機動戦士ガンダム虹の軌跡   作:シルヴァ・バレト

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57:彼の戦う意味

 0093.03.03

 

 ネオ・ジオン艦隊、スウィート・ウォーターを発進

 

 0093.03.04

 

 第00特務試験MS隊、軌道を変更された小惑星5thルナにてネオ・ジオンと交戦。

 

 

 レーダーに映る敵影は10を超え、さらにその奥には2隻の戦艦。

 

 数でも、状況でもこちらが圧倒的に不利だ。しかし、ここで引き下がれば、連邦の本部がやられてしまう。何とかして止めなければ。

 

「ちっ!!状況が悪い…!」

 

 現状、俺たち先発隊の人数は俺を含め道夜、ユーリ、リリーの4人。それぞれが散開して各個で迎撃に当たっているものの、なにぶん数で押されつつある。

 

 今は目の前の敵を片付けなければ。仲間との合流を防ぐように立ちふさがるのは2機の新型MS。

 

 名前は確か、ギラ・ドーガだったか。

 

 まずはバルカンで1機へ牽制し、射撃位置への誘導。

 

 続いてもう一機にシールドミサイルを放ち、もう1機との距離を強引に離させる。

 

 1機はミサイルを回避している。そのせいか、もう1機との距離がどんどん離れていく。今なら……

 

「いけるか……!」

 

 ビームライフルを構え、バルカンで誘導されるであろう位置へ引き金を引く。

 

 続けて、致命打を与えるため、もう一射を少し位置をずらして発射。2発目はコックピットへの直撃を狙った。

 

 放たれたビームは1射目にギラ・ドーガの脚に直撃し、脚への被弾を気にする間もなく、もう一射がコックピットを貫いた。

 

 命中を確認後、まだ動けるもう1機に視点を向ける。ギラ・ドーガは味方が墜とされたためか、ビーム・ソード・アックスを持ち突っ込んでくる。

 

「……命を無駄に捨てるか…!」

 

 ビームライフルでアックスを構える腕を射撃。さらに続けてサーベルを取り出し、相手へと突撃。

 

 ジェガンとギラ・ドーガがすれ違う瞬間、サーベルで相手のコックピットを切り裂いた。

 

 一方、腕を撃ち抜かれたギラ・ドーガも、負けじと振り下ろそうとしたが、その一撃がジェガンに届くことは無かった。

 

 光芒の後に残ったものは無く、ただ残骸として機能を停止したビーム・ソード・アックスのみが宙に浮いている。

 

 敵の沈黙を確認後、レーダーを見る。道夜とリリーでMS4機を相手にしているようだ。……彼らなら大丈夫だろう。しかし、問題はユーリ。彼女の機体は遠距離型の武装編成だ。

 

 接近戦は分が悪いだろう。運も悪いのか、ユーリには2機の敵が。俺はスラスターを起動し、一気にユーリの元へと駆けた。

 

[沈め!連邦のデク人形が!!]

 

[あなたこそ、給料をタダ取りするお人形さんではないんですかぁ?どうせ、数で攻めなきゃ勝てない馬鹿のくせに、いい度胸してますよ……!!]

 

[んだとぉ!!!]

 

 互いにビームライフルを撃ちあっては、離れ、ミサイルの爆発がお互いの前で起きている。

 

 MS1機ならユーリでもなんとかなるか……?ならば……

 

 もう1機のMSの位置を探す。あそこまでユーリと派手にやりあっている奴がいるなら、もう1機は身を隠して狙撃するタイプの奴がいてもおかしくはない。

 

 つまり、あいつは……囮。本命は……

 

 俺の機体の正面左に映るデブリ。そこで何かが動いた気がした。

 

「そこに……いるのか…!」

 

 ビームライフルを構えようとした瞬間、機体内にアラートが響き渡る。

 

「くっ!?」

 

 寸ででシールドを構え、相手の攻撃を受け止める。さっきユーリと戦っていたMSだ。まさか……!?

 

[連邦にも勘のいい奴がいるようだな!!]

 

「何を……!!」

 

 シールドで跳ね飛ばし、バルカンとビームライフルを乱射。

 

 ギラ・ドーガは楽々とそれを回避している。

 

[へっ、その程度かよ!これじゃあさっきのパイロットのほうがまだマシだったな!!]

 

「貴様…!」

 

[あいつは強かったぜ?まあ、俺が負けるわけないがなぁ!!]

 

 いいや、ユーリはそんなことで死ぬわけがない。なら、なぜ反応がない…?

 

「アイツに何をした!!」

 

 サーベルを引き抜き振りかぶる。それをビーム・ソード・アックスが受け止めた。

 

 互いの得物が火花を散らす。

 

 ギラ・ドーガのパイロットは楽しそうに笑いながら言った。

 

[何をしたと思うよ?へへへ、お前もすぐに送ってやるよ!!!]

