機動戦士ガンダム虹の軌跡   作:シルヴァ・バレト

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51:役割

 宇宙世紀0089.8.1 第00特務試験MS隊擁護派に八雲道夜とエトワール・ブランシャールが合流。

 

 

「………」

 

 残されたものが成すべきこと。

 

 それは前に進むこと。

 

 だが、本当にそれだけなのだろうか?

 

 考えたところで、答えは見つからないだろう。

 

 それでもいつか、この問いにも答えが見つかる日が来る。

 

 だから、そのためにも今は前へ―――

 

 

 誤解が解けたおかげか、トリントン基地は少しだけ活気付いていて、ちらほらとMSの修復をする人々も見るようになった。

 

 しかし、誤解が解けてもこの問題の中枢は解決できていない。

 

 第00特務試験MS隊を乗っ取り、俺たちの名前を騙る奴等を何とかしなければ。

 

「考えすぎるなよ」

 

「……え」

 

 活気付いた基地をのんびりと眺めていた俺の肩に手を置き、クロノードが笑って見せる。

 

「お前は一人じゃないだろう。少なくとも今は、カカサも俺もお前の味方だ」

 

「………俺、考えているように見えた……?」

 

 すると彼はふっと笑った後

 

「ああ。顔に考えてるって書いてあった」

 

「……」

 

 俺は随分と顔に出やすいようだ。前からだが、この顔に出ないようにはしているつもりなんだが。

 

「そこがお前の良さの一つさ。顔に出るから、分かりやすい」

 

「それは良い事なのか……?」

 

 肩を竦めながら言葉を返す。

 

「ああ。だから、お前に手を差し伸べたくなるのさ。少なくとも俺はそうだ」

 

「………」

 

「忘れんなよ?たとえ敵同士でも、お前だけは死なせない」

 

「おいおい………」

 

「まあでも、俺が殺すって事になったら話は別だがな?」

 

 ニヤリと笑う彼に、俺は軽く鼻で笑って

 

「無論、俺は負けないよ?」

 

「言ってくれるじゃないか。でも、その意気だ」

 

 そう言って笑う彼を、俺は少しだけ悲しい気持ちで見ていた。

 

 カカサから伝えられた言葉が蘇る。

 

『クロノードは、最近急激に記憶障害が起きてる―――俺の見立てなら、後4年』

 

「………」

 

 彼が死んでしまう。そのことを考えるたびに胸が苦しくなる。

 

 頼もしく、背中を押してくれている彼が死ぬなんて―――

 

「どうした?ムゲン」

 

 彼は不思議そうにこちらを見つめる。

 

「あ……いや…」

 

 考えていることを悟られないように、目を静かに逸らす。

 

「……そうか」

 

「…さて、俺は先に戻るぞ」

 

 踵を返し、基地から反対方向へ歩きながら彼は言う。

 

 そんな彼の背中を見送りながら小さく頷いた。

 

 吹き抜ける暖かい風。額から流れる汗を拭った後、俺は基地の食堂へと向かった。

 

 

 

 食堂は相変わらずの賑わい。正直な話、食堂はこうでないと。

 

 皆戦いの疲れを癒すための場所と思って使っているのだろう。無論、それは俺も同じこと。

 

 基地の食堂は、当然だが戦艦の食堂とは違って広く、多くの人たちが行き来している。

 

 冷房が効いているおかげか、ひんやりとしていて涼しい風が抜けていく。

 

「ムゲンさん」

 

 懐かしい青年の声。前を見ると、そこに立っていたのはエトワールだった。

 

 薄い青の髪は前よりも少しだけ伸びていて、それを丁寧に髪留めで留め、ガーネットのような瞳が、前よりも凛々しく映る。

 

 昔は一瞬女性と勘違いしたが、今は違う。凛と強い男性と見て取れる。

 

 そうであったとしても、今も昔も変わらずエトワールは美形だ。

 

 バランスの良い顔立ちで、鼻も高い。

 

 背が伸びたから男らしく見えるのか、それとも、多くの戦いを潜り抜けてきた雰囲気からかは分からないが、彼もまた、成長している。

 

「エトワール。どうしたんだい?」

 

「いえ、ぼーっと立っていたので」

 

「あ、ああ……」

 

「そんなところで立っていたら他の人の邪魔になります。席も空いていますし座りましょう」

 

「そうだね。そうしようか」

 

 俺とエトワールは近くの席に腰を下ろす。

 

 暫くの沈黙の後、最初に切り出したのはエトワール。

 

「話はカカサさんから聞きました。誤解を解くまでにかなり時間が掛かったとか」

 

「……まあ、そうだね」

 

