機動戦士ガンダム虹の軌跡   作:シルヴァ・バレト

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大型MA「ライノハーテッド」に搭載された2つのAI。「Adam」と「Eve」

Evaは、アンドロイドにデータを移し、「エヴァ」と言う名でムゲンたちの前へと現れた。

そして、その出会いはカイルとの出会いでもあった。

戦いの末、彼女は自らの役目を果たすため、最愛の人と別れを告げる。

一方カイルは、彼女の事をほとんど知ることが出来ないまま別れを迎えてしまった。

カイル・ホプキンズは、戦いの果てに何を想ったのか。


アジア戦線編外伝
外伝:Episode of Kyle


 宇宙世紀0089.7.15 俺は……初めて失恋を知った。

 

 

[カイル。ちょっといいか]

 

「ん?どしたの隊長」

 

 丁度周囲の敵を殲滅したときでよかった。

 

 あまり悪いタイミングだと、反応できそうにないから。

 

[カイル?]

 

「…エヴァか?!どうした!?」

 

 心配だった彼女からの声。よかった……生きていてくれて。

 

[ふふふ。……ちょっと声が聞きたくて]

 

「な、なんだよ。だからって隊長の無線使うことは無いんじゃね?」

 

[…そうかもね…。ごめん]

 

 彼女が謝る姿を想像すると、何故かそんな姿を見たくなくない気がする。だから――

 

「…ま、まあ……俺も……お前の声が聞きたかったって言うか……」

 

 そう言うと彼女は嬉しそうに

 

[ほんと?嬉しいな!]

 

 ……そんなことよりも、あのMAの姿、きっと核を発射するのだろう。

 

「それより、早く逃げろ。もう時間が無い」

 

[……うん。カイルも逃げて]

 

「な、何言ってるんだよ!お前を置いていけるか!!」

 

[ごめんね。一人で行って]

 

 彼女が首を横に振る姿が容易に想像できた。

 

「お、お前……何するつもりなんだよ…」

 

[私、やることが出来ちゃってね……]

 

 やること?そんなの……そんなの!

 

「そ、そんなの……後でだっていいじゃないか…」

 

[そうしたいんだけどね、無理なの]

 

 認めたくない。これで別れなんて。絶対に。

 

「………嫌だ」

 

[えっ……]

 

「お前が逃げないのなら、俺も逃げるわけにはいかない」

 

[もう……あなたって人は……]

 

 彼女の声はこちらが聞いても分かる、泣いていたんだ。

 

 普段全く泣く姿を見たことがなかった彼女が。

 

[でも、わかって。あなたにも無事でいてほしいから]

 

 俺だけが無事でいいはずがない。彼女も一緒じゃなければいけないんだ。

 

 俺は夢中で叫んだ。

 

「ふざけんな!!好きな女がどこか行っちまうのに、それを止めないでどうすんだよ!!」

 

[カイル………]

 

[ありがとう。でも……ごめんね]

 

【ごめんね】。その言葉が、俺の胸をきつく締め付ける。

 

[…もし、人間に生まれ変われたら……もう一度あなたを好きになってもいいかな]

 

 当然だ。好きになってほしいし、俺は――

 

「…あ、当たり前じゃねえかよ!!お前を、何度だって愛してやるよ!!!」

 

[…ふふ……ありがと。……元気でね、カイル。………愛してるよ]

 

 そして、無線は途切れた。

 

 彼女の姿が、一瞬にして闇に消えて行ってしまった。

 

「……エヴァ………!!!エヴァぁあああ!!!」

 

 俺は泣いた。苦しくて、辛くて…自分の無力を呪った。

 

「俺は!!どうして!!彼女を救えなかったんだ!!!!」

 

 何度も機体の壁を殴った。

 

 それでもエヴァは……彼女は返っては来ない。

 

 

 しばらくして、隊長の機体がこちらへと歩いてくる。

 

 その時に悟った。もう、彼女はいなくて、戦いは終わったと。

 

 全員の前に立つと、隊長は

 