 

「……ふん……!俺はまだ、負けられないんでな……!!」

 

 ユーリからの反応がない。だが、生きている。……通信機器の破損か?

 

 ギラ・ドーガが間合いを取る。このままではこちらも狙撃される。何か手は無いのか。

 

 相手の後ろから光。その光に一瞬目が眩んだ。位置を見ると、小さいデブリ。……そうか。

 

 ユーリの機体も死んではいなさそうだ。それなら、やってもらうことは一つだけ。

 

[こいつで終わりだ!連邦の雑魚め!!]

 

「ふん!!!」

 

 2度目のぶつかり合い、サーベルの出力を上げ、押し切る。

 

 相手の右腕を切り落とし、さらに追撃でバルカンを放つ。

 

[何っ!!]

 

「ふん!雑魚はどっちのことを言うんだろうな?」

 

[何だとぉ……!!]

 

「ほら、追いかけてみろよ!ジオンの雑魚が!」

 

 背を向け、もう1機がいるデブリへと突っ込む。

 

[馬鹿野郎!そっちに逃げ場はねえんだよ!!!]

 

 こちらに気づいたスナイパーは、こちらへと銃口を向ける。

 

「ユーリぃ!!!左10、上6だ!!!光が見えたら撃ち込め!!!」

 

[狂っちまったかぁ!?死になあぁああ!!!]

 

 ジェガンの上空から大きく振りかぶるギラ・ドーガ。その攻撃を遮ったのはビームの一射。

 

 それもコックピットへの直撃。

 

「続いて、右2、下3へ修正、デブリごとぶっ放せぇ!!!!」

 

 指示通り、彼女はデブリへと一射。それを逃げるように回避する狙撃機。その隙を逃がさなかった。

 

 相手の背後に立ち、サーベルをコックピットへ突き立てた。

 

「……様子を見すぎたのが、お前の敗因だ。仲間の元へ、送ってやるさ」

 

 突き立てたサーベルを引き抜く。電流が走るギラ・ドーガを蹴り飛ばし、バックパックへビームライフルを放った。

 

 撃ち貫かれた機体は爆発し、消えた後に残るものは何もなかった。

 

 俺はユーリの元へと急ぐ。

 

 ユーリの機体はあのギラ・ドーガとの戦いで、メインカメラを潰されていた。

 

「ユーリ!大丈夫か?」

 

[ええ。丁度今、通信機器を復旧させ終えましたよ]

 

「……それは良かった。とりあえず、一度帰還してくれ。俺たちはこのまま戦う」

 

[そうですねえ。こんな状態では狙撃は厳しいですし、一度後退しますかね。それにしても、ムゲンさん]

 

「なんだい…?」

 

[メインカメラが使えない私に、よくあんなことを頼みましたね。本当は一人でも大丈夫だったくせに]

 

「……そんなことない、俺一人じゃきつかった。ユーリを頼ったのは……信頼していたからだよ」

 

[へえ]

 

「腕は昔よりも磨きがかかってるし、それに、お前ならこれくらい余裕だったろ?」

 

 するとユーリは、ふっと笑った後

 

[ええ、当然ですよ。これくらいは朝飯前です。あ、そうだ、この借りはお菓子で―]

 

「ダメだ」

 

[ちぇっ……守銭奴め]

 

「そこまでケチではないけどね」

 

[まあいいや、一度撤退します]

 

 ユーリは機体を動かし、戦艦へと後退していった。

 

 レーダーを確認、道夜とリリーも、既に敵を片付け、こちらへと合流しようとしていたところだった。

 

[先生!私頑張ったよ!……あっ……もちろん道夜さんも!]

 

 彼を気遣ってか、リリーはさりげなく付け足した。

 

「ああ。おかげで随分数が減った。助かったぞ、二人とも」

 

[ユーリはどうした?クラップ級へ戻っていったように見えたが]

 

「被弾したんだ。彼女自身に被害は無い」

 

[……そうか、それならいいが。……後は……奴等か]

 

「ああ……」

 

 俺たちから見て正面の位置に、2機の反応。

 

[先生!私達で倒そうよ!]

 

[数ならこちらが上だ。いつでもいいぞ]

 

 やる気満々な二人に首を横に振りながら言う。

 

「いいや、ここからは俺だけで戦わせてもらう」

 

[何!?お前……!]

 

「……死にはしない。それに、彼らは俺を待っているんだ。……【向き合わないと】いけない」

 

 それを聞いた道夜は

 

[……そうか。それがお前が選んだ選択なら、何も言わないさ。…無事に帰って来いよ、相棒]

 

「分かってる。こんなところで死ぬわけにはいかない。俺は生きてリナとアウロラの元へ帰るんだ」

 

[5thルナはどうする?]