「……失った人は戻りません」

 

「エトワール……?」

 

「前に進む事も大切です。でも、亡くなった人を悼み、彼らを思い出すことも大切です」

 

「………」

 

「今のあなたは、自分を情けないと思っている。だから、きっとこれから無理をする」

 

「俺は―――」

 

「あなたが思っていなくとも、顔にしっかりそう出ていますよ。何とも言えない表情で」

 

「…困ったな。俺もしっかりしないと」

 

「でも、あなたの気持ちも分かります。お互いに、大切な人を失っていますからね」

 

「…ああ。でも、それは俺たちだけの話じゃない。皆……戦争に巻き込まれたすべての人が言える事だよ」

 

「ええ」

 

「今回の事もそうだ。同軍が同軍を攻撃するなんて、あってはならない」

 

「こんなバカげたこと、もう本当に終わらせないといけない」

 

 すると彼は小さく笑った後

 

「だから、私達も来たんじゃないですか」

 

「………」

 

 俺は正直なところ、彼とここまで砕けた言葉で会話をしたことに驚きを隠せない。

 

 前まではここまで物柔らかな人とは思えなかったのだから。

 

 丁寧な口調は今も昔も変わらないが、昔は言うなら先生と生徒、上司と部下みたいな関係。

 

 今は、聞き上手な友達。そう感じられる。

 

「それで、これからどうするんですか?」

 

「…そうだね……。今カカサがあの噂を流してる頃だと思うよ」

 

「なるほど。賞金首のエースパイロットが、トリントン基地を襲っているって奴でしたね」

 

「そうそう。上手くいけば近々決着を付けられる」

 

「……気合い入れないといけませんね」

 

「ああ。それだけじゃない。まだやるべきことがある」

 

「………?」

 

 俺は立ち上がり、食堂の兵士全員に叫ぶ。

 

「皆聞いてくれ!!実は―――」

 

 全てを伝えると、皆それぞれが声を上げ賛同してくれた。

 

 そうだ。俺たちで決着を付けなければならない。

 

 

「ムゲン」

 

 廊下を歩いていると、背後から声をかけられた。

 

 振り返る間もなく、声の主は俺の隣に並び

 

「少し話でもしないか」

 

「どうしたんだい?アルマさん」

 

「……うっせぇ…。いいだろ別に」

 

 ツンとした態度でそっぽを向く彼女。

 

 沈黙の中、俺とアルマさんは歩き出す。

 

 何も会話する事もなく歩き続けているのが、なんだか可笑しくなって、思わず笑ってしまった。

 

「ふっ……あはは!!」

 

「なんだよ急に。気持ち悪いな」

 

 若干引き気味の彼女の言葉、俺はそれに対して

 

「ああ、いや。なんか、可笑しくってさ」

 

「よくわかんねぇ……」

 

「ほら、話さない?って聞いてきた本人が何も言わないから―――」

 

「ああ!?そ、そりゃあだって………」

 

 瞬間、彼女の顔が赤くなった。

 

「……うん?なんかまずい事でも言ったかな」

 

「……っ!なんでもねぇよ!!!」

 

 再びそっぽを向く彼女。

 

「それで?何の話?」

 

 彼女の言葉を待っていると、落ち着きを取り戻した彼女は

 

「……あーいや。……アンタは、ジャックの事をどう思っていたんだろうって」

 

「ジャックは、俺を庇った時、行動した【()】と言った」

 

 不思議そうに彼女は首を傾げ

 

「罰……?」

 

「ああ。彼のすべてを知っているわけじゃないから、何も言えないけど、彼はその時そう言ったんだ」

 

「そして、残された俺は、彼の【罪と罰】を背負って生きていく」

 

 自らの手を見つめながら、静かに言葉を続けた。

 

「自分の手で出来る事なんか……限られているのは知っているけど、失った人の分まで生きなきゃいけないから」

 

「この先の時代は俺が見届ける。ジャックや、ほかの仲間のためにも」

 

 拳を強く握り、胸に当てる。

 

 これが正解ではないかもしれない。それでも、俺が今出せる最大の答え。

 

「アンタは……強いな」

 

「強いわけじゃないよ。俺はただ、他の人から何かを受け継いで伝えているだけだから」

 

「そういうのを強いって、私は思う」

 

「アルマさん……」

 

「アンタの過去の事も、何がそうさせているのかも知らない。けれど、一つ言えることは―――」

 

 彼女は立ち止まり、俺のほうへと向き直る。

 

「そういう何かを背負って生きている人を、人は()()()と呼ぶんだろ」

 

 彼女の思いがけない言葉に、俺は一瞬硬直してしまった。

 