[全機、撤退。大型MAの沈黙は確認した。……俺たちは…勝ったんだ]

 

 その声に喜ぶものは多かった。俺は素直には喜べなかったんだ。

 

 彼女の笑顔を…忘れることは出来ない。

 

 だから…辛かった。

 

 彼女と初めて会った時、俺は間違いなく一目惚れしたんだろう。

 

 彼女の笑顔が…仕草が、その全てが、俺の世界を変えたんだ。

 

 

 

 その日は隊長から呼び出しを受けて、ガイと零次と共にテントへ向かった。

 

 正直あまり乗り気ではなかった。だが、渋々行くことになったのだが…。

 

 小さなイスに腰掛けたタイミングで、隊長は見知らぬ少女を連れてテントに入ってくる。

 

 ある程度のことを説明した後のこと

 

「と、いうわけでしばらくこの子をここに居座らせることにした。すまないが、よろしくしてあげてほしい」

 

「なるほど。……わかりました。しかし、この子は一体……」

 

「それは後で説明する」

 

「…まあ、隊長が連れてきた子だから安心は…………いや、隊長だからこそ心配ですね」

 

 ガイ。それは俺も同感だ。この隊長は信頼できるようで信頼できない。

 

「あの、ムゲン。この子の名前は……」

 

 零次はそう言いながら、呑気にテント内をキョロキョロと見回している少女を見ながら聞く。

 

「ああ、この子はエヴァ。それでなんだけど―――」

 

「この子の世話係みたいなのを、誰かにやってほしいんだが…。だれか、やりたいやつはいるか?」

 

 そんなことを言われたって、俺自身面倒は嫌いなのだ。手を挙げる必要は無いだろう。そんな考えをしていた時

 

「わたし、この人がいい!」

 

 そう言って少女に指を刺された。

 

「…え……。お、俺?」

 

 どうして俺なんだ?…困惑しながら聞き返すしかない。

 

「うん!」

 

 彼女は満面の笑みで俺に頷く。

 

 その笑顔が、俺を貫いた。メチャメチャ可愛い。

 

 肩までかかる程度の水色の髪は少し大きめのリアクションを彼女がとるたびにフワフワと舞う。

 

 ガーネットのように紅い瞳が、俺を真っ直ぐと見据えた。

 

 優しそうな彼女の笑顔に、俺は恋をした。

 

「……………」

 

 思わず見とれてしまっている。今までこんな気持ちを覚えたことは無かったのに。

 

「……カイル?」

 

 隊長の声で我に返る。見とれているのを悟られないように彼に謝罪した。

 

「…あ、す、すんません……」

 

「まあ、エヴァが指名してることだし、カイル、任せても大丈夫か?」

 

 俺は軽く頭を掻きながら、心で少しだけ喜んでいた。

 

 少しでも、彼女のことを知りたかったのだから。

 

「…まあ………いいっすけど……」

 

 思わず口調が変わってしまうほど、それだけ彼女の笑顔は俺の記憶に残った。

 

 俺の言葉を聞くや否や、飛び跳ねるくらい喜びながら彼女は俺の手を取って

 

「わーい!よろしくね!私、エヴァ!君は!?」

 

「え……お、俺は……カイル」

 

「へぇ!カイルね!!覚えたよ!!」

 

 そう言いながら俺の手を上下にぶんぶんと振った。

 

 

 

 彼女といる間は、戦争のことを忘れられた。

 

 

 惨めで、無力な自分のことを忘れることができた。

 

 

 力を求めて軍に入った、そんな俺を『間違ってない』と言ってくれた彼女。

 

 

 彼女とは沢山話をした。とはいっても、話しても話しきることは出来なかったけれど。

 

 

 

「ねえ、カイル」

 

「ん?どした?」

 

 彼女と話す時間は俺にとって、【()()()()()()()()】だった。

 

 たとえ、どんなに金があったって、どんなに飯があったって、胸に空いた穴は埋めることは出来ない。

 

 そして、埋まることも無い。けれど彼女がいる時は、その時だけは違った。

 

「今日もお話聞かせて!!」

 