 

「…軌道を修正させられた時点で、こっちが出来る事は何もない。お前たちはこのまま後退しろ]

 

[……先生、無事でいてね]

 

「大丈夫さ。さあ、二人とも」

 

 

 2機の後退を見送り、俺は彼らを見据える。

 

 相手も察したのか、こちらへと迫ってくる。

 

 いつにもなく、心臓がバクバクする。

 

 前に、トクナガさんが言っていた言葉を思い出す。

 

『次の戦場、きっと彼らは来る。その時一度、彼らをしっかりと向き合って見つめてみろ。何かが分かるんじゃないか?』

 

「……向き合う……か」

 

 ビームライフルを放ち、牽制。

 

 そのまま移動し、散開した黒いザクを狙う。

 

 サーベルを引き抜き、振り上げる。

 

 それを受けるように刀を構えたザク。

 

 互いに得物がぶつかり合う。

 

[ムゲン君、君一人で戦おうって言うのかい?]

 

「……やるさ……一人でも!」

 

[へえ、そりゃあ楽しみだ、なあ!!!]

 

 サーベルを蹴り上げられ、続けざまに蹴りを入れられる。

 

「ぐあっ!!」

 

 吹き飛びながらミサイルを放ち、相手の追撃を許さない。

 

 しかし、カカサはそれを回避しながらこちらへと迫る。

 

[いいかい、ムゲン。君がやっているのはね……無謀なんだよ!]

 

「くっ!!それでも!!」

 

 機体を宙返りさせ、ビームライフルを乱射。続けてバルカンを放つ。

 

 そのどれもが当たることなく宇宙へと消えていく。

 

[そんな腕で、俺たちを倒せると思うなよ!!]

 

「退くわけにはいかないんだ!!」

 

 刀を振りかぶる瞬間、俺は刀を持つ右腕へとビームライフルを構え、振られる位置を予測して撃ち込む。

 

 ビームは右腕の甲から貫いて、刀を宙へと吹き飛ばした。

 

 俺は刀を掴み、切りかかる。

 

「俺は……!!」

 

[くっ!!俺だってなあ……死ぬわけにはいかねえんだよ!!!]

 

 カカサは間合いを取り、宙に浮くサーベルを掴み、突っ込んでくる。

 

「それはこちらも同じ事!!互いに退けないのなら……」

 

 何度目かのぶつかり合い。互いのカメラアイがひと際強く輝く。

 

[やるしかねえだろうがよ!!!]

 

 ぶつかっては間合いを取り、ぶつかっては間合いを取る。その戦いで、俺はカカサから伝わる意志を感じた。

 

 

 クロノードを、友を守るという強い意志を。

 

 

 壊れていく彼を、見守ることしか、ただいてあげることしか出来ない無力さが。

 

 

 消えていく彼の意志を守るための剣として戦うことしか選択できない自分の愚かさを。

 

 

「カカサぁああああ!!!」

 

[ムゲン……!!俺は……守んなきゃなんねえ……!!あいつを……!!!だから、ここを通すわけにはいかねえんだよ!!!]

 

「それでも、押し通る!!!」

 

 得物がぶつかるたびに、互いの意志が互いへと伝わっていく。意志と意志がぶつかるかのように、追突する光は増していく。

 

 それでも……

 

 カカサの攻撃は、ぶつかり合うたびに威力が低くなっていく。エネルギー切れかはたまた、それ以外の【何か】

 

 彼が振りかぶった攻撃に隙が出来た。……見逃すわけにはいかない。

 

 俺はザクの両腕を切り落とす。

 

「……カカサ、悪く思わないでくれ。俺は……もう覚悟を決めたんだ」

 

[くっ……。そうかい、なら、あいつの所へ行けばいい]

 

 カカサは諦めのような、何となく理解できていたような、そんな複雑な声で言った。

 

[…俺には、クロノードを止める事も、お前を足止めすることも出来はしない……。お前の気持ちが嫌って程伝わってきちまって……これじゃあ……戦えねえよ…]

 

「カカサ……」

 

[向き合う覚悟、既についてんじゃんかよ。……お前がしたい事をすればいい。もう、あいつとお前を止められる奴は誰もいない]

 

「俺は……クロノードを―」

 

[言うな!!!!]

 

 泣きそうな声で、彼は叫ぶ。

 

[それを言えば、俺はお前を恨んじまう。……戦争なんだよ。分かるだろ]

 

「………そうだな。すまん」

 

[……行けよ]

 

 俺は宙へ浮くカカサの機体とすれ違い、彼の所へと向かう。

 

 

 

 そして、対峙する。

 

 白いザクと、ジェガン。

 

[待っていた。ムゲン・クロスフォード]

 

「……クロノード…!!」

 

[これで終わりにしてやる!!]