 俺は小さく微笑みながら

 

「そう……か。なら、アルマさんも、マヤも、ジャックも俊太郎も、全員強い」

 

「え……」

 

 予想だにしない回答だったのか、アルマさんから小さく声が上がった。

 

「皆、特務試験隊が悪い奴じゃない。そう言って大人数の人たちに反抗していた。普通だったら、弱腰になって、追撃派に下ってしまう状況だったのに」

 

「それでも君たちは俺たち部隊を守ってくれた。悪い奴じゃないと叫び続けてくれた。だから、皆強い人だ」

 

 照れを隠すように、彼女は目を逸らしながら

 

「………ちっ…なんだよ。ちょっとは喜べよ…。なんでこっちが褒められてるんだし………」

 

「いいじゃないか。本当の事なんだから」

 

「うるせえ!!――――でも」

 

 彼女は俯き、しばらく唸った後

 

「あ……あり……がとう」

 

 今まで見たことのない笑顔で礼を言ってくれた。

 

「………お互い様さ。ありがとう」

 

 俺は彼女の手を取り、握手する。すると

 

「ばっ!!お、お前っ!!!や、やめろ!!!」

 

「なんだい?」

 

「う、うぅ……お前……後で……覚悟しろよ……」

 

「……なるほどね」

 

 何となく、ジャックさんが可愛いっていう理由が理解できた気がする。

 

「な、なんだよ……」

 

 手を離すと、彼女は俺に一切目を合わせずに言葉を返した。

 

「いいや?ちょっとジャックの言ってた意味が理解できただけさ」

 

「……ちっ…あのおっさんの言うことなんか―――いや、案外…信用できるかもな」

 

 彼女がその時何を想ったのか、俺には分からない。それでも言えるのは、彼女も彼女なりに信頼していたということ。

 

「……戻ろうか」

 

「……」

 

 彼女は黙ったまま頷いた。

 

 それからの会話は一切なく、廊下を歩く音だけが二人の間を抜けていった。

 

 

 

 誤解が解け、喜ばしいはずなのにマヤや俊太郎の表情は暗いまま。

 

 理由はジャックの死だろう。無論、俺自身も気分が落ち込んでいるのが分かる。

 

 長い沈黙が続き、堪らず声を上げたのは俊太郎。

 

「あ、あの……。ムゲンさん」

 

「うん?どうしたんだい?」

 

「……もし、特務試験隊を救うことが出来たら、俺も部隊にいれてくれませんか」

 

 彼も彼なりに考えたのだろう。この暗い険悪な雰囲気を壊す方法を。

 

「ああ。もちろんだよ」

 

 すると彼は大げさなリアクションを取りながら

 

「やったぁ!!なあ、マヤもアルマさんも一緒にムゲンさんの部隊へ行こう!!」

 

「……厳密に言えば俺の部隊じゃないんだけどなあ……」

 

「ちっ……本当にお気楽なヤツだよ。お前は」

 

『でも、それが俊太郎の良い所。』

 

 それから再びの沈黙。

 

 ムードメーカーという存在の大切さを痛いほど感じてしまう。

 

 ここにユーリが居てくれたなら、彼らにどんな言葉をかけてあげただろうか。

 

 俺はユーリやカカサのようにはうまく彼らを励ますことは出来ない。

 

 それでも―――

 

「……前を向こう。ジャックは、この先の果てで俺たちを待ってる」

 

「…そう、ですね。…いつまでも悲しんでなんかいられない」

 

「そうだな。私達もそろそろ前へ進まないとな」

 

『皆で行けば、きっと怖くない。』

 

 

 

 それでも、運命は残酷だ

 

 

 彼らを立ち直らせることが出来た途端の事

 

 

 下から突き上げられるような轟音。

 

 加えて爆音が響く。

 

「なんだ……!?」

 

「お、俺見てくる!マヤ、行こう!!」

 

「お、おい―――」

 

 俺の制止を聞かずに俊太郎とマヤは走って部屋を出て行った。

 

 何度も繰り返される爆音。このままでは建物が崩れる。

 

「…俺たちも外に出よう。建物の下敷きになってしまう!」

 

「分かってる!さっさと行くぞ!!」

 

 地面が揺れる。体勢を立て直すのに手一杯だ。

 

「アルマさん。大丈夫かい?」

 

「ああ。今のところは」

 

「気を付けて進もう」

 

 俺たち二人は何とか階段を登り切り、外に出ようとした瞬間。

 

「ったく…いったいどうなって―――」

 

 アルマさんが扉を開いた。その隙間からこちらへ飛来する弾丸を見た。俺は咄嗟に叫び

 

