宇宙世紀0089.6.20 第66特殊戦闘小隊、AI搭載MS4機と接触。現在、各機応戦中。
状況はハッキリ言って圧倒的に不利だ。
相手は4機。頭数だけで言えばこちらが勝てている。
だが…。いくら攻撃をしても全て回避され、おまけに一体一体確実に仕留めてくるともなれば。
「ぐっ……!!」
ヒートホークをサーベルで受け止める。
ザクの腹部を蹴り飛ばし、一度間合い取ろうとする。
しかし、それに気づいたもう1機のザクが背後から迫り、マシンガンを放つ。
「ちっ……!」
その場で空中へ飛び上がり、背後のザクの攻撃を宙返りで回避し、続けて相手を正面に捉えた瞬間
スラスターを起動し、一気に間合いを詰める。
「決める……!」
相手が振り向くタイミングより早く、サーベルを引き抜いて切り抜けた。
しかし、その攻撃は予測されていたのか、軽々と回避される。
そして、反撃と言わんばかりのバズーカによる攻撃。
素早く立ち上がり、サーベルでバズーカの弾頭を真っ二つにする。
弾頭が爆発し、爆発の煙が機体を隠す。
今しかない。
その場でシールドミサイルを発射後、素早く移動。
相手の背後へ回り込む。
「今度は……逃がさん!」
背後から薙ぎ払う。……が。
相手は機体を屈ませ回避。さらに、素早く反転しながら回し蹴り。
対応に遅れ、直撃する。
「ぐぁあぁあああ!!」
機体は吹き飛び、地面に転がった。
「……はぁ……はぁ……!!」
相手は『まだ余裕』と、感じさせらるほどの【無傷】であった。
「く……そ……!」
[ぐぁあああ!!]
[カイル!!くそっ…!!]
「零次…!カイル……!!」
二人にも被害が出ている。
立たなくては………。
立ち上がろうとするが、ザクが背中に足を乗せ、立ち上がらせないようにする。
「……くそっ!!」
[隊長!?ぐっ……!!]
「……ガイ!零次とカイルを!」
[ですが、隊長は!]
「構うな!先に彼らを…!!」
ザクがマシンガンを構える。
「くっ!」
流石に新型といえど、至近距離でマシンガンを食らってはひとたまりもないはず。
だが、まだ諦めるわけにはいかない。
そうだ。諦められないんだ!
「……ぐっ……ぉおお……!!!」
ザクの脚を掴み、一気に投げ飛ばす。
「行くぞ!ジェガン!!!」
スラスターを起動。吹き飛んでいるザク目掛けて突撃。
「うぉおおおお!!!」
左腕でシールドミサイルを放ちながら右手でビームライフルを乱射。
ビームライフルを投げ捨て、ビームサーベルを引き抜く。
「これで……!沈めぇえええええ!!!!」
相手と接近した瞬間、一気に機体を両断する。
コントロールが取れなかったのか、相手はなすすべもなく両断された。
「……はぁ……はぁ……」
現在、シールドミサイルの弾薬は、後3発程度。ビームライフルはまだ使えそうだ。
すばやくビームライフルを拾い、もう1機のザクと対峙する。
「さぁ……。2戦目といこうか……!」
シールドミサイルを1発放ちながら接近。
続けてビームライフルで足元を射撃して、相手の位置を調整。
相手はそれを回避して、予想通りの位置に立ってくれる。
「うおぉおおお!!」
サーベルが軌跡を描きながらザクへ。
ザクはそれを軽々ヒートホークで受け止めた。
「くっ!」
[う、うわぁああああ!!]
[カイル!!くそっ!!まだあきらめられないんだ……!蒼花のためにも……!!!]
零次たちの声を聞き、サーベルを持つ手に力がこもる。
「……お前が……邪魔だぁあああああ!!!」
サーベルはヒートホークごと相手の胴体を切り裂いた。
ザクは力なく地面へ伏し、動かなくなる。
俺は、急いで彼らの所へ機体を動かした。
「ガイ!零次!カイル!無事か!?」
[………ええ…。なんとか。それより、敵機が後退していきます……。どうしますか?]