 

 今の彼には、もう既に娘の名も、最愛の妻の名でさえ消えている。

 

 ただ、俺を、ムゲン・クロスフォードという男との決着だけを望んで、この戦争で戦っている。

 

 強化人間の宿命ともいうべきものなのか、結局は戦うことしか出来ないのか。

 

 スナイパーライフルを構え、こちらへと放ってくる。

 

 シールドで受けながら、相手へ突っ込む。

 

[そうだよな、お前ならそうするだろうな!!!]

 

 スナイパーライフルを投げ捨て、こちらへと迫る。

 

 互いに拳で組み付き、機体がギチギチと音を上げた。

 

「クロノード…!!俺は……お前と決着をつける!!」

 

[さあ、殺しに来たぞ!ムゲン!!]

 

「やれるものなら…!!」

 

 お互いに間合いを取り、クロノードはサーベルを引き抜いて切りかかる。

 

 それを刀で受け流し、腹部へ蹴りを入れ吹き飛ばす。

 

[ぐあぁっ!!]

 

「これで!!!」

 

 刀を構え、吹き飛ばされているクロノードへと迫る。

 

 ザクは宙返り、さらにその勢いでサーベルで切り抜けてくる。

 

 寸でで対応し、シールドでガードするが、そのせいでシールドが破壊。その際にミサイルも誘爆し、俺の視界を遮った。

 

「くそっ!!」

 

[俺はここだぞ!]

 

 背後からの声。対応に遅れる。

 

「しまっ……ぐあぁあああ!!」

 

 右腕を切り落とされ、さらに追撃と言わんばかりに蹴り飛ばされた。

 

[昔と変わらず遅すぎるぞ、ムゲン!!]

 

「何を…!!舐めるなよ!!!」

 

 刀を左に持ち替え、クロノードへと向ける。

 

「一発勝負…!!」

 

[ふっいいだろう。お前を今度こそ送ってやる!!!]

 

 スラスターを起動し、一気に突っ込む。相手もサーベルを両手に構え、こちらへと突っ込んでくる。

 

「クロノードぉおおおおお!!!!」

 

[これで終わりだ、ムゲェェェンッッ!!!」

 

 すれ違う2機。

 

 

[くっ……流石……だな]

 

「……クロノードこそ……」

 

 互いの一閃は、コックピット目掛けて走らされた。しかし、それでも二人が生きているのは、もはや奇跡としか言いようがない芸当。

 

 クロノードは一本のサーベルでコックピットを狙い、もう一方のサーベルで自らのコックピットを守った。そして、ムゲンのコックピットへと

 

 対するムゲンは、刀で2本のサーベルを切り裂き、クロノードのコックピットを。お互いはお互いのコックピットを掠めるまでに至った。

 

 ムゲンの持っていた刀は焼き切れ原形を留めておらず、クロノードのもつ2本のサーベルはエネルギー切れを起こし、もはや互いが持つ得物は無くなった。

 

 その時―

 

[ムゲン少尉!!]

 

 ジェイク艦長の声だった。随分と慌てている様子だが、何かあったのだろうか。

 

「どうした?」

 

[5thルナが……落ちていく……]

 

「……」

 

 その小惑星は、赤く燃えながら、地球へと墜ちていく。

 

 止められなかった。……また…憎しみが広がって……

 

[…ムゲン、お前の負けだな。ふふふ……はははは!!!]

 

 その笑い声が、失った人たちに向けられているように感じて、俺は叫ぶ。

 

「クロノード……!!!お前…命を……!!」

 

[知ったことか!!俺は、お前との決着だけが望みだったんだ!!全てを失った俺は!!!お前と、お前と決着をつけることだけが!!!]

 

「そんなことだけのためにジオンに…!?だったら地球潰しをしても良いっていうのか!?」

 

[そうさ!俺は、お前との決着だけが望みだからな!!]

 

「ふ、ふざけるなぁああああ!!!!」

 

 拳を握りしめ、彼へと迫る。

 

[ムゲン少尉!!作戦は失敗だ。後退しろ]

 

 その一撃を加える寸での所で、艦長からの通信。

 

「……了解……くそっ…!!」

 

[お前との戦いはまだ続きそうだ…。次が楽しみだな、ムゲン。ふふふ……ははは!!!!]