 彼女はどんな小さなことでも楽しそうに聞いてくれた。

 

 だから、俺は彼女に全てを伝えようとした。

 

 俺の全てを知ってほしかった。

 

「そうだな。……エヴァは、自分に無力を感じることはある?」

 

「…んん?そうだなぁ……」

 

 彼女は少し考えた後

 

「無いよ」

 

 ハッキリと言う彼女の瞳は、嘘をついているようには見えない。

 

「……そうか」

 

 口では出さなかったが、彼女は【()()()()】を歩んでいるんだろうと思った。

 

「楽……なのかな」

 

「えっ」

 

 まるで心を見たかのように口に出した彼女に、俺は驚くしかない。

 

「私、ムゲンに会うまで、一度も外に出たことが無かったんだ。だから、色んな話を聞いて驚いたし、楽しかった」

 

「ねえ、【()()()()()】って、楽な人生なのかな」

 

「………ご、ごめん」

 

 謝るしかなかった。流石に失礼だった。しかし、どうして分かったんだろう。

 

 顔に出ていたのだろうか……?

 

「…うん?何で謝るの?」

 

「あ、いや………。わかんねえよ…。楽な人生かなんてさ」

 

 目を逸らしながら呟いた。

 

「…そうだね。私もわかんない」

 

 彼女は空を見上げながら言葉を続ける。

 

「でもさ、あなたが無力を感じるのも、私が知らない事が多いと感じるのも、それは【()()()()()()()】分かるんだよね」

 

「生きているから…か……」

 

「辛いこともあるし、笑えないこともあるかもしれないけどさ、辛いなら、笑おうよ」

 

 彼女は俺を見ながら微笑んだ。

 

「ああ。そうだな」

 

 その言葉が、俺の過去を彼女に伝えるきっかけになったのは間違いない。

 

「俺さ、軍に入った理由があってさ」

 

「うん」

 

 彼女は真剣に俺の言葉を待っている。

 

「俺の家族は戦争に巻き込まれて亡くなった」

 

「まぁ……。それは……」

 

「それを恨むつもりもない気はすんだよね。けどさ、心の中のどっかで気にしててさ」

 

「でも、その時は軍には入ろうなんて思っちゃいなかったわ。でも、そのきっかけになった理由があるんだわ」

 

 

 あれから既に4年も経っているなんて、今でも信じ難い。

 

 だが、時間が経つことの早さを、嫌でも理解する。

 

 忘れもしない。サイド1,30バンチ事件を

 

 俺はあの事件の日、工業学校の授業で30バンチを離れていたんだ。

 

 それが幸いして生き残っているわけだが。

 

 実際に家族の遺体を見れたわけじゃなかった。

 

 毒ガスによって30バンチコロニーに生きる全ての人が亡くなったという報告を受けて初めて知った。

 

 俺は故郷に帰る事も出来ずに、ただ流されるままに地球へと降りるしかなかった。

 

 その時から、俺は自分自身の無力さを恨み、今日まで生きてきた。

 

 俺が連邦軍に入ったのは、そんな腐ったことが出来るヤツらを()()()()()()()()()()()と思ったから

 

 でも、それだけで何とかなることなんか、マンガやアニメだけ。

 

 連邦に入ってからは忙しくて、そんなことを考える時間すらなかった。

 

 けれど、時々無性に悲しくなって、一人夜に泣いたことも何度もある。

 

 今も、たまにそういう時がある。だが、前よりは緩和されているはず。

 

 隊長に出会ったことは、俺の人生の中でも幸運なのかもしれない。

 

 彼は強く、理想や夢を持っている。

 

 だけれど、多くを望もうとせず、自らの周りだけでもと、そんな人だった。

 

 時折見せる彼の悲しげな瞳は、【()()()()()】とは違っていた。

 

 まるで、【他の誰か】を見ているような気分。

 

 彼は、その後必ず笑って見せた。【悲しみを隠す】ように。

 

 

 

 ある時、俺は自身の無力さに絶望していた。

 

 だから、彼に聞いたんだ。どことなく、似ているような気がしたから。

 