「いや、いい。俺たちも後退だ」
[……はい]
俺たちは、なんとか敵を退け、生きて野営地に戻ることができた。今回ばかりは幸運だった。
「………今日で何人死んだ…」
「ガイ隊、3機撃墜され、1機生存。なので、私を含む2名のみが生存してます」
ガイは、淡々とそう言って、コーヒーを一口。
「……そうか。零次は?」
「俺の隊も同じく3機墜とされました。……2名生存」
零次は少しだけ悔しそうな顔をしていた。
「……。カイルの隊はどうだ?」
「俺んとこは、2機墜とされて、2機生きてる。だから、合計3人生存してる」
「…比較的被害が少ないか。よし、報告は分かった。一度解散しよう」
その言葉を皮切りに、静かにテントから出ていく3人。
いつも通り……とはいかないだろう。
それは俺も同じことで。
…悔しかった。また、仲間が死んだ。
だが、自分にできることをやって、彼らは死んでいった。
それなら……。少しだけは……報われるのだろうか?
かつて、サムエルさんが言った言葉を思い出す。
『悪いのは、人間じゃない……。戦争そのものが悪いんだ』
……彼の言うことも、分かるんだ。
でも、それでも……。
大切な人を失った人には、そんな事関係ないんだ。
「………くっ……」
悔しさで、涙が滲む。
だが、サムエルさんも……。いや、彼だけじゃない。
俺も、リナも……。道夜やユーリも。皆戦争で大切な命を奪われた。
そのたびに、自分の非力さを呪って、恨んで。
やり場のない怒りだけが溜まっていく。
だからって……どうしようもないじゃないか。
自分自身を抱きしめる。腕に巻いてあるリボンから、微かに熱を感じた。
「………フィアさん…」
彼女なら……どうするだろうか。
『私たちはすでに血で手を染めてしまっている……。どんなに願っても、どんなに祈っても、昔も、そして、これからも……』
『人に恨まれなければならない……。仕方のない事だ。人は、光になれる。だが、人は何かのために犠牲をいとわない闇にもなれる』
………彼女は、軍人でありながら、最後まで、娘の事を考えていた。
自分はダメでも、せめて娘だけは…と。
どんな現実でも、彼女は向き合っていた。
『……頑張るね。それで、先生が帰って来た時には、皆と仲良くなって、【先生】じゃなくて、一人の【家族】として迎えられるように……』
『せ、先生の事……。【ムゲン】って呼べるように…。頑張るからっ!!』
リリーは言った。自ら前を向いて、頑張ると。
まだ若い少女なのに……。その瞳から、決意が伝わってきたんだ。
『……ムゲンも、頑張るみたいだし、私も頑張らなきゃ……!』
……リナは、今も仲間のために整備をして、俺のために機体を考えてくれて。
そしてなにより、アウロラを守ってくれている。
そうだよな……。ここで、立ち止まるなんて―――――
「……出来ないよな」
俺は立ち上がり、ゆっくりとテントを後にした。
「……ムゲンちゃん」
テントから出るや否や、カイルが待っていたかのように俺に声をかける。
「カイル?」
「ちょっと、話いい?」
「……ああ。構わないよ」
「…ここで話すのもあれだし、少し、歩かね?」
「そうしようか」
俺たちはゆっくりと歩き始めた。
「………ムゲンちゃんはさ」
「うん?」
「自分に自信が持てない時って……ある?」
「どうしたんだい?急に。君らしくないじゃないか」
「…いや。……ちょっとね」
少し考えた後、俺は口を開く。
「あるさ。人間だからな」
「………その時、どうやって立ち直れた…?」
「……そうだな。昔、ある人から『戦う意味も、現実も見れないお前に、今の俺は倒せない。いや、敵すら倒せない』ってね」