 

「クロノード…!!次は……必ず!!!」

 

 悔しさを抑えながら、俺はクロノードに背を向け、戦線を離脱した。

 

 

 

「くそっ!!!」

 

 廊下の壁を思いっきり殴りつける。

 

 痛み以上に悔しさが勝っていた。5thルナの落下を止める事も、クロノードを倒すことも出来なかった。

 

 その無力さが、俺を苦しめた。

 

「ムゲンさん」

 

 その声の主は、俊太郎であった。整えられた黒色の短髪に、キリっとした眉に、感情が良くわかる目。

 

 しっかりとロンド・ベルの制服を着こなしている。顔に感情が出やすいのは前と変わらない。

 

「…俊太郎か。どうしたんだい……」

 

「いいや、あなたが壁を殴っていたので」

 

「ああ……、それでか」

 

「何もない時にムゲンさんは壁を殴りはしないので、何かあったんじゃないか……って」

 

 もしかすると俺は俊太郎より感情が出やすいのかもしれない。

 

「いや、さっきの戦闘でね…」

 

 すると俊太郎はなるほど、という顔をして

 

「なるほど。5thルナの落下を阻止できなかったことで落ち込んでいるんですか?」

 

 間違ってはいないんだけれど……。うーん。

 

「あ、まあ……それもあるんだけれど……って、俊太郎に言っても分かんないか」

 

「なんですかそれ!!俺だってちゃんと悩みを聞くことくらいできますけど!!!」

 

「ふっ……なら、聞いてもらおうかな」

 

 ふう、と息を吐いた後、俺は彼に先の戦闘であったことを説明した。

 

「……なるほど、戦場でかつての旧友と戦うことになったと。それで、旧友はムゲンさんとの決着をつけるためだけにジオンにいて戦っていると」

 

「そうだね」

 

「…それで、ムゲンさんは、人の命を笑う彼が許せなかったと」

 

 俺は黙ってうなずく。すると俊太郎は二度頷いた後

 

「なら、全力でぶん殴ったらいいですよ」

 

「え……」

 

 思わぬ言葉に少しびっくりする。

 

「でも、大事なところはただ殴るんじゃなく、ムゲンさんの気持ちを込めて殴るんです」

 

「俺の気持ち……?」

 

「ええ。俺、ニュータイプとかっていうのは良く分からないけれど、リリーちゃんとか、ムゲンさん、道夜さん、それに隊長もニュータイプじゃないですか」

 

「ニュータイプは、隣人すら愛することのできる人だって聞きました。それなら、旧友をぶん殴って、思い出させてやればいいんです」

 

「人の命は………一つだけしかないのだと。それはもちろん、ムゲンさんが彼とまた共に仲良くなりたいと思うのならですけどね」

 

「別に殺意を込めて殴ってもいいと思いますよ。けど、それだけじゃ解決できないことだってあると思うんです」

 

「例えば?」

 

「例えば!?そ、そうですね……かつてあなたやジャックさん、皆でトリントン基地を変えたとき、あれは暴力で解決してはいない。言葉で解決したんです」

 

「あなたは、言葉で、誤解を解いた。そうでしょう?」

 

「……まあ、そうだね……」

 

「こうやって、いろんな可能性の中から、一つの【最善】を選んで、道を進んでいく。俺は、あなたが思ったことをすればいいと思います」

 

「皆そう言うよ」

 

「ありゃ、カッコいい事言ったつもりだったんだけどなあ……」

 

 彼の言動を見ていて、なんだか今まで悩んでいたことが可笑しく感じて、思わず笑いだす。

 

 それを見てか、彼もつられて笑い出した。

 

「……こうやって、もっとアルマさんやマヤさん、ジャックさんと笑いたかった」

 

「そうだな。でも……戻らない」

 

「ええ。彼らとは歩幅が違いますから。どうやったって縮まらないんです。縮まるとすれば、彼らと同じ歩幅にすることだけですから」

 

「ああ。でも、俺はまだ彼らと共には歩けない。もちろん、俊太郎、君もそうだろう?」

 

 すると彼は大きく頷いて

 

「はい!!!」

 

 

 

 食堂。ここの食堂はグロリアスよりも広く、自販機なんかも2倍くらいの量の差がある。

 

 とは言っても、皆はそれほど気にもしていないようだが。

 

 むしろ快適になったと喜ぶ人も少なくはない。

 

「あ、ムゲン隊長!!」

 

 食堂の隅のほうで、3人が固まって座っている。そこで手招きをしている彼は―

 

 俺は手を振り返しながら彼らの所へ歩み寄る。

 

「やっぱりか、どうした?オペレーターズ」

 

「オペレーターズっていうのは何です……?」

 

 そう言いながらも席を勧めてくれるマーフィー。

 

 短く切り揃えた黒色の髪、キリっとした眉に、細い目。クールな雰囲気を思わせるが、瞳には強い情熱を秘めている。

 

 確かに、彼がオペレーターの見本と言われる理由も頷ける。

 

