機動戦士ガンダム虹の軌跡   作:シルヴァ・バレト

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53:穏やかな日

 宇宙世紀0089.8.10 あの日から既に5日が経った。トリントン基地は前と同じ活気を取り戻し、俺たち部隊も、今まで通りの生活を送っていた。

 

 しかし、その代償は大きすぎた。……どうして彼らが死ななければならなかった…?

 

 死んだ彼らの事は、きっとすぐに忘れられてしまうだろう。

 

 だからこそ、俺が生きて語り継いでいかなければならない。

 

 それが、生きている者の【役割】であり、俺自身の【罪】。

 

 

 あの事件の後、俺は軍法会議にかけられた。理由は一つ、()()()()の罪。

 

 いくらあの事件が公けになったとしても、俺が同軍を殺したという事実は変えられない。

 

 しかし、事件の内容もあってか、俺は奇跡的に死刑にはならず、当面の間基地への出入りを禁止、及び階級の降格だけで済んだ。

 

 そのあと、俺は精神的な障害が残っていないかの検査を受けされられたりした後、トリントンの自宅へと帰ることが出来た。

 

 それからの記憶はほとんど残っていないが、最後の記憶はベッドに飛び込んだ所で記憶が途切れてた気がする。

 

 

 

「……ん……」

 

 夏独特の暑さに、俺は目を覚ます。

 

 体を起こして時計を見ると既に11時過ぎ。…少し寝すぎたかな。

 

 頭を掻きながら大きくあくびをした後立ち上がる。

 

「……っと…、今日のやることは――」

 

 机の上に小さい置手紙。手に取り目を通す。

 

『おはよう、ムゲン。良く眠れたかな?

 

 私は仕事で基地に行くから、代わりに家の事お願いね。

 

 あ、出来れば外に干してある洗濯物を取り込んで、アウロラのご飯に、ルナちゃんのご飯を作ってあげてほしいんだけど―――

 

 って、私いないからムゲンにやってもらうしかないんだけどね。それじゃ、行ってきます。』

 

 忙しいであろうにも関わらず、こうやってちゃんと置手紙を置いてくれている彼女には頭が上がらない。

 

 俺が基地に行けなくなって既に3日。複雑だが、少しだけ嬉しくもあった。

 

 きっと、戦争なんか無かったらこんな生活が出来たんだろうと思えたから。

 

 それに、アウロラや、ルナちゃんと一緒にいる時間が増えたのも、喜べる理由に入るだろう。

 

「さて、と……」

 

 何はともあれ、まだ覚醒しきっていない体を目覚めさせるために顔を洗わなくては。

 

 洗面台で顔を洗い、歯を磨く。

 

 外の暑さからか、心なしか水道の水も温い。

 

 ……ちょっとムカつく。

 

 しかし、これでしっかりと目が覚めた。

 

 大きく背伸びした後、子供部屋へと足を運ぶ。

 

 

 小さい家だが、扉で仕切られたその場所は、子供たちだけの世界。

 

 とは言っても、今はアウロラとルナちゃんの部屋だが。

 

 扉をノックし、返答を待つ。

 

「だあれ?」

 

 ちょっとした悪戯心から、俺は

 

「僕は優しいオオカミさんだよ。君たちに会いに来たんだ。扉を開けておくれ」

 

 童話で出てきそうな悪いオオカミの真似をしてみる。

 

 すると、扉の向こうにいる少女は

 

「オオカミさんが来たら、扉は開けちゃいけないってママが言ってた!」

 

「僕は君たちとお友達になりたいだけなのに……。悲しいなあ……シクシク…」

 

 わざとらしく泣き真似をしてみる。

 

「オオカミさん、泣かないで。……分かったよ。今開けるから」

 

 扉がゆっくりと開いた後、ルナちゃんが顔を見せる。

 

 初めて会った時よりも成長しているからか、目元がフィアさんに似てきているのが分かる。

 

 もっと成長すれば性格も、容姿もクロノードやフィアさんに似てくるのだろう。

 