「自分に自信が持てない時って……ある?」

 

「どうしたんだい?急に。君らしくないじゃないか」

 

『君らしくない』そんな言葉、今まで何度も聞いてきた。

 

 訓練学校でも、隊長に出会う前も。

 

 だから、余計に切り出せなかった。言ってしまえば、自分に絶望してしまうかもしれないから。

 

「…いや。……ちょっとね」

 

 俺はどことなく含みのある言い回しで言葉を返した。

 

 すると、隊長は少し考えた後

 

「あるさ。人間だからな」

 

「………その時、どうやって立ち直れた…?」

 

 聞いてみたかった、他の人はどうやって立ち直っているのかを。

 

 そうすれば、自分も―――

 

「……そうだな。昔、ある人から『戦う意味も、現実も見れないお前に、今の俺は倒せない。いや、敵すら倒せない』ってね」

 

「それから一人で悩んで、時には君みたいに色んな人から話を聞いた。…けれど、結局はドジってしまってね」

 

「ムゲンちゃんって、そんな時あったんだな」

 

 素直に驚いていた。この人も、俺と同じで苦しんでいるんだ。

 

「まあね。……一度、部隊を脱走したときがあった。もう何もかもが嫌で、戦うことさえも……」

 

「………」

 

 俺は静かに彼の言葉の続きを待つしか出来なかった。

 

「その時出会ったある人からの言葉で、目が覚めた」

 

「言葉……か」

 

 言葉は、時として人を傷つける。しかし、一人が言った何気ない言葉で、その人が変わるきっかけにもなる。

 

「ああ。『何故戦うかじゃない。なんのために戦うか。そう考えればいい。理想を求めて進んでいたら、勝手に理由はついてくる』。その人はそう言った」

 

「そして、再び俺は、部隊に戻り、戦うことを決めた。仲間を、家族を守るために戦うと決意して。俺にできる事。俺にしかできない事をするだけだよ」

 

「……俺にしか……出来ない事」

 

「そうだ。君がもし立ち止まっているのなら、それは、選択次第では、君は変われるのかもしれない」

 

「未来は……誰にも分からないから」

 

 誰にも…分からない。未来は、他人を見る自分のようにも解釈できた。

 

 自分のことは、自分しか分からないから。

 

 誰にも理解できない。

 

「………ムゲンちゃんってさ」

 

「うん?」

 

「……自分の無力さとか……感じたことってある?」

 

「あるとも。……何度もね」

 

 彼の黒い瞳から伝わったのは、悲しみ。

 

 そして、その言葉から伝わる【重み】。

 

「何度も……」

 

「ああ。両親を救うことも。俺を弟と慕ってくれた人も。娘と再会できたのに、軍人としての役目を果たそうとした人も」

 

「………全員、救えなかった。……おかしな話だ。軍人になれば力が手に入る。そう思っていたのに誰も救えない……」

 

 同じだった。彼も、力を求めて入ったのに、解決できてない。

 

「………」

 

「でもさ……。無力だから、人は互いに助け合うんじゃないのかな」

 

「………」

 

「一人が寂しいから群れを作って。群れを作れば孤立する人もいる。そして、孤立した人に手を差し伸べる人だっているかもしれない」

 

「カイル。君に何があったのかも、どんな過去があったのかも俺は知らない。けれど、覚えておいてくれ」

 

 彼の瞳は、悲しみや喜び、様々な感情が混ざっているような感じ。

 

 けれど、その中心にはしっかりと決意が見えた。

 

「………?」

 

「俺は……いや、俺たちは……【家族】。どんなに離れていても、その繋がりは、絶対に消えない」

 

「繋がり………」

 

 命が失われても、言葉を失っても、繋がりだけは…消えないのか?