「それから一人で悩んで、時には君みたいに色んな人から話を聞いた。…けれど、結局はドジってしまってね」
「ムゲンちゃんって、そんな時あったんだな」
「まあね。……一度、部隊を脱走したときがあった。もう何もかもが嫌で、戦うことさえも……」
「………」
「その時出会ったある人からの言葉で、目が覚めた」
「言葉……か」
「ああ。『何故戦うかじゃない。なんのために戦うか。そう考えればいい。理想を求めて進んでいたら、勝手に理由はついてくる』。その人はそう言った」
「そして、再び俺は、部隊に戻り、戦うことを決めた。仲間を、家族を守るために戦うと決意して。俺にできる事。俺にしかできない事をするだけだよ」
「……俺にしか……出来ない事」
「そうだ。君がもし立ち止まっているのなら、それは、選択次第では、君は変われるのかもしれない」
「未来は……誰にも分からないから」
「………ムゲンちゃんってさ」
「うん?」
「……自分の無力さとか……感じたことってある?」
「あるとも。……何度もね」
そう。何度もある。助けることのできなかった命。
そして、繰り返してしまった戦いの歴史。その全てを見てきたからこそ、無力さを感じずにはいられない。
「何度も……」
「ああ。両親を救うことも。俺を弟と慕ってくれた人も。娘と再会できたのに、軍人としての役目を果たそうとした人も」
「………全員、救えなかった。……おかしな話だ。軍人になれば力が手に入る。そう思っていたのに誰も救えない……」
「………」
「でもさ……。無力だから、人は互いに助け合うんじゃないのかな」
「………」
「一人が寂しいから群れを作って。群れを作れば孤立する人もいる。そして、孤立した人に手を差し伸べる人だっているかもしれない」
「カイル。君に何があったのかも、どんな過去があったのかも俺は知らない。けれど、覚えておいてくれ」
「………?」
「俺は……いや、俺たちは……【家族】。どんなに離れていても、その繋がりは、絶対に消えない」
「繋がり………」
「この前、AIが言った言葉を覚えているか?」
「…確か『いくら言葉で言われようとも、オレ自身の目で見ない限りは、オレは人類を【敵】とは認識できない』だっけ」
「ああ。………俺は、人を…。人類を信じたいんだ。辛い時は助け合い、共に泣いて、笑って。そのすべてを共有できる」
「だからこそ、俺も、君も、今ここで話すことができる。だから、AIにも知ってほしい。俺たち人間の【心】を」
「………。やっぱ、俺が会った中で一番面白い隊長だわ。アンタは」
「それは誉め言葉として、でいいのかい?」
「……ああ。それ以外ないっしょ」
カイルは空を見上げながら言葉をつづける。
「はぁー。小さい事で悩んでた俺がバカみたいだ」
「カイル」
「ん?」
「迷ったっていいんだ。迷いに迷って、その先に君が何を想うか。それが大事なんだ」
「その先……か…」
「……転んだって、また立ち上がればいいのと同じ。悩んで、自分が成すべきと思ったことをすればいい」
「……そうだな。頑張ってみるわ」
彼はそう言いながら微笑んだ。
そのあと俺は、機体の整備のため、ジェガンの前で準備を進めていた。
リナが整備する姿は何度も見てきているものの、自分で整備するとなると、どうすればいいか分からない。
「……うーん」
整備マニュアルを見てもいまいち理解できず、困り果てていた時。
「隊長?どうされました?」
「……あ、ガイか。いや、少しね……」
「何か悩みでも……?」
「悩みってわけじゃないけど、整備の事でね……」
「なるほど。そう言うことでしたか」
「ガイ、手伝ってくれないか……?」
「えっ………。わ、私がですか……?」
彼は俺の言葉に驚きを隠せない様子だった。……何か、あるのだろうか。