 俺の顔を見てルナちゃんは

 

「まあ、なんて大きなオオカミさん。どうしてそんなに泣いているの?」

 

 俺の頭へ彼女の小さい手の平が置かれ、撫でられた。

 

「それは―――」

 

 俺は彼女を抱き上げて

 

「君を食べちゃうためだぞー!」

 

 すると彼女は

 

「いやっ!食べないで―!!」

 

 離れようと必死にもがく彼女。

 

 そろそろ遊ぶのはこれくらいにしておこう。やりすぎも良くは無い。

 

「……なんてね。おはよう、ルナちゃん」

 

「うん。ムゲン、おはよー」

 

 彼女をゆっくり地面に降ろし、子供部屋に入る。

 

 部屋の中央に赤ん坊用のベッド。ベッドにはアウロラの姿。そして、先ほどまで遊んでいたのか、赤ちゃんを喜ばせるための遊具が置いてあった。

 

 ルナちゃんがここにいる事になって、彼女自身、最初は緊張していたものの、今は少しだけそれも緩和されているように見て取れる。

 

 彼女はアウロラの面倒をよく見てくれて、それこそアウロラの【()】のような存在で。

 

 今日も俺が寝ているときルナちゃんがアウロラの面倒を見てくれていたのだろう。

 

 面倒見の良さはクロノード譲りなのだろう。

 

「……ぁ……」

 

 この子も少しずつだが声を上げてくれるようになってきて嬉しい。

 

「おはよう。アウロラ」

 

 彼女をゆっくり抱き上げ、背中を撫でる。

 

 幸せそうに目を閉じるアウロラ。

 

「………よし、ご飯でも作ろうか」

 

 アウロラをベッドに寝かし、リビングへと足を運ぶ。

 

 

「ねーねー、ムゲン」

 

 ズボンを端を引っ張りながらこちらを呼ぶルナちゃん。

 

「なんだい?」

 

「アウロラのごはん、ルナが作ってもいい?」

 

「ああ。いいよ。でも、一人じゃまだ危ないから、俺も手伝うね」

 

「うん!!」

 

 俺たちは最初にアウロラのごはんを作ることにした。

 

 ご飯と言っても、まだミルクなのだが、もう少ししたら離乳食でも大丈夫だとは思うのだが。

 

 リナがいないうちはあまり下手に動くわけにはいかない。

 

「じゃあルナちゃん、まずは手を洗おう」

 

「うん!」

 

 俺も娘を持つ父だ。流石にミルクの作り方くらいは心得ている。

 

 手を洗いながらルナちゃんは俺に聞いてくる。

 

「でもなんで手を洗うの?」

 

「汚い手で物を食べたり、触ったりしたらバイ菌さんが移っちゃうからだよ」

 

「そっか……アウロラに移ったら大変だもんね!」

 

「そうだね。いい子だ」

 

「えへへー」

 

 嬉しそうに笑うルナちゃん。

 

 

 手を洗った後は、消毒済みの哺乳瓶を取り、電気ポッドの電源を入れ、お湯を沸かす。

 

 こういう時のために買っておいてよかった……。

 

 お湯の温度は70度から80度が丁度いいらしい。

 

 少し時間を置き、お湯を冷ます。そして、哺乳瓶に粉ミルクを入れ、お湯を瓶の半分くらい注ぐ。

 

 粉ミルクを溶かし、冷ましたお湯を追加してゆっくりと混ぜる。

 

 人肌ほどの温かさになったら、ミルクの完成。

 

 ルナちゃんが手伝ってくれたおかげで思ったより早く完成した。

 

「これがアウロラのごはん?」

 

「そうだよ。ルナちゃんも昔飲んでいたんだよ」

 

「そうなんだ!ねーねー!アウロラ喜ぶかな!」

 

「ああ。ルナちゃんが作ってくれたんだ、とっても喜ぶと思うよ」

 

「へへへー!ルナはアウロラよりもおねーさんだからね!」

 

「そうだね。ルナちゃんは良い子だ」

 