 

 その時はまだ、分からなかった。

 

 

 だが、今は違う。

 

「隊長の言葉の意味、分かる気がするよ」

 

「そうなの?」

 

 彼女は首をかしげる。

 

「ああ。俺たちはこうやって話をして、【繋がり】を持つ」

 

「そうだね!お話って楽しいよね!」

 

「その繋がりは、記憶の片隅にでもきっと残り続けるから―――」

 

「難しいことは分からないけどさ」

 

 エヴァはゆっくり立ち上がり、大きく伸びをした。

 

 それから俺に向き直って言う。

 

「…それはきっと、素晴らしい事なんだと思うよ」

 

 言葉の後、彼女はいつもと変わらない笑顔を見せた。

 

「……ああ。そうだな」

 

 彼女の笑顔を見ているときだけは、楽しくて、可笑しくて、全てが嫌になったとしても、この時間だけは大切にしたいと思える。そんな時間だ。

 

 

 

 でも

 

 

 そんな笑顔を見せてくれる彼女はもういない

 

 

 どんなに願っても、泣いても、帰っては来ない

 

 

 素直に勝利を喜ぶことさえも

 

 

 なあ、エヴァ。君は……これでよかったのか?

 

 

 空を見上げて問うたとしても、答えは返ってこない。

 

 当然だ。彼女はもう、この世にはいないのだから。

 

 いつまでも悲しんではいられないのかもしれない。

 

 けれど、彼女のことが忘れられなくて、切なくて。

 

 

 

 隊長が休暇を用意してくれたが、俺には帰る故郷も、隣にいてくれる人もいない。

 

 だが、少しだけ気になったので、4年ぶりに故郷の30バンチへ向かうためのシャトルに乗り込んだ。

 

 地球を離れるのも、4年ぶりということになるのか。

 

 本当に、時間が経つのは早い。

 

 シャトルの外に映る宇宙を、ただ静かに見つめていた。

 

 しばらくすると、サイド1,30バンチが見えてくる。

 

 見てくれだけで言うなら、他のコロニーとも違いは無い。

 

 俺は、4年ぶりのコロニーへと足を踏み入れた。

 

 

 

「……!!!」

 

 そこで見た景色は、想像を絶するもので、地面に伏す人間が沢山いた。

 

 ある人は子供を庇う様な体勢で静かに息絶えている。

 

 言葉でなく、直接見ることでハッキリ理解した。

 

 もう、俺の家族も生きてはいないだろう。

 

 俺はゆっくりと、かつての家の方角へと歩き出した。

 

 俺の家は、小高い丘のふもとにある赤い屋根の家。

 

 小さいが、両親と兄と俺で住むには十分な広さの家で、休みの日はよく丘でボール蹴りをして遊んだものだ。

 

 しばらく歩いていると、赤い屋根の家が見えてくる。間違いない、あれが俺の家だ。

 

 自宅は4年前の朝に見た変わらない姿で佇んでいる。

 

 扉を開けたら、両親が『お帰り』と言ってくれるのを、少しだけ願っている自分がいた。

 

 そして俺はゆっくりと扉を開く。

 

「………分かっていたさ」

 

 目の前に広がる景色に、俺は思わず呟いた。

 

 父と母が苦しそうに目を見開いて地面に横たわっている。

 

 認めたくはない。しかし、これが現実だ。

 

 それから俺は、家を探索した。

 

 しかし、どこを探しても、兄の姿が見当たらない。

 

「……兄貴、どこ行ったんだし…」

 

 家を出て、俺は丘を登った。

 

 なんとなく、兄貴がいるような気がして。

 

 丘の頂上で待っていたのは兄貴ではなかった。しかし、その景色に俺は言葉を失った。

 

 そこに広がっていたのは、沢山の小さな墓。

 

 雑に作られてはいるものの、手入れはしっかりとされている。

 

 ……ここに、誰か着ているのだろうか。

 

 小さな墓を一つ一つ見ていくと、そこに、見知った名前を目にした。

 

【バジル・ホプキンズ】

 

「………兄貴」

 

 俺は、兄貴の墓の前で手を合わせ目を瞑った。

 

「……おや」

 

「……!?」

 

 背後からの声で心臓が止まりそうになる。

 

 振り向くと、パイロットスーツ姿の男性が、沢山の花を持ってこちらを見ている。

 