しばらく考えた後、彼は
「分かりました。……出来るところまで、手伝います」
「……ありがとう。助かるよ。ところで、機体の整備とかはしたことが?」
「ええ。……少し……だけですけどね」
その言葉を返すとき、彼の表情が一瞬だけ影が掛かった気がした。
「マニュアル、ありますか?」
「…これかな」
マニュアル。ジェガンの整備の仕方が記されているモノなのだが、読んだところで理解できるものではない。
彼に差し出すと、それを受け取り、パラパラとページをめくった後
「なるほど。……じゃあ、始めましょうか」
「も、もう分かったのか?」
「ええ。十分です」
そう言いながら彼は俺にマニュアルを手渡した後、機体を見つめる。
「ガイ、俺にも手伝えることがあるなら言ってくれ」
「そうですね…。じゃあ、機体の損傷個所を確認してください。少しのへこみでも見逃さないように」
そう言うガイの瞳は真剣そのもので、リナと同じ雰囲気を感じたのはなぜだろう。
「…わかった」
俺は機体の全身を隈なく見ていく。汚れている以外特にこれと言って問題があるようには思えなかった。
「特になさそうだ」
機体の正面に戻ると、彼は既に作業を始めていた。
「そうですか。私も見たところ、整備というよりは補給のように感じましたので、弾薬の補給だけしましょうか」
「わかった」
それから俺は彼の指示通り弾薬を運び、機体に足りない弾薬を補給していく。
彼の指示は的確で、また、彼自身が補給する時には、それこそ職人の雰囲気を感じるほどの技量。
それが、どこかで引っかかっていた。
そして30分後、全ての弾薬補給が終了する。
俺は、彼と共に機体の前で話をしていた。
「ムゲン隊長の機体は補給も楽ですね」
「そうなのか?」
「ええ。シールドミサイルの弾薬でいいわけですし。ビームライフルも補給というほどのモノでもないですし」
機体を見上げながら満足そうにそう言うガイ。
俺は、少しだけ彼の過去に踏み入ってみることにした。
「………随分と、詳しいみたいだね。整備全般が」
すると彼は、少しだけ悲しそうな顔をして、一息溜息を吐いた後
「……やっぱり、分かりますか?」
「やっぱり…というと、君はもしかして……」
俺の予想が間違いじゃないのなら、彼は整備兵か整備関係の事をしていた人物だと思う。
そうでなければ慣れたように弾薬補給なんか出来るわけない。
しかも、指示も完璧と言っていいほどだし。
「ええ……。私は、ここに来る前まではある部隊の整備兵を務めていました」
「そうか。君の的確な指示や、手並みを見ていて、どこか引っかかっていたんだ」
「やはり、あなたの目は騙せませんでしたか。………」
彼は、ジェガンを見つめながら言葉を続けた。
「……私がここに異動させられた理由は、簡単に言えば整備が原因なんです」
「整備が…?」
「ええ。……私は、整備の腕にはそれなりの自信があって、誇りにも思っていました」
「ですが…。ある時、私の小さなミスで、パイロットを失わせてしまった」
「ガイ………」
「それ以降、私は…整備そのものに恐怖し、自らの自信を完全に失ってしまいました」
「……そして、気が付けば、今度は私がパイロットとなって、アジア戦線に異動を命じられて、今に至ります」
知らなかったとはいえ、そんな彼に補給をさせたのは、酷だったと思い、ひどく後悔した。
「私は……あの事の後、自分自身の機体しか整備したくなかった」
「ガイ……。すまなかったね……」
「あ、いえ。別に隊長に怒っているわけではありませんよ」
「分かっているさ。けど…、君に整備をさせたのは酷だったかもしれないから…」
「いえ………」
彼は、静かに俯いた。
今の彼に……俺は何をしてあげられる?