「いや、何となくなんだ。すまない」

 

「まったく。隊長という人は……」

 

「まあまあ!いいじゃない!ムゲンさんはそうやって場を盛り上げようとしてくれたんだから!」

 

 ニコニコと笑いながら、俺にフォローを入れてくれる彼女は、ククリ。第二小隊のオペレーターだ。

 

 今までは小隊も違っていたし、時間も合わなくてあまり話すことは無かったが、最近では良く話すようになった。

 

 活発な女性という雰囲気で、美人というより言動からして可愛らしい女の子ってイメージ。

 

 短めの黒髪に小さなヘアピンを付けていて、褐色の肌に映える大きな青い瞳。誰とでも打ち解けられそうな雰囲気を感じる眉。

 

 確かに他の部隊員が言うように、弟か妹のような存在というのも理解できる。

 

「……それ、フォローになってないよ、ククリ君……」

 

 良いタイミングでツッコミを入れる彼はアイザック。前まで第四小隊のオペレーターを務めていたが、人数が減ったことにより第三小隊のオペレーターになった。

 

 生まれつき歩くことが出来ないため、移動はいつも車椅子を使っているとか。

 

 宇宙で車椅子というのも不思議だが。

 

 面長で、肩までかかるほどの茶色の髪を、後ろに束ねている。

 

 垂れ目で、並行な眉。整っている顔だ。

 

「ありゃ。ごめんごめん!」

 

 へへへ、と笑いながら謝るククリ。

 

「いや、気にしないでいいよ」

 

「ムゲン隊長、またお疲れですか?」

 

「……なんでだい?」

 

「顔によく出ていますよ。疲れた、悩んでいるんだって」

 

「……まあ、悩んではいるが……」

 

 すると、ククリが

 

「あ、悩みなら聞くよ!言って!!」

 

 目をキラキラさせながら立ち上がる。

 

「………」

 

 言えなかった。何故か、言葉が出なかった。

 

 黙って俯いていると、マーフィーが肩に手を乗せ言う。

 

「言えないなら、言わなくていいですよ。無理強いをするつもりはありませんから」

 

「マーフィー……」

 

「でも覚えておいてください。あなたはもう、【一人じゃない】私達がいます。疲れたら、誰かを頼ってもいいんですよ」

 

「そうそう!私も、()()()()()()も一緒に手伝うからさ!」

 

「……いい加減僕を【アイザッくん】って呼ぶのを止めてくれないかい…?」

 

「えー!私気に入ってるんだけどなあ!!」

 

 彼らのやり取りを見て、なんだか笑顔がこぼれてくる。

 

「ふ、二人とも……今は大事な―」

 

 諫めようとするマーフィーに、俺は首を横に振って言う。

 

「いいんだ。こういうやり取りがあると、面白いからさ。……だから、ここが好きなんだ」

 

「隊長……」

 

 言い合っているアイザックとククリを横目に、俺はマーフィーに問う。

 

「なあ、マーフィー」

 

「なんです?」

 

「君は、この部隊が好きか?」

 

 すると彼は指を口元に当て、考える。

 

 そして、しばらくして、返ってきたのは

 

「当たり前じゃないですか」

 

 その一言だった。

 

「……そうか。……さて、俺はまた艦内を散歩でもしてくる」

 

 彼は頷いた後

 

「気を付けて」

 

 俺は彼に手を上げ、別れた。

 

 

 

 廊下を移動しているとき、ユーリとすれ違う。

 

 思わず俺は彼女を呼び止めた。すると、彼女は振り返った後

 

「ムゲンさん、さっきはどうも」

 

 そう言って彼女はニコリと笑う。肩に掛かるまで伸びた黒の髪、細い眉。優しそうな垂れ目。そして、彼女のトレードマークである眼鏡。

 

 黙っていれば美人だとは思うのだが……

 

 彼女が黙るということを知っているとは思えない。

 

「ああ、無事で良かったよ。また道夜に殴られたくは無いからな」

 

 肩を竦めておどけて見せる。

 

「あー、懐かしいですね、それ。私が大怪我した時に起きたんですっけ。ムゲンさんが殴られる姿、見てみたかったなぁ」

 

 ニヤニヤと笑いながらこちらを見てくるユーリ。

 

「冗談に冗談を重ねないでくれよ……」

 

「私は冗談を言ったつもりはないですけど?」

 

「……マジかよ……」

 

「ええ、マジです」

 

 少しの沈黙。彼女は俺の顔をじーっと見つめた後何を思ったのか

 

「…悩んでますね」

 

「えっ……」

 

「流石に分かりますよ。ムゲンさんは良く顔に出ますから」

 

「……」

 

 そう言われてしまえば返す言葉が無くなってしまう。悪かったな、顔に出やすくて。

 

