた。

 

 皆がいたから、どんなに辛くても俺は自分を信じることが出来た。その家を潰すわけには。そう思った俺は強く答える。

 

「ファングさん。俺…行きますよ。だから、帰ってきたら、また皆でメシ食べましょうね!」

 

 辛くはなかった。皆を思えばの事だと、自分でも理解はしていたから。

 

「…すまない…ムゲン。…報告はしておく。下がっていいぞ…」

 

 

 

 ブリッジから出ると、正面で待っていたのは道夜だった。

 

「ムゲン、話がある。来い」

 

 俺は道夜に連れられ、外に出る。

 

「…ここでいいか」

 

「どうしたの?話って…」

 

 道夜もまた真剣な表情でこちらを見つめる。

 

「お前、行くんだろう…」

 

 さっきの話を聞いていたのだろうか、道夜が心配そうに答える。

 

「あぁ…行くよ…!」

 

「…そうか…。そういえば、この前の話をしようと思ってな…」

 

「何だっけ、それ」

 

 覚えてないはずがなかった。道夜の過去の話だ。彼を信じていくに当たって、彼を知りたいがために、聞いたあの日の事を。

 

「俺がこの部隊に入る前、俺はある施設で()()()()()()()()()()と言う実験の実験台だった」

 

「人造…ニュータイプ…」

 

「そうだ、ジオン・ズム・ダイクンが提唱した人類の革新であるニュータイプを、人工的に作り上げるという物だ」

 

「俺は当時、主任と呼ばれる人物へ絶対の忠誠を誓っていた。彼のために俺は戦っていた」

 

「それじゃあ…人形じゃないか…」

 

「あぁ…そうだ…。だが、ファングさんに出会った。彼との出会いで、俺の心には感情というモノが生まれつつあった」

 

「そして、俺は主任の手を逃れ、この部隊に入った。そして、お前と出会い、少しだが、仲間の暖かさというものを知った…」

 

「戦いの後、皆で食事をしている時、今までの俺にとってそれはとても暖かく、優しい光景だった」

 

「正直、最初は面倒だった。でも、いつからだっただろうな、そんな心はどこかに消え失せてしまった」

 

 なぜか俺の頭の中で、幸せそうに皆で食事をしている光景が浮かんだ。そこでは、皆が笑っていて、どんなに辛いことも吹き飛ばすくらいの暖かい場所だった

 

「道夜…」

 

「もし、お前に会えずにこの作戦を迎えたなら、俺はきっと仲間のことなんて一切構わず戦って、死んでいただろう」

 

「お前に第一軍で戦うことになったあの日の話で気づいたんだ」

 

 あの日のことだろう。オデッサ作戦のために集結地に向かう日。道夜と少し言い合ったあの日だ。

 

「お前みたいな奴がいれば、少しばかりなら無茶しても着いてきてくれるんだろうって」

 

「…だから、あの時あの巨大なMSからの攻撃を庇った…。お前がきっと守ってくれると信じてたからな」

 

「でもあれは…」

 

「確かに奇跡かもしれない。でも、少なからず、お前と共に戦っていなかったら気づけなかった()()()だ」

 

「そんなココロをくれたお前に一言言っておきたい」

 

「…家は…任せておけ」

 

 道夜はフードを深く被りながら言った。涙を見られたくなかったからだろうか。声が震えていたので見なくても分かった。

 

 俺は道夜の肩に手を置いて言う。

 

「あぁ…家は…任せた…」

 

 そう言って俺はそのまま道夜のところを去る。

 

 

 

 きっともうすぐファングさんが招集をかける。俺との別れを知らせるために。

 

 俺は静かに空を見上げる。

 

 ジェームスと別れたあの日の空のように今日の空も曇っていた。

 

「…ムゲンさん?」

 

 彼女の声がする。俺は振り向くと、やはり、いつも通りの彼女、リナさんが立っていた。

 

「あ…リナさん…」

 

「ここにいたんですね。ファングさんが呼んでますよ。何やら全員集合だとか…」

 

「…そっか…分かった。行こう」

 

 俺は再びブリッジに向かう。その途中の廊下を、これほど長くあって欲しいと願ったことは無かった。

 

「ムゲンさん」

 