「―――っ!!アルマ!!!伏せろ!!!」

 

「!!」

 

 瞬時に体を伏せ、目を瞑る。

 

 流石に助かる気がしなかった。しかし、痛みを感じるということは生きているということだ。

 

 折角治ったばかりの左腕がまた折れている。

 

 恐る恐る目を開くとそこに広がっていたのは、俺たちが先ほどまでいた建物は一発の弾丸によって崩壊させられた跡だった。

 

 なんとか一部は建物として原型は留めているにせよ、いつ崩れてもおかしくない。

 

 そして、瓦礫に下敷きにされたアルマの姿がそこにはあった。

 

「アルマ!!!」

 

 痛む左腕を抑えながら彼女の元へと駆け寄る。

 

 彼女は瓦礫によって腰から下が動かない状態。まだ、なんとかなるはずだ。

 

「う………ぅ………」

 

「アルマ……!くそっ…!今…瓦礫をどかすから!!」

 

 必死に瓦礫をどかそうとするが、さすがに片手だけでなんとかできるものではない。

 

 でも、このままじゃアルマは……アルマは!

 

「く………っそぉ……!!!」

 

「……ムゲン」

 

 アルマは首を小さく横に振った後

 

「いいよ。もう」

 

「いいわけ……っ…ないだろ!!!」

 

 瓦礫を退けようにも重すぎてとても一人では……

 

 己の不甲斐なさが、無力さが心を支配する。

 

「あぁあああ!!!くそ!!!くそっ!!!」

 

 悔しさから地面を何度も殴りつけた。右腕が折れる事なんか構いやしない。

 

「なあ……ムゲン。聞いてくれ」

 

「アルマ!!もうこれでおしまいみたいな言葉を言わないでくれ!!」

 

 彼女の右手を握りしめながら叫ぶ。

 

「こんな終わり方……私も想像していなかった」

 

「………アルマ」

 

「私は……お前に出会った時から……ずっとお前の事が好きだった」

 

「なんで今そんなことを言うんだよ!!絶対助けるから!!!」

 

「いいんだ。私の【()()】はここで終わりなんだよ」

 

「そんな……!!」

 

「私は……役割を果たした。だから、ここで終わる。それだけなんだ。お前が泣くことも、悔しがることも必要ない」

 

「ムゲン……一つだけ……お願い……してもいいかな」

 

 彼女は今までとは違う表情、いいや、これが本来の彼女の素顔。

 

 優しい垂れ目で、大きな瞳。

 

「……なんだい?」

 

「………キス……して」

 

「…アルマ……」

 

 彼女を救ってあげたい。だけれど、俺一人でできる事なんか限られていて―――

 

 ならせめて彼女の意志を尊重してあげたい。俺にできる事をするしか………ないんだ。

 

 俺は彼女の頭を膝の上に乗せ、彼女の唇にキスをした。

 

 彼女は小さく震えていて、涙で濡れた唇は悲しい味がする。

 

 しばらくして、離れた彼女は

 

「……ふふ……今、私……あなたの妻より幸せかも」

 

 彼女は飛び切りの笑顔で微笑む。その瞳には涙が溜まっていて

 

「ムゲン………死にたくないよ………死にたく……ない…。もっとあなたと沢山話したい」

 

 彼女の言葉を聞くたびに胸が締め付けられるように苦しい。

 

 どうして彼女は死ななければならない?

 

 役目がなんだよ。ただ生きていたいだけなのに。

 

「ああ………俺もアルマを死なせたくない……」

 

「……そう言ってくれるだけでうれしいよ。マヤと俊太郎の事、よろしくね」

 

「…分かってるよ。アルマ」

 

「……もう時間が無い。私から離れて」

 

「時間……?」

 

「建物……もう保たないから。早く離れて」

 

「……アルマ。……さよならは言わないよ」

 

「……うん。……行ってらっしゃい。ムゲン」

 

 彼女に背を向け歩き出す。

 

 俺が建物を出ると同時に、今まで均衡を保っていた柱が崩れ、瓦礫の山と化した。

 

「泣かないさ。アルマ。俺はお前の【()()()()()()()()】前へ進む。後は―――任せておけ」

 

 

 それから俺は俊太郎、マヤと合流。彼女の死を彼らに伝えた。

 

 俊太郎もマヤも、悲しみはしたが、瞳に決意を宿らせていたのが分かった。

 

 

 宇宙世紀0089.8.5 第00特務試験MS隊、トリントン基地に帰還。

 

 もうこんなバカげた戦いを終わらせなければならない。

 

 ジャックとアルマのためにも。

 

 

51 完


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