 優しく頭を撫でる。彼女は幸せそうに目を細めた。

 

 

「さあ、アウロラ。ごはんの時間だよ。今日はルナちゃんが作ってくれたんだよ。いっぱい飲むんだぞ」

 

 アウロラを抱き上げ、飲みやすい体勢にし、哺乳瓶を傾け飲ませる。

 

 ほとんどアウロラの食事はリナに任せっぱなしだから、他人からすればぎこちないように見えるかもしれない。

 

 ……必死にやってるんだけどね。

 

 そんな光景をじーっと見つめるルナちゃん。

 

「……どうしたの?ルナちゃん」

 

「…美味しいのかな……」

 

「アウロラにとっては美味しいだろうけど、ルナちゃんの口には合わないと思うよ」

 

「そっかー……。お腹すいた……」

 

「アウロラにミルクをあげたら、ルナちゃんもご飯にしようね」

 

「うん!」

 

 ルナちゃんは目をキラキラと輝かせ頷いた。

 

 それから、アウロラにミルクをあげ終え、背中を軽く叩く。

 

 けふっと小さいげっぷが聞こえた。アウロラをゆっくりベッドへ寝かせルナちゃんのほうを向き

 

「よし、それじゃあご飯を作ろうか」

 

 ルナちゃんは待ってましたと言わんばかりに手を挙げながら言った。

 

「わーい!ルナ、オムレツがいい!」

 

「オムレツか……。よし、分かった。一緒に作ろう」

 

「うん!!」

 

 ルナちゃんの機嫌がいい時は決まってオムレツになる。理由は何であれ、彼女の好物であることは間違いない。

 

 それも野菜がたっぷり入ったオムレツ。人参に、タマネギ、それに小さく切ったセロリ。

 

 俺とルナちゃんは二手に分かれて作業をした。

 

 俺が野菜を切る係。ルナちゃんが野菜を卵と混ぜる係。

 

 なんだか、昔学校で習った調理実習を思い出す。

 

 フィアさんがいたら、きっとこうやって二人で料理を作っていたんだろう。

 

 それを思うとなんだか悲しくて、辛い。

 

 俺はルナちゃんの親には変わることなんかできないけれど、それでも、彼女に寄り添ってあげたい。

 

 

 一人は……寂しいもんな。

 

 

「混ざったかな?」

 

「今やってるー」

 

 ぎこちないながらも、卵と野菜をかき混ぜているルナちゃん。アウロラも成長すればこういうことをするようになるのだろうか。

 

 小さいながらに必死に何かに取り組む姿を見ていると、無性に応援したくなる。

 

 心の中で何度も頷き、そして聞こえもしないのに小さいアドバイスを言ったり、なんだか忙しい。

 

 それから彼女が満足するまでかき混ぜた卵をフライパンで焼いていく。

 

 一つはルナちゃん用に野菜多めで。オムレツの時は自分の分は卵が多めな理由はそこにある。…全然良いんだけれどね。

 

「っと……」

 

 オムレツはうまく返すのが難しい。普段料理をやらないのがだいたいの理由だが、少しずつでもやっていかないと。

 

「あっ………」

 

 ………返すのを失敗した。おかげでオムレツの形が歪に………ま、まあ……いいよね。

 

 今日のお昼は二人で協力して完成させた野菜たっぷりのオムレツに、トースト。それに、昨日の残りのコーンスープ。

 

 オムレツの形こそひどいが、味は間違いない……はずだ。

 

 テーブルへ運び、出来上がった料理を置いていく。

 

 ルナちゃんは既に椅子に座り、両手にナイフとフォークを持って準備万端だ。

 

「お腹すいたー!」

 

 全ての料理を置き終え、俺も椅子に座る。

 

「そうだね。じゃあ、食べようか」

 

「わーい!いただきまーす!!」

 

「…ゆっくり食べるんだよ」

 

 オムレツを一口で食べられる大きさに切り分け、一口。

 

 野菜のゴロっとした食感と、卵の味が口全体に広がり、美味しい。

 