「ん?どうしたの?」

 

「帰ったら、見せたいものがあるんです!」

 

「どんなの?」

 

「それを言ったら意味ないじゃないですかー」

 

 と、彼女は笑いながら言った。

 

 この笑顔を見るのも何度目になるだろう。頭の中で自然と思い浮かんでくる。

 

「リナさん…」

 

「何ですか?」

 

「…いや、何でもない」

 

「えー!気になるじゃないですか!!」

 

 と、俺の腕を引っ張る。

 

「はは…また、時が来たら言うよ…」

 

 俺はブリッジに入る。

 

 当然、皆いた…俺の家族全員が…自然と心臓が高鳴る。

 

「…来たか…ムゲン…」

 

 ファングさんが呟く

 

「皆、真剣に聞いてくれ」

 

 皆がファングさんのほうを向く。

 

「…皆に一つだけ言うことがある…ムゲンが、今日から他の部隊へ移動する事になった」

 

 皆、驚きを隠せない。当然だろう、その中でも一番驚いていたのはリナさんだった。

 

「え…そんな…」

 

「皆、別れは辛いだろうが、我慢してくれ…俺も辛いんだ…」

 

「ムゲンさん…」

 

 立ち上がって俺を見る。ユーリだった。

 

「ユーリ…」

 

「ちゃんと帰ってくるんですよ。おやつは300円までですからね!」

 

「…あぁ…分かってるよ」

 

「帰ってこなかったら、スライディング土下座してもらいますからね!」

 

「うん…。分かった…」

 

 ユーリだってきっと辛いだろう、俺は彼女に強く頷くしかできなかった。

 

「…10分後には迎えが来る。ムゲン、準備はいいのか?」

 

 特にもって行くものはなかったので、俺は頷いた。

 

「はい…!大丈夫だよ…みんな!ちゃんと帰ってくるから!」

 

 そう言って、一足早くブリッジから出て行った。

 

「…きっと…帰るから…」

 

 扉の前で呟いた後、俺は格納庫へ向かった。

 

 

 

 そこに着くと、壁に寄りかかっていたフユミネさんがこちらに気づいて寄ってきた。

 

「…ムゲン」

 

「フユミネさん…。どうしたんですか?」

 

「あぁ…元気でな…。それだけだ…」

 

 これが彼なりの励ましなのだろう。俺は彼の思いを受け取って頷いた。

 

「はい…!」

 

 

 

 10分というのは本当に短い。外に大きな輸送機が降りてくる。

 

「…来たのか…」

 

 俺は一歩一歩、歩き、輸送機の元へ向かう。

 

 そして、見知らぬ研究者が出てきて言う。

 

「ムゲン・クロスフォードだな?」

 

「…はい…」

 

「では、こちらに来てもらおう」

 

 そう言って俺を輸送機の中へ連れて行こうとする。すると、格納庫のほうから大声で声が聞こえた。

 

 その方向を見ると、リナさんが必死に走ってこちらに向かっていた。

 

「ムゲンさん!!!ムゲン!!!!」

 

「おい!止めろ!!」

 

 兵士が彼女を抑えようとする。

 

 俺は我慢できずに輸送機から飛び出した。

 

「何をするつもりだ!!!」

 

「待っててください!俺が止めてきます!!」

 

 俺は走って彼女のほうへ向かう。

 

「ムゲン!!!!!」

 

「り、リナさん!!!!」

 

 走ってこちらに来る彼女を俺は抱きしめた。

 

「ムゲン…!行かないで…!」

 

 彼女は今にも泣きそうな顔で言った。

 

 この顔も何度見たことだろう…。だからこそ、俺は彼女に言った。

 

「…大丈夫、きっと帰るから…。だって…リナさんを…リナを守りたいから!!!!」

 

「…こんな時に…卑怯ですよ…」

 

「ごめん…でも、心配しないで。ちゃんと帰ってくるから」

 

 そう言って俺は彼女の髪をなでる。すると彼女は、あの日と変わらない笑顔を俺に見せてくれた。

 

「時間だ…。行かなきゃ…」

 

「あ…ムゲン…」

 

「また…ね…」

 

 俺は彼女に背を向け歩き出した。

 

 

07 完


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