自らのせいで命を失わせてしまったという過去を持つ彼に。
俺も自分のせいで命を失わせてしまったということはある。
けれど………。
『私の父は軍人さんだったんです。でも機体の整備不足のまま出撃して、機体が大気圏での戦闘に耐え切れなくてそのまま…』
俺は彼女の言葉を思い出した。
リナは………
『それで、連邦軍の整備兵として、もう二度と父のような被害者を出さないようにと志願したんです』
そうだ。二度と繰り返さないために自ら整備兵になった。
彼女がいれば、彼を励ますことだって出来るだろうに……。
だが、彼女はここにはいない。だから、俺がしなければ。
「……なあ、ガイ」
「…なんでしょうか」
「俺は……整備兵じゃないからさ、君になんて言ってあげればいいか分からない」
「………」
「けれど……君の気持ちも分かるんだ」
「隊長……」
「俺も、君も…。ミスをして人を失わせてしまった」
「けれどさ……。だからって、過去を引きずっていてはダメなんだ」
「……あんたに……!」
「ガイ……?」
「あんたに何が分かるんだよ!!!」
彼は俺の胸ぐらを掴み叫ぶ。その瞳は涙で濡れていた。
「………」
「私は………。俺は……!!!あんたみたいに強くなんかない!!」
「だから……、こうなった」
「ガイ……」
「俺はあんたじゃない。……そんな簡単に割り切れない」
胸が苦しくなった。俺も……そんなときがあったから。
「そうだな……俺は君にはなれない。そして君は俺になることは出来ない」
「………」
「だから、いいんだ。ゆっくりで」
「……え……」
「何も、すぐに立ち直れとも、言ったりはしない」
「仕方がないで割り切れる程、人間は簡単じゃないからさ」
「俺も……そうだったから」
「隊長……も……」
「ああ。……戦争が家族の在り方を変えたりすることなんか…割り切れるものかよ……」
彼は、掴んだ手を降ろし、言葉を続けた。
「だったら……!!!」
「でも、人は………変わっていかなきゃいけないんだよ」
「変わる……!?」
「ああ。……どんなに悲しい事があっても、立ち止まったり、振り返っちゃダメなんだ」
「いいや。ダメとは言い過ぎだ。……それを糧として前に進まなきゃダメなんだ」
「……」
「変わるには、時間もかかるし、辛いことも多いけど」
「それでも、人は………失ってしまった人や、死んでいった人から何かを【託されて】生きていくんだ」
「託される……」
「君が失敗して、後悔したと思うのなら、それを次の糧にすればいい」
「……」
「確かに、整備兵がそんなことではいけない。という人だっている。けどさ」
「だからこそ、失敗しないために前へと進まなきゃいけないんだ」
「………」
「失敗を繰り返さないために。もう二度と…俺と同じ過ちを繰り返させないようにと」
「繰り返させない………」
「今までは一人で背負っていたのかもしれない。だが、ガイ……忘れるな」
俺は彼の肩に手を置いて言葉を続けた。
「俺たちは、仲間。……家族だろう?」
「………家族…」
「辛い時は共に背負って、笑って、泣いて。そのすべてを共有する」
「……」
「だから、お前は一人じゃない。前を向いて歩くんだ。背中は……支えてやるから」
「……たい……ちょう………」
彼は、涙を流した。
「俺の………妻もさ、そんな理由で整備兵になったんだ」
「隊長の……?」
「ああ。リナは……親父さんが整備不良で死んだことを知って、これ以上同じ悲劇を繰り返させないと、そう言った」
「……………」
「君の歩幅でいい。君の歩き方でいい。君が思うままに、前へ進むんだ。一人でもいいし、皆とでも良い」
「転んだって、泣いたっていい。……その先に、きっと答えはあるから」
「………隊長………。………俺も……頑張ってみます。零次や、カイルのように……」
「何故彼らが出てくるんだ?」
「……いえ。何でもありませんよ」
彼は軽く微笑んだ。
「ま、いいか。さて、俺はテントに戻るよ」
「ええ。分かりました」
俺は背を向け歩き出す。
そして、一度立ち止まって
「そうだ、ガイ」
「……なんでしょうか」
「…整備、ありがとう」
その一言だけを伝えた。
「…………」
彼は、何も言わなかった。それで、いい。
俺は静かにテントへと帰った。
宇宙世紀0089.6.21 ムゲン・クロスフォード中尉、連邦軍最高評議会議長ベルベット・バーネットと通信での対談。
「………」
今、俺の前で映るモニターにいた人物。それは、それなりに俺とも縁がある人物。
[久しいな。ムゲン・クロスフォード]
久々の通信だと聞いて喜んで来た結果、こんなヤツと顔を合わせることになるとは思わなかった。
「………ベルベット・バーネット。……今更俺に何の用だ」
[つれないじゃないか。ムゲン。私は君が心配で仕方がなかったんだぞ?]