 やはり見た目以外は完璧だな。……失敗したのは俺だが。

 

 ルナちゃんのほうを見ると、美味しそうにオムレツを食べ、トーストをかじり、スープを飲む。

 

 見ているだけでお腹がいっぱいになりそうなくらいだ。

 

 ……この光景をクロノードやフィアさんに見せてあげたい。

 

 こちらに気づいたのか、彼女は食べるのを止めて、こちらをじーっと見つめる。

 

「……な、なんだい?オムレツ美味しくなかったかな?」

 

 ルナちゃんは首を横に振りながら答えた。

 

「ううん。ムゲンは()()【パパとママ】の事考えてるのかなって」

 

「えっ……」

 

 いくら顔に出やすい俺でも、さすがにそこまで顔に出やすいとは思ってない。……どうして…。

 

 返す言葉に悩んでいると、彼女はまた黙々とオムレツを食べ始める。

 

 それからは、ただ静かに食事が進んだ。

 

 本当は、色んな話をしたかったが、ルナちゃんの一言で、俺はどこか動揺していたのかもしれない。

 

「……ふぅ…。美味しかったね」

 

「うん!!また食べたい!」

 

「それは良かった。また作ってあげるよ」

 

「わーい!!」

 

 幸せそうな彼女の笑顔。この笑顔だけでも、守らなければ。

 

 俺に……出来る事を。

 

 

 

 午後には来客があった。丁度ルナちゃんがお昼寝をしたタイミングでの事。随分と久しい人だ。

 

 短めに切った茶髪は昔と変わらず、キラキラと輝く黒目。かつてのエミリー・ブライトウェルと同じだ。

 

「お久しぶりです!元気にしてましたか?」

 

「ああ。エミリー、アウロラが生まれた時ぶりだね」

 

 彼女を椅子に勧め、コーヒーを差し出す。

 

「あっ……。ありがとうございます!」

 

「……それで、どうして今日は?」

 

「はい…。この前、基地で一騒動あったと聞いて」

 

「………ああ。……あったね」

 

「それで……ムゲンさんが心配で…」

 

「どこからそんな情報が?」

 

「えっと……連邦軍の()()()()()()()()()()()って人からですけど……」

 

 ……どこかで聞いたことのある名前だな。……まあ、いいか。

 

「それで、心配してきてくれたんだ……。ありがとう」

 

「あっ、いえいえ。……それで、大丈夫なんですか?」

 

「ああ、俺は大丈夫だよ」

 

「そうですか。……良かった」

 

 胸をなでおろすエミリー。

 

「エミリーのほうはどうなんだい?」

 

「わ、私ですか……?」

 

 思わぬ言葉に目を見開く彼女。

 

「ああ。俺は君のほうが心配でね。……ちゃんと食事は出来ているのかい?」

 

「それはもちろんですよ!……でも、また仕事無くなっちゃって……」

 

「……そうか」

 

 しばらく考えた後、俺は彼女に提案する。

 

「なあ、エミリー」

 

「なんでしょうか」

 

「……俺たちと一緒に孤児院をやらないか」

 

「孤児院……ですか……」

 

「ああ。この家を使って、孤児院をやるんだ。家族を失った子供たちを預かって育てる」

 

「……私が……」

 

「もちろん報酬は出す。どうだろう、俺たちと――」

 

「……いい、ですね。私も手伝いますよ」

 

「エミリー……」

 

「でも、寝泊まりする場所は今いる場所でいいです」

 

「どうして」

 

「何ていうんですかね……愛着と言いますか……。あそこが私の家なので…」

 

「…そっか。分かった」

 

 その後はエミリーと昔の話や、くだらない話で盛り上がった。

 

 そのたびに俺の心が戦争というものから遠ざけられていっていると感じた。良い事であるはずなんだ。

 

 でも、何故だか……それではいけないと、俺は戦争から目を背けてはいけないと、思う心がある。

 

 そんなことを考える暇もなく時間は無慈悲に過ぎ去っていき、気づけばもう夕方。

 

「…もうこんな時間ですか。……では、今日はこの辺で帰りますね」

 