「ま、だからこそ、皆から信頼されるんでしょうけど。別に悪い事じゃあないと思いますし?」

 

「……褒められている気がしないんだが…」

 

「ちゃんと褒めてますよー?」

 

「ははは……」

 

 もはや苦笑いするしかない。でも、こんな感じも嫌いじゃない。血を見るよりもずっと新鮮で、幸せだと思える。

 

「ムゲンさんが何を悩んでいるのかは分かりませんが、言えることは一つ。面倒なんで、他の人に相談したらいいんじゃないですか?」

 

「…め、面倒って…」

 

「私に相談したって、まともな返答が返ってこないことくらい分かってますよね?」

 

「そうでもないだろ。ユーリが怪我した時も…真面目なときはちゃんと真面目に―」

 

「アーアーキコエナイー。そんなこと覚えてませんよ。まったく、ムゲンさんという人は……」

 

「…どういうことだよ……」

 

 その行動はもしかすれば、彼女自身が照れ隠しをするための手段なのかもしれない。

 

 長い間一緒にいるから分かる。彼女も、真面目なところがある。でも、長年一緒にいてこれくらいしか彼女の事を理解できていない。

 

 …でも、いいんだ。それがユーリという女性だから。俺の最高の友人の一人だ。

 

 

 自販機の前で飲み物を選ぶ青年。その背中には見覚えがある。俺は笑顔で彼に声をかける。

 

「お、エトワールじゃないか」

 

 声に気づいたエトワールは振り返り、俺を確認すると、はあ、と一息吐いた後

 

「なんだ、ムゲンさんでしたか。どうしました?」

 

「いいや。今は休憩中か?」

 

 彼は再び背を向け、自販機で飲み物を買いながら言葉を返す。

 

「ええ、まあ」

 

 そして、彼は振り向くと、俺にコーヒーを差し出してくれた。

 

「いいのかい?」

 

「はい。構いません」

 

 お互いに備え付けにベンチに腰を掛け、コーヒーを一口。

 

「…ここの自販機のは微妙だな」

 

 すると、彼はふっと笑った後

 

「そうですね。ちょっと微妙だと私も感じますよ」

 

 そう言ってコーヒーを飲む彼を、静かに見る。

 

 どんなに年を取っても、彼の美しさというものは変わらない。整った顔、壊れそうなほどの華奢な体であるのに、ガーネットの瞳は炎のように強い決意が宿っている。

 

 4年前よりも、男らしくなったと感じた。それが何によってなのかは俺には分からないが。

 

 俺が見ていることに気づいたのか、彼は首を傾げながら

 

「どうしましたか?」

 

 俺は首を横に振り、言葉を返した。

 

「いや、何でもないよ。エトワールは変わらないなって」

 

 すると彼は小さく笑った後

 

「あなたも前から変わっていませんよ。顔に感情が出るところなんか昔っからです」

 

「ああ、それ今日何回聞いたかなあ……」

 

 もう自分は顔に出やすいという事実を受け入れ始めてきたぞ。……今でも認めたくないけど。

 

「ははは!でも、そこがムゲンさんの良い所ですから。気にする必要はないですよ」

 

「……そうかなあ……」

 

 エトワールも、随分と笑顔が多くなった。皆、どこかしらが変化しているんだ。

 

 俺は……どうなんだろう。

 

「こんなに笑うことが出来るなんて、私も思いもしませんでしたよ」

 

 俺の心情を読んだのか、彼はそう言った。

 

「皆、俺が見ないうちに随分と変わった。俺だけ取り残されてしまった感じがするよ」

 

「私は私です。そして、ムゲンさんはムゲンさんですから。それぞれ、変わっていくペースも違うものです」

 

「…ありがとう。確かにそうだよな、俺は俺のペースで……か」

 

 エトワールは残りのコーヒーを飲み干した後立ち上がり

 

「では、私はこれから用事があるので。また今度話しましょう」

 

「ああ、コーヒー、ありがとうな」

 

 彼はニコリと笑うと、この場を立ち去った。

 

 コーヒーを飲み干し、紙コップをゴミ箱へ捨てた後、立ち上がる。

 

「さて……格納庫でも行くか」

 

 小さく呟いて、俺は歩き出した。

 

 

 

「……」

 

 格納庫で佇むジェガンを見つめる。

 

 クロノード達との戦いで随分消耗してしまった。見つめている間にも、整備兵たちが集まって修復を行っているのが目に入る。

 

「ムゲン」

 

 声のほうへ振り向くと、そこには道夜がいた。

 

「道夜か、どうした?」

 

「お前に話しておきたいことがある」

 

「なんだ?改まって」

 

「……俺は―――」

 

「え………」

 