ニヤニヤと笑いながら彼は言う。その姿のどこがどう心配なのかが聞きたいところだが。
「………御託はいい。何の用だ」
二度目の言葉で、彼はやっと真面目な表情で言葉を返した。
[……いいだろう。用というのは3件ある。一つは、そちらでの生活は慣れたかな?]
「ああ。おかげ様で、ゆっくり休む時間もなければ、ろくな補給もない。最高だな」
皮肉をありったけ込めて言葉を返してみる。すると彼は笑いながら
[ははは!!!それは結構だ。いやはや、君が【あの時】死んでいないとは、思わなかったよ]
「……冗談を言うな。お前、ワザと生かしているんじゃないのか」
[それは誤算だよ、ムゲン。私は死んだと思ったのだ。しかし、君の仲間が君を回収しただろう?]
「………」
[フフフ……。だから今回はアジアへ行ってもらったわけだが……ね]
「俺を殺したいなら、そんなに勿体ぶらずに殺せばよかったんじゃないか?」
[違うな。モノは適材適所。使うべきところへ配置する事で一石二鳥を狙っているのさ]
「………要は、ジオンを殺して、その戦いで俺も死ねば、万々歳って所か」
[そうだな。否定はしないよ。君はいつも私の計画の邪魔になってしまうからね]
「俺が望んでやっているわけじゃない」
[知っているとも。しかし、君は邪魔でしかないからね、だから今回は異動してもらったよ。ムゲン]
「………それで?それだけか?」
彼はピースサインをしながら言葉を続けた。
[2件目だ。これは3件目にも繋がる話なのだが………]
「なんだ。言ってみろ」
[まあそんなに慌てることもないだろう。とりあえずは――――]
俺は机を叩きながら叫ぶ。
「いいから早く要件を言ったらどうだ……!!」
彼は肩を竦めながら、実につまらなそうに言葉を返した。
[いいだろう。……先の戦闘でAIと戦闘したな?]
「それが何だ?鹵獲でもして来いっていうのか?」
[それは無理だろう。相手はAIだ。相手にも思考がある以上、下手に動くのも無駄足だ]
「……なら何なんだ」
[そして、君たちの部隊からの話を聞いたところ、何やら要塞のようなものがあるらしいじゃないか]
「ああ。確かにある」
[あれを、潰せ。完全にな]
「…………それだけか?」
[ああ。2件目はそれだけだ。3件目は、もし、2件目の案件をクリアすることができたなら、君を無事に返してやろう]
これは……彼曰く【取引】ということか。それならば………。
俺は、少しだけ強気に彼に仕掛けてみることにした。
「それだけなら引き受ける気はない」
[何だと……?]
「3件目にいくつかの条件をプラスさせてくれるのなら、考えてもいい」
[……一応聞いておこう。言ってみたまえ]
「一つは、第66特殊戦闘小隊のメンバーたちに休暇をやってくれないか」
[休暇……だと?]
「そうだ。もちろん、自国へと帰ってだ」
[………期間は]
「そうだな、自国へ着いてから1週間。それでどうだ?」
[………いいだろう。その程度ならな]
「もう一つ」
「この小隊に、輸送機のミデアを一隻、そして操舵手と整備兵を用意してくれ」
[………いいだろう。私には痛手にならん。それに、命を懸けているのは君たちだからな。労うというのもいいだろう]
「………」
と、意外と素直。なんだか拍子抜けしてしまう。
[ならば、一度休戦と行こうじゃないか。ムゲン]
「……休戦か……。要塞を潰すまでは……ということか」
[そう言うことだ。理解が早くて助かる]
「……お前に褒められたところで嬉しさがちっとも湧いてこないな」
[それは私とて同じこと。……では、こちらでも情報は集めておく。そちらも、頼むぞ]
俺とベルベットは一時的だが、協力的関係になった。
それも、要塞を潰すまでの期間だが。
少しだけ複雑だ。望んでいない結託をする羽目になったのだから当然だが。
しかし、これも彼らのため。
俺にできることをするまでだ。
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