「…先客だったか。こんなところへどうしたんだ?観光でもなさそうだが」

 

「……あんたは?」

 

「…俺か?……墓を作りにきたのさ」

 

 そう言って、俺の隣まで来ると手を合わせる。

 

 その後、手馴れた手つきで小さい墓を作り始めた。

 

「……これは…全てアンタが?」

 

「………ああ」

 

 悲しそうに、自ら作った墓を見つめる男。

 

 見ているのがなんだか悲しくて、他の墓にも目をやる。

 

 ざっと見積もっても、数千を越えてる。それがこの丘を埋め尽くしていた。

 

「…そろそろ、別の場所にしないとダメか」

 

 墓が並ぶ丘を見つめながら呟く男。

 

 俺は、少し気になって聞いてみた。

 

「………アンタ、何でこんなことを?」

 

 すると、男の表情は曇りを見せる。渋々だが、ゆっくりと口を開いた。

 

「……俺は、かつて…ここに毒ガスを流した一人だ」

 

「なっ………!!!」

 

 驚くしかなかった。ティターンズという組織が毒ガスを流したはずだが、彼が……ティターンズ…?

 

 怒りよりも先に、驚きが出てきたのが一番驚愕したことだが。

 

「なんで……」

 

「………知らなかった。と言っても許されるわけないが、知らなかったんだ」

 

 その言葉が、俺の奥底で眠る怒りをよみがえらせた。知らなかったですまされるわけがないんだ。

 

 俺はありったけの皮肉をこめて、彼に言い放つ。

 

「……で?今更罪滅ぼしでもしようっての?」

 

 すると、彼は少しだけやわらかい表情で

 

「……懐かしいな。そう言ってくれたやつが、前にもいたよ」

 

「え……」

 

 呆気に取られた。彼の気持ちはいまいち分からない。

 

「そいつは、今もどんどん成長してる。かつて、俺が拾えなかった【()()】を集めながら…な」

 

「………」

 

 黙っていると、彼は少しだけ笑いながら

 

「おっと、すまないな。……なんにせよ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一瞬、その姿が、ムゲン隊長と重なって見えた。

 

「……俺には、これくらいしかしてやれない。一人でも多く亡くなった人の魂が正しい道へ進んでくれると願いながら………」

 

 俺は、彼と共に空を見上げ、静かに思った。

 

 偽善でも、救われる人がいるのかもしれない、と。

 

 

 

 なんだかんだで、一週間というのは短い。

 

 あのあと地球に下りて、俺たちの野営地に一番近い街でその日その日をだらだらと過ごした。

 

 そして、休暇が終わる最後の日。

 

 いつもと変わらないその景色。

 

 のんびりと歩き続けていると、建物と建物の間に影が差している場所を見つける。

 

 丁度休憩しようと思っていたところ、いいタイミングで見つけれた。

 

 歩みを進めていくと、既に一人の先客がいた。

 

 そして、その姿を見た俺はその場で呆然と立ち尽くした。

 

「………」

 

 暑さで夢でも見ているのだろうか。

 

 建物の影から現れる、俺に色を付け足してくれた少女が好んできていたワンピース。

 

 俺を追い抜くように風が吹きぬけ、少女の水色の短髪が揺れる。

 

「あ……」

 

 風を受けた少女が小さく声を上げた。

 

 その光景が、一瞬であるのは分かるが、俺にとっては数分、いや数時間とも思える一瞬。

 

 瞬間、少女と目が合った。

 

「あ………」

 

 思わず俺は声を上げる。

 

 すると少女は俺の方へと歩み寄ってくる。

 

 少女に光が当たると、俺は更に驚いた。

 

 風に揺れる水色の髪。優しそうな垂れ目で、その中心に収まるガーネットの瞳。

 

「エヴァ……なのか?」

 

 震える声で、彼女に問う。

 

 すると、彼女は俺の前で立ち止まり、いつもと変わらない笑顔で

 

「ただいまっ!」

 

 

 今―――再び世界に色が付いた

 

 

Episode of Kyle 完


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