「ああ。来てくれてありがとう。少しだけ気が楽になったよ」

 

 すると彼女は小さく笑った後

 

「はい。私で良ければいつでも呼んでください。お話くらいは聞きますよ!」

 

「……」

 

 小さく頷き、彼女を見送った。

 

 

 しばらくしてリナが家に帰ってきた。

 

「おかえり、リナ」

 

「ただいま!どうだった?アウロラの面倒は」

 

「ぐっすり眠っているよ。ルナちゃんが面倒見てくれてるおかげで、だいぶ楽は出来たかな」

 

「…もうちょっとしっかりしてよね。あなたと私の子供なんだから」

 

「……わ、分かってるって……」

 

 

 

 夕食、風呂を済ませた後、リナと向き合うように椅子に座る。

 

 これは俺があの事件の後から毎日行うようになった事。

 

 いわゆるカウンセリングみたいなものだ。

 

 医者に言われたとかそういうんじゃない。リナと俺で自主的にやっているだけ。……俺は半ば強制だけど。

 

「さ、ムゲン、あなたの好きなように言っていい」

 

 内容は簡単だ。吐き出したい気持ちを洗いざらい吐き出す、それだけ。

 

「…私が全部受け止めるから…。ムゲン」

 

「……どうして……俺の周りの人が死ななければならない…?」

 

「どうして……俺は弱いんだ……!」

 

「俺は……俺は……!!」

 

「……うん……うん。…苦しいよね。辛いよね……全部吐き出して楽になろう?」

 

「くそ……!俺は…なんでこんなに無力なんだ。無力で、力が無いから……救えない…!」

 

 そんな言葉を吐き出すたびに、心が少しだけ軽くなる。

 

 意外とこういうのもアリなのかもしれない。

 

「………少し、楽になったよ…」

 

「そっか。なら良かったよ」

 

 リナは優しく俺を抱きしめてくれた。

 

「明日もやろう。続けたらきっと楽になるから」

 

「…ああ。ありがとう…リナ」

 

「ううん。当然の事だよ」

 

 こうして今日も眠りにつく。布団に潜れば今日の事を思い出し、少しだけ笑みがこぼれた。

 

 自然とそういう反応が出るのは幸せと感じているからなのだろうか。

 

 目を瞑り、まどろみへと落ちていく。

 

 

 

「―――えぐっ……」

 

 ルナちゃんの声。夢か……?

 

 目を開けば、ベッドの横で愛用の枕を片手に泣いているルナちゃんがいた。

 

「ルナちゃん…?どうしたんだい?」

 

 この子が泣いているのを久しぶりに見た。…どうしたんだろう

 

「……ムゲン……うぅ……!」

 

 ルナちゃんを抱き寄せ、頭を撫でながら

 

「どうしたの?怖い夢でも見たかい?」

 

 ルナちゃんは静かに首を振る。

 

「じゃあ―――」

 

「パパと………ママに会いたい……」

 

 遮られたその言葉が、俺の胸を貫いた。

 

「………」

 

 この子はまだ5才の子供。…クロノードやフィアさんに会いたいというのも痛いほど理解できる。

 

 本当は辛かったんだ。クロノードたちに会いたくて仕方がないのだろう。でも、それは無理なのを理解しているから……。

 

 だから、耐えられなかったんだろう。……俺に…出来る事をしなければ。

 

「よし、ルナちゃん、添い寝してあげるよ」

 

「……うん」

 

 鼻水をすすりながら泣くルナちゃんを、撫で、ティッシュで鼻水を拭きとる。

 

「大丈夫。きっと会えるから」

 

「……うん……」

 

 横に寝かせ、ゆっくりとお腹あたりを軽く叩く。

 

 しばらくすると彼女も寝息を立てて眠り始めた。

 

「……ルナちゃん…」

 

 俺は……彼女に何をしてあげられるのだろう………。

 

 瞼がゆっくりと閉じ始め、抵抗する間もなく、まどろみへと落ちていった。

 

 

53 完


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