 その言葉が、理解できなかった。俺の思考は停止し、放心状態となった。

 

 なんとか、声を絞り出す。

 

「なんて……言ったんだ……」

 

 道夜は静かに口を開く。

 

「……俺は、ここではもう戦えない。そう言ったんだ」

 

「どういう……ことだ……」

 

 道夜はひどく悲しそうな顔をして、言葉を続ける。

 

「俺が居ては、皆を傷つけてしまう。……俺は―」

 

「ふざけるなよ!!今までだって、ちゃんとうまくやってこれたじゃないか!皆で乗り越えてこれたじゃないか!」

 

 俺が叫ぶと、それに対して道夜は冷たく言い放つ。

 

「今までは、な。なら、これからはどうだ」

 

「何……?」

 

「確かに今まではうまくやってこれたかもしれない、だが、これからはどうなんだ。……俺には分かる。俺がいれば皆が傷つくことが」

 

「ど、どうしたんだよ道夜……」

 

「お前には分からないだろう。いいや、誰にも……分かりはしない」

 

「道夜……」

 

「ぐっ……?!ぐあぁあああああ!?」

 

 突然、道夜が叫びを上げ頭を押さえる。

 

「道夜!!」

 

 近寄ろうとすると、道夜はそれを手で払いのけ叫ぶ。

 

「来るな!!!……俺に……触るな!!!」

 

「道夜!どうしたんだよ!!」

 

「くっ……。声が……声が…」

 

「声!?」

 

「声が……聞こえる。呼んでいる……」

 

 彼はそう言って、俺の目の前にあるジェガンのコックピットへ向かい、機体に乗り込んだ。

 

「おい!道夜!!どうしたんだ!!!」

 

 叫んでも、彼は言葉を返さない。

 

 ジェガンが歩き出し、ハッチが開く。

 

 ジェガンが飛び立つ瞬間、彼は最後に一言言った。

 

[ムゲン……お前は……最高の……友だった……。生きろ……よ……」

 

「っ……!!」

 

 それだけを言って、ジェガンは宇宙へと消えていった。

 

「…道夜………」

 

 ガックリと膝をつく。俺は何もできなかった。俺は……

 

「道夜ぁああああああああ!!!!!!!」

 

 叫ぶ声が虚しく格納庫に響き渡った。

 

 

57 完




今回のキャラになります。

名前:エトワール・ブランシャール

年齢:29

性別:男

主な搭乗MS:ジェガン(第00特務試験MS隊仕様C型)

階級:少尉

説明

グリプス戦役終戦後、再び傭兵業を再開するも、トリントンの内乱をきっかけに、第00特務試験MS隊に再入隊し、ロンド・ベル隊に組み込まれたこの部隊で戦っている。

中距離からの射撃での援護に優れ、弾幕を形成しながら戦うのが得意。

戦闘技術の高さから、新兵の教育を任されたりするなど、上からの信頼が高い。


名前:ユーリ

年齢:31

性別:女

主な搭乗MS:ジェガン(第00特務試験MS隊仕様S型)

階級:中尉

説明

第00特務試験MS隊の第3小隊に所属しているパイロット。現在はロンド・ベル所属になっている。

持ち前の狙撃技術で他人の援護を得意としている。

前よりも他人との連携を意識し戦うことが出来るようになっており、他人からの信頼が厚くなってきているのは言うまでもない。


名前:アイザック・ガーランド

年齢:32

性別:男

階級:准尉

説明

第00特務試験MS隊の第四小隊のオペレーターを務めていた。現在は第三小隊のオペレーターとなっている。

オペレーターとしての役割を理解しつつも、小隊長にあらたな作戦の提示や、臨機応変な行動で仲間をアシストする。

女性への恐怖はだんだんと耐性が付いてきているのか、最近では、手でも触れられない限りは気楽に話せている様子がうかがえる。

最近では酒ではなくコーヒーにはまっているとか。


名前:ククリ・ルエイラ

年齢:29

性別:女

階級:准尉

説明

第00特務試験MS隊の第二小隊のオペレーターを務める女性。

人懐っこさや、人当たりの良さはこの部隊トップクラスと言ってもいいほどの人物で、仲間からもよく可愛がられているのは変わらず。

戦闘のオペレーターとしての技術も、他人への指導を行えるほどの技術にまでなっており、上層部を目を見張っているとか。


名前:マーフィー・コールマン

年齢:34

性別:男

階級:少尉

説明

第00特務試験MS隊の第一小隊のオペレーターを務める。

トリントンの内乱以降、裏切りが起きたときの対処を考え、兵士に言って回るなど、裏切りという行為にひどく敏感になっている様子。

戦闘での指示は的確で、彼の指示によって生存率が上がると言っても過言ではないほどの的確